星々の名をたずね   作:さんかく日記

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【18】明日を夢見て

「こうしてデータを見ていると、女性の雇用促進は喫緊の課題と言えますね。」

端末に映し出された数字を眺めながら、同僚の一人が言った。

 

「帰還兵を含めた軍部出身者の雇用同様、急ぎ対策を進める必要があるだろうな。」

エルスハイマーが請け合う。

 

「一部については帝国軍で雇用を検討するとベルゲングリューン軍事査閲監より申し出があった。とはいえ、人員の精査は容易ではないし、一方で彼らの雇用状況は治安問題と直結するから複雑な問題だ。」

経済が活力を取り戻し、雇用も回復しつつあるが、女性や元軍人たちの雇用はどうしても劣後しがちだ。

復興の道を着実に辿りつつあるハイネセンだが、長く対立関係にあった銀河帝国からの征服者を迎えることとなった今、人々の心には隠しようのない不安がある。

何が不穏を煽るきっかけになるかはわからない、そんな晦冥さが領土全体を覆っている。

生活の根幹である労働に関する不足は、特に火種となりやすい事項である。

雇用問題はジーンにとっても心の痛い課題であり、政治的に不安を感じる要素だった。

 

議論は長く続いたが、画期的な打開策は見いだせないまま会議は終了した。

これまでも幾度となく繰り返されている議題だが、有効な解決策とはほど遠い状況だった。

 

「些か無益な議論だったな。」

 

「何事も考えることに意義がありますから。思わぬアイデアが出てくるのも議論あってのことですし。」

ため息交じりに言ったエルスハイマーを励ましながら、不安な予兆を振り払うように笑顔をつくる。

お茶でも淹れましょうかと気軽な調子を意識して言うと、上司のほうもようやく表情を和らげた。

「少し休憩しようか」と言ったエルスハイマーに従ってジーンが紅茶を淹れ、二人でティーカップを傾けた。

 

 

「君は……誰か心に決めた人がいるのかね。」

 

「え?」

突然の問いかけに、ジーンは言葉を詰まらせた。

 

「え、ええと……心に決めた人というと、つまり……恋人とかそういうことでしょうか。」

プライベートなことを聞かれるのは初めてのことだったが、愛妻家と聞く彼の質問であれば不快感はない。

上司からの問いかけを雑談と受け止め、笑顔をつくってジーンは答える。

 

「残念ながら、今は。」

砕けた調子で眉を下げたジーンだったが、エルスハイマーは神妙な顔で頷いた。

 

「先ほどの議論の通り、戦後で男女の人口比が大きく偏っている。君ほどの女性でもお相手を見つけるのは難しいのかい?」

雑談というよりは、どうやら議論の続きだったらしい。

いかにも真面目な上司らしいとジーンは思い直したが、「どうでしょう」と曖昧に受け流す。

 

その心をさざめかせる人がいる。

その人は、ほんの1年前までジーンのすぐ近くにいた。

同じ場所に立ち、同じものを見て、時に弱気に揺れるジーンの心をそっと支えてくれた。

けれど、今は互いに遠く離れた場所にいて、言葉を交わすことさえ叶わない。

恋をしたとはっきりと言えるほど、二人の時間があったわけではない。

それでも「寂しい」とはっきりと思うし、彼の身を案じる気持ちがジーンの中にある。

そんな彼女の気配を感じ取ったのか、上司はジーンの顔を覗き込むと思わぬことを尋ねて寄越した。

 

「君は、帝国人の男は嫌いかな。」

 

「えっ!」

驚くジーンに彼は笑って、

 

「私の妻の兄なんだがね、軍人だが性格も穏やかで気のいい人物なんだ。」

本気とも冗談とも取れぬ調子でそう続けた。

 

「君のような女性を一人にしておくなんて勿体ないし、それに彼は誠実で本当にいい男だよ。」

穏やかだが熱のこもった口調で言う上司に続けて驚きながら、ジーンは曖昧に口角を上げる。

 

「私には勿体ない話です。」

上司の気づかいが嬉しかったし、身上を案じてくれる彼の人柄には感謝の気持ちしかない。

それでも、女性として人並みの幸せをとは──今は思えなかった。

 

「君は、」

 

「誰かの妻になるには、私は夢見がち過ぎるんです。」

言いかけたエルスハイマーを遮って、ジーンは微笑んだ。

 

「大きな夢を……見ているから。」

祖国は戦禍の末に主権を失い、仰ぎ見た英傑も逝ってしまった。

共にあった仲間たちを支えることさえ今はできず、遠く離れた場所で彼らを想うばかり。

なんと非力なことかと自分を嘆いたこともある。

自分が在る意味を見いだせないと途方にくれたことも、何度もある。

それでも今は、自分の出来ることをしたい。

祖国の安寧のために力を尽くし、離れている仲間たちのためにいつか戦いたい。

 

「……そうか。」

頷いた上司はきっとジーンの心情を理解してくれたのだろう。

彼女を追求しようとはせず、代わりに明るい口調で軽口を言った。

 

「だけど、ロイエンタール総督だけは止めておいたほうがいい。あの方のために涙を流した女性は、それこそ一個隊が組めるほどいるからね。」

篤実な彼らしからぬ冗談にジーンも笑った。

気詰まりな面の多い上司であるが、こうして職員たちの軽口の対象になるというのは意外に慕われている証拠なのだろう。

ジーンにとっては未だ遠い存在であるロイエンタールだが、実力をもって信頼と尊敬を得ているということは彼女にも理解できた。

 

「銀河帝国の淑女の心境とは、私はかけ離れているみたいです。総督が女性に笑みを向ける姿というのがあまり想像つかなくて。」

 

「まあ、部下である私としても概ね同意見だがね。」

こうして銀河帝国の官僚と笑い合う時間も、気が付けばいつの間にか当たり前になってきている。

ふと、キャゼルヌのもとで働いた日々を思い出す。

記憶の中にある時間が寂しさを呼び起こすが、決してそれだけではない。

懐かしい思い出と目の前のあたたかな笑みとに思いを馳せながら、ジーンは頬を綻ばせた。


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