星々の名をたずね   作:さんかく日記

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【24】闇を切り裂いて

「なぜです、長官!」

執務室にいる部下を見渡して辞意を告げるエルスハイマーに、ジーンはほとんど叫ぶように声をぶつけた。

 

「ウルヴァシーの件の内情は不明だ。だが、ロイエンタール総督は今明確に叛意を示され、ハイネセンは銀河帝国に敵対する立場となった。」

 

「しかし、長官……!」

すべては謀略なのだという主張が、ジーンの中にある。

しかし、エルスハイマーの次の言葉が、彼女から反論を奪った。

 

「ウルヴァシーで亡くなったコルネリス・ルッツは私の義兄だ。彼の死を総督に問いただす責任が私にはある。」

 

「長官のお義兄様が……。」

いつだったか、彼がジーンに紹介したいと言った相手だった。

彼は義兄を大切に思っていたし、その彼を紹介したいと言う程にジーンのことも案じてくれた。

その人の行く先を遮る権利が自分にあるだろうかと、ジーンは自身に問う。

答えは決まっていた。

 

「わかりました、長官。では、民政府の業務は我々で引き継ぎます……。」

行かないでと縋りたい気持ちを堪え、ジーンは力なく首を振る。

 

「ミス・ブラックウェル、君も去るべきではないのか。」

 

「え……。」

エルスハイマーが寄越した言葉が、ジーンの顔を青ざめさせることになった。

 

「グリルパルツァー大将からの報告によれば、暴動の主犯は未だ不明。謀略と思われる証拠も見つかっていないらしい。ベルゲングリューンの話だ。」

ロイエンタール自身が叛意を持っていない以上、ウルヴァシーの事件が何者かの謀略であることは間違いない。

ウルヴァシーの駐留軍が自らの意思で皇帝暗殺に動いたとは考えられないし、もしそうだとしても首謀者くらいははっきりするはずだ。

それらすべてが不明というのであれば、それこそが謀略の証ではないかとジーンは思う。

 

事態は、転がり落ちるように暗転していった。

銀河皇帝に対する弁明の論拠を見つけることができず、謀略と知りながらロイエンタールは叛徒へと身を落としつつある。

宣戦布告こそなされていないものの、ロイエンタールは回廊の封鎖を要求するための使者として、かつてのヤンの参謀であるムライをイゼルローンへ送るという。

頼みとしていたベルゲングリューンも、今は新領土各地に配置された兵力を再編するための任に当たっている。

執務室を去るエルスハイマーにそれらを聞かされたジーンは、表情を暗くした。

突破口を探そうと思考は必死に回転を続けるが、糸口は見えない。

 

謀略の気配に気付きながら防げなかったことは、これまでも二度ある。

一度目はフレデリカの父を含む多くの命が失われ、二度目にはついに祖国が征服されることとなった。

また、失うのか。

 

絶望の中で、一人の背中を見つめている。

その人は、自らを破滅させる戦禍へと今まさに踏み出そうとしている。

 

失いたくない──。

その人の姿を思う時、祖国も正義も、望んでいたはずの平穏な未来さえ霞んで見えた。

一人の女として、一人の男を救いたい。

それを罪と咎められたとしても、想いを止めることはできなかった。

 

 

ジーンがエルスハイマーと一緒に総督府を出たのは、その足でムライを追って宇宙港へ向かおうと思ったからだ。

ジーンの知るフレデリカなら、イゼルローンの回廊を封鎖することはあり得ないだろう。

それを説得できるとは、ジーンも思っていなかった。

しかし、回廊を通過する帝国軍との交信の際に、彼らに真実を伝えてもらうことならできるのではないか。

甘い見積もりであることはわかっている。

帝国軍がハイネセンに襲来すれば少なからぬ犠牲が出る、その事実を以てしてもフレデリカが自分に協力してくれる可能性は決して高くない。

それでも賭けるしかないと、総督府の表へと出た時だった。

 

「エルスハイマー長官!」

彼に声をかけて来たのは、若い男性だった。

腕を吊った痛々しい姿に沈痛な表情を浮かべるジーンに一礼してから、彼はエルスハイマーに向き直った。

 

「ご退官されたと伺いましたが。」

 

「……早耳だな。」

少しばかり困った様子のエルスハイマーだが、彼に対する態度は柔らかい。

聞けば、彼が帝国の内務省に勤務していた時の部下なのだという。

 

「グリルパルツァー大将のもとでウルヴァシーでの任務に当たっておりましたが、この通りの有様で……文官の自分が負傷など、みっともない話ですが。」

治療のために任務を外れているからと、エルスハイマーの見送りに来たらしい。

彼の人望の厚さを改めて確認し、惜しい気持ちが募るジーンだったが、青年の発した一言が状況を一変させることとなった。

 

「しかし噂には聞いていましたが、サイオキシン麻薬の効果とは恐ろしいものですね。」

 

「サイオキシン……。」

思わず繰り返したジーンに、青年が眉を寄せて告げた。

 

「ええ。疲れ知らずと言えば聞こえは良いのですが、ほとんど精神異常のそれです。ようやく鎮圧が終わって調査という時に襲撃されてこれです、錯乱しているとしか思えません。」

エルスハイマーと目が合った。

彼もまた、ジーンと同じ結論を得たようであった。

 

「ミス・ブラックウェル!至急総督府に戻り、ベルゲングリューン査閲監に連絡を取らなければならない!」

グリルパルツァーの報告書に、サイオキシン麻薬の記載はない。

サイオキシン、地球教が多用する重度の催奇性を持つそれはこれまでも何度も自由惑星同盟、銀河帝国双方に不穏の種を捲き続けてきた。

それを、グリルパルツァーは隠匿しているのだ。

 

「申し訳ありません、長官!行かなければならないところがありますが、私もすぐに総督府に戻ります!」

行き先は変わらない、ムライのもとだ。

現在の上司がもたらしてくれた新しい情報を携えて、かつての上司のもとへとジーンは地上車を走らせる。

 

ようやく見つかった突破口だが、望む道を得るために残された時間は、あまりにも僅かだった。


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