パソコンの前の椅子に、一人の少年が座っていた。青いパーカーを着込んだ黒髪の少年が。手はキーボードとマウスに添えられていたが、身動き一つせず思いつめたような顔付きでモニタを見つめ続けていた。しかし、何かを決したのか慣れた手つきでキーを打ち始める。そして最後にENTERキーを押した。
するとスピーカーからいつもの声が届く。インテリジェンスソードの声が。
「おいおい。ちょっと強引じゃねぇか?」
「結局は同じだろ?」
「そうだけどよ……。なんか焦ってねぇか?」
「邪魔されるのは、もういやなんだよ」
「……分かったよ。なんとかしてみるぜ」
「悪いな。デルフ。お前ばっかに任せて……」
「いいって事さ。長い付き合いじゃねぇか。相棒」
スピーカーの声はそこで途切れた。そしてまた少年は動きを止めた。焦点の合わない目でモニタを見続ける。ふと一言つぶやいた。いつも胸の内にあったその名を。
「ルイズ……」
水が流れる音だけが部屋に響いていた。
平和が戻ったトリステイン魔法学院の放課後。ヴィットーリオによる聖戦の発動から一ヶ月以上経つが、これと言った動きは見られない。四人揃っていたはずの虚無が、ジョゼフの死により欠けてしまったのだから進みようがないのもある。そのせいもあるのかもしれないが、聖戦が宣言されたというのに今の生徒達は浮かれ気分を抑えられずにいた。何故なら、もう間もなく夏休みなのだから。
その中でも特に喜々としている生徒がいた。微熱の美少女、キュルケだ。そんな彼女に迫られ、弱り果てている中年が自身の研究室に一人。コルベールである。
夏休み中、オストラント号の整備と研究をする予定だった彼に、キュルケが付き添うと言い出したのだ。だがそれは二人っきりの状況が多数発生するという意味でもある。キュルケがこれを機に、関係を深めようとしているのは間違いない。だが生徒と教師。コルベールとしては、その一線を超える訳にはいかない。彼にとって教師であるとは、その肩書き以上の意味があるのだから。ただそうは言っても、オストラント号は名目上ツェルプストー家のもの。持ち主のお嬢様の申し出を断りにくいのも確かだった。
そんな不祥事一歩手前の気配が漂う研究室に、ノックが響く。コルベールはこの空気から逃げるチャンスとばかりに、わざとらしい大声を上げていた。
「開いてますよ。どうぞ入ってください」
話の腰を折られたキュルケは、一瞬扉を睨むと空いている椅子に投げやりに座り込んだ。苛立ちを隠さず。開いた扉の先にいたのはルイズ。
「失礼します。あ、やっぱここにいた。キュルケ、ちょっと頼みたい事があるのよ」
「何よ」
そっぽを向いて、露骨に口をとがらせている赤毛褐色の美少女。ルイズ、すぐに察する。どうせコルベールに無理に迫って、拒否されたのだろうと。構わずルイズは続ける。
「あなた夏休み、ミスタ・コルベールと過ごすって言ってたでしょ」
「もちろんよ」
相手から了解がでていないのに、当然とばかりのキュルケ。するとルイズはコルベールの方を向く。
「えっと、ミスタ・コルベールは、オス……空中艦を整備するんですよね」
「ああ、そのつもりだが」
「でしたら、是非、オルニエールの屋敷を使っていただけないでしょうか?」
「それはまた、何故?」
「屋敷は一応住めるようにはなったんですが、ただしばらく使う予定がないんです。このまま空き家にしておくのも物騒なので、使ってもらえる相手を探してたんです」
「なるほど。確かにオストラント号の母港もオルニエールにありますから、渡りに船ですね」
顎を抱えうなずくコルベール。次の瞬間、キュルケ一変。目を輝かせていた。
「ルイズ!いい考えだわ!あたしは構わないわよ!」
「あ、そう?うんじゃあ、お願いするわね」
それからキュルケとコルベールが共に過ごすのが、決定事項のように話が進む。屋敷を使わせてもらうのはありがたいが、この流れ自体は変わりそうにない。もちろん整備拠点として最適なのも確かだ。キュルケとの同居に覚悟を決めるコルベール。だが起死回生の一手を思いついた。
「そうだ!ミス・タバサも同行させてはどうでしょう?」
「タバサ……ですか?」
ここで彼女の名前がいきなり出てきた理由が、キュルケには分からなかった。メガネ禿教師は慈悲深そうな態度で語る。
「今、彼女は難しい立場にあります。友人であるミス・ツェルプストーの側にいれば、少しは心穏やかに過ごせるのではないでしょうか。どうです?ミス・ツェルプストー」
「え……、あ、ええ。もちろん構いませんわ。親友ですから」
思いっきり胸を張り、任せろという態度のキュルケだが、眉の先は引きつっていた。そんな彼女を、ルイズは胸の内でほくそ笑んでいた。目尻と頬が緩むのをなんとか抑えつつ。
せっかくコルベールと二人っきりになろうとしたのに、これで台無し。いつもキュルケなら、なんとしても邪魔者が入るのを阻止するだろうが、相手がタバサではどうしようもない。もちろん、タバサを気にかけているのもあるのだろう。絶妙な板挟みになってしまった微熱の少女。いずれにしても、コルベールはキュルケの企みを挫いたのだった。
ところで、そのタバサだが、今は学院にいる。王冠を被ったはずの彼女が何故ここにいるかというと、王位を簒奪されたからだ。ロマリアの策謀によって。今、王位についているのは彼女の双子の妹、ジョゼット。尼寺に預けられ、タバサすらその存在を知らなかった少女。瓜二つの彼女は、そっくりそのままタバサと立場を入れ替わっていた。
ただ王位を奪われはしたが、タバサ自身はそれほどこだわっていない。そのため、禅譲したかのようにスムーズに王位は移る。その代わりという訳か、ガリアとロマリアも彼女を拘束しない事となる。さらにタバサが王位にいたのはわずかな期間。その上、学生時の素性を明らかにしていなかったため、彼女が突然学院に復帰しても世間的には奇妙に思われないのも理由の一つだった。
用事は終わったと、ルイズは部屋を後にしようとする。すると背中からキュルケの声。
「ルイズ。あなたはどうするのよ。夏休み」
「ティファニアと一緒に孤児院行くわ。ダゴンとデルフリンガーといっしょにね」
「孤児院?」
「うん。ティファニア、夏休み中は孤児院で過ごすんだって」
元々ティファニアと暮らしていた孤児たちは、アルビオン王国モード朝の時は、アルビオンの孤児院で暮らしていた。しかし世界の大改編の後は、トリステインの孤児院で暮らしている。せっかくの夏休みなので、久しぶりに孤児達と過ごそうという訳だ。
キュルケは首を傾げる。ルイズと孤児院というのが上手く繋がらなくて。
「どうしたのよ。聖女呼ばわりされたから、善行積まないととか考えた?」
「違うわよ。ティファニアを守るためよ」
「ティファニアを?なんで?」
「ほら、聖戦を宣言しちゃったでしょ。もしかしたらエルフが密偵送り込んでくるかもしれないじゃない。ティファニアは使い魔もいないし、戦い慣れもしてないから、私が守るの」
「でも彼女って、虚無の担い手でしょ?宗教庁の護衛がついてんじゃないの?」
「相手はエルフよ。用心に越したことはないわ。それにパチュリー達が、エルフはたぶんティファニア狙いに来るって読んでるのよ。念を押されたわ」
「彼女達が……。ふ~ん……、なるほどね。だから杖も新調した訳」
ルイズが手に持つ長い杖に、視線を送るキュルケ。ジョゼフ軍との戦いでは普通の短い杖を使っていたが、今手にあるのは以前のリリカルステッキのような長い杖。ティファニア護衛の話を切っ掛けに、杖を使い慣れたものに変えた訳だ。
「うん。やっぱ魔法だけじゃなくって、体術もいるかもしれないもんね」
ルイズは長い杖を、見せびらかすように巧みに操る。スムーズな動きはまさしく棒術使い。実際、ルイズが身に着けた体術は、彼女自身を何度も救っている。もっとも本来主を守るべき使い魔が、頻繁にいなくなるという別の理由もあったのだが。
キュルケは、ちびっ子ピンクブロンドの技を興味のない大道芸のように眺めていた。
「それじゃぁ、また弾幕使えるようになったのね」
「使えないわよ。これ普通の杖だもん。魔理沙にリリカルステッキ頼んだんだけど、材料がないから作れないって」
「そうなの。あ!ティファニアの借りたら?あの子の杖も弾幕使えたじゃない」
「ダメよ。あれないとティファニアが困るもの。それにこの前、魔理沙が完全にあの子用に調整しちゃったし」
「調整?なんで?」
「知らないわよ。この前、ティファニアに弾幕教えようとしたら杖がなかったのよ。で、聞いたら魔理沙が調整するって言って、持っていっちゃったんだって。今は戻ってきてるけど」
もしかしたら魔理沙達がリリカルステッキを持って行ったのは、ティファニアの戦う能力を強化するためかもとルイズは考えていた。
するとキュルケの横からコルベールが顔をだす。その表情はわずかに憂いを匂わせている。
「エルフが来るかも……とは。しかし聖戦は本当に起こるのかね?虚無の担い手は、三人しかいないというのに」
「その内、四人目が出てくるらしいですよ。虚無の担い手ってものはそういうもので、条件が揃うと現れるそうです」
「なんと!となると聖戦はやはり避けられないのか……」
うつむくコルベール。おそらく多数の生徒、最低でもルイズとティファニアは戦争に参加せざるを得ないだろう。教師としては、なんとしてでも避けたいのが本音だ。しかし情勢がそれを許さない。ハルケギニアに危機が迫っているのも、事実なのだから。
ルイズも口を強く結んで、固い面持ち。だが考えているものは彼とは違っていた。今ハルケギニアに迫っている危機は、巨大風石による大地の崩壊どころではない。文字通りの世界の消滅が、近づきつつあるのだから。
突然、キュルケが明るい声を上げていた。
「さてと、さっそくメイドの手配をしないと」
コルベール、唐突なキーワードに口を半開き。
「メイドを手配してどうするのかな?」
「だって、二人で生活するんですよ。二ヶ月間。使用人がいるでしょ?」
「え…………」
言葉のない中年教師。これから新婚生活でも始めるかのようなキュルケに、何も返せない。たださっきまでの重苦しい雰囲気は、どこかへ吹き飛んでいた。
そんな相変わらずの二人を、ルイズはどこか楽しげに眺める。その時ふと、奇妙な違和感が過った。デジャヴと呼ぶべきか。この光景をどこかで見たような、むしろ自分が今のキュルケ達の立場にいたような感覚がある。ふと胸の奥に、締め付けるような妙なものが浮かんでくる。とても大切と思えるようなものが。
気づくと彼女に向いているのはキュルケの視線。邪魔者は出て行けと言わんばかりの。その手は野良ネコでも払うよう。
「ほら、ルイズ。用が済んだなら帰りなさいよ」
「え、あ、うん」
ルイズは言われるまま、この場から退散する。表現しがたい不可解なものを抱えつつ。
今学期最後の夜。いよいよ明日から夏休みが始まろうとしていた。多くの生徒は、もう終業式直後に学院を後にしている。だがここにいるハーフエルフの少女の出発予定は明日。
準備をすでに終えたティファニア。孤児達の顔を見るのも久しぶりだ。だが今は、浮かれ気分で一杯という訳ではない。頭は全く別の事に集中していた。
「えいっ!」
強く握りしめた杖を手に叫ぶ。すると小さな光がポッと現れた。それはふらふらと飛び、そして壁に当たると消えてしまう。
「上手くいかないなぁ」
最近、ルイズから教えられた弾幕の練習だ。彼女からエルフが来るかもしれないと少々脅し気味に言われので、出来る限り早く身に着けようと頑張っている訳だ。
だが今の所、弾幕どころか一つの光弾を狙った場所に飛ばすのも難しいという有様。魔理沙が調整したと言った割には、以前より性能が良くなったようには思えない。ただそれは、自分が未熟だからとティファニアは考えていたが。
首を捻りながら、何度も挑戦するティファニアの長い耳にノックが届く。ドアの方を見るハーフエルフの少女。
「はい。どなたです?」
「俺だ。デルフリンガーとダゴンのコンビさ」
「ああ、ちょっと待って」
ティファニアは入り口と進む。デルフリンガーとダゴン。巫女として参加した対ガリア戦の時、突然現れたルイズの使い魔。その時に紹介された。あまりの異形なダゴンの姿に、恐怖を抱かなかったと言えば嘘になる。ただ、今では大分慣れてきていた。それにルイズと共に自分を守ると言ってくれているのだ。彼等の気持ちに答えないといけない。
彼女はドアを開け、二人というか一体と一本を部屋へ迎え入れる。
「どうしたの?」
「ちょっと、話があってな」
「何」
「ん?あの杖どうした?」
ダゴンは、ティファニア越しにテーブルに置いてある杖を指さした。釣られるように振り返るティファニア。
「ああ、あれね。さっきまで弾幕の練習を……」
そこで言葉が途切れる。デルフリンガーの柄が彼女の首筋に当たっていた。倒れ込むティファニアを支えるダゴン。
「……悪いな。しばらく寝ててもらうぜ」
デルフリンガーはそう一言告げた後、ダゴンが見事な剣さばきで壁に傷をつける。やがて気を失った彼女を抱え、悪魔とインテリジェンスソードは部屋から去る。
翌朝。孤児院へ出発するため、ティファニアの向かったルイズ。部屋入ったとたんに驚きで身を固めた。彼女の姿が影も形ないのだ。そして壁に言葉が残されていた。剣先で書いたような、引っかき傷のような文字が。そこにはこうあった。"エルフが来た"と。
エルフにティファニアが攫われた。そしてデルフリンガーとダゴンは、彼女を助けに向かったのだ。この文字を見て、ルイズはそう直感していた。
どこまでも続くような砂漠、サハラ。この何もないかに思われる土地に、砂漠とは思えない場所があった。海沿いにあるアディールという町だ。ハルケギニアのどの町とも様相が違う。それもそのはず。ここはエルフの国、ネフテスの首都なのだから。その町の中心に、ひと際目立つ建物があった。そびえ立つ塔のような建物が。いや塔というには高すぎる。あえて言うなら外の世界にある高層ビルと言った方が近い。この建物は政務を行う施設だった。そこから一匹の風竜が飛び立とうとしていた。その背には男女二人のエルフの姿。風竜は男の掛け声を合図に空へと舞う。
風竜の背の上、男がさっそく愚痴をこぼし始めた。
「ビダーシャル様は、何をお考えになってるんだ?」
「あら、何かおかしかった?アリィー」
「ルクシャナ、君は何とも思わなかったのか?」
アリィーと呼ばれた男のエルフは、不満そうに尋ねる。対する、前に座っている女性のエルフ、ルクシャナの方は逆に楽しげ。
「思ったわ。だって異世界よ!興奮しない方が変よ」
「本当に信じてるのかい?異世界の……えっと……ヨーカイだったっけ?そんなのがいるなんて話」
「叔父さまが、滅多に冗談言う人じゃないって知ってるでしょ?」
「それはそうだが……」
ルクシャナの言う叔父とは、ビダーシャルの事。つまりルクシャナは彼の姪だった。ちなみにアリィーは彼女の婚約者だ。
この二人は先ほどまでビダーシャルの執務室にいた。別に親戚への挨拶という訳ではない。仕事としてだ。アリィーは騎士、ファーリスの称号を得た優秀な兵士であり、またルクシャナはハルケギニアに明るい学者だったからだ。
彼等はビダーシャルに呼び出され、依頼を受ける。一個小隊を率い、虚無の担い手、エルフの言うシャイターンを一人攫って来るようにと。これはエルフの最高権力者、統領の意志でもあった。
ここまではアリィーにも納得できる。蛮族、人間達は聖戦を宣言した。いずれはサハラへ攻め込んで来るだろう。だからその決め手となるシャイターンを攫い、人間達の企みを挫こうという訳だ。
しかしさらにビダーシャルから、個人的な依頼が付け加えられる。それが彼には納得できない。というか理解し難かった。シャイターンの一人の側に、異世界からの来訪者、ヨーカイなる者達がいるというのだ。しかも彼女達は、敵にするにはシャイターン以上に厄介な存在という。だが一方で、平和を愛する者でもあると言う。だからその者達と今後を話し合うため、客人として招えてもらえないかと言うのだ。
それを聞いた二人の反応は真反対。ルクシャナは目を輝かせて承諾し、アリィーは不満一杯に断る。だが結局ルクシャナに押されて、彼も承諾してしまう。惚れた弱み故か。ただ唯一彼に救いがあるとすれば、そのヨーカイとやらの消息が最近プッツリと途絶えた事だろう。いなければ連れて来ようがない。
二人を乗せた風竜はアディールを離れ、砂漠地帯へと飛び出した。照り付ける強烈な太陽も、彼等の使う精霊魔法の前では十分力を発揮できない。砂漠の上だというのに、あまり暑さを意識する事なく空を飛ぶ。
やがて一つの屋敷が見えてきた。ルクシャナの自宅だ。ほどなくして到着する。二人は風竜から降りると、屋敷の中へと入って行った。
リビングへ向かう途中、ルクシャナが楽しげに話しかけてきた。
「さてと、一休みしたらあなた達に蛮族の衣装を見繕わないとね」
「蛮人の恰好なんてできるか」
「エルフの恰好で、蛮地を歩く気?あっという間にバレちゃうわよ。任務だって事忘れてない?」
「う……」
返す言葉もないアリィー。確かに、今回は潜入任務だ。正体を知られる訳にはいかない。彼は少々やけ気味に、勝手にしてくれと言い放つ。やがてリビングへとたどり着く二人。ここで彼等の足が急に止まる。
「何あれ?」
ルクシャナの目に奇妙なものが映っていた。リビングの中央に。それはなんとも形容し難かった。あえて言えば半魚人のようなもの。それが倒れていた。動く気配が全くない。死んでいるのかもしれない。
アリィーが呆れて肩をすくめる。
「また得体のしれないものを持ち込んだのか。君の好奇心には感心するしかないよ」
「私じゃないわよ!」
「え?じゃあ、誰かが持ってきたのか?だいたいあれはなんだい?」
「幻獣……かしら?」
「学者の君でも知らないのか?」
「ええ」
二人は怪訝そうに、魚の化物を見る。恐る恐る近づく男女のエルフ。するとアリィーの視界に別のものが入る。
「ルクシャナ。あれ」
「何?あっ!」
アリィーが指さした先に、もう一人倒れていた。こちらは普通のエルフの少女に見える。だが知らない顔だ。こちらは意識を失っているだけのようだ。その彼女の側には、少々太めの杖が落ちていた。
顔を見合わせる二人。まるで状況が分からない。やがてアリィーが意を決する。経緯は分からないが、警戒するに越したことはない。アリィーが詠唱すると空気がロープ状となり、エルフの少女と魚の化物を縛り付ける。とりあえずファーリスと学者は、この二人を観察する事にした。
しばらくしてルクシャナが突然、慌てた声を上げる。
「アリィー!ちょっとこれ!」
「何だい?」
彼女が指さす先に集中するアリィー。魚の化物の左手に。そこには奇妙な模様があった。どこかで見たような気がするのだが思い出せない。だがその答は、隣のルクシャナから出てきた。
「これ、シャイターンの使い魔の印よ」
「え!?なんだって?」
思わず声を上げてしまうアリィー。だがシャイターンという言葉に、彼の脳裏に不吉なものが過った。慌ててビダーシャルから貰った資料をあさり出す。任務のために彼から手渡されたシャイターン関連の資料だ。何枚か捲っていたが、やがて手が止まる。
「ルクシャナ!来てくれ!」
「何?」
彼女は、アリィーの目が釘付けになっている資料に目を通す。そこにはシャイターンの名前と、似顔絵が描かれていた。この資料を作ったのはビダーシャル。彼にはハルケギニアが平賀才人により大改編を受ける前の記憶があった。その時点では、ロマリアを除いた三人の虚無は判明していた。その一人に二人の視線が集まる。ティファニア・モードと書かれた少女の絵に。
シャイターンの似顔絵そっくりな少女が目の前にいる。再び顔を見合わせる二人。
「どういう事だ?エルフがシャイターン?そんなバカな」
「だけどだとすると、この二人はシャイターンの主と使い魔って事になるわね。あの転がってる杖も説明つくわ。シャイターンは杖がないと魔法使えないそうだし。少し状況が見えてきたわね」
「何を言ってるんだ!他人の空似に決まってるだろ!」
アリィーは語気を強める。よりにもよって、シャイターンの一人がエルフなどありえない。彼の常識を根底から覆すような話だ。彼は話を逸らしたいのか、宣言するかのように言い出した。
「とにかくだ。君がこの連中を知らない以上、不法侵入には違いない。僕はファーリスとして、この者達を捕縛する」
「ちょっとぉ、話聞いてからでいいじゃないの」
「ダメだ。少なくともこの魚の化物は、シャイターンの使い魔である事には違いないんだから」
ここは頑として譲らないアリィー。ついにはビダーシャルの名を口にする。結局はルクシャナが珍しく折れた。ただし、条件を付けるのを忘れなかったが。最初の尋問は自分がすると。
その後、ティファニアとダゴンはエルフの国ネフテスの首都、アディールへと連行されていく。ティファニアはその間、ずっと意識がなかった。ダゴンもまるで動かない。
ただこの様子を、捕まった二人ともエルフ達と違う存在が伺っていた。デルフリンガーだ。少女とガンダールヴが共にアディールへと連れて行かれる様子を眺めていた。まるで今までと変わらない流れ。何度も見たこの光景に、インテリジェンスソードは嫌な予感が浮かぶのを否定できなかった。この先も何も変わらないのではという予感が。
同じ頃、ティファニアの部屋に緊迫した表情の数人が向っていた。ルイズを先頭に。後ろに続くのは三魔女とこあ。それにキュルケとタバサ、コルベールまでいた。部屋に入った一同が一点に視線を集中させる。壁に書かれた文字に。
「こりゃぁ……」
魔理沙から一言漏れてくる。壁に刻まれた"エルフが来た"という言葉を見て。
今朝ルイズは、孤児院に出発するためティファニアを迎えにいった。すると彼女の姿が影も形もなくなっていたのだ。そして残されていたのがこの文字である。さっそく幻想郷の人妖達のアジトに、タバサと共に向かったルイズ。彼女達の話を聞いた魔女達は、すぐさまここに来たという訳だ。
パチュリーは壁を、貫くかのように凝視していた。
「鋭いもので傷つけたような文字ね」
「たぶんデルフリンガーが付けたのよ。ティファニアを助けようとしたんだわ。だけど攫われちゃって、これだけ残したんでしょうね。今でもエルフを追ってると思う」
「…………」
口を噤んだままの紫魔女。代わりという訳ではないが、魔理沙達へ視線を送る。そして踵を返すと部屋を出て行った。意図を察したのかパチュリーに付いていく魔理沙達。アリスが一言残していく。
「ルイズ。ちょっとここで、待ってて」
「え、あ、うん……」
魔女達が行きついた先は、人妖達の部屋。パチュリーがこあへ指示を出す。
「水晶玉」
「はい」
リュックから水晶玉を出すこあ。何をしようとしているのかというと、ティファニアの居場所を探ろうとしているのだ。実は魔理沙がティファニアの杖を預かったのはこのため。杖に発信機のような仕掛けが組み込まれている。彼女達の策には、ティファニアの居場所が重要な意味を持っていたからだ。
「どこにいる?」
「アディール近くのオアシス。ルクシャナとかいうエルフの娘の家ね」
「おいおい」
出てきた予想外の名に、白黒は眉をひそめ、人形遣いは渋い顔で腕を組む。
「オルニエールの戦いを全部すっ飛ばして、そこまで話を進めるなんてね」
「私達からなるべく早く、ティファニアを離しておきたかったんじゃない?邪魔されにくいように」
パチュリーは水晶玉をこあに預けながら答える。アリスは顎をかかえ考え込む。
「じゃなかったら……話をとっとと進めたくなったのかも……。あ!」
急に顔を上げる人形遣い。慌てた様子で。
「これってマズイんじゃない?」
「そっか?仕掛けにかかるんなら、早いも遅いも関係ないだろ」
魔理沙はアリスの言う意味を、今一つ理解してない。人形遣いは少々苛立ち気味に言う。
「違うわよ。飛ばされるかもって事」
「何が?」
「仕掛ける場所よ!」
「場所?」
白黒が頭を巡らせている最中に、紫魔女が口を開いていた。
「有り得るかもね。あそこは道中だもの。あまり重要じゃないわ」
「あ!」
ようやく気付く魔理沙。
彼女達が決定的な策を仕掛ける場所とは、ティファニア達がアディールから脱出した直後、小舟で逃走中の時。ただの移動シーンだ。飛ばされる可能性を否定できない。仕掛ける場所がなくなれば、策自体が意味をなくす。
魔女達は黙り込む。一方、頭はフル回転。そんな中、真っ先に声を上げたのは魔理沙。頭を乱暴に掻きながら。
「あ~、やめだ。もう面倒くせえ。向こうが手段選らばねぇんだ。こっちも遠慮なしで、やっちまおうぜ」
「何言ってんのよ。前に言ったでしょ?無茶しすぎると、この世界の破綻が早くなるかもしれないって」
アリスの忠告が入る。しかし白黒の不敵な表情を浮かべていた。
「お前が言ったんだぜ。平賀才人は肝心な所だけ抑えて話を進めるってな」
「それは、そうだけど……」
「ならこっちも同じ事が出来るだろ?」
「どうするつもりよ?」
「予定通りにするだけだぜ。けど手段は選ばねぇ。それにどうも相手に気使いながらやるってのは、やっぱ性に合わないって思ってたんだよな」
「あんたねぇ……」
魔理沙の答にアリスは溜息を漏らすしかない。だがパチュリーの方は、吹っ切れたような顔つきになっていた。どうもこちらの魔女もまどろっこしいやり方に、鬱陶しいものを感じていたようだ。魔理沙への賛同を口にする。二人に挟まれた人形遣いは、最後はうなずくしかなかった。
ティファニアの部屋に戻って来た魔女達。さっそくルイズが駆け寄る。彼女も自分なりの結論を出していた。
「パチュリー。私、ティファニアを助けに行くわ。正確な場所は分かんないけど、エルフに攫われたのは分かってるもの。なんとか……」
「そうね。あなたに助けてもらいましょうか」
「手伝ってくれる?」
「ええ」
「ありがとう!」
思わずパチュリーの手を掴み、大きな笑顔を向けてくるピンクブロンドの少女。対するパチュリーは、淡々と告げた。
「ただし助けに行くのは、あなた一人よ」
「え?」
止まるルイズ。てっきり今までと同じように、彼女達と共に向かうと思っていたのだが。しかしパチュリーは頬を緩める。
「安心して。今回私達は裏方に回るって話よ。前にシェフィールドに仕掛けたのと同じ」
「ああ、なるほどね」
以前、シェフィールドがタバサを使ってルイズを孤立させ、連れ去ろうとした時があった。だがそれを逆利用し、シェフィールドを捕まえた。その時、表立って動いたのはルイズだけで、人妖達はずっと裏方に徹していた。今回も似たような策なのだろう。二度目という訳で、ルイズは慣れたものという様子。
「あなた達の事だから、もしかしてティファニアの居場所、もう分かってる?」
「ええ。サハラ、エルフの国にいるわ」
「サハラ……。もうそんな所まで連れて行かれたの?でも……かなり遠くね。ねぇ、私一人で助けに行けっていうけど、どうやって行くのよ」
「ルイズは気にしなくていいわ。あなたはエルフに攫われるんだから」
「は?」
間の抜けた声を出すしかないルイズ。この紫寝間着が何を考えているのかさっぱり分からない。構わず続けるパチュリー。
「そして今、ルイズはティファニアといっしょに囚われの身という訳」
「何言ってんの?全然、分かんない!」
「という話になるの」
「はぁ!?」
口を一杯に開けて、益々混乱するルイズ。だが目の前の魔女の態度は変わらない。
「段取りは私たちがやるわ。裏方って言ったでしょ。とにかく、あなたはティファニアの所に行くのよ。向こうに着いたらあの子を助け出して、町から脱出して」
「……。ああもう、分かったわ!やるわよ!やってやるわ!だから後は任せたわよ!」
ルイズは鋭くパチュリーを指さすと、半ば開き直った。次にアリスがコルベールへ話しかけた。
「コルベール、オストラント号って、すぐ動かせる?」
「ボイラーを温めないといけないので、すぐという訳には……。ですが準備は始められます」
「なら頼んだわ。準備できしだい、出発してもらうから」
ここでキュルケが入って来る。
「どこ行こうってのよ?」
「サハラよ。ルイズ達を迎えにね」
「え!?もしかして、エルフの町に突入しろっての?そんなの無茶よ!」
「そんな必要ないわ。転送陣でルイズ達を回収するから。弾幕使えないルイズじゃ、転送陣を発動できないもの。遠隔操作で動かすの。ただ距離の問題があるのよ」
「なるほどね」
うなずくキュルケとコルベールの横で、ルイズもそういう事かと納得顔。やはり魔女達はこれまでと同じように、しっかり作戦を組んでいるようだ。やはりこの異世界の友人たちは頼りになる。今まで何度も思った事を噛みしめるルイズ。そして全員は動きだした。
今回はかなり長くなってしまったので、ちょっと中途半端ですがここ一旦区切りです。