ネフテスの首都アディール。ティファニアとダゴンは、評議会本部の地下の一室にいた。広めの悪くない部屋で、生活に不自由しない程度に物は揃っていた。しかし外には出られない。実はこの部屋は、彼等のために用意された牢獄だ。
ティファニアが意識を戻したとき、瞳の色の違いに気付いたルクシャナがエルフと人間のハーフと判断。共にいたアリィーもそれで納得。彼女がシャイターンである事に。すぐさま彼等は収監された。シャイターン対策ため、頑丈で各種魔法のかかった特別牢に。
ベッドで膝を抱え込むティファニアがダゴンに話しかける。
「ごめんなさいね」
「…………」
ルクシャナの家からずっと動かないダゴンは、隣のベッドに転がされていた。今もティファニアの言葉に答えない。だが彼女は話を続ける。自分自身を落ち着かせるためかのように。
「エルフから私を守るために、あなた達がいっしょに孤児院に来るって言ったの……私、とてもうれしかったの」
「…………」
「いっしょに友達とどこかにお泊りするなんて、初めてだったから」
「…………」
「だから私……エルフの事なんてあまり考えてなかったわ。本当は気にしないといけなかったのにね。虚無の担い手なんだから」
「…………」
「私がこんなだから捕まっちゃったんだよね。あなたも巻き込んで、ごめんなさい」
ティファニアは膝を強く抱き込むと、口を強く結ぶ。自らを責めるかのごとく。
「まあ、なんだ……。気にすることないぜ。守れなかったのはこっちの責任だしな」
突然、彼女の長い耳に言葉が入って来た。驚いて部屋中を見渡すティファニア。ダゴンと自分以外には、人影などない。金髪の妖精はベッドの隅に逃げるように寄り、辺りを見回す。
「だ、誰?」
「俺だよ」
ゆっくりとダゴンが立ち上がった。目を一杯に見開くティファニア。
「あ、あなたしゃべれたの!?」
「違うぜ」
ダゴンは左手を口の中に入れた。奥へと入って行く左手。ほどなくして左手を抜き出す。するとその拳には剣の柄が握られていた。やがて全てが現れる。インテリジェンスソードの大剣、デルフリンガーが。実はこのインテリジェンスソードはダゴンの体に潜み、ルクシャナの家からずっとティファニアと共にいたのだ。
ティファニアはベッドの隅から飛び出してくる。四つん這いで、剣を見つめる。
「……そんな所に隠れてたなんて……。けど、大丈夫なの?」
「ん?ダゴンがか?そりゃ、大丈夫に決まってる。なんたって腹割いたって死なない悪魔だからな。剣の一本や二本飲み込んでも平気さ」
「そうなんだ」
ティファニアから明るい声が出てくる。自然と目尻に涙が溜まっていた。ダゴンが肩をすくめ、デルフリンガーが話しかける。
「おいおい、泣くほどのもんじゃねぇだろ。牢屋から出られるって訳でもねぇし」
「でも、なんか安心しちゃった。知ってる人がいると、やっぱり違うね」
「……」
黙り込むインテリジェンスソード。彼にもし顔があったら、そこには気まずい表情が浮かんでいただろう。何故ならティファニアをルクシャナの家へ連れてきたのは、他ならぬデルフリンガー自身なのだから。しかも動けたにも関わらず、この牢獄まで全くの無抵抗だった。思わず彼女に答えてしまったのも、そんな負い目のせいかもしれない。
ふと、ティファニアの雰囲気が変わった。警戒するかのように、入り口の方へ意識を集中している。ダゴンも同じ方向を見る。二人の視線の先の扉が、ゆっくりと開いた。現れたのは男女のエルフ。ついに尋問が始まるらしい。ただそれにしては、エルフ達は緊張感に乏しかった。特に女性のエルフが。
「私が最初に訊問するって話のはずよ」
「お前の次に訊問しようと思ったのだよ。別に側で待っても構わないだろ?」
「叔父さま、ずるい」
前にいるのは不機嫌そうなルクシャナ。その後ろからビダーシャルが平然とついてきていた。しかし彼等の表情が一変する。牢屋の中の様子を見て。全く動かなかった魚の化物が立っており、しかも部屋に入れたはずもない大剣を左手に握っている。当惑が二人を包む。
だが、ビダーシャルはすぐに警戒を解いた。目の前の存在が、記憶の中にあったからだ。
「あなたは確か……、ダゴンとデルフリンガー……だったか」
「憶えてたのかよ」
「物覚えはいい方でね。恩人ならばなおさらだ」
ビダーシャルは二度、ダゴンとデルフリンガーと会っている。一度目はジョゼフから救出された時、二度目は人妖達のアジトで療養していた時に。そして彼は、記憶の改変を受けていなかった。
デルフリンガーの方は、都合悪そうに黙り込む。原作なら単なる敵対者なのが、思惑があったとはいえ、助けた相手なのだから。
意外な繋がりに、ルクシャナは驚きの声を上げていた。
「叔父さま、これ知ってんの!?」
それからビダーシャルは簡単な説明をした。デルフリンガーはインテリジェンスソードで、ダゴンは彼の言ったヨーカイに近いものであると。ルクシャナは祝い品でも見るかのように、視線はダゴンに釘づけ。なんと言っても初めて見る異界の存在だ。無理もない。彼女の様子に、ビダーシャルは苦笑い。やがて彼は仕切り直しとばかりに、ダゴンに向き直った。
「ヨーカイ達は今、どうしているのかな?ジョゼフが戦争を仕掛けてきたと聞いてから、姿を見ていないのだが。できれば私は会いたいと考えている。彼女達と協力すれば、戦争など起こさず済むかもしれない。知っている事があれば、教えて欲しい」
デルフリンガーの答を待っていたビダーシャルだが、そこに妨害が入った。隣の姪だ。腰に手を当て眉毛を釣り上げている。
「待ってよ!尋問するのは私が先って、言ったでしょ」
「…………。分かった。さっさと済ましてくれ」
渋い顔で黙り込む年長のエルフ。ルクシャナは急に機嫌が良くなると、さっそくティファニアへ話しかける。
「あなたハーフエルフよね」
「えっと……うん」
「名前は、ティファニア・モードで合ってる?」
「……。ティファニア・ウエストウッドよ」
「叔父さま、資料、間違ってんじゃないの」
再びビダーシャルへ文句を一つ。叔父はあしらうかのように、一言詫びを入れるだけ。もっとも資料は間違ってない。ティファニアがウエストウッドの名を口にしたのは、背負っていたはずの王家は消え去り、学院の一生徒という立場だけが彼女に残っていたものだったからだ。
相手の素性が分かった所で、女性学者は思い出したように言い出す。
「あ、そうそう。私はルクシャナ。一応、学者よ。叔父さまは、ビダーシャル。評議会議員をやってるの」
ルクシャナの明るい声が牢獄に響く。隣のビダーシャルにも敵対心が見られない。エルフと虚無。本来ならば不穏な空気が流れてもおかしくない場だが、ここには穏やかさすらあった。
しかし突然、この空気を壊すかのように扉が勢いよく開く。入って来たのは固い面持ちのアリィー。
「ビダーシャル様、こちらでしたか」
「どうした?」
「統領様からの承認が下りました」
「何?もうか!?」
「はい」
事務的な態度のアリィーに対し、ビダーシャルは驚きに包まれていた。一人蚊帳の外のルクシャナには、何の事かさっぱり分からない。不満げな視線をアリィーに向けた。
「なんの話よ?」
「このシャイターン共の心を奪うって話だよ」
「なんですって!?」
女性学者は声を張り上げる。
「ふざけないでよ!まだ尋問始めたばかりよ!心を奪ったら、何もできなくなっちゃうじゃないの!」
「君にだって分かるだろ?これは研究なんて範疇の話じゃないんだ。エルフ全体にかかわる問題なんだよ」
アリィーは宥めるように言った。まさしく正論だが、それで収まらないルクシャナである事も彼は知っていた。
彼等の話を聞いていたティファニアが、不安そうに尋ねてくる。
「心を奪う……って?」
会話を止めるエルフ達。アリィーが目を細め、見下すような視線を向けてくる。
「要は、お前達を人形にしてしまおうという話だ。何も考えない人形にな。シャイターンは殺す訳にいかない。しかし生かしておく訳にもいかない。だからこその手段だ」
「……」
心をなくす。命を奪われる訳ではないが、殺されるも同然だ。こんな話をいきなり宣告され、ティファニアの身が固まり、恐怖に表情が凍り付いた。
だが彼女の横にいるインテリジェンスソードの心情は、全く違っていた。胸の内には、いくつもの疑問が浮んでいた。自らに問いかけていた。
細かくは違うが、展開自体は原作とそう変わらない。このままでいいのかと。これでは最終的には、今までと同じ結末になるのではと。全ては徒労に終わり、ルイズと才人が共に歩む世界は出現しないのではないかと。
今のガンダールヴであるダゴンは不死身の悪魔だ。エルフと互角以上に渡り合える。ティファニアを助け出すのは可能だろう。もちろんこれは原作の流れからの逸脱を意味する。だからこそ違う結果が見られるかもしれない。ルイズと才人の道が開くかもしれない。しかし散々、妖怪達の企みを阻止しておいて、今更何を考えているのかと別の問い掛けも現れる。デルフリンガーを握るダゴンの手に、力が入り始めていた。
突然、そんな彼を青白い光が照らす!見上げた先に、輝く文様で描かれた円形の図柄!ティファニアもエルフ達も、一斉に上を向く。驚きに身を固めたまま。だがさらに驚くべき現象が起こる。図柄の中央に人型が出現したのだ。その人物が降りてきた。鮮やかなピンクブロンドを揺らす少女が。
「ティファニア、無事!?」
「ル、ルイズ!」
ついさっきまで凍えたかのようなティファニアが、雲間の陽ざしのように明るくなる。ルイズの方は、彼女の顔を見て安心の吐息を一つ。しかし、すぐにもう一つの姿に気付いた。
「デルフリンガー!?あんた達も捕まってたの!?何やってんのよ!」
「あ、え……。面目ねぇ……。っていうか、何で嬢ちゃんが来たんだよ!?」
「話は後!逃げるわ!」
ルイズは三人のエルフへ意識を集中。敵意を向ける。対するエルフ達。こんな理解し難い状況だが、男性二人は動揺を抑え込む。アリィーは、ファーリスとして血を湧き上がらせた。少なくとも敵が現れたのは確かだと。
「逃げるだと!?出来るものならやってみろ!ここには何重もの魔法が……」
突然の爆発。舞い上がる粉塵と共に、入り口の側の壁が全て崩れ去る。それだけはない。牢獄にかかっていた各種魔法も消え去っていた。虚無の魔法『エクスプロージョン』の効果だ。
「な!」
アリィーは瞼と口を大きく開けたまま、崩れた壁の方に視線を奪われる。その隙を逃すルイズではない。しかしアリィーもファーリスの称号を持つエルフ。気配に気づいた。勢いよく振り返ると、すかさず魔法を唱えようとする。しかし……。
「ぐぅっ!?」
詠唱が止まった。槍のように突き出したルイズの長い杖が、彼のみぞおちに叩き込まれた。息が止まる。詠唱ができない。思わず前にかがむファーリス。その視界に、舞うピンクブロンドが入って来た。ルイズの左掌底。アリィーの顎先を抜く。意識が飛ぶファーリス。
ルクシャナが叫び、彼に駆け寄った。
「アリィー!」
だが横にいる叔父の方は、冷静さを失わない。
「おのれ!石に潜む精霊……」
しかし、詠唱を中断するビダーシャル。彼にも打撃が打ち込まれた訳ではない。彼の目にありえないものが映っていたから。茫然とするしかない長身のエルフ。ルクシャナも、アリィーへ手を伸ばした姿勢のまま身動きできず。
火竜がいた。目の前に。いきなり現れた。この広めの部屋すら窮屈に見えるほどの火竜が。ここは牢屋だ。竜が入れる入り口などどこにもない。にも拘らずここにいた。その火竜の口元からは、今にも炎が溢れようとしていた。
ビダーシャルは、瞬きもせず虚ろな言葉を絞り出すだけ。
「バ、バカな……!?」
「え?え?え?」
ルクシャナは、小鳥のように声を刻む。しかし次の瞬間、二人は意識を失った。ルイズがルクシャナを当身で、ビダーシャルを転身脚で、アリィーと同じく脳を揺らしてダウンさせた。
棒術武道家な虚無の担い手は、二人を床に寝かす。火竜も同時に消え失せた。これも虚無の魔法。『イリュージョン』だ。幻を出すだけの魔法も、使い方次第という訳だ。幻想郷の妖怪達と共に、多くの難事を潜り抜けてきたルイズ。自然と彼女達の柔軟な考えた方が、身についていた。
「ふぅ……」
力を抜き、ようやく一息つくルイズ。振り返ると声をかけた。
「逃げるわよ!」
「え?あ!うん!」
ティファニアは表情を引き締め、ルイズの側に寄る。二人は廊下へと飛び出した。
残されたダゴンとデルフリンガーは、呆気に取られるだけ。それは、ルイズの突然の出現と活躍に驚いたからではない。
「なんだよ……これ……」
「原作と展開が違う、ですか?」
いきなり脇から聞き覚えのある声がした。振り向いた先にいたのは妖怪の山の烏天狗、射命丸文。そしてもう一人、月の妖怪うさぎ、鈴仙・優曇華院・イナバ。インテリジェンスソードは憮然として尋ねる。
「なんのつもりだ?」
デルフリンガーはもちろん、ルイズが現れたのは彼女達の仕業と分かっていた。転送陣など何度も見たのだから。ここで聞いているのは、彼女達の狙いだ。今まで話の進行を阻止するような行動ばかりとっていたのが、一転、話を進めようとしているかに見える。20巻の内容だが、ルイズが才人とティファニアを助けに来る展開というは確かにあるのだから。だが一方で、牢屋にいきなり登場させるというのは強引過ぎる。
文は口端を上げ、はすに構えると、号外チラシを撒くときのように大仰に語りだした。
「オルニエールで、睦まじい日々を送っていたルイズさんと使い魔さん。しかしそんな幸せな日々を、突如エルフが襲撃。健闘むなしくティファニアさんと使い魔さん共々、ルイズさんはエルフに攫われてしまいました。そしてアディールの特別牢に閉じ込められてしまったのです」
「お前、何言ってんだ?」
デルフリンガーには文が何のつもりでこんな話をしているのか、まるで理解できない。烏天狗は普段の新聞記者然とした態度に戻ると、解説者然として話す。
「ビダーシャルさんの命令は悪魔を攫って来いです。本来なら、ルイズさんの方を攫うべきなんですよ」
「…………」
「それが紆余曲折あって、平賀才人さんが攫われてしまった訳なのですが。しかし、ルイズさんも攫われたらどうでしょう?二人は、別れ別れにならずに済むのでは?そして、ルイズさんと使い魔さんは力を合わせ、エルフの手から逃げ出す。という筋書です」
「筋書ってなんだよ。攫われてねぇじゃねぇか」
「そうですよ。あなた達がオルニエールでの話をすっ飛ばしてしまったおかげで、そんな展開できなくなってしまいましたから」
「それでお前らも間すっ飛ばして、牢屋に直に転送して攫われてた事にしたのかよ。無茶しやがる」
「無茶はお互いさまで」
憎らしいほどの白々しい笑みを浮かべる烏天狗。しかしデルフリンガーには、一つ引っかかるものがあった。彼女達の筋書には、抜けているものがある。
「けどな、これじゃぁ……」
「ええ、何をおっしゃりたいのかは分かってますよ。この展開が、全てを叶えるものではないのは承知の上です。ですが、"今"のあなた達の最優先事項は、ルイズさんと使い魔さんが別れ別れにならない事ではありませんか?」
「そりゃぁ……」
「でしたら、この展開もありなのでは?」
「……」
黙ったままのデルフリンガー。ただ少なくとも今起こっている光景は、全く経験した事のないものだ。その時、何故か胸の内に奇妙な笑いが浮かんでいた。気持ちいいくらいの。
「……悪くねぇかもな。こういうのも」
「結末を見たくありませんか?」
「ああ」
ダゴンはゆっくりと足を進めだした。その足取りは不思議と軽い。そして牢屋を出ようかとした時、ルイズとかち合う。なかなか来ない悪魔とインテリジェンスソードを迎えに来たようだ。だがすぐに、彼女の意識は牢屋の中へ。
「文、鈴仙!?なんでいるのよ!?」
手元を弄りながら苦笑いの鈴仙。
「えっと、ルイズを手伝いに……」
「私、一人で行くって話じゃなかったの!?」
「ルイズが一人で行ったちょっと後に、行く予定だったの。町から出る段取りも私達がやるって」
「はぁ!?何それ?なら、最初からいっしょに行けばよかったじゃないの!」
「パチュリー達に、そうしろって言われたの!」
自分のせいじゃないと鈴仙は主張。ルイズが二人を助けるという展開にするために、鈴仙達が出る訳にはいかなかったからなのだが。
ルイズは、またあの魔女達はなにやら小賢しい事を考えているらしいと項垂れる。そういう連中だと、分かってはいるが。彼女は溜息一つこぼすと、開き直った。
「まあいいわ。人手は多い方がいいから。後、ダゴン。その女エルフ抱えて」
「なんでだよ」
「人質よ」
「ああ……」
ルクシャナをゆっくり抱えながら、ぼやくデルフリンガー。
「あの嬢ちゃんが人質取れとか。お前達と付き合ったせいで、随分ゲスくなったもんだぜ」
「逞しくなったって言ってくださいよ」
文は茶化すように返す。もちろんこの脱走にルクシャナが付き合うのは原作の流れではあるのだが、こういう展開だとインテリジェンスソードも苦笑いしたくなる。
するとルイズの叱咤が飛ぶ。この状況下で、緊張感のない人外達に。
「ちょっと何余裕してんのよ!脱走するのよ!私達!」
「悪りぃ」
さすがに気持ちを引き締め直すインテリジェンスソード。ルイズは踵を返し、先に進もうとした。だが、ここで烏天狗が引き留める。
「ルイズさん」
「何よ!後にして!」
「これです」
「ん?」
文から差し出されたのは一通の手紙。
「パチュリーさんからの言伝です」
「パチュリーから?」
「この町を脱出したら、読むようにと」
「?」
受け取りながら、怪訝に目を細めるピンクブロンド。だが理由を考えている暇はない。とにかく、この場から逃げなければ。読むとしても脱出の後だ。どの道同じ。ルイズは手紙をポケットに収めると、先を急いだ。
反対側から、衛兵らしいエルフ達が迫ってくるのが見える。口を尖らすルイズ。
「もう!もたもたしてるから」
「ここは鈴仙さんに全部任せましょう」
文が他愛のない事のように言った。
「私一人!?」
自分を指さして素っ頓狂な声を上げる鈴仙。
「むしろあなたが適任と言わせていただきましょう」
「え?そう?」
「はい。あなたにしかできません」
「そっかな。うん。分かったわ」
玉兎はすっかりその気になっていた。颯爽と背を向けると、エルフ達へと睨みを利かす。
「ここは私に任せて、あなた達は先に行って!」
鈴仙の張り切った声。滑稽なほど演技くさい。もしかしてこんな英雄っぽい事をやりたかったのだろうか、などとルイズは思ってしまう。それにしてもこんな緊急時だというのに、相変わらず遊び半分に見える妖怪達。ルイズの緊張感は呆れに変わっていた。ともかく頼りになるには違いない。任せると一言残すと、走り出す。
一同を見送る鈴仙。
「なんか、こういうのも悪くないかも」
永遠亭での下働きとしてゐの後始末に駆けずり回るのが日常の鈴仙としては、こんな立場は新鮮。今度異変が起こったら、解決しに行くのもいいかもしれない。なんて考えが頭に浮かぶ。
気づくと、エルフ達との距離が大分縮まっていた。目のいい彼女には、彼等の怒りの形相がよく見える。
「いっぱい来たなぁ。でも、こんな通路じゃ、いい的になるだけよ」
玉兎の双眸が、赤く輝き始めていた。
「イリュージョナリィブラスト!」
赤い閃光が走る。廊下を満たす。一瞬の出来事、しかも逃げ場のない廊下では、エルフ達に成すすべはない。この場にいる全エルフが朱の奔流に飲まれていく。
魔理沙の『恋符、マスタースパーク』ほどではないものの、鈴仙もそれなりに太いレーザーを撃てる。廊下などという狭い場所なら、非常に効果的だ。文の彼女が適任という見立ては、間違いではなかった。
赤い閃光が消え去ると、鈴仙の視線の先にあったのはノックダウンされたエルフ達の列。
「うん。やっぱ悪くないわね」
玉兎は腰に手を当て満足げにうなずくと、ルイズ達を追った。
揺れるダゴンの肩の上で目覚めたエルフが一人。ルクシャナだ。
「え?どこ?ここ?」
「お、目、覚ましたか」
声のする方を向くと、そこには魚の頭があった。
「ぎゃぁ!?」
暴れるルクシャナに宥める声が届く。
「落ち着けって」
「え?」
よく聞くと、話していたのは魚頭ではなかった。左手の方から声がする。見えたのは大剣。ビダーシャルの話を思い出す彼女。確かこの剣は、インテリジェンスソードと説明を受けた。次第に落ち着きを取り戻す女性学者。辺りを見回すと、シャイターン一味が揃って廊下を進んでいた。だいたい状況が見えてくる。
「脱走したの?けど無駄な足掻きよ。ここをどこだと思ってんの?アディールよ。逃げ出すなんてまず無理」
「そうでもないぜ」
「私を人質に取ってるから?」
「いや、妖怪達がいるからさ。元々はあんたが俺たちを逃がしてくれるハズだったんだが、まあ結果は同じだ」
「はぁ?私があなた達を逃がす?何言ってんの?」
「気にするな。独り言だ」
「……」
意味不明な返答に、不満一杯のルクシャナ。だが楽観的な性格な彼女。逆に状況を楽しむことにした。
「ま、いいわ。せっかく蛮人も異世界のヨーカイとかもといっしょにいるんだし、いろいろ聞かせてもらおう……誰?」
視線をダゴンから脇に移すと、見知らぬ人物が視界に入る。というか人ではなかった。何故ならその背に黒い翼が生えているのだから。目の合ったその人物は、いかにもな営業スマイルを向けてくる。それにルクシャナの方も笑顔を返す。いい根性の女性学者であった。
「あなた翼人?さっきいなかったわよね」
「その言葉聞くのも久しぶりです。私は翼人とやらではありませんよ。烏天狗です」
「カラステング?もしかして、あなたも異世界のヨーカイ?」
「はい」
捕まっている立場だというのに、瞳を輝かせるルクシャナ。
「へー……。そんな姿なのもいるのね。後で、いろいろ聞いていい?」
「かまいませんよ。その代わり、こちらも……。あ、いえ、いつかまた会う機会がありましたら、お話聞かせてください」
「いつかまた?お互い情報交換すればいいじゃないの」
「いえ、"今"やっても意味ないので」
「?」
ヨーカイの言葉に、エルフは少々戸惑う。
文はパチュリー達と同じく、『ゼロの使い魔』の全てに目を通している。多少付加された設定があるものの、ここに何があるかもう分かっていた。インタビューしても意味がない。もっとも、"今"は意味がないものの、将来は分からないが。
ルクシャナがカラステングの意味深な言葉に思案を巡らせていると、さらにまた変わった者が近づいてきたのが見えた。兎耳の少女が。
「まだこんな所にいたの!?」
鈴仙だ。ルイズ達に追いつこうと急いで廊下を飛んできたのだが、彼女の予想に反して思ったより進んでいなかった。デルフリンガーの文句が飛ぶ。
「嬢ちゃん達は、そこまで足速くねぇんだ。無理言うな」
彼が言っているのは後に続くルイズとティファニア。ルイズは美鈴に言われた日々のトレーニングを欠かさなかったので並の騎士以上の体力を持つが、所詮人間の足だ。ティファニアの方は、特別トレーニングなどしていないのでなおさら。鈴仙は仕様がないと足を地に着けると、いっしょに走り出した。
未だ抱えられたままのルクシャナ。一行の一糸乱れぬ動きに疑問が浮かぶ。脱出口が分かっているかのような行動だ。彼等はここが初めてのはずなのに。そもそもこの先に、地上へ出る道などない。
「どこ行ってんの?出口、そっちにないわよ?なんなら私が案内してあげようか?」
「おや、脱走の手助けをしてくれるのですか。さすがルクシャナさんです」
「さすがって何よ。私は人質だから、脅されてしかたなくやるのよ」
「なるほど。ですが、心配無用です。もうそろそろ目的地なので」
文はそう言うと、制止の合図。一斉に止まる一同。鈴仙が先頭に出てくる。
「もう少し下がった方がいいかな」
玉兎は上を見つつ、皆を後ろへ下げた。そして3歩ほど下がった時だった。
いきなり目の前の天井が崩る。廊下の幅を超えるほどの巨大な岩が、上から落ちてきていた。ポッカリと開いた穴から地上が見える。その岩の上には、これまた馴染の顔がいた。ルイズが思わずその名を口にする。
「天子!」
「天人様が助けに来てやったわよー」
腕を組んで威風堂々の比那名居天子。まるで変わらない。いつもの天子だ。この岩は天子がいつも使う要石。よく見ると注連縄が巻かれている。さらに開いた穴から、もう一人下りてくる。纏った衣をはためかせた永江衣玖が。
「衣玖!」
「ルイズさん、ティファニアさん、お久しぶりです」
天空の妖怪は、親しみを漂わせつつ地に足をつけた。天子達にルイズが駆け寄る。顔を綻ばせながら。
「幻想郷に、帰ったんじゃなかったの!?」
「帰ったわよ。用が済んだら、すぐ戻ってきたけどねー」
「何よ、またそれ?全く……あの魔女達は……」
文、鈴仙のパターンと同じらしい。呆れるルイズ。ただそうは思っても、久しぶりに会えたのはやはりうれしい。だがここで水を差すように、デルフリンガーの急かす声が入って来る。
「急ごうぜ。もたもたしてたら、面倒な事になる」
「あ。それもそうね」
ルイズは気持ちを引き締め直す。衣玖がツアーガイドのように話し始めた。
「皆さん、要石の上に乗ってください」
それなりの人数だが、廊下の幅を超える大きさ。全員が乗る事ができた。準備完了という具合に、衣玖が天子へ声をかける。
「総領娘様。ゆっくりお願いします」
「ん」
要石はエレベーターかのようにゆっくりと上がり、やがて地上に到着。地上は騒然としていた。なんと言っても、ここは評議会本部の正面広場なのだから。エルフの兵はいたが混乱しているのか、慌てふためいているばかりでルイズ達へ向かってくる者はいない。
一方のルイズ、初めて見るエルフの建物に目を奪われる。一目でハルケギニアのどの町よりも進んでいるのが分かる。
「これが……エルフの町……」
「すごいね……」
ティファニアから零れる言葉も、心ここにあらず。そんな二人の後頭部が突かれた。デルフリンガーの柄で。
「だから、暇ねぇって」
「ああ、ごめん」
ルイズ達は再び、先へと進み始めた。
今回も長くなってしまったので、一旦切ります。