東方軌跡録   作:1103

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タイトルをどうするか悩みましたが、これが一番しっくりきました。


ビブロフィリアの小説

人里にある小さな貸本屋―――鈴奈庵という店がある。

その一人娘である小鈴は、妖魔本収集という変わった趣味がある。だが、彼女にはまだ誰にも言ってはいない秘密の趣味があるのである。

 

「あーあ、今日はあまり御客さんが来ないなー・・・・・・あ、それなら“あの続き”を書こう」

 

そう言って取り出したのは、一冊の本であった。

彼女は本を開き、白紙のページに何かを書き始めた。彼女が書いているのはなんと、創作小説であった。しかもジャンルは恋愛と、いかにも年頃の少女が好みそうな内容であった。

 

「~♪」

 

小鈴は何とも楽しそうに小説を書いていると、奥から彼女を呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「小鈴ー、ちょっと来てちょうだい」

 

「あ、はーい」

 

親から呼ばれた小鈴は、あろうことか本をそのままにして行ってしまった。

そこに、入れ違うようにジンが来店して来た。

 

「こんにちは、借りた本を――――あれ?」

 

店に誰もいない事に気づいたジン。仕方ないので、戻って来るまで待つ事にした。その時、不意にカウンターの上にある本が目に写った。

 

「何の本だろう・・・?」

 

ジンは好奇心に駆られ、本を手にしてしまう。そして、中身を読んでしまった。

内容は、本屋の娘と彼女より年の離れた青年の恋物語である。本屋の娘は青年の事を兄として慕う一方、密かに想いを寄せているが、中々想いを伝えられないという物語である。

しばらく読み耽っていると、奥から小鈴が戻って来た。

 

「さて、続き続き・・・・・・あ」

 

「ん? ああ、少し立ち読みさせて貰っ――――」

 

「あああー!?」

 

小鈴は叫び声を上げながらジンから本を奪い取り、それを大事そうに抱えながらジンを睨みつけた。

 

「よ、読みましたね!」

 

「あ、ああ、少し気になってつい・・・・・・」

 

「もう最低です! 人の物を勝手に読むなんて!」

 

「ええ!? 勝手に読んだのは悪いが、そこまで怒るか?」

 

「怒ります!」

 

小鈴はそう言って、ジンを睨みつける。一方ジンは、彼女がどうして怒っているのかイマイチ分からず戸惑っていたが、どうやらこの本を読んでしまったのがいけなかったのだろうと思った。

 

「す、すまない、つい面白くて読み耽ってしまった」

 

「え、面白かったですか?」

 

「ま、まあな、個人的には面白いと思ったが」

 

予想外の感想に、小鈴は戸惑ってしまう。てっきり小バカにされると思っていたのだが、予想に反して好評されたからである。

 

「あの・・・どこ辺りが面白かったですか?」

 

「ん? そうだな、例えば―――」

 

そう言って、ジンは本の感想を述べる。小鈴は少し緊張しながらも、ジンの感想に耳を傾けた。

 

「主人公の本屋の娘の心境がよく書かれているし、友人との恋の相談をしているシーンが一番面白いな。特に、友人の毒舌がツボに入る時がある。後はやっぱり、二人の恋の行方とかも気になるな」

 

「・・・・・・」

 

「ん? どうした?」

 

「いえ、意外だと思って・・・ジンさんって、こういうのにあまり興味が無いと思っていましたから」

 

「まあ、基本的に冒険物が好きだが、こういう恋物語も好きだぞ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

ジンの意外な一面を知った小鈴は素直に感心すると、次にこんな事を言ってしまう。

 

「あの・・・もし良かったら、この続きを読んで感想を言って貰えませんか?」

 

「別に構わないが、読んではいけない物じゃないのか?」

 

「あ、あれは、単に驚いただけです!」

 

「そ、そうか・・・ところで、この本を書いたのって、もしかして小鈴か?」

 

「ふえ!?」

 

核心をつく言葉に、小鈴は慌てふためき、あろうことかとんでもない嘘をついてしまった。

 

「ち、違いますよ! これはその・・・と、友達が書いた物です!」

 

「友達って・・・阿求の事か?」

 

「そ、そうなんですよ! 彼女、色々と本を書いていますから!」

 

「なるほどな、確かに阿求なら小説の一つや二つを書いていてもおかしくは無いな」

 

(ああ・・・私ったらなんて嘘をついちゃうのよ・・・・・・)

 

ジンは小鈴の言葉に、すっかり納得していた。

一方小鈴は、自分のついた嘘に頭を抱えてしまうのであった。

 

―――――――――――

 

ここは稗田の屋敷。そこにある阿求の部屋に小鈴が訪れていた。

 

「ええ!? あんたジンさんにそんな事を言ったの!?」

 

「ちょ、ちょっと、声が大きいわよ!」

 

小鈴は人指し指を口にあて、静かにするように懇願するが、阿求はそれを気に止めずに、言葉を続けた。

 

「あのね、何が悲しくてそんな恥ずかしい物を書いた事にされるのよ」

 

「私だって、好きで言った訳じゃないのよ。なんか、流れ的にそうなったのよ」

 

「流れで私に押しつけないでよ。それに、さっさとジンさんに本当の事を言えばいいじゃない」

 

「そんな恥ずかしい事を言える訳無いじゃない!」

 

「それで友人を身代わりにするつもり? あんたって意外と酷い人ね」

 

「うっ・・・・・・」

 

「大体、あんたが書いた物ってどういう物なのよ?」

 

「えっと、一応持って来てはいるんだけど」

 

そう言って、小鈴は机に何冊もの本を起き、阿求に見せた。

 

「随分と書いたわね・・・・・・」

 

「まあね」

 

「どれどれ・・・・・・」

 

阿求はその中の一冊を手に取り読み始めた。小鈴は緊張しながら、その様子を眺める

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

黙々と読み噴けている阿求の姿を見て、小鈴は心配そうに声を掛けた。

 

「・・・・・・あの、阿求?」

 

「ちょっと黙ってて! 今良いところなんだから!」

 

「は、はい!」

 

阿求の凄み圧され、小鈴は黙ってしまう。それから彼女が読み終わるまで、小鈴はずっと待つのであった。

 

 

それからしばらく経ち、阿求がようやく読み終わると、コホンと咳払いをして言う。

 

「ま、まあ、中々面白い内容だったわ。この内容に免じて、条件付きで身代わりを引き受けても良いわ」

 

「本当!・・・ん? 条件?」

 

「当たり前でしょ。ただで引き受ける程、私は御人好しでは無いわ」

 

「ええ! そんなぁ~!」

 

「安心しなさい、そんな難しい条件では無いわ。ただ―――」

 

「ただ?」

 

小鈴が聞き返すと、阿求は少し恥ずかしそうに、その条件内容を言った。

 

「最新話が出来たら、先ず最初に私に読ませなさい。それが条件よ」

 

「え? そ、そんなんで良いの?」

 

「良いの! だってこの話の続きが気になるのよ!」

 

阿求は恥ずかしそうにそう言った。どうやら彼女も、小鈴の小説にはまってしまったようである。

 

―――――――――――

 

それから数日後。

いつものように店番をしていた小鈴の元に、阿求が息を切らせてやって来た。

 

「小鈴ー! 大変よ!」

 

「どうしたの阿求? そんなに息を切らせて?」

 

「どうしたの?じゃないわよ! もう話が膨らみ過ぎて収拾がつかなくなっているのよ!」

 

「一体何の話?」

 

「あんたが書いた小説が、巷で噂になっているのよ!」

 

そう言って、文々。新聞を見せる阿求。そこには小鈴が書いた小説が紹介されていた。

 

「ええ!? 一体どうして!?」

 

「原因はジンさんよ。あの人が色んな人にこの小説を紹介しちゃって、人から人へ話が広がったらしいのよ」

 

「ええー!?」

 

これには小鈴はただ驚くしかなかった。

まさかこんな事になるなんて、想像もしていなかったからである。

 

「幸いにも、作者の名前まで載せていないみたいだけど、それも時間の問題ね」

 

「ど、ど、どうしよう阿求!」

 

「それはこっちが聞きたいわ!」

 

予想外の事態に、二人は右往左往しているしかなかった。そんな時、この騒ぎの元凶とも言える人物が現れた。

 

「あー、阿求いるか?」

 

「ジンさん!?」

 

「ちょっとジンさん! どうしてくれるんですかこれ!?」

 

阿求は現れたジンに新聞を見せながら、怒りを露にして怒鳴る。一方ジンは、申し訳無さそうにして謝り出す。

 

「すまない、まさかこんな大騒ぎになるとは思わなかったんだ。許して欲しい」

 

そう言って、ジンは頭を下げた。それを見た阿求は、少しだけではあるが、怒りの矛先を降ろした。

 

「まあ、私もこんな事になるとは思いませんでしたけど、いくら何でも軽率じゃないですか?」

 

「確かにそうだな・・・今後は気をつける」

 

「それでどう収拾するんですか?」

 

「それに関してだが、いっそ出版してみないか?」

 

「「出版!?」」

 

「そう。人ってのは、面白いと聞くと、それを確かめたくなるものなんだ。だからいっそ、出版して世に出せば、それなりに収まりつくと思う」

 

「それはそうだけど・・・・・・」

 

阿求はチラッと小鈴の方を見る。彼女は今の話に、物凄い不安を感じているようであった。しかしジンは、次にこう言った。

 

「まあ、無理とは言わない。阿求だってやる事があるんだし、無理なら俺が責任を持って収拾するから」

 

「出来るんですか?」

 

「幸いにも、作者を伏せてあるから、文に頼み込む。ただ――――」

 

「ただ?」

 

「こういう面白い話があるって、皆に知って欲しかった。それが出来なくなるのは、少し残念だと思ってな」

 

ジンはそう言って、残念そうな表情をしていた。

彼は独占より、共有を好む性格である。美味しい物があるなら、それを分け合い、便利な物があるならそれを貸し与え、面白い物があるなら、共に楽しむ。故に、小鈴が書いた物語を皆に知って欲しいと思い、今回の事態が発生してしまったのである。

 

「ジンさん・・・・・・」

 

「まあ、直ぐに答えを出さなくて良い。ゆっくり考えて――――」

 

「やります!」

 

「え?」

 

「ちょっと小鈴!?」

 

「出版、やりましょう!」

 

小鈴の言葉に、ジンと阿求は戸惑いを隠せなかった。しかし、彼女の瞳には強い意思が宿っていた。

 

「え、えーと、小鈴はやる気だが、阿求の方はどうなんだ?」

 

「どうもこうも、彼女がやる気なら、私からは何もないわ」

 

「というと?」

 

「これを書いたのは彼女なのよ」

 

「ええ!? どういう事だ?」

 

「実は――――」

 

阿求はジンに、全てを話始めた。小鈴はそれを止める事は無く、ただ見守っていた。

 

「なるほど、そう言うわけか」

 

「騙していてすみません・・・」

 

「いや、別に謝る事は無い。元はと言えば勝手に読んだ俺が悪い訳なんだし」

 

「いいえ、私がハッキリ言えば良かったんです。そうすれば、阿求にだって迷惑が――――」

 

「そうよね、危うくあの乙女小説の作者になるところだったわ」

 

「うぐっ」

 

 

「まあ取り合えず、出版する方向で良いのか小鈴?」

 

「はい、少し怖いですけど、やってみようと思います。少なくとも、応援してくれる人がいるんですから、期待に応えないと」

 

そう小鈴は、自分の覚悟をジンに聞かせた。それを聞いたジンもまた、腹を括る事にした。

 

 

「わかった。それなら費用は全部俺が出す」

 

「ええ!? 良いんですかそんな事をして!」

 

「言い出したのは俺なんだから、それぐらいしないとな」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「まあ、何とかなるだろ」

 

「足りなかったら、私も出しますよ。乗り掛かった船ですもの」

 

「それは心強い。よーし、そうと決まれば早速行動だ! やるぞ!」

 

「「おー!」」

 

三人は手を重ねて、掛け声をした。

こうしてジン、小鈴、阿求の三人で力を合わせて、本を出版する事にした。

 

―――――――――――

 

出版するに至って、結局資金は阿求が出す事になった。あれだけ見栄を張ったジンであったが、やはりヘソクリだけでは足りなかったようである。

その事に関してジンは阿求に感謝と謝罪をしたのである。その代わり、ジンは宣伝を担当した。知り合いの天狗達に件の小説の本格的書籍化の話をし、それを新聞に載せて貰う事が出来た。

そして印刷に関しては、小鈴が担当した。彼女の家の鈴奈庵は本の印刷、製本も手掛けているので、彼女自身もこういう作業は慣れていたのである。最も、自分の本を作るのは初めてなので、何とも奇妙な気持ちになったという。

そして彼女の小説、ビブロフィリアの恋が出版した。

 

―――――――――――

 

それから月日が流れ、鈴奈庵にジンが訪れた。

 

「いらっしゃいませ! あ、ジンさん!」

 

「こんにちは小鈴。借りていた本を返しに来た」

 

「ありがとうございます。少し確認しますね」

 

そう言って小鈴は、ジンが借りていた本をチェックし始める。そんな中、ジンはふと、カウンターの上にある書きかけので本に目をやる。

 

「これってもしかして新巻の?」

 

「あ! 見ちゃダメですよ!」

 

そう言って小鈴は、カウンターにある本を閉じた。

 

「いくら続きが気になると言っても、書きかけを読むのはマナー違反ですよ」

 

「いやすまない。やはり一ファンとしては、気になるものなんだ」

 

「ふう、やっぱりペンネームにしておいて良かったです。本名だったら、もの凄い事になってしまいそうですね」

 

「ああ、今ではビブロフィリアの恋は、幻想郷ベストセラーだからな。“鈴本織子先生”」

 

鈴本織子とは、小鈴のペンネームである。これは本名だと色々と問題が起きると考えたジンの配慮である。

実際には彼女の本はヒットし、既に二巻目が出ており、現在は三巻目を書いているのである。

 

「先生なんてそんな恥ずかしいですよ・・・・・・」

 

「謙遜しなくて良いさ、実際に面白いからな」

 

「そう言って貰えると、俄然やる気が出ます!」

 

「今後も楽しみにしている。小鈴」

 

「はい!」

 

小鈴は満面の笑みをして言った。

こうして小鈴は作家として道を歩み始め、その才能を開花させて行くのだが、それはまた別の話である。

 




小鈴は貸本屋の娘なので、本をよく読み、時々創作小説を書いているんじゃないかと妄想して、今回の話しを書きました。
実際に某小説サイトでは、ユーザーが書いたおもしろい小説を書籍化していますので、案外こういった事が起きるんじゃないかと思っています。


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