響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次 作:水代
「前線の提督たちとしては現状のまま…………中立派がトップであり続ける現状が一番望ましい、それはキミも同じだと思う」
珈琲を淹れ直し、戻ってきた中将殿の言葉。問われた言葉にこくりと頷く。
確かに三つの派閥の考え方を聞く限り、中立派と言うのが最もまともな派閥であることは明白だ。
まあ、最も、今中将殿が言ったことが全てだとすれば、だが。
「そして今起こっている問題が、この三派閥のパワーバランスが崩れていること」
ことん、と中将殿が手に持っていたカップをソーサーに置く。さらに一つため息、どうやら相当に面倒な話らしい、と察する。
「少佐、キミは先の連合艦隊を覚えているかい?」
「まあ、忘れられるものじゃ無いですね」
ヴェルと島風が救助のため出撃し、暁が編成されていた例の艦隊。近年稀に見る大事だったあの事件をそうそう簡単には忘れられそうには無い。
「あの連合艦隊はタカ派の一世一代の博打でね、それがものの見事に失敗した」
「あの連合はどこぞの中将の暴走と聞いていましたが?」
自身の知らされていた情報との食い違いを尋ねると、中将殿が、ああ、と思い出したように呟く。
「あれは表向きだよ、まさか海軍の元帥の一人が、独断で大攻勢をかけた、なんてこと言えるはずがないからね」
まあ確かにそんなことが表沙汰になれば、海軍の威信と信頼が失墜することは避けられないだろう。特に、失敗してしまった以上は。
「一世一代の博打に負けたタカ派は今、窮地にある。勢力を大幅に減衰させてるんだよ。で、問題はその減衰させた分だけハト派が勢力を伸ばしたこと。つまりあれだよ、焦って出撃してほら見ろ、やっぱり失敗したじゃないか、と言うことだよ」
「そりゃあ、あんな無理のある出撃をすればそうでしょうに」
後から知ったことだが、情報も不十分のまま練られた戦略、制圧した海域を守るための後詰も無く、練度の低い艦ばかりを護衛につけた狙ってくれと言わんばかりの補給艦など、杜撰にもほどがある出撃である、失敗して当然と言える。
「それが分からないから害悪どもの巣窟なんだよ、あそこは…………それより問題は今回の件で鎮守府の縮小を提議してきたことだ」
「鎮守府の、縮小?」
「つまり戦力の集中だね。個々の鎮守府ではいざと言う時、深海棲艦を抑えきる力が無いから鎮守府を統合して、戦力を集中させようと言う考え…………つまり、前線を下げろ、って言ってきてる」
思わず目の前が真っ暗になりそうだった。中将殿も同じ気持ちなのか、目頭を抑えている。
「人類が一進一退を繰り返して、ようやくここまで押し戻した前線を引き下げる? それで、次はどうやって押し戻すんですか?」
なんとなく予想はできたが、それでも敢えて聞いてみる。そして答えは案の定だった。
「防衛を繰り返し、戦力を増強させ、しかるべき後反撃へと打って出る、らしいね」
「その具体的な方法は?」
問うた言葉に、一瞬だけ中将殿が躊躇し…………。
「同一艦の建造、だよ」
眩暈がした。
* * *
同一艦建造と言うのは、過去にはごく普通にあった。
理由としては簡単で、そのほうが戦力が高まるから、だ。
だが最悪に最悪が重なり、結局それは禁止となった。
その元となった出来事のせいで、一時期海軍と言う組織そのものが消滅しかけたほど、だ。
彼が知っているのは半分の事実。そして自身が知っているのはもう半分の真実。
切欠はとある提督の鎮守府だ。同一艦と言うのは文字通り、全く同じ艦を生み出すこと。
つまり、同じ名前、同じ姿、同じ顔、同じ能力の艦が複数存在する、と言うことだ。
個々の鎮守府ではともかく、海軍全体としては艦娘とは兵器として扱われる。故にそれ自体にはなんら問題は無い、ように思えた。
まずは事実を述べよう。艦娘が狂い提督を殺した。
その艦娘には同じ鎮守府に姉妹艦がいた。とても仲の良い姉妹で同時期に建造されたこともありいつも一緒、練度も近いこともあり、出撃まで一緒と何かと密接な関係を気づいていたらしい。
だが、ある時、その姉妹艦が撃沈された。提督の些細な判断ミス。否、本来ならミスとも呼べないほどのこと。だが偶々その時、事故が起こった。偶然に次ぐ偶然、全てタイミングが悪かった、と言って片付けれるほどのこと。
だが沈んだ。それが全てだった。姉妹艦を失ったその艦娘は酷く悲しんだ。落ち込み、嘆き、けれど、それでも自身の本領を発揮しようと戦場へと向かった。
そんな艦娘を何とかしてやりたいと思っていた提督がある日、その艦娘を連れて工廠へと向かう。
そこにいたのはかつて沈んだ姉妹艦と同じ名、同じ姿、同じ顔のけれど同じ記憶を持たない別の艦。
そんな姉妹艦を見て呆然とする艦娘に提督が言う。
良かったな、また会えて。
そうして艦娘が狂い、提督を殺す。その艦娘は他の艦娘によって取り押さえられ、解体処分にされた。
と言うのが事実。半分の事実。
そしてこれが残った半分の、真実。
狂い、絶望した艦娘が深海棲艦へと変わった。
絶対に秘されなければならない、本当に極少数の人間しか知らない真実。
死んだ者を起こしてはならない。
それは遥か昔、神話の時代から語り継がれてきた禁忌だ。
そうしてようやく海軍上層も理解する、艦娘とは兵器であっても、生物なのだと。
血も涙も心もある生きた存在なのだと。血も涙も情けも容赦も無く、ただ命令じられるままに殺す心の無い物では無いのだと。
艦娘は提督に絶対服従ではない、その事実を何よりも恐れた。
深海棲艦とは、今自身たちが戦っているものとは、元は何なのか、それを知られてはならなかった。
艦娘が絶望し、深海棲艦へと変わるだなんてこと、決して気づかれてはならなかった。
人に知られてはならない、提督に知られてはならない、何よりも、艦娘に知られてはならない。
その事実を知る鎮守府の艦娘は全て解体された。そして絶対の沈黙を約束とし、今はもうただの人として生きている。故にこの事実を知るのは、海軍の中でも特に上層にいる一握りのみ。
目の前の彼を見る。彼の知る事実は半分だ。
だが敢えて教えることも無い。元より禁じられていることもあるが、何よりも。
艦娘に対して真っ直ぐなその思いを、余計な事実で捻じ曲げてしまいたくない。
彼だから、響も今こうやって立ち上がってこれたのだろう。
彼だから、暁もあの鎮守府への移動を希望したのだろう。
彼ならば、電ももしかすれば何とかしてしまえるのかもしれない。
彼女の姉妹たちには出来るだけ幸せに生きてほしい。
残念ながら自身ではそれは出来そうにないから。
だから、彼に託す。勝手に、身勝手に。
頼んだよ?
心中で呟く声は、けれど彼には届かない。
届かなくても良い、何も知らなくていい、嫌われていようが、憎まれていようが。
どうせ自分は、彼女に託されたこの道しか歩けないのだから。
だから、キミはキミの道を歩いて。
その道中で、彼女の姉妹たちを幸せにしてくれれば。
自分はこれでいいのだ。
* * *
「話合ってみるしかないんじゃないかな?」
自身の抱く思いそれを聞いた自身の妹はそう言った。
「暁が今思ってること全部司令官に言ってみないと、多分、いつまでも悶々と抱えることになると思うよ」
それに、と妹が目を閉じ、少しだけ考える素振りを見せ、そして口を開く。
「きっと司令官は気づいてると思うよ?」
と、過日の夜の出来事を思い出させる言葉に、妹がどれだけ彼を理解しているのか、よくよく思い知らされた。
「……………………話、合うって」
こんなこと言えるわけない。けれどもう気づかれているのに、今更何を隠すのだろう。
つまりそれは結局のところ、自身に意気地が無いだけではないか。
『俺のために、なんて言わない。お前自身のためだ、なんてことも言わない』『ただ響のために戦ってくれ。暁…………お前の妹のために、この鎮守府を守ってくれ。それ以外に俺はお前に何も言わん。お前の思った通りにすれば良い。お前の司令官が誰であろうと、俺は別に構わん』『……………………ゆっくり考えろ。どうせまだ半年あるんだから』
過日の言葉が頭を過ぎる。先に歩み寄ってくれたのは、向こう。
それからずっと
「きっとそれって暁自身が納得できないとどうにもならない話だけど、暁一人じゃどうにもならない話だから」
自身より随分と大人びてしまった妹は、そう言って言葉を〆た。
きゅっと、口を噤む。ぐるぐると考えこんでしまって、思考が
けれど以前より問題がはっきりしてしまっていることも自覚している。
結局、話すか、話さないか。
その二択なのだ。
そして、話さなければずっとこのもやもやを抱えたまま。
となれば、実質一択。
結論を出してしまえば、前よりもすっきりとはした、が。
「あーうん…………話し合う、のよね」
どんな顔して話せばいいのだろう、それはそれで悩んでしまうのだった。
* * *
「実を言うとね、建造自体はそれほど問題じゃない」
「問題じゃない…………?」
「言ってしまえば、問題のありそうな組み合わせを作らなければいい。こちらで数を限定して…………そう、例えば現状で轟沈してしまった艦娘だけ新しく建造し、新しい鎮守府に配備する。その組み合わせをこちらで決めて、マズそうな組み合わせを作らなければ問題は起こらない」
まあ希望的観測ではあるけれどね、そう言って苦笑する中将殿。だがその眼は全く笑っていなかった。
中将殿自身、かつては瑞鶴…………それに雷を轟沈させてしまっている。存外彼女にとって、それは大きな出来事なのだろう。今までそう言った見方をしたことはなかったが、彼女の秘書官の島風をあそこまで育てたのだ、ただ嫌味なだけの凡庸な提督なはずがない。正直、第一艦隊に居たはずの響がこちらの鎮守府に預けられた時だってすでにレベル40を超えていたのだ、あれから数年、現在彼女の旗下の艦隊は練度九十を超える猛者ばかりと言うことを考えれば、相当な敏腕である。
だからこそ、そんな彼女がたった一人沈めてしまった雷と言う艦娘が際立ってしまう。
まあヴェールヌイから良く聞いていたこともあるのだが。
それはさておき。
「問題なのは同一艦を作ってしまうことだ。それを認めてしまったら艦娘の数が今よりも莫大に増えてしまう。そうなればどうなると思う?」
心底面倒そうな表情で中将殿が自身にそう尋ねる。そうして聞かれたことに対し、少し考えてみる。
例えば、今自身が建造ができるようになったら。六隻の艦隊を揃え、さらに遠征用の予備艦隊の作成などもできる。少なくとも駆逐艦一隻で戦うなんて真似しなくても良くなる。
では自身以外…………例えば、ハト派と呼ばれる連中にとっては? 例えば、タカ派と呼ばれる連中にとっては?
「……………………ハト派からすれば、政府が動かせる艦娘がいくらでも作れる。例えば、
そんな自身の答えに中将殿が苦々しい表情で一つ頷く。
「どちらにしても最悪だ。だから何としてもこれを止めないとならない」
「けれど、どうやって?」
それが問題だ。現状、すでに膨れ上がったハト派の勢力を急激に落とすことなんてこと簡単にできるはずがない。
中将殿がカップに残った珈琲を一気に飲み干し、コトン、とカップを置く。そしてこちらを見やり、硬い表情のまま告げる。
「証明すれば良い。そもそもハト派の主張は、タカ派の失敗のこじつけ、現在の個々の鎮守府には深海棲艦と戦っていくだけの力が無いと言っているに過ぎない。つまり、個々の鎮守府の力で十分に現状を維持しつつ、さらに新しい海域の制圧が可能であると証明できればそれだけで崩れる理論だ」
まあそんなに簡単には行かないだろうけれどね、と中将殿は言うがそれでも反論のための材料にはなるだろう。
「さて、前置きが非常に長くなったがようやく本題に入れる」
そう言って中将殿が両手を組み換える。先ほどから何度か見ているが、話を変える時の癖のようなものらしい。
「今日より三週間以内に中立派の六隻以上の艦隊を要する鎮守府各位にて深海棲艦の大規模討伐作戦、通称“あ号作戦”の敢行が決定された」
「は? 失敗した作戦を、また繰り返すのですか?」
「つまりだ、あの作戦は失敗したのではない、ただの偵察、前哨戦に過ぎなかった、とそう言い訳するための作戦だよ」
国内の艦娘の二割から三割を使った前哨戦など、普通に考えればあり得ない。だがあの件はまだ表には出ていない案件ではあるし、何よりも成功してしまえば確かにどうとでも言い訳は付く。少なくとも、現状よりはぐっと良くなるだろう。
「このあ号作戦には私自身も参加する。第一艦隊を使ってさらに戦域を広げることとなるだろう」
中将殿の第一艦隊は、現状国内でも最強クラスの戦力だ。旗艦の島風を初めとして、五航戦翔鶴、ビッグ7長門など層々たる面子を揃えている上にその全員が練度九十を越す精鋭ばかりだ。
この艦隊が動くとなれば、作戦の成功率も大分上がるだろうとは予想できる。
だがそれだけで勝てる、とは思わない。何より、この作戦は中将殿一人でやっているわけではないのが余計に気になる。だがこの中将殿が作戦も無しに艦隊を動かすとも思えないし、恐らくその辺は大丈夫なのだろう。少なくとも俺の心配するところではない。
それよりも気になるのは、それを自身に話して結局何を頼みたいのか、だ。
「その上で、キミに頼みたいことがある」
きゅっと、中将殿の組んだ腕に力が入る。どこか緊張すら窺える様子の中将殿が、そして告げる。
「キミの鎮守府で電を預かって欲しい」
「……………………はい?」
言われたことを理解するまでに数瞬、時間をかけた。
だが誰をどうして欲しいというそのことを気づいた瞬間、眼を見開き中将殿を見る。
「…………本気、ですか?」
「ああ、彼女は今、まともに生活することすら難しい状態だ。第一艦隊が全員出撃すれば彼女の傍には誰もいなくなる」
彼女を除いてね、そう告げた言葉が指す人物が誰なのか、すぐに気づいた。
「また、投げ出すんですか。そうやって、他人に任せるんですか」
かつての響と同じように。暗にそう言って目の前の女を睨む。
だがどこか寂しげな、悲しげな表情で中将殿が呟く。
「無理なんだよ、私には、どうやったって…………」
「それは…………あまりにも無責任、でしょう」
「………………分かっているさ、でもね、頼むよ」
怒りを堪える。堪えることができたのは、中将殿のその姿を見てしまったからかもしれない。
寂しげで、悲しげで、今にも泣きそうな、その姿を見てしまった。
直感的に理解する。自分も同じだったから、瑞鶴と言う、自身にとっての姉代わりを亡くした時、自身もこんな顔をしていた。
理解する。この人も同じなのだろうと。失くしてしまったものがある。受け継いだものがある。
「もう、その道しか行けないんですか?」
きっとその道は、失くした誰かに託されたものなのだと容易に予想が付いた。
尋ねた言葉に中将殿が一瞬驚いた顔をしたが、すぐに寂しげに苦笑して頷く。
「ああ…………私はもうこの道しか選べない。だからせめて、響も電も救われて欲しい。せめてもの、贖罪だから」
「………………………………」
ああ、もうダメだ。この人は何を言ってもダメだ。それを理解する。
この人の中でもう決着が付いてしまっている。この人の中でもう完結してしまっている。
だからもう無関係の自身ではどうにもならない。例え自から茨の道へと進もうとしている彼女を見ても、けれどその歩みを止めることはできない。
もう憎めない、もう恨めない、もう嫌えない。
この人は自分と同じなのだと分かってしまったから。
だから、せめて……………………。
「分かりました、電をこちらの鎮守府で引き受けます」
そう返す、その答えに僅かに安堵を見せる中将殿。
「ああ、頼んだよ…………護衛と言っては何だけど、響…………ヴェールヌイは再度そちらの鎮守府へ戻ってもらって構わない」
「分かりました………………それでは」
「ああ、それでは」
「武運長久を祈ります」
「キミに任せたよ」
久々に筆が載った。いいペースで書けた。
と言うわけで中将殿と主人公の和解回。
作中でも書きましたが、主人公別に中将殿を恨んではいません。
過去のことは瑞鶴の遺言で少なくとも、瑞鶴が死んだのは自分の意思だと言うことはわかっているのであまり良い感情は無いですが、少なくとも嫌ってはいません。
逆に響のことは、失意の響をこちらに投げっぱなしにした無責任さに腹に据えかねてたので、その実、ちゃんと理由があったと理解したのでそれを許しました。
なんで中将が響を主人公に寄越したのか、とかはまたいつか補足するかと。
と言うわけであと4話くらいで二章は終了。
暁編のはずなのに、暁の出番が少ない暁編でした。
大丈夫、次からはもっと増える…………はず?