響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

19 / 53
すまない、暁

 ゆっくりと、応接室の扉が開く。そして開いた扉の向こう側から、少女…………暁が部屋へと入ってくる。

「……………………暁」

「…………司令官」

 互いの姿を認め、そして呼び合う。

 暁が部屋へと入ってくると同時に、自身が立ち上がり、扉へと向かう。

 そうして、暁とすれ違い様に耳元で呟く。

「三十分ほど出てるから…………言いたいことは全部言っとけ」

 こくり、と頷く暁と呆然と暁を見る新垣提督を残し、部屋を出、扉を閉める。

 バタン、と応接室の扉を閉めると、思わず息を吐いた。

「お疲れ様、司令官」

 そして目と鼻の先にヴェールヌイがいることに気づき、思わず仰け反ろうとして、執務室に扉に軽く頭を打った。

「っつう」

Ты(ティー) в порядке(フパリャートキ)(大丈夫かい)?」

「…………っつ、ああ、問題ない。と言うか、近い近い、もうちょっと離れろ、キスするんじゃねえんだぞ」

 思わず仰け反ったが、あのまま顔を突き出していたら、本当にキスでもしていたかもしれない距離。

 そのことに少しだけ違和感を覚えたが、頭の片隅に留めるだけにしておく。

「それで、お前が案内でいいのか?」

 自身の問いに、ヴェルが少しだけ、そう、ほんの少しだけ口を閉ざす。

 視界の中、揺れる瞳、そこから読み取れる感情は…………躊躇い。

 けれど、すぐにその感情はなりを潜め。

Да (ダー)

 肯定した。

 

 俺が暁と新垣提督を合わせたのには半分は暁自身のためでもあるのだが、もう半分はこの状況…………暁の目から逃れたこの状況を作り出すためでもあった。

 俺が今から向かう場所、そこに暁がいることに不都合を感じる可能性があるかもしれない。

 そう言う意味で、暁が新垣提督と会いたいと言ったのは非常に都合が良かった。

 鎮守府本館から連絡通路を通り、ヴェルに案内され向かうのは、通路の先にある別館。

 簡単に言えば、艦娘の宿舎だ。と言っても複製艦が禁止されている現状、百人規模の収容が可能な宿舎に、住人は十名にも満たないと言う有様ではあるが。

 宿舎の二階、その一番手前、階段のすぐ隣にある部屋。

 

「ここか?」

 

 その部屋の前で立ち止まったヴェルにそう問いかけ――――――――

 

Да (ダー)(そうだよ)…………ここが、電の部屋だ」

 

 ――――――――ゆっくりと、何かを堪えるようにヴェルがそう言った。

 

 

 * * *

 

 

「済まなかった」

 そう告げ、こちらに頭を下げる彼をきゅっと口を噤み、見つめる。

 ずっと会いたかった。ずっと声を聞きたかった。ずっとずっと、ずっと言いたかったことがあった。

 今ようやく会うことができたのに、どうして、どうして?

「なんで、謝るの…………司令官」

「彼女たちが沈んだのは、私のせいだからだ」

 先ほども、扉の外で似た言葉を聞いた。だから、言える。

「違う、違うの」

「何も違わない、私の目が眩んでいたから、私が己の復讐に目が捉われていたらから」

 

「違うの!!!」

「何も違わん!!!」

 

 思いの丈をぶつけ合うように、互いが叫び、そして。

 

 ゴンッ、と扉から響いた鈍い音に、びくり、と互いが反応する。

「……………………」

「……………………」

 僅かに瞠目し、そしてその間のお陰か、互いが冷静さを取り戻す。

「…………………………聞いて欲しいことがあるの、司令官」

 先に切り出したのは暁のほうだった。

 男…………新垣はゆっくりと暁を見つめ、やがて一つ頷く。

「あのね……………………」

 言い難そうに、口篭り、けれど意を決したように口を開く。

「全部、暁のせいなの」

 震える声で、暁が呟く。

「何を言う、それを言うなら私の…………「違うの!!」…………暁?」

 さすがに雲行きがおかしいと感じたのか、新垣が眉をひそめ、暁を見やる。

「本当はね、もっと助かってたはずなの…………」

 呟くその言葉が、過日の連合のことだとすぐに気づく。

「暁のせいなの…………暁が、暁が勝手をことをしなければ…………そうすれば」

 

 鳳翔さんも、那智さんも、無事に帰ってこれたはずだったのに。

 

 呟いたその言葉に、男が、新垣が目を見開く。

「……………………どう言う、意味だ」

 

 呟く自身の司令官の言葉に、そうして暁が回顧する。

 ほんの数週間前に起きた、悪夢のことを。

 

 

 * * *

 

 

 戦況を一言で言えば、最悪だった。

 連合艦隊の前に現れたたった一体の深海棲艦の手により、連合は半壊。

 すでに三隻の艦が撃沈され、敗色濃厚となった現在、連合艦隊旗艦の長門の号令により撤退する艦娘と、それを追う深海棲艦の群れ。

 距離があるため一撃で撃沈されるような大ダメージは無いが、それでもじわじわと装甲が削られていくそのプレッシャーに誰もが精神的疲労を感じていた。

 夜。それは水雷戦隊が最も力を発揮できる時間帯だ。

 空を見れば、すでに日も暮れ始め、夜の帳が下りてきていた。

 現状を鑑みる。後方の敵の大部隊、そして前方の味方部隊。

「…………………………」

 自身は駆逐艦である。戦力的に見れば、一番最弱の存在。そして最も装甲が薄く、生存率も低い。

 残った艦隊の面子は、長門、加賀、瑞鳳、鳳翔、那智、筑摩、愛宕、天龍、そして自身、暁。

 一隻でも多くの戦力を残すために、真っ先に切り捨てられるべきは、恐らく自身だろう。

 駆逐艦とは戦艦、空母たちの護衛艦の役割であるべきはずだから。

 だから、足を止める。

「暁ちゃん!?」

「暁、何をしている!?」

 それに気づいた鳳翔と那智が足を止めようとし…………。

「先に行って!」

 暁の言葉に目を見開く。

 そうして暁の行動の意図に気づき、叫ぶ。

「バカなことは止めろ!」

 そう叫ぶ那智にけれど、暁はそれを無視して反転。

 迫りくる敵を見て、僅かに逡巡するが、それでも。

「お願い、生きて」

 そう言い残し、敵の波へと向かっていく。

 

 それで終わるはずだった。

 少なくとも、暁の中では。

 否、艦隊としてみればそれは正しい行動だったとも言える。

 駆逐艦と戦艦、駆逐艦と空母、駆逐艦と重巡洋艦、それらの価値が同等とは決していえない。

 育てるためのコストも、そもそも生み出すためのコストも、そして使っていくためのコストも、何もかもが違う。

 戦力的な意味合いでもそれらは大きく違う。だから戦力を温存するために、一番弱く、換えの効く部分から切り捨てて行く、それは戦術的な意味では正しかった。

 

 だから、そう。予想外だった。

 だから、そう。間違っていたのは彼女たちなのだ。

 だから、そう。予想できなかったのは暁だ。

 

「どうして」

 暁には分からなかった。

 どうして彼女たちが反転したのか。

 どうして彼女たちが自身を庇ったのか。

 どうして彼女たちが自身の腕を引き、逃げたのか。

 分かっていたはずなのに、敵に近づいた暁をつれて逃げようとすれば敵の猛攻に会うことを。

 分かっていたはずなのに、暁の腕を引いたその速度の落ちた状態で敵の猛攻を凌げるはずも無いことを。

 分かっていたはずなのに、そんなこと暁が望んでいないことを。

「分かってたでしょ、なのに、どうして」

 泣き叫び、慟哭し、そして最後にそう呟いた暁に、今にも沈んで行きそうな鳳翔が告げる。

「だって、暁ちゃんは仲間じゃない」

 

 本当は、分かっていたはずなのに。

 暁の自慢の仲間たちは。

 

 決して仲間を見捨てるはずが無いって。

 こんな捨石なやり方、見過ごすはずが無いって。

 

 そんなこと、暁が一番分かっていたはずなのに。

 

 結局、なるべくしてなった。

 

 

 * * *

 

 

「あの時、あのまま逃げていれば、或いは三人とも生きて帰れたかもしれない」

 勿論そうじゃない可能性だってある、むしろそうじゃない可能性のほうが高い。

 何せ、暁たちが僅かに稼いだ時間の分だけ先に逃げた六隻のうち、長門と瑞鳳を除く四隻は撃沈してしまったのだから。

 けれど、そんなものいくら考えたって結論の出るものでしかない。

 或いは、こんなこと言いたくは無いが、長門と瑞鳳の代わりに、鳳翔と那智が生き残ったかもしれない。

「それでも、二人があの場所で沈んだのは…………暁のせいなの」

 それが、目の前の司令官以外、誰にも言えなかった本音。

 新しい()()()である彼にすら言えなかった、暁の後悔。

「…………知っていた、分かっていたわ。司令官が深海棲艦(アイツら)が嫌いなのも、憎んでいるのも、復讐しようとしていることも」

 みんな知っていた。鳳翔も、那智も、そして自身(あかつき)も。

 そんな言葉に、新垣提督が驚愕する。

 ずっと隠していた自身の本心を、それを知られていたことに驚いた。

 だが何よりも、知られていたことに気づけなかった自身に悔悟の念が過ぎる。

 どうして自分はもっと彼女たちを見てやれなかったのか、と。

 そして、自身の復讐心を知っていながら、それでも戦場へ向かってくれた彼女たちに、また情念が沸く。

 

 だが。

 

「でもね、司令官」

 

 そんな思いは。

 

「一つだけ言わせて欲しいわ」

 

 目の前の少女によって。

 

「ふざけないで!」

 

 ばっさりと切り落とされた。

 

 

 * * *

 

 

 コンコン、と扉をノックする。

 そうして中から「どうぞ」と返ってくるのを確認し、扉を開く。

「入るよ、(いなづま)

 ヴェルがそう言い、部屋の中へと入っていき、その後ろをついて行くように俺も部屋へと入る。

「おはようなのです、響…………と、そちらの方は?」

 ヴェルを見て、そしてその後ろをついてくる自身へと視線を向け、首を傾げる電。見て、そしてすぐに気づく。

 目が淀んでいる。目は口ほど物を言うというが、あれは本当だ。

 表情を隠せる人間は世の中意外と多いが、目の色を隠せる人間と言うのは本当に僅かしかいない。

 まあかと言って、目の色からはっきりとした感情を読むことは難しいのではあるが。

「ああ、そのことなんだけど…………しばらく電と私はこちらの司令官の鎮守府へ行くことになった」

「狭火神海軍大佐だ、よろしく」

 本題へいきなり切り出すヴェルに、大丈夫なのか? と一瞬思ったが、ここ数週間ずっと電を相手をしてきたヴェルが大丈夫と判断したならそれを信じるしかない。

 そして電の様子を伺うが、特に問題は無かったようで、そうなのですか、と頷いている。

「今うちの鎮守府には、君の姉の暁もいる。どうか仲良くやってくれ」

「暁もいるのですか?」

 どこか嬉しそう、そう言う電のその姿だけを見れば、至って普通の様子に見える、けれど。

「ああ、ところで…………雷は一緒じゃないのですか?」

 そう尋ねた彼女の目を見て、それが違ったのだとすぐに分かった。

 先ほどよりも暗く、淀んだ目。まるで吸い込まれそうなくらいにどんよりとした、底なし沼のような瞳。

 思わず気おされ、そして質問の答えにあぐね、隣のヴェルを見やると、すぐに頷く。

「雷なら今、遠征に出ているよ」

「ああ、そうだったのですか」

 瞳に明るさが戻る。そうして認識する。彼女の現状、そしてその危うさ。

 

 壊れてしまっている。

 

 今の短いやり取りを見ているだけで理解できてしまうくらいに、はっきりと分かってしまった。

 言動よりも何よりも、目が全てを物語っている。

 全うな人間のする目じゃない。失った物の大きさに心が壊れかけている。

 

 だがまだ完全に壊れているわけでもない。

 

 壊れてしまう前に、心に蓋をした。目を背けた。だから辛うじて生きている。

 例えるならそんな感じだろうか。

 蓋も出来ず、けれど受け止めることも出来ず、重圧に押しつぶされていた響とはまた違う。

 下手に触れれば今度こそ、死んでしまう。体はともかく、心が。

「………………………………厄介な」

 しかも響と違って、背負う物が無い。心を留めるための引っかかりが無い。

 かつて俺は響と約束した。この命をくれやるから、今度こそ守って見せろと。

 もし響が死ぬようなことがあれば、俺も一緒に死んでやると。だから死ぬな、精々生き足掻け、と死に場所を求めていた響に対してそう言った。

 元々鎮守府には響一人しか戦うための力が無い。響が負ければそのままこちらへ攻め寄せてくる深海棲艦に立ち向かう術は無い。

 そう言う意味で、物理的にも精神的にも響を縛り付けて、勝手に落ちて行ってしまわないように、少しずつ少しずつ、人並みの日常と言うものに触れさせ、人との交流をさせ、そうして少しずつ響にとっての大切なものを増やして行き、それを守らせることで充足を得させていった。

 一年以上そうした地道な努力の結果、壊れかけた心は、継ぎはぎながらも修復されたのだ。

 だがそれはある意味、自身のせいで死なせてしまった響の後悔と言う引っかかりがあったからこそできた対処法だ。加害者であるからこそ、罰を与えることで清算をさせて行った、と言っても良い。

 けれど電の場合、それが無い。そもそもが目の前の現実から目を背けているせいで言葉が届かない、思いが届かない。そして現実へと目を向けさせるためには、恐らく、傷口を抉るような真似を…………雷が死んだことを突きつけなければならない。

 だがそんなことをすればどうなるか…………恐らく、辛うじて保っていた電の心が完全に壊れる。

 

 だからきっと電が立ち直るために必要なのは――――――――――

 

 

 * * *

 

 

「ふざけないで!」

 少女が叫んだその声の大きさに、篭められた感情の強さに、そしてその泣きそうな表情に度肝を抜かれる。

 泣きそうになりながら、それでもきっと強い眼差しでこちらを射抜くその視線に、体が硬直する。

「暁たちはね、守るために戦うの! 艦娘はね、深海棲艦と戦うための力なの! 私たちは、戦うことが存在意義なのよ! それなのに…………なのに…………司令官がそれを否定しないで!」

 そう叫ぶ暁の目から零れる涙を見て、気づく。

 自身が彼女たちに対して、何を言ったのか。

「司令官は戦えって言ってくれれば良いの! そのために暁たちは、私たちはいるんだから! だから、お願いだから……………………鳳翔さんが、那智さんが…………暁が戦ったことまで否定しないで」

 弱まっていく声に、零れ落ちる涙に、震えるその体に。

 自身が言った言葉がどれだけ彼女を傷つけたのか。

 自覚し、認識し、そして震えた。

 

「すま…………ない…………」

 

 そうして気づく――――

 

 ――――またしても自分は、間違ったのだ。

 

「すまない、暁」

 

 

 




じ、次回で…………終わる、よね?
おわる、はず?


と言うわけで暁ちゃんのネタバラシ。

間違ってないからこそ、辛い。間違えてしまえなかったからこそ、痛い。
最善であることが、最良であるとは限らない。
最良であることが、最善であるなんてあり得ない。

間違っていると言ってほしかった。これが最善だなんて言ってほしくなかった。
だってそうではないか。

彼女たちが間違っているだなんて、認めなくなかった。

彼女たちが死ぬことが、最善だなんて、認めなくなかった。

誰か教えて欲しい。

暁は間違っているとなじって欲しい。

そして。

暁の“本当に”最善だった行動を――――

――――“あの二人を救えた”はずの行動を教えて欲しい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。