「おむにばす!」   作:七音

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第三話「由々しき事態パート2でありますぅ……」

 

 

 

「ううぅうぅぅ……。由々しき事態パート2でありますぅ……」

 

 

 厳しかった月末を乗り越え、友達も増えて充実した日々を送り始めた、今日この頃。

 お風呂から上がった私は、寝巻き姿のまま携帯を構え、ひっじょーに差し迫った問題に、またしても頭を悩ませていました。

 耳には呼び出し音が聞こえており、悩んでいられる時間の限界を教えています。

 

 

(この待ち時間が、緊張感を煽るであります……)

 

 

 プルルルル……という音が続いているだけで、サッパリしたばかりの手に汗が滲みます。

 以前、ライカ殿に偵察の救援を依頼した時は、こんな事はなかったのですが……。

 やはり、これからお願いしようとしている事の内容が、そうさせるんでしょう。

 ううう……。早く出て欲しいような、出て欲しくないような……。

 

 

『はい、もしもし』

 

「あっ!? あああ、あのっ、ダンチョー殿でありますかっ!?」

 

『は? その声は……秋山さん?』

 

「そ、そうでありますっ。夜分にすみません……」

 

 

 唐突に呼び出し音は途切れ、電話を掛けていた相手である、ダンチョー殿の声が聞こえて来ました。

 緊張で上擦ってしまう私の返事でしたけど、ダンチョー殿も驚いているようであります。

 当然ですよね、まだ教えてない相手から掛かって来たんですし。

 

 

『いや、それは良いんだけど……。どこでこの番号を?』

 

「失礼かとは思ったんですが、ツチヤ殿にお聞きしました。どうしても連絡を取りたくて……」

 

『ツチヤめぇ……。まぁ良いか、秋山さんなら。で、どうかした?』

 

「あ、はい……。じ、実は、お願いがあるんです……」

 

『お願い……?』

 

 

 ツチヤ殿を恨めしく呼ぶダンチョー殿でしたが、カラリと声色を変え、要件を尋ねてきます。

 前置き無しに本題へ入ってしまい、私は少々慌ててしまいましたけれど、ここは思い切った方が良いと、大きく深呼吸して……。

 

 

「ダ……ダンチョー殿っ! 今度の日曜……。ゎ、わわ私と、デートして貰えませんでしょうかっ!」

 

『……はい? デートぉ?』

 

 

 ダンチョー殿を、デートに誘いました。

 何故こんな事になったのか。

 事は二日ほど前に遡ります……。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「優花里。はいこれ、今月分のお小遣い」

 

「ははぁー! ありがたく頂戴致しますー!」

 

「無駄遣いしちゃダメよ? ……と言っても無駄なんでしょうけど」

 

「何を仰いますやら! 私はお小遣いを無駄に使った事なんてありません! 使い過ぎて後悔したことは無数にありますが!」

 

「胸張って言わないの、全く……」

 

 

 夕食を食べ終え、後片付けも済んだ家の食卓にて。

 お母さんの差し出す封筒を、私は恭しく受け取ります。

 毎月の儀式ですが、やはりこういう時、親のありがたみというものを実感しますねぇ。現金で申し訳ない……。

 それはさて置き、封筒の中身を確かめ、さっそく使い道を考えながら部屋に戻ろうとする私を、その日のお母さんは何故か呼び止めました。

 

 

「あ、ちょっと待って。……はい、これも」

 

「なんですか……? カード?」

 

「そう、電子ウォレット。3万円分チャージしてあるわ」

 

「さっ!? 3万円っ!?」

 

 

 お財布から取り出した小さなカードを受け取り、その正体に思わず愕然です。

 3万円。3万円チャージ済みの、電子ウォレット。

 食堂の値段が高めな食券が一枚500円ですから、60枚分。ティーガーの履帯は……流石に買えませんが、機銃の弾とか、練習用砲弾とかなら……。

 と、とにかく、臨時収入にしては大金ですっ!

 

 

「あの私、何かしましたか!? こんな大金貰う理由に、心当たりが無いのでありまするがっ!?」

 

「戦国武将みたいになってるわよ。だって、お洒落にはお金が掛かるものでしょう? それに、デート代だって必要でしょうし」

 

「はい? デート?」

 

 

 テンパって口調を変えてしまう私に、お母さんは更に畳み掛けます。

 お洒落? デート?

 なんで私とは著しく縁遠い言葉が出てくるんですか?

 

 

「やだもう! ダン君とのデートに決まってるじゃない。今度の日曜日にでも、二人で遊びに行ってきなさいな」

 

「ぇぇえええっ!?」

 

 

 お母さんは実にオバさん臭く手を振り、またしても驚愕する私。

 しまったぁ! ダンチョー殿との関係を訂正するの、すっかり忘れてましたぁ!?

 どど、どうしましょう……? なんとか誤魔化さないと……!

 

 

「ででで、でも、ダンチョー殿にも都合があるでしょうし……」

 

「そこは優花里が頑張んなさい! なんの為に戦車道やってるの!」

 

「戦車を愛でるためであります!」

 

「一般的にはそうじゃないのっ。いい? 戦車道は乙女の嗜み。つまり、男をゲットするためにあると言っても過言ではないわ!」

 

「過言じゃなくても語弊があると思います……」

 

「とやかく言わない! 優花里。そのお金は、優花里の将来のために渡したお金よ。

 戦車道グッズに使ったら、今後のお小遣いは全額カットします。明細も確認しますからね」

 

「ええっ!? そ、そんなぁ! 3万円もあれば結構色々と買えるのにぃ……!」

 

 

 無情過ぎるお母さんの宣告に、私は知らず、床へ崩れ落ちていました。

 金物系は買えそうにないですけど、戦車関連書籍とかだったら、今まで手を出せなかった専門書とか、一杯あるんです。

 これを使えば、そのうち何冊かは手に入れられるのに……。

 手元にあっても使えないお金なんて、なんの意味があるんですかぁ!?

 

 

「とにかく、お母さんは応援してるから! ちゃーんとダン君を誘うのよ? デートの一環としてなら、ちょっとぐらいグッズ買っても良いし。ね?」

 

「はぁ……。一応、挑戦してみますけど……」

 

 

 咽び泣く私の肩を叩き、お母さんは巧みな話術で妥協案を提示します。

 うう……。そんな風に言われたら、ダンチョー殿を誘うしか……。

 やっぱりお母さんには、敵いそうもありません。

 仕方なく、覚悟を決めて私は立ち上がり、お風呂へ向かおうと居間を横切るのですが、ふとその視界に、プルプル震えるお父さんの姿を捉えました。

 はて。どうしたんでしょう? と思っていたら、お父さんは卓を強く叩き、怒り肩で声を張り上げます。

 

 

「うぐぐぐぐ……っ! ま、まだ優花里に男女交際は早過ぎるっ! おっ、お父さんは認めないぞ!」

 

「何か言ったかしら? あ な た 」

 

「なんでもありません……」

 

 

 ……張り上げはしたんですが、ゴゴゴゴゴ、という効果音が聞こえて来そうな、お母さんの迫力ある笑顔を前にした途端、意気消沈してしまいました。

 うん。お父さんには期待しない方が良さそうですねー。分かってましたけど。

 はぁ……。とりあえず、ダンチョー殿の連絡先の入手法から考えなければっ。

 

 目指せ、素敵な戦車ライフ! であります!

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ……という感じで、私はダンチョー殿を偽装デートへと誘うハメになった訳です。

 完っ全に、お母さんの掌の上ですよねぇ……。逆らったりしたらどうなる事やら……。

 今日は、ダンチョー殿との約束の日。

 待ち合わせの場所である近所の公園に向けて進軍中です。時間的には一四○○――あ、午後二時前であります。

 

 

「うーむ……。デートって、こんな格好で良かったんでしょうか……?」

 

 

 私、学校の制服以外はスカートとか持ってないもので、考えた結果、冷泉殿のお婆さんをお見舞いに行った時と、全く同じ格好をしていました。

 ポケットが沢山あるハーフパンツに、「7TP」のロゴが入ったシャツ。

 あとはいつものリュック――を持って来たかったのですが、流石に駄目じゃないかと気付いたので、大きめのポーチで我慢してます。

 ちなみに7TPとは、My Favorite Tankであるポーランド軍の7TP双砲塔型戦車を表しているんですよ? 文字通り、砲塔が二つ並んでいる独特なフォルムで……あれ?

 

 

「あの後ろ姿は……」

 

 

 ちょうど、公園の入り口が見えてきた時です。

 車止めの低い柵に腰掛ける、見慣れた人影を発見しました。

 短く切り揃えられた髪。見覚えのあるパーカーとジーンズの組み合わせ。

 もしやと思って小走りに近づいてみれば、やっぱり。

 

 

「ダンチョー殿? もう来ていたのでありますかっ?」

 

「お、秋山さん。ちわっす」

 

「こんにちはであります!」

 

 

 軽く手を挙げての挨拶に、私は反射的に敬礼で返します。

 にしても、驚きです。まだ待ち合わせの時間より三十分も早いのに。

 

 

「まぁ、形だけとはいえデートだしね。女の子を待たせちゃ悪いかと……。っていうか、秋山さんだって随分と早くない?」

 

「それは……。無理をして付き合って頂いてる訳ですから、待たせちゃいけないかと、思いまして……」

 

「じゃあ、同じだ」

 

「……ですね?」

 

 

 全く同じ理由で、早めに待ち合わせ場所へ来てしまった。

 それがなんだか、おかしくて。私とダンチョー殿は小さく笑い合います。

 こういうの、なんか良いですよね? いかにも友達って感じです! けど、油断しちゃいけませんっ。

 いちもの調子で戦車のうんちくとか語ったりしたら、ドン引きされてサヨウナラ……。

 ダンチョー殿は良い人ですが、そんな可能性も、イタリア軍が一週間のパスタ断ちに成功するレベルで存在するかも知れませんし。

 せっかく得た新たしい友達。なくさないよう注意しなければっ。

 

 

「んじゃま早速、せんしゃ倶楽部に繰り出しますか」

 

「あ、いえ。お待ち下さいダンチョー殿」

 

「ん?」

 

 

 柵から腰を上げ、偽装デートの最終目的地へ向かおうとするダンチョー殿を、私は引き止めます。

 本当はすぐにでも直行して、例の専門書を入手したい所なんですが、事はそう簡単でもないんですよ。

 

 

「ただ単に、せんしゃ倶楽部に行って買い物するだけじゃ、間違いなくお母さんから怒られてしまいますので、適当にブラブラしないと不味いんです」

 

「……そう? でも、流石に着いて来てはいないだろうし、バレなければ……」

 

「いいえ! 学園艦と言えども、ご近所ネットワークを甘く見てはいけません! お向かいの山田さんや、斜向かいの鈴木さん、裏手の加藤さんが見ていないとも限らないんです!」

 

「何それ。ご近所ネットワーク怖過ぎる……」

 

 

 偽装デートに潜む危険性を力説すると、ダンチョー殿は若干顔を青くしました。

 でも、本当の事なんです!

 学園艦とはいえ、近所のオバ様方の井戸端会議に登る話題は変わりません。

 誰々さんが浮気しただとか、あの子とあの子が付き合いだしただとか、今日はどこそこのスーパーで卵が安いだとか……。

 そういった方々の目はどこにあるか分からないので、注意して行動しなければならないのです!

 まぁ、私とダンチョー殿の関係も誤解されてしまいますけど、専門書の為。背に腹は変えられませんから。

 こういう訳でして、どこか適当な場所で「デートしてますよ」アピールをしなければならないのですが……。

 

 

「と言いましても、私、せんしゃ倶楽部以外にはコンビニとか74アイスクリーム位しか寄った事ないんですよね……。ダンチョー殿、どこか時間潰せる所、知ってます?」

 

「う~ん、時間潰しねぇ……」

 

 

 立ちっ放しもアレなので、とりあえず、歩きつつ話し合いをする私達。

 私よりも交友範囲が広そうなダンチョー殿ですから、きっと名案を思いついてくれるはず!

 ……と思っていたんですけど、腕組みをして三十秒、じっくり考えた彼は、首を横に振りました。

 

 

「ごめん、正直に言う。女の子と二人っきりで出掛けるの、これが初めてだから分かんない」

 

「あれ? そうなんですか。意外です」

 

「意外って……。オレ、そんな遊び人に見える?」

 

「いえ、そうじゃないんです。ほら、自動車部の皆さんと仲が良いじゃありませんか。だから、遊びに行ったりとかしているものだとばかり……」

 

「ああ……。自動車部ね……。

 出掛けた事はあるけど、体良く荷物の上げ下げに使われてただけだよ。

 ブレーキパッドとか、マフラーとか、ホイールとかドライブシャフトとか。

 地味に重たいもんばっか人に持たせやがってぇ……っ!」

 

「お、落ち着いて下さい、ダンチョー殿っ。ええと、アレですよ! きっと皆さん、ダンチョー殿を頼りにしてるから……」

 

 

 なにやら溜め込んでいたものがあったらしく、ダンチョー殿が握り拳に怒りを宿します。

 け、けっこう大変だったんですね……。

 しかし、基本なんでも自分達でこなす自動車部の皆さんが頼るという事は、信頼の何よりの証ですよ!

 彼自身、本気で怒っていた訳じゃないようで、フッと身体から力を抜きました。

 

 

「まぁ、嫌な気はしないけどね。なんだかんだ、ナカジマさんとかにはよく飯を奢って貰うし」

 

「なぁんだ……。やっぱり仲良しなんですね?」

 

「……多分。でも、あの人達と出掛けたのは、絶対にデートじゃないって言い切れる。うん、それだけは間違いない」

 

 

 今度は自信満々、繰り返し何度も頷くダンチョー殿。

 なんと言いますか、気の置けない関係って、こういうのをそう呼ぶんでしょうねぇ……。

 私は生来のボッチ気質故か、あんこうチームの皆さんにも、まだ気を遣ってしまう部分が多いですし、コミュ力の高い方が羨ましいです。

 

 

「にしても、本当にどうしましょう? ただ歩いてるだけでも時間は潰せますけど……」

 

「デートっていう建前なのに、それもなぁ……。んー、時間的には少し早いけど、なんかオヤツでも食べる?」

 

「おお、良いでありますねっ。幸い、軍資金はタップリあります! 普段は食べられないような物も食べられますよ!」

 

「いや、流石に自分で払うから……。取り敢えず、繁華街の方に出ますかね?」

 

「はいっ。パンツァー・フォーであります!」

 

「お。戦車前進、だっけ?」

 

「そうですっ! これはドイツ語でですねぇ……」

 

 

 結局、学生にとっての定番道草、買い食いをする事に決まり、私達は並んで歩き続けます。

 いやー、やっぱりお友達とのお出掛けは楽しいですねっ!

 ………………あ。

 戦車の話題は自重するって決めてたのに、私ってば……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 場所を変えまして、上甲板の艦首寄り。

 学園艦においての繁華街へと辿り着いた私とダンチョー殿は、携帯で調べた話題のお店、パットン・ポップコーンの前に居るのですが……。

 

 

「見事にカップルだらけでありますね……」

 

「どっから湧いたんだコイツ等……」

 

 

 どこを見渡しても、カップル、カップル、カップル、カップル。

 凄まじい長さの行列が、ほぼ男女のペアで埋め尽くされている有様です。

 確かに色んな割引きをやってるとHPに書いてありましたけど、ホント、どこに隠れてたんでしょうか? この人達。

 

 

「他の店、行く?」

 

「ですね……。ちょっと人間酔いしそうです……」

 

 

 並ぶにしても、順番が来るまで何時間も待たされそうですし、正直ポップコーンにあまり興味もありません。

 無駄に疲れそうでもありますから、無難な74アイスクリームにでも行った方が良さそうです。

 そう思い、人混みへと背を向けた時でした。

 

 

「あれ? そこに居るの、もしかして秋山さん? そっちはダンチョー、かな。珍しい取り合わせだね」

 

 

 突然、見知らぬ女性が人混みを掻き分け、こちらに近付いてきたのです。

 短めの髪を後ろで括って、シュッとしたスカートとキャミソールを合わせた……うん、美人ですね。

 美人さんなんですけど、記憶には無いような……?

 ダンチョー殿も同じみたいで、首をかしげながら女性に問い掛けます。

 

 

「失礼ですが、どちら様で? なんでその呼び方を……」

 

「へっ。……あ、そっか。この格好じゃ分かんないか。ちょっと待って」

 

 

 一瞬だけ、物凄くショックを受けたような顔を見せる女性でしたが、何かに気付いたらしく、自らの身体を改めます。

 そして、髪を括っていたゴムを取ると……。

 

 

「これでどう? 分かるかな」

 

「ほ、ホシノさん!?」

 

「でありますかぁ!?」

 

「そんなに驚かれると傷付くなぁ……」

 

 

 そこにはなんと、自動車部のホシノ殿が立っていました!

 ぜ、全然分かりませんでした。

 普通の洋服を着て髪型変えるだけで、見違えますねぇ……。

 でも、当のホシノ殿は、私達の反応に思う所があったのか、肩を落としてしまわれました。

 あああ、こういう所で気が回らないから、私はダメなんですよぅ……! とにかく謝らないと!

 

 

「すみませんっ。ホシノ殿のスカート姿、初めて見たものですから、ええとぉ、よ、良くお似合いであります!」

 

「あはは、どうも。ま、普段があの格好だから、しょうがないかな」

 

「髪型違ってましたしね……。というかホシノさん、何してたんすか?」

 

「何ってそりゃあ、みんなとポップコーン食べに。アタシ等だって、四六時中車を弄ってるばっかじゃないよ? たまには休憩入れないと、根詰めちゃうしさ」

 

 

 外したヘアゴムをクルクル回しつつ、ホシノ殿が爽やかに微笑みます。

 ほぁ~……。こうして見ると、やっぱり美人でありますね……。

 普通に着飾ったら彼氏の一人や二人、あっという間に作っちゃいそうです。

 まぁ、ホシノ殿は車の方が好きなんでしょうけど。

 

 

「おーい、ホシノー! 買って来たよー!」

 

「お。待ってました。悪いね、ナカジマ。急に任せちゃって」

 

「……あれ。ダンチョーと秋山さん?」

 

「おやおやー? ひょっとしてデートですかなー? ダンチョーも隅に置けないねー、このこのー」

 

「こら、やめんかツチヤ。買い物の付き合いだよ、買い物」

 

 

 ホシノ殿の意外な一面に驚いていると、今度はポップコーンを持ったナカジマ殿、スズキ殿、ツチヤ殿が、店内から姿を現しました。

 ナカジマ殿は半袖シャツに短パンのボーイッシュ風。スズキ殿はパンツルックにチョッキと帽子の宝塚風。ツチヤ殿はふんわりしたスカートにボレロのお嬢様風、でしょうか。

 皆さん、普段からはまるで想像のできない、可愛らしい立ち姿です! いえ、私なんかに褒められたって嬉しくないかも知れませんが。

 ちなみに、ダンチョー殿はツチヤ殿に肘でツンツンされ、鬱陶しそうに手で追い払ってました。 なんだか兄妹みたいです。

 というか、ツチヤ殿の持ってるポップコーン、毒々しい赤色をしてるんですけど、何味なんでしょう……?

 

 

「ま、深くは聞かないけどさ。でも、今から買いに行くんなら、止めておいた方が良いよ?」

 

「え? どうしてでありますか、ナカジマ殿?」

 

 

 ホシノ殿の分らしいポップコーンを手渡ししながら、ナカジマ殿は言いました。

 並ぶつもりはなかったんですが、反射的に聞き返してしまうと、スズキ殿が帽子で顔を扇ぎつつ答えてくれます。

 

 

「見ての通り、凄い行列だからだよ。カップル割引き目当ての。いやー、独り身の女があの中に入る居た堪れなさったら……」

 

「そ、そうっすか……。どうする? 割引きあるんなら……」

 

「いえ、あれに並ぶと帰りが遅くなりそうですし、そうまでして食べたいわけでもありませんから、今日は止めておきましょう」

 

「あ、うん。そうだね……」

 

 

 割引きという言葉に惹かれたようで、ダンチョー殿は行列に興味を示すのですが、私は止めておいた方が良いと進言します。

 この進み具合いから判断するに、商品を受け取るまでに、一時間は掛かるんじゃないでしょうか?

 サンダースのケイ殿辺りなら、並んででも買いそうな気はしますけど、そこまでポップコーンに愛情を持ってはいませんし。何より、本当はカップルじゃないのに割引きして貰うって、ちょっと罪悪感も湧きますし。

 でも、ダンチョー殿はポップコーンに興味が湧いていたらしく、少し落ち込み気味? うむぅ、悪い事しちゃいました……。

 あ、なにやらスズキ殿達が、ダンチョー殿に近付いて?

 

 

「気を落とすなよ、ダンチョー。ほら、ポップコーン分けてあげるから。醤油バターだぞ……」

 

「アタシのも食べな……。アーモンド・キャラメル味」

 

「じゃあ、ついでにワタシのも。はい、イチゴミルク味」

 

「こっちのハバネロ味も美味しいぞー?」

 

「んごっ、ちょ、や、味が混ざ、むぐぅ!?」

 

 

 スズキ殿、ホシノ殿、ナカジマ殿、ツチヤ殿が、次々とポップコーンをダンチョー殿の口へ放り込んでいきます。

 抵抗する間もない、見事な連携攻撃でありました。流石は自動車部の皆さんですね!

 ……って感心してる場合じゃないですぅ!? は、ハバネロぉ!? そりゃ毒々しい訳ですよ!?

 

 

「あわわ……。大丈夫でありますかっ、ダンチョー殿ぉ!?」

 

「だ、大丈夫、じゃない……。口の中が、しょっぱ香ばしく甘痛い……っ」

 

「なんとお労しい……。これ、飲んで下さい。カルピ○です。こんな事もあろうかと持って来てました!」

 

「ありがとう……。秋山さん、ありがとう……っ!」

 

 

 悶絶するダンチョー殿を支え、私は腰のポーチを探ります。

 外でジュースを買うとお金掛かりますので、水筒に用意して来たんです。こんな風に使うとは思ってませんでしたけど。

 カップに注いだカルピ○を一気飲みすると、人心地ついたのか、至福の表情を浮かべるダンチョー殿でしたが、次いですっくと立ち上がり、涙目で自動車部の皆さんを睨みました。

 

 

「人をオモチャにすんのも大概にしろよアンタ等!? 行こう! 一緒に居ると弄ばれる!」

 

「うわ、だ、ダンチョー殿っ? え、えっと、皆さん、また今度ー!」

 

 

 よっぽど味の多重攻撃が堪えたのでしょう。私の腕をガシッと掴み、ダンチョー殿は歩き出しました。

 流石に男子の力には逆らえませんし、用事も無かったので特に抵抗せず、そのままナカジマ殿達に別れを告げます。

 ポップコーン片手に手を振る皆さんの姿は、意外なほど早く、小さくなって行くのでした。

 ダンチョー殿、凄く怒ってるように見えますけど……。きっと、喧嘩するほど仲が良い、という奴なんでしょうねー。

 友達と喧嘩……。したことないので、ちょっとだけ憧れます!

 

 

 

 

 

「あーあ。ダンチョーは秋山さんに取られちゃったかー。ホシノ、落ち込んじゃダメだよ?」

 

「んぇ!? な、なに言ってるのかなー? ナカジマってば……」

 

「バレバレだって、普段からあんな密着してればさぁ。な、ツチヤ。……ツチヤ?」

 

「デートかぁ……。死ぬまでに一度はしてみたいなぁ……。ハバネロうまー」

 

『普通に食べてる!?』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 自動車部の皆さんと偶然の出会いを果たしてから、約二時間半後。

 一応、偽装デートっぽいイベントはこなしたと判断した私達は、せんしゃ倶楽部へと突貫し、ホクホク顔で店を後にしました。

 まぁ、ホクホクしてるのは主に私だけなんですけど。

 

 

「ずいぶん上機嫌だね、秋山さん……」

 

「当たり前ですよー! 今まで手が出せなかった専門書が、やっと手に入りました! これが嬉しくないはずありません!」

 

 

 ちょっとお疲れ気味にも見えるダンチョー殿に、私はスキップしながら答えます。

 腕の中にあるのは、分厚くお高い戦車の専門書。一冊で7,500円以上する、戦車パーフェクトガイドの第一巻(全三巻)です!

 いつかは買おうと思ってましたけど、こんなに早く手に入るなんてっ。それもこれも、お母さんの勘違いとダンチョー殿のおかげですね!

 まぁ、せんしゃ倶楽部に居た二時間半のほとんどが、私のうんちく語りだったので、ダンチョー殿にはつまらなかった……ですよねぇ。

 自重できない自分の戦車愛が恨めしい……。

 

 

「ダンチョー殿。今日は本当にありがとうございました。

 結局、私の買い物に付き合わせるだけになってしまって……。退屈でしたよね?」

 

「え。なんで? 楽しかったけど」

 

「ぁえ? そ、そうでありますか?」

 

「むしろ、秋山さんの方が退屈だったんじゃない?

 オレ、戦車の整備は出来るけど、全然歴史とか詳しくないから。

 実際、せんしゃ倶楽部では話を聞くだけで、着いて行けなかった……」

 

「そんな事ありません! 話を聞いて貰えるだけでも嬉しいものですし、普通の学生気分を味わえて、楽しかったであります!」

 

「いや、普通の学生だし、オレ等」

 

「あ。そうでした……。あはは」

 

 

 一本取られてしまいましたが、なんだかそれも楽しくて、私は笑います。

 懐の深い方ですね……。それに甘えてちゃいけませんけど、本当、良いお友達が出来ました。

 そんなダンチョー殿も、同じように笑顔を浮かべ……。

 けれど、不意に真顔へと戻った彼は、おもむろに私の癖っ毛を梳きます。

 ……? どうしたんでしょう?

 

 

「あの……。ダンチョー殿?」

 

「っ! い、いや、なんでもない。髪にゴミ付いてたから」

 

「おおお、そうでしたか。全然気付きませんでした。ありがとうございますっ」

 

「……うん、気にしないで。さ、そろそろ帰ろう。送るよ」

 

「はいっ」

 

 

 なるほど、ゴミでしたか。

 私って癖っ毛ですから、ゴミを巻き込みやすいんですかね?

 お礼を言うと、ダンチョー殿は小さく苦笑いし、私を追い越して歩き始めました。

 護衛までして頂けるとは、さすがダンチョー殿。紳士でありますっ。

 と言っても、大洗女子は小さめな学園艦。

 三十分としない内に自宅が見えて来ます。

 

 

「送って頂いて、ありがとうございました。ダンチョー殿、気を付けて帰って下さいね?」

 

「ん。まぁ、学園艦で変な事する奴も居ないだろうけど、一応気をつける」

 

「悪い事しても逃げ場ありませんもんね? それではっ」

 

「じゃ、また」

 

 

 別れの挨拶に敬礼をすると、ダンチョー殿も答礼を。

 今度はキチンとした陸軍式です。せんしゃ倶楽部でお教えした甲斐がありました!

 ダンチョー殿が背を向けるのを待ち、私も家へ。

 さーてさて、早く部屋に行ってパーフェクトガイドを読み込まねば……。

 

 

「……あ、あのさっ」

 

「はい?」

 

 

 ルンルン気分で自宅のドアを開けようとした時、背後からダンチョー殿の声が聞こえました。

 振り返れば、先程より少し離れた位置で、彼は何やら、視線を泳がせています。

 

 

「こ、今度は、こっちから誘っても……良い、かな」

 

「誘うって……遊びにですか? はいっ。戦車道の練習とかが無い日でしたら、OKですよ?」

 

「いや、遊びじゃ――なんでもない。うん、じゃあ、近いうちに。また今度!」

 

 

 気の早いお誘い……と言いますか、お誘いの確認? でしたが、もちろん断る理由もないので、満面の笑みで返しました。

 戦車道の練習だけはサボれないので、そこはちょっと心苦しいですけど。

 私の返事を受け取ると、ダンチョー殿は何かを言いかけたのですが、誤魔化すように手を振り、そのまま走り去ります。

 

 

(なんだったんでしょう? ダンチョー殿、なんだか雰囲気が変だったような……?)

 

 

 歯に物が挟まったような言い方。

 それが気に掛かる部分もあったのですが、無理に問い質すのも失礼かと思い直し、首を振ります。

 大事なことなら、きっとダンチョー殿の方から話してくれます、よね? お友達なんですから! ……話してくれなかったら少し落ち込みます。はい。

 とりあえず、家に入りましょう。

 そして夕飯を食べて、お風呂に入って、パーフェクトガイドですっ。

 ひゃっほう! 待ってろ540ページ!

 

 

 




 あー、これアカンわー。ダンチョー君、完全に意識されてへんわー。
 はい。そんなこんなでゆかりん編第三話でした。
 ゆかりん、戦車に恋してるだけあって、人間の男からのアプローチには鈍感です。そこが波乱の元になる訳ですが。
 それはさておき、ホシノさん結構可愛いよね。というかダンチョー、自動車部と仲良過ぎじゃね? ホシノさんにフラグ立ってたんじゃね?
 筆者もハバネロ味で良いから、女の子に口へポップコーン押し込まれ……いや微妙なとこだな……。
 ともあれ、今回はこれで失礼します。

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