ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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秘密の扉

 

 

 

 エルフ国、ネフテスの首都アディールを駆ける脱走犯一行。ルイズ達だ。彼女達の目的地は運河。ただ追手を避けるため、ルクシャナの案内で狭い路地を進む事になり、意外に時間がかかってしまう。ようやくそれも終わり、目の前が開けた。運河に到着したようだ。

 しかし目に映ったのは運河だけではない。兵の一団がいた。しかも水竜の姿まである。先回りされたようだ。その先頭にいるのはアリィー。射殺すような視線を向け、敵意を露わにしている。シャイターンを前にしたからというだけではなく、ファーリスにも関わらず何もできずに倒されてしまったのだから。雪辱を晴らさねばという決意が窺えた。

 

「追いかけっこもここまでだ!」

「あら、アリィー」

「ルクシャナ!?」

「なんでここに来るって分かったの?」

「砂漠に逃げる訳にはいかない。空も目立つ。だとしたら、海しかないという訳さ。というか、君、敵に捕まったのに、なんでそんなに落ち着てるんだ!?」

「あ、そうだったわ。助けて、アリィー!」

「……」

 

 ファーリスは苦虫を潰したような表情。またこの婚約者は、ロクでもない事を考えていたのだろうと呆れる他ない。後でしっかり説教しておかねばと誓う。

 

 立ち塞がったエルフ達はかなりの数。だがこんな状況下で、動揺しているのはティファニアだけ。ルイズを含め他のメンツは、まるで怯んだ様子がない。スケジュールを確認するかのように、鈴仙が言う。

 

「えっと、ここは私達が足止めするでいいんだよね?」

「そうですよ」

 

 文がメモ帳を確認しながら答える。ルイズがすかさず疑問を一つ。

 

「足止めしてくれるのはありがたいけど、私達は予定通りでいいの?それとも、もうオストラント号来てんの?」

「まさか。そこまで速い船じゃないですよ」

 

 するとデルフリンガーが、意外そうな声を上げた。

 

「オストラント号?こっち来てんのかよ?」

「はい。キュルケさんやタバサさん達を乗せて」

「意味あんのか?」

「原作通りですよ」

「そりゃそうだが……分かったよ。で、実際の所どうすんだ?」

「小舟を調達して逃げてください」

「その辺りも同じかよ」

 

 今にも襲い掛かろうとするエルフ達を前に、まずは鈴仙が勇ましげに先頭に出る。先ほどの殿役が気に入ったのか、またも芝居がかった仕草で。

 

「ここは私が突破口を作るわ!」

「……プッ」

 

 ルイズが思わず噴き出す。急に赤くなる玉兎。

 

「な、何よ!」

「ああ、ごめん。なんか思い出しちゃって」

「何を?」

「あんた達って、いっつもこんな感じだったなぁって。誰が相手だろうが、どこか遊び半分で」

「ひど~い。私は真面目にやってたわ」

 

 鈴仙はほほを膨らませていた。もっともこんな大根役者の三文芝居を見せられた後では、言いたくなるのも無理はない。後ろにいた衣玖も、納得げに大きくうなずく。

 

「そうでしたね。特に総領娘様なんかは」

「だってこの手のヤツの時って、私、裏方ばっかじゃん。雨降らしたり、嵐起こしたり。やる気なんて出る訳ないでしょ。決闘の方が、よっぽど楽しいし」

 

 身が入っていなかったことは否定しない天人。ルイズは次に烏天狗の方へ一言。

 

「文も、自分の都合が最優先だったしね」

「当然です。そうでなければ、厳しい新聞業界を生き残れはしません」

 

 胸を張って、自分本位を宣言する烏天狗。あいかわらずの妖怪達。しかし彼女達はここにいる。この自分第一主義の異界の人外達が。ルイズはおもむろに尋ねた。

 

「でも、今回は何故手伝う気になったの?」

「そうですねぇ……。ま、今までの借りを返そうと思ったからでしょうか。部数も稼がせてもらいましたし」

「借り?そうねぇ、学院じゃ散々迷惑かけられたもんね」

「それ込みですよ」

 

 どこか感慨深けに言う文。この似つかわしくない態度の烏天狗に、ルイズは少々面食らう。本当に文らしくない。

 もっとも貸し借りと言うなら彼女の方も、随分と異界の人妖達に助けられた。特に国家の存亡のような大きな出来事では。自然と笑みを湛えるちびっこピンクブロンド。あえて説明するまでもないのかもしれない。お互いが手を貸すのは。温かな充実感がルイズの中にあった。

 

 多数のエルフ兵に囲まれているにも関わらず、別世界のように和やかな気配を漂わせているルイズ達。そこに怒号が飛び込んで来る。アリィーだ。

 

「貴様ら!舐めるのもいい加減にしろ!」

「連中、焦れてきたみたいだぜ。そろそろ始めた方がいいんじゃないのか?」

 

 デルフリンガーの言葉に、一同はうなずいた。気持ちを切り替える。

 

「えっと……。んじゃ、行くから」

 

 茶化されたせいか、英雄気分が冷めてしまった鈴仙。仕方なさそうに飛ぶ。そして一枚のカードを、高々とかざした。スペルカードを。

 

「幻波『赤眼催眠《マインドブローイング》』!」

 

 一斉に玉兎の周囲に発生する無数の弾丸!いや、弾丸のような弾幕。その数は尋常ではない。文字通り弾雨となって、エルフ達に降り注ぐ。さらにこのスペルカードは、弾幕が幻覚化と実態化を繰り返すといういやらしいもの。エルフ達にとっては、ただでさえ弾幕は初めてだというのに、こんな癖のあるものでは対応できる訳がない。大混乱となるエルフ兵達。しかもそれだけではない。被弾した場所の精霊が、次々と動きを止める。精霊魔法が使えなくなっていく。何が起こっているのか理解できるエルフは一人もいなかった。

 

 デルフリンガーが二人の虚無に声をかける。この機を逃す訳にはいかない。

 

「嬢ちゃん達!行くぜ!」

「うん!」

 

 先頭を切ってダゴンが走り出した。その後ろからルイズとティファニアが続く。エルフ達は、脇を彼女達が走り抜けたというのに気づきもしない。だが、ただ一人は違った。ファーリスのアリィーだけは。

 

「き、貴様ら!待て!」

 

 もちろん止まる訳がない。アリィーは、怒りの形相で稲妻の魔法を詠唱。

 

「喰らえ!」

 

 ファーリスの手から、電撃が放たれる。直撃。しかしその相手はルイズ達ではなかった。竜宮の使い、永江衣玖。彼女が立ち塞がっていた。しかも直撃したにも関わらず、衣玖は眉ひとつ動かさない。雷の申し子に稲妻など無意味だ。天空の妖怪は宙に浮くと、こちらもスペルカードを翳す。

 

「雷符『エレキテルの竜宮』」

 

 衣玖の直上から四方八方に稲妻が走る。それはアリィーのものなど比べものにならない。雷の雨とでもいうべきものが。多数のエルフが巻き込まれ、もはや壊滅状態。だがシャイターン脱走という一大事に、動いていたのは彼等だけではない。空中からは、風竜に乗った別の一団が近づいてきていた。

 

「あやや!?風竜が出てくるなんて展開あったかしら?」

 

 すぐさま文は、ロケットのように空中へと飛び立つ。そして風竜の群と同じ高度で停止。こちらもスペルカードを掲げる。

 

「『無双風神』!」

 

 文字通り目にもとまらぬ速さで、文が風竜の一団の周囲を飛ぶ。それだけでもエルフ達は混乱したが、さらに飛んだ軌道には無数の弾幕がばら撒かれていた。あっという間に、空は弾幕で溢れかえる。風竜の収まるスペースなどないほどに。被弾した風竜が次々に落ちていく。

 

 弾幕で溢れかえる現場。何とか残ったエルフ達はわずかに使える魔法を駆使し、光弾を防御しようとする。しかし全く通用しない。彼等にとっては全く未知なものなのだから、効果のある魔法などあるはずもなかった。もっとも、本質的にはそれ以前なのだが。妖怪達は、この世界の外の住人なのだから。

 

 エルフの混乱に紛れ、小舟になんとかたどり着いたルイズ達。ルクシャナが口笛を吹くと、イルカに引かれた小舟がやってきた。彼女はダゴンから降り、さっそく乗り込む。

 

「早く乗って!私が操るから」

「任せたぜ」

 

 一緒に逃げる気満々のルクシャナに、デルフリンガーからの軽快な声がかかる。この先に期待しているかのような声色で。そんな彼の気分などお構いなしに、ルイズから命令が飛んでくる。

 

「ダゴンも手伝いなさいよ」

「えっ!?ダゴンにやらせるのか?」

「水魔じゃない。イルカよりよっぽど速いでしょ」

「そりゃそうだが……。へいへい、分かったよ」

 

 無表情なままダゴンは、デルフリンガーを置いて運河に飛び込んだ。そして小舟の後ろに着く。出発準備完了。ようやくエルフの手から逃げられると思われたその時、突如、ティファニアの悲鳴が上がった。

 

「ルイズ!後ろ!」

「え!?」

 

 振り向いた先には、巨大な影が迫ってきていた。火竜、風竜をもはるかに上回るほどの大きさのドラゴンが。そのドラゴンの背に、アリィーの姿があった。目を点にして動かないルイズとティファニア。ただ一人ルクシャナだけは、相変わらず平然としていた。

 

「シャッラールまで連れてくるなんて。アリィー、余裕がないのかしら」

「シャッラール?」

 

 ティファニアは聞き慣れない響きに、思わず聞き返した。

 

「アリィーが飼ってる水竜の名前よ」

「水竜?」

「知らないの?最大最強の竜よ」

「……!」

 

 息を飲むティファニア。確かに最大最強と言うだけの事はある。進んでいるだけで、起きる波に小舟は飲み込まれてしまいそうだ。水竜に乗っているアリィーから、怒声が届いた。

 

「もう、遠慮はしない!ここまでだ!ルクシャナも、すぐに運河に飛び込むんだ!」

 

 アリィーの忠告にルクシャナは抗議をするが、今度ばかりは譲らない。それほど本気なのだろう。一亥の猶予もない。ルイズはダゴンへすぐさま命令。

 

「出発して!」

 

 だが水竜はもう攻撃寸前。鎌首を上げ、狙いを定めている。ここは幅の限られた運河。いくら水魔のダゴンといえども、縦横無尽に動かすという訳にはいかない。避ける場所が限られる。

 水竜の口が今にも開こうとする。ブレスを放とうと。しかし……。

 鈍い音と共に、水竜の方が吹き飛ばされた。空へと。並の船ほどもあるドラゴンが、空中で一回転。そして運河に墜落。巨大な水しぶきを上げる。

 

「な……!?」

「!?」

 

 口を半開きにして一時停止のルクシャナとティファニア。しかしルイズだけは、何が起こったか分かっていた。何故なら、運河の中央に巨大な柱が立っていたのだから。この柱が水竜を打ち上げたのだ。

 

「天子!」

「どうよ」

 

 堤防の上に、腰に手を当て勝利の笑みを向けてくる天人がいた。彼女のスペルカード『乾坤、荒々しくも母なる大地よ』だ。さらに天子は、鞘に入ったままの緋想の剣を突き立てる。次々と中央の柱の両脇に同じサイズの柱が立ち上がった。ついに柱の列は、運河をせき止めてしまう。これで水竜は向ってこられない。

 

「ま、こんなもんか」

 

 担当作業は終わりとばかりに、緋想の剣で肩を軽く叩く天人。そしてルイズ達へ、手で払うような仕草。

 

「ほら、さっさと行く」

「あんたも来なさいよ。一応、私の使い魔でしょ。使い魔の役目の一つは、主を守る事よ」

 

 ルイズは天子とは逆に、こっちに来いと招きよせる。しかし天人は動かない。いつもと同じように言う事を聞こうとしない彼女に、ルイズはこれまたいつもと同じく怒鳴ろうとする。すると天子は、返事の代わりに左手の甲を見せた。ルイズの開きかけた口が止まる。向けられた左手を見て。そこには使い魔の証であるルーンがなかった。わずかも。

 

「え!?」

「もう、ルイズの使い魔じゃないから」

「ルーンが……、何で……?」

「やっぱ天人相手じゃ、長持ちしなかったんでしょ」

「……」

 

 戸惑うルイズ。ハルケギニアでは、主と使い魔は正しく死が互いを分かつまでと言える存在だ。どちらかの死でしか契約は解除されない。しかも人間より遥かに長く生きる天人。死の床まで共にいると思っていたものが、二年と経たずに消え去ってしまうとは。この事実をどう受け止めればいいのか。ルイズは茫然と、天子を見つめていた。

 そんな彼女に、天子は冷やかすかのように言う。

 

「お?なんか残念そう。ま、天人様を使い魔にできるなんてホント奇跡だから。契約解除になったら、そりゃ落ち込むわよねー。うん、分かる分かる」

「な、何言ってんのよ!せ、清々したわ!もう学院長に謝らなくって済むし!」

 

 反射的に言い返してしまうちびっ子ピンクブロンド。いつもの調子で。ところが何故だか当の天人は、普段と違い、サッパリとした顔付きで天を仰いでいた。こんな場面では、自分の都合ばかり並べていた我がままの権化が。

 

「思ったより短かったけど、結構楽しめたかな」

「……?」

「私がいなくなっても、他に使い魔いるからいいでしょ」

 

 慰めの言葉にも聞こえる天子の一言。ルイズは先ほどとは別の意味で当惑する。

 

「……どうしたのよ、天子。らしくないわよ」

「うん。自分でもそう思う」

「……」

 

 ますます嫌な予感が、胸の内に湧き上がる。だが、それを断ち切るようにルクシャナの声が挟まれた。

 

「どうすんのよ。逃げるの?逃げないの?」

「あ!逃げる、逃げるわ!」

「分かったわ」

 

 ルクシャナはすぐにイルカたちを操る。小舟は急発進。ダゴンもスピードを合わせるように押す。ルイズ達を乗せた小舟は、運河を滑るように進んでいった。海に向かって。

 

 堤防の上でルイズ達を見送る天子。その側に、竜宮の使いが下りてきた。

 

「本当にらしくないですね。総領娘様にしては」

「なんだろねー」

「使い魔という立場に、名残でもあるのですか?」

「それはないから。あるとすれば……。ま、いっか」

 

 天子は言葉を切って、肩を竦める。衣玖もそれ以上は追及しなかった。お互い、口にするまでもないというふう。そんな気持ちを仕切り直すように、二人は振り返った。見えたのは、エルフ兵や風竜が買ったばかりのポップコーンをばらまいたように倒れている光景。水竜などは、痙攣を起こした池のフナのよう。シャイターン捕縛のために繰り出した全兵力は、幻想郷の人外四人にまるで歯が立たなかった。当然と言えば、当然の結果だが。

 気付くと文と鈴仙が、天子達の側にゆっくりと下りてきた。

 

「うわー。結構派手になっちゃったなぁ」

 

 口にした言葉の割に、玉兎は満足げ。彼女も幻術を使った裏方が多く、こちらではまともに戦った事は少ない。役割を熟しただけだが、それなりに楽しめたようだ。だがここで、文が目を細めながら言う。

 

「また来てますよ」

 

 文の視線の先に、何隻かの戦艦が浮上中。エルフは艦隊まで繰り出してきた。彼等にとってシャイターン脱走は、それほどの一大事ということなのだろう。

 しかし、これ以上付き合う必要も暇もない。彼女達には、まだ最後の仕事が残っていた。特に天子には。ほどなくすると、人外達を転送陣が包む。そして文字通り、この世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 海上を進んでいく小舟が一隻。櫂も帆もないのに、かなりの速度で進んでいる。海の上を飛ぶかのように。これもダゴンが後ろから押しているからだ。小舟を引っ張っているイルカ達も、そのおかげか随分楽に進んでいるのが分かる。さすがは水魔だけの事はあった。

 ルイズは振り返る。さっきまでいたエルフの町は、もう水平線の下。脱出に成功した。もっともこれほどスムーズに行ったのも、天子を始めとした人外達のおかげだ。

 

「これからどうするの?」

 

 不意にルイズの耳へ、ティファニアの疑問が届く。それに答えたのはルクシャナ。

 

「知り合いの所に行くわ」

「何言ってんのよ。このままハルケギニアに行くわ。迎えが来てんだから」

 

 ルイズはすぐさま振り返ると反論。予定ではオストラント号が向って来ているはずだ。できる限り近づく必要がある。しかしルクシャナは譲らない。

 

「蛮地までこのまま行こうってんの?バカ?」

「はぁ!?」

 

 頭に血が上り出すルイズ。思わず杖を掴む。対するルクシャナも全く怯む様子がない。シャイターンである上に、アリィーすらもあっさり倒した彼女を前にして。エルフは毅然として言う。

 

「サハラの端に行くまで、何日かかると思ってんのよ。その間の水は?食料は?この船、何にも積んでないのよ」

「あ……」

 

 ルイズ、返す言葉もない。優位に立ったとばかりに女性学者は、余裕の表情を見せた。

 

「悪いようにしないわ。あんた達を評議会に突き出すんだったら、とっくにそうしてるしね」

「……分かったわよ。好きにして」

 

 そっぽを向くルイズ。船縁に肘をつく。そんな二人に、苦笑いしながら交互に視線を送るティファニア。一つ思う所があった。口には出さなかったが。だがそれをデルフリンガーが言ってしまった。

 

「お前ら、似た者同士だよな」

「「どこが!」」

 

 同じ響きで責められるインテリジェンスソード。恐縮するように黙り込んだ。

 ただこのちょっと騒ぎのおかげか、ルイズは落ち着きを取り戻していく。何せ最強の妖魔と謂われたエルフ達に追われ、全く知らない町を逃げ回ったのだ。いくら妖怪達の助けがあったと言っても、気を張らずになどできる訳もない。

 ルイズの脳裏にこれまでの様々な出来事が過る。日々の生活では何かと迷惑もかけられた連中だが、いざとなった時は手を貸してくれる。いつも当人達は、なんだかんだと理由を付けてはいたが。そして事が無事終わった後は、他愛もない事だったかのように普段の様子に戻る。もっとも、貸しについて言うのは忘れないが。ただ今のルイズは、そんな所にも微笑ましさを感じていた。

 

「でもなんか……」

 

 ただ今回に限っては、引っかかりも覚えた。どこか今までと違うと。普段と違い、やけに感慨深かげだった文や天子。それにこれまでの作戦では、パチュリー達は全てを教えてくれた。しかし今回は教えらえていない部分が結構ある。後から現れた文に鈴仙。天子や衣玖もそうだ。脱走の手筈の変更も聞いていない。

 考えを巡らせていると、不意に思い出した。文から貰った手紙を。脱走が成功した後に読めと言われたパチュリーからの伝言を。

 

「なんだろ?」

 

 ポケットから手紙を取り出す。内容はこれまた奇妙なものだった。眉間にしわを寄せ、怪訝に首を傾げる。

 

「デルフリンガーに6000年前の事を聞け?何これ?」

 

 この状況でなんの脈絡もないもの。魔女達の意図が分からない。デルフリンガーへ手紙を差し出す。

 

「パチュリーからの伝言なんだけど、あんた意味分かる?」

「……」

 

 もちろん、このインテリジェンスソードには分かっていた。

 アディールから脱出後、彼は6000年前の話を告白する。原作での筋書きだ。もっともそれは平賀才人が夢の中で、6000年前の出来事を追体験した後だから意味があった。一方、今は話しても突拍子なさすぎるだけだ。しかし、すでに妖怪達の話に乗ると決めたデルフリンガー。躊躇なく話し出す。

 

「6000年前、ブリミルがいた時代の話か」

「…………。そう言えば前にも6000年前の話してたっけ?続きでもあるの?」

「あるぜ。それも、ブリミル本人と最初のガンダールヴの話さ」

「え!?」

 

 ルイズとルクシャナは驚きに染まり、インテリジェンスソードを注視。宗教庁もエルフ達ですら知らない話だ。あえて知っている者を上げれば、ヴィットーリオとジュリオだけ。

 そしてインテリジェンスソードは語り出した。最初の虚無の主従の結末を。

 

「ブリミルを殺したのは、最初のガンダールヴだ」

 

 信じがたい話を耳にした虚無の担い手とハーフエルフとエルフ。絞り出されるのはわずかな言葉のみ。今の話の意味が、上手く整理できない。俯いて身を固める。

 一方、デルフリンガーには全く別の疑問が浮かんでいた。小声で零す。

 

「にしても……、こんな話してどうすんだ?意味あんのか?」

 

 これがどう結末と関係するのか。魔女達の思惑がまるで読めない。

 

 不意に違和感が過った。三人の少女達に不自然なものを感じる。驚愕の話だったとは言え、全く会話がなくなっていたのだ。それ所かよく見ると三人共、身動きを止めている。

 

「え?」

 

 抜けた声を上げるデルフリンガー。動きを止めるなんてものではない。彼女達は石化したかのように、微塵も動かない。進んでいる小舟の上だというのに、その髪はそよぎもしないのだから。

 強烈な悪寒が走った。急いでダゴンを招きよせると、自分を高く掲げさせる。そして小舟の周囲を見渡す。信じがたいものが見えていた。何もかもが止まっていた。海の波も、飛沫も、雲の流れも。さらにダゴンがさっきまで海の中にいた場所も、型を抜いたかのようにスッポリと穴が空いていた。海水すらも動きを止めていた。

 

「何が……どうなってやがる……」

 

 時間が止まっている。そう表現するしかない。混乱に溢れかえるデルフリンガーの脳裏。その時、宙に浮いている奇妙なものに気付いた。剣の柄だ。それが横向きに浮いていた。

 

「こりゃぁ……確か……、緋想の剣のヤツか?」

 

 まともに見たのは一度しかないが、確かに『緋想の剣』の柄だった。しかもよく見ると、緋色に輝く刀身がわずかに覗いている。あえて言うなら空間に、緋想の剣が刺さっている。そう思えた。

 

「今回は上手くいったわね」

 

 突然、この場にいない者の声が届いた。だがデルフリンガーに動揺はない。むしろ冷静さを取り戻す。彼にとっては、もはや馴染と言ってもいいほど聞き慣れた声なのだから。

 

「やっと魔女のお出ましかい。姿がないんで、裏で何かやらかしてんだろうなって思ってたがよ」

「あなたからすれば、久しぶりになるのかしらね。それとも私達と同じ時間の中かしら。デルフリンガー」

 

 空中に青白い円形の図形が現れる。転送陣だ。そして中央に人外が二人、七曜の魔女パチュリー・ノーレッジと使い魔のこあ。さらに二つの転送陣が出現する。普通の魔法使い霧雨魔理沙と、人形遣いアリス・マーガトロイド。魔女三人が小舟を囲んでいた。

 デルフリンガーが不機嫌そうな声を上げる。

 

「何しやがった?」

「そうね。しおりを挟んだと言った所かしら」

 

 パチュリーは普段と変わらず、淡々と言葉を返す。

 

「分かるように言えよ」

「しおりを挟む。つまり話を止めたって事よ。しかも今までとは違うわ。見ての通り、何もかも止めたのよ」

「烏天狗からは結末を見せるって聞いてたんだがな。全部止めちまうってのは、かなり話が違うんじゃねぇか?俺をハメたのか?」

「半分正解、半分はずれね」

 

 次に話はじめたのはアリス。

 

「結末を見せるってのは本当よ。なかなかちゃんと話せなかったから言ってないけど、あなた達が考えてる方法じゃ結末なんて来ないの。永遠にね」

「あ!?どういう意味だ?」

「つまりは、こういう事」

 

 それからアリスは説明する。この『ゼロの使い魔』という世界の構造について。平賀才人は永遠の裏方であると。ルイズと平賀才人が、ハルケギニアで共に生きるなどありえないと。

 無念をにじませ絞り出すように返すデルフリンガー。彼に顔があったら、どれほどの苦悶が浮かんでいただろうか。

 

「なんだそりゃ!?これまで俺たちがやっていたのは、全部無駄だったってのか?」

「けど、失敗を繰り替えさなかったら、外の私たちを巻き込もうなんて考えなかったんじゃない?」

「…………」

 

 確かにアリスの言う通りだ。幻想郷の人妖を巻き込もうと考えたのも、他に手が思い浮かばなかったからこそだ。しかし、気持ちとしてはすぐには受け入れがたい。今の彼には、舌を打つのが精いっぱい。

 そんなインテリジェンスソードを他所に、魔理沙がパチュリーに声をかける。

 

「おい、そろそろ始めようぜ」

「そうね」

 

 うなずく七曜の魔女。

 

「こあ」

「はい」

 

 こあは水晶玉を取り出すと一言話しかけた。するといくつも転送陣が現れる。次々と姿を見せる文、鈴仙、衣玖。そして緋想の剣の柄の側には、天子が現れた。

 デルフリンガーが慌てた声を上げる。

 

「おい!何するつもりだ!」

「ん?平賀才人に会うんだぜ」

 

 魔理沙の気軽そうな返事。まるで遊びに行くかのよう。

 

「ちょっと待て。どうやって会うつもりだ?」

 

 険悪な雰囲気を漂わせはじめたデルフリンガーに、パチュリーが制するように言う。

 

「デルフリンガー。何故、ここで話を止めたと思う?」

「あ?」

 

 唐突な質問に、気を削がれるインテリジェンスソード。紫魔女は続けた。

 

「小説にはもちろん物語が書いてあるのだけど、一か所だけそうではない部分があるわ」

「……」

「あとがきよ。そして6000年前の話をあなたが告白するここは、19巻のラストシーン。次のページにあるのは、その後の展開ではなく作者のコメント」

「烏天狗がこのままいけば結末が見れるなんて言ったのも、俺に6000年前の話をさせたのも、そのためか」

「ええ、このシーンにたどり着くためにね」

 

 淡々と言葉を連ねるパチュリー。デルフリンガーは黙って聞くしかない。

 

「しかも19巻のあとがきは他と少し違うのよ。元々、この作者はあとがきにプライベートな話を書く人じゃないのだけど、この巻は違う。プライベートな話を書いてたの。それこそが楽屋、物語の舞台裏へ入り込む隙間と私達は読んだわ」

「……」

「やる事は単純。場面転換のために暗転している最中に、話を止めてしまう。その間に、舞台袖から楽屋に降りようという訳」

 

 これこそが魔女達の最後の策。

 あとがきは言わば作者の世界、物語の舞台裏。これは付喪神『ゼロの使い魔』の世界では、平賀才人のいる舞台下を意味した。ここが19巻のラストシーンである以上、次のシーンは20巻冒頭。その場面転換の間隙を突いて、舞台下に潜り込もうとしているのだ。しかもプライベート要素は、作者の生活空間の気配を濃くする。舞台下が最も露わになる。

 こんな策を思いついたのも、天子と衣玖のおかげ。彼女達はロマリアとジョゼフの戦いの後、奇妙な異物感に気付いていた。そこは15巻と16巻のつなぎ。その異物感こそが、あとがきだった。

 

 説明終了とばかりに、七曜の魔女は天子へ声をかける。事務作業のごとく。

 

「さてと。天子、頼むわ」

「ん」

 

 天子は空間に刺さっている緋想の剣の柄を握った。慌ててデルフリンガーが叫ぶ。

 

「お、おい!ちょっと待て!」

 

 だが彼女の手元に剣が突き出された。もちろんデルフリンガーだ。天子に何もさせないと言わんばかりに、立ちふさがる。

 項垂れて、ため息を漏らすアリス。

 

「けどさっきも言ったけど、このまま話を進めても上手くはいかないし、こっちの話に乗ればあなた達の望みも叶うわ。邪魔してもいい事ないわよ」

「そんなんじゃねぇよ。相棒にあんた等を会わせる訳にはいかねぇんだ。世界が壊れちまうかもしれねぇからさ」

 

 突然の不穏な言葉。幻想郷の人妖達の眉がわずかに動く。黙り込む。デルフリンガーの言葉の意味を理解できた者は、一人もいなかった。

 淡泊だったパチュリーが、鋭さを漂わせる。

 

「別に手出そうってんじゃないわ。術にかけるとかもね。話をするだけ。提案と言うべきかしら」

「提案だ?前に聞いた、あいつを神にするって話か」

「あれね。魔理沙が余計な事言ったから誤解させたかもしれないけど、それは手段。手続きと言った方がいいかしら。最終的には平賀才人は人間という立場で、ハルケギニアに顕現するわ」

「そりゃぁ……」

「人としてルイズと共に、ハルケギニアで生きていけるようになるという事よ」

「……」

 

 次に黙り込んだのは、インテリジェンスソード。自分たちがついに見つけられなかった道を、この外の住人達は見出しているという。ならば、やるべきことは一つしかないのではないか。相手は知らぬ者達という訳でもない。デルフリンガーは胸の内を決めた。ほどなくして、ゆっくりと剣は下される。

 

「話をするだけなんだな……。分かったよ。腹括ったぜ。あんた達に賭ける。ただしもう一度言うが、相棒に直に会うのだけはやめてくれよ」

「ええ」

 

 紫魔女の口元がわずかに緩んだ。一方の天子は、双方のやり取りを面倒な通過儀礼程度に感じていなかったのか、うんざりした表情を浮かべている。

 

「で、どうすんの?やっていいの?」

「やって」

 

 合図と同時に、天子は真っ直ぐに剣を引き下ろした。空間が避けた。それは八雲紫がスキマを開けるかのよう。だが彼女達の目に映っていたものは、まるで違うもの。避けた空間の先にあったのは、フローリングの部屋。ハルケギニアにも幻想郷にも似つかわしくない、一般住宅の一室。そこには模型が並んでいた。魔女達の口元がわずかに緩む。とりあえずここまでは読み通りと。

 19巻のあとがきには、ジオラマの事が書かれていた。まさしく今見えるのはその光景。こここそが舞台裏、楽屋と呼んでいた空間だった。

 やがて一同は足を進める。この世界の裏側へと。

 

 

 

 

 




 ミス(誤字とか脱字の類じゃないです)をやらかしてしまいまして、一部修正です。

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