三月末となり、博麗神社の桜の木には蕾が出て来て、今にも咲きそうになっていた。
ジンは掃除の手を止め、桜の木を見上げる。
「今年の花見は楽しみだな」
桜の蕾を見ながら、ジンは期待で胸を踊らせていた。
すると、霊夢がジンを呼びに来た。
「ジーン、お昼にするわよ」
「ああ、わかった」
ジンは掃除を中断し、神社にはいって行った。
居間に入ると、既に料理が置かれていた。
「お、タラの芽か」
「紫からの差し入れよ、せっかくだからてんぷらにしてみたの」
「タラの芽のてんぷらか、それは美味そうだな。
それじゃ、いただきます」
ジンはタラの芽のてんぷらを口にする。
「美味い! やっぱり霊夢の料理は最高だ!」
「お、お世辞を言っても、何にも無いわよ」
「お世辞じゃなくて、素直な感想。俺は霊夢の手料理好きだけど」
「ば、馬鹿な事を言っていないで、さっさと食べなさい!」
霊夢は顔を真っ赤にして、ジンから顔を逸らす。
ジンは、何か怒らせる要因があったのか?と疑問を抱きながらも、タラの芽のてんぷらを食べるのであった。
食事も終わり、掃除を再開しようとした時、来訪者が訪れた。
「ジン、こんにちは」
「こんにちはジン!」
「咲夜にフラン、どうしたんだ?」
「ちょっと霊夢に聞きたい事があって」
「霊夢に? わかった。
おーい霊夢! お前にお客だ!」
ジンがそう叫ぶと、やや迷惑そうな表情で霊夢がやって来た。
「そんな大声で叫ばないでよ、恥ずかしいじゃない・・・。
あれ? 咲夜にフランじゃない、どうしたの?」
「ちょっと貴女に聞きたい事があってね。
春告精って知っているわよね」
「春告精・・・リリーホワイトの事ね」
「リリーホワイト? 一体何なんだ霊夢?」
「春を告げる妖精よ、リリーホワイトが通った場所は、一瞬で春になるのよ」
「一瞬で!? それまた凄いな・・・」
「それで? リリーホワイトがどうかしたの?」
霊夢がそう聞くと、咲夜はやや困った表情を取る。
「例年通り、お嬢様がリリーホワイトをご所望されて・・・」
「やれやれ、懲りないわねレミリアは・・・それで、私に何が聞きたいの?」
「あのね、闇雲に探しても見つからないから、リリーホワイトの住処を見つけて待ち伏せしようと思っているんだけど、肝心な住処が分からなくって・・・。
霊夢なら何か知っているんじゃないかな?」
フランは期待の眼差しで霊夢を見つめるが、彼女の期待に応える返答は返って来なかった。
「そんなの知らないわよ」
「ええ・・・」
「仕方ないじゃない。
妖精の住処ってのは見つけづらい物なのよ」
「それはそうだけど・・・」
「なら、同じ妖精に聞いてみれば良いじゃないのか?」
「同じ妖精? 当てはあるのジン?」
「ああ、ついて来てくれ」
そう言ってジンは、ミズナラの木に向かって行った。
―――――――――――
ミズナラの木には、いつも通りのサニー達と、遊びに来ていた魔理沙の姿があった。
「おーい、サニー」
「あ、ジンに霊夢さんじゃない。あれ・・・?」
「珍しいな。咲夜はともかく、フランまで来ているなんて」
「ちょっとね。それよりも、そこの妖精達に聞きたいんだけど」
「な、何でしょうか・・・?」
フランの気迫に、サニー達は圧されていた。
当のフランは気にせずに言葉を続けた。
「リリーホワイトの住処、知ってる?」
「リリーホワイトって、春告精の事ね」
「ルナ、何か知っているのか?」
ジンがそう尋ねると、ルナは首を横に振る。
「私は知らないけど・・・サニーなら何か知ってるんじゃない?」
「そうね、この時期になるとリリーホワイトの事を恐がるもの」
ルナとスターの言葉に、一同の視線がサニーに集まる。
「サニー、何か知っているのか? 」
「え、えっと・・・リリーホワイトに関わるのはやめた方が・・・・・・」
「知ってんなら、さっさと教えなさいよね」
「ううっ・・・」
霊夢に迫られ、サニーは渋々知っている事を話した。
彼女の話によると、春のリリーホワイトは興奮状態で、普段温厚な彼女でも、この時はかなり攻撃的になるらしい。
「なるほど、それでリリーホワイトを恐れていたのか・・・」
「けどよ、いくら攻撃的って言っても妖精は妖精だろ?
大したこと無いんじゃないか?」
「甘いわ魔理沙さん! この時期のリリーホワイトは攻撃的になるだけじゃなくて、力も凄いのよ!
春の彼女に敵う奴なんていないんだから!」
「―――と言っておりますけど?」
「でも、それは妖精の中の話だよね?」
「そうだぜ、妖精と私達を一緒にしないで欲しいぜ」
サニーの言葉を、まったく信じない咲夜、フラン、魔理沙であった。
一方、霊夢は今の話が気になったのか、何かを考えていた。
「ん? どうした霊夢?」
「ちょっと気になるだけど、攻撃的になるって事は、人を襲うかもしれないのよね?」
「おい霊夢・・・まさか・・・」
「退治なんかしないわよ、ただ、一応監視した方が良いと思って。
サニー、リリーホワイトの居場所を教えて」
「う~ん・・・霊夢さん達なら大丈夫かな・・・? えっとですね・・・」
サニーはリリーホワイトの住処を、ジン達に話し始めた。
―――――――――――
妖怪山の麓、そこにジン、霊夢、咲夜、フランと新たに同行した魔理沙の五人が訪れていた。
「ここだな、サニーがリリーホワイトと遭遇した場所は」
「これは意外な場所ね、大抵の妖精は魔法の森か霧の湖近くに住んでいるのに」
「細かい事は後よ。
ジン、早速だけど、リリーホワイトの軌跡があるか調べて頂戴」
「ああ、わかった」
ジンは能力を使い、過去の軌跡を視始める。
すると、中腹辺りに飛んで行くのが見えた。
「中腹辺り・・・彼処は天狗達の縄張りじゃないか?」
「また面倒な所に居るわね・・・」
「どうして? 襲って来たらやっつければ良いじゃない」
「妹様、天狗という妖怪は仲間意識が強く。味方がやられると、必ず報復行動を取るのです。
今後の捜索を視野に入れると、敵対しない方がよろしいかと」
「そっかー・・・」
「うーん・・・ここは早苗達に協力して貰うか?
一緒に居れば、少なくとも襲われる事も無いだろうし」
「どうやって連絡を取るの?」
「まあ、そこは運次第になるが・・・取り合えず中腹に向かおう」
ジンの提案により、中腹に向かうことにした霊夢達。
五人は山へと足を踏み入れるのであった。
―――――――――――
五人が山に入ってしばらく経過した。
そろそろ山の中腹に差し掛かろうとしたその時――――。
「そこの五人! 止まりなさい!」
一人の白狼天狗の少女が五人の前に現れた。
彼女の名前は犬走椛。妖怪山を哨戒する白狼天狗の一人であり、ジンの将棋仲間でもある。
「椛か、ちょうど良かった」
「ちょうど良かった。じゃありませんよ! あまり天狗の縄張りに入らないで下さいって、いつも言ってるじゃないですか!
将棋なら後日でお願いします!」
「いや、そうじゃなくて、早苗を呼んで来て欲しいんだ」
「守矢の巫女ですか? 何でまた?」
「ちょっと、山の中腹を捜索したいんだ。早苗と一緒なら、他の天狗も襲っては来ないだろ?」
それを聞いた椛は、ニコやかな笑顔を作った。
しかし、この笑顔は友好的な物では無く、とてつもなく攻撃的な物であった。
「ジン・・・? 私の話を聞いていましたか?」
「ああ、聞いていた。だから、他の天狗に襲われないように、早苗に来てもらおうと――――」
「それなら―――今すぐに山から降りなさーい!」
椛は、火山の噴火の如く叫んだ。
普段の彼女からは、考えられない姿であった。
「むー、ちょっとぐらい良いじゃない」
「ダメです、早く山から降りて下さい。
特にジン、貴方は他の天狗に只でさえ目をつけられているのですから」
「ちょっと、それってどういう事よジン?」
「あー・・・話せば長くなるんだが・・・」
ジンは事の経緯を話始めた。
彼が幻想郷に来て間もない頃、守矢神社に遊びに行った時に哨戒中の天狗に絡まれた事があった。
その時は能力を駆使し、撃退したのだが、それ以来天狗達に目をつけられてしまったのだ。
もっとも、文や椛のように友好的な天狗もいる。
「あんたね・・・そういう大事なことを何で今まで話さなかったの!」
「いや、その・・・中腹まで入らなければ、特に大丈夫だったし、仮に守矢神社に用があれば早苗と一緒に居れば、基本的に襲っては来なかったからな・・・」
それを聞いた霊夢は、呆れてため息を吐いた。
そんな中、魔理沙はある疑問を抱いた。
「ところで、ジンは鬼の血を引いているんだろ? だったらフリーパスじゃないのか?」
「まあ・・・そこの所は意見が別れていまして・・・。
鬼の一人として見ている天狗や。所詮は人間、鬼モドキ程度にしか見ていない天狗に別れているんです」
「あー・・・確かに、難しい判断だぜ・・・因みにお前は?」
「私ですか? 私も文先輩同様、ジンは大切な友人ですよ」
椛は親愛を込めて、そう言った。
―――――――――――
結局、中腹の捜索を断念した五人は帰路に着く事にした。
咲夜とフランは山の麓で別れ、魔理沙とは魔法の森付近で別れた。
そしてジンと霊夢は、神社に続く街道を歩いていた。
「結局、骨折り損のくたびれ儲けね・・・」
「まあ、こんな日があっても良いじゃないか」
「良くないわよ、あちらこちら動いて、結局無駄骨よ」
「はは・・・そうだな、でも―――」
「ん?」
「俺は楽しかった。
皆で何処か行って、何かを探す事が。
結局、リリーホワイトに会えなかったけど、満足している」
「・・・その前向きな性格が羨ましいわ」
「ちょっと違うな、前向きなったんだ。
霊夢も、前向きに生きてみないか?」
「考えとくは・・・・・・ん?」
「どうした?」
「あれって・・・」
霊夢が指した方を見ると、そこには一人の妖精が飛んでいた。
そして、神社を通り過ぎると、桜の木が満開になって行く。
「凄い・・・あれがリリーホワイトか?」
「そうよ、あれが春を告げる妖精。リリーホワイトよ」
「あれがリリーホワイト・・・」
二人はリリーホワイトが去った後も、ここから見える神社の桜の木をしばらく眺めていた。
この日をもって、幻想郷に春が訪れた。
今回出てきた椛ですが、軌跡録では文の後輩という設定にしています。
一応、コンセプトとしては、ほのぼのを目指しているので、あまり不仲な描写は書きません。
よって、原作だと仲が悪いキャラでも、多少は良かったりとしています。