星々の名をたずね   作:さんかく日記

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【25】すれ違う心

「自分が何を言っているのか、わかっているのか。」

ムライの表情は硬い。

ロイエンタールの使者としてイゼルローンへ向かう彼をなんとか宇宙港で捕まえたジーンに、ムライは顔を曇らせて問いかけた。

 

「……はい。」

弁明の余地などないことはジーンもわかっている。

どんなに理屈で塗り固めたところで、ジーンが今ムライに頼んでいることはひどく個人的な我が儘でしかない。

 

ウルヴァシーでの皇帝襲撃事件は何者かの陰謀であり、ロイエンタール総督は関与していない。

皇帝の猜疑心を煽ることが目的と推察され、首謀者はおそらく地球教徒。

証拠として、ウルヴァシーではサイオキシン麻薬による汚染が見られた。

そして、これは新領土総督府の一員であるグリルパルツァー大将によって隠匿され、ロイエンタール総督には届いていない。

それを、イゼルローン回廊を通過するであろう帝国軍に伝えて欲しいというのがジーンの頼みだ。

 

一度は安定するかに見えたラインハルトの治世だが、ウルヴァシーの事件をきっかけに大きく揺らいでいる。

ロイエンタールの反逆はイゼルローンにとって無関係の事柄だが、結果として要塞は地理的価値を飛躍的に高めつつある。

これを利用すれば、逼迫したイゼルローン共和政府の状況を打開するきっかけになるかもしれないとムライは考えているのだ。

ジーンもまた、それを理解している。

彼女は共和制の中で生きてきた人間であり、総督府に勤める今も思想を捨てたわけではない。

イゼルローンの価値を最大限高めて外交手段として利用すれば、消えかかった共和制の火を崇高な理念として再び輝かせることができるかもしれない、それをわかっている。

 

「私が、なぜ使者を引き受けたと思っている。」

すべてを理解しながらなぜ?!とムライは問う。

 

「……来たるべき時に自分の役割を果たす、その約束を忘れたわけではありません。」

ムライがイゼルローンに向かう本当の理由、それはイゼルローンの意義について自身の考えを伝えるために他ならない。

 

ロイエンタールは、500万の新領土軍を配下に置いている。

銀河帝国随一の勇将とも言われる彼の指揮であれば、フェザーンから派遣される銀河帝国軍とも互角の戦いを演じることができるだろう。

しかし、それはあくまでフェザーン側の一方のみから帝国軍が侵攻した場合の話である。

イゼルローンとフェザーンの両回廊から挟撃されれば、いかにロイエンタールといってもこれを防ぐことは難しい。

だからこそ、ロイエンタールはユリアンたちに「イゼルローン回廊を閉じて欲しい」と過大な条件を提示しているのだ。

ハイネセンの自治権を譲渡するという条件は甘い果実だが、それは危険すぎる賭けでもある。

もしもユリアンとフレデリカが目先の利益のために回廊を閉じようとするならば、ムライはそれを諫めようと考えている。

 

──イゼルローンを離れても、心は常に彼らと共にある。

 

ジーンが総督府に勤務した理由も、イゼルローンのためだった。

イゼルローンと銀河帝国との間に政治的交渉が必要になった時、彼らとの仲介役を果たしたい。

そう思ったからこそ敵陣とも言える総督府に勤めることを決めたし、ムライにも「イゼルローンのためだ」と約束した。

以前、ムライとの再会でそれを告げたジーンには嘘も偽りもなかった。

しかし、今ムライを追って宇宙港にやってきた彼女は、かつてのジーンであれば告げるはずのない願いを口にしたのだ。

イゼルローンの仲間たちのために戦う──かつて交わしたその約束を裏切ってでもジーンが守りたいと願うものが、幾度となく自分たちを脅かした敵将の命であるということにムライは悲憤した。

到底、受け入れられないことだった。

 

「ごめんなさい、ムライさん。でも……どうしてもフレデリカに伝えて欲しいんです……。」

震える声で繰り返すジーンだが、ムライは返す言葉を見つけられずにいる。

自分たちは仲間ではなかったのか、志は同じと誓い合ったのではないかと問い正したい、いっそ怒りをぶちまけて許せるものかと糾弾したいとさえ感じていた。

それでも彼がジーンの願いを無下にしなかったのは──かつての彼女の献身を知っているからだった。

 

「伝えるだけは約束しよう。だが、それを受け入れるかどうかは彼らが決めることだ。」

資産家の令嬢として生を受け、政治の世界に入ったジーンが軍部に身を投じることとなったのは、今はイゼルローンにいるフレデリカの友情に応えたからだった。

戦争とは誰よりも遠い場所から宇宙回廊の要塞にやってきた彼女は、驚くほど有能に、そして献身的にヤン艦隊のために尽くしてくれた。

幾多の戦闘にもめげず、上官であるキャゼルヌとともに後方を守っていた彼女をムライは知っている。

だからこそ、彼女からの伝言を受け入れた。

それが、彼に出来る精一杯だった。

 

「ありがとうございます、ムライさん……!」

容易ならざることとはジーン自身が一番よくわかっている。

受け入れてもらえる確率は、ずっと低いということもわかっている。

すべてを理解しながらムライに縋ったジーンにとって、彼が返してくれた答えは十分過ぎるほどのものだった。

 

感謝の気持ちを言葉で尽くし、ジーンはまた、「在るべき場所」へと取って返した。

地上車に飛び乗って行き先を告げ、総督府への道を急ぐ。

気持ちばかりが逸り、心臓の音が落ち着いてくれない。

エルスハイマーはどうしただろうか、ベルゲングリューンに真実を伝えることはできただろうか、グリルパルツァーは、そして──ロイエンタールはどうしているのだろうか。

握りしめるように組んだ左右の指先は、緊張と不安とで冷えきってしまっていた。


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