「おむにばす!」   作:七音

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武部沙織編
第一話「武部さんに誓います!」


 

「好きですっ! 結婚を前提に付き合って下さいっ!」

 

「ご、ごめんなさぁ~いっ!」

 

「あっ、武部さぁんっ!?」

 

 

 私は脱兎の如くその場から逃げ出し、さささっ、とⅣ号戦車の影に隠れる。

 ちらり、あいつの居る場所を覗いて見れば、肩を落とす彼の側へ、我等があんこうチームのメンバーが集まって来ていた。

 

 

「また駄目だったね……。でも大丈夫! ライカ君、諦めなければ想いはきっと通じるよっ!」

 

「……あ、ありがとうございます、西住さん。でも、俺の名前は――」

 

 

 まず話しかけたのは、戦車長の西住みほ(通称:みぽりん)。戦車道の家元、西住流の血を引くサラブレッドなんだよ。

 彼女は胸元で両手を握り、若干前のめりになるようにしてあいつを励ましている。

 それはいいんだけど、でも、私の気持ちも無視しないで欲しいんですけど? 嫌ではないんだけどさ……。

 

 

「まぁ気にするなライカ。沙織も照れてるだけだろう。このまま行けば近いうちに陥落する。多分」

 

「最後の一言が無ければ嬉しかったんですけどねー。あと、俺の名――」

 

 

 次は私の幼馴染、冷泉麻子。

 身長差があるのに、無理して肩に手を置いて、顔には嫌味ったらしいニヤニヤを貼り付けてる。

 ……っていうか、陥落するって何よ!? 私はそんな安い女じゃないもん! 乙女のハートは鉄壁よっ! きっと! ……多分! ……めいびー?

 

 

「そうそう、ここまで来たら後は押せ押せですよライカ殿! 電撃戦です! ブリッツ・クリィークッ!」

 

「はい。ここで引いてはいけませんわ。ライカさん、わたくし応援しています」

 

「……ありがとう、ございます。……もうライカでいいや……」

 

 

 最後は、自他共に認める戦車マニア、秋山優花里(通称:ゆかりん)と、華道の名門、五十鈴家のお嬢様、五十鈴華。彼女達も、あいつ――ライカに励ましの言葉を送ってた。

 名乗るタイミングを逸した彼の胸元には、見た目だけは旧式のカメラ――ライカM3(中身は最新式の着せ替えデジカメ)がぶら下がってる。

 本名はちゃんと別にあるんだけど、私がつけたあだ名「ライカ」がもう定着してしまっていて、未だに名前で呼ばれた事がないのが最近の悩み。

 ……ってこの間言ってた。

 

 

「でも、ライカ君。私いつも思うんだけど、平気なの? ここが何処だか、分かってるよね?」

 

「はい? そりゃあ勿論。俺が通ってる分校の大元、県立大洗女子学園で……あぁ」

 

 

 みぽりんの呆れたような表情に、ぽすっ、とライカは手を打ち合わせ、彼女に向かってサムズアップ。

 

 

「ご安心を! 俺のカメラは不埒な目的には絶対に使いません! 武部さんに誓います! というか武部さん以外に興味はありません!」

 

「それはそれで失礼だな」

 

「乙女としては、ちょっと複雑ですね……」

 

「……あっ!? いやっ、皆さんに魅力が無いわけじゃありませんよっ!? むしろ、とっても綺麗で可愛らしくて、武部さんと出会ってなければぜひ被写体になって欲しいくらいで……」

 

「おぉ~、光栄ですね~。でも、あんまりそういう事、大きな声で言っちゃいけませんよ~? ほら、武部殿が睨んでます」

 

 

 睨んでねーです。

 毎日のように女子高へ忍び込んでくる不審者を監視してるだけです。

 ……笑顔で手を振るな、ばかっ。

 

 

「うーん、それは信じてるんだけど、私が言ってるのは、戦車道以外の人達……それと、生徒会の河嶋さんにまた見つかったりしたらって事で……」

 

「あー、確かにそうですね。でも、大丈夫ですよ? あの時は正面から正々堂々入ったってだけですし、こう見えて俺、スネーク道の瀬川流三段ですから」

 

「ぉおおっ! 凄いでありますねっ!

 蛇道――通称スネーク道といえば、伝説の傭兵にちなんだ、肉弾重視の男の花道っ。

 女子の戦車道に並び称される人気の武芸で、その三段なら、戦場を駆け巡るプロじゃないですかっ!」

 

「ははは、どうも。といっても、俺はフラッグキルと情報収集がほとんどで、CQCとかはちょっと苦手なんですけどね。分校だから人数少な過ぎて大会にも出られませんし。

 でも、そこいらの男には負けない自信がありますし、野外は勿論、ダンボールさえあれば、人工建造物の何処へでも侵入、何処からでも脱出できますよ!」

 

「ダンボール、ですか?」

 

「不条理だな」

 

「す、凄いんだね、ライカ君。でも、そういう意味じゃなくて、もうちょっと自重を……」

 

 

 女の子に囲まれて、あいつは胸を張っている。

 なによ、デレデレしちゃって。私以外に興味ないんじゃなかったの? そんなんだから、私は……。

 ………………あぁ、凄いのは分かったからワザとらしく「チラッチラッ」しないでってば。

 

 

「……はぁ」

 

 

 思い通りに行かないなぁ……。

 そんな事を思って、私は溜息をつく。

 脳裏に浮かぶのは、初めてあいつ――ライカに出会った時のこと。

 聖グロリアーナとの練習試合が終わって数日。あいつは、突如この格納庫に現れ、大声で私を呼び出し――

 

 

 

 

 

『貴方に一目ぼれしましたっ!! ぜひ、俺とお付き合いしてくださいっ!!』

 

 

 

 

 

 ――なんて、告白しやがったのだ。この私に。皆の目の前で。

 

 それからはもう、てんやわんやの大騒ぎ。

 周囲を戦車道の皆に囲まれ、逃げる事も出来なかった私は、十六年の人生において初めての異性からの告白にテンパり、「ごめんなさいっ」と、つい断っちゃった。

 しばらくショックに項垂れたあいつは、しかし割りとすぐに復活。くわっと頭を上げて、「俺は諦めませんよっ! あ、写真一枚いいですか?」とカメラを構えて。

 乙女の習慣としてとりあえずポーズをとり、彼はそれを激写。「また来ますっ!」なんて言いながら名前も告げずに去っていったの。不法侵入だったのが分かったのは、たいぶ後のこと。

 おまけに、まさか翌日から毎日のように来られるとは、誰も想像していなかったと思う。警戒厳重にしたはずなのにふらっと来てふらっと帰っちゃうし。

 

 そして、名前を知らないあいつをどう呼んで良いのか分からなかった私は、彼の事を「ライカの人」と呼んでいて、それがあだ名として定着しちゃったのだ。

 ちなみに、カメラの名前が「ライカ」っていうのを教えてくれたのはゆかりんです。大体想像つくよね?

 

 ……とにかく、さっきも言ったけど、嫌なわけじゃない。

 顔は中の中……中の上? いや、上の下? とりあえず、ぶちゃいくさんではない。

 眉毛はキリッと長くて、鼻筋はちょっと太め。髪型はいつもオールバック。私の好みとは微妙にずれちゃってるけど、男らしいと言えなくもないと思う。……やっぱり中の上かな?

 性格だって、一年の子達にも敬語を崩さないくらい礼儀正しいし、無断で写真を撮ったりしないし(不法侵入はするけど)、他の誰かに見せたいって時はキチンと連絡くれる。

 メールだって結構するし、マメに返信くれるし、週に五回は告白してくれるし、おまけに、好きだって言われて悪い気がするはずがない。

 

 総合的に言えば………………まぁ、嫌いじゃ、ない。恋人になるのも、やぶさかじゃあ……ない……かも知れない。

 

 

(でも、なぁ……)

 

 

 今更、どうやって受け入れればいいんだろう。

 最初の頃は、舞い上がって、恥ずかしくて、特に考えもなく断っちゃってた。

 メアドを交換した辺りからは友達感覚になって、断るのがお約束みたいになってた。

 ……だけど、知り合って一ヶ月も経たない彼のことを深く知るうち、なんだかまた恥ずかしくなって来て、最近はまともに顔を見れないし、メール以外で話したのも数えるほど。

 

 

(本に書いてある事なんて、全部嘘っぱちだよぅ……)

 

 

 なぁにが近頃の男子はみんな草食系よ。

 ライカは紳士だけど確実に肉食系だよっ。

 ガッツンガッツン攻略されちゃってるよっ!

 どうすりゃいいのよぉ!? 教えて結婚情報誌ぃっ!?

 

 

「それじゃあ、俺はそろそろ戻ります。武部さ~んっ、また明日~!」

 

「あ、うん、また………………はっ」

 

 

 こちらへ手を振るあいつに釣られて、思わず手を振り返しちゃう。

 そしたら、皆に微笑ましいものでも見るような目つきで見つめられているのに気付いた。特に麻子なんか、長い付き合いの私でも見たことない、「にへらっ」と擬音を付けたくなる笑い方してる。

 恥ずかしくて、なのに、それはなんだか、嫌ではなくて。

 またテンパってしまった私は、小さくなって行く背中に、叫ぶ。

 

 

 

 

 

「うぅうぁあぁあっ!! もうっ! 全部あんたのせいだぁぁあああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 


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