秋と言えば読者の秋。それに因んで、霊夢は部屋でとある本を読んでいた。
「……何これ、めっちゃ面白い」
霊夢が読んでいたのは、心を読める少女が、文通を通して、人との繋がりを取り戻すという話である。話のあらましはこうである。
“ある街の屋敷に、人の心が読める少女がいた。その力故に、人から恐れられ、少女また、他人を信じられなかった。
そんなある日、一通の不思議な手紙が少女に届けられた。その手紙には、少女との文通の申し出での手紙であった。
少女は僅かに出た好奇心から、その手紙の主と文通する事にした。
文通を通して、少女の閉ざされていた心は開いていき、次第に友人が出来るようになった。だがある日、手紙が全く来なくなった。
文通の相手に何かあったのだろうか? 少女は居ても立ってもいられず、僅かな手がかりを頼りに、文通の相手を探しに、屋敷を旅立った”
ここまでが、霊夢が読んだ本の内容である。残念ながら、この話の続きは次巻に持ち越しである。
「あーもう! こんな終わり方したら、余計に気になるじゃない! 何で一巻にまとめなかったのかしら」
文句を言いつつも、本を片手にジンの部屋に向かう霊夢。そして部屋の戸を開けた。
「ジン、この本の続きって――――――」
「うお!?」
霊夢が戸を開けた瞬間、ジンの素っ頓狂な声が聞こえて来た。部屋の中ではまさに、ジンが着替えの真っ最中であった。
露になっている彼の裸体、その肉体はかなり引き締まっており、霊夢は思わず目を奪われてしまった。
「ノックぐらいしろ!」
「ご、ごめん!」
ジンの言葉に我に返った霊夢は、慌てて戸を閉め、その場を脱兎の如く去った。
「あーもう、ビックリしたわ・・・・・・」
ようやく落ち着きを取り戻した霊夢であったが、先程の事もあって、ジンと顔を合わせるのが気まずかった。
「続きが読みたいけど、流石にあんな事があった後だとねぇ・・・仕方ない、今日は諦めるか」
ため息をつきながら、部屋に戻る事にした霊夢。
部屋に戻って返しそびれた本を読み返そうとした時、ふとある事に気がついた。
「あれ? この本、作者名が無いわね」
通常なら、作者の名前が記されている筈だが、この本にはそれらしい物がなく、代わりに変わった印がされていた。
「一体誰なんだろう・・・小鈴ちゃんに聞いてみようかしら」
霊夢は本を手に持ったまま、鈴奈庵へと向かった。
――――――――――――――――
鈴奈庵に着いた霊夢は、早速件の本を小鈴に見せたが、反応は芳しくなかった。
「うーん・・・私の知る限り、この無銘著者に心当たりはありませんね」
「無銘著者?」
「匿名で出された本の作者の総称です。中には有名著者の物もあって、コレクターには高値で取り引きされる場合もあります」
「ふーん、これもその一つって訳ね。これだけ面白いんだから、名のある人だと思うんだけど」
「著者を特定するのは結構難しいですから、何か手掛かりがあれば良いんですが……」
「手掛かりと言えば、こんな印があるんだけど」
霊夢は本にある印、それは瞳を象った物であった。それを小鈴に見せると、彼女はある事を思い出す。
「あれ? この印、阿求のところにあった本にもあったような・・・・・・」
「阿求のところの?」
「家に行った時に、妙に丁寧に飾られた本がありまして、その本に同じ印がありました」
「阿求の部屋にねぇ・・・とりあえず行ってみますか」
霊夢は小鈴に礼を言って、鈴奈庵を後にした。
――――――――――――――――
稗田の屋敷に訪れた霊夢は、早速阿求に件の印を見せた。すると、阿求の表情が険しくなった。
「霊夢さん。この本、どちらで手に入れましたか?」
「え? ジンから借りた物だけど・・・・・・」
「なるほど・・・はぁ、あの人の交流広さには、ただ驚くばかりですね・・・・・・」
阿求は何故か、呆れた表情をしてため息をついた。その後で、改めて霊夢が持って来た本について話始めた。
「これは、知る人しか知らない高名な無銘著者、通称“瞳”が書いた本です」
「んん? 高名なのに無銘?」
「この人は決して、名を記さないんです。その代わり、この瞳の印を記載する事から、一部の人から“瞳”と呼ばれています。そして、この人が書いた作品はどれも名作で、根強いファンがそれなりにいるんです。私もその一人です」
「なるほどねー。まあ確かに、この人の作品は面白いわよね」
霊夢は至って軽い気持ちでそう言った。彼女にとって瞳は、面白い話を作る作者の一人程度の認識でしかなかったからである。だが、阿求の次の一言でそれは簡単に覆してしまう。
「あの、霊夢さん。一応聞きますが、この本の価値を御存じで?」
「ん? 精々八十銭位じゃない?」
「違いますよ! 最低でも五百円はします!」
「ごっ!?」
阿求の口から、とんでも無い額を聞いて、開いた口が閉じなくなった霊夢。それから暫くして、言葉を震わせながら、阿求に再度尋ねた。
「な、な、な、何で本一冊がそんな値段になるのよ!?」
「元々無銘著者の本は、大抵が自己出版なので、発行数が少ないんです。ましてや瞳の作品。通常より価値が高くなるんです」
「だからっていくらなんでも・・・・・・」
「更に霊夢さん、貴女が持って来た本は、状態が非常に良いんです。まるで、新品同然のように。この事から更に価格はあがります」
「・・・・・・ど、どのくらい?」
霊夢は恐る恐る阿求に尋ねると、彼女は有り得ない額を口にした。
「千円。オークションならば、その数倍に羽上がりますよ」
霊夢は眩暈に襲われた。暇潰しで読んでいた本が、とんでも無いお宝なんて、誰が想像できただろうか。
「・・・・・・金庫に閉まっておくわ」
「それが懸命ですね」
こうして霊夢は、衝撃な事実を知り、フラフラになりながら神社へと帰って行った。
――――――――――――――――
神社に戻った霊夢は、早速この事をジンに伝え、本専用の金庫の購入を進言するのだが――――――。
「ハハハ、エイプリルフールは半年前だぞ霊夢」
笑い話として一蹴されてしまった。
「本当なんだってば! この数百円の―――――」
「それこそ有り得ないって。だってそれ、俺の“友人”が書いた本なんだから」
「・・・・・・は?」
霊夢は耳を疑った。ジンはあの無銘著者の“瞳”と友人である。霊夢の直感が嫌な予感を感じていた。
「まさかと思うけど・・・これ自筆?」
「ああ、送って貰った本は全部自筆だ。ほら、これも全部」
そう言って指さした本棚。その一部に収まった十数冊の本、これらは全て“友人”の自筆小説と、ジンは言ったのである。もちろん、例の“瞳”の印はしっかりと全てに記されていた。
「あ、あははは・・・これが全部あの・・・・・・」
「霊夢? どうした? 具合が悪いのか? 顔が青ざめているぞ?」
「・・・・・・きゅー」
「霊夢!? おい! しっかりしろ霊夢!!」
霊夢はあまりにも信じられない事実に、意識を手離してしまった。ジンの呼び掛けも虚しく、彼女が目覚めたのは翌朝の事であった。
――――――――――――――――
旧地獄に存在する地霊殿。その主であるさとりは、自室で執筆作業をしていた。
「今回はどんな話にしようかしら?」
ジンとの文通のおかげで、インスピレーションが刺激され、創作意欲が沸き立っていた。普段なら数十年に数冊程度であったが、この一年で十数冊を書いていた。
「その前に、まず最初にこれを書いておかないと」
そう言って、本にある印を書く。それは紛れもなく、“瞳”の印であった。