響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

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喜んで

 昇進して、中佐になって。

 仕事量もいくらか増えた。

 位階とは権限であり、そして責任である。

 だから、以前と比べてやれることも増えたし、やらなければいけないことも増えた。

 そこまでは良い。

 

 だが。

 

「…………現状が変わらない以上、それでも半日内で全部終わるのは変わりないんだけどな」

 

 防衛主体の鎮守府、そして所属は駆逐艦四隻。

 やれることも少なく、やることも少ない。

 意図的に中将殿がそう配置したのは知っているし、特に出世などに強い願望があるわけでもないので現状をありがたいとは思ってはいるが

 

「暇だけはどうしようもねえなあ」

 

 くるくる、くるくると、机に突っ伏しながら片手でペンを弄ぶ。

 と言うか、ここしばらく色々問題が立て込んでいて、暇を感じている余裕すらなかったわけだが、それらが解決してしまうとこうして時間を持て余してしまう感じはある。

「深海棲艦の情報もここ数日は無いしなあ」

 別に出てきてほしいわけではない、いないならいないで平和と言うことでもある。あいつらが危険にさらされることも無いと言うことで、それはそれで喜ばしいと思う。

 ただどうしようも無い時間の余裕がくだらない思考をさせているだけのこと。

 

「……………………だらけてるね、司令官」

 

 隣で聞こえた声に、顔だけそちらへと向ける。

 そこに少女がいた。白銀の髪とアイスブルーの瞳が印象深い少女が。

 座高の高い椅子に座り、床につかない足を宙でぶらぶらとさせながらハードカバーの本を開いている。

 

「…………お前がここで本読んでるのも久しぶりか? ヴェル」

 

 昔は当たり前で、ここ数ヶ月は見なかったその光景を懐かしみ、頬を緩めながら呟く。

 

「そうだね…………最近は、まあ忙しかったから」

 

 それでもようやく元の日常が戻ってきた、そのことに安堵もする。

 突っ伏していた体を起こし、椅子を引きながら立ち上がる。

「茶でも入れるか。何がいい?」

 なんて、こいつに聞いたって、決まってるのだが

 

「「ロシアンティー」」

 

 分かってるよ、とばかりに声を被せると、珍しくヴェルが目をぱちくりとさせ…………微笑する。

 

 そんな日常の一幕。

 

 

 * * *

 

 

「なんと言うか…………動きが無さすぎじゃない?」

「ホントよね。ここまで散々苦労してきたのに、いつもと変わらないじゃない」

「でも二人とも、幸せそうですよ?」

 

 そして男と女の日常を垣間見る三対の視線。

 暁型の姉妹たちである。今日は出撃も遠征も無いので暇を持て余していたのだが、苦労の末ようやく結ばれあった二人の様子を観察しようと雷が言い出し、レディーに拘る暁がそれを反対するも本心では気になっていることが丸分かりで雷の説得にあっさりと陥落、最後に電が止めても無駄だと察し、せめてストッパーになろうと付いて来て今に至る。

 

「それは認めるけどさあ…………司令官ももっと積極性出していかないとダメじゃない」

「いやいや何言ってるのよ暁、今の時代、待ってるだけの女なんて置いていかれるだけよ、響のほうからもっと積極的に行かないと」

 互いが互いの意見に一理あると頷きつつ、廊下からの覗きを止めない二人。

「…………もういっそ押し倒しちゃえばいいのに…………」

「…………良いわね、今夜の二人の食事に色々混ぜて…………」

「暁も雷も、二人に何させる気なのですか…………」

 

 長女と三女が囃し立て、末っ子が呆れた視線でそれを見る。

 

 私が二人をしっかりと見て止めないと、なんて決心をしたり。

 何だかんだで一緒に中を覗き、幸せそうな二人の様子に笑みを浮かべたり。

 そんな末っ子の様子を実はこっそり見ていた姉二人が顔を合わせて笑ったり。

 

 これもまた、日常の一幕。

 

 

 * * *

 

 

「たまにはこう言うのも良いねえ」

 窓から見える夜の海はけれど鎮守府の照らすライトによって一味違ったものとなっている。

「久々に飲む酒だ、それも娘と二人で、っつうのもポイントが高いね」

「久々って…………拠点に投棄されてたお酒ちびりちびり飲んでたって話は二人から聞いてるよ」

 そんな呆れたような娘の視線に、けれどカカッと豪快に笑う。

「あんなもん飲んだうちに入りやしないよ、寒さ凌ぎに飲むような酒は、嗜みにもならない」

 ビン口を直接咥えて呷るようにラッパ飲みをする。ごくりごくりといくらか腹に溜まったアルコールが喉を焼くような感覚に、ぷはぁ、と実に美味そうな表情で息を吐く。

「女捨ててるねえ。母さん」

 そんな義母の様子を懐かしんでいるような、呆れているような、そんな視線で見つめながら娘…………火野江火々は苦笑する。

「アンタにゃ言われたくはないさね…………そろそろいい歳なんだ、男の一人でも掴まえたりしていないのかい?」

 語るべきことはすでに語った。言うべきことはすでに言った。だからこれは親子の触れ合いの時間で、かつて失ったはずの時間を今急速に取り戻しているだけに過ぎない。

 

 だからそう言った下世話な話になるのもまあ仕方ないのかもしれないが。

 

「狭火神のとこの坊主はどうなんだい? あの男の息子にしちゃあマシな顔してたじゃないかい」

 

 火野江花火が狭火神の坊主こと狭火神灯夜と出会ったのは全てが終わった後。彼と彼女の関係に清算がついた後のことである。自身の鎮守府に迎え入れておきながらその鎮守府の主と出会うのが遅くなったのは、衰弱が伺える母のことを気遣った部分もあるし、娘である火々を優先してやりたかった部分もあったのかもしれない。

 ともかく、恐らく後数日出会うのが早かったら…………彼と彼女の関係に清算がつく前のあの苦悩した彼を見たなら母が彼を殴り飛ばしていた可能性もあるので、今となってはギリギリのところでセーフと言ったところか。

 

 火野江花火とはそう言う人間である。豪快と言う言葉を当てはめたような性格で、さすがはあの狭火神大将の親友だったと思わされるほどの破天荒な人間だ。

 

「彼はちゃんとお相手がいるから…………ダメだよ? 余計なことしたら」

「何だい、すでに売約済みかい。なら仕方ないねえ」

 

 彼と彼女は今頃どうしているのだろうか。

 

 あの二人のことは長いこと見ているが、どうにも何時もどおりに過ごしていそうな気がする。

 

「二人とも奥手…………と言うより、軽く枯れてるからねえ」

「ん? 何の話だい?」

 

 なんでもないよ、なんて苦笑しながら。

 

 コップに注がれた透明な液体を揺らす。

 

「良い夜だ」

 

 呟く声に、母が答える。

 

「ああ、そうさね」

 

 そんな母と娘の日常の一幕。

 

 

 * * *

 

 

「どうするのか、決めたか?」

「んーん、まだ分かんないや。でも…………うん、もうしばらく雪ちゃんと頑張ってみるよ」

 少女、瑞樹葉柚葉の答えに、男、瑞樹葉雪信はそうか、とだけ返した。

「何と言うか…………私もまだ宙ぶらりんだからね。もうしばらくはおねーみたいにやりたいこと、探してみるよ」

 それでいいよね、お父さん? そう問う少女に、男は構わないと一つ頷いた。

「俺から何かを強いることも無い…………お前たちは好きにやればいい」

 それを手伝ってやるのが、親の役目だ。

 

 そう言って微笑する父に、娘が笑う。

 

 それもまた父と娘の一幕。

 

 

 * * *

 

 

「火野江さんが生きていた…………か」

 澪月始が懐かしさに笑みを浮かべる。

「保護したのは狭火神中佐のところの艦隊のようですわ」

 女、瑞樹葉歩の言葉に、澪月が目を細める。

「そうか…………あの狭火神中佐が、か」

 

 大将が生きていれば何と言っただろうか。

 

 ――――やるじゃねえか、坊主。

 

「いや、想像は簡単だったな」

「…………は?」

 呟いた独り言に首を傾げた歩に何でもない、とだけ返す。

「それで、キミはどうしてここに? 瑞樹葉歩少将。血統派の代表格であるはずの瑞樹葉の人間が改革派の私のところに何の用だい?」

 尋ねられた言葉に、歩がニィと笑い。

 

「簡単です、同盟を持ちかけにきました、血統派と改革派のね?」

 

 これもまた、彼らにとっての日常の一幕。

 

 

 * * *

 

 

「恋愛ってさ」

 

 唐突、彼がぽつりと呟いた。秘書艦の仕事、と言うのは本来ならば夜遅くまで続く。時には二十四時間常に司令官の傍に寄りそうことだってある。だがこの鎮守府の仕事量からして、秘書艦の仕事と言うのもお察しと言うもので、夕方には基本修了する。

 

 ただ。

 

 少し…………そう、ほんの少しだけ、それを惜しく思ったのは事実だ。

 だから、部屋を出ようとする彼の袖を引き。

 気付けば彼の私室に招かれていた。

 

 以前に入った時は司令官が風邪で倒れた時だったか…………長年共に過ごしてきて、けれどお互いの私室と言うのは滅多に入ることの無い場所だった。何となく司令官とは執務室で会うのが当たり前だと思っていたのもある。

 だから同じ間取りながら、見慣れない他人の…………それも、異性の部屋に入ることに多少どぎまぎしてしまっても仕方ないことでは無いだろうか。

 そんな内心の言い訳を考えながら、司令官に言われ部屋にぽつんと置いてあるベッドに腰掛ける。

 

 脈が速い、司令官がいつも寝ているベッド…………そこに座っていると言うだけでドキドキが止まらない。

 上着だけ脱いでクローゼットに掛けて戻ってくる司令官に、ついてきてしまったは良いが、どうしようかとこの先のことを何も考えていなかっただけに、焦りが生まれる。

 

 ぽすん、と自身が何か言おうと考えている横で司令官がベッドに…………自身の隣に座り込む。

 

「恋愛ってさ」

 そして唐突に先ほどのような台詞を呟く。

 

「惚れたら負け…………何て言うが、その実、両思いになれたのなら、それって惚れさせたほうの勝ちだと思わないか?」

 そんな司令官の言葉に、何と答えたものか答えに困窮した自身を見て、司令官が苦笑する。

「いや、悪い…………別に困らせるつもりは無いんだ、たださ――――――――」

 

 ――――――――お前の隣は、何だかドキドキするよ。

 

 告げられた言葉に、顔が茹だったかのように熱くなるの感じた。

 

 告白したのは自分自身だ。そう望んだのは間違いなくヴェールヌイ自身である。

 それでも…………普段の司令官からは考えられないような台詞だけに、その落差(ギャップ)にヴェールヌイの鼓動が跳ねた。

 ぶるり、と身震いすらしてしまうほどに、ドキドキが止まらない。

 

「俺は…………うん、やっぱり恋ってのが良く分からない、お前のことは好きだけど、その好きの意味が色々ありすぎて、明確に恋してる、なんて言えない」

 

 どこか達観したような表情で、司令官が呟く。

 その台詞に、少しだけ不安を滲ませて司令官を見て――――。

 

「それでもお前といると感じるこのドキドキは、お前に恋してる証拠なんだろうな」

 

 今何か液体を口に含んでいたら絶対に吐き出してしまっていただろう。

 鼓動がうるさくて思わず俯く。こうなると室内だからと言って帽子を脱いできたのは失敗だと思う。

 帽子があれば、少しはこの紅くなった顔も隠せると言うのに。

 

「私も」

 

 これ以上ドキドキさせられたら、自分の心臓は止まってしまうんじゃないだろうか、なんて考えながら。

 だから、反撃だ、と司令官の袖をぎゅっと掴んで。

 

「私も…………司令官と一緒にいると、ドキドキが止まらないんだ」

 

 上目遣いに司令官を見つめる。いつもなら、うっ、と顔を背けるのだが。

 

「そっか…………なら、やっぱり…………嬉しい、のか?」

 

 少し照れたように微笑して、自身の頬に手を当ててくる。

 

 …………………………………………何だか悔しい。

 

 さっきから自分ばかりドキドキさせられっぱなしで。

 でも普段とは違う彼の姿を見ることが出来ることが嬉しくて。

 

 ああ、やっぱり恋愛なんて。

 

「惚れたほうの負けだと思うよ」

 

 そんな自身の言葉に、そうか? なんて首を傾げながら。

 

「ねえ司令官」

 

 何だ、と彼が言うより早く。

 彼の頬を寄せ、唇を重ねあわせる。

 

 たっぷり数秒、重ねた唇が離れて。

 

「「…………………………………………」」

 

 言葉が続かなかった。

 互いが好きあっている、それを確認しあっただけなのに。

 それはこれまでのどんなキスよりも強烈で。

 眩暈がしそうなくらい、頭がくらくらした。

 

 直後、ぼふん、と音を立てて彼がベッドに背から倒れこむ。

 

「あー……………………くそ、何かもう…………本当に…………」

 

 何か言いたいのか、それとも言いたくないのか。曖昧な言葉ばかり出てくる彼に思わず苦笑する。

 だってそれは自身も同じ気持ちだから。

 胸がいっぱいで言葉が溢れてきそうなのに、けれど頭がくらくらしてそれは言葉として意味を成さない。

 

「…………幸せ、ってやつだね」

「…………ああ、なんか分かるわ」

 

 互いに呟き、それからふふ、と笑いあう。

 

 ドキドキはまだ続いている。

 

 それでも先ほどまでの緊張は無い。

 

 代わりにあったのは、たった一つの思い。

 

 彼が好きだと言う、暖かい想い。

 

 それはきっと、彼も同じなのだと信じている。

 

「…………なあヴェル」

 

 そして何かを決めたような表情で、彼が起き上がる。

 そのままベッドから立ち上がり、傍の机の引き出しを開く。

 それを黙ってみていると、取り出したのは一つの小箱。

 

「……………………本当はどうしようか、最後まで悩んでたが、決めたわ」

 

 それを自身のところまで持ってきて、そして目の前で小箱が開かれる。

 

「…………司令……官……?」

 

 入っていたソレに、目を丸くする。

 

「受け取ってくれるか? ヴェールヌイ」

 

 そこに入っていたのは……………………。

 

「喜んで」

 

 




と、言うわけでこれが最終話。

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