ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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「うわっ!?」

 

 ロマリア市内。ワルドは人通りの多い往来で、らしくない大声を張り上げ馬から転げ落ちた。幸い、大した怪我はしてない。ただせっかくの礼服が少々汚れてしまったが。しかし今、ワルドの頭にあるのはそんなものではない。彼が馬から落ちた理由だった。

 

「凄まじい地震だったが……」

 

 言葉通り地震があった。それも、大地をひっくり返すのではという程の。その地震によって彼は、馬ごと放り投げられたのだ。しかしほぼ無傷。これも始祖ブリミルのご加護と、彼は信じて疑わなかった。

 

 ワルドは汚れを軽く落とすと、再び馬に乗ろうとする。その時、奇妙なものが目に入った。

 

「ん?どういう事だ?」

 

 見えていたのはロマリアの町の風景。いつもと変わりない。そう、変わりなかった。あれほどの大地震が起こったというのに、家が崩れるどころか、窓ガラスも割れていない。騒ぐ者すらいない。

 

「バカな……」

 

 馬の鞍に手を添えたまま、身を固めるワルド。見えるものが信じられない。確かに大地震があったはずだ。だがその痕跡は、欠片もない。では自分の錯覚だったのか。珍しく落馬したので、地震と勘違いしたのか。

 髭を弄りつつ考え込む。だがすぐに答えは出た。

 

「まあいい」

 

 地震が錯覚だろうがなんだろうが、なかったならそれでいい。今は彼は重要な任務を帯びているのだから。最優先するべきはそれだ。気を取り直すワルド。馬に乗り、先に進む。

 

 彼の重要な任務とは、トリステイン、ガリアの戦争をなんとしても止める事。主君ティファニア・モードを守るために。彼女は友人のためと言い、トリステインにいる。このままでは戦火に巻き込まれかねない。この緊急事態に、アルビオンは教皇へ戦争の仲裁を依頼する事とした。そこで宗教庁とは関係の深いワルドが、遣わされた訳だ。

 

 ワルドはフォルサテ大聖堂の正門まで来る。何度も潜ったこの門。聖戦実現のため、ジュリオと共にハルケギニア中を駆け回った記憶が蘇る。

 アルビオン外相として、姿勢を正し馬を進めるワルド。毅然と門を潜ろうとする。もはや顔なじみの門番達に、軽く挨拶をしつつ。

 だが彼の行く手を阻むものがあった。門番の槍が、目の前で交差されていた。門番が厳しい声で、問いかける。

 

「おい!お前!何を平然と通ろうとしている。この不届き者めが」

「!?」

 

 唖然とするワルド。

 今の彼は、ほぼ顔パスと言っていい程の存在のはずだ。それがどういう訳か、行く手を遮られた。しかもこの問い詰めている門番は、良く知っている相手。

 ワルドは、そのまま怒りを口にする。

 

「それはこっちの台詞だ!貴様こそなんのつもりだ。私を見忘れたか!」

「お前など知らん!」

「な……!?貴様……。私は、アルビオン外相、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド侯爵だぞ!」

「アルビオン外相?」

 

 不思議そうに同じ言葉を返す門番。しばらくして大笑い出した。彼だけではない、他の門番達も。ワルドには訳が分からない。何か笑われるような事を言っただろうか。

 門番は呆れつつ話す。

 

「いやぁ、もしかして詐欺師か何かか?お前は。それにしてもアルビオン外相はないぞ。いくら化けるにしてもな」

 

 再び笑い出す門番達。さすがにここまでバカにされ、黙っているワルドではない。杖を抜く。

 

「貴様!この私を愚弄するか!」

「!」

 

 門番達の目の色が変わった。当然だ。相手が戦闘態勢に入ったのだから。しかし、一人の門番が双方の間に入る。

 

「待て待て。そういきり立つな」

 

 双方は渋々戦意を収める。そして仲介に入った門番が、ワルドに話し出した。

 

「あなたが何者かは知らんが、いずれにしても正式な手続きなしではここを通す訳にはいかない」

「だが私は……」

「正式な書類を揃え、また来る事だ」

「ぐ……。分かった。だが覚悟しておくがいい!貴様ら全員、後に厳しい叱責があるとな!」

 

 捨て台詞を吐くワルド。すぐに馬首を返すと、来た道を戻っていく。愚痴をこぼしながら。

 

 町中を進みアルビオン大使館を目指す。大使館はテューダー朝時代のものと同じだった。テューダー朝滅亡後、一時閉鎖されていたが、モード朝成立後にあらためて開設されたのだった。

 やがて大使館の裏に到着する。あれからほどほど時間が経ったが、それでも怒りは収まらない。ヴィットーリオに謁見したら、真っ先に門番について言わずにはおれないという気分だった。

 

 厩舎へと向かうワルド。だが違和感が彼を襲う。どこか大使館の様子がおかしい。眉をひそめる髭の侯爵。

 そして厩舎の入り口のまで来た。

 

「どういう事だ?」

 

 中に入れなかった。何故か厩舎の門は閉じられ、鍵がかかっていた。それだけではない。出てくる時には、忙しく馬の世話をしていた馬丁達が、気配すらない。

 ワルドは馬から降りると、声を上げる。

 

「おい!門を開けろ!何故閉じた!」

 

 しかし、返事は戻ってこなかった。

 

「一体なんなのだ!」

 

 苛立ち紛れに門を一発叩く。ワルドは一旦、馬の手近な場所に結び付け、大使館入り口へと向かった。それにしてもこうも不快な事が続くと、八つ当たりしたい気分だ。おそらく厩舎を閉じた、馬丁達が餌食になるだろうが。

 やがて大使館入り口へとたどり着く。だがワルドはそこで動かなくなった。顔を凍り付かせて。

 

「な……!?」

 

 彼に見えていたのは、鎖が巻きつけられ閉ざされた大使館の入り口。しかもそれだけではない。鎖には木札がぶら下がっていた。そこにはこう書かれている。

(宗教庁管轄につき、許可なく立ち入りを禁ずる)

 

「なんだこれは!?」

 

 訳が分からない。溜まった苛立ちを吐き出すように、木札を引きちぎる。そして『ブレイド』の魔法で、鎖を断ち切った。強引に大使館に入るワルド。

 

「……!」

 

 何の言葉も出てこなかった。大使館内の有様を目にして。

 中の様子を一言で表すなら空き家。そうとしか思えない。もう長らく使っていなかったかのように、床には埃が積もっている。

 ここを出た時には、自分へ敬意を持って見送った職員達がいた。確かに。あれは夢などではない。だが今それらは影も形もない。

 

「バ、バカな……」

 

 ワルドは追い立てられるように、階段を駆け上がる。外務大臣の執務室、自分の仕事場へ向かう。その閉じていた扉を勢いよく開けた。先に見えたのは、何もない部屋だった。

 

「な……」

 

 部屋の中に入り、力なく壁に寄りかかるワルド。頭が真っ白になる。

 忙しくペンを走らせていた机も、使いごこちの良かった椅子も、書類で一杯だった棚も、少々散らかり気味の部屋を和ませる花を添えた花瓶も。何もかもが消え失せていた。

 

 それからどれほどの時間が経っただろう。動かなかった髭の侯爵は、足を進めだす。項垂れ肩を落としながら。

 

 どこをどう歩いたか分からない。夢遊病者のように町中を進む。どこを目指すと言う訳でもなく。その時、ふと声が耳に入る。

 

「ちょっと、そんな所にいたのかい」

「……」

「何、無視してんだよ」

「……」

「ワルド!」

 

 ようやくワルドは足を止める。自分に話しかけていたのかと気づき。振り返った先に見えたのは、良く知る人物だった。

 

「ミス・サウスゴータ……」

「ん?なんだい?畏まった呼び方して」

 

 マチルダは何故か意表をつかれたかのよう。だが特に気にせず、すぐに元に戻るとワルドの背を押し先へと進ませる。

 

「こんな所いつまでも油売ってんじゃないよ。暇って訳じゃないだろ?」

「あ、ええ……。その通りです……」

「なんだい。その話し方。あんた様子がおかしいよ」

「様子がおかしい……確かに……」

 

 おかしい。ワルドの脳裏にその言葉が繰り返される。そして気づいたマチルダの奇妙な姿に。ただの平民の服装に。彼は何気なく尋ねる。

 

「宰相閣下は何故、ロマリアに?それにその姿……お忍びですか?」

「は?」

 

 マチルダ、口を半開きにして首を傾げる。

 

「宰相って言ったかい?なんだいそれ?」

「ですから、あなたの事ですよ。ミス・マチルダ・オブ・サウスゴータ」

「……」

 

 怪訝に目を細め、探るようにワルドを見る妙齢の女性。

 

「えっと……。酒を飲み過ぎ……ってふうには見えないね。どうしたんだい?」

「なんの話ですか?」

「まず、その話し方やめてくれないかい?調子狂っちまうよ」

「?」

 

 ワルドにはマチルダが何を言いたいのかさっぱりわからない。だいたいこの大戦乱が始まるかもしれない時期に、宰相がこんな所にいていいのか。彼は問い直す。

 

「ともかく、アルビオンを留守にして良いのですか?この大事な時期に」

「いや……、だからさ……」

「ティファニア陛下の御命がかかっているのですよ」

「……!」

 

 急に表情が変わるマチルダ。

 

「どうしてあんたが、ティファニアの事知ってんだい?話した覚えはないけどね」

「何を言われているのです?我らが主を、知らぬはずないではありませんか」

「え?主?ちょっと待っとくれ。何言ってんだい?」

「ですから、ティファニア・モード陛下は我らが主、アルビオンの女王ではありませんか」

「……」

 

 マチルダ、呆気に取られたまま停止。どんな反応をするべきか戸惑ったまま。しばらくして、ワルドの手を引き脇道へと連れていった。暗い道で眉間に手を添え、難しい顔の彼女。

 

「あんた、私をからかってるのかい?……ってこんな間抜けな話でからかうも何もないか。一体どうしたってんだよ」

「それはこっちの話だ」

「ん?ようやく口ぶりが普通になってきたね。で?」

 

 それからワルドは事情を伝えた。トリステインに残ったアルビオン女王ティファニアを助けるため、自分はアルビオン外相として、トリステインとガリアの戦争を止めにロマリアに来たと。そしてその命令を出したのが、アルビオン宰相であるマチルダ自身だと。

 

 話を聞いていたマチルダは、だんだんと身体中から力が抜けていくかのよう。もはや呆れを通り越して絶句。ワルドを、薬でもやっているかのように見る。一通り話が終わると、彼女は大きく深呼吸。そして、子供に教えるように語り出した。

 

「いいかいワルド。まずね。アルビオンなんて国はないよ」

「な、何!?」

「神聖アルビオン帝国が滅んだ後、トリステインとゲルマニアに分割統治されたままさ。だからその国の王がいるハズないんだよ。もちろん宰相も外相もね」

「バ、バカな!」

「それとトリステインとガリアの戦争なんて、起こる気配もないよ」

「そ、そんなハズは……!」

「疑うんだったら、そこらの連中に聞いてみな」

 

 そう言って、マチルダは大通りを指さした。するとワルドは、急き立てられたかのように走り出す。その様子を彼女は唖然と見送った。本当におかしいと言いたげに。

 

 ワルドは歩いていた神官を捕まえると、問いかける。鬼気迫る態度で。

 

「な、なんですか!?」

「済まない。一つ聞きたい事がある」

「はい?」

「アルビオン王国はどうなっている?」

「え?とうの昔に滅亡しましたが」

「その後は?再興したのではないのか?」

「いえ。トリステインとゲルマニアの統治になってますよ」

「な……!」

 

 茫然と動かない彼から神官は離れて行った。一体何なのだという様子で。さらにワルドは尋ねて回る。商人に、騎士団の兵に、巡礼に来た旅人に。だが答は皆同じだった。アルビオン王国モード朝など存在しない。トリステインとガリアの戦争など聞いた事もないと。

 

 大通りの真ん中で立ち尽くす髭の侯爵。何が起こったのか。特殊な魔法でもかけられ、記憶を弄られたのか。見知った世界が、全て消え失せていた。ありえない。こんなバカげた、常軌を逸した現象はありえない。

 苦悶に淀んだ瞳で地面をただ見つめる彼。だがその時、ふと一つの言葉が浮かんでくる。奇跡というキーワードが。

 

「ま、まさか……始祖が奇跡を起こされたのでは……。だが、だとすると……」

 

 始祖の奇跡なら、この奇怪な現象も有り得るかもしれない。だが問題なのは、自分がその奇跡から外されている事だった。

 ワルドは急に、天を仰ぎ大声を張り上げる。

 

「始祖よ!始祖ブリミルよ!もう私は必要なくなったというのでしょうか!何か至らぬ点があったと言うのでしょうか!」

 

 大通りの中央で喚くその姿は、狂人かのよう。

 

「今一度、今一度機会を!今度こそ、その御心にお答えします!お約束します!ですから、もう一度、あの兎の天使をお遣わしください!始祖よ!」

 

 空を見上げ、膝をつき、一心不乱に祈りをささげるワルド。そんな彼を、道を行く人々は遠巻きに避けていく。これまで付き添っていたマチルダも、まるで同名の別人を見ているかのような気持ちに襲われていた。

 

 

 

 

 

 混乱している者達はワルドだけではなかった。ここガリアにもいた。ガリアの虚無の主従が。

 彼らがトリステイン魔法学院を『火石』で吹き飛ばしてから、数日が経っていた。精神力をかなり消耗したジョゼフは『テレポート』の使用を控え、空軍を使いヴェルサルテイル宮殿に帰ってきた。それからしばらく休み、ようやく玉座の間に姿を見せた訳だ。だが最初に謁見した者からの話は、奇妙なものだった。

 

「何だ、それは?」

 

 ガリア王ジョゼフは、使者へ疑問をぶつける。少々不快そうな視線を向け。聞かれた使者の方も困惑気味。何故そんな質問が出てくるのか分からない。

 

 使者は両用艦隊からの密使だった。両用艦隊はガリア軍正式艦隊だ。その使者だというのに、何故か密使だと言う。ジョゼフは違和感を覚えた。だがそれ以上に奇妙なのは、彼が口にした内容だ。

 両用艦隊は、ロマリアを攻めろという命令を受けたという。しかも反乱軍という肩書きの元。ただしその作戦は、ある人物が先陣を切る事となっていた。そのある人物とはシェフィールド。彼女が『ヨルムンガルド』を使い、ロマリアに攻め込む手筈となっていた。だがロマリア国境付近まで近づいても、当人がいつまで経ってもやって来ない。両用艦隊は航行を停止。密かに問い合わせに来た訳だ。

 

 全く思い当たりのない話を聞き、困惑するジョゼフにシェフィールド。そもそもトリステイン国境に両用艦隊はいたはず。ジョゼフは不機嫌そうに言う。

 

「余はそんな命は出しておらん。そんな話をしたのはどこのどいつだ?」

「その……艦隊司令であるクラヴィル卿ですが……」

「クラヴィルを連れて来い」

「御意……」

 

 使者は恐縮して頭を下げる。ただ当の使者の方は、ますます混乱するばかり。一体何がどうなっているのかと。だが王の命令とあれば従うしかない。使者はそのまま両用艦隊へと戻っていく。

 ガリア王の機嫌は直らない。

 

「クラヴィルめ……。どういうつもりだ?」

「…………」

 

 使者の奇妙な話に、シェフィールドは黙り込んだまま。主とは違い不機嫌さはない。それよりも嫌な予感が走り始めていた。似たような経験が脳裏に蘇る。実は彼女達もまた、ここリュティスで大きな地震を経験していた。そして今耳にした、自分達の記憶と違う現状。これは以前体験した、アルビオンでの奇妙な出来事と似通っていた。

 従者は王へ提案を一つする。

 

「各軍の状況を確かめてはどうでしょうか。トリステイン魔法学院での成果も気になりますし」

「そうだな」

 

 現状確認の指示が出される。その日の夜。全ての軍の情報がジョゼフの元に集まって来た。だがそれは驚きを通り越し、茫然とするしかないものであった。軍はトリステイン国境に展開などしておらず、ずっと任地にいたというのだから。すなわち、ガリアとトリステインの戦争などなかったと、全ての報告は示していた。

 

 

 

 

 

 ルイズが目を覚ますと、いつもの風景が見えた。寮の自分の部屋だ。

 

「ん?朝……?」

 

 身体を起こし、いつものように背伸びを一つ。そしてベッドから降りようとした。その時、ふと気づく。ネグリジェではなく制服を着ていた事に。

 

「あれ?着替えないで寝ちゃったのかしら」

 

 腕を組み、寝る前の事を思い出す。じわじわと滲むように蘇る記憶。そして思い出した。目を見開くルイズ。

 

「そうだ!学院は!?」

 

 ベッドから飛び出ると、すぐに窓を開けた。

 日差しの中、見えたのは馴染の光景。いつものトリステイン魔法学院の広場だ。特に変わった所はない。

 

「ふぅ……。『エクスプロージョン』効いたんだ……」

 

 ルイズは安心で、緊張が解けていくのを感じていた。頬もつい綻ぶ。

 もちろん全て解決という訳ではない。問題は残っている。ガリア王とシェフィールドだ。あの後どうなったのか。トリステイン王国はどうなったのか。だが今は、みんなが無事だった事を、噛みしめたい。顔が見たい。ルイズの頭はそれで一杯だった。

 

 部屋から廊下に出る。やはりここも変わらない。いつもの廊下だ。だが、異質感が脳裏を過る。物音が全くしないのだ。授業中でも、使用人の作業の音は聞こえてくるし、授業の音や声が漏れてくる。学院が静まり返る事があるとしたら、深夜くらいだ。いやそれ以前に、人の気配がまるでないもの気になる。

 

「どうしたのかしら?もしかして、まだ食堂に避難してる?」

 

 緊急時には、全員アルヴィーズの食堂に籠る事になっていた。もしまだそこにいるなら、人けがないのも納得だ。

 ルイズは食堂へと向かう。そして閉じられた大きな扉を開けた。

 

「あれ?」

 

 見えた先には誰もいなかった。ネズミ一匹。

 

「ちょっと……どうなってんのよ……」

 

 なんとも言い難い悪寒が彼女の背筋に走る。それから厨房や教室、職員室に向かったが、やはり誰もいなかった。

 

 とぼとぼと自分の部屋へ戻るルイズ。悪寒はますます大きくなっていた。しかも気になる事が増えている。生徒や教師達だけではない。魔理沙達もデルフリンガーもいないのだ。世界に自分たった一人だけしかいない。そう思ってしまうほど、全く気配というものがなかった。

 

 沈んだ顔で廊下を進むと、自分の部屋が見えてきた。その時、ふと廊下の先に人影が見える。二人ほど。誰もいない訳ではなかった。急に明るくなって走り出すルイズ。

 

「ねえ!そこのあなた!あなたってば!」

 

 力の限りの声を張り上げる。相手の方も気づいたのか、彼女の方を向いた。さらに駆け寄って来た。だんだんと大きくなる二人の姿。そして分かった。その二人が。

 

「キュルケ!タバサ!」

「ルイズじゃない!」

 

 三人は、はしゃぐように喜ぶ。まるで10年振りに出会ったかのように。さっそくキュルケが尋ねてきた。

 

「今、来たの?」

「え?来たって?」

「だって、昨日あなたの部屋行ったけど、誰もいなかったわよ」

「昨日?」

 

 褐色の美少女の言葉に、口ごもるちびっこピンクブロンド。何故なら彼女は、ずっと寝ていたのだから。だがよく考えれば、いつのまに部屋に戻り寝たのかが思い出せない。だいたい『エクスプロージョン』を発動させた後、どうしていたのか。一つ覚えているとすれば、妙な夢だ。水槽のあった部屋の。だが夢は所詮夢。思い出した所で意味などない。

 ふと袖を引っ張られるのに気付く。タバサだった。

 

「状況を整理したい」

「そうね。じゃあ、いつもの部屋に行きましょ」

 

 うなずくタバサとキュルケ。

 いつもの部屋とは幻想郷組の寮の部屋。密談をする時はいつもあそこだ。もっとも今は誰もいない以上、どこで話しても同じなのだが。もはや癖と言ってもいいものになっていた。

 三人は部屋に入ると、慣れた様子で椅子に座る。まず話を切り出したのはタバサ。

 

「ルイズは今の状況を、どこまで知ってる?」

「どこまでも何も、さっき起きたばっかりだもん」

「寝てた?」

「そうよ。私の部屋でね。けど、おかしいのよ。寝る前何したか、覚えてないの」

「何も?」

「あ、ちょっと違うわね。えっとね……」

 

 それから、ルイズは知っている事を全て語り出す。ガリア王とシェフィールドが学院に攻めてきて、それを幻想郷の人妖達と、ダゴンとデルフリンガー、そして自分が相手したと。最後に『エクスプロージョン』を使ったと。だがそこから後は分からず、気づいたら寝ていたと。

 雪風は小さくうなずきながら、耳に収める。そして今度は自分の話をしだした。

 

「私の方は作戦通り、ゲルマニア軍を国中に散らした。ゲルマニア皇帝をそそのかして」

「そっちは上手くいったのね」

「その後は、次期皇后として厚遇されていた」

 

 ここでタバサの表情がわずかに引き締まる。

 

「だけど、ある日大地震が起きた」

「大地震?」

「身体が吹き飛ばされそうな程の地震」

「どんだけよ……。よく助かったわね。でもそれじゃぁ、ヴィンドボナも酷い事になったんじゃないの?」

 

 ヴィンドボナにある宮殿がそれほどの揺れなら、町全体も影響受けて当然だ。だがルイズの問いかけに、タバサは首を振った。

 

「何もなかった」

「何もないって……。もしかして、町から離れてたの?宮殿って」

「違う。被害は全くなかった。ガラス一つ割れていない。棚の物が落ちたりもしてない」

「ちょ、ちょっと。そんなハズないでしょ。本当に地震あったの?」

「……」

 

 タバサは口を閉ざす。だがすぐに続きを始めた。

 

「宮殿自体には何もなかったけど、宮殿の人たちは変わっていた」

「変わった?」

「誰も私を覚えていなかった」

「え?何よそれ?」

「私が次期皇后という事も、素性も。それどころか侵入者と思われて、捕まえに来た」

「え!?じゃぁ、どうしたの?」

「何とか逃げられた」

「そっか……。ここにいるんだもん。そうよね」

 

 ルイズはうなずきながらも、理解し難い状況に難しい顔。次にキュルケが話し始めた。

 

「あたしの方も作戦自体はうまく行ったわ。自分の軍隊を、散々引っ掻き回してね」

「それで、なんとか誤魔化せた?」

「誤魔化せる訳ないでしょ。命令無視してたんだし。裏切ったかと思われたわ。最後は父さまがやってきて、ふん捕まえられたのよ。もう酷い目に遭ったわ。で、城に連れ行かれそうになってね」

「そうしたら?」

「その時、地震があったのよ。タバサと同じ。とんでもないのが」

「地震……」

 

 またも出てきた言葉に、ルイズは息を飲む。さらにキュルケは続けた。

 

「で、地震が収まったら消えてたわ」

「消えてた?何が?」

「何もかも。一杯いた兵隊達も、将軍も、父さまも。原っぱに、あたし一人残されてたのよ」

「何よ、それ?」

「知らないわよ。それで実家に帰るものマズイ気がしたから、学院に戻って来たの」

 

 キュルケは文字通りお手上げの態度。

 

「だけど、こっちもこっちで誰もいないんだもん。正直、途方に暮れたわ。でも、しばらくしたらタバサが来てくれたんで、一安心って訳」

「そう……」

「あ、そうそう。魔理沙達だけど、彼女達もいなかったわ」

「アジトの方じゃない?」

「そっちにも行ったの。けど、誰もいないのよ」

「それじゃぁ……どこに?」

 

 ここでタバサがポツリとつぶやく。

 

「この現象、たぶん例のクロコが絡んでる」

「でしょうね」

 

 ルイズもキュルケも小さくうなずいた。地震はクロコの術の事前現象。その可能性はかなり高い。だが一体何が起こったのかまでは分からない。記憶を消された人は、どの程度のいるのか。消えた人たちは、どこへ行ったのか。今までのように幻想郷に飛ばされたのか。

 

 キュルケがふと立ち上がった。

 

「考えたって答が出る訳じゃないわ。ちょっとアチコチ回って情報集めましょ」

「そうね」

 

 ルイズとタバサも賛成。

 だがその時、声が耳に入った。それは外で誰かが大声を上げているかのよう。何事かと思い、三人は窓を開け身を乗り出す。すると見えたのは、知っている顔。キュルケがおもむろに言う。

 

「あれ?彼女、女王の伝令によく来る親衛隊じゃない?えっと……」

「ミス・アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランよ」

 

 ルイズは答えた。すると相手も、彼女達に気付いたのか駆け寄って来た。ハッキリ見えてきたその姿は、確かにアニエスだった。銃士隊隊長は、息を切らせながら近くまで来る。

 

「良かった、いたのか。人っ子一人いないので、少々焦ったぞ」

「えっと、なんでしょうか?」

「ミス・ヴァリエール。急ぎ、王宮に登城してもらいたい。陛下がお呼びだ」

「……。分かりました。すぐに向かいます」

 

 ルイズ達には何となく察しがついていた。アンリエッタが何を聞きたいのかが。そしてルイズはキュルケ、タバサを伴って王宮へ向かった。

 

 王宮の執務室。そこに沈んだ表情の女王がいた。アンリエッタだ。何かを憂いているというよりは、混乱の極みにあって何を信じれば分からないという様子。彼女の脇にはアニエスが控え、対面にはルイズ達が座っていた。

 アンリエッタは弱々しい声で言う。

 

「アニエスお願いします」

「はい」

 

 アニエスはルイズ達へ向き直る。あらたまった表情で。

 

「なんと説明していいか困るのだが、異常事態が発生している。ともかく分かっている事について話そう」

 

 うなずくルイズ達。近衛兵長は始めた。

 

「ガリアとの戦争だが、なかった事になっている」

「どういう意味です?」

 

 ルイズが不思議そう言葉を返した。すると大きく息を漏らした後、話し出すアニエス。

 

「いつのまにかガリア軍が、全て国境から消え失せていたのだ」

「撤退したって事ですか?」

「そうではない。そもそも国境にガリア軍がいたという事自体が、なかった話になっている」

「は?」

 

 言葉の出ないルイズ。アニエスは続ける。

 

「しかも我が軍も、国境に配備された事実はないそうだ。つまりトリステイン、ガリア間にはなんの問題も発生してないという訳だ」

「……」

「さらも奇妙な出来事はこれだけではない。驚くべき事に、アルビオン王国モード朝がなくなってしまったのだ」

「え!?また反乱か何かが起こったんですか!?」

「違う。文字通り消え失せたのだ。今、アルビオンは我が国とゲルマニアに分割統治されているという話だ。しかもそれは神聖アルビオン帝国が滅んでから、ずっとだそうだ」

「そんな……」

 

 アニエスの言葉通りなら、アルビオン王国モード朝は最初からなかった事となる。もちろんルイズ達は、全て例のクロコとやらの仕業だろうと見当はついていた。だがそれにしても、規模が大きすぎる。桁外れだ。

 当たり前のようにあった世界が消え失せ、そっくり入れ替わってしまった。足元が突然無くなり暗闇に落ちていくような、なんとも言い難い不安が全員を包んでいた。

 

 

 

 

 

 床に放り出される人妖が四人。

 

「痛ってぇ」

 

 尻をさすりながら起き上がるのは、普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。そんな彼女を、少しばかり面白そうに見る魔女がいる。パチュリーだ。

 

「お帰りなさい」

「ん?パチュリー?なんでいるんだよ」

「ここは私の住処だもの。いるのは当然でしょ?」

「え?」

 

 辺りを見回す魔理沙。目に入ったのはそびえ立つ本棚だった。馴染の風景。紅魔館の大図書館だ。確かにパチュリーの住処ではある。

 ふと脇から、これまたよく知る声が耳に入る。アリスだ

 

「どうなってんのよ……。なんで私達ここに来ちゃったの?」

 

 アリスの方も尻を打ったのか、さすっている。さらに天子、衣玖の姿もあった。魔理沙はなんとなく察しがついた。どうも『火石』の爆発の直後に、こっちに飛ばされたらしいと。あの爆発が原因なのか、それとも他に原因があるのかまでは分からないが。

 

 気付くと人形遣いが、戸惑った様子で何かを指さしていた。

 

「何よ?あれ……」

「ん?」

 

 白黒は釣られるように、彼女の指す方を見る。目に映ったのは黒い球体。それが宙に浮いていた。滑らかな表面は黒い水で覆われているようで、黒いシャボン玉のようにも見える。だが不思議と重量感があるような気がする。禍々しさと奇妙な美しさが混在した、なんとも言い難いものがそこにあった。

 黒球の周りには本棚はない。その代わりという訳ではないが、いくつもの魔法陣が取り囲んでいた。さらに一番外側には紙垂のぶら下がった注連縄が囲っており、結界が張られている。しかも霊夢の姿もあった。何やら術を構築中。

 アリスも天子も衣玖も困惑気味。もちろんそれは魔理沙も同じ。彼女はポツリとつぶやく。

 

「何がどうなってんだよ……。だいたい、ありゃぁ何だ?」

 

 彼女の問に、七曜の魔女は淡々と答えた。

 

「あれは『ハルケギニア』よ」

 

 魔理沙達には、パチュリーの言葉の意味がよく分からなかった。

 

 

 

 

 


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