星々の名をたずね   作:さんかく日記

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【13】悲しみと決意

一年という月日は、世界の何もかもを変えてしまったかと思うほどだった。

 

かつてジーンも駐在したイゼルローン要塞は、旧同盟軍の有志たちによって政治的に独立した組織としての地位を固めつつある。

フレデリカを政治的指導者とし、ユリアンを軍司令官として発表したその場所に──皆の求める主、ヤン・ウェンリーはいない。

彼がテロリストの凶弾に斃れたことを、ジーンはイゼルローンからの公的な発表で知った。

 

夏の別邸でシェーンコップと別れて以来、彼ともフレデリカとも一切の連絡を取っていない。

去り際のシェーンコップのことを振り返ればそれは当然にも思えたし、一方で寂しさや孤独感に似た複雑な感情もジーンの中にある。

 

「待っていてくれ」と、シェーンコップは言った。

それは病気の父親の看病に当たるジーンのためとも思われたし、元々が軍人である彼らとはやはり違うのだと線を引かれたようにも感じていた。

背中に触れた手のひらの熱を思い出せば──あるいは別の意味もあったかもしれないとも思う。

 

それでも、ジーンはただ待つことはできなかった。

彼女を動かしたのは、確かに生来の性質もあった。

しかし、大きかったのは──敬愛していた二人の人物の死だった。

ヤンの訃報を聞く半年ほど前、彼女の父もまた息を引き取った。

 

父をなくした時、ジーンは大学に戻って研究の道に就こうとした。

しかし、一度は決めた人生の方針を変えたのは、ヤンという大きすぎる存在を失ったことが理由だった。

悲しみはあまりに大きかったが、同時に、遠く離れた場所にいるフレデリカたちを思うと何か行動を起こさずにはいられなかったのだ。

ジーン以上に、彼らにとってのヤンはあまりにも大きな存在だろう。

 

彼は──暗がりの中で行き先を示す灯台のような存在だった。

希望であり、指針、そんな彼を失った今、フレデリカもユリアンも漆黒の不安の中にいるはずだ。

示す明かりのない今、かつての仲間たちを乗せた船が、皆で同じ場所を目指し進めるのかも気がかりだった。

 

遠くにある仲間を思いながら向かった場所は、ジーンにとって最も身近な場所であるハイネセンの首都だった。

ハイネセンは今、「新領土」の名のもとに、銀河帝国の一領土としての一歩を踏み出してたところである。

ジーンが、その「新領土」の行政機関である「総督府」に向かったのは、そこで事務官の職を得るためだった。

 

「民事長官の補佐官として採用」という内示を受けたことを、ジーン自身が驚いた。

民事長官のユリウス・エルスハイマーは、銀河帝国にて内務省次官、民政省次官を歴任した文官で、新皇帝直々の人事を受け、ハイネセンに赴任してきたのだという。

そんな高位の人物の補佐官に採用されようとは、まさか思っていなかった。

自身の能力を卑下するつもりはないが、これまでの職務履歴を正直に提出した身としてはむしろ不採用であっても仕方がないと思っていたのである。

 

正式な辞令を受け取るため総督府を訪問したジーンは、あっさりとその人物に面談できたことにもまた驚かされた。

エルスハイマーは文官らしい落ち着いた物腰の人物で、彼の柔和な話しぶりは、敵地に乗り込むような思いで面談に挑んだジーンを幾分安心させた。

 

「気を悪くしないでもらいたいのだが、」

一通りの挨拶を終えた後で咳払いをすると、新しい上司は少し気まずそうな表情をつくる。

 

「帝国本土では女性が行政に携わることは少ない。つまり、君に対してあまり快く思わない者もいるかもしれない。」

なるほど、とジーンは小さく頷いた。

歴史における専制政治における常として、女性は多くの場合行政の外に置かれてきた。

それは銀河帝国でも同様らしい。

新皇帝の秘書官は美貌の女性であったように記憶しているが、それは何かの例外なのだろうかと表情に出さないままで考える。

しかし、エルスハイマーの考えは少し違うようだった。

 

「皇帝陛下は先見の明のあるお方だ、たとえ旧同盟領の習慣であっても良いものは積極的にお取り入れになるだろう。」

彼の発言は、苛烈な軍人という新皇帝に対する印象を変化させた。

専制君主でありながら部下にこのように言わせるだけの人物は、歴史を振り返ってみてもそう多くはいないだろう。

それほどの人物かと感嘆する一方、だとすれば希望はあるとジーンは思う。

長い間敵対関係にあった自由惑星同盟の領土を、新皇帝はどのように治めていくつもりなのだろうかと不安に感じていたが、少なくとも無益な圧制や人民に犠牲を強いるような政策は行われないだろうと思ったからだ。

 

垣間見た皇帝の輪郭に安堵の感情を得ると、ジーンの興味は総督府の主である人物に移った。

オスカー・フォン・ロイエンタール、初めてその名前を聞いたのは、二年ほど前のことだった。

当時イゼルローンに駐在していたヤン艦隊を襲撃した敵将で、その後も戦役を重ねるごとに武名を高め、今は帝国元帥の地位にある。

ヤンをして名将と言わせた人物は、行政の守護者としてどのような治世をもたらすのか。

 

軍略に優れた人間が、必ずしも政治家として優れているわけではない。

アンバランスという意味においては、ヤンのような極端な例は珍しいかもしれない。

しかし、軍による独裁が失敗する場合、その多くは「武功によって地位を得た軍人が、不慣れな政治で失策を繰り返したこと」が原因であると過去の歴史が物語っている。

 

 

「それに……正直なところ、我々も人手不足でね。」

エルスハイマーが先ほどまでの儀礼的な表情を崩して眉を下げると、砕けた帝国公用語でそう告げる。

知りたいと思った情報は与えられなかったが、彼の気さくな態度にほっとしたジーンも笑みを返す。

 

「長官のお力になれるよう努力いたします。」

新しい上司ともなんとか上手くやれそうだ、そう思った。

 

せっかく採用されたのだから、是が非でも上手く立ち回らなければいけない。

それが、今の自分にできること。

この総督府で実力を身に着け、地位を築けば、いつかきっと──。

 

強い気持ちを胸に新たな職務に励むジーンに意外な人物からの連絡が届いたのは、それから暫く後のことだった。


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