東方軌跡録   作:1103

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 今回の話しは、鈴奈庵の話なのですが、後半辺りを変えています。
これは、次の話しに繋げる為ものです。
 それとリアル事情で、次の投稿は再来週くらいになるかも知れません。


牛の首の噂

ある時期、“牛の首”という噂が人里に広まっていた。

何でも、その話の内容を知るというものであったが、誰もその話の内容は知らなかった。それも筈である、聞いた人が死ぬのなら、その話を知る者はいないのだから。

しかし、人々は不安は拭いきれず、その噂は徐々に広まっていった。

 

――――――――――――――――

 

ここは博麗神社。ジン、霊夢、魔理沙の三人が、“牛の首”について話し合っていた。

 

「結構噂が広まっているみたいだぜ。

子供達は怖がっているし、大人達は戯れ言と思っているが、不安を隠せない様子だ」

 

「不味いわね・・・このままだと、その噂が具現化してしまうかも知れないわ」

 

「え? どうしてだ霊夢? もうオカルトボールは無いんだろ? だったら――――――」

 

「実は・・・一個だけ残っているんだぜ」

 

「え? あれは全部異変の時に―――――」

 

「菫子が作った方はな。でも、サグメが作ったオカルトボールはまだ幻想郷あるんだ」

 

「それじゃあ、このままだと―――――」

 

「あの時みたいに、その噂が具現化するかもね」

 

「急いで対処しないと――――ちょっと待ってくれ」

 

「どうしたのジン? 」

 

「いや、何かおかしい気がしてな」

 

「おかしい?」

 

「その牛の首の話は、内容が不明なんだろ? その状態で具現化しても、中途半端になるんじゃないか?」

 

「言われてみれば確かな、噂が具現化しても、内容不明のままじゃあ、実被害が無いという事になる」

 

「でも、放ってはおけないわ。さっそく調査に向かうわよ」

 

こうしてジン達は、牛の首の調査に乗り出すのであった。

 

――――――――――――――――

 

それから数日後。調査を行った三人だったが、あまり結果が芳しくなかった。

しかし一方で、僅ながら変化があった。

 

「え? 新しい噂?」

 

「ああ、何でも、“牛の首の噂を三人以上、知らない奴に広めれば、話の内容を知っても死なない”っていう話だ」

 

「巧妙ね。それなら自分の安全の為に、進んで噂をながす奴が増えて行くでしょうね」

 

「もしかして、誰かが意図的に流しているとか?」

 

「可能性は大いにあり得るわ。ともかく、噂の出所を掴めないと―――――」

 

その時、大きな悲鳴が上がった。

ジン、霊夢、魔理沙の三人は急いで悲鳴が上がった場所に向かうと、そこには人だかりと、その周囲に向かって何かを言っている男がいた。

 

「本当に見たんだ! あれは、牛の頭をした怪物だった!」

 

男の言葉に、周囲ざわめき始める。

イマイチ状況が掴めない三人は、男に事情を聞く事にした。

 

「一体何があったの?」

 

「おお巫女さん! 聞いてくれ! 実はさっき、“牛の頭をした”奴をそこで見かけたんだ!」

 

そう言って、男はなにもない場所を指を差した。

 

「何もいないじゃない」

 

「ほんのさっきまでそこに居たんだ!」

 

男の話によると、うずくまっている人がいたので、心配して声を掛けてみると、その人が振り返ると―――――。

 

「首から上が、牛の頭だったんだ!」

 

男の言葉に、再び周囲がざわめき始める。そんな中、騒ぎを聞きつけたのか、小鈴がひょっこり現れた。

 

「一体何の騒ぎなんですか?」

 

「ああ小鈴か。実はあの人が牛の頭をした人間を見たって」

 

「牛の頭って・・・もしかして今流行っている牛の首の―――――」

 

「それは分からないな。でも、今なら見間違いなで済むかもな」

 

「え?」

 

「それってどういう事だ魔理沙?」

 

「まあ見ていれば分かるぜ」

 

そう言って魔理沙は、霊夢に視線をやった。

 

「・・・貴方、お酒を飲んでいない?」

 

「へ? そりゃあさっきまでそこで飲んでいたが・・・・・・」

 

「それじゃ、酔っ払って白昼夢でも見たんでしょ。確かに牛の首っていう噂が蔓延しているけど、あれはただの与太話なのよ。

私の知り合いに、そういった話に詳しい子がいるから」

 

霊夢は話術を巧みに操って、噂の信憑性を下げ、人々を安心させようとしていた。

しかし、目撃した男は、それでも納得出来なかった。そこで―――――。

 

「ジン、ちょっと良い?」

 

霊夢に呼ばれて、彼女の元に行くジン。すると彼女はこんな事を言った。

 

「今から彼に、ここに何が居たのかを見て貰うわ。それでハッキリするでしょ?」

 

霊夢のこの提案に、男は異論はなかった。

ジンは早速、過去の軌跡を視ようとした時、霊夢が耳打ちをした。

 

「ジン。何かあったとしても、“何も無かった”と言いなさい」

 

「え?」

 

「そう言わないと、里の人が余計に不安を抱くじゃない。あんたが嘘を嫌うのは知っているけど、時には嘘も必要よ」

 

ジンは霊夢の言葉を聞いて、少し複雑な気持ちになったが、彼女の言い分が正しいと感じ、無言で頷いた。

 

「ありがと。それと、ごめんね」

 

それだけ伝えると、霊夢はジンから離れた。

ジンは早速、能力で男が言っていた付近の軌跡を見てみるのだが――――――。

 

「・・・・・・」

 

「どうジン? 何か見えた?」

 

「・・・・・・いや、“姿は見えないな”」

 

その言葉を聞いた里の人達は安堵と、“人騒がせな”という溜め息をつきながら、その場を去っていった。

男は、おかしいなぁ? と思いがらも、やはり自分は幻を見たのかと、最後は納得して帰っていった。

人だかりが無くなり、残ったのはジン、霊夢、魔理沙、小鈴の四人であった。

 

「お疲れ霊夢。なかなかの煽動だったぜ」

 

「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。こっちは里の人の為にやっているんだから」

 

「冗談だぜ。ところでジン、本当に何も無かったのか?」

 

「え? さっきジンさんが何も無かったって―――――」

 

「あれは方便に決まっているぜ。大方、霊夢に言われてそう言ったんだろうけど」

 

「本当なんですか霊夢さん?」

 

霊夢は、余計な事を・・・と呟きながら、小鈴の問いに答えて上げた。

 

「ええそうよ。余計な事を言って不安にさせたら、元も子も無いわ。嘘も方便って言うしね」

 

「はあ・・・それで、実際に居たんですかジンさん?」

 

小鈴は恐る恐るジンに訪ねる。すると彼は、難しい顔をしながら答えた。

 

「確かにそこに“何か”いたらしいが、何なのか“分からない”」

 

「え? どういう事よそれ?」

 

「それが・・・“何か”居たのかは分かっているんだが、モヤみたいなものを纏っていて、正体が掴めないんだ」

 

「でも、あの時は酔っ払いハッキリと言ってたぜ? “牛の頭をした怪物”って」

 

「それは分かっているんだが、軌跡には黒いモヤしか視えない」

 

「それって、あの男の人が黒いモヤと牛の怪物を見間違いをしたんじゃ―――――」

 

「それは違うわ小鈴ちゃん。ジンが軌跡を視るって事は、“その場にあった真実を視る”って事なのよ」

 

「??」

 

「分かりやすく言うと。如何なるまやかしであろうと、ジンの眼を誤魔化す事は出来ないわ。何故なら、軌跡っていうのは、“実在しているものにしか出ないからよ”。

例え姿を消そうが、化けようが、ジンの眼なら看破出来るの。ある意味、化け狸や化け狐の天敵ね」

 

「あと、姿を消すのが得意な妖精や、波長を操る兎なんかの能力もある程度無力化出来るぜ」

 

「あくまで視覚だけだ。他の五感を狂わされたら、どうにもならないが」

 

「ともかく、ジンが視えるの物が、全てにおいて真実なのよ。だから、この場に黒いモヤの軌跡があるのなら、あの男の人が目撃したのは牛の怪物ではなく、黒いモヤではなくちゃおかしいのよ」

 

「単に見間違えをしたのでは?」

 

「牛の怪物と黒いモヤを? それはちょっと不自然じゃない?」

 

「そうだな。いくら酒を飲んでいたからって、泥酔していた訳じゃないから、見間違えするとは思えない」

 

「でもよ、あいつハッキリと“牛の怪物”って断言していたぜ?」

 

「そこがわかんないのよねぇ・・・・・・」

 

「「「「うーん・・・・・・」」」」

 

四人は頭を捻りながら考えたが、やはり答えは出なかった。

しばらく考えていると、小鈴がある提案を打数。

 

「とりあえず、私の家に来ませんか? ここで考えるのもなんですし」

 

「それもそうだな。よし、小鈴の所で作戦会議だ!」

 

「作戦も何も、立てられる状態では無いけどな」

 

「そこ! 挙げ足を取るんじゃないぜ!」

 

「作戦会議はともかく、小鈴ちゃんの家に行くのは賛成ね。ゆっくり出来る場所の方が、考えをまとめやすいし」

 

「それじゃあ、決まりですね。美味しいお茶をと茶菓子も用意しますね」

 

こうして四人は、鈴奈庵に向かう事にした。

 

――――――――――――――――

 

鈴奈庵に着いた四人は、お茶や茶菓子を食べながら、今回の件について話し合っていた。

 

「やっぱあの男の見間違えなんじゃないのか? ジンの眼には、居たのは黒いモヤしかなかったんだろ?」

 

「それはそうだが、あそこまでハッキリと言っているんだ。見間違えってのいうだけでは片付けられない」

 

「そこが問題なのよねぇ・・・曖昧だったのなら、見間違えって片付けられるんだけど・・・・・・」

 

話は相変わらず平行線で、一向に進展しなかった。

三人の考えに煮詰まっていると、小鈴がこんな事を言った。

 

「こういう時は、考える方向性を変えると良いですよ」

 

「方向性を?」

 

「はい。推理小説の主人公が、調査に行き詰まった時に、よくやる方法なんですよ」

 

「でも、あくまで本の中での話だろ? 上手くいくのか?」

 

「やるだけやってみましょう! もしかしたら、何か閃くかもしれませんし」

 

「それもそうね。それじゃ、何から考える?」

 

「ここはやっぱり、“俺と男が見たものの相違”からだな」

 

「それはやっぱ、男の見間違えじゃあ――――」

 

「そもそも、何故見た物がこんなに違うのか? 先ずはここから考えてみよう」

 

「違い・・・ところでジン、質問があるんだけど、いいかしら?」

 

「ん? なんだ」

 

「貴方の能力を欺く事って出来る?」

 

その質問を受け、ジンは考えながら答えた。

 

「自分から言うのもなんだが、かなり難しいと思う。

サニーのように、光を屈折させて姿を消しても、あくまで視えなくなるだけだから、軌跡は残るだろう。こいしも、あくまで存在感を無くしているだけだから、軌跡は残ってしまう。

鈴仙の波長を操る能力でも、軌跡を消して動く事は出来ないだろう」

 

「それじゃあ、欺く事なんて出来ないじゃないか」

 

「だが、世界と同化している奴や、別世界に行き来している奴、あるいは瞬間移動出来る奴なら、軌跡を残さず移動は出来るだろうな。まあ、何かするときは残るだろうかも知れないけどな」

 

「おいおい、聞けば聞くほど、質が悪い能力じゃないか。

その気になれば、覗きにも使えそうだよな」

 

「そんな事に使うか!」

 

「ジンがそんな事に使う訳無いじゃない」

 

「ええ、ジンさんがそんな人ではありません。魔理沙さんだって、それは知っていますよね?」

 

「まあな。とりあえず、ジンの眼を欺く事はほぼ不可能って事だな・・・って、これじゃあ振り出しに戻っただけじゃないか!」

 

「あっ・・・・・・」

 

「やっぱ、本の通りに上手くいく筈無いか・・・・・・」

 

「「「はぁ~・・・・・・」」」

 

魔理沙、小鈴、霊夢は深く溜め息を吐いた。

しかしジンは、先程の話からある可能性を思いついた。

 

「・・・もしかしたら、あの男の人は、幻覚を見せられていたんじゃないか?」

 

「幻覚を?」

 

「ああ。幻覚はあくまで脳内で起こる物だから、軌跡には残らない。それなら、食い違いが起きてもおかしくはない」

 

「なるほど。あの男の人は、“見間違えた”ではなく、“牛の怪物の幻を見せられた”っていう訳ね」

 

「たぶんそれであっていると思う」

 

「さっすがジンさん! よく思いつきましたね」

 

「小鈴のおかげさ。考える方向性を変えるって言ってくれたおかげで、たどり着いたんだから」

 

「いや~、それほどでも♪」

 

「ごほん。ともかく、これで謎は一つ解決したわね。次は、黒いモヤの正体についてだけど―――――」

 

「やっぱアレかな、“今回の騒動を起こした黒幕”」

 

「間違いないわ。でも、ジンの能力を阻害出来る妖怪なんて、いるのかしら?」

 

「うーん・・・・・・」

 

四人は考えたが、そんな簡単に思いつく筈もなく、再び暗礁に乗り上げてしまった。

 

「また、考える方向を変えてみるか」

 

「どうします?」

 

「そうだな・・・“阻害出来る妖怪”じゃなくて、“どういう能力を使えば、阻害出来るか”を考えてみよう」

 

「能力ねぇ・・・そんな簡単に思いつくか?」

 

「逆よ魔理沙。これさえ分かれば、犯人はかなり限定出来るもの」

 

「そっか、ジンの能力は看破に特化している分、それを阻害出来る能力となると、限られているよな」

 

「そういうこと」

 

「よーし、少しやる気が出たぜ。小鈴、何か資料になりそうな本ってあるか?」

 

「今持って来ます」

 

そう言って、小鈴は書庫へと向かい。妖怪に関する本を引っ張って戻って来た。

 

「参考になりそうな物は、これくらいですかね?」

 

「多っ!?」

 

「仕方ないわ、手分けして探しましょう」

 

こうして四人は、手分けして、犯人にあたりそうな妖怪を調べ始めた。

 

 

調べ始めてからそれなりの時間が経過したが、やはり簡単には行かず、なかなか進展しなかった。

 

「あー駄目だ、それらしい妖怪なんていないぜ・・・・・・」

 

「そうですね・・・どれもこれも、ジンさんの能力を阻害出来そうにありません」

 

「ここまで来て、行き詰まるとは・・・まさに“正体が分からない妖怪だな”」

 

何気無いジンの言葉。その言葉を聞いて、霊夢はある妖怪の存在を脳裏に掠めた。

 

「・・・ねぇジン」

 

「ん?」

 

「“正体を無くす能力”を使った場合、軌跡はどうなるの?」

 

「正体を無くすか・・・いや、待てよ」

 

ジンは霊夢の言葉を聞いて、ある可能性にたどり着いた。

もし、犯人が正体を無くす能力を使った場合、軌跡はどう残るか、通常通りに残るか? 否、正体を無くされているのだから、例え軌跡であっても、正しく反映されない可能性がある。事実、男が見た物を、ジンは正しく認識出来ていなかった。

 

「・・・・・・可能性としては、十分あるかもな」

 

「やっぱりね・・・・・・」

 

「おい、何の話だ? 私にもわかるように説明してくれ」

 

「魔理沙、白蓮の時の異変を覚えている? あの時、UFOが飛んでいたでしょ?」

 

「ああ。でも、あれは飛倉の破片だったんだろ?」

 

「ええ、ぬえが能力を使って、それをUFOに見せていたのよ。

それで魔理沙、その状態でジンの能力を使って破片を視たら、どういう風に視えるかしら?」

 

「それはUFO・・・には視え無いよな」

 

「ええ、あれは私達がそう見えていただけで、他の人からは違って見えるでしょうね」

 

「なら、飛倉の破片に視えるんじゃないか?」

 

「そう視えるかも知れない。でも、視え無い場合はどう映る? 例えば、“黒いモヤ”のようなものとか」

 

「おい霊夢、それってあれか? ぬえが能力を使って、あそこにいた“何か”の正体を隠したっていう事か?」

 

「可能性は十分あるわ。ともかく、確かめに行きましょう」

 

新たな手がかりを求め、四人は命蓮寺へと向かう事となった。

 

――――――――――――――――

 

命蓮寺に到着した四人は、さっそくぬえに話を聞く事にするが、彼女から予想外の言葉が出た。

 

「そうだよ。あれは私がやった」

 

「あ、あっさり認めるのね・・・・・・」

 

「ここに来たって事は、大体の真相にたどり着いたって事だから、今更あーだこーだ言ったら、みっともないから」

 

彼女の話によると、マミゾウと結託して、今回の騒動を起こしたという。

マミゾウの部下に、牛の頭をした怪物に化けて貰い、そしてその正体を自身の能力で隠した。

ジンが黒いモヤしか見えなかったのは、霊夢の考えた通り、ぬえの能力であった。

 

「潔いですね・・・ところで、どうしてこんな事をしたんですか?」

 

小鈴の疑問に、ぬえはあっけらんと答えた。

 

「退屈だったから」

 

「・・・・・・え?」

 

「最近は人間の恐怖が足りないから、牛の首の話を使って、恐がらせようと思って」

 

「傍迷惑な話だな・・・・・・」

 

「だって仕方ないじゃない、妖怪は人間の恐怖を糧とする存在。この世に恐怖が無くなれば、存在出来なくなる。だから、定期的に刺激は必要じゃん。だから、マミゾウと結託して、やったんだ」

 

「あんた、寺に帰依したんじゃないの?」

 

「しているよ。でも、全ての妖怪が白蓮のいう存在になれる訳じゃない。そういった妖怪の為にも、こういった事は必要なのよ」

 

ぬえの主張に、ジンは内心共感を覚えた。

生きている限り、何かを犠牲にしなくてはいけないのが、世の常である。そう考えれば、ぬえの行動は迷惑であっても、犠牲が無い分、かなり良識的である。

 

(そう考えている俺は、かなり妖怪寄りなんだな・・・・・・)

 

ジンは少しだけ罪悪感を覚えたが、それをすぐに内にしまった。

 

「さて、犯人がわかったところで、覚悟はいいかしらぬえ?」

 

そう言って、霊夢はお祓い棒を構える。するとぬえは、こんな事を言って来た。

 

「言っておくけど、私達が牛の首の話を広めた訳じゃないから」

 

「この期に及んで言い訳をするの?」

 

「言い訳じゃない、事実だよ。私とマミゾウは、ただそれに便乗しただけ」

 

ぬえの言葉には迷いが無く、嘘を言っているようには思えなかった。

すると霊夢は、なにを思ったのか、お祓い棒をしまった。

 

「あれ? わたしを退治しなくて良いの?」

 

「あんたを退治しても、事態が収拾しなさそうだし。そこにいる、こわーい笑顔をしたお坊さんにあとを任せるわ」

 

「え?」

 

ぬえは恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはにこやかな笑顔をした白蓮が立っていた。

 

「ぬえ~? 少しだけお話ししましょうか?」

 

「ひ、ひぃぃぃ!?」

 

ぬえの恐怖の叫び声が境内に響き渡るが、霊夢達は気にせず、寺を後にするのであった。

 

――――――――――――――――

 

寺を後にした四人は、人里に通じる街道を歩きながら、今後の事について話していた。

 

「さて、これからどうしょうかしら?」

 

「え? 犯人もみつかったから、これで解決じゃあ?」

 

「噂の方が残っているだろ。あれをどうこうしなくちゃ、無害であっても具現化してしまうからな。そうなると、色々と面倒な事になる」

 

「事実を里の人に伝えては?」

 

「それが一番簡単な方法だが、俺個人としてはやって欲しくない。命蓮寺の評判が落ちるし、妖怪との不和が生じる。それによって様々な問題も出る。

なるべく穏便に解決したい」

 

それはジンにとっての願いでもあった。

世界は平等ではない、種族、能力、思想において、一つ一つ違うのであるだから、平等になる事は決してない。しかし、争う事が出来るのなら、分かり合うことも出来る筈。

ジンが最も望む事は、共存である。それを壊れるような事は、彼にとって避けたい事なのだ。

 

「・・・・・・仕方ないわね。こうなったら、私が一肌脱ぐわ」

 

「霊夢?」

 

「何か良い案があるのか?」

 

「まあね、目には目、歯には歯、“噂なら噂”で対抗するのよ」

 

そう言って霊夢は、にんまりと微笑むのであった。

 

――――――――――――――――

 

それから数日後、霊夢は牛の首の正体を、牛頭天皇という神様という噂と、彼女が作ったビラを家に張る事で襲われない噂を流した。

鈴奈庵が牛頭天皇のビラを発行し、それを里の人に配る。御利益を信じた人々は、それを家に張る事により、噂を上書きする事に成功し、怪談としての牛の首の噂は、完全に消え去ったのである。

そして霊夢達は、鈴奈庵にて、その事を満足そうに話していた。

 

「これにて一件落着ね。神社の宣伝にもなったし、一石二鳥ね♪」

 

「鈴奈庵の宣伝にもなりましたから、一石三鳥ですよ」

 

「しかし、こんなビラで安心するなんて、人間って安い生き物だよな」

 

魔理沙はそんな事を呟きながら、牛頭天皇のビラを眺めていた。

 

「人は、正体が分からない物に恐怖するから、嘘の正体でも、正体不明よりそっちを信じてしまうのよ」

 

「人にとっては、未知は恐怖の対象でもあるしな」

 

「好奇心の対象でもありますけど」

 

「小鈴ちゃんが言うと、説得力あるわね・・・・・・」

 

「それほどでも。ところで、結局牛の首を流した張本人って、一体誰なんですかね?」

 

「さあ? 子供が勘違いじゃない? たまたま流れた噂を、ぬえ達が煽ったとか?」

 

「それが妥当じゃないか? おーいジン、お前はどう思――――――」

 

魔理沙が立ち読みをしているジンに声を掛けたその時、彼はまるで糸が切れた人形のように倒れた。

 

「ジン!?」

「ジンさん!?」

「おいどうしたんだ!?」

 

三人は慌てジンの元に駆け寄る。

必死の呼び掛けにもかかわらず、ジンは目を覚ます事は無かった。

牛の首の事件は、この後起こる異変の序曲に過ぎなかった事を、霊夢達はこの後知るのであった。

 

つづく。


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