悲劇が起こったのは、最終決戦の場となったガイエスブルク要塞の攻防戦の最中のことだった。
「なんということだ……。」
監視衛星から帝国全土に向けて放映された映像に、ビッテンフェルトは括目する。
俄かには信じられない光景が、目の前のスクリーンに広がっていた。
ブラウンシュヴァイク公の領地であるヴェスターラントが、公爵自身の手によって核攻撃されたのである。
ローエングラム陣営対貴族連合の対立は、帝国領土全体において、貴族に対する反抗の機運を伝播させていた。
この中で、ブラウンシュヴァイク公の甥であるシャイド男爵が人民によって殺害され、激怒した公爵は自身の領土の民を核によって虐殺したのである。
「あの……悪魔どもめッ!」
ビッテンフェルトは額に青筋を浮かべて激怒し、スクリーンを睨んだまま目の前のパネルに拳を打ち付けた。
一方で、後ろに控えていた彼の幕僚、フェルナーは顔を青くして俯いていた。
「ヴェスターラント……。」
ほとんど紫になった口唇でその名を口にする部下を、ビッテンフェルトが振り返る。
「なんだ、卿の知り合いがいるのか。」
この時ばかりはビッテンフェルトにフェルナーを疎む気持ちはなく、心配そうに部下の顔を眺めて眉を寄せている。
「いえ、小官は……しかし……ああ、ついに……ヴェスターラントが……。」
怯えた様子のフェルナーに、ビッテンフェルトが繰り返し問うが、彼は顔を青ざめさせるだけだ。
「だから、ヴェスターラントがなんだというのだッ?!」
痺れをきらして、ほとんど掴みかかるようにして聞いたビッテンフェルトだったが、部下の顔はいよいよ青ざめるばかり。
あまりの凄惨な光景に気分を悪くし、嘔吐する部下も中にはいた。
しかし、フェルナーの様子は目の前の惨状に対する怯えとは明らかに様子が違っている。
「閣下……。」
喘ぐようにしてフェルナーは言い、絶望と苦悩とを集めたような目で彼の上官を見た。
「お、お気をつけください、閣下。」
「なに?!」
「ブラウンシュヴァイク公、アンスバッハ……指輪……ああ、閣下、私は……ですが、どうか閣下……指輪を……。」
論理を重視する冷静な軍人であれば取り合うはずもないうわごとのような台詞だが、彼の部下の様子はあまりにも平素の彼とかけ離れており、剛胆なはずのフェルナーが明らかに普段の平静さを失っている。
ほとんど意味をなさない言葉ではあったが、そのことが逆に不気味さを強く印象づけた。
それからしばらくしてフェルナーは落ち着きを取り戻したが、彼の不思議な「予言」はビッテンフェルトの脳裏に漠然と焼き付いた。
──そして、「予言」は、現実のものとなる。
ラインハルトは、ついにガイエスブルク要塞を陥落させ、敵地へと乗り込んだ。
ビッテンフェルトやその他の諸提督も、次々とガイエスブルクに旗艦を入港させる。
そして、捕虜となった貴族たちとの謁見式の時である。
ビッテンフェルトは見た。
「アンスバッハ」と、フェルナーが告げた名前の男が目の前に現れたのだ。
(ブラウンシュヴァイク公……アンスバッハ、あの男がなんだというのだ。それに……指輪とはいったい何のことだ。)
アンスバッハは、ブラウンシュヴァイク公の遺体の入った棺を携えて、ラインハルトの前に進み出た。
事が起こったのは、まさにその時である。
轟音とともに凄まじい風が巻き起こり、ビッテンフェルトは思わず手で眼前を覆った。
その手の向こう、アンスバッハに飛び掛かる赤い髪を見た。
ブラウンシュヴァイク公の遺体にハンドキャノンを隠していたらしいアンスバッハが、それをラインハルトに向けて放ったのだ。
赤毛の青年が駆け寄る瞬間を捉えると同時、ビッテンフェルトも彼と同じ方向に飛び出していた。
ほとんど本能的な動きの中で、不逞の輩に飛びかかる。
キルヒアイスが飛びついたアンスバッハの身体に自分も飛び掛かり、目の端に彼の「指輪」を捕らえた時、ビッテンフェルトはそれを手首ごと床に押しつけようとした。
ゴキリと骨の折れる音がする。
アンスバッハの手首の音らしい、しかし、次の瞬間──
「お、のれぇ……ッ!」
目の端で光る閃光を見た瞬間、ビッテンフェルトの全身がカッと熱くなる。
アンスバッハの指に嵌められた「指輪」が火を噴いて、彼の身体目掛けて光線を発射したのだ。
目の前で飛び散った血が誰のものなのか、ビッテンフェルトははじめわからなかった。
急に周りの声が大きくなり、今度は遠くなった。
二人がかりで抑え込んでいたアンスバッハが毒を噛んで自殺したのだと遠くなる意識でそれを確認し、彼は思った。
ローエングラム侯が無事で良かった。
フェルナーの「予言」のおかげだ。
ああ、「指輪」に気が付いて良かった。
そして、
(アンジェリカ、もう一度会いたい……。)
遠く離れたオーディンで自分を待っているであろう妻の姿を、暗くなっていく目蓋の裏で見つめていた。