「迷惑ではなかったか。」
「とんでもない。久しぶりにお会いできて嬉しいです。」
1年半ぶりに会うムライは、ジーンの知る彼よりも少しばかり老け込んで見えた。
それだけの苦労があったのだろうと思うと、イゼルローンにいるフレデリカたちのことが気にかかる。
「私に連絡をくださったということは、何かお手伝いできることがあるということでしょうか。」
声を低くし、けれどストレートにジーンは尋ねた。
「……そうじゃない。ただ、」
ムライが顔を曇らせる。
彼の表情に浮かんだ感情を察したジーンは、目の前に置かれたコーヒーカップに静かに口をつけた。
「ご心配なさらないでください。私が総督府で働いているのは、あくまで一人の職員としてです。危険なことはするつもりはないし、それに……フレデリカたちからの連絡もありません。」
ムライがイゼルローンを離れたという情報はジーンも得ていたが、詳しい事情は知らない。
それでも、ムライがかつての部下であるジーンの身を案じてくれたのだということは十分に伝わったし、彼の態度を見ればムライにはもうイゼルローンの彼らと戦いを共にする意志はないのだろうと思われた。
「イゼルローンの現状に納得していない者たちは、私と一緒にハイネセンに戻った。」
「ええ。」
二人は、人の行き交う通りのカフェで向き合っている。
この場所を指定したのは他ならぬジーンで、それはムライにも自分にも不要な疑いが向かないように、「旧知の者同士の純粋な再会」であると周囲に示したかったからである。
「わかっています。」
ムライの一言に、ジーンは事情を理解した。
彼は彼で、自身の目的のためにイゼルローンを離れたのだ。
ヤンを失い、イゼルローンは一枚岩とは言えない状況に陥ったのだろう。
不満を持つ者、不安と恐怖を抱える者、ヤンがいるならばとハイネセンを飛び出して行った者たちの中には、そこに残る意義をなくした者も多かったはずだ。
だから、ムライは彼らを連れてハイネセンに戻った。
イゼルローンの意志をより強固なものとするために、彼は彼の役割を果たしたのだ。
「ムライさん。」
誰にも告げるつもりのなかった思いだが、自分の身を案じてくれたムライには打ち明けようと思った。
静かに、しかしはっきりとジーンは告げる。
「政治的解決は、武力ではなく協議と交渉でこそ成されるべきだと私は今も思っています。必要とされる時が来たら……私も力を尽くすつもりです。」
それ以上の表現は控えるべきだと思った。
しかし、ムライには十分に伝わったらしい。
新銀河帝国の安定が確かなものとなればなるほど、イゼルローンは孤立を深めていくだろう。
治世が平穏を取り戻せば、旧同盟領の人々さえ彼らを望まなくなるかもしれない。
自由主義を返せと今は声高に叫ぶ民衆も、銀河皇帝の名前に諸手を上げる日が来るかもしれない。
その時は、武力ではなく政治的交渉こそが──彼らを救う唯一の手段になるだろう。
時代は確実に針を進め、人々の心もやがて移ろい行く。
それでも、心は常に同じ場所にある。
ヤン・ウェンリー提督のもと、共に命を懸けた仲間たちが闘い続ける限り、ムライもジーンも戦場を降りることはない。
「夏はすぐそこです。お身体には十分お気を付けください。」
「ああ。君のほうも息災で。」
彼らしい気難し気な表情を崩して見せたムライに向かって微笑んで、ジーンは座っていた座席からゆっくりと立った。
時代の潮流が新たな不穏を運ぼうとしていることをこの時のジーンは知る由もなく、束の間の再会は、穏やかな余韻を残して過ぎていった。