織田信奈の野望~乱世に舞い降りた黒の剣士~ 作:piroyuki
尾張の国~清州~
この世界にやってきて1週間、キリトの身体は癒え、外に出ていた。
お世話になった浅野家に恩返しをと思い、狩猟に出ていたのだ。
キリトは浅野からこの世界の状況をできるかぎり聞きまくった。
この尾張の国を治めるのは織田信奈という姫君、その姫君は「うつけ」と言われていること、清州の町は【楽市楽座】が敷かれていて繁盛しているということ、東の今川家の脅威にさらされているということ、織田家はいまだ家内がごたごたしていて弟の信勝と派閥争いが生じているということ等・・・。おそらくは現段階ではこの尾張は統一前、美濃との同盟もなく、桶狭間の戦い以前の状況ということが把握できた。
しかし織田信長じゃないんだ・・・と考えたが、少し納得している部分もあった。それもそのはず、この世界にキリトは自分の愛用の戦闘服とアンダーシャツ、二本の剣や投擲武器だけは持ちこめていた。その剣で素振りをしたときにシステムアシストが作動したのだ。
もしかしたらここはゲームの世界とつながっているのかもしれない。だから自分の知っている歴史とは異なったものが存在していてもおかしくはないと思ったのだ。
キリトは丘を登った先の林に入り、獲物を探していた。
すると猪が穴を掘っているところに出くわしたのだ。全長1.5mくらいの程良い大きさの獲物である。
キ「おっ・・・今日は猪鍋かぁ?」
腰に付けている投擲武器を2本手に取り、1本を近くの木に狙いを定める。そしてその木に投げつけ猪がキリトに気付いて振りかえったところにもう1本を眉間目がけて投げつけた。
ブギイィイィィィィィという断末魔とともにキリトは一撃のもとに猪を仕留めてしまったのだ。
キ「消えない・・・か。っていうか・・・これ担いで持ってくんだよなぁ・・・。」
投擲武器は使って投げ切った後に勝手に腰の装着部に現れる。都合のいいことだ。
キ「しかし・・・こりゃチートだな・・・」
そんなことをつぶやきながら猪を持ち上げる。どうやらゲーム内のステータスは健在のようで、STRにステータスを振りまくっていたキリトにとっては軽いものだった。
いい収穫だった。これなら御近所にもおすそ分けできる。そう考えながら帰路につき、町に向かっていくと馬に乗った1人の着物を着崩した金髪女性と鎧を纏った女性がこちらに向かってきたのだ。
するとその金髪女性が話かけてきた。
?「ねぇ、アンタ変わった格好してるわね。何者?」
キ「はい?何者っていわれても・・・」
いきなりそう言われても・・・ねぇ。それより変わった格好してるのはお互い様だろうと・・・。
?「最近浅野のとこにいる人よね?噂には聞いてたけど・・・名前は?」
キ「あぁ。キリトだ。アンタは?」
キリトが言うと、その横にいる鎧を纏った女性が即座に怒鳴りつけてきた。
?「無礼者!!姫様に向かってそのような・・・!」
姫?「勝家やめなさい!あたしは織田信奈。ここを治める大名よ。こっちは柴田勝家。アンタの噂を小性から聞いて、家まで会いに行ったらこっちに行ったって聞いて来たのよ。」
キリトはこの一週間、浅野の家に世話になっていたが、その近所では噂になっていた。変わった服装で変わった武器を持った若者がいるという噂を聞きつけた人たちが何人か会いに来たりしていた。
その中でも前田犬千代という娘は頻繁に現れてよく会話していた。その娘が信奈に仕えていると聞いていたので、恐らく犬千代の仕業だろうと思った。それにしても織田信奈、着物を着崩してブラジャー丸出し・・・たしかに信長はこんな格好をしていたと伝わっているけど、まさか女でそれをやるとは・・・。
そして柴田勝家ってヒゲのオッサンのイメージしかないのに美女だしオッパイプルーンプルンだし・・・犬千代といいなんかどんどん戦国時代の世界観が崩れていく。武将ほぼ女じゃね!?みたいなね。
信奈「キリトっていったわね?その猪を仕留めたところを見るとなかなかやるみたいじゃない?」
信奈はなにやら興味深々そうな顔で猪を見やる。
キ「浅野さんにはお世話になってるから恩返ししとかなきゃって思って・・・」
信奈「へぇ。律儀なのね。それよりアンタに頼みごとがあるのよ。」
キ「頼みごと?」
初対面で頼みごととか・・・さすが大名・・・なのか?
信奈「犬千代からアンタの事は聞いてる。なかなか強いっていうじゃない。それでね、今度「戦」があって、その戦に来てもらいたいのよ。」
キ「戦?」
信奈「そ。今川の砦を落とすのよ。恩賞ははずむわよ?」
このときキリトは考えた。もしも、これがもしも現実世界ならば戦といえば人が死ぬ。ゲームの世界であれば死なないだろうけど、今の状況はまだ把握しきれていないのだ。
しかし相手が斬りかかってくるのならばそれに対抗しなければならないだろう・・・。この世界で生き残るのならそれもやむなしなのだろう。
信奈「それで?どうするの?」
いつまでも浅野さんにお世話になるわけにもいかない。これを期に織田家に仕えるのもアリなのかもしれない。その戦いは恩賞が出るようだし、恩返しのいい機会かもしれない。
キ「あぁ、わかった。戦はいつだ?」
信奈「明後日。迎えを出すから家にいるのよ?」
キ「了解。」
話を終えると二人は早々に去って行った。終始柴田勝家はキリトを睨みつけていた。恐らく織田信奈に対するキリトの態度に腹を立てていたのだろう。
しかしキリトは態度を変えなかった。何故だかはキリトにもわからなかったが、少し親近感のようなものを感じていた気がしたのだ。
長屋に戻るとねねが出迎えてくれた。どうやら犬千代もいるようだ。
ね「おかえりなさいませ!キリト殿!」
犬「・・・猪」
キ「ただいま。大物が獲れたよ。」
今日は御馳走だ!と、ねねははしゃぎまわっているが、犬千代はキリトを見上げてじっとしていた。
キ「どうした?犬千代」
犬「・・・・姫様の匂いがする。」
キ「あぁ、さっきスカウトされた。」
犬「・・・・すかうと?キリト語?」
キ「えっと、次の戦に雇われたってこと。」
犬「・・・・ふぅん」
犬千代はキリトが話す現代語が意味不明なときはよくそれを「キリト語」と呼ぶ。まだこの時代の言葉の使い方に慣れないキリトはどうしても現代語を出してしまうのだ。
ね「爺さまに猪捌いてもらいまするー!」
ねねはごきげんである。今夜は豪華な猪鍋ということで、長屋の住人を何人か集めて宴会ということになった。織田家の足軽が住まうこの長屋には、何人もの兵士がいるが、その中でも親しい人達を呼び、その夜は宴会となった。
皆が帰ったその夜・・・・
浅「キリト殿、そなたに頼みがあるのじゃが・・・」
長吉の頼みとは、ねねの頼みでもあるという。
どうやらねねはキリトを兄にしたいとのことなのだ。最初に会った日から毎日介抱していたが、キリトもねねの遊び相手をしており、すぐにねねはキリトに懐いた。そしてこんな兄様が欲しかったと言っていたこと、長吉も身寄りがなく、記憶喪失のような状況のキリトを憐れんで引き取りたいということもあり、キリトを養子にとりたいと提案したのだ。
キ「養子・・・ですか・・・」
長吉にはその他にも思うところがあった。キリトの時折見せる表情・・・本人は気にしていないようなのだが、どことなく寂しげで儚げな表情、遠くを見つめているような力のない目・・・きっとキリトはいろいろな辛い思いをしてきているのだろうと察していた。
そしてキリトの人間性に長吉は惹かれていた。ねねに対する心配り、柔らかな笑顔、まるで自分の息子のような錯覚さえ覚えていた。
浅「この時勢、姓があったほうがよかろう。老い先短い儂と、ねねの願いを聞き届けてくれんか?」
キリトは現実世界でも養子だった。本当の親は両親ともに死別しており、10歳までは今の両親が本当の両親だと思っていたということ、妹が実は従妹だったということで家族との間に距離をとっていた。
もしもこの世界から帰れなかったとしたら・・・キリトは独りなのだ。独りには慣れていた。アインクラッドで過ちを犯し、それからは独りになると決めた。しかし、この一週間の人の温もりは心地よかった。失うならば独りのほうがいい。そう思っていたキリトだったが、長吉やねねの心根に触れ、その気持ちは徐々に薄れていたのだ。
キ「こんな俺でよければ・・・」
浅「・・・そうか・・・そうか・・・ならば今日から其方は浅野キリトを名乗るがよい。」
キ「はい・・・お心遣い感謝します。」
こうしてキリトは浅野家の養子となったのである。
ちょいと急展開すぎ?