ある日のこと。ジンはいつもの通り、博麗酒を酒屋に配達し終わった時のことである。ジンは帰ろうとした時、不審な人物を目撃する。
「藍? 一体何をしているんだ?」
その人物は、紫の式神である藍であった。彼女は物影からこっそりと、何かを見ているようであった。
「藍」
「ひゃあ!? ジ、ジン?」
「何を――――」
「ちょっとこっちに!」
藍は直ぐ様ジンを物陰に引き寄せた。事情が分からないジンは、戸惑いを隠せなかった。
「おい! いきなり何を―」
「しっ!・・・静かに、橙に見つかってしまう」
「橙?」
ジンは藍の視線の先を見る。そこには買い物かごを手に持っている橙の姿があった。それを見て、ジンは藍が何をしているのか理解した。
「なるほど、買い物に行った橙の事が心配で、こっそり後をつけて来たんだな」
「ま、まあ、そんな感じだ」
「少し過保護じゃないのか?」
「うっ、紫様にも良く言われてしまうのだが、どうしても心配になってしまって・・・・・・」
「まあ、気持ちは分からんでも無いが・・・こういうのは、相手を信じて待つべきだと俺は思うぞ」
「う、うむ・・・確かに一理あるが・・・・・・あ!」
藍は突然声を上げる。彼女が見たのは橙が財布を落として、それに気づかずそのまま行ってしまうところであった。
「早く拾って届けなければ!」
藍が物陰から出ようとした所を、ジンが止めに入った。
「少し待て!」
「何故止めるジン!」
「お前が届けたら、つけていた事が橙にバレるだろ」
「た、確かにそうだが、このままだと橙が買い物出来ない」
「だから、俺が代わりに行って届けてやる。そうすれば、ばれずに済むだろ」
「ほ、本当か? すまない助かる」
「いいって、それじゃ行って来る」
そう言ってジンは、橙が落とした財布を拾い。彼女の後を追った。
―――――――――――
人里の市場。橙はそこに訪れていた。
「おじさんこんにちは!」
「おっ、橙ちゃんか、今日は一人かい?」
「うん、藍様にお使いを頼まれたの」
「それは偉いねぇ、それで何を買いに来たんだい?」
「えっとね・・・あ、あれ?」
そこで橙はようやく気づく、ポケットの中に入れた筈の財布が無いことに。
「ど、どうしよう・・・・・・」
「探し物はこれか? 橙」
「え?」
後ろを振り向くと、そこには無くした財布を持っているジンの姿があった。
「あ、財布! ありがとうジン!」
「どういたしまして。一人でお使いか?」
「うん! 藍様に頼まれたの」
「そうか。だけど、財布はちゃんとした方が良いぞ」
「う、うん、気を付ける」
橙はそう言いながら、ジンから財布を受け取り、代金を店員に手渡した。
「毎度あり、気をつけてな橙ちゃん」
「うん! ありがとうおじさん! ジンもありがとう!」
「もう財布を落とすなよー」
橙は手を振ると、元気良く駆けて行った。
橙を見送ったジンは、こっそりと藍の元に戻った。
「どうやら上手くお使い出来たようだな」
「ああ、そのようだ。ありがとうジン、橙を助けてくれて」
「俺は落とした財布を拾って渡しただけだ。後は、橙の頑張りだろ」
「ふふっ、君は本当に謙虚な人だな」
「俺は当たり前の事をしただけだ」
「まあいい、後日礼をするよ。今日は本当にありがとう」
そう言って、藍もその場を去って行った。残されたジンも、帰路につくことにした。
―――――――――――
その日の夜。ジンはいつも通り、団欒とした夕飯を食べていた。
そんな時、突然の乱入者が現れた。
「ジンはいるか!?」
「ぐっ!?」
「ひゃあ!?」
「どわ!?」
「藍様!?」
「ちょっと! いきなり何なのよ!? こっちは食事中なのよ!」
やって来たのは藍であった。突然の訪問に、正邪は食べていた物を胸に詰まらせ、針妙丸、ジン、妖狐は驚き、霊夢は怒鳴り声を上げる。しかし藍はそんな事も気にもとめず、ジンに駆け寄った。
「大変だジン! 橙が! 橙が!」
「落ち着け藍! 一体何があった?」
「橙が帰って来ないんだ!」
藍は半狂乱気味で、そう叫んだ。
彼女の話によると、ジンと別れた後、家で橙の帰りを待っていた。しかし、待てど待てど、橙は一向に戻らず、とうとう日がくれてしまったのである。
「ああ・・・こんな事なら、最後までつけていれば良かった」
「落ち着け藍。俺の能力なら、橙を見つけられる。そう思ったからここに来たんだろ?」
「力を貸してくれるのか?」
藍の言葉に、ジンは頷いた。
「ありがとう! 感謝する!」
「そういうわけだから霊夢、少し行って来る」
「ちょっと! もう日がくれているのよ!」
「ああ、だから急いで橙を見つけないと」
「だからそうじゃなくて・・・ああもう! 私も行くわ!」
「え? 霊夢も来るのか?」
「当たり前でしょ、日がくれているのに、あんただけ行かせる訳いかないじゃない」
「そうか、悪いな霊夢」
「もう慣れたわよ。さて、行くならさっさと行くわよ」
「あの、霊夢さん。私はどうすれば・・・・・・」
「妖狐は、針妙丸達と留守番してなさい。直ぐに戻るから、心配しなくていいわ」
「はい、それではお気をつけて」
「むぐっ! むぐっ!」
「ほら正邪! お水だよ!」
妖狐達に留守を任せ、ジン達は橙を探しに向かうのであった。
―――――――――――
日が落ち、すっかり夜になった幻想郷を歩く三人。
ジンの能力を頼りに歩いていると、ジンは突然立ち止まる。
「これは――――」
「どうかしたのジン?」
「・・・・・・いや、何でもない。どうやら橙は、ここから魔法の森に行ったらしい」
「魔法の森? 何故だ? 家から離れてしまうではないか」
「その理由は後で教える。先ずは橙を見つける方が先だろ」
「ああ、そうだね。橙、無事でいておくれ・・・・・・」
藍は橙の無事を心から祈りながら、ジン達と共に森へと向かった。
森の中は一寸先も闇で、例え灯りがあっても、間違いなく迷うのだが、ジンは橙の軌跡を辿ることにより、迷う事なく歩いていた。
しばらくすると、すすり泣きが聞こえて来た。
「これは・・・橙か!」
藍は一目散に、すすり泣きが聞こえて来た方へと走った。ジンと霊夢も、急いで後を追う。すると開けた場所で、泣いている橙の姿があった。
「橙!」
「え・・・・・・あっ! 藍様ー!」
藍の姿を見るといなや、橙は藍に駆け寄り抱きついた。藍もまた、泣いている橙を優しく抱き締めた。
「心配したんだぞ橙」
「うぐっ・・・・・・ごめんなさい藍様・・・・・・」
「一体どうしてこんな所に?」
「それは・・・・・・」
口ごもる橙。その橙の代わりに、ジンが答えを言った。
「帰る途中に、妖に襲われて、ここまで逃げて来たんだよ。だが、逃げるのに夢中になってしまい、気がついたら魔法の森で迷子になっていたんだ」
「そうだったのか・・・・・・」
「藍様ごめんなさい・・・・・・」
「謝ることは無いよ橙。橙が無事で、私は何よりだ」
「ら、藍様ー!」
橙は再び藍に抱きつき泣き出した。そんな橙を、藍は泣き止むまで優しく抱き締めるのであった。
―――――――――――
藍と橙は、ジンと霊夢に礼を言って別れた。ジンと霊夢も帰路につく。しかし、ジンは浮かばぬ顔をしており、何処か寂しそうであった。
「ジン?」
「ん? どうしたんだ霊夢?」
「それはこっちの台詞よ。橙が見つかったのに、そんな浮かない顔をしちゃって」
「・・・・・・橙と藍を見ていたら、少し昔の事を思い出してな」
「昔?」
「幼い頃、よく公園で遊んでいてな。それで、夕方には母さんが迎えに来てくれるんだ。そうして、手を繋いで家に帰る。
当時は、あまり気にも止めなかったが、今はあの手の温もりが、少し恋しいと思う」
「あんたって、意外とマザコンなのね」
「そうかも知れないな」
ジンは少し自嘲気味で、そして悲しそうに笑った。
そんなジンの表情を見て、霊夢はジンの手をおもむろに握る。
「え?」
「ちょっと手が寒いだけ、それだけだからね」
「そのわりには、霊夢の手は暖かいみたいだが?」
「うっさい、嫌なら離すわよ」
「・・・・・・嫌じゃない」
そう言って、ジンは霊夢の手を強く握り返した。
それから二人は、特に会話もせず、手を繋いだまま博麗神社に帰って行った。