星々の名をたずね   作:さんかく日記

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【2】ヘイゼルの眼差し

デスクの向こうから自身を見る上司の視線を、ジーンは正面から受け止めた。

ヤン提督の要請を受け、彼女と同日にイゼルローンに着任した要塞事務監、アレックス・キャゼルヌである。

直近まで第14補給基地の司令官を勤めていた彼は、先の「帝国領土侵攻作戦」が失敗するまでは統合作戦本部長の次席副官に任じられていたという後方支援のエリートだ。

士官学校の事務次長であった時に学生時代のヤンと知り合い、以来プライベートな親交を結んでいるらしい。

事務方にして33歳で准将というのはかなり早い昇進であるし、重要部署が名を連ねる経歴を見れば、能力の高さと中央からの厚い信頼とが推察される。

 

「ここ、イゼルローンには500万の人員と2万の戦艦が収容されている。加えて今、帝国軍の将兵50万を捕虜としているわけだ。」

 

「そう聞いております。」

数を誇るような表現に少しばかり辟易とした気持ちになりながら返事を返したジーンに、キャゼルヌが身を乗り出して聞いた。

 

「これがどういうことかわかるか、ブラックウェル少尉。」

 

「……まあ、莫大なお金がかかりますよね。」

軍人らしからぬキャゼルヌの雰囲気に同調した部分もあり、つい平素の口調になってジーンは答えた。

 

「その通り!さすがは実業家のお嬢さんだ。そういう発想ができる人間が欲しかったんだよ、まったくここの連中と来たら物資の計算もロクにできないヤツらばかりで……ヤンのやつ、殊勝に俺を頼ってくると思ったら、案の定この有り様だ。」

まくし立てるようにそう言うキャゼルヌに呆気にとられていると、彼はデスクから身を乗り出してジーンの手をガシリと掴んだ。

 

「ついでに言うと、君の父君の車のファンでもある。」

怯むジーンの手をしっかりと握り、しかし茶目っ気のある笑顔を見せて彼は笑った。

「よろしくな」と改めて頷く仕草に、ジーンも吊られて微笑む。

 

「ええ、よろしくお願いします。」

なんとなく馬が合いそうだというのが、率直な感想だった。

規律や形式を重んじる軍という組織について、正直に言えば身構える気持ちのほうが強かった。

しかし、今目の前にいる新しい上司は、かつて接してきた同僚や上司と同様かあるいはそれ以上に気さくで接しやすい雰囲気を持っている。

 

「早速なんだが、艦隊の維持・管理費、食料、ライフラインの維持費、将兵の給与と……ああ、あとあの馬鹿でかい大砲についてもデータの洗い直しを頼みたい。」

 

「すみません。グリーンヒル大尉ほどの記憶力を私は持ち合わせておりませんので、項目をメールで送っていただけますか。」

フレデリカを引き合いに出して混ぜ返すと「すまんね」とキャゼルヌも笑って、「すぐにファイルごとメールで送るよ」と請け合う。

両肩の緊張が和らいでいく感覚を、はっきりと受け止める。

キャゼルヌとのやりとりは、不安に傾いていたジーンの心を励ますには十分なものとなった。

 

 

大変な人の下についたなと思いもしたが、初日から仕事漬けというのはありがたくもあった。

たった半年の間に、あまりにも多くのことがあり過ぎたのだ。

大がかりな軍事行動、敗戦、そして世間を覆う不穏、昨日までの価値観など一瞬で不確かになってしまうような日々の中で考えばかりが堂々巡りし、精神は常に張り詰めた状態にあった。

目の前に集中できる業務があるということは、率直に良かったと思えることだった。

与えられたデスクに向かい、ジーンは数字と格闘する。

キャゼルヌの言う通り、過去に作成されたというファイルのデータは精度を欠き、でたらめとは言わないまでも正確さとはなかなかに良い距離感を保っている。

修正し、分析し、予測を立てる、作業を繰り返すうちに見えてくるのは巨大な要塞の全容だ。

巨大な金属の塊はジーンの脳内で数字とグラフに変わり、球体とはまた異なる形を形成していく。

浮かび上がってくるのは、銀河帝国によって度外視の予算を与えられ続けて膨れあがった維持管理費と狭い回廊に位置するゆえに補給という弱点を抱えたアンバランスな軍事施設の姿だった。

 

(いかに無謀な作戦だったかということが、よくわかる……。)

イゼルローンを拠点として銀河帝国領へ進軍するという作戦の稚拙さに、込み上げるのは怒りだ。

領地を占領すれば、当然に軍艦の維持費だけでは済まない。

地上用の武器弾薬だけではない、占領地での食料も必要だ。

しかし、その物資輸送の拠点となるイゼルローンもまた過密な人員を抱えていた。

後方支援の基地としてイゼルローンは不十分であり、本土からの救援を考慮に入れても莫大な予算と時間、人員とが必要だったと容易に推察される。

軍事会計について素人であるジーンの目から見ても明らかに無謀と言える作戦を、なぜ中央政府は実行したのか。

(誰のために、何のために人々は死んだの……。)

民衆を扇動した政治家、「解放」の文字に酔う群衆、民意の名のもとに考えることを放棄した評議会。

目先の利益のために、一瞬の快楽のために、どれほどの生命が失われ、どれだけ大きな犠牲となったのかと憤りに吐く息が震える。

 

「お疲れ様!」

苦痛と悲しみとが胸を覆い、キーボードを打つ手が止まりかけた時だった。

背中を叩かれて顔を上げると、ジーンを招聘した女性本人がデスクの横に立っていた。

 

「さすがキャゼルヌ准将ね。」

彼の人柄を知るらしいフレデリカが苦笑し、それからリラックスさせるように、ジーンの背中を撫でる

 

「だけど、もう退勤時間はとっくに過ぎているのに気がつかないなんて、ジーンのほうも大概だわ。」

知性と明るさの同居するヘイゼルの眼差しに見つめられ、ジーンは瞬きを返した。

 

「来てくれてありがとう、ジーン。」

「フレデリカ」と名前を呼ぶと、柔らかな微笑みがジーンを見る。

あたたかな友情を示す眼差しに見つめられ、凍りかけていた心がそっと解けていくような気がした。

 

「今日はそこまでにして食事に行きましょう。久しぶりにゆっくり話もしたいし。」

フレデリカとは着任の挨拶で司令室を訪れた際に顔を合わせてはいたが、その時はお互い儀礼的な言葉を交わしたのみだった。

ヤン提督の副官としてきっちりと軍服を着こなす彼女に気後れを感じたジーンだったが、こうして改めて声を聞けばよく知っているフレデリカそのものだと思える。

そのことにほっとして、ようやくジーンも笑顔になった。

 

「そうね、フレデリカとゆっくり話せるなんていつぶりかしら。」

着替えてから二人で夕食を取ろうと誘われて、ジーンは一旦自室に戻った。

着るものに迷ったが、スーツというのもおかしな気がして、結局はカジュアルな私服を選んで待ち合わせ場所へと向かう。

 

「やあ、お嬢さん。お出かけの場所はもうお決まりですかな。」

フレデリカを待っていたジーンにかけられた声。

 

「軍服よりも余程お似合いだ、素敵ですよ。」

振り返る彼女の服装をいかにもさらり褒めてみせたのは、背の高いがっしりとした体躯の男だった。

司令室でヤン提督の後ろに控えていた人物の一人だということは、彼の華やかな容姿も手伝ってすぐにわかった。

 

「シェーンコップ准将。」

ヤン艦隊の主要な幕僚の一人である彼に関するデータはジーンの頭の中に一通りインプットされている。

銀河帝国からの亡命者で結成されるローゼンリッター連隊の第13代の隊長。

士官学校を蹴って軍専科に入学したという陸戦の専門家である。

幼い頃に自由惑星同盟に亡命してきたという出自ゆえなのか、華やかで優雅な雰囲気が軍人らしい重厚さの中に感じられ、司令官室の面々の中でも一際目を引く存在だった。

 

「ハイネセンほどではありませんが、ここにもなかなかのものを食わせる店がありますよ。」

ご案内しましょうかとシェーンコップが告げる前に、待ち合わせの相手が早足でやってきた。

 

「ごめんなさい、遅くなって!」

抱きつくようにしてジーンの腕を取ると、シェーンコップの視線を見上げてフレデリカが告げる。

 

「今日は二人きりのつもりなんです。だからジーンのことを口説くのなら、また後日にしていただけますか。」

はっきりとした物言いに、歴戦を誇る勇者も苦笑するしかない。

 

「美しい女性二人を眺める機会を逃すのは残念ですが、そういうことでしたら仕方ありませんね。」

洒落と余裕とを感じさせる台詞と共に一歩身を下げ、シェーンコップはわずかに首を傾けてみせる。

その仕草が、いかにも様になっている。

振り返る先にある名残惜しそうな視線に見送られながら、フレデリカに腕を取られたままジーンはその場を去った。

 

「仔牛のローストが評判の店を予約してあるの。」

 

「ここでそんなものが食べられるの!」

目を丸くしたジーンだったが、すぐに考えを改めさせられることになる。

フレデリカに連れて来られたレストランで提供されたのは、新鮮な野菜のサラダとポークリエット。

500万の人員を養えるだけの食料プラントを完備していると資料で把握していたジーンだったが、並べられた食事の彩りには目を見張らずにいられない。

 

「まるで一つの街なのね……。」

事実、ひとたび軍本部を出ればそこは要塞というより都市そのものだった。

人口500万に恥じないだけの施設とインフラが見る者を圧倒し、人々の行き交う街並みの賑やかさに硬質な要塞都市というイメージはあっさりと覆されてしまった。

 

「キャゼルヌ准将とジーンが来てくれたからには、食事ももっと充実しそうだけど。」

悪戯っぽく微笑むフレデリカも、司令官室で見た凛々しい表情とはまるで別人だ。

幼い頃から変わらない友情がそこにあり、明るく気立てのいい彼女の性質もまた変わっていない。

軍人らしさのないキャゼルヌ、まるで映画から抜け出てきたようなシェーンコップ、可憐な少女らしさを残したフレデリカ、一日の間に出会った人々を頭に思い描く。

失意と混乱、そして緊張の中にあったジーンにとって、彼からの人となりは「ここに来てよかった」と思わせるだけのものだった。

新しい日々の中で新しい希望を見つけることができるかもしれない、目を細めて笑うフレデリカにジーンも希望を見い出しつつあった。

 

「それで、ポプラン大尉とシェーンコップ准将が今度はそれぞれ別の女性の部屋から出てきたっていう話があって……。」

 

「ポプラン大尉ってパイロットの?」

 

「そうよ。そのうち彼にも会うかもしれないけど、注意して。」

インゲン豆のパスタの後に運ばれてきた仔牛のローストを前にクスクスとフレデリカが笑う。

彼女の右手の指先がかかるのは上質な赤いワインの入ったグラスだが、会話の内容はまるで女子学生同士のそれだ。

けれど、そんな時間が楽しいとジーンは思った。

予算や施設運営、あるいは軍事評論といった実務から離れて、今はただ少女の頃に返ったように笑い合っている。

軍務から離れて過す時間の居心地の良さは、フレデリカも同じなのだろう。

軍本部を出てからずっと、二人はただの女性同士として噂話や男性評に華を咲かせていた。

 

「だけど、あなたのヤン提督は予想外だったな。」

 

「私のって!」

 

「だって、あなたの大のお気に入りでしょう。ずっと昔から……もう何度聞かされたかなあ、エル・ファシルの英雄の話!」

柔らかな仔牛の肉を咀嚼して「美味しい!」とシンプルな感想を口にしてから、今度はジーンが悪戯な笑みを向ける。

 

「29歳で大将なんてどんな英傑かと思ったら……“ああ、うん。じゃあ、一つよろしく頼むよ”って。」

司令官室で挨拶した際のヤンの様子を真似てみせるジーンに、フレデリカは顔を赤く染めた。

 

「英傑には違いないもの。だけど、あの方は普通の人とは違って……。」

 

「うんうん、そんなところも大好きってわけね。」

 

「ちょっと、ジーン!」

少女時代にエル・ファイシルからの脱出作戦でヤンに救われて以来、フレデリカはずっと彼の「ファン」を自称してきた。

幼い頃から何度も聞かされてきたヤン・ウェンリーの武勇伝は、フレデリカの熱弁も手伝って物語のようにジーンの中にも根付いてしまっている。

そして、憧れの英雄に対する思いには今、どうやら新しい感情が加わっているらしいとジーンは察していた。

「あなたのヤン・ウェンリー」とからかい半分に言いながら、どこか微笑ましい気持ちを感じている。

 

「普通の人と違って」とフレデリカが表現した通り、ヤン・ウェンリーは異質な提督だった。

どこか頼りなげな外見やのんびりとした物言いだけではない。

軍事の、特に戦術面において輝かしい戦績を数多に残しながら、事務処理能力はもとより生活能力までもが著しく欠如しているのだ。

望まずして軍人となったらしいと事前に記録で読んではいたが、確かに彼に規律正しい軍規の中での生活は似合わない。

「20代にして既に大将」という大仰な触れ込みで伝えられた彼の人柄の意外さは、ジーンにとってもかなり印象的なものだった。

 

けれど、そんな異質さこそが彼が慕われる理由でもある。

「厄介ごとを押し付けられた」とぼやくキャゼルヌも、ヤンのためならと奔走するフレデリカも、どこか頼りなさのある軍師に惚れ切っているのだということはすぐにジーンも理解することとなった。

 

 

キャゼルヌとジーンの着任から暫く、ようやく補給経路の動脈が順調に機能し始めた頃のことである。

銀河帝国軍と自由惑星同盟軍とはイゼルローン回廊の出口で局地的な衝突を繰り返してはいるものの、大規模な戦闘に発展する気配はない。

しかしヤン曰く、「歴史的な大勝はラインハルト・フォン・ローエングラム元帥を帝国軍人として圧倒的な地位へと押し上げた。年若い元帥が巨大な野心の持ち主であれば、次に取る行動は決まってくる」とのことだった。

 

「ただその辺りの情報が今ひとつ不足していてね。」

司令官室に呼び出したジーンを前にして、ヤンが告げた。

軍事要塞勤務にもようやく慣れようかという頃の呼び出しに「何事か」と不安とも不穏ともつかない感情を抱えていたジーンは、司令官から与えられた任務の内容に驚きを隠せなかった。

 

「ムライ少将と二人でフェザーンに行ってもらいたい。」

ヤンとジーン、それに参謀長のムライが、司令官室で顔を合わせていた。

高い良識と緻密で堅実な実務能力で知られるムライだが、ヤンの参謀という立場もあり、キャゼルヌの部下であり後方支援に従事しているジーンにとっては正直あまり馴染みがない。

それに、イゼルローン要塞からフェザーンへは首都星ハイネセンを経由して約一ヶ月という長距離の移動となるのだ。

ムライとジーン、そしてフェザーン。

なぜその組み合わせなのかと、疑問の答えを頭の中に求めた。

 

「……銀河帝国に対して謀略を図るのですか。」

行き着いた答えのまま、問い返したジーンに驚いた様子を見せたのはヤンだった。

 

「まさか!あくまで情報収集の一環だよ。」

参謀長と事務官という異色の取り合わせと、先頃から話題となっている「ラインハルト・フォン・ローエングラム」という名前を結びつけ、何か重大な作戦の一端だろうかと推察したジーンだったが、どうやら違うらしい。

 

「君は複数の言語に精通しているし、お父上の仕事の関係でフェザーンの事情にも明るいと聞いている。」

物資と資金の調達の名目でムライがフェザーンの駐留軍を訪ね、その秘書官という立場で随行したジーンに彼女の持つ人脈で情報を集めて欲しいというのがヤンからの指示だった。

 

「承知いたしました。」

答えてから敬礼を忘れたことに気が付いて、ジーンは慌てて片手を掲げる。

これに対して、要塞最高位の司令官は口元を緩めて笑った。

 

「いいよ、そんなの。」

照れたような仕草で首を振って、ジーンの不敬を受け流す仕草。

はにかむような笑顔に、なぜだかドキリと胸が跳ねた。

 

(え……。)

自分でも予想外の反応だった。

尊敬とはまだいかないまでも、ヤンの提督としての能力や人望はジーンも理解するところだ。

けれど、これではまるで──。

フレデリカの顔が浮かんで慌てて目を伏せると、ジーンは司令官室を足早に辞した。

 

「ブラックウェル少尉。」

 

「ムライ少将!失礼いたしました……!」

追いかけるように着いてきたムライに声をかけられて、慌てて立ち止まる。

 

「作戦の詳細を詰めよう。キャゼルヌ准将には君の予定をあけてもらえるように頼んである。」

 

「わかりました。では、会議室を押さえます。」

胸の奥が、ざわめいている。

大袈裟なため息をついて嫌味を言ったであろう上司の顔を思い浮かべることで、ジーンは胸に浮かんだ感情を追いやろうとした。

どうやらそれは成功したらしく、ムライと会議室で向き合う頃には元の冷静さを取り戻していた。

 

 

「銀河帝国への謀略は有効だと思うか。」

 

「え……。」

 

「先ほど、ヤン提督に聞いただろう、“銀河帝国に謀略を図るのか”と。」

彼らしい生真面目な態度で尋ねるムライに、ジーンは首を捻りながら答える。

 

「熟慮もなしに申しあげたことを反省しています。私は軍略に関しては素人ですから。」

出過ぎたことだったと口を噤んだジーンだったが、続く沈黙に「ただ……」と再び口を開いた。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム」に関するジーン知識は、決して多いわけではない。

彼は、先の帝国領土侵攻作戦におけるアムリッツァ会戦の総司令官であり、自由惑星同盟軍を大敗へと追いやった張本人である。

若き帝国軍人、前皇帝の寵姫の弟、類い稀なる軍事的才能と高潔な人間性を有しているという銀が帝国内での評判──資料から得られた戦績以外の情報はせいぜいその程度だ。

少ない情報の中で「前皇帝の崩御」が彼にどんな影響を与えるのかを考えてみた。

可能性は二つ、両極端な道がジーンの脳裏で示させている。

前皇帝の後ろ盾をなくして権力を弱める、あるいは新皇帝を手中に治めて権力をより強固なものにする、どちらの道になるのかは若い元帥の政治力と人間性に依るところが大きく判断できない。

 

「けれど、そのどちらであったとしても、ローエングラム侯と旧来の権力者たちとの対立は間違いないでしょう。」

銀河帝国は、建国者ルドルフ・ゴールデンバウムの治世よりずっと皇帝による独裁と貴族による支配政治が続いている。

そして、前帝の後継者は年若い女性か幼児のいずれかであり、皇帝自身に銀河帝国を動かせるだけの政治力はない。

実権を欲する者はいくらでもいるだろうが、だからこそ起き得るのが権力を巡る闘争である。

貴族同士の対立を煽る、あるいは門閥貴族とローエングラム侯を対抗させることができれば──銀河帝国を内乱へと引き込むことができるのではないか。

もし内乱が起きれば、自由惑星同盟としては再侵攻や講和の好機になるのではないだろうか。

 

「けれど、考えてみればヤン提督が“帝国領土への再侵攻”という案を採用するとは思えませんから、講和を勧めるきっかけを模索したいということかもしれませんね。」

自身の考えをムライに披露してからそう締めくくると、ジーンは曖昧な笑顔を彼に向けた。

ムライのほうはそれに応えるではなく、眉間に皺を寄せて黙り込んでいる。

彼が作り出した沈黙が、ジーンの脳にもう一つの可能性を浮かび上がらせる時間をつくった。

 

「ッ、」

まさか、と声に出しそうになるのを寸でのところで飲み込んだ。

軽率に口にすべきではないように思えたし、逆に言えば浅知恵に過ぎないようにも思われたからだ。

 

(同盟軍の再侵攻を防ぐために、ローエングラム侯が謀略を仕掛ける……?!)

自身の考えをムライに告げたところで、何かが変わったというわけではないのかもしれない。

しかし、直後に起こる混乱は、ジーンに後悔と自責の感情をもたらすこととなるのであった。


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