中々、思っているような話が作れないですね。
ここは永遠停の庭。そこで鈴仙とジンは、組み手の稽古を行っていた。
「せいっ!」
「はっ!」
かわし、いなし、捌く。
二人の応酬は激しさを増すが、鈴仙は何処か組み手に集中出来ていなかった。
「もらった!」
ジンが鈴仙の腕を掴み、投げた飛ばした。鈴仙はそのまま地面に叩きつけられる。
「いたたた・・・・・・」
「大丈夫か鈴仙?」
「う、うん・・・・・・」
ジンは鈴仙に手を差し出し、助け起こす。
「なんか、集中出来ていなかったみたいだけど、何かあったのか?」
「え? あ、うんまあ・・・・・・」
「良かったら話してくれないか? もしかしたら、力になれるかも知れない」
ジンがそう聞くと、鈴仙は少しためらいながらも、ジンに話し始めた。
「実は・・・・・・来週に予防接種をするのよ」
「予防接種? ああ、そう言えば来週だったな」
「それで、いつもなら師匠がやるんだけど、今回は私に一任されちゃって・・・・・・」
「そうなのか? でも、いつも永琳の助手をしているのなら、やり方も分かっているんだろ? 問題は無いと思うが?」
「問題大有りよ。只でさえ、人付き合い苦手なのに・・・・・・」
そう呟く鈴仙は、耳が萎れる程気落ちしていた。そんな様子を見たジンは、彼女を放って置けずにいた。
「でも、永琳が一任したって事は、それだけ信頼している筈だ。自信を持ってくれ」
「そんな事言われても・・・・・・」
「なら、俺も付き添ってやる。何が出来るか分からないけど、一人より心強いだろ?」
「うーん・・・・・・やっぱり迷惑じゃない?」
「迷惑じゃない。俺は鈴仙の力になりたいから」
「ジン・・・・・・そ、それじゃ、お願いしようかな?」
鈴仙少し照れながら、一緒に来て貰う事を、ジンにお願いした。
―――――――――――
それから一週間後。
ジンは鈴仙を迎えに、永遠亭を訪れた。
「おーい、鈴仙はいるかー?」
そう言うと、最初に現れたのは何故か輝夜の方であった。
「いらっしゃい。待っていたわジン」
「輝夜か、鈴仙に会いに来たんだが」
「ちょっと待ってて、いまてゐが連れて来るから」
輝夜がそんな事を言っていると、てゐと鈴仙の声が奥から聞こえて来る。
「ほらほら、待たせていると、向こうに悪いよ」
「で、でも、だからってこんな格好・・・・・・」
「大丈夫だって♪ 絶対に悩殺出来るって♪」
「あんた、もしかして楽しんでいるでしょ?」
「なんの事うさ?」
「てゐ~!」
「そんな事より、ジンを待たせて良いの?」
「それはそうだけど・・・こんな格好見せられないわよ・・・・・・」
「もう、鈴仙は恥ずかしがりなんだから。女は度胸、さあ行った行った」
「ちょ、ちょっと押さな―――きゃあ!?」
声と共に、鈴仙が姿を現した。そして、彼女の格好を見て、ジンは驚きを隠せなかった。
「れ、鈴仙? その格好は?」
「ううっ・・・・・・」
「見て分かるでしょ? ナース服よ」
「いや、それは分かっているが・・・何故ナース服なんだ?」
「これから予防接種しに行くんでしょ? それならそれらしい服装を着ていくのが普通でしょ?」
「とかなんとか言って、ただ鈴仙をおもちゃにしているだけだろう?」
「あら、バレちゃった♪」
「こいつ・・・・・・」
「でも良いじゃない。似合っているんだから。貴方も、似合っていると思わない?」
そう輝夜に言われ、ジンは改めて鈴仙の方を見る。短いスカートに、白いソックス、更に体のラインをくっきりと浮かすナース服を着ている鈴仙は、かなり魅力的だとジンは感じた。
「まあ・・・魅力的とは思うが・・・・・・」
「え?」
「でしょ? 私の目に狂いはなかったわ」
「だからって、嫌がる服を無理矢理着せるのはどうかと思うぞ。それに、この服だと目立ち過ぎる。鈴仙だって、その服装で出歩きたいと思わないだろ?」
「そ、それは・・・少し恥ずかしい・・・・・・」
「なら、無理に着ていく事は無い。鈴仙が着たい服を着た方が良いと思う」
「う、うん。それじゃ、いつものに着替えてくるわ」
そう言って、鈴仙は着替えに行ってしまった。そんな様子を見て、輝夜とてゐは小声で話していた。
「うーむ・・・お色気作戦失敗のようね」
「鈴仙のヘタレと、ジンの真面目さが裏目に出たって感じだね」
「でも、それなりに効果はあるみたいね。やっぱりジンも男って事ね」
「もっと際どいコスプレをすれば、案外簡単に落ちるかもね」
「その為には、鈴仙のヘタレをどうにかしないといけないわ」
「よーし、鈴仙改造計画始動だね♪」
「「ふふふふふ・・・・・・」」
そんな悪巧みを考えている。輝夜とてゐ。鈴仙は、僅かながら悪寒を感じるのであった。
―――――――――――
いつものブレザーに着替えた鈴仙は、ジンと共に人里に来ていた。
「これから予防接種をする訳だが、何処かで集まめてやるのか?」
「そんな事はしないわよ。いつもの販売みたいに、一軒一軒回っていくのよ」
「一軒ずつ!? そりゃ大変じゃないか?」
「大変だけど、永遠亭まで来て貰うわけにもいかないじゃない」
「まあ、それはそうだが・・・・・・」
「それじゃ早速、最初の一軒に向かいましょ」
そう言って鈴仙は先に歩き出し、ジンはその後について行った。
最初の一軒は、普通の何処にでも居る四人家族の家であった。
父親と母親と娘は、難なく予防接種を終えたが、年端もいかぬ息子は、注射を怖がり、駄々をこねていた。
「いーやーだー!」
「こら! ちゃんと受けないと、病魔に掛かって死んじゃうのよ!」
「でも~!」
母親の叱責で、一時的に泣き止むが、再び注射を見ると、やはり泣き叫ぶのであった。
「困ったなぁ・・・・・・これじゃ注射が出来ないわ」
鈴仙も、これには困り果てていた。そんな時、ジンが泣いている息子に近づいた。
「坊主。良いものを見せてやる」
そう言って、自分の手のひらを見せる。そこには何も無かったが、ジンが手を握り締め、再び開けると、いつの間にか飴玉がそこにあった。
「わー! すごーい!」
「飴玉、やるよ」
「ありがとー♪」
息子は嬉しそうに、ジンから飴玉を受け取り、それをほうばる。もうすっかり泣き止んでいた。
ジンはその間も、息子に手品を披露していた。その時に、彼は鈴仙に目線を送る。
(あっ、なるほど)
ジンの意図を気づいた鈴仙は、息子が手品に夢中になっている間に、素早く注射を打った。
ジンの機転のおかげで、最初の一軒が無事に終わらせ、次の家へと向かう鈴仙とジン。
その途中、鈴仙はジンに御礼を言っていた。
「ありがとうジン。おかげで何とかなったわ」
「別に大した事はしてない」
「そんな事は無いわ。私一人だったら、どうにもならなかったもの」
「鈴仙は、子供が苦手か?」
その問いに、少し悩んだが、正直に答える事にした。
「子供っていうより、人付き合いが苦手なのよ・・・ああいう場合、どうしたらいいかわからないのよ・・・・・・」
「そうか・・・難しい問題だな」
ジンは少し考えてから、鈴仙にこう言った。
「これは俺個人の考えだが、やっぱり思いやりが必要だと思う」
「思いやり?」
「ああ、人付き合いする以上。やっぱり相手の事を考えないといけないと思う。
例えばさっきの子供、注射が怖くて泣いていただろう?」
「ええ」
「それは、あの子が針という物に畏怖を感じたからだ。俺も、子供の時に体験したからな。
だから、針から意識を逸らす必要があるんだ」
「それがさっきの手品?」
「ああ。子供ってのは好奇心の塊だからな、興味を持たせる事をする事によって、注射から意識を逸らす。そうすれば、子供は泣きわめいたりしなくなる」
「た、確かに、簡単に打てたわ。でも、よくそんな事がわかったわね?」
「そんなに難しい事じゃない。相手の気持ちを知れば、それくらいの事は分かるようになる」
「相手の気持ちねぇ・・・・・・」
鈴仙は自身の能力で、多少の相手の感情を読み取る事が出来るが、だからといってどうすれば良いのかは、さっぱり分からなかった。
「うーん・・・私には無理そうね・・・・・・」
「そんな事は無い。相手の考えを全て理解する必要は無く、感じとれば良いんだ。それを知るのが、コミュニケーションだ」
「うーん・・・・・・」
「なら最初は、輝夜達としてみれば良いんじゃないか? そうすれば、少しは分かるかも知れないし」
「姫様達か・・・・・・」
「そんなに焦らなくても、鈴仙のペースで頑張れば良いと思うぞ」
「うん、そうね。ありがとうジン」
鈴仙は少しジンの事がわかった気がした。
彼の波長は、今まで出会った誰よりも穏やかであった。それは、相手を思いやる事が当たり前だと考えているからである。
(私とは、正反対だな・・・・・・)
仲間を見捨て逃げた自分と、常に相手を思いやるジン。その事に、強い葛藤抱く鈴仙であった。
―――――――――――
鈴仙とジンが次に訪れたのは、鈴奈庵である。
二人は鈴奈庵ののれんを潜ると、店内には小鈴の姿があった。
「いらっしゃ―――あ、ジンさんに薬売りさん」
「こんにちは。予防接種をしに来ました」
「あ、わかりました」
そう言って、奥へと向かい、親を呼んで来た。
「それでは、注射をしますので、腕を出してください」
そう言って、鈴仙は小鈴の親に注射を打っていた。その間、小鈴とジンは話をしていた。
「ところで、ジンさんはどうして薬売りさんと一緒なんですか?」
「ただの手伝いだ。流石に鈴仙一人は大変だと思ってな」
「そうなんですか・・・・・・なんだか、ジンさんって、色んな事をしていますね」
「そうか?」
「そうですよ。神社の仕事をしたり、寺子屋の教師をしたり、他にも色々しているじゃないですか」
「まあ、やっぱり困っている奴を放っておけない性分だからな」
「ふーん・・・・・・なら、私が何か困っていたら、助けてくれますか?」
「もちろん。まあ、妖魔本関連なら、霊夢に頼んだ方が良いと思うが、それ以外なら遠慮なく頼ってくれ」
「はい! 頼りにさせて頂きます! あ、次は私の番みたいですね」
「飴玉いるか?」
「そこまで子供じゃないですよ!」
小鈴は頬を膨らませながら、鈴仙の所に行った。少し強張っていたが、無事に予防接種を受けた。
―――――――――――
一通り回った後、次に訪れたのは稗田家の屋敷であった。
人里最大の屋敷だけあって、それなりの時間が掛かってしまう。
そんな時、現当主の阿求が鈴仙に声を掛けて来た。
「いつもご苦労様。ところで、いつもの人は?」
「今回は私に任されたので、永遠亭いますよ」
「もしかして、うちの爺のせいかしら?」
「ははは・・・否定出来ませんね・・・・・・」
そんな話をしながら、二人は庭の方へと目をやる。そこにはジンと老人が、何故か死闘を繰り広げていた。
「ぬう! 邪魔するでない小僧!」
「邪魔するも何も、あんたがやろうとしている事は犯罪だ!」
「何を言う! 年寄りの楽しみを奪う方が、罪では無いのか!?」
「なら閻魔様に聞いてみるか!? 間違いなくそっちが有罪だ!」
「残念ながら、あの閻魔様は守備範囲外じゃ。もう少し胸と尻があれば良かったんじゃが・・・・・・」
この老人は、稗田家の使用人で、同時にとんでもないスケベ爺さんであった。当然鈴仙も、この爺さんの被害にあったのだが、今回はジンはいるため、今のところ被害を受けていない。
「あんた・・・今の発言で、絶対に地獄行き確定だぞ・・・・・・」
「構いやせん。どうせ死んだ後の事なぞ、考えても仕方ないじゃろう」
「なんとも前向きな考えだな、少し尊敬する」
「ほっほっほ、そう言われると照れるのう・・・・・・今じゃ!」
スケベ爺は目にも止まらぬ速さで、ジンを追い抜き、鈴仙に向かって飛び出した。
「うさぎちゃーん♪ その豊満な胸と尻を触らせてーん♪」
「ひぃ!?」
「そんな事は俺がさせるか!」
予めスケベ爺の動きを読んでいたジンは、スケベ爺を床に踏みつけた。その時、スケベ爺の腰の音が鳴り響く。
「ぐぎっ!?」
「ふう、これでしばらく動けないだろ爺さん」
「お、お主、もう少し年寄りを労れ・・・・・・」
「普通の老人なら労るが、あんたみたいなスケベジジイには容赦はしない主義だ」
「お、鬼・・・・・・ガクッ」
スケベ爺は、そのまま気を失ってしまった。
「やれやれ・・・・・・鈴仙、大丈夫か?」
「え? あ、うん。ありがとうジン」
「どういたしまして。それにしても、困った爺さんだな」
「この方の持病みたいなものです。まったく、若かった頃は、もっとマシだったんですけど」
「え? 若い頃って・・・阿求の転生前からの知り合いなのか?」
「ええ、確か私が阿弥の時に居たので、もうかれこれ百年以上は生きていますね」
「百年!? この爺さん妖怪じゃないだろうな・・・・・・?」
「人間ですよ。たぶん・・・・・・」
「たぶんって・・・・・・」
「まあ、仮に妖怪になっていたとしても、大丈夫でしょう。いざとなったら、博麗の巫女を呼べば良いんですし」
「それで良いのかな・・・・・・?」
こうして、一つの謎を残しながら、屋敷を後にする鈴仙とジンであった。
―――――――――――
その後二人は、命蓮寺、神霊廟、守谷神社、魔理沙の家、アリスの家、紅魔館を訪れ、白蓮、神子の弟子達、早苗、魔理沙、アリス、咲夜、パチェリーに予防接種しに回った。
全てを回る頃には、既に日が落ちていた。
「はあ、ようやく終わりか・・・・・・」
「まだあと一ヶ所残っているわ」
「まだあるのか!?」
「ええ、博麗神社が残っているでしょ」
「あ、そう言えばそうだった・・・・・・」
「さあ、行きましょう」
「やれやれ、大変なんだな予防接種も」
ジンはそう呟きながら、鈴仙の後を追って行った。
博麗神社で、最後の予防接種を終わった。
「はい、これでお仕舞い。お疲れ様」
「いつもやっている事だけど、これって効くの?」
霊夢は半信半疑で鈴仙を見ると、彼女は霊夢に説明し始めた。
「予防接種ってのは、ワクチンを体内に入れる事によって、自発的に免疫力を高めるのが目的なのよ。そもそもワクチンとは――――」
鈴仙はワクチンに関する説明を始めるが、専門用語ばかりで、霊夢にはまったく理解出来なかった。
そこでジンは、鈴仙の説明を噛み砕いて、改めて説明した。
「ようは、病気に対して強くなる薬を体内注入して、病気に掛かりにくくするっていうのが、予防接種なんだよ」
「ああ、なるほど」
「え? 確かにワクチンは医薬品だけど、元をただせば病原――――」
鈴仙は何か言おうとしたが、ジンに口を抑えられた。そして、そのまま小声で話始める。
「ワクチンが何で出来ているかは、あまり知らせ無い方が良い。余計な誤解を生むかも知る無いからな」
その言葉に、鈴仙はなんとなくだが、ジンが危惧している事を察した。
この幻想郷では、永遠亭が現れる前は、普通の風邪でも死に至るほど、医療技術が乏しい状態であった。それゆえ、医療に対する正しい知識を持っているのは殆どおらず、有らぬ誤解を生む危険性があった。事実、手術などが受け入れられたのは、つい最近の出来事である。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。それより、そろそろ晩御飯だから、鈴仙も一緒でも良いか?」
「そう言うと思って、既に用意しているわ」
「ありがとう霊夢。そういう訳だから、食べていきなよ鈴仙」
「え? いいの?」
「せっかく用意したんだから、食べ無いと容赦しないわよ」
「そ、それじゃ、お言葉に甘えて・・・・・・」
こうして、鈴仙を含めて晩御飯を食べる事になった。
晩御飯を食べ終わり、鈴仙は永遠亭に帰ることにした。ジンも、彼女を見送る為に、一緒に境内にいた。
「本当にここまでで良いのか? 良ければ、永遠亭まで送るが?」
「良いって。ここからだとかなり離れているし、そんな事したら、ジンが大変でしょ」
「俺は別に構わないが?」
「はあ、まったく・・・・・・」
鈴仙はジンの鼻を押して、こう言った。
「優しいのは嬉しいけど、あまり自分をないがしろにしない方が良いわよ」
「俺は別に、そんなつもりは―――――」
「嘘ね、本当は自覚してるでしょ?」
「・・・・・・まあ」
「貴方が傷つくと、悲しむ人はいるのよ。だから、もう少し、自分を大切にしなさい」
「・・・・・・一応、努力してみる」
「そうね・・・私も、頑張ってみるから」
「え?」
「相手の事を知る事に。直ぐに出来ないかも知れないけど、やってみるわ」
「ああ、頑張れ鈴仙。俺も応援するから」
「ふふ、ありがとうジン」
鈴仙はそう笑って、境内を後にした。
こうして、彼女の予防接種は無事に終わる事が出来た。