積乱雲の中、華仙は龍に乗ってライを探していた。
そして、積乱雲の中を飛び回る光の玉を見つける。
「いたわね・・・・・・」
「ギィー?」
ライは華仙の姿を見ると、首を傾げる。なぜ、彼女がここにいるのか、不思議そうにして。
「悪いけど、オイタはそこまでよ。貴方を狩らせて貰うわ」
「ギィ、ギィギィ」
お前に出来る物か。そう言っているライに、華仙は思わず笑ってしまう。
「ふふ、まったくおめでたい奴ね。今までジンのおかげで、生かされていたというのに」
「ギィ、ギィギィ、ギィー」
“あんな弱い奴が、一体どうしたという”ライのその言葉に、華仙はムッとした。
「そこまで増長していたとは・・・最早生かしておく理由は無いわね。お前は不合格だよ」
「ギィー!」
華仙の言葉に怒ったのか、ライは華仙目掛けて雷を放つ。しかし、華仙の右腕に弾かれてしまう。
「ギィ!?」
「残念だけど、私はジンとは違うのよ」
そう言って、ゆっくりとライに近づく華仙。その時、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「華仙! 待ってくれ!」
「ジン!? どうしてここに!?」
突然現れたジンに、華仙は驚きを隠せなかった。しかしその隙に、ライは逃げて行ってしまった。
「あ、待ちなさ―――」
「華仙! 待って欲しい!」
ジンは、ライを追おうとする華仙の腕を掴んだ。
「ジン! 手を離しなさい!」
「俺の話を聞いてくれたら、手を離す」
「話しってなに? 言っておくけど、処分する事を変えるつもりは無いわ」
「処分するなとは言わない。ただお願いがある」
「お願い?」
「もう一度だけ、ライと戦わせてくれ」
ジンの願いの内容を聞いた華仙は、しばし呆気にとられ、やがて大きなため息をつく。
「いい? 貴方はこれまでライと戦って、一度も勝てていないでしょ? 勝てないとわかってて、戦うつもりなの貴方は?」
「確かに、一度勝てていない。だけど、勝てないとは違う!」
「何か秘策でもあるの? 」
「・・・・・・一つだけ、試してみたい事があるんだ」
そう言ったジンの瞳には、確かな強い意思を見せていた。
(上手くいく保証なんて無い。ジンをこのまま行かせたら、余計に傷つくだけ。絶対に任せる事は出来ない、出来ないはずなのに)
華仙は悩んだあげく、ジンにこう伝えた。
「・・・・・・一回」
「え?」
「一回だけよ。それで負けたら、私は躊躇なくライを処分する。良いわね?」
「ありがとう華仙! 恩にきる!」
ジンは嬉しそうに礼を言い、ライの後を追って行った。そんな彼の後ろ姿を見送って、華仙は小さく溢した。
「はあ、私って、甘すぎるのかしら・・・ねぇ、お前はどう思う?」
華仙は、一緒にいる龍にそう聞いた。すると龍は、楽しそうに笑うのであった。
―――――――――――
霧の湖の上空。ライはそこに逃げていた。
華仙との力の差は歴然。もっと力を蓄えなければ、太刀打ち出来ないと判断したからである。
そこに、ジンが追って来た。
「おい! 待てよライ!」
「ギィ? ギィー! ギィー!」
「落ち着けって、ここに華仙はいない」
そう言うジンの言葉を聞いたライは、周囲を見回し、華仙がいない事を確認する。
「ギィ、ギィギギィ」
「“何しに来たか”って? それは勿論――――お前と戦いに来たんだ」
そう言うジンに対して、ライはあざけ笑う。“弱いお前が、自分に勝てると思っているのか”そう言っているようであった。
「言ってろ、今回の俺には秘策がある。今回は勝つつもりだ」
「ギィギィ、ギギィー!」
ライが叫んだ瞬間、雷をジンに目掛けて放つ。しかしジンは、既に金獸を召喚していた。
「金獸“大陰の白鑞金”!」
ジンがそう叫ぶと、金獸は銀白の金網に変身した。
雷は金獸に直撃するも、四方へと散っていっき、金獸はほぼ無傷であった。
「ギィ!?」
「確かに、俺はそんなに力があるわけでじゃない。だけど、それを補う知恵と知識、工夫がある!」
ジンはそう叫ぶと、ライに向かって行くのであった。
―――――――――――
ジンとライの戦いを、華仙はいつものように、遠くから見守っていた。
「なるほど・・・ここ最近、金獸の制御の修行ばかりしていると思ったら、こう訳だったのね」
弱い術で、あそこまで工夫をして使うと、華仙は感心していた。よほど五行獸との相性が良かったのだろう。
(でも、防ぐだけじゃ、じり貧よ。一体どうするつもりなのかしら?)
そう思いながら、見ていると、先にライが動き出した。
ライは、周囲の雷を集め、強大な雷球を作り出した。それを見た華仙は、焦り出す。
「これは不味い! 急いで止めないと!」
あれだけの大規模な雷球を受ければ、間違いなく金獸は破壊され、ジンも直撃するだろう。そうなれば、いかに鬼人であっても、命は無いだろう。
(約束を破ってしまうけど、彼の命には変えられない!)
そう思い、ジンの側に駆け寄ろうとする華仙。それを龍の子が制止する。
「ちょっと! 何を――――」
「―――――」
「え? “ジンを信じて欲しい”ですって?」
龍の子は頷くと、ジンの方に目をやる。すると華仙も理解した。ジンはの瞳には、確かな強い意思が宿っている事に。
(まだ、奥の手があるのかしら・・・・・・?)
華仙は、不安を抱きながらも、最後まで見守る事にした。
―――――――――――
ジンは、目の前の強大な球電に対して、まったく怖じ気ついていなかった。その様子に、ライは不満を抱いていた。
「ギィ、ギィー!」
「悪いが、その程度のなら対策済みだ」
「ギィギィ、ギィー!」
「嘘だと思うなら、試してみろよ。見事に打ち破ってやるさ」
「ギィー!!」
ジンの言葉に、怒りを感じたライは、躊躇なく球電をジンに放った。
その瞬間、ジンは腰に掛けていた小刀を抜き、巨大な球電に目掛けて投擲した。球電と小刀がぶつかった瞬間、球電は爆発四散する。
「ギィー!?」
これにはライは動揺してしまった。ただの小刀が、自分が生み出した雷球を破壊したのだから。もっとも、ジンが投擲したのはただの小刀ではなく、かつて依姫から受け取った、八百万の小刀であった。
八百万の小刀は、依姫が所持して剣と同じ力を持っている、神々の武器の一つである。それ故に、ライの雷球を容易く破壊出来たのである。
「いけ! 金獸!」
ライが動揺している隙に、ジンは金獸を動かした。金獸は金網を広げ、ライの周囲を囲み、ライを閉じ込める檻となった。
「これで仕上げだ!」
ジンはすかさず、投げた小刀を呼び寄せ、それを金獸に刺した。
「これでお前を完全に閉じ込めた! お前の負けだライ!」
「ギィ、ギィー!」
それでも負けを認めないライは、檻に雷撃を放つ。しかし、その雷撃は金獸の体を走り、八百万の小刀によって四散されてしまう。
「無駄だ! お前の雷は、完全に封じた! 大人しく、負けを認めろ!」
「ギィ、ギィー!」
それでも負けを認めないライは、何度も雷撃を放つ。しかし、何度やっても、檻を破壊する事は出来なかった。
「もうよせ! ライ!」
「ギィ・・・ギィー!」
ライは最後の悪あがきと言わんばかりに、最大放出の雷撃を放った。それは、彼が放てる量を遥かに越えていた。
「ギィ・・・・・・」
全ての力を出しきったライは、そのまま気絶してしまった。
―――――――――――
ライ―――彼はジンと出会う前は、妖怪山で家族とひっそりと暮らしていた。
そんなある日、彼ら家族は、妖に襲われてしまった。そして彼だけが、生き残った。その時出会ったのが、ジンである。
ジンが華仙の屋敷まで連れて来て、治療を施してくれたのが切っ掛けで、ジンとライは仲良くなった。ジンが修行に訪れた時は、真っ先に彼の元に駆け寄るほどである。
しかし、ライにはある目的があった。家族を殺した妖に、復讐するという目的が―――。
だが、当時のライはただのトカゲ。とてもではないが、敵討ちどころか、返り討ちにあうのが関の山である。一時はジンに頼もうかと考えたが、彼の性格上、手を貸してくれるとは思えなかった。
諦めかけていたその時、華仙からある話を持ち出された。
『貴方には、龍になれる素質があるわ。どう? 龍の試験を受けてみない?』
その話は、ライにとっては願ってもない話であった。これで家族の敵を取れる。そう思ったライは、迷わず華仙の話を受けた。
試験は非常に困難なものだったが、ライは見事に突破し、最終試験までこぎつけた。だが、その時になって既に、ライの心境は変わってしまっていた。
“自分は強い、他の誰よりも――――”
強い力を得てしまった彼は増長し、暴れるようになってしまった。ある時は、あちらこちらに雷を落とし、ある時は妖を問答無用に襲ったりと、手がつけられなくなった。
そんな時に、立ちはだかったのはジンであった。彼はこんな事を止めるように、呼び掛けるが、ライは聞く耳を持たなかった。
そして戦いが始まった。
ジンと戦う事になって、ライは疑問を抱くようになる。
“どうしてこいつは、そんなに必死になって、自分を止めにくるのだろう”
ライは知らなかった。既に華仙が、自分に見切りをつけていた事に、そして自分を処分しようとしている事に。そして、彼が自分の命を助けるために、自分に戦いを挑んでいることに―――気づいていなかった。
―――――――――――
ライが目を覚ますと、ジンの膝の上にいた。すぐ見上げると、そこにジンの顔が見えた。
「気づいたかライ?」
「ギィー・・・・・・」
「あまり無理をするな。力を使い果たしたんだから」
ジンの言葉に、ライは少し納得した。自分の中にあった龍の力が、無くなっていることに。
落ち込んでいるライに、ジンは優しく語りかける。
「なあライ。お前は龍になって、何をしたかったんだ?」
「ギィー・・・・・・」
「復讐か・・・何となく、気持ちはわかる。だけど、お前はその力で、無関係な者を傷つけた。それは、お前から家族を奪った奴と、同じ事をしているんじゃないか?」
「ギィ・・・・・・」
「力を暴力に使うのは簡単だ。でもな、それだけに使うのは勿体ないと思う。お前の力があれば、いろんな事が出来る。それに――――」
「ギィ?」
「自分がやられて嫌な事は、他人にしてはいけない。
家族を奪われたお前なら、分かるだろ?」
「ギィ・・・・・・」
ジンが伝えたい事を理解したのか、ライは小さく頷いた。それを見たジンは、嬉しく笑った。
そんな二人の元に、華仙がやって来た。
「どうやら、うまく収まったみたいね」
「華仙か・・・見ての通りだ」
「そうね・・・私もまだまだ修行が足りなかったみたいね。それはさておきライ」
「ギィ?」
「今回は貴方は、龍の試験を受けているというのに、増長し、人里にまで被害を出した。はっきり言って、貴方は不合格よ」
「ギィ・・・・・・」
「本来なら、貴方を処分するのだけれど・・・ジンの要望もあって、処分を見送るわ」
「良かったなライ」
「ただし、ただでは許すつもりは無いわ。貴方には特別な修行を与えるわ」
「特別な・・・修行?」
「ギィ?」
「ふふっ、それは――――」
華仙は悪戯な笑みを浮かべて、ライに修行内容を伝えた。
―――――――――――
ライとの戦いから数日後。博麗神社の境内では、霊夢と魔理沙が世間話をしていた。
「それにしても、この前の雷球は一体なんだったんだろうな?」
魔理沙が言っているのは、数日前のジンとライの戦いの事である。あの巨大雷球は、多くの人々に目撃され、新聞にもその記事で埋もれていた。
「あんな巨大雷球は、自然じゃ発生しないぜ。きっと誰かが人為的に作ったに違いないぜ」
魔理沙は興味津々で話している一方、霊夢は興味なさげにしていた。
「正体が知りたいのなら、本人に聞いてみれば?」
「本人にって、何処の誰かわからないんだぜ? 聞きようが――――」
「作った本人―――うちに居候しているわよ」
「へぇー、そうなん―――な、何だってー!」
魔理沙は思わず、大きな声を上げた。
「な、何で、霊夢のところにいるんだよ!」
「うるさいわね・・・いろいろあったのよ。あ、帰って来たみたい」
そう言った霊夢の視線の先には、買い物から帰って来たジンの姿があった。
「ただいま。お、魔理沙もいたのか?」
「もしかして・・・ジンがそうなのか?」
「ん? 一体何の話だ?」
「この前の、巨大な雷球を作った張本人に会いたがっているのよ」
「ああ、なるほど。それなら、俺じゃなくて、こいつだ」
「ギィー」
鳴き声と共に、ジンの頭の上から顔を出したのは、トカゲのライであった。
「トカゲ? こいつがあの雷球を作りだしたってのか?」
「こう見えても、龍候補らしいんだ。もっとも、不合格になってしまったけど」
「ギィー・・・・・・」
「ふーん・・・それが何でこんなところにいるんだ?」
「華仙の奴が置いていったのよ。“この子は精神的にまだ未熟だから、しばらく神社で預かって欲しい”なんて言って来て」
「何でここなんだ? 守矢もあるだろうに?」
「知らないわよ。大方、ジンがここにいるからでしょ。まったく・・・これじゃあ、妖怪神社になってしまうわよ・・・・・・」
((もう既になっていると思うけど・・・・・・))
そんな事を思うジンと魔理沙であったが、口には出さなかった。
「まあ、霊夢が困っているなら、私が代わりに預かってやっていいんだぜ」
そう言って、魔理沙はライに手を伸ばそうとすると、ライは魔理沙に目掛けて電気を放った。
「いっつ! なんだよこいつは!」
「その子、ジン以外になつかないのよ。触るのだって、ジンが言い聞かせないと、触らせてくれないし」
「それを早く言えって! まったく、とんでも無い奴だな」
「ギィー」
こうして、博麗神社に新たな住人が加わる事になった。
気難しいライが、神社のみんなと打ち解けるようになるまで、かなりの時間が掛かってしまった事は、言うまでもない。
この展開にしたのは、元になった話の華仙の行動が、あまりにも冷淡だったからです。
トカゲに試験を受けさせて、不合格なら問答無用に殺すのは、あまりにも自分勝手だと感じたからです。
何か思惑があったにしても、正直華仙の行動は好きになれませんでした。
やっぱり、自分は殺伐とした話よりも、ほのぼのが好きです。