ここは地獄のとある場所。そこに一人の侍ととある鬼神長がそこにいた。
「よくぞ人の身で、私の修行に耐えたな明羅よ」
「ありがたき御言葉です。コンガラ様」
明羅と呼ばれた侍は、そう言って深々と頭を下げる。一方、コンガラと呼ばれた鬼神長は明羅にある誘いを出す。
「どうだ明羅。ここで私の右腕として働かぬか? お前なら、ここでも十分やっていけると思うのだが」
すると明羅は、首を横に振る。
「申し訳ありませんが、私には倒さねばならぬ相手がおりますので」
「博麗の巫女か・・・・・・」
「はい」
コンガラにとっても、明羅にとっても、博麗の巫女にはただならぬ因縁があった。
かつての異変で、コンガラは先代の巫女と、明羅は今代の巫女と戦い破れ去ったのである。
「そういうなら止めはせぬが、それ相応の覚悟はしておいた方が良いぞ。あの博麗の巫女だからな」
「はい、わかっております。それでも、やると決めたのです」
そう言った明羅の顔は、覚悟に満ちていた。
―――――――――――
その数日後。霊夢は、いつものように仕事を終え、団子屋で団子を食べていた。
「うーん♪ やっぱりこの団子は美味しいわね。後で皆の分も買って――――」
「おーい霊夢ー」
するとそこに魔理沙がやって来た。
「あら魔理沙じゃない。どうしたの?」
「その様子だと、まだ明羅に会っていないようだな」
「明羅? 誰だっけ?」
「あー、確か一度しか会っていないから、忘れているか。ほら、私とお前が初めて戦った異変の時に、魅魔様が用心棒として雇った侍だよ」
「うーん・・・どうだったかな? 私としては、あんたの中二病的な言葉の方が印象的だけど」
「頼むからそれは忘れてくれ・・・・・・それよりも」
「ん?」
「こんな所にいて良いのか? あいつ、お前とのリベンジする為に、わざわざ地獄に行って修行してたらしいぜ。だから今頃、博麗神社に行っているんじゃないのか?」
「そうなの? 何だか面倒くさいけど、行かないわけにはいかないでしょうね・・・・・・」
そう言って、霊夢は面倒くさそうに腰を上げた。
「それにしても・・・・・・明羅か、一体どんな人だったけ?」
明羅の事をいまいち思い出せない霊夢であったが、この時思い出せない事で、後に一騒動起きてしまう事を、霊夢はこの時想像出来なかった。
―――――――――――
その頃博麗神社では、ジンが明羅を接待していた。
「へぇ、明羅は里の自警団に所属していたのか」
「もう何年も前の話だがな」
「今まで何処にいたんだ?」
「地獄で、コンガラ様という鬼神長の元で修行していたのだよ」
「え? 生身の人間が地獄に行っていいものなのか?」
「普通は無理だが、閻魔様である映姫様と契約をすれば、特例として生きたまま地獄に行けるのだよ」
「契約?」
「死後、死神として閻魔様に仕える契約だ」
世界には、様々な理由から閻魔と契約を結ぶ者達がいた。内容は様々だが、阿求の転生もまた、閻魔との契約で成り立っている物なのである。
「それじゃあ明羅は――――」
「ああ、その契約を交わし、地獄で修行をしていたのだ」
「そこまでして修行をする理由は一体何なんだ?」
ジンがそう尋ねると、明羅の表情が変わる。
「・・・・・・どうしても、倒したい奴がいる。その為なら、全てをなげうつ覚悟だ」
それは生半可の覚悟では無いと、ジンは直ぐに理解した。そんな時である――――。
「ただいまー」
「おっ、帰ってき――――」
「待ちわびたぞ博麗!」
明羅は霊夢の声を聞いた瞬間、瞬時に玄関へと走って行った。ジンも慌て追いかけると、そこには明羅と心底驚いている霊夢の姿があった。
「久しぶりだな博麗!」
「え!? あ、貴方が明羅・・・・・さん?」
その時、明羅の姿を見た霊夢は、色々と思い出してしまった。戦った事も、その最中、“とんでもない約束”をしてしまった事を――――。
「なんだそのよそよそしい態度は? 別に初対面ではないであろう?」
「その・・・貴方の事を忘れてて・・・・・・」
「なっ、忘れていただと・・・・・・」
その言葉に、明羅は心底ショックを受けていたが、直ぐに平静を取り戻す。
「ま、まあ、数年も会わず仕舞いだったからな。忘れても仕方あるまい。しかし、せめて自分が倒した相手の事は覚えていて欲しかった」
「えっと・・・・・・ごめんなさい」
珍しくしおらしいく謝る霊夢に、ジンは驚いていた。
(あの霊夢が素直に謝るなんて・・・二人は一体どういう関係なんだ?)
そう疑問に思っていると、霊夢と一緒にいた魔理沙が明羅に挨拶をする。
「よっ、久しぶりだな明羅。元気だったか?」
「むっ、お前は――――」
「魔理沙だ、霧雨魔理沙。魅魔様の一番弟子の魔法使いだぜ」
「おお、魔理沙殿であったか、髪の色が変わっていたので、すぐにはわからなかった」
「む、昔の事は掘り返さないでくれ・・・・・・ところで、今日は霊夢の奴にリベンジしに来たんだろ?」
「おお、そうであった。博麗! 私と勝負しろ! そして私が勝ったあかつきには――――」
「ちょ、ちょっと待って! 今ここで言わなくても――――」
「博麗を貰う!」
明羅のその言葉に、魔理沙は驚いていたが、その中で一番動揺したのは以外にも霊夢ではなくジンであった。
「ちょ、ちょっと待ったー!!」
ジンは自分でも訳分からず、気がついたら大きな声で叫んでいた。
「な、なんだ一体? いきなり大きな声出して?」
「あ、いや、なんていうか・・・そういう決め方はどうかと思うんだが・・・・・・」
自分でも何を言っているのか分からず、ジンはしどろもどろに言葉を言う。それに対して明羅は、毅然とした態度を取った。
「何を言っている。私が博麗に勝てば、博麗は私の物とする。昔、そういう約束をしたのだ」
「ほ、本当か霊夢?」
ジンは恐る恐る霊夢に尋ねると、霊夢は申し訳無さそうに頷いた。
「いや、でも、そんなやり方で決めるのは・・・・・・」
「何を言っている。博麗の力は、より強い者が持つのがどおりだ。それに、本人の了承は得ている」
「いや、そうじゃなくて――――博麗の力?」
「ああ、私が勝てば博麗の力を貰う。そういう約束をしている」
「霊夢と結婚するのが目的じゃなくて?」
ジンがそう言うと、明羅は顔を真っ赤にして怒り出した。
「バカもん! 私は女だ!」
「「え?」」
「そうだぜ、明羅はれっきとした女性なんだぜ」
「「ええええーーー!?」」
驚天動地の事実に、ジンと霊夢は思わず叫んでしまった。
「ちょっと魔理沙! 知っていたのなら教えなさいよ!」
「いやー、なんだかおもしろい展開になったから、つい♪」
「つい♪ じゃないわよ! まったく」
「いやまて博麗。確か初対面の時、女と言った筈だが・・・・・・」
「え? そうだったけ?」
「ああ、確かに言った」
そう言って、明羅は霊夢に鋭い視線を突き刺す。霊夢は気まずさあまりに、なんとか誤魔化そうとする。
「む、昔の事だから、あんまり覚えて無い・・・・・・」
その言葉に、明羅どころかジンまでもため息をつく。
「霊夢、そう大事なことは覚えておいて欲しいのだが・・・・・・」
「しょ、しょうがないじゃない! 昔の事なんていちいち思い出さないわよ!」
「それにしては、明羅との約束は直ぐに思い出したよな?」
「そ、それは・・・・・・」
霊夢はしどろもどろになりながら、小さく呟いた。
「だって・・・・・・あんなかっこいい人に初めて合ったからつい――――」
「・・・・・・まあ、確かにかっこいいというか、端から見れば美男子に見えるのは間違いないな」
「全然嬉しく無いのだが・・・・・・それより、約束通り博麗の力を賭けて私と戦え!」
「嫌よ」
「な、何故!?」
「そりゃ、私にとってメリットがまったく無いからよ。そんな事をするんだったら、縁側でのんびりしているわ」
明羅の勝負の申し出に、
霊夢はまるで手のひらを返すように、冷たい態度をとった。それもその筈、この勝負に霊夢の得はなに一つ無いからである。当初は男性と思い、かなり好みだったから、そういった約束(一方的に)したのだが、明羅が女性と知った今、そんな約束は霊夢とって無意味となる。
「勝負せずに逃げるとは、私に恐れをなしたか!」
「それで良いわよ」
「ならば、本日をもって、私が博麗の巫女だな」
「何でそうなるのよ?」
「人間で一番強い者が、博麗を名乗るのだろう? なら、不戦勝とはいえ、博麗に勝った私が博麗の巫女になるのは当然だ」
その言葉を聞いて、霊夢は明羅が何か勘違いをしているのだと分かり、彼女の誤解を解く事にした。
「あのね明羅さん。別に博麗の巫女は一番強い者がなるわけじゃないのよ。代々受け継がれた血筋でなるものなの」
「なっ!? そ、それでは―――――」
「明羅さんがどんなに頑張っても、博麗の巫女にはなれないの」
「そんな・・・・・・私は一体何の為に・・・・・・」
その言葉を聞いて、明羅はショックのあまり膝をついた。その様子から、余程博麗の巫女になりたかったようである。
「なあ明羅、どうしてそこまで博麗の巫女に拘るんだ?」
ジンがそう訪ねると、明羅がポツポツと話始めた。
「・・・・・・博麗の巫女は私の憧れなのだ」
「憧れ?」
「幼い頃、私は妖に襲われた事があってな。その時の博麗の巫女――――先代に助けられたのだ。その時から、私は彼女のような人間になりたいと思うようになった」
そう語る明羅は、まるで子供のように目を輝かせていた。幼少期にある、ヒーローへの憧れのような物だと、ジンは思った。
「しかし、今代の博麗の巫女はどうだ? 修行もろくにせず、ただ怠けているばかり。あげくの果てに、神社は妖怪がたむろっているではないか」
「うぐっ」
「これは言い返せないなあ霊夢?」
「だから決めたのだ。私が今代の博麗の巫女に成り代わると、その為に博麗の力を欲した。魅魔殿に協力したのもその為だ」
「そうだったのね。だから人なのに、怨霊である魅魔に力を貸していたのね」
「ああだが、全ては無意味だったな。私はとんだ道化だ」
そう自嘲する明羅に、ジンはこう言った。
「無意味じゃないと思うが?」
「なに?」
「地獄でどんな修行をしていたのかは知らないが、どんな経験でも、必ず己の糧になっている筈だ。それに――――」
「それに?」
「その力で、里の人を守れるだろ? 決して無意味なんかじゃないだろ?」
その言葉を聞いて、明羅は何かに気づいた。
「・・・・・・そうだ、何も博麗の力に拘らなくとも、先代のように人を守る事が出来る。何で気づかなかったんだ・・・・・・」
すると明羅は立ち上がる。その顔は、活気に満ち溢れていた。
「ジン殿。貴方のおかげで、自分の道が見えた、感謝する。そして博麗、迷惑をかけた」
「別に良いわよ。こっちこそ、変な誤解をしてごめんなさい」
「御互い様、という訳だな。ところで、迷惑ついでに頼みたい事があるのだが、良いだろうか?」
「なにかしら?」
「改めて、手合わせを願いたい。自分の修行の成果を試してみたいのだ」
明羅は真剣な表情で、霊夢に手合わせを申し出た。霊夢はその提案に、こう答えた。
「まあ、賭け無しでなら、相手になってあげるわよ」
「ありがたい! では、地獄で鍛えた剣技を存分に披露して御覧にいれよう!」
「あら、私だってただボサッとしていた訳じゃないのよ。あの頃と違うって所を見せてあげるわ」
そう言って、明羅と霊夢は楽し気に境内へと向かい、弾幕勝負を行うのであった。
―――――――――――
明羅との勝負は、霊夢の勝利に終わった。しかし明羅は、何処か満足そうに帰って行った。魔理沙も同じように帰って行き、境内にはジンと霊夢の二人が残っていた。
「それにしても、強くなったわね明羅さん」
「伊達に地獄で修行していた訳じゃないって事か。ところで霊夢」
「ん?」
「・・・・・・や、やっぱり、ああいう美男子の方が好みなのか?」
ジンは少し聞きづらそうに、霊夢に尋ねた。その質問に、霊夢は少し驚いていたが、直ぐに笑みを返した。
「そうね。やっぱり美男子には、クラッと来ちゃうかも」
「そ、そうか・・・・・・」
「でもね、見てくれだけじゃ駄目だと、最近は思っているわ」
「・・・・・・そうか」
霊夢の言葉を聞いて、ジンは無意識に安藤した。
「さあ、家に帰りましょ。皆が帰って来る前に夕飯を作らないと」
そう言って霊夢は、母屋に向かって歩き出す。そのあとを、ジンはゆっくりとついて行くのであった。