それでは皆さん、良いお年を。そして、来年もよろしくお願いします。
「またやられた~!」
博麗神社の倉の中で、霊夢は叫んだ。
その声を聞いて、ジンは何事かと駆けつけた。
「一体どうしたんだ霊夢?」
「あっ! ジン見てよこれ!」
霊夢が指をさした先には、米俵が破られて、そこから米が零れていた。
「またか・・・・・・」
「そう! またネズミにかじられたのよ!」
ここ最近ではあるが、ネズミの被害が多く。様々な場所で頭を悩まされていた。ここ博麗神社でも、例外はなかった。
「ジン! 奴等の軌跡を追って、巣を潰してちょうだい!」
「そうは言っても、これで五回目だぞ。巣を潰すだけじゃ、根本的な解決にならないんじゃないか?」
「いいから行く! ああ・・・これが妖怪や妖だったら、結界で簡単に追い払れるのに・・・・・・」
霊夢は頭を抱えてそう呟いた。
その後ジンは、ネズミの軌跡を辿って、巣を潰すのだが、その数日後にはまた同じ被害が出てしまうのであった。
―――――――――――
人里の鈴奈庵に本を返しに来たジンは、ネズミ被害について小鈴と話をしていた。
「――――ってな訳で、巣を潰しても、また数日後には同じようにやられているんだ」
「巣を潰しても駄目なんですか・・・・・・」
「ああ、どうにかネズミを追い払う方法は無いものか・・・・・・」
「あっ、それなら、これなんてどうですか?」
そう言って、小鈴は一枚の猫の絵を取り出し、それをジンに見せる。
「これは?」
「ネズミ避けの絵です。これを家に張れば、たちまちネズミがその家に寄らなくなるんですよ」
「そんな絵で、ネズミが近寄らなくなるなんて、嘘臭いな」
「でも、江戸時代では結構流行っていたらしく、特に有名な浮世絵師の物なら、値段もそれなりになります」
「ふーん・・・この絵の作者―――白仙って奴の絵は、効果があったのか?」
「それはまだ分からないです。でも、効果があるのなら、これを量産して売れば、一儲け――――」
「残念だけど、その絵にはネズミ避けの効果は無いわ」
そう言って店に入って来たのは、阿求であった。
「こんにちはジンさん」
「こんにちは阿求。ところで、さっきの言葉は――――」
「そのままの意味です。この白仙の絵は、ネズミ避けでも何でも無いんです」
彼女は持って来た本をカウンターに乗せ、ジンと小鈴に見せる。
「資料によりますと、白仙の絵を張った家は、確かにネズミに襲われなくなりました」
「なによ、やっぱり効果があるんじゃない」
「話を最後まで聞きなさい。絵事態には効果は無かったけど、白仙にはある能力があったのよ」
「ある能力?」
「ネズミを使役する能力」
「まさか・・・・・・」
「そう、白仙はネズミを操って、自分の絵を売り捌いていたのよ」
阿求の話によると、白仙というのはネズミの仙人らしい。
彼はネズミを操り家を襲い、その家に自分の絵を売りつける。そしてネズミにその家を襲わせないようにする事により、自分の絵の評判を上げ、そしてまた売り捌くという事を行っていたらしい。
「それって完璧に詐欺じゃないか」
「そうなんですよ。江戸の平民は、彼にすっかり騙されたらしいですね」
「その話が本当なら・・・この絵は何の効果も無いって事なんですよね」
「そうだな、白仙がいないなら、その絵にはネズミ避けの御利益は無いな」
「「「はぁ~・・・・・・」」」
三人はタメ息をつく。やはりそう簡単に、物事が上手くいかない物だと感じたのであった。
そんな意気消沈のところに、一人の人物が鈴奈庵に入って来た。
「薬の交換に来ましたーって、ジンじゃない。奇遇ね」
入って来たのは鈴仙であった。どうやら彼女は、薬の訪問販売しに来たようである。
「そう言えば、薬の交換は今日だったか」
「ええそうよ。後で博麗神社にも寄るか・・・・・・ん?」
鈴仙はふと、カウンターに置かれた白仙の絵を見る。
「これってもしかして、ネズミ避けの?」
「ああ、白仙っていうインチキ浮世絵師が描いた物だ」
「まあ確かに、こんな絵なんかより、私が作った道具の方がずっと効果があるわ」
「何か作ったのか?」
「ええ、このウルトラソニック眠り猫をね!」
そう言って鈴仙が出したのは、何の変鉄の無い猫の置き物であった。
「説明しよう! このウルトラソニック眠り猫は、ネズミが嫌がるモスキート音を発生させ、ネズミを追い払う物である!」
「それは凄いな!」
「そんなに凄い物なんですか?」
「ただの置き物みたいですが・・・・・・」
鈴仙の発明の凄さを分かるジン。しかし一方で、いまいち理解出来ない小鈴と阿求であった。
「二人は外の技術を知らないから分からないだろうけど、幻想郷では画期的な道具だ」
「そうなんですか?」
「ああ、この置き物が発生させるモスキート音っていうのは、特定の条件に当てはまった生き物にしか聞こえない音なんだ」
「特定の条件?」
「人間の耳は、個人差はあるけど、二十ヘルツから二万ヘルツまでの音が聞こえるのよ」
「あの・・・・・・ヘルツってなんですか?」
「ヘルツというのは、音の振動数で、振動数が高くなると超音波、低くなると低周波音、更に人間が知覚出来ない二十ヘルツ以下の音を超低周波音と呼ばれているのよ」
「え、えっと・・・・・・」
「そんなに難しく考える必要は無い。ようは、音の高さと思ってくれればいい」
「あっ、それなら分かります」
「さて、ヘルツの事が分かったのなら、今度はウルトラソニック眠り猫について説明するわ。
このウルトラソニック眠り猫は、二万ヘルツ以上の超音波を発生させ、ネズミを追い払うの物なのよ」
「音って・・・何も聞こえませんけど?」
阿求は眠り猫に耳を当てながら、疑わしい目をして鈴仙に問いただす。すると鈴仙は、当たり前だと言わんばかりに答えた。
「そりゃそうよ。人間の聴覚は、二万ヘルツまでしか聞こえないのよ。
だからウルトラソニック眠り猫の超音波も聞こえないのよ」
「聞こえないじゃ、さっきの音波だって、出ているのか分からないですよね?」
「うっ、それはそうだけど・・・・・・」
「いや、ちゃんと超音波は出ているみたいだぞ」
「出ているって・・・どうしてそんな事が分かるんですか?」
「音波の軌跡が見えるからだ」
「え!? ジンって、波長が見えるの!?」
「以前、音の軌跡が視れたからな、もしかしたらって思ってな。
ともかく、この眠り猫は間違いなく音波を出しているから、鈴仙の話は本当だと思うぞ」
「まあ、この白仙の絵よりは効果がありそうですね。
ところで、これはおいくらですか?」
「えっと・・・コストを考えると・・・・・・お一つ三円(三万円)」
「「「三円!?」」」
驚きの値段に、三人は思わず声を上げてしまった。それを見て鈴仙は、戸惑いを隠せなかった。
「え? もしかして高い?」
「もしかして無くても高い。それだと誰も買わないじゃないか?」
「そうですね・・・私のお小遣いじゃ、何ヵ月も貯め続けないと買えませんよ」
「買えるには買えるけど、手頃では無いですね」
「こ、これでもうんと安くしたのよ!」
「それでも三円は高い。その値段じゃ、誰も買わないと思うぞ」
「うっ・・・・・・」
ジンの指摘に、鈴仙は言葉を詰まらせる。彼の言う通り、この眠り猫を買った者は、未だ一人もいないのである。
「ど、どうしよう、このままだと在庫が・・・・・・」
鈴仙は頭を抱えた。
このままだと在庫が残ってしまい赤字に、かと言って安く売っても、同じように赤字となってしまう。どっちにしても、このままだと永琳にお仕置きを受けてしまうのは確実である。
そんな時、ジンが助け船を出した。
「なあ鈴仙、眠り猫の在庫。全て買い取ってやろうか?」
「ええ!? かなりの額になるわよ!」
「貯えはそれなりにあるから大丈夫。ただし、一つ条件がある」
「条件?」
「これを博麗神社で販売させて欲しい。それだけでいいんだ」
「博麗神社で? そんなのでいいなら別に構わないけど・・・・・・」
「よし! あっ、あともう一つ作って貰いたい物がある」
「ある物?」
「ああ、この眠り猫の超音波を相殺する装置だ。範囲はかなり狭くていいから」
「別に構わないけど・・・・・・何に使うの?」
「それは後で教える。俺はこの話を霊夢に伝えに行くから」
そう言って、ジンは鈴奈庵を出ていった。
「ジンさん、何か閃いたみたいね」
「あんな高い猫の置き物をどうするんだろう?」
「本人は売るって言ってたけど、どうやって売るのかしら?」
阿求、小鈴、鈴仙は頭を捻ったが、ジンの考えを理解する事は出来なかった。
しかし後日、彼の商法が明らかになるのであった。
―――――――――――
数週間後の博麗神社には、参拝客の行列が出来ていた。鳥居の看板にはこう書かれていた。
“ネズミ退散! 驚異のネズミ避け、ウルトラソニック眠り猫!
お一つ三十銭(三千円)”
「随分と繁盛しているわね」
神社の様子を見に来た華仙は、そう呟く。その隣に、遊びに来ていた魔理沙は、文々。新聞の記事を見ながら、返事をした。
「ああ、この猫の置き物の効果はかなりの評判みたいだぜ」
「知っているわよ。その評判を聞いて、皆来ているのだもの」
そう、ジンの狙いはまさにこれであった。
眠り猫を安く売り、その評判を聞きつけ、神社に人を呼び寄せる。そうする事により、博麗神社の知名度と参拝客を増やすという物であった。
「新聞も宣伝に使うなんて、ジンの奴も中々やるな」
「まあ確かに、彼は霊夢と違って商才はあるものね」
「ん? 魔理沙に華仙じゃないか」
「あんた達も眠り猫を買いに来たの?」
そんな話をしている二人に、霊夢が話し掛けて来た。
「いや、冷やかしに来ただけだぜ」
「私は様子を見にね」
「なによ、冷やかしにならとっとと帰りなさいよね」
「おいこら霊夢、冷やかしだろうが、御客は御客だ。ぞんざいに扱うと、悪い噂が出て、評判に響くぞ」
「むぅ・・・・・・」
「来てくてありがとうな、歓迎する」
「おう、歓迎されるぜ」
「ところで、この眠り猫の置き物、値段安すぎじゃないの?」
「ああそうだな、元の値段の十分の一にしておいたんだ」
「十分の一!? 大損じゃないか! そんなんで大丈夫なのか!?」
「私も最初はそう思ったけど、実は眠り猫で儲けるのが目的じゃないのよ」
「どういう事だ?」
「眠り猫を博麗神社の宣伝として売るのが、目的なんだ」
ジンの作戦はこうであった。
人里で多発しているネズミ問題。そんな問題を解決するアイテムを博麗神社で格安で売る事により、神社の信頼を得るのが目的であった。
実際作戦は上手くいき、参拝客は多くやって来るようになった。
「なるほど、金を儲けるだけが商売じゃないのね」
「ああ、商売において信頼は一番大事だからな。こればっかりは金では買えない。そう考えると、今回の出費は安い物だと思うぞ」
「そういう事。そんな訳で、私達は忙しいから、今あんた達の相手をしてやれないのよ」
「霊夢、もう少し言葉を選んだ方が良いと思うぞ」
「良いのよ、魔理沙と華仙だし。そんな事よりも、倉庫にいくわよ! 眠り猫の在庫を出さないと!」
「あっ、おい待てよ!」
霊夢は足早にその場を去り、その後をジンは急いでその後を追った。
それから眠り猫は人里でブームとなり、博麗神社の知名度は飛躍的に上がったのである。
―――――――――――
人里の市場。そこにナズーリンが買い物に訪れていた。しばらく歩いていると、鈴仙とばったりと出会う。
「おや、鈴仙じゃないか。君も買い物かい?」
「ええ、師匠に頼まれて。
ところでナズーリン、あれから調子はどう?」
「ああ、問題ないよ。君が作ってくれたこの音波遮断装置のお陰さ」
そう言って、ナズーリンは耳につけているイヤリングを見せる。これは眠り猫の音波を遮断する効果があり、眠り猫を販売する直前にナズーリンに渡していたのである。
「その様子だと大丈夫そうね」
「ああ、今ではこれ無しだと、うるさくて人里に来れないからね。その点はジンに感謝しているよ」
「私も盲点だったわ。命蓮寺にネズミ妖怪がいるなんて・・・・・・」
そう、ジンが鈴仙に頼んだ音波遮断装置は、ナズーリンの為であった。
もし、眠り猫がヒットし、里中の人が買ってしまったら、眠り猫の音波は里中に響き渡るであろう。そうなると、命蓮寺にいるナズーリンが困るではないかと、ジンは考えていたのである。
「人と妖怪、双方の事を考えている所が、聖に似ているよ」
「ふーん・・・・・・」
「おや? 嫉妬したかい?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ! それに、ジンはあの僧侶の事、苦手みたいだし!」
「まあ、苦手なだけで、嫌っているわけでは無いみたいだが」
「むぅ・・・・・・」
「いやすまない、少しからかい過ぎた。
君とジンには本当感謝しているよ。後日、ちゃんと御礼をしよう」
そう言って、ナズーリンはその場を後にした。
鈴仙もまた、永琳に頼まれた物を買いに、市場を歩き出すのであった。