それと、"菫子の夏休み。幻想入り編"の後書きで、董子と蓮子の関係を叔母と姪と書いてしまいましたが、親戚に変えました。
彼女の家族構成がハッキリしないので、こっち方が良いかと思いましたので。
ここは霧の湖に近くに建っている紅魔館。その客室に、菫子とジンの姿があった。
「うわー! 本物のチュパカブラだ!」
菫子はレミリアのペットであるチュパカブラを見て、物凄く感動していた。その様子を、レミリアはご満喫に眺めていた。
「ふふっ♪ なかなか凄いでしょ? 手に入れるのに、結構苦労したんだから」
「いいないいな、私も欲しいなぁ・・・・・・」
「残念だけどやれないわ。だって、私のペットだもの」
「むー・・・ねぇジンさん?」
「・・・・・・なんだ?」
「私もUMAのペットが欲しい」
菫子は子供がペットをねだるように、ジンにねだった。そんな彼女に、ジンはため息をついて言う。
「悪いが諦めろ」
「えー! 何でよー?」
「いくら幻想郷だって言っても、そんな簡単にUMAが見つかる訳ないだろ。第一、“何処で見つけた”って聞かれたらどうするんだ?」
「そんなの、適当に誤魔化すわよ」
「菫子、嘘っていうのはいつかバレるものなんだ。それに、 一歩間違えれば幻想郷が露呈する事態になりかねない。悪いが諦めてくれ」
「・・・・・・わかったわよ。まあ、見れただけでも良ししますか」
菫子は残念そうに呟いた。
そんな時、咲夜が紅茶と茶菓子を持ってやって来た。
「お茶を御持ちしました」
「御苦労ね咲夜」
レミリアの労いの言葉を受け、咲夜は頭を下げた後、三人に紅茶を振る舞う。
「本日のブレンドはアールグレイです。どうぞご堪能して下さい」
そう言って、紅茶が入ったカップを三人に差し出す。カップから華やかな香りが溢れ、口にするとほのかな甘みが広がった。
「なにこれ!? 超美味しいんですけど!?」
「ふふっ、咲夜の紅茶は幻想郷一なんだから」
「お褒めに預かり光栄です。おかわりはいかがですか?」
「お願いしまーす♪」
咲夜の紅茶をすっかり気に入った菫子は、紅茶のおかわりを頼んだ。
「美味しい♪ もうパックの紅茶が飲めなくなりそうだわ」
「確かにな、これ程の味は彼女しか出せないだろう」
「あら? 驚くのはまだ早いわよ。咲夜は紅茶は勿論、様々な特技があるんだから」
「特技?」
「咲夜、彼女に見せてあげなさい。貴女の力を」
「畏まりましたお嬢様」
咲夜は、何処からともなくリンゴを取り出し、それを上空に投げる。そして次の瞬間、リンゴを一瞬で切り分けられ、皿の上に落ちた。
「い、今のは!?」
「どう? これが咲夜の能力――――“時を操る程度の“能力よ」
「な、何だってー!?」
レミリアの口から、咲夜の能力を聞かされた時、菫子は驚愕し、次の台詞を言った。
「あ、ありのまま、今怒った事を言うわ・・・・・・彼女がリンゴを投げたと思ったら、次の瞬間切り分けられて皿の上に落ちた! 催眠術や超スピードみたいなチャチなものじゃないわ! もっと恐ろしい片鱗を味わったわ・・・・・・」
台詞とは裏腹に、菫子は何処か満足そうに言うのであった。もちろん、ジンとレミリアもそれを知っており、思わずニヤリと笑った。
「やっぱり、時間操作系能力者に出会ったら、その台詞は言ってしまうわよね」
「というか、良く知っているなその台詞。文庫本でも持っているのか?」
「アニメで見て知ったのよ」
「アニメって、OVAの方の?」
「違うわよ。少し前まで第三部がテレビ放映されていたのよ。あと、第一部と二部もアニメ化したわ」
「なに!? あれアニメ化したのか!?」
ジンはその事実に驚きを隠せなかった。その漫画は、ジンが生まれる前に連載が始まり、それから二十年以上続いている大人気漫画である。
幻想郷でも人気があり、最新巻(幻想郷内)を数十円(数十万)で取り引きされた話も出ている位である。
「アニメってあれよね!? 動く漫画っていう!」
レミリアは鼻息を荒くして、菫子に詰め寄った。
「え? まあそうだけど・・・・・・」
「咲夜! 今すぐ外の世界に行って、そのアニメを手に入れて来なさい!」
「え? えっと・・・・・・」
「止めんかアホ」
無茶難題を咲夜に押し付けるレミリア。そんなレミリアに、ジンはチョップで頭を叩く。
「うっー・・・・・・なにするのよぉ!?」
「気持ちは分かるが、そんな無理難題を吹き掛けるな。咲夜が困っているだろ?」
「だってぇ・・・・・・」
「なんだったら、今見てみる?」
菫子のその言葉に、レミリアは目を輝かせた。
「え!? 見れるの!?」
「ええ、私のスマホにその動画があるから」
「見る見る♪ 見せてー♪」
「それじゃあ、ちょっと待ってて」
菫子は自分のスマホ操作し、それをレミリアに見せる。すると彼女のスマホから、音楽が流れる。
「おおっ! 動いてる! 喋ってる! 凄い!」
レミリアは菫子のスマートフォンを夢中で見ていた。そんな様子を、咲夜とジンは眺めていた。
「どうやら、外の世界に行かなくて済みそうだな咲夜」
「そうね、彼女には感謝しないとね。あと貴方にもねジン」
「俺は何もしていないって」
「お嬢様のわがままを止めようとしてくれたじゃない。何だかんだで、お嬢様は貴方の言葉を聞いてくれるのよ」
「俺じゃなくても聞くとは思うが?」
「いいえ。私は従者だから、お嬢様にはあまり強く出れないし、パチュリー様は基本的不干渉だから。貴方みたい、率先的に止めようとする人が、この館にはいないのよ」
「うーん・・・まあ確かにそうだけど、レミリアだって毎日わがままを言うような奴じゃないだろ?」
「貴方が思っている以上に、お嬢様はわがままで子供なのよ。しかも、この館にはもう一人いるから」
咲夜がそう言うと同時に、部屋の扉が開かれ、そこからフランが現れた。
「お姉様いるー?」
「ん? フランじゃないか」
「あっ! ジンだー! 遊びに来てたんだ」
「まあな」
「妹様、お嬢様に何か御用で?」
「うんとね、前に借りた漫画の続きが見たくて。お姉様は―――いるみたいだね」
そう言ってフランは、スマートフォンに夢中になっているレミリアの姿を見つけた。
「一体何をしているの?」
「実はだな――――」
ジンはフランに、これまでの経緯を話すと、彼女もまたレミリアと同じ様に目を輝かせた。
「ええ! あの漫画のアニメを見てるの!?」
「ああ、そうなんだが――――」
「私も見るー!」
するとフランはレミリアの側に寄り、スマートフォンの画面を見ようと、強引に割り込んだ。
「ちょっとフラン! 何するのよ!?」
「お姉様ばっかずるい! 私も見たい!」
「私が先に見ているのよ!」
「ああちょっと! そんな乱暴にしないで! 買い換えたばかりなのに!」
菫子の悲痛の言葉は、二人の吸血鬼の少女には届かなかった。このままでは、菫子のスマートフォンは壊されるだろうと、誰もが思ったその時、ジンが木獸を使い、二人からスマートフォンを取り上げた。
「はいそこまで」
「「ああ!」」
「二人とも落ち着け。見たいのは分かるが、そんな事したらスマートフォンが壊れるだろ?」
「うー・・・・・・」
「だってぇ・・・・・・」
「見たいのなら、仲良く見た方が何倍も楽しいだろ? 違うか?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「それ小さいから、一緒に見れないんじゃ・・・・・・」
「その点は俺に任せろ。皆で楽しめるようにしてやるから」
ジンは自信満々にそう言った。
―――――――――――
翌日。紅魔館の客室では、巨大化スマートフォンで、件のアニメの上映会が行われていた。レミリアとフランは目を輝かせ、菫子も楽しそうに鑑賞していた。
そこから少し離れた場所から、咲夜とジンはいた。
「あれ、一体どうしたの?」
咲夜が巨大化したスマートフォンを指を差しながら尋ねると、ジンは簡単にネタばらしをした。
「針妙丸の打ち出の小槌を使わせて貰ったんだ」
「ああなるほど、あれなら簡単に巨大化出来るわよね。でも大丈夫なの? あれって使いすぎると大変な事になるんじゃ―――――」
「確かにな、小槌の魔力を使えば多少の代償は必要になるだろう。でも、物体の巨大化程度なら、別に小槌の魔力使わなくても出来る」
「え? それってどういう事?」
「もともとあの小槌は、鬼の秘宝で鬼の魔力が使われているんだろ? なら、鬼人である俺の魔力を込めて使えば、代償は俺の魔力分で済むだろ? そうじゃなくとも、代償はかなり軽くなる筈だ」
「そんな使い方があったなんて・・・・・・よく思いついたわね」
「前から思いついていたからな。ただ、実践する機会もなかったし、やろうとも思わなかったからな。
でもまあ、こうして皆が仲良くしてくれるなら、俺はどんな事でもするけどな」
「本当、貴方はお人好しね。でも、あまり無茶をすると、周りの人が心配するんじゃない?」
「それは分かっている。けど、俺は皆の笑顔が大好きなんだ」
そう言ってジンは、満足そうにレミリア、フラン、菫子の楽し気な様子を眺めるのであった。
―――――――――――
夕暮れの道、菫子はジンに今日の上映会について楽しそうに話していた。
「いやー、誰かと一緒に見るのは思いの外楽しかったわ♪」
「そうだな、一緒に騒ぎながら楽しんでいたな」
「まるで他人事ね。ジンさんは楽しくなかったの?」
「楽しかったさ。でも、流石に一緒に騒ぐ程、若くない」
「え? もしかしてジンさん、年食ってる?」
「二十代後半だが」
「何よ、まだまだ若いじゃない。そんな年寄りみたいな事を言っていると、老けるの早いわよ?」
「別に良いさ。人はいつか老いるもの、老けてしまうのは仕方ない。それに、菫子から見れば、俺はおっさんだろ?」
「そんな事無いわよ。ちゃんとお兄さんに見えるわよ。なんなら、お兄ちゃんって呼んで上げようか♪」
「はは、それは嬉しいな。子供の時、妹が欲しいって思った事があるから、ありがたいかもな」
「むっ、それなら呼んであげるわよ。お―――」
余裕綽々のジンに対抗心が出たのか、菫子は言おうとした。言おうとしたのだが、冷静に考えてみると、家族でも親戚でもない人に“お兄ちゃん”と呼ぶのはかなり恥ずかしい。
もしこれが、近所の年上の幼馴染みだったら違っていたかも知れないが、ジンと出会って一ヶ月ちょっとしか経っていないのである。
(あれ? よく考えてみると、私かなり恥ずかしい事をしているんじゃ―――――)
今更気づいた羞恥心に、菫子の言葉はそれ以上を続かなかった。そんな彼女に、ジンは助け船を出す。
「無理しなくてもいいんだぞ。別に強制している訳じゃないんたから」
ジンなりの親切で言った言葉だが、それが逆に菫子の意地に火をつけてしまった。
「べ、別に無理なんてしてないわよ! こんなの余裕だし!」
「いや、明らかに無理をしているように見――――」
「してないったらしてない! 今すぐに呼んで上げるわよ! お兄―――」
菫子は勢いで言おうとするが、直ぐに消沈してしまう。それでも菫子は、何とか声を振り絞る。
「―――ちゃん・・・・・・」
最後は消え入りそうな声であったが、菫子は顔を真っ赤にして、表情を隠すように帽子を深く被る。
そんな彼女に、ジンは頭を手に置きながら――――。
「・・・・・・なんだ菫子?」
まるで本当の兄のように言った。ますます恥ずかしく思えた菫子は、腕を振りほどきながら――――。
「な、何でもない!」
そう言って、歩を進めた。ジンは何も言わず、その後をついて行った。
それから菫子は、ジンの前で“お兄ちゃん”と呼ぶ事はなかった。