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梅雨に入り、毎日のように雨が降る幻想郷。そんな中、博麗霊夢は不調をきたしていた。
「だる~、なんもやる気がでな~い。寝むた~い」
布団の上でゴロゴロしている霊夢。そんな姿を見て、妖狐はため息をつく。
「霊夢さん、いい加減しっかりしてください。いくら梅雨と言っても、だらけ過ぎですよ」
「だって、眠たいし、だるいんだもの」
「それは、夜通しで本を読んでいるからです!」
そう言って、妖狐が指をさした先には、何冊も積まれた本の山であった。
梅雨入りの前、霊夢はある切っ掛けで読書に目覚め、長編シリーズ物を幾つも読み漁り、夜通しで読破していた為、彼女の生活リズムは狂っていた。
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霊夢が布団の上で駄々こねている一方で、彼女の現状をどうにかしたいと思っていたジンは、華仙に相談を持ち掛けていた。
「なるほどね。てっきり湿邪に犯されていると思ってたけど、まさか夜通し読書をしていたなんて・・・・・・」
やや呆れた感じに呟く華仙。それに対してジンは、申し訳無さそうにしていた。
「まあ、俺にも原因があるんだ。霊夢にいろんな本に勧めてしまったから・・・・・・」
「貴方が気にする事は無いわジン。生活のリズムを崩したのは、他ならぬ霊夢自身だもの。でも、流石に放置は出来ないわね。このままでは、本当に“湿邪”に犯されてしまうわ」
彼女が言う湿邪とは、自然の気の中で、直接人体に悪影響を及ぼす邪気の一種である。
湿邪の他に、風邪、燥邪、火邪、暑邪、寒邪等が存在する。それらと闘い、支配下に置くのが、仙人の勤めだと華仙は言う。
「仕方ない。荒療治になるけど、これも霊夢の為よ。ジン、貴方も手を貸しなさいね」
華仙は笑顔でそう言った。ジンはそれを見て、絶対に一悶着起きるなぁと思うのであった。
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その日の昼頃、ようやく目がさえてきた霊夢は、読み掛けの本の続きを読んでいた。
「さーて、このビブロフィリアの恋シリーズを今日中に読破するわよ♪」
続きが凄く気になっていたのか、直ぐ様本の世界に夢中になる霊夢。そんな時、妖狐が慌てた様子で部屋に入って来た。
「霊夢さん! 霊夢さん! 大変ですよ!」
「何よ妖狐、騒がしいわね。私は今、本を読むのに忙しいのよ」
「こんな時に読書している場合じゃないですよー! ともかくこの手紙を読んでください!」
「え~、めんどくさいから、妖狐代わりに読んでよ」
「ああもうわかりました! 読み上げますから、耳をほじくってよーく聞いてくださいね!」
妖狐はそう言いながら、手紙の内容を読み上げる。
“霊夢へ、ジンから貴女の近況を聞きました。
読書はとても良い事ですが、何事も程々にしておきなさい。嵌まりすぎて、生活を疎かにするのは、言語道断です。と説教しても、貴女は聞く耳を持たないでしょうから、強行手段を取ります。
ジンを預かりました。返して欲しければ、私の試練を乗り越えて、屋敷に来るように。来ないなら来ないで、彼を貰いますから♪”
妖狐の読み上げる手紙の内容を聞いて、霊夢は凄まじい速さで着替え、部屋を飛び出した。
「あの仙人! うちの稼ぎ頭を誘拐しやがってぇぇぇ!」
凄い形相しながら、霊夢は華仙の屋敷に向かって飛んで行った。
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一方その頃ジンは、華仙の屋敷でゆったりとしていた。
「ずずっー。はぁ、このお茶美味しいな」
「それは良かった、高級茶葉を使ったかいがあったわ」
「高級茶葉って・・・良かったのか? それって来客用じゃあ?」
「あら、今の貴方は弟子としてでは無く、お客様として来ているのだから、変な遠慮はしない」
「お客様か・・・そう言えば、修行の時くらいしかここを訪れ無いよな」
「まあ仕方ないわ、簡単にこれる場所ではないし」
「寂しく無いのか?」
「大丈夫よ、ここには私の動物(ゆうじん)達がいるから、寂しく無いわ」
「動物が友達か・・・まるでさとりみたいだな」
「ちょっとジン、私とあのさとりを一緒にしないでちょうだい」
「ん? もしかして、華仙はさとりの事が嫌いなのか?」
「嫌いというか、苦手なのよ。貴方はどうなの? 心を覗かれて不愉快と思わない?」
「心を覗かれている事に多少なりに抵抗は感じてはいると思う。だけど、それを理由に遠ざけるなんて、悲しいだろ?」
「・・・・・・貴方って、本当に優しいわね」
「そうか? 俺はだだ、自分がされたくない事を他人にしたくないだけだ」
「だからよ、貴方は積極的に他人の痛みを感じ取ろうする。だけど、それは誰でも出来る事では無いわ。どんな生き物でも、自分の利益を優先するわ。それが例え、他人に不利益を押し付けてもね。まあ、貴方の場合は他人を優先しがちになっているけどね」
「自覚はしている。正邪みたいに、自分の思うがままに生きれたら、どんなに楽だろうな」
「それは駄目よジン! 貴方が天邪鬼になってしまったら、私は泣くわよ、大声で泣くわよ?」
「さ、流石に天邪鬼にはならないって。ただ、彼女の生き方に一種の憧れを感じているんだ」
(それはそれで問題ね、どうにか端正出来ないかしら?)
そんな他愛の無い会話の最中に、聞きなれた声が外から響いて来た。
「来たわよ華仙! 約束通りジンは返して貰うわ!」
その声は霊夢の物であった。二人は声のする庭の方に行くと、そこにはずぶ濡れになっている霊夢の姿があった。
「あら、早かったわね霊夢。どうだったかしら、私の用意した試練は?」
「それなりに楽しめたわよ。いいから、ジンを返しなさい」
「約束は守るわよ、それよりも、そのままだと風邪を引くわ。お風呂を貸してあげるから、温まってから帰りなさい」
「ヘックション! そうさせて貰うわ・・・・・・」
霊夢は華仙の提案を受け入れ、お風呂を借りる事にしたのである。
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雨が降りしきる中、霊夢とジンは、一本の傘をさしながら歩いていた。
「華仙からの服は借りたけど、結構だぼだぼね」
「まあ、サイズがあっていないからな」
「悪かったわね小さくて」
「別に霊夢は女の子なんだから、身長は気にしなくていいんじゃないか?」
「あ、そっちのね」
(胸の事も含めてだけど、それは言わない方が良いな)
ジンがそんな事を考えていると、霊夢がジト目で睨んでいる事に気がつき、話題を服から逸らす事にした。
「そう言えば、華仙が言っていた試練ってどういったものなんだ?」
「ん? あー、決闘形式だったわ。と言っても三人しかいなかったけど」
霊夢の話によると、山に近づく度に刺客が現れ、その刺客と勝負をするというものであった。
因みにその刺客とは、菫子、魔理沙、マミゾウの三人である。
「なんというか、意外な面子だな・・・・・・」
「何が悲しくて、雨の中弾幕勝負しなくちゃいけないのよ。これもジン、あんたがホイホイと華仙についていくから」
「むっ、そう言う霊夢だって、部屋に引き込もってばかりじゃないか。今回の一件は、霊夢のだらしない生活改善の一環だ」
「生活改善する前に、体調壊すわよ・・・へっくしょん!」
「大丈夫か?」
「うんまあ」
「悪かった、確かに今回のは荒療治だった。次からは内容をよく聞いてから手を貸すことにする」
「あ、うん、私も、少し改めるわ。確かに、最近だらしがなかったわ。家の事、妖狐に任せっきりだったし」
「帰ったら労ってやろう」
「なら、帰りに人里に寄りましょ。せっかくだし、今日は久々に私が作るわ。リクエストとかある?」
「そうだな・・・・・・」
二人は雨の中、楽しそうに今夜の献立を何にするか話ながら歩いて行くのであった。