「おむにばす!」   作:七音

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第四話「今から楽しみです!」

 

 

 

 第六十三回 戦車道全国高校生大会がつつがなく終了し、大洗女子学園が廃校を免れてから、しばらく経ったある日。

 私達あんこうチームは、もはや恒例となった、戦車格納庫での昼食会をしているのですが……。

 

 

「はい、ライカ。あ~ん♪」

 

「あ~……。ん~! やっぱ、沙織さんの卵焼きは最高です!」

 

「もう~。そんなの当たり前だよ~。だってぇ……。愛情っていうスパイスがタップリ入ってるんだから♪」

 

「なるほど! 道理で美味しくて幸せな訳です!」

 

「……まだやってますね、あの二人……」

 

「え、ええっと……。ら、ラブラブだよね? 沙織さんとライカ君……」

 

「イライラしてきた」

 

「まぁまぁ、麻子さん。落ち着いて下さい」

 

 

 その一画で、妙にピンクいラブラブ・フィールドが展開されているため、私、西住殿、冷泉殿はゲンナリしていました……。

 五十鈴殿は割と平気そうです。きっと彼氏持ち故の余裕なんでしょう。

 ちなみに、私達は四号の後部――機関部の上に座っていて、武部殿達は砲塔の天板部分に腰掛けています。

 しかし、あまり近くでラブラブされるというのも、やはり精神的に来る物があり、我慢しきれなくなった冷泉殿が、すっくと立ち上がります。

 

 

「敢えてキツい言葉で言わせて貰う。沙織、ライカ。ウザいぞ」

 

「じゃあ今度は俺が……。沙織さん、あ~ん」

 

「あ~……んっ。んふふ、ライカの作った卵焼きも美味しい♪」

 

「人の話を聞けお前達っ!」

 

 

 冷泉殿の低音ボイスも、武部殿とライカ殿には全く届いていないらしく、何事もなかったかのように卵焼きをアーン。

 流石の冷泉殿も堪忍袋の尾が切れたみたいで、更に声を荒らげるのですが、そこに苦笑いの西住殿が割って入ります。

 

 

「ま、麻子さん、気持ちは分かるけど、ここは冷静に……」

 

「何を言った所で、あのラブいフィールドは貫けないと思うであります。128mm砲の直撃受けても平然としてそうです」

 

「諦めましょう、皆さん。愛する殿方が隣に居ると、どうしてもそちらに集中してしまうものですから」

 

 

 一応、私も西住殿に追随するんですが、ぶっちゃけ諦めてます。

 何をした、何を話した、明日は何をしよう。その他もろもろの惚気話を毎日聞かされ、なおかつ見せつけられている側からすれば、諦める以外に選択肢がないんですよ……。

 五十鈴殿に限っては、武部殿の側に立ちつつ、の意見みたいですけど。

 それに思う所があったのか、西住殿はイチャつき続ける二人から視線を逸らし、五十鈴殿へと向き直りました。

 

 

「華さん。ちょっと聞いても良い?」

 

「はい。わたくしに答えられる事でしたら」

 

「その……。華さんは、なかなか若さんと会えない環境でしょ? 寂しかったりするのかなぁ、って……」

 

「もちろん寂しいです。沙織さんのように、会おうと思えば直ぐに会えるというのは、羨ましいですね。でも……」

 

「でも?」

 

 

 武部殿の恋人であるライカ殿は、大洗女子の男子分校に通う生徒。その気になれば毎日会って話せます。というか向こうからやって来ます。

 しかし、ほんの一ヶ月ほど前、五十鈴殿と結ばれるに至った男性――若さん殿は、陸の方にお仕事を持つ若い職人さんでした。年齢は二十歳とのこと。

 なんでも、双方の御両親公認の上、結婚を前提としたお付き合いだとか。おめでたいですね!

 けど、学園艦に通う五十鈴殿とは、物理的に会うのが難しい環境です。

 箸を止め、いつもより少なめ(私にとっては大盛り)な御弁当を見つめる姿は、本人が仰ったように、とても寂しげな雰囲気を漂わせていました。

 

 ところが。

 不意に微笑んだ五十鈴殿は、ピンと背筋を伸ばして、こう言い放ちます。

 

 

「会えない時間が育てる愛……。というのも、素敵だと思いませんか?」

 

「おおお……っ! 大人の女の発言であります! 流石は五十鈴殿ですっ!」

 

 

 思わず感動し、拍手してしまう私でした。

 西住殿や冷泉殿も、「華さん、凄い……!」やら、「これが真のリア充という奴か」やら。

 私自身はあまり興味ありませんが、戦車道で繋がった仲間の幸せそうな姿は、素直に喜ばしいです!

 

 

「けど、五十鈴殿まで武部殿化しなくて良かったですよね。二人同時だと、精神的なダメージが増えそうですし」

 

「全くだ。こっちは色々あって疲れているというのに、沙織は全く自重しないからな……」

 

「え? 麻子さん、何かあったの?」

 

「お悩み事でしたら、相談にのりますよ」

 

「……いや、まだいい。……ありがとう」

 

 

 珍しく、睡眠時間以外の事で弱音を吐いた冷泉殿を、西住殿と五十鈴殿は心配そうに見つめます。

 私としても気掛かりでしたけれど、本人が大丈夫と言うなら信じましょう。

 もし傍目にも大丈夫じゃなくなったら、強引に首を突っ込む覚悟はありますけどね?

 仲間の危機はチーム全体の危機、であります!

 

 と、心の中で宣言していた時。

 格納庫入り口に、見覚えのある人影を見つけました。

 短い髪に、工学科の目印でもある黒いツナギ。

 キョロキョロと中を見回すその人は……ダンチョー殿ですね。

 

 

「ダンチョー殿? こんな時間にこっちへ来るなんて、珍しいですね」

 

「おう、秋山さん。ごめん、ちょっと用があってさ。先に済ませちゃうから。おーい、ライカー。……ライカーッ!」

 

「無理ですよ、聞こえてないです。私達も、さっきから何度か話し掛けているんでありますが、無視されてまして……」

 

「……耳、塞いどいて」

 

 

 声を掛けてみると、ダンチョー殿は軽く手を上げた後、こちらに向かって来るのですが、目的は私達ではないようです。

 あいも変わらずイチャついていて、そろそろキスでも始めるんじゃ? という距離のライカ殿を、彼は大声で呼びました。

 ……が、反応は当然なく、頬を引き攣らせるダンチョー殿。イラっとしてますね、あれ。

 その表情を維持したまま、彼は腰に巻いていた工具ベルトから何かを取り出し――

 

 

《イチャつくのも大概にしろバカップルがーーーっ!!》

 

「きゃ!? えっ!?」

 

「何だっ! ……って、ダン?」

 

 

 ――格納庫全体に轟く声で、ありったけの怒りを叫びました。

 へ、蛇道で使う小型の拡声機ですか……。耳を塞いでもキンキンします……。

 しかしその甲斐あって、武部殿とライカ殿は現実空間に戻って来たみたいです。

 

 

「いきなりなんだよ、ビックリするだろっ?」

 

「何度呼んでも気付かない上に、近寄り難いフィールド張り巡らせてるオマエが悪い」

 

「そりゃあ、悪かったけど……。何の用だよ?」

 

「ほれ。蛇道関連の書類。提出期限、今日の放課後までなのに、お前どこにも居ないから、先生が怒ってたぞ」

 

「あっ。あっちゃあ……。すっかり忘れてた。ありがとな、ダン」

 

「別に良いけど。というか、前から疑問だったんだけど、なんでオマエまでその呼び方?」

 

「お前だって俺のことライカって呼んでるだろ。相子だ相子」

 

 

 四号のフェンダーにヒョイっと飛び乗ったダンチョー殿が、ライカ殿に何やらプリントを渡しています。

 蛇道関連、ですかぁ。きっとアレですね。超短期の編入手続きして、他所の学校の試合に混ぜて貰うんでしょう。

 グレーゾーンの出場法ですが、人間が主体の蛇道では結構あるみたいです。戦車道だと……ギリギリ? 意義を唱えられたら面倒な事態になると思われます。

 

 ここでちょっとした余談を。男子分校は学園艦の最下層……。喫水線下のブロックに存在します。

 喫水線とは、いわゆる船の底近く。水に浸かる部分の事で、日は当たらず空気も淀みがちの、アンダーグラウンド的な場所ですね。

 なので男子生徒は、少しでも日に当たれるバイトや学科を選ぶ傾向があるそうな。

 また、普通なら学科の違う生徒同士が交流を持つ機会は少ないはずですけど、男子はそもそも人数自体が少ないので、ほとんどが知り合いらしいです。

 ライカ殿とダンチョー殿は蛇道という繋がりがありますし、普通にお友達だったようで。

 

 話を戻し、御三方の現状。

 武部殿はダンチョー殿を御存知なかったらしく、不思議そうな顔で彼等のやり取りを見守っていました。

 けれど、我慢できなくなったのか、ライカ殿のシャツの袖をクイクイ引っ張ります。

 

 

「……ねぇ、ライカ。知り合い?」

 

「はい、クラスメイトです。蛇道の助っ人を時々頼んでて、試合では頼りになる奴なんですよ」

 

「ども。さっきはすんません、驚かせて」

 

「あ、いえいえ。私、ライカの 恋 人 の ! 武部 沙織です。ダン君、よろしくっ」

 

「ええ、知ってますよ。知りたくもないのにコイツが色々と話してますから。あ、オレの名前は……」

 

「えー、そうなんですかー? やだもー、ライカったらー♪」

 

「だって、自慢せずにはいられないんですよ。沙織さんは俺にとって、世界最高の女性ですから!」

 

「ライカ……」

 

「沙織さん……」

 

「あの……。オレの名前……。言わせてよ……」

 

 

 知り合いであると確かめて安心したのか、武部殿の顔に笑顔が戻ります。

 そして、簡単な自己紹介が始まる……かと思われたんですが、二人はまたしてもラブいフィールドを展開し、ダンチョー殿を意識の外へ。

 何を言っても無駄だと悟った彼は、うな垂れつつ砲塔を回り込み、私達の方へとやって来ました。

 

 

「お疲れ様です、ダンチョー殿」

 

「ありがとう……。ちょっと近付いただけで無性に疲れた……。あ、西住隊長も。お久しぶり」

 

「うん。ダンチョー君、久しぶり」

 

 

 まずは、任務を遂行したダンチョー殿を労います。疲労しているのは想像に難くないですから。

 予想した通り、力無くキューポラへと手をつく彼でしたが、驚く事に、西住殿とも顔見知りだったようです。

 初対面であるはずの五十鈴殿も、驚きを隠せないみたいでした。

 

 

「みほさん、お知り合いなんですか?」

 

「色々と、戦車道に必要な品物を揃えてくれる人で、男子自動車部の部長さんなの。時々、発注品のリストを渡したりとかしてたから」

 

「……隊長は大変だな、仕事多くて。昼寝する暇も無さそうだ」

 

「あはは……。戦車道には必需品が沢山あるから……」

 

 

 ペコリと、ダンチョー殿へ頭を下げる冷泉殿の言葉に、西住殿は照れくさそうな苦笑いを浮かべます。

 生徒会の小山殿と協力して、様々な品の発注を行っているのは知っていましたが、まさかダンチョー殿ともお知り合いとは。さすが西住殿、人脈も広いですね!

 

 

「そうだ。西住隊長、今後の戦車の稼働予定について確認したいんだけど、いいかな」

 

「あ、ちょっと待ってね。ええと……。今月末に、聖グロリアーナ・プラウダとのエキシビジョンマッチが予定されてて、それに合わせて私達も練習をする予定だけど、今週末まではお休みです」

 

「ふむ、なーる……。と、了解。細々とした物は、それに合わせて仕入れとくよ。燃料配給の申請もやっとこうか?」

 

「はい。お願いします。小山さんには私から言っておくね」

 

「よろしくお願い致します、ダンチョーさん」

 

「頼んだぞ、ダンチョー」

 

「頼りにしてますっ、ダンチョー殿!」

 

「ん、任された。……もうダンチョーでいっかぁ……」

 

 

 挨拶もそこそこに、手帳を確認し合うダンチョー殿と西住殿は、事務的なやり取りを開始しました。

 大会が終わったばかりですけど、それで私達の戦車道が終わった訳じゃありません。むしろ、ここからが本番です。

 まぐれで優勝しただけの弱小校……なんて言われない為にも、練習試合や親善試合など、予定は目白押しなのであります!

 そして、そういった行動を影ながら支えてくれているのが、ダンチョー殿を始めとする方々の、実に細かい書類仕事。戦車を動かす燃料だって、タダじゃありませんしね?

 重要なお仕事を頼んでいる事が伝わったようで、五十鈴殿と冷泉殿が、改めて頭を下げます。もちろん私も。

 胸を叩いて請け負う彼は、何故だか背中に影を背負っているようにも見えますが……。なんででしょう?

 

 

「あ、あ~……。それで、なんだけどさ。秋山さん……」

 

「はい、なんですか?」

 

 

 ……? 本気で落ち込んではいなかったみたいですけど、今度は落ち着かない様子のダンチョー殿。

 皆さんの視線も集中し、一瞬たじろぐ彼でしたが、意を決するように表情を引き締めます。

 

 

「こ、今度の日曜、学園艦が帰港するだろ?

 その時、陸の業者さんに行くつもりなんだけど……。つ、付き合わない?

 ほら、一般の人が入れない、戦車のパーツとか扱ってるとこ。ビジターパス用意できるから……」

 

「え!? 良いんでありますかっ!? 是非、是非お供させて下さい!」

 

「……そっか。良かった、迷惑かと」

 

「迷惑な訳ないじゃありませんかっ。今から楽しみです!」

 

 

 なんと、ダンチョー殿にお誘い頂いたのは、会員パスがないと入れないと聞く、戦車道専門店!

 レアパーツなどのオークションも開催される場所なので、入場が厳しく管理されているらしいんですっ。

 これを断るなんて、戦車乙女にあるまじき選択ですっ。当然、お供させて頂きますよー!

 

 

「まぁ、素晴らしいですわ。ついに優花里さんも、戦車以外に興味を持たれるようになったんですね?」

 

「いや、これはどうなんだ。けっきょく戦車で釣ってるんじゃないのか……?」

 

「でも、凄い変化だよね? いいなぁ優花里さん、男の子とデートなんて。私、先越されちゃった」

 

 

 喜んでOKの返事をする私に、五十鈴殿と西住殿は笑顔を、冷泉殿は難しい顔を浮かべます。

 戦車以外に興味……? デート……?

 ううむ。どうやら、また勘違いされているようでありますね。

 ダンチョー殿にも迷惑でしょうし、お母さんみたいになられると面倒ですから、ここはしっかり否定しておかないと!

 

 

「イヤであります、西住殿~。デートじゃなくて、戦車道の一環じゃないですか~」

 

「えっ? ……で、でも、あの……」

 

「それに、私みたいな戦車バカ、ダンチョー殿が好きになる訳ありませんし。良いお友達ではありますけど、ねぇ?」

 

「……ウン、ソウダネ」

 

「あれ。ダンチョー殿?」

 

 

 ちょっとだけ自虐風味に茶化して、話を誤魔化してみたのですが、相槌を打ってくれるダンチョー殿の顔は、まるで能面みたいでした。

 お、おかしいですね。お友達であるというアピールは、キチンと出来たと思うんですけど……?

 西住殿も、なんだかアワアワしてらっしゃいますし……。

 

 

「オレ、もう分校に戻るよ。昼飯まだだし。それじゃ」

 

「あ、はい。お疲れ様です……」

 

 

 四号の上から飛び降りた彼は、振り返る事なく格納庫を後にします。

 凄い速さです。そんなにお腹空いてたんでしょうか。

 だとしたら、引き止めて悪い事しちゃいましたね……。あ、きっとそのせいで――

 

 

「ゆかりん。今のはちょっとヒドいと思うな、私」

 

「うわぁ!? た、武部殿? いつ正気に戻ったんですかっ」

 

 

 にゅ、っと視界に入り込む明るい茶髪。

 いつの間にか、ライカ殿と乳繰り……もとい、ラブラブしていた武部殿が、隣に来ていました。

 しかし、その顔は険しく、お怒りであるのが伝わって来ます。

 オマケに五十鈴殿や西住殿、冷泉殿まで、物悲しい表情を浮かべていて。

 

 

「ダンチョーさん、落ち込んでいましたね」

 

「うん……。少し、可哀想かも……」

 

「……哀れ」

 

「え、え、え? どうしたんですか皆さん? わ、私、何かやらかしましたかっ? ライカ殿!?」

 

「……ごめん、秋山さん。憶測になっちゃうから、あんまり言えない。ただ、俺がダンの立場だったら泣きたくなるかも」

 

「ええっ!? そ、そんなにですかぁ!?」

 

 

 周囲の変化に着いて行けず、砲塔の上で腕を組むライカ殿にも問い掛けてみますが、返事は曖昧な言葉だけ。

 ……どうやら、また空気を読めずにやらかしたみたい、です。

 よく分かりませんけど、武部殿とライカ殿が言うには、ヒドい事をしちゃった、んですよね?

 コミュニケーション能力では、この御二方に勝てるはずありませんから、間違いないと思われます。

 どうして私、こうなっちゃうんでしょう……。

 

 

「ねぇ、優花里さん。ダンチョー君との約束、忘れないであげてくれる? きっと、凄く楽しみにしてるはずだから」

 

「それは……勿論ですけど……」

 

 

 優しく、それでいて窘めるような西住殿に、私は一も二もなく頷きます。

 でも……。ダンチョー殿がなぜ落ち込んでしまったのか。

 それを理解できなければ、真に解決する事もないのは明白。

 日曜日のお出掛け、一体どうなるんでしょう?

 私の不安に答えてくれる人は、誰も居ませんでした……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 大きな期待と不安を抱えたまま、迎えてしまった日曜日。

 武部殿の忠告もあり、珍しくスカートなんかを履いて出かけた私を待っていたのは……。

 

 

「はぁ~♪ 堪能しましたぁ……♪ 流石は陸の専門店。学園艦ではお目に掛かれない逸品ばかりでしたねぇ……♪」

 

 

 なんとも素晴らしい、夢のようなひと時でありました!

 もう日暮れが近いので、大洗の港に向かって街を歩いているんですが、朝から電車で遠出しただけの事はあります!

 シュトゥルム・ティーガー用のマイバッハ・エンジンの現物とか、CV33の脱履帯防止を強化した転輪とか(以外と安かったです)、クルセイダーの交換用ガバナーとか、7TPの37mm砲搭載砲塔とか!

 他にも色々ありましたけど、まだ興奮が冷めやりません!

 あ、マイバッハというのは人の名前でですね?

 誰もが知っている有名な飛行船、ツェッペリン号のV型12気筒エンジンを作ったのが、ヴィルヘルム・マイバッハという方なんです。

 ドイツ軍の戦車用ガソリン・エンジンは、このマイバッハ・エンジンがほぼ独占状態だったんですよ?

 

 ……とまぁ、こんな風に雑学を繰り広げまくったり、ウィンドウショッピングしてただけなんですが。

 夕日の中、隣を歩くダンチョー殿は、私と同じように満面の笑顔でした。

 ちなみに彼の格好ですが、いつものパーカーにジーンズを合わせています。お気に入りみたいですね。

 

 

「店の人も驚いてたよ。戦車道やってる子でも、こんなに詳しい子が来たのは初めてだ、って」

 

「えへへ~。そんな事ありませんよ~」

 

 

 褒められた事が照れ臭くて、私は自分の癖っ毛をモシャモシャしてしまいます。

 意外な事と思われるかも知れませんが、戦車道の選手も、あらゆる戦車の知識を持っている訳ではありません。

 聖グロリアーナやプラウダ、アンツィオや知波単など、ある国の特色を強く打ち出している学園の戦車道では、使用する戦車自体を限定している場合が多いため、それらについてのみ、専門的な知識を習熟する事が多いんです。

 中には、自分が乗っている戦車以外は全然、全く知らないという選手も居るんだとか。

 私は単に戦車が好きなので、博学的な情報収集をしているのですが、珍しいタイプに分類されるみたいですね。

 実際、お店のオジ様方とのお話は大層盛り上がって、楽しかったであります! 今度はいつ行けるでしょうか……?

 

 

「ん……? 秋山さん、ちょっと待った」

 

「はい。どうかしました?」

 

「知り合いが居たから、少し挨拶してきたいんだけど、いいかな」

 

「あ、勿論ですよ。見失わないうちに行きましょう!」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 楽しかった時間を反芻しながら、港に向けて歩いていた所、ダンチョー殿が不意に足を止めました。

 視線の先には、とある温泉施設が。どうやら、そこから出てきたらしい人物がお知り合いのようで。遠目にはマリンタワーも見えます。

 拒否する理由なんて皆無ですので、私達はちょっとだけ向かう方向を変え、目的の人物であるお婆さんに近付き………………あれ。あの人、どこかで見たような。

 

 

「久子さん、お久しぶりっす」

 

「うん? なんだい、あんた――いや、どこかで見たような……?」

 

「まだボケるような歳じゃないでしょ? オレっすよ、オレ」

 

「……ああ! なんだい、あんたかい! 久しぶりだと思ったら、相変わらず口が悪いねぇ!」

 

「久子さん程じゃないっすよ」

 

 

 深々と頭を下げるダンチョー殿は、片手にビニール袋を提げ、杖をつく着物姿のお婆さんと、親しげに笑い合っています。

 久子さん、って呼びましたよね、今。

 ま、間違いありません。

 このお婆さん、冷泉殿の祖母である、冷泉 久子さんですよ!?

 

 

「あ、あの、ダンチョー殿? どうして冷泉殿のお婆さんと……」

 

「……え? 秋山さんも知り合い?」

 

「はい。以前お見舞いに……」

 

「うん? なんだい、麻子と戦車道やってる子じゃないか」

 

「どうもであります」

 

 

 ダンチョー殿に続いて、私も頭を下げます。

 以前、西住殿や五十鈴殿とお見舞いに行きましたから、覚えていて下さったみたいですね。ちょっと嬉しいですっ。

 ……いやいやいや、違いますってば! どうしてこの御二方が知り合いなのか、そっちの方が重要です!

 上目遣いに「教えて下さい」アピールを続けると、ダンチョー殿は私へと向き直りました。

 

 

「前に言ったと思うけど、オレが車の設計士を目指すようになった、切っ掛けの女の子。あれ、あんこうチームの冷泉 麻子なんだよ」

 

「……えぇええぇぇえええっ!? ととと、という事は、冷泉殿の親戚だったんでありますかぁ!?」

 

「そうなるねぇ。ま、ほとんど他人と変わらない遠縁だけどねぇ」

 

 

 冷泉殿とダンチョー殿が、遠縁の親戚。

 今日一番の驚きに、開いた口が塞がりません。お婆さんの様子からも、嘘ではないことが伝わって来ます。

 まさか、こんな繋がりがあるなんて、予想すらしてませんでした……。

 ……ん? あれ? けどこの前、ダンチョー殿と冷泉殿は?

 

 

「で、でもでも、戦車格納庫で会った時は、まるで初対面みたいな感じで……」

 

「そりゃね。一回会っただけのオレの事なんか、覚えてなくて当然だよ。実際、苗字だって違う訳だし」

 

「全く、どうしようもない子だよ。毎年、線香をあげに来てくれる人の事を忘れちまってるんだから。

 あんたもあんただよ! どうして麻子に話してやらないんだい? あの子が切っ掛けで設計士を目指してるって」

 

「いや……。言ったって何がどうなる訳でもないし、嫌な事を思い出させるだけだし……」

 

「煮え切らないねぇ、ったく」

 

 

 相変わらずキツめなお婆さんの口振りに、ダンチョー殿は眉をハの字にしてしまいました。

 毎年お線香をあげに来ているなら、冷泉殿とニアミスしている可能性もありますけど……。

 設計士を目指す切っ掛けが、冷泉殿の御両親の事故では、確かに会いづらいかも知れません。辛い記憶でしょうからね……。

 ただ、冷泉殿は学園一の天才頭脳を持つ方ですし、ダンチョー殿の配慮を悟って、それに合わせているという可能性も?

 どちらにせよ、デリケートな問題です。他人がおいそれと立ち入ってはいけないでしょう。

 注意深く見守って、いざという時はフォローさせて頂く所存であります! 自信はあまり無いですが!

 

 

「ほら、あんた達さっさとお行き。若いんだからこんな年寄りに構ってないで、もっと別な事したらどうなんだい。逢引、してたんだろ?」

 

「終わったからもう帰る所だったんすよ。というか、その荷物持って帰るんすか? 送りましょうか?」

 

「年寄り扱いするんじゃないよ! 一人でそぞろ歩きも出来なくなっちまったら、それこそ死んじまった方がマシさね!」

 

「いや、さっき御自分で年寄りって言ってませんでしたか……?」

 

「なんだい? 言いたい事があるならハッキリとお言い!」

 

「なんでもありません!」

 

 

 やたらと大きな声張り上げ、冷泉殿のお婆さんはバス停のある方向へと歩いて行きます。

 うぅむ、また勘違いされてしまったようです。男女が二人きりで出掛けても、それが逢引とは限らないと思うんですけどねぇ?

 まぁ、それはそれとして。

 私達は、ピンシャンした背中を並んで見送ります。

 お婆さんは一度こちらを振り返って、私達が手を振ると、軽く杖を挙げて合図を返し、そのまま行ってしまわれました。

 

 

「元気なお婆さんですよね」

 

「うん……。また無茶とかしないと良いんだけど」

 

「……はい。冷泉殿が心配しますもんね」

 

 

 見た目は元気で、病気の方が逃げていきそうなお婆さんですが、胸の辺りに疾患があるらしくて、意識を失って病院に運ばれる事も……。

 前に倒れたという連絡が来た時なんか、冷泉殿、泳いで大洗まで行くと言い放つくらい、動揺していました。

 心配を掛けまいと維持を張るお婆さん。それでも心配で仕方ない冷泉殿。見送るダンチョー殿の視線も、やはり心配そうで。

 う~……。何か、気を紛らわせられるような、気の利いた一言が……出てきません。

 コミュ力って、どうすれば上がるんでしょう……?

 

 

「帰ろうか」

 

「あ、はい」

 

 

 一人で悩んでいる間に、ダンチョー殿は気を取り直したらしく、普段通りの笑顔が帰投を促します。

 助けになれない自分が不甲斐ないですけど、とりあえずは連絡船に向かいましょう。

 遅れたら学園艦に戻れなくなってしまいますし。

 

 その後は大した出来事も無く、ジュースを飲みながら色んな話を……。

 戦車道の事や、戦車の構造の話などをしている内に、時間は過ぎ去って。

 すっかり日も暮れた頃、連絡船が学園艦に接舷し、私達は上甲板へと出ました。

 見慣れた街並みが、帰って来たー! という気分にさせてくれます。

 

 

「ダンチョー殿。今日はお誘い頂いて、ありがとうございました! とても楽しかったです!」

 

「オレも楽しかったよ。一人で行くと、どうしても仕事みたいになっちゃうからさ」

 

「なら良かったです! ……けど、お邪魔じゃありませんでしたか? 私、場所も考えずにはしゃいじゃってましたし……」

 

 

 また家の近くまで送って頂き、もうそろそろ我が家が見える、という所で、私はお礼を言います。

 ダンチョー殿に誘って貰わなければ、これほど楽しい休日を過ごす事は出来ませんでした。

 そのおかげで、はしゃぎ過ぎた部分もあったと思うんですが、ダンチョー殿は微笑みながら首を振り……。

 

 

「んな事ないって。……オレは、秋山さんとだから、楽しかったんだ」

 

「へ?」

 

 

 けれど、次の瞬間。

 とても真剣な表情を浮かべ、真っ直ぐにこちらを見つめました。

 唐突にも感じられる変化に、私は戸惑うばかり。

 しかし彼は、目を逸らそうともせず。

 

 

「オレ……。秋山さんのこと、好きだよ」

 

「……っ! あ、ありがとうございます……。私も、ダンチョー殿の事を敬愛して――」

 

「そうじゃないっ。……オレは。友達としてじゃなく、一人の女の子として、君が好きなんだ」

 

 

 好き、という言葉に対し、少しばかり照れながら返した私でしたが、それは遮られてしまいました。

 とても強い口調。とても熱い眼差し。

 これまでに感じた事のない緊張感が、体を硬直させます。

 

 

「君は、あんまり自分の事を評価してないけど、オレは好きだ。

 戦車に夢中になってる姿も、戦車道やってる姿も、家の手伝いしてる姿も。

 本気で可愛いと思うし、彼女になって欲しいと思ってる」

 

 

 混乱を極めた頭に反響する、ダンチョー殿の声。

 好きだ。可愛い。彼女になって欲しい。

 こうもハッキリと言われて理解できないほど、私もバカじゃありません。

 私は今、ダンチョー殿に告白されている、みたいです。

 でも……。

 

 

「あ、あの……。私、今までそういう事、一度も考えた事なくて……。

 ダンチョー殿も、初めて出来た、いい男友達だとばかり、思ってて……」

 

 

 私が返せたのは、こんな、言い訳がましい呟きだけでした。

 初めてのお友達は、西住殿を始めとする皆さんで。

 ライカ殿は武部殿一筋ですから、友人というには少し憚られます。

 だから、ダンチョー殿こそが、私にとって初めての、異性の友達だと思えました。

 

 ……でも、それ以上の関係が想像できません。

 友達として隣を歩く姿は想像できても、恋人という形になると、ボヤけてしまって。

 武部殿や五十鈴殿みたいに、自分以外の人であれば、色々と考えたり、祝福だってしますし、ちょっと他所でやって欲しいなぁ、とか思ったりもします。

 しかし、その中心に自分を……。恋愛という事象に私を組み込むと、まるで現実感がないんです。

 そんな気持ちが伝わってしまったのか、彼は――

 

 

「そうなんじゃないかとは……思ってた」

 

「あ……」

 

 

 ――困ったように眉を歪め、苦笑いを浮かべました。

 痛い。

 胸がギュッと、握り締められたみたいに。

 分かります。私は今、ダンチョー殿を傷付けた。

 キチンとお断りするんじゃなく、曖昧な言葉で言い訳して、傷付けてしまった。

 

 

「ぁ、あのっ、わた――」

 

《PiPiPiPiPi、PiPiPiPiPi……》

 

 

 反射的に、彼へと手を伸ばした私でしたが、今度は無機質な電子音がそれを留めます。

 ダンチョー殿の携帯に、着信があったようです。

 

 

「ごめん、出るね」

 

「はい。どうぞ……」

 

 

 一言入れてから、ダンチョー殿は通話を受けました。

 もどかしくて、酷く居心地の悪い時間が、一分足らず。

 電話の相手に「すぐ行く」と頷き、尻ポケットに携帯をしまった彼は、また私に向き直ります。

 

 

「ちょっと急用が出来た。オレ、もう行くよ。……変なこと言って、ごめん」

 

「えっ。あ、あのっ、ダンチョー殿っ!?」

 

 

 路地に消えようとする背中を、私は慌てて追い掛けましたが、その姿はどこにも見当たりません。

 五秒と経っていないはずなのに、私だけが、その場に取り残されています。

 

 どうすれば良いのか、分かりませんでした。

 諦めずに追い掛けてみる。電話を掛けてみる。大声で呼んでみる。

 もう追いつけない。きっと出てくれない。応えてくれるはずがない。

 

 何か行動しなければ駄目だと、心はそう感じていましたが、思考がそれを否定し続け。

 私はただ……。立ち尽くす事しか、出来ませんでした。

 

 

 





 ダンチョー君、意を決して告白するも玉砕!
 という内容の第四話でした。フラれたよ……。フラれちまったぜよ……。
 今までに無い展開ですが、筆者的にはある意味、当然の帰結だと考えます。ゆかりんはそれだけ戦車を愛し、夢中になっているんです。
 だからこそ魅力的であって、彼はそこに惹かれた訳ですが、そうすると入り込む余地もありません。最初から無理目な勝負だった訳ですね。
 どぅあがしかぁし! ここで終わっちゃう筈がない!
 初めて男子に告白されたゆかりんが、どう動くのか。
 お楽しみはこれからなので、最終話の更新をお待ち下さいませ。

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