ビッテンフェルト提督の麗しき結婚生活   作:さんかく日記

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【10】運命の階段

アントン・フェルナーという異分子は、当然ながら黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)では白眼視された。

異分子を押し付けられたビッテンフェルト自身も当然扱いに困ったし、ラインハルトを暗殺しようとした人間を感情的に受け入れられないでいた。

しかし、フェルナーのほうは自分の立場と役割を心得え、ビッテンフェルトと彼の艦隊のために献身的に働いていた。

 

「閣下、ご心配されていたワルキューレのメンテナンスの件ですが、他部隊の余剰人員を調達することができましたので、明日中には終えられそうです。」

 

「失礼ながら閣下、奥様へのお土産ならあまり大袈裟でない花束のほうが却って好まれるでしょう。」

公私に渡りよく尽くす部下は、ビッテンフェルトの反感とは裏腹にいつの間にかなくてはならない彼の手足へと変わっていった。

 

そして、ついに──彼らの艦隊は貴族連合と雌雄を決するために、宇宙港から大空へと飛び立つこととなる。

フェルナーの助言でアンジェリカに花束と手紙を送ったビッテンフェルトであったが、一度艦上の人となれば、もうオーディンを振り返ることはない。

前だけを見つめ、来るべき戦いに胸を昂らせていた。

 

 

先鋒を務めたのは、ミッターマイヤーである。

彼は、貴族連合のシュターデンが率いる艦隊を巧みな戦術で引き付けるとともに、ことごとくこれを破壊した。

大貴族の身分があろうとなかろうと、それがどれほどにこの場に関わりのないことかを、ミッターマイヤー艦隊は苛烈なほどの砲撃で示してみせた。

勇気のみが逸り、戦術と戦略、そして信頼を欠いた艦隊は、ミッターマイヤーの戦術の前に藻屑と消え去り、シュターデン自身こそ辛くも逃げ帰ったものの、多大な損害を出して大敗した。

 

レンデンベルク要塞での戦闘は、両軍にとって最も過酷を極めたものとなった。

内部にて、通路を塞いだ装甲擲弾兵総監のオフレッサーが、ローエングラム陣営の前に立ちはだかったからである。

巨大な戦斧を傑出した腕力で振るい、大男は次々とローエングラム侯配下の兵たちを葬っていく。

オフレッサーの攻略にあたったのは、ロイエンタールとミッターマイヤーであったが、この猛獣を再び敵の陣営に帰せと進言したのが、オーベルシュタインである。

 

オーベルシュタインは、ラインハルトが自身の参謀として元帥府に迎えている男だった。

白髪交じりの黒っぽい髪をした痩せ型の男で、背が高い。

しかし、その痩身以上に彼を不気味に見せているのが、両眼で光る義眼だ。

光コンピューターを組み込んだそれが、時折名状しがたい光を放つさまは、青白い彼の皮膚と相まってなんともいえない情態を醸し出している。

 

自由惑星同盟軍に襲撃されたイゼルローンに駐在していたこの男が、上官であるゼークト提督を見限って逃げ出した末に生き残ったという話はあまりに有名で、それを恥じるどころか手土産のようにしてローエングラム元帥府に入り込んだことを他の幕僚たちは快く思っていない。

しかし、有能である。

恐ろしいほどに研ぎ澄まされた彼の理性は、はるか高みから見下ろしたがごとく現状を判断し、必要な決断を瞬時に下す。

 

その男が、オフレッサーを逃がした。

貴族連合の本拠地であるガイエスブルクに帰陣した太古の猛畜が、上官の猜疑心によって処断されたことで、ラインハルトは最愛の人である姉を侮辱された憎しみをようやく晴らした。

さらにこのことは、ブラウンシュヴァイク公らの相互不信を煽るという効果をもたらしたのだが、それこそがオーベルシュタインの真の狙いだったのである。

 

ローエングラム陣営勝利の報告は、その後も次々ともたらされた。

辺境の平定にあたったキルヒアイスは、貴族軍を殲滅するとともに現地の治安維持に努めた。

キルヒアイスの進軍に対抗したのはリッテンハイム侯だったが、キフォイザー星域の会戦でついに自らも命を失った。

シャンタウ星域でこそ貴族軍に勝利を譲ったものの、敵方の本陣であるガイエスブルクでもローエングラム陣営は戦局を有利に進めていた。

 

やがて、ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトに諸提督が集結する。

各星系で勝利を収めた提督たちが次々と凱旋し、ブリュンヒルトの艦内は一層の士気に満ちあふれた。

ガイエスブルク要塞に陣を置くブラウンシュヴァイク公との直接対決は、いよいよ近い。

最終決戦を目の前に幕僚たちに指示を与えるため、ラインハルトが彼らを呼び寄せたのである。

 

「やつらは所詮烏合の衆だ。戦意だけは見上げたものだが、戦術というものがまるでなっていない。」

巧みな戦術で大勝を飾ったミッターマイヤーが言う。

 

「あれだけの大軍を率いていながらむざむざ部下を死なせるとは、愚かとしかいいようがありませんね。」

死にゆく兵士たちへの哀悼を声音に乗せて、メックリンガーが渋面をつくる。

 

「俺に同情してくれるのか、メックリンガー。」

皮肉屋の笑みでそう言ったのは、少し遅れてシャンタウ星域から帰還してきたロイエンタールだった。

 

「いえ、そういう意味では……。」

唯一の敗戦となった星域から退却してきた自分のことを指していのだが、言っているロイエンタール自身もさほど気にしていない。

それゆえの軽口だった。

 

「メルカッツが相手では仕方あるまい。同数の兵力であるならともかく少数で戦ってはそれこそいたずらに兵を失するだけだ。」

メックリンガーの言葉を受けて口を開いた同僚を、ロイエンタールは意外さをもって見返した。

 

「まあ、もっとも俺であればメルカッツと戦うことにこそ喜びを感じて突撃していたかもしれんがな。さすがはローエングラム侯、その辺りも考えての布陣だったのであろう。」

ロイエンタールの知る限り、彼は血気盛んな猛将であり、「退却」という言葉を知らないのではないかと思うほどに猛々しく、決して引くことをしない。

その男が見せた俯瞰的な視野に、秘かな驚きをロイエンタールは感じている。

 

「卿がそう言うとは意外だな、ビッテンフェルト。」

力押しばかりが能と思っていた相手に素直な感嘆を伝えると、

 

「わかってはいるのだが、いざ戦場に立つとなかなか難しい。」

一層理知的な答えが返ってきて、今度こそ面食らった。

 

「ほう、卿に褒められるとはますます貴重だ。さて、感謝の印にワインでも馳走すべきか。」

からかうようにして言ったロイエンタールに、「別に褒めてなどおらんわ!」と彼らしい直情さでビッテンフェルトが答え、ようやくロイエンタールも納得する。

それからしばらくの時間、若い幕僚たちは互いをたたえ合い、そして戦術にして思案を巡らし、議論を戦わせ合った。

 

そして、彼らの戦意を向ける先が、ラインハルトによってついに決定した。

高速通信によってブラウンシュヴァイク公を挑発したラインハルトは、ついに貴族連合最大の軍勢であるブラウンシュヴァイク公本隊を戦場へと引き出すことに成功したのである。

若き諸将の率いる艦隊は、ラインハルトの希望を形にすべく各戦区へと出発していった。


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