東方軌跡録   作:1103

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今年も後僅かとなりました。今年最後の投稿なので、これともう一話を今日中に上げる予定です。


過保護な狐と迷子の猫

ある日のこと。ジンはいつもの通り、博麗酒を酒屋に配達し終わった時のことである。ジンは帰ろうとした時、不審な人物を目撃する。

 

「藍? 一体何をしているんだ?」

 

その人物は、紫の式神である藍であった。彼女は物影からこっそりと、何かを見ているようであった。

 

「藍」

 

「ひゃあ!? ジ、ジン?」

 

「何を――――」

 

「ちょっとこっちに!」

 

藍は直ぐ様ジンを物陰に引き寄せた。事情が分からないジンは、戸惑いを隠せなかった。

 

「おい! いきなり何を―」

 

「しっ!・・・静かに、橙に見つかってしまう」

 

「橙?」

 

ジンは藍の視線の先を見る。そこには買い物かごを手に持っている橙の姿があった。それを見て、ジンは藍が何をしているのか理解した。

 

「なるほど、買い物に行った橙の事が心配で、こっそり後をつけて来たんだな」

 

「ま、まあ、そんな感じだ」

 

「少し過保護じゃないのか?」

 

「うっ、紫様にも良く言われてしまうのだが、どうしても心配になってしまって・・・・・・」

 

「まあ、気持ちは分からんでも無いが・・・こういうのは、相手を信じて待つべきだと俺は思うぞ」

 

「う、うむ・・・確かに一理あるが・・・・・・あ!」

 

藍は突然声を上げる。彼女が見たのは橙が財布を落として、それに気づかずそのまま行ってしまうところであった。

 

「早く拾って届けなければ!」

 

藍が物陰から出ようとした所を、ジンが止めに入った。

 

「少し待て!」

 

「何故止めるジン!」

 

「お前が届けたら、つけていた事が橙にバレるだろ」

 

「た、確かにそうだが、このままだと橙が買い物出来ない」

 

「だから、俺が代わりに行って届けてやる。そうすれば、ばれずに済むだろ」

 

「ほ、本当か? すまない助かる」

 

「いいって、それじゃ行って来る」

 

そう言ってジンは、橙が落とした財布を拾い。彼女の後を追った。

 

―――――――――――

 

人里の市場。橙はそこに訪れていた。

 

「おじさんこんにちは!」

 

「おっ、橙ちゃんか、今日は一人かい?」

 

「うん、藍様にお使いを頼まれたの」

 

「それは偉いねぇ、それで何を買いに来たんだい?」

 

「えっとね・・・あ、あれ?」

 

そこで橙はようやく気づく、ポケットの中に入れた筈の財布が無いことに。

 

「ど、どうしよう・・・・・・」

 

「探し物はこれか? 橙」

 

「え?」

 

後ろを振り向くと、そこには無くした財布を持っているジンの姿があった。

 

「あ、財布! ありがとうジン!」

 

「どういたしまして。一人でお使いか?」

 

「うん! 藍様に頼まれたの」

 

「そうか。だけど、財布はちゃんとした方が良いぞ」

 

「う、うん、気を付ける」

 

橙はそう言いながら、ジンから財布を受け取り、代金を店員に手渡した。

 

「毎度あり、気をつけてな橙ちゃん」

 

「うん! ありがとうおじさん! ジンもありがとう!」

 

「もう財布を落とすなよー」

 

橙は手を振ると、元気良く駆けて行った。

橙を見送ったジンは、こっそりと藍の元に戻った。

 

「どうやら上手くお使い出来たようだな」

 

「ああ、そのようだ。ありがとうジン、橙を助けてくれて」

 

「俺は落とした財布を拾って渡しただけだ。後は、橙の頑張りだろ」

 

「ふふっ、君は本当に謙虚な人だな」

 

「俺は当たり前の事をしただけだ」

 

「まあいい、後日礼をするよ。今日は本当にありがとう」

 

そう言って、藍もその場を去って行った。残されたジンも、帰路につくことにした。

 

―――――――――――

 

その日の夜。ジンはいつも通り、団欒とした夕飯を食べていた。

そんな時、突然の乱入者が現れた。

 

「ジンはいるか!?」

 

「ぐっ!?」

 

「ひゃあ!?」

 

「どわ!?」

 

「藍様!?」

 

「ちょっと! いきなり何なのよ!? こっちは食事中なのよ!」

 

やって来たのは藍であった。突然の訪問に、正邪は食べていた物を胸に詰まらせ、針妙丸、ジン、妖狐は驚き、霊夢は怒鳴り声を上げる。しかし藍はそんな事も気にもとめず、ジンに駆け寄った。

 

「大変だジン! 橙が! 橙が!」

 

「落ち着け藍! 一体何があった?」

 

「橙が帰って来ないんだ!」

 

藍は半狂乱気味で、そう叫んだ。

彼女の話によると、ジンと別れた後、家で橙の帰りを待っていた。しかし、待てど待てど、橙は一向に戻らず、とうとう日がくれてしまったのである。

 

「ああ・・・こんな事なら、最後までつけていれば良かった」

 

「落ち着け藍。俺の能力なら、橙を見つけられる。そう思ったからここに来たんだろ?」

 

「力を貸してくれるのか?」

 

藍の言葉に、ジンは頷いた。

 

「ありがとう! 感謝する!」

 

「そういうわけだから霊夢、少し行って来る」

 

「ちょっと! もう日がくれているのよ!」

 

「ああ、だから急いで橙を見つけないと」

 

「だからそうじゃなくて・・・ああもう! 私も行くわ!」

 

「え? 霊夢も来るのか?」

 

「当たり前でしょ、日がくれているのに、あんただけ行かせる訳いかないじゃない」

 

「そうか、悪いな霊夢」

 

「もう慣れたわよ。さて、行くならさっさと行くわよ」

 

「あの、霊夢さん。私はどうすれば・・・・・・」

 

「妖狐は、針妙丸達と留守番してなさい。直ぐに戻るから、心配しなくていいわ」

 

「はい、それではお気をつけて」

 

 

「むぐっ! むぐっ!」

 

「ほら正邪! お水だよ!」

 

妖狐達に留守を任せ、ジン達は橙を探しに向かうのであった。

 

―――――――――――

 

日が落ち、すっかり夜になった幻想郷を歩く三人。

ジンの能力を頼りに歩いていると、ジンは突然立ち止まる。

 

「これは――――」

 

「どうかしたのジン?」

 

「・・・・・・いや、何でもない。どうやら橙は、ここから魔法の森に行ったらしい」

 

「魔法の森? 何故だ? 家から離れてしまうではないか」

 

「その理由は後で教える。先ずは橙を見つける方が先だろ」

 

「ああ、そうだね。橙、無事でいておくれ・・・・・・」

 

藍は橙の無事を心から祈りながら、ジン達と共に森へと向かった。

 

 

森の中は一寸先も闇で、例え灯りがあっても、間違いなく迷うのだが、ジンは橙の軌跡を辿ることにより、迷う事なく歩いていた。

しばらくすると、すすり泣きが聞こえて来た。

 

「これは・・・橙か!」

 

藍は一目散に、すすり泣きが聞こえて来た方へと走った。ジンと霊夢も、急いで後を追う。すると開けた場所で、泣いている橙の姿があった。

 

「橙!」

 

「え・・・・・・あっ! 藍様ー!」

 

藍の姿を見るといなや、橙は藍に駆け寄り抱きついた。藍もまた、泣いている橙を優しく抱き締めた。

 

「心配したんだぞ橙」

 

「うぐっ・・・・・・ごめんなさい藍様・・・・・・」

 

「一体どうしてこんな所に?」

 

「それは・・・・・・」

 

口ごもる橙。その橙の代わりに、ジンが答えを言った。

 

「帰る途中に、妖に襲われて、ここまで逃げて来たんだよ。だが、逃げるのに夢中になってしまい、気がついたら魔法の森で迷子になっていたんだ」

 

「そうだったのか・・・・・・」

 

「藍様ごめんなさい・・・・・・」

 

「謝ることは無いよ橙。橙が無事で、私は何よりだ」

 

「ら、藍様ー!」

 

橙は再び藍に抱きつき泣き出した。そんな橙を、藍は泣き止むまで優しく抱き締めるのであった。

 

―――――――――――

 

藍と橙は、ジンと霊夢に礼を言って別れた。ジンと霊夢も帰路につく。しかし、ジンは浮かばぬ顔をしており、何処か寂しそうであった。

 

「ジン?」

 

「ん? どうしたんだ霊夢?」

 

「それはこっちの台詞よ。橙が見つかったのに、そんな浮かない顔をしちゃって」

 

「・・・・・・橙と藍を見ていたら、少し昔の事を思い出してな」

 

「昔?」

 

「幼い頃、よく公園で遊んでいてな。それで、夕方には母さんが迎えに来てくれるんだ。そうして、手を繋いで家に帰る。

当時は、あまり気にも止めなかったが、今はあの手の温もりが、少し恋しいと思う」

 

「あんたって、意外とマザコンなのね」

 

「そうかも知れないな」

 

ジンは少し自嘲気味で、そして悲しそうに笑った。

そんなジンの表情を見て、霊夢はジンの手をおもむろに握る。

 

「え?」

 

「ちょっと手が寒いだけ、それだけだからね」

 

「そのわりには、霊夢の手は暖かいみたいだが?」

 

「うっさい、嫌なら離すわよ」

 

「・・・・・・嫌じゃない」

 

そう言って、ジンは霊夢の手を強く握り返した。

それから二人は、特に会話もせず、手を繋いだまま博麗神社に帰って行った。


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