ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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黒子

 

 

 

 

 ゲルマニア、トリステイン国境。布陣していたゲルマニア軍が動き出していた。皇帝の命が下ったのだ。ガリアがトリステインと交戦を開始した。同盟国としてガリアを支援すると。

 司令官の号令の元、前進する北部ゲルマニア軍。まずは街道進み、クルデンホルフ公国へ向かう。クルデンホルフ公国は、形式上はトリステインに所属する。しかし密約を結んでおり、ゲルマニアに組する事となっていた。何事もなく素通りできる手筈になっている。ハズだった。

 だが国境を越えしばらく進むと、ゲルマニア軍は奇妙なものを目にした。足を止まる全軍。司令官が、副官に尋ねた。

 

「なんだあれは?一体何をしておるのだ?」

「はて……。祭のようにも見えますが」

「そんなものは、見れば分かる」

 

 司令官の言う通り。街道を埋め尽くすように出し物や、出店が出ており、人に溢れていた。まさしく祭の様相。やがてこの人の群の中から、一人、軍へ近づく姿があった。金髪ツインテールの少女。司令官の前に来ると、厳かに礼をする。

 

「これは、これはようこそいらっしゃました。聖ティンプナツの生誕祭へ」

「聖ティンプナツ?」

 

 首を傾げる司令官。聞いた事もない名前だ。それはそうだろう。そんな聖人などいないのだから。これはベアトリスが私財を全部使って作り出した、偽の祭典。ゲルマニア軍を足止めするための。

 

 ともかくゲルマニア軍にとっては、迷惑極まりない祭。露骨に不機嫌そうな司令官。

 

「聖ティンプナツだかなんだか知らんが、ただちに連中をどかせよ!だいたいなんだお前は、小娘」

「私、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフと申します」

「クルデンホルフ大公のご息女……」

「はい」

 

 堂々と答えるベアトリス。公国姫と知って、態度を改める司令官。

 

「あ~……。お父上から聞いておらんのですかな?」

「聞き及んでおります。しかしブリミル教徒として、聖人をないがしろする訳に参りません。そうですわ!皆さまも生誕を祝ってはいかがでしょうか!」

「何を言っておる!我々はこれから重要な任に……」

 

 司令官が言い終える前に、酒が振る舞われ始めた。余りの歓迎ぶりに、つい手を出してしまう兵も出てくる。軍は乱れ始めていた。

 このくだらない騒ぎのせいで、北方ゲルマニア軍はしばらく足止めを食らってしまうのだった。

 

 一方、南方のゲルマニア軍。ツェルプストー家。こちらにも進軍命令が出ていた。実はこちらがゲルマニアの主力。その先陣には、キュルケがいた。高台から全軍を見下ろしている。側には初陣となる彼女を補佐するために、副官がついていた。彼がキュルケに伝える。

 

「お嬢様。進軍の命が下りましたぞ」

「……そう」

「いよいよです。ここで戦果を上げれば、お父上のお嬢様への見方も変わるでしょう。存分にお力をお示しなさいませ」

 

 励ます副官の言葉に、キュルケは何の反応もしない。軍の方へ顔を向けたまま。すると、ふと思い出したように言い出す。

 

「そう言えば、あたし、軍隊指揮するの初めてなのよね」

「左様ですな。ですが些事は私にお任せください。お嬢様は、大局を俯瞰し指示を出していただければいいのです」

「そうはいかないわ。これでも武門の家、ツェルプストー家の者なのよ」

「存じております。ですから……」

 

 副官の言葉を無視し、キュルケは声を張り上げていた。

 

「全軍!ただちに方陣!」

 

 動揺する声があちこちから上がる。何故なら方陣とは防御の陣形だ。これから進軍しようというのに、何故防御陣形を取るのか。ともかく主家のお嬢様も命令なので、訳も分からず陣形を変える全軍。

 しばらくして陣が整うと、すぐにキュルケは次の命令を出す。

 

「全軍!二列横隊!」

 

 またもざわめく全軍。意味が分からない。これまた進軍する陣形ではない。やはり渋々命令に従う全軍。側にいた副官が慌ててふためく。

 

「一体何をされているのですか!?」

「兵隊の動きを感じたいのよ。肌でね。それくらいじゃないと、軍隊なんて自在に動かせないわ」

「ですが今はそのような時では……」

「ここの指揮官は誰?あたしよ!」

 

 突然、怒鳴り散らすキュルケ。あまりの剣幕に、副官は黙り込んでしまう。

 それから軍事訓練のような、奇妙な動きが繰り返された。しかもここは最前線で、進軍命令も出ているというのに。ともかくゲルマニア軍主力の先陣、ツェルプストー家が全く前進しないので、後続も動く事ができなかった。

 

 

 

 

 

 ガリア軍迫る国境から遥か奥地のトリステイン魔法学院。そこでは別の戦いが始まっていた。ある意味、トリステイン王国を左右する戦いが。

 

 突如現れたエルフと特殊ゴーレムの前に、教官と生徒達は一時校舎内奥へと退避。だがこのエルフの正体はシェフィールドだった。さらにガリア王ジョゼフまでもが現れた。彼らの目的は、『火石』により学院ごと幻想郷への転送陣を吹き飛ばす事。その前に立ちふさがったのがルイズ。そして突然乱入してきたダゴンとデルフリンガーだった。

 

 ルイズとデルフリンガー達は、一旦、ジョゼフ達と距離を離す。ダゴンとデルフリンガーが前に、その後にルイズという位置を取った。そしてすぐさま、ルイズは詠唱を始める。『エクスプロージョン』で『火石』を消し去るために。

 

 ジョゼフ、すぐに彼女達の狙いに気付く。

 

「なんとも面白味のない手を考えたものだ。最初の光の弾といい、先ほどの体術といい、お前は多芸なのではなかったのか?だと言うのに、メイジらしく魔法に頼るとは。では、もう楽しみはここまでだな。ミューズ。やるぞ」

「御意」

 

 突然走り出した『ヨルムンガント』。地響きを立て、ルイズ達に迫る。それはゴーレムである事を忘れさせるほど、素早い動き。

 巨人は腰に差した剣を抜き、剣の腹で地面を薙いだ。まるで部屋の埃を履くように。だがルイズ達にとっては、山崩れが迫ってきているかのごとく。デルフリンガーが舌を打つ。

 

「チッ!」

 

 ルイズを抱えると、真上にジャンプ。彼の足元を巨大な剣が通り過ぎる。ギリギリ回避成功。ただ抱きかかえられた少女はこんな状況でも、一心不乱に詠唱を続けていた。もはや腹を括っているルイズ。

 とりあえず安堵のデルフリンガー。その時、背後から声がした。

 

「陸の上の魚にしては、素早いな」

 

 ダゴンの胸から剣が飛び出す。ジョゼフの剣が、悪魔の体を貫く。

 

「クソッ!」

 

 すかさず前に跳ね、剣を抜くダゴン。そのまま振り返る。だがジョゼフの姿は、影も形もなかった。『テレポート』で瞬時に移動していた。

 刺された場所は胸の中央。人間なら即死だ。しかし悪魔に苦しんでいる様子はない。傷もあっという間に塞がった。ガリア王は、その様子を楽しげに眺める。

 

「ほう、あの傷で死なんとは。さすがは本物の悪魔だ」

「串刺しにしても焼いても死なないぜ。ミンチにでもするかい?」

「ではそうしよう」

 

 彼女達を巨大な影が覆う。ルイズとデルフリンガーが見上げた先、ヨルムンガントの拳が下りてきていた。悪魔はルイズを放り投げる。

 拳が地につく。土煙を舞い上げる。

 

「デルフリンガー!」

 

 宙へと放り出されつつも叫ぶルイズ。拳は正確にダゴンを狙っていた。彼の咄嗟の判断のおかげで彼女は無傷だが、残されたダゴンとデルフリンガーは大丈夫なのか。しかし、そんな彼女の不安を他所に、土煙の中から軽い口調が出てくる。

 

「あんなもん当たるかよ。いいから、呪文続けろ!」

「え、あ、うん!」

 

 強くうなずくルイズ。その声はどこか嬉しげ。

 

 ガンダールヴは武器を使いこなすだけではなく、身体能力も上がる。水魔のダゴンでも、地上でかなり素早い動きができた。ヨルムンガントが速いと言っても、あくまでゴーレムとしてだ。ダゴンにとってかわすのは、苦ではない。

 しかし、ジョゼフ達は止まらない。離れてしまった二人を襲う。ジョゼフがルイズを、シェフィールドがダゴンとデルフリンガーを。常にルイズの死角へ出現するジョゼフ。なんとか彼女を守ろうとするダゴンを、シェフィールドが叩き潰そうとする。

 しばらくして、二人は壁際へと追い詰められていた。

 

 ダゴンはルイズを背に、ジョゼフ達へとデルフリンガーを構える。インテリジェンスソードは少し焦り気味に、ルイズに聞いてきた。

 

「呪文は?」

「終わってないわ。しつこいもんだから、途切れ途切れになっちゃって」

「なら、まだまだ踏ん張らねぇと……。あ!そっか!」

「何よ」

「いい手があるぜ」

 

 不敵に答えるデルフリンガー。空を見ながら。

 

 一方のジョゼフ達。優位に戦ってはいるが、決めきれない。しかも時間が経つほど、彼らの方が不利になる。ルイズの詠唱は、確実に刻まれているのだから。ガリア王の顔つきが厳しくなる。

 

「そろそろ終わりにするぞ」

「はい」

 

 シェフィールドがうなずくと同時に、二人は動きだした。しかし、攻撃を見事に避けるルイズ達。そして避けた先は……空中だった。晴れ渡った空から、デルフリンガーの勝ち誇った声が響く。

 

「あんたら飛べなかったよな。ここなら手出しできねぇだろ?」

 

 50メイル程上空にいる虚無の担い手と使い魔。ダゴンはルイズを抱え飛んだのだ。この悪魔は幻想郷の人妖ほど巧みではないが、飛ぶ事ができる。対するジョゼフ達は、飛べず、飛び道具もない。いくらヨルムンガントが大きいと言っても、20メイル。ジャンプしてもかすりもしない高さだ。

 

 安全地帯で余裕を見せるルイズ達。シェフィールドが歯ぎしりをしながら睨みつける。だがジョゼフの方は、何故か呆れていた。

 

「バカな連中だ」

 

 短い詠唱の後、杖を軽く振う。

 

 空で爆発が起こった。『エクスプロージョン』のものが。だがそれは小さな爆発。せいぜいネズミに怪我させるのが、精いっぱいの爆発。しかし、ルイズ達には致命傷だった。

 

「あ……!」

「な……!」

 

 折れていた。ルイズの杖が。

 系統魔法も虚無の魔法も、杖がなければ発動しない。ジョゼフは、ルイズ達が動きを止めた隙を逃さなかった。彼の『エクスプロージョン』はルイズのものに遠く及ばないが、杖を折る程度なら造作もない。

 

 茫然と身を固め、棒きれとなった杖を見つめるルイズとデルフリンガー。最大で最後の決め手がなくなった。『エクスプロージョン』を唱えることが。もはやジョゼフ達の思惑を止める術がない。

 その時、背後に気配。

 

「!?」

「胸を貫かれても死なぬなら、これはどうだ!」

 

 またもジョゼフ。しかも空中への瞬間移動。彼はすかさず、剣を振り下ろす。今度は悪魔の頭頂部へと。重力に任せ、剣は尾の先へと到達する。文字通り真っ二つ、二枚に下ろされるダゴン。青髭の偉丈夫は薄笑いを浮かべ、フッと消えた。

 

 ダゴンはこんな状態でも生きている。さすがは悪魔。しかし生きてはいるが、大きくバランスを崩した。そしてルイズを放してしまった。

 

「しまった!」

「えっ!?」

 

 空を飛んでいた二人。放り出されたルイズは、大地へと落下。しかし慌てない虚無の少女。何故なら空を飛ぶなど、今の彼女には日常と言ってもいいのだから。杖を強く握りしめ、浮こうとする。

 だが、何故か飛べない。落ちる。

 

「えっ!?なんで!?」

 

 ルイズは気付いた。杖が折れていたのだと。今までルイズが自在に飛べていたのは、リリカルステッキのおかげだ。この杖が虚無の力を変換し、弾幕を撃ったり空を飛べる力を与えていたのだ。今の彼女は、ただの無力な少女にすぎなかった。急に血の気が引いていく。

 

「ちょ、ちょっと、待ってよ!」

 

 精いっぱい手を伸ばすルイズ。だがその先にいるダゴンは、体を再生している最中。動くことすらできない。もはや全ては終わりか。

 

 落ちるルイズの下では、ジョゼフが待ち構えていた。余裕の笑みを浮かべ。

 

「全く、手間をかけさせよって」

 

 これで策は完遂される。ジョゼフもシェフィールドもそう確信していた。

 

 だが……不意に消えた。ルイズが。いや、正確には何かにかすめ取られた。そう見えた。確かに、高速の何かが通り過ぎた。二人の前を。

 

「何!?」

 

 唖然としたまま身動きできない二人。その何かを目で追う。それはロケットのように天高く上がっていく。やがて反転し止まるそれ。ジョゼフとシェフィールドの目に映ったのは、箒に乗っている黒い大きな帽子を被った少女だった。

 

「ヤバかったな」

 

 普通の魔法使い、霧雨魔理沙。ルイズが見上げた先に、馴染の顔があった。

 

「魔理沙……」

「ちょっと、後ろ乗ってくれ。邪魔なんだよ」

「え?あ?うん……。その……ありがとう。助かったわ。魔理沙……来てくれたんだ……」

「来たの私だけじゃないぜ」

「え?」

 

 ちびっこピンクブロンドはふと辺りを見回した。いつもの顔ぶれが目に入る。アリスに天子に衣玖。思わず顔を綻ばせるルイズ。だがふと、大きな心配事が脳裏を過る。慌てて振り返る。

 

「そうだ!ガリア軍は?みんなここに来て大丈夫なの!?」

「もちろん、仕事はこなしたぜ」

 

 白黒の自信ありげな表情がそこにあった。ルイズが何度も見た顔が。

 

 

 

 ラ・ロシェール近郊。ガリア、トリステイン国境。両用艦隊とトリステイン艦隊が会戦しようとしていた現場。そこに季節外れどころか、ハルケギニアではまず見ない嵐が現れていた。台風が。天子の仕業だ。

 すさまじい暴風雨が、ふたつの艦隊を濁流に押し流される木の葉のように、引っ掻き回す。帆は破れ、艦によってはマストも折れ、とても戦争どころではない。両艦隊はこの嵐から逃げ出すだけで精一杯だった。

 

 トリステイン南部。ガリア本陣に担架が並んでいた。寝ていたのは総司令官も含む将軍たち。晴れた空に突然の落雷が落ちたのだ。それがどういう訳か、ピンポントで将軍達を直撃。指揮官不在となったガリア軍は前進できなくなり、留まる他なかった。衣玖の仕事である。

 

 トリステイン東部。ヴァリエール家が配属された国境。そこでヴァリエール公爵とカリーヌは呆気に取られていた。目の前の現状に。実は前進し始めたガリア軍を極太な閃光が襲い、一気に薙いでしまったのだ。得体のしれない攻撃で、出鼻をくじかれたガリア軍は後退。彼らはこれを虚無の魔法と勘違い。そのまま戦線はにらみ合いに戻る。一方、カリーヌ達は魔理沙の仕業と分かっていた。感謝しつつも、なんとも収まりの悪いものがあるのを否定できなかった。

 

 ゲルマニア軍の足も止まっている現在。トリステインは一瞬の空白が生まれたかのように、戦の気配が消えていた。ここ、トリステイン魔法学院を除いて。

 

 

 

 ルイズの側に他のメンツ、アリス、天子、衣玖が寄ってきた。さっそく人形遣いが話を始める。

 

「戦争が始まっちゃったから、ガリア王が学院に来るって話も、もしかしたらと思ってね。もしそうなら、こっちでケリ付けた方が、手間がかからないと思ったのよ」

「手間がかからないって……。あんた達らしいわ」

 

 トリステイン存亡を決めるかもしれないこの場で、ルイズ、少々呆れ、笑いが自然と零れてくる。ここに来た理由が、学院が心配になったからではなく、手間がかからないからとは。この連中といると、決戦と言える戦いもいつものバカ騒ぎのような気になる。

 ルイズの様子に、アリスも少しばかり表情を緩めていた。だが、すぐに引き締め直す。

 

「戦争は止まってるけど、長くは持たないわ。さっさとケリをつけましょ」

「うん!」

 

 強くうなずいたルイズ。そこにまた近づく影。ダゴンとデルフリンガーだ。ようやく再生が終わったらしい。

 

「やる前に、忠告だ」

「お前、来てたのかよ」

 

 魔理沙が不機嫌そうな返事が出てくる。するとダゴンは宥めるように手を広げた。デルフリンガーも抑えた口ぶり。

 

「そうイライラすんな。今は一応味方だぜ。でだ、あいつらだがな……」

 

 インテリジェンスソードはジョゼフとシェフィールドについて話し出す。シェフィールドがエルフに化けている事、ヨルムンガントが反射の魔法の鎧を身に着けている事。永琳の薬を飲んでいる事。そして火石。一通りの話を聞いた魔理沙達は、少々難しい顔つき。

 

「永琳の薬に火石だ?厄介なもん持ってきやがって。って言うか、警告した時に何で言わなかったんだよ」

「後で分かったんだよ。お前ら、俺達を捕まえようとしてたろ?気軽に会えねぇじゃねぇか」

「なんかあったろ」

 

 納得しながらも文句を止めない白黒。力を合わせて戦おうというのに、つまらないゴタゴタを始める二人。ルイズはうんざりして一言いおうしたが、不意に天子が口を開いた。緊張感のない態度で。

 

「簡単じゃないの。要はガリアの王とかいうのを、ふん縛っちゃえばいいだけでしょ」

「…………。そりゃぁ、そうなんだが」

 

 デルフリンガー絶句気味。あまりにストレートな答に。最終目的を果たせば、全て解決という訳だ。当たり前だが。衣玖も淡々と同意。

 

「総領娘様の言われる通りですね。では、さっさと始末を付けてしまいましょう」

「そうね。この騒ぎも終わりにしましょ」

 

 アリスもうなずいた。魔理沙もすぐに気持ちを切り替える。そしてルイズを指さした。

 

「アリス、ルイズ頼むぜ。デルフリンガーもな。一応、使い魔なんだろ?」

「まあな」

「んじゃ、行くぜ」

 

 魔理沙はルイズをアリス達に預け、軽く出発の挨拶。すると魔法使いは箒を握り直し、ジョゼフ達へとすっ飛んで行った。

 

 人妖達の初手は衣玖から。

 響く、轟音。上空に停止したまま雷撃を放つ。ターゲットはもちろんジョゼフ。瞬間移動ができる彼でも、避けられるものではない。しかし直撃せず。彼の上には、ヨルムンガントの腕が伸びていた。衣玖の能力を知っているシェフィールドが察し、動いたのだ。

 雷撃は『カウンター』の魔法で反転。衣玖に直撃するが、全く効果なし。雷の申し子でもある竜宮の使いには、むしろご褒美。

 

 なんとか攻撃をかわしたジョゼフ。だが、彼を狙う別の影。魔理沙が超低空飛行で接近。

 

「もらった!恋符『マスタースパーク』!」

 

 八卦炉から極太レーザー発射。

 しかしジョゼフ。近づいて来る魔理沙を、先に発見。瞬間移動し、マスタースパークをかわす。しかも彼女の背後へ現れた。だが、高速で飛び回っている白黒。ガリア王が剣を向けた時には、もう届かない場所にいた。

 

「おのれ」

「おのれはいいから」

 

 突然、脇から声が聞こえた。振り向いた先にいたのは非想非非想天の娘。ジョゼフは咄嗟に、剣を振るう。強化された能力一杯の力で。

 だが剣は、あっさりと天子に防がれた。いや、素手で掴まれていた。そして握りつぶす。ぐにゃりとひしゃげる剣。

 

「なっ!」

 

 シェフィールドから話は聞いていたが、それでも驚きは隠せない。これが天使かと。これで止まる訳ない天子。拳を振り下ろす。

 地面が弾け飛ぶ。直撃すれば、並の人間なら風穴があくほどの膂力。だがジョゼフは咄嗟に瞬間移動し、ヨルムンガントの影に隠れた。

 

「陛下に手出しはさせない!」

 

 シェフィールドは怒りの形相で叫ぶ。ヨルムンガントで、天子を蹴り飛ばした。

 大砲から打ち出されたかのようにすっ飛び、壁へ直撃。確かに手ごたえはあった。だが、慎重に見極めようとするミョズニトニルン。

 

「やったか?」

「こっちでふっ飛ばされたの初めてだわ。なかなかやるじゃないの」

 

 舞い上がる土埃の中から、姿を現す天人。明らかにノーダーメージ。憎らしい程の余裕を感じる。十分わかっているハズだが、あらためて異界の存在なのだと噛みしめるシェフィールド。

 

「化物め……」

 

 突如、シェフィールドの背後で轟音。振り返ると、ジョゼフが膝をついていた。

 

「陛下!」

 

 衣玖の雷撃が直撃。慌てて、主の守りへと入る使い魔。ジョゼフは苦しそうにしているが、大きな怪我はないようだ。永琳の薬のおかげか。使い魔は胸を撫で下ろすと同時に、攻撃した相手を強く睨みつける。もっとも当の衣玖の方は、意に介さず。厄介そうに唸るだけ。

 

「これで意識があるとは。なかなか加減が難しいですね」

 

 ジョゼフを捕まえるには気絶させるのが一番。つまりは殺さず生かさずの状態。しかし普通の人間とは違い、彼は強化されているため力の調整が必要。その程度が分からなかった。

 再び魔理沙が、ジョゼフに急接近。

 

「何度も試せばいいだけだぜ!」

「させるか!」

 

 ヨルムンガントの巨大な腕が、箒の魔法使いに向かっていく。しかし、あざ笑うような魔理沙の動き。腕を舐めるように避けていく。

 

「こんなもん当たるかよ!芸がなさすぎだぜ!」

「くっ!」

 

 避ける事に関しては、ハルケギニアでは並ぶ者のない幻想郷の人妖達。力はあるが動きが単調なヨルムンガントでは、捕らえるのはかなり厳しい。

 魔理沙はジョゼフに迫る。彼はまたも瞬間移動。だが今度は魔理沙の背後ではない。真正面だった。突撃してくる魔理沙へ、体当たりを狙う。強化された体にものを言わせた、強引な手。

 

「鬱陶しいハエめ!」

 

 だが白黒。これを読んでいた。

 

「ビンゴだぜ!魔空『アステロイドベルト』!」

 

 スペルカード発動。

 魔理沙の周囲に星形弾幕が一斉に発生。至近距離にいたジョゼフを、弾幕の群が襲う。それはクレイモア地雷を、至近距離で受けたかのよう。

 

「ぐおっ!」

 

 ガリア王は『テレポート』を使う余裕もなく、落ちていく。

 ジョゼフの瞬間移動は脅威の能力だが、一つ問題があった。彼自身は、接近しないと攻撃ができないのだ。だが幻想郷の人妖が使う弾幕は、系統魔法などと違い、周囲360度に一斉に発生させられる。至近距離ではかわす隙間もない。

 

「陛下!」

 

 落ちる主を、使い魔が助けなんとか地面への直撃は避けた。しかし、ダメージは少なくない。いくら強化された体と言っても。

 

 ジョゼフを支え、シェフィールドは飛び回るヨーカイ達は睨みつける。しかし、ハエのごとくに飛び回る連中の前では、自慢のヨルムンガントも木偶の坊。エルフですら圧倒された能力、数も相手の方が多い。明らかに分が悪い。焦りが湧き上る。退却するしかないのか。そんな考えすらも浮かんでいた。

 

 一方、ガリアの虚無の担い手は使い魔に支えられながら、じっと空を見上げていた。彼はまだあきらめていない。こんな状況下でも。何事もどこか身の入っていない王に、執念のようなものがあった。この先に、弟シャルルへと繋がる道が開けるからだろうか。

 ルイズを凝視するジョゼフ。彼女はダゴンに抱えられ、その周りにはアリスと人形たちが槍襖のように立ちふさがっている。はやり周囲には入り込むような隙間はない。『テレポート』を使っても、彼女を捕らえるのは無理だ。さらに弾幕が放たれる可能性を考えるとなおさらだ。

 青髭の偉丈夫の口元が、不機嫌そうに歪む。

 

「ミューズ。忌々しいが、賭けに出るぞ」

「……分かりました」

 

 うなずく使い魔。

 主従はわずかな言葉を交わした後、シェフィールドが何故かジョゼフに抱き着いた。そして二人はヨルムンガントの肩に飛び乗る。

 それを見た魔理沙は急旋回。ヨルムンガントの肩にポツンと立つ二人は、まるで射的の的のごとく。白黒は照準を定める。

 

「狙ってくれってか?」

 

 口の端を吊り上げ、八卦炉を構えた。同じく衣玖も、雷撃発射準備に入る。

 

「もう一発!恋符『マスタースパーク』!」

「雷符『エレキテルの龍宮』」

 

 極太レーザーと多重雷撃の合わせ技が炸裂。

 だが……攻撃は当たらなかった。消えていた。的が。突然。しかも二人だけではない。ヨルムンガントごと。一瞬、逃げたかと思う彼女達。しかし、そんな彼女達の視界に黒いものが入る。影が。上を見上げる一同。

 

 ヨルムンガントが飛んでいた。いや、落ちてきていた。ジョゼフは『テレポート』で、巨大ゴーレムごと移動したのだ。その行先は、ルイズ達の直上。しかもわずか2、3メイル上。

 

 真上を見上げ、目を一杯に開くルイズ達。青い顔で。

 

「ちょ!?」

「何考えて……」

「おい!」

 

 気づいたときには遅かった。避ける余裕などない。アリスとダゴンは落ちてくるヨルムンガントを、なんとか止めようとする。アリスの人形たちが槍を突き立て、ダゴンはデルフリンガーでゴーレムを押し上げようとする。

 だが通用せず。『カウンター』の魔法がかかっている鎧は、全てを反射した。落ちるヨルムンガントを防ぐ手立てはない。そして同時に、ルイズを守っていた妖怪と悪魔が、彼女から離れてしまっていた。

 

「かかった!」

 

 ジョゼフは思わず口に出す。これが彼の狙い。全ては、ルイズからヨーカイと悪魔を切り離すために。後は、『テレポート』でルイズの側まで飛び、彼女の手を掴めば決着はつく。

 

「ミューズ。離すなよ。連続で飛ぶぞ」

「はい!」

 

 シェフィールドは歓喜の声で答える。勝利が間近な事、そして何よりも、主と共にある事に。

 だが……。

 

「ぐふっ!」

「がっ!」

 

 ジョゼフとシェフィールドの口から飛び出したのは、勝利の凱歌ではなく嗚咽。腹部に強烈な痛みが走る。スレッジハンマーで殴られたかのような。実際そうだった。二人を巨大な柱が突き上げていた。もし永琳の薬を飲んでいなければ、そのままミンチになっていただろう。

 しかもそれだけではない。落ちていたヨルムンガントが宙で止まっていた。止められていた。こちらも巨大な柱によって。

 一方、落ちていたルイズは抱き留められていた。使い魔に。

 

「全く、役に立たないんだから。魚モドキは。あんなんじゃ、使い魔とか言えないでしょ」

「天子……」

 

 ルイズを助けたのは、もう一人の使い魔、比那名居天子。天子の自慢げな顔がある。癪に障るが、ルイズは一応礼。

 

「あ、ありがとう。その……珍しく、使い魔らしい事したわね」

「ま、やる気になれば、こんなもんよ。やっぱり天人様と悪魔じゃ、格が違うからねー」

「あんたってヤツは、全く……」

 

 苦笑いのルイズ。使い魔の立場を嫌がっていたくせに、こんな所でダゴンに対抗心を出すとは。

 

 ルイズと天子は地面の上に下りると、上を見上げる。巨大な数本の柱がヨルムンガントを支え、ジョゼフとシェフィールドはその内の一本で、ヨルムンガントに押し付けられていた。全く動かない所を見ると、どうも二人は気絶したらしい。この柱、天子のスペルカード、乾坤『荒々しくも母なる大地よ』だ。

 ルイズがふと尋ねてきた。

 

「あの柱、跳ね返されてないけど、"反射"の魔法効かない術なの?」

「さあ?なんでかな?」

 

 肩をすくめる天子。よく分からないで能力を使ったのかと、呆れる主。代わりに答えたのはデルフリンガー。

 

「さすがの『カウンター』の魔法も、大地は跳ね返せねぇのさ。この柱は地面から生えてるからな」

「なるほどね」

「それはそうと、連中が目覚ます前に方付けちまおうぜ」

「うん」

 

 強くうなずくと同時に、ルイズは確信を持った。全て終わったと。これで学院もトリステインも救われると。ここにいる皆のおかげだ。自分を散々騙したデルフリンガーにすら、感謝の気持ちで一杯だった。

 

 だが、ジョゼフは意識を戻していた。わずかに開いた瞼から見えるのは、身動き一つしないヨルムンガントと気絶したままのシェフィールド。地面にいるヨーカイ達。しかも連中は、最後の仕上げに入ろうとしていた。

 このままでは何もかもが終わりだ。だが分かってはいても、彼にもはやこれ以上の戦闘は不可能だった。身体が思うように動かない。5倍の能力を持った体が。それほどの衝撃を受けていた。

 ガリアの虚無の担い手はポツリと言う。

 

「やむを得ん……」

 

 杖を残った力で強く握る。そして詠唱を開始。やがて辛うじて動く手で杖を振った。最後の切り札を発動させるために。

 

 光が現れた。

 

 目を潰さんばかりの強烈な光が。ヨルムンガントから。

 

 『火石』。

 

 それが秘めた力を解放した。

 

 「え!?」

 

 見上げるルイズの目に映るのは、すさまじい勢いで大きくなる光。全てを破壊する光。彼女の頭にある全てが走り出す。

 

(いけない!)

(いけない!)

(いけない!)

(みんな死んじゃう!)

(みんなを守らないと!)

 

 迫る光球を前に、虚無の担い手は何故か手に力を込めていた。折れた杖を持ったままの右手に。

 

「!」

 

 脳裏に一つの光が灯る。それに気づいた。杖は折れていないと。リリカルステッキは、元々ルイズの杖を内蔵して使うものだ。折れたのはリリカルステッキだけで、杖そのものではない。つまり魔法はまだ使える。そして思いつく。『エクスプロージョン』をぶつけ、『火石』の爆発を消滅させられないかと。詠唱は完全ではないが途中までは終わっている。虚無の魔法が使えない訳ではない。十分かどうかは分からないが、今はそれに賭けるしかない。

 ルイズは掛け声と共に杖を振った。

 

「エクスプロージョン!」

 

 トリステイン魔法学院に、巨大な二つの光の球が現れた。二つの球はやがて一つとなり、学院を全て包み込んだ。

 

 

 

 

 

 学院から離れた林の中に、二人の人物の姿があった。ジョゼフとシェフィールドだ。火石を破裂させた直後に、『テレポート』で瞬間移動したのだった。ジョゼフは学院の方をじっと見つめる。手ごたえはあったが、確認まではしていない。戻って確かめようにも、万が一に失敗していた場合、戦う術がない。

 するとシェフィールドが意識を取り戻す。

 

「陛下……。ここは……?戦いはどうなったのです?」

「火石を使った。他に手がなかったのでな」

「……そうですか」

「一旦、戻るぞ。後の事はそれからだ」

「はい……」

 

 やがて二人は、この場から姿を消す。『テレポート』を使い。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ルイズはふと目を覚ました。気づくと、やけに固いものの上に寝ている。どうも木の床らしい。そしてかすかに匂う水の香り。耳に入る水の音。

 やけに体が重い。突き落とされたような感覚が体中にある。だがなんとか身を起こす。四つん這いで見下ろした先に床がある。ただ変だ。木の床には違いないが、継ぎ目に隙間が全くない。しかも大理石かのように、表面がすべすべしている。一方で木の香りはしない。こんな床は見たことがない。王宮ですら。得体のしれない居心地の悪さに襲われる。

 だがそんな事よりも、だいたい何故こんな所に寝ていたのか。『火石』の爆発はどうなったのか。学院は天子達はどうなったのか。何も出てこない。覚えていない。

 ルイズは困惑したまま、ゆっくりと立ち上がる。そして辺りを見回した。

 

「何これ……?」

 

 目に入ったのはいくつもの水槽。さっき水の音はこれかと理解する。さらに視線を流すルイズ。どうもここは部屋らしいが、何かおかしい。見たこともないものがいくつもある。だがそれ以前に、ここから感じる雰囲気。それが違う。決定的に。平民の家とも、貴族の家とも、寺院とも、そして幻想郷のものとも。

 

「どこよ……ここ……?」

 

 茫然と立ち尽くし、ただただ部屋中を眺めていく。するとふと気づいた。一つの椅子に。そこに誰かが背を向け座っている事に。ルイズはためらいつつも、話しかけようとした。だが先に声が届いた。座っている主から。

 

「ごめん。ダメかもしれねぇ。けど最後やってみるよ。もしかしたら……」

「えっ!?あんた……!」

 

 その言葉がルイズの口先から出ようとしていた。だが何故か、それが出てくる事はなかった。

 

 

 

 

 

 穴が空いていた。学び舎があった場所に。トリステイン魔法学院と呼ばれていたそれがあった場所に。今は全ては消え失せていた。その痕跡は欠片も残っていない。あるのは穴だけだった。

 だがその穴は奇妙だった。地面をえぐったような穴ではなく、床が抜けたような穴だった。あえて言えば、二階の床に穴が空き、一階が見えている。そんな穴だった。だが一階に見えていたものは、それ以上に奇妙だった。全長数百メイルはあろうかという水槽が、いくつもあったのだ。

 そんななんとも言い難い光景を、空から見下ろしている姿が一つ。悪魔とインテリジェンスソード、ダゴンとデルフリンガーだ。

 

「おいおいちょっと待てよ……。どうすんだよこれ……。マズイだろ」

 

 彼の声には、見えているものへの違和感が微塵もない。むしろあるのは、見えてしまっている事への動揺。インテリジェンスソードは、明らかに戸惑っていた。

 

「あら。こっちから向こうは、こんなふうに見えるのね」

 

 不意に声がした、デルフリンガー達の後から。弾けるように振り返るダゴン。そこにあったのは見知った顔。

 

「久しぶりね。デルフリンガー」

「……。パチュリー・ノーレッジ……」

 

 七曜の魔女。パチュリーがそこいた。相変わらずの眠そうな表情で。ただその瞳は、好奇心に輝いていたが。彼女は探るように穴を覗き込む。

 デルフリンガーは無理に吐き出すように、問いかけた。

 

「お前……どうやって……。転送陣はなくなったハズじゃぁ……」

「必要ないわよ。もう自由にここと幻想郷行き来できるわ」

「なんだって?」

「つまり、ハルケギニアがどこだか分かったって事よ」

「……」

 

 言葉を返せないデルフリンガー。パチュリーは向き直ると、インテリジェンスソードに構わず話を進める。

 

「さてと、頼みがあるのよ」

「……なんだよ」

「紹介して欲しい相手がいるの」

「……」

「あなたの相方、黒子……。いえ、もうこの呼び方しなくてもいいわね」

「……」

 

 デルフリンガーの脳裏に、最悪の予感が湧き上がってきた。そして魔女はそれを言葉にする。

 

「平賀才人。あなたの相棒に会わせてもらえないかしら」

 

 パチュリーは変わらぬ淡々とした口調で、そう言った。

 

 

 

 


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