東方軌跡録   作:1103

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今回は、東方求聞口授の布都の項目を見て思いついた話です。
ボツにしようかどうか最後まで悩み、投稿した物ですので、微妙な出来です。


惻陰の心

人里から少し離れた野原に、橙と妖怪の子供達が遊んでいた。

 

「よーし 投げるよー」

 

「ばっちこーい」

 

橙がボールを投げ、妖怪の子がバットでボールを打つ。ボールはそのまま遠くまで飛び、たまたま通り掛かった布都の足元に転がる。

 

「すみませーん、ボールを取って――――」

 

そう言おうとしたその時――――。

 

「妖怪め! 我が退治してくれる!」

 

突然そう叫び、子供達目掛けて火を放つ。

驚いた子供達は、大慌てて逃げ出した。

 

「逃がさぬぞ妖怪!」

 

布都は追い討ちと言わんばかりか、子供達に皿を放つ。しかし――――。

 

「土獸招来!」

 

突如現れた土の獣に、布都の皿はボロボロに朽ち果て、消滅した。

 

「む、何故邪魔をするのだジン!」

 

布都は土獸を召喚したジンに、非難なした目で言う。

一方ジンは、かなり呆れた様子であった。

 

「あのな・・・子供が襲われている所に出くわしたら、誰だって助けるだろ? それ以前に、どうして襲ったりしたんだ?」

 

「あやつらは妖怪じゃ、退治して何が悪いんじゃ?」

 

「悪さをしていないのに、退治する必要は無いだろ」

 

「分かっておらぬなお主は。古今東西、妖怪や化け物は人間の敵と相違ないではないか? 事実、書物等では、大半が悪者扱いされとるじゃろ?」

 

「それは・・・そうだが・・・・・・」

 

「故に、我がしている事は人の為になっているのじゃ」

 

布都は自慢気にそう言うが、ジン自身は納得してはいなかった。

 

「だからって、無差別に襲うのは感心しない」

 

「無差別に襲ってはおらん。妖怪だけじゃ」

 

「妖怪なら、問答無用で退治するのか?」

 

「もちろんじゃ、巫女達もそうしておるじゃろう?」

 

「うっ・・・・・・」

 

これにはジンは何も言い返せず、言葉を詰まらせてしまう。

 

「ともかくじゃ、今後我の邪魔をするで無いぞ」

 

「あ、ちょっと待て! 話はまだ――――」

 

ジンは呼び止めようとするが、布都はそのまま何処かへと飛び去ってしまった。

 

―――――――――――

 

人里にある茶店。そこでジンは、布都の事でマミゾウと相談していた。

 

「―――そんな事があってな・・・少し困っているんだ」

 

「ふむ・・・確かに困るのうそれは・・・・・・よし、儂に任せておれ」

 

「実際どうするんだ?」

 

「なに、二度と大それた事をせぬように、完膚なくまでに叩き潰すだけじゃよ」

 

「待て待て待て! 何もそこまでしなくても良いだろ!? もう少し穏便に――――」

 

「じゃが、布都の行いには目が余るのも事実。実際、あやつに対して不満を持つ妖怪は多いぞ?」

 

「それはそうだが・・・やはり穏便に済ましたいんだ」

 

あくまでも穏便に事を解決したいジンに対して、マミゾウはやれやれと肩を竦めた。

 

「やれやれ・・・お主はお人好しじゃのう。わかった、他の妖怪には儂が言い聞かせておく。しかし、根本的な解決をせねば、いずれ火種は起きるぞ?」

 

「わかった。何とかしてみる。ありがとうマミゾウ」

 

ジンはマミゾウに礼を言いながら、茶店を後にした。

ジンが去った後、マミゾウは小さく呟く。

 

「やれやれ、もっと楽な道を選べば良いものを、難儀な性格じゃのうあやつは・・・まあ、そこが気に入っておるのじゃが」

 

マミゾウは残された団子を食べながら、ジンの背中を見えなくなるまで見つめた。

 

―――――――――――

 

マミゾウと別れたジンは、次に神子に布都について話を聞くため、神霊廟に訪れていた。

 

「なるほど・・・布都がそんな事を・・・・・・」

 

「彼女はアホですからね。未だに時代錯誤の考えをしているんですよ」

 

毒舌を言い放ちながら、屠自子はジンにお茶を差し出す。

彼女の時代錯誤という言葉が気になったジンは、屠自子にその事について聞いた。

 

「時代錯誤って?」

 

「私達が生きていた時代では、妖怪は当然のように襲い喰らう。人を仇なす存在だったのよ」

 

「故に、妖怪は敵と認識しているんですよ」

 

「そうか・・・でも、今は違うだろ? 少なくとも幻想郷の妖怪は最低限のルールを守っている筈だから、無闇に人を襲う事は無い筈」

 

外の人間はともかくと言おうとしたが、ジンはその言葉を飲み込んだ。

 

「それでも、過去のわだかまりは中々解けない物です。頭で分かっていても、心が受け入れられないのですよ」

 

「私でも妖怪を見ると、思わず身構えてしまう時がありますから」

 

「思ったより難しい問題だな・・・・・・」

 

「そうですね、こればかりは私がどうこう言って直る物ではありませんから」

 

「わかった、参考になった。ありがとう」

 

ジンは二人に礼を言いながら、神霊廟を後にする。

ジンが去った後、屠自子は口を漏らした。

 

「どうして布都の奴の事で真剣になるんですかね? 自業自得なの上に、自分には関係無い筈なのに」

 

屠自子は疑問を抱いていた。

ジンと布都はあまり接点は無く、親しい友人でも無い。良くて知人程度の関係である。それなのにジンは、布都の為にあれこれ動いている。そこに屠自子は不思議に思っていた。

 

「知人相手でも、あそこまで親身になれるんでしょうか?」

 

そんな事を呟く屠自子に、神子は首を横に振った。

 

「彼はある出来事が切っ掛けで、惻陰の心を幼少の時に会得しているのですよ」

 

「ある出来事とは一体・・・・・・」

 

「それは彼の過去―――主に母親の言葉が要因となっています」

 

そう言って、神子はお茶を啜りながら話始めるのであった。

 

―――――――――――

 

神霊廟を後にしたジンは、歩きながら布都をどう説得するかを考えていた。

 

(さて、一体どうするか・・・ん?)

 

そんな時、偶然にも布都と出会う。しかし、それは昼に出会った時とは違い、あちらこちらボロボロであった。

 

「い、一体どうした布都!? そんなボロボロになって・・・・・・」

 

「む? ジンか・・・実はのう――――」

 

布都の話によると、あの後九尾の狐妖怪と出会い襲われ、抵抗むなしくボロボロに負けてしまったらしい。

 

「何やら、“橙を虐めたのはお前かー!?”と叫んでおったが、我は虐めなどのような卑怯な事はしておらぬ! とんだ濡れ衣じゃ!」

 

「ははは・・・・・・」

 

そこでジンは、布都が襲った妖怪が誰なのか直ぐに分かり、思わず苦笑いをしてしまう。

 

「まったく、妖怪はやはり敵じゃ。人を問答無用に襲う害悪じゃ」

 

布都は敵意を隠さずそう良い放った。

それに対してジンは、先程の苦笑いを消し、無表情で布都に言う。

 

「それは、お前もじゃないか布都?」

 

「な、何だと!? 我がいつ害悪となったのだ!?」

 

「妖怪を問答無用で襲っているじゃないか?」

 

「それはあやつ等が妖怪で―――」

 

「妖怪だから襲っていうのが正当化されるのなら、人だから襲うのも正当化されるな」

 

「な、何でそうなるんじゃ!」

 

布都は声を荒げるが、ジンは動じずそのまま言葉を続ける。

 

「そりゃそうだろ、妖怪だけを一方的に襲うのは良くて、人を一方的に襲うのは駄目なんて、おかしいだろ?」

 

「おかしいのは御主だろう! 人が襲われて良くは無い筈! 御主とて、襲われたくは無いだろう?」

 

「ああ、俺だってそんなのは御免だ。でも、それは妖怪だって同じじゃないか?」

 

「妖怪も・・・同じ?」

 

「昔、母さんに言われた事があったんだ。“自分が嫌がる事を、他人にしてはいけない”って」

 

それは遠い昔の事。それはジンがまだ十にも満たない子供の頃である。

当初のジンは、今のジンからでは思えない程自分勝手で、理由も無く暴力を振るい、自分の力を誇示していたのである。

 

「ある日、その事を母さんに自慢したら、思いっきり叩かれたんだ。その時に言われた言葉なんだ」

 

それは、ジンにとって衝撃的な事であった。

それ以降ジンは、他人を重んじるようになり、苛めもせず、逆に助けるようになった。

それは全て、相手の立場になって考えた行動であり、それは今も変わらず続けているのである。

 

「だから布都、一度でも良いから、相手の立場になって考えて欲しい。今している事が、本当に正しいのかを」

 

「・・・・・・」

 

ジンは話を終えると、その場を去って行った。

ジンの話を聞いた布都は、しばらくその場で考え込むのであった。

 

―――――――――――

 

その夜、ジンは縁側で霊夢に今日の出来事を話していた。

 

「へえ、あの話をしたんだ」

 

「正直言って恥ずかしかった。後、訳わからん言葉も口走った」

 

「そう? 良い話だと思うけど?」

 

「あの話をする際に、俺の黒歴史も話さなくちゃいけないから、精神的なダメージを食らう」

 

「そうよねぇ、今じゃ考えられないもの。あのジンに、身勝手で唯我独尊な時期があったなんてね♪」

 

霊夢は面白そうにそう言い、ジンはバツ悪そうにした。

 

「それでどうなの? 布都はそれで納得出来たの?」

 

「さあ、そればかりは本人次第だな。ただ―――」

 

「ただ?」

 

「分かってくれると思う。

俺の人生で一番感銘を受けた言葉なんだから」

 

どんな偉人の名言より、その母の一言ががジンの心に深く刻まれていた。

 

―――――――――――

 

それから数日後。ジンが人里を歩いていると、偶然にも布都とバッタリと鉢合わせした。

 

「む、御主か・・・・・・」

 

「布都か・・・・・・」

 

二人はしばらく無言であったが、布都はおもむろに口を開く。

 

「あれから自分なりに考えたが、やはり妖怪は我の敵である。それだけは変えられぬ」

 

「そうか・・・・・・」

 

「じゃが」

 

「ん?」

 

「少々やり過ぎたのは・・・認める。これからは相手を選ぶ事にする。

じゃが、我は妖怪を認めた訳では無いからな。それを努々忘れるでは無い」

 

それだけ言うと、布都はその場を去った。

 

「ああ、それだけで十分だ。ありがとう布都」

 

ジンは小さく呟きながら、その場を後にする。

それから布都は、無闇に妖怪を襲う事は無くなり、トラブルが減ったという。


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