ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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虚無条約

 

 

 

 

 シェフィールドが帰った翌日の放課後。ルイズは幻想郷組の寮にいた。目の前には三魔女がいる。彼女達を前に、ちびっこピンクブロンドは必死に訴えかけていた。デルフリンガーに騙されて召喚してしまった得体のしれない化物について。本来なら昨日話す予定だったのだが、タバサの騒ぎのおかげですっかり忘れていたのだった。

 自分が描いた絵について、言葉を交えながら身振り手振りで説明するルイズ。

 

「……だから、魚に手が生えたようなヤツよ!」

「それはもう聞いたぜ。けどなぁ。なんだよそれ?」

「分かんないから聞きに来たのよ」

「妖魔じゃないのか?」

「違うわ。あんな不気味なの、知らないもん。本でも読んだ事ないし。妖怪で心辺りない?」

「人魚……。いや、さすがにグロすぎるか……。やっぱ、知らないぜ」

 

 魔理沙は、ルイズの描いた下手くそな絵を眺めながら答える。同じく、渋い顔のパチュリーとアリス。ルイズの説明は要領を得ず、抽象的なので理解しかねていた。だいたいルイズ自身が、見た物をよく把握できていない。召喚したのは寝る直前だった上、召喚後すぐに飛び去ってしまったため、ハッキリと覚えていないのだった。

 あれやこれやと、思いつきを次々と口にする一同。その時、ノックの音がドアから届いた。同時に声も。

 

「失礼します。シュヴルーズです。ミス・ヴァリエールはこちらですか?」

「え?はい」

「学院長がお呼びです。お急ぎでしたよ」

「学院長が?はい!分かりました!」

 

 すぐに席を立つルイズ。そこに魔理沙が楽しそうに茶々を一つ。

 

「また、天子が何かしでかしたのか?」

「最近は悪さしてないわよ」

「ま、とにかく行ってこいよ。その化物は、こっちでも考えてみるぜ」

「うん。お願いするわ」

 

 ルイズは一言残すと。すぐに部屋を出た。

 

 その後彼女は、学院長室で想像と違うものを告げられる。王宮からの呼び出しがあり、ただちに登城せよとの事だった。

 

 

 

 

 

 女王の執務室。ルイズ前に、国家の主と宰相、そして近衛兵がいた。アンリエッタとマザリーニ、アニエスだ。ルイズは長机の端に座り、彼らと対面している。儀礼的な挨拶の後、まずマザリーニが口を開いた。

 

「ミス・ヴァリエール。この度、陛下がロマリアへ訪問される事となった。そこで陛下に同行してもらいたいのだ」

「私がですか?何故でしょうか?」

 

 率直な疑問を口にするルイズ。公的にはただの学生である彼女。いくらアンリエッタの幼馴染だからと言って、外交訪問に同行するというのは奇妙だ。彼女の問に枢機卿は答える。

 

「ふむ……。では、最初から話をしよう。実はロマリアから条約締結の話があったのだ。しかもそれは、トリステイン、ロマリア間だけの話ではない。トリステイン、アルビオン、ガリア、ゲルマニア、そしてロマリアとの間で条約調印を目指すものなのだよ」

「ほとんどハルケギニア全部じゃないですか!」

「左様。つまりはハルケギニアに平和をもたらす、画期的な条約となるであろう」

 

 それからマザリーニの説明が続く。タバサとアルブレヒト三世の婚約を切っ掛けに、最近ゲルマニアがガリアと同盟を結んだ。トリステインとゲルマニアはすでに同盟済。アルビオンはトリステイン、ガリアと友好条約を結んでいる。ロマリアはもちろん各国の宗教的中心。これらによりハルケギニア主要国は、間接的ながら全てが繋がった事となる。これを機に、ハルケギニア全土に渡る同盟を結ぼうという話がロマリアから出たという訳だ。

 

 やがてアンリエッタが声をかけた。

 

「こんな外交行事に、あなたが同行するのはおかしいと思うのは分かります。実は宗教庁から、ルイズを帯同するようにと要請があったのです」

「え?私を名指しでですか?」

「はい。わたくしも不思議に思ったのですが、宗教庁の要請では受け入れる他ありません。あなたには手間を取らせて申し訳ないけど」

「いえ……そんな。別にかまいません。分かりました。同行させていただきます」

 

 ルイズは毅然と胸を張って女王の依頼を受ける。しかし、同時に別のものが脳裏を過っていた。シェフィールドの言葉が。ミョズニトニルンはこう言っていた。聖戦をロマリアが考えており、いずれルイズにも声がかかると。それが今回の話だと察する。ただアンリエッタがルイズの呼ばれた理由を分かっていない所を見ると、どうも聖戦については知らないようだ。

 だがこれから外交交渉に行くというのに、相手の真意を知らないのは不味い。どんなペテンに引っかけられるか。彼女も最近、デルフリンガーのペテンにハマったばかりなので、余計に気になった。ルイズは姿勢を正すと、一つ深呼吸をする。おもむろに話しだした。

 

「陛下。ロマリアが和平を目指してるように思われているようですが、真意は違います」

「え?どういう事です?」

「実は……」

 

 ルイズは学院に来たシェフィールドについて話した。天子の力を使って、ガリアの思惑を聞き出したと。その中に聖戦の話があったと。天子の力についてはアンリエッタも経験済みなので、彼女の話を信じる他ない。

 女王はポツリとつぶやく。

 

「聖戦だなんて……」

「ですが、分からなくもないですな。これだけ虚無が確認されれば、宗教庁が聖戦を考えるのも自然と言えます。しかしガリア王までもが虚無だとは……」

 

 マザリーニが髭をいじりつつ唸る。実はガリア王が虚無である事は、以前彼は聞いていた。しかし黒子の仕業により、記憶を消されていたのだった。

 ともかく、単なる和平を目指す条約ではないとなると対応は違ってくる。女王は心痛な面持ちで、話しだした。

 

「我が国は先の戦争で失った空軍の回復のため、かなり国庫に負担をかけています。アルビオンにおいては、それどころではないとか。そんな状況で聖戦などと……」

 

 マザリーニも同じく重い顔つき。近年動乱に巻き込まれていたこの国に、ようやく平穏が手にはいるかと思ったら、じつは新たな戦争が起こるかもしれないとは。彼は枢機卿という神職ではあるが、同時にトリステインの政務を預かる立場。アンリエッタの懸念も理解していた。しかしブリミル教徒が、教皇の命に逆らうのが難しいのも知っていた。

 

「陛下。すぐに聖戦が行われるとは限りませんぞ」

「そう……ですが」

「引き延ばすという手もあります。事前にアルビオンと話をつけては?両国とも内政問題が山積しています。虚無を抱えた二国が意見を出せば聖下も、考慮なさってくれるでしょう」

「……。分かりました、やってみましょう」

 

 女王はうなずいた。

 そしてルイズの女王との謁見は終わる。彼女の胸中には、新たな不安が浮かび上がっていた。聖戦などと。確かに今までも戦争の現場や、敵地へ飛び込んだ事もあったが、おそらくそれらを上回る大戦争になるだろう。やっていけるのか。そしてやるべきなのか。虚無の担い手ならば、問うべきでない疑問が頭をかすめていた。

 

 

 

 

 

 魔理沙がアジトの廊下を歩いていると、珍しいものが目に入った。天子が部屋で何やら整理をしていた。別に魔理沙のように片っ端から物を集めているという訳ではないが、それでも彼女の部屋にはそれなりに物があった。一方で整理をしないという点は、魔理沙と同じだったりする。

 白黒魔法使いは部屋をのぞき込むと、声をかける。

 

「お前でも整理ってするんだな」

 

 自分の事は棚に上げて、こんな事を言っている。天子の方は手を進めながら答えた。

 

「探し物してんのよ。ルイズに付き添わないといけないから、ちょっと持っていきたいものがあってねー」

「ルイズに付き添う?どこ行くんだよ」

「ロマリア。なんか女王に、付いていかないといけないんだって。聖戦絡みの話らしいわよ」

「聖戦……!」

 

 魔理沙はその言葉を耳に収めると、すぐにこの場を去った。

 

 アジトのリビング。いつもの三魔女が集まっている。魔理沙の聖戦という言葉を聞き、アリスが気分よさげに言った。

 

「チャンスじゃないの」

「だな。利用しない手はないぜ。これでワルドに仕込む必要もなくなったしな」

 

 魔理沙も不敵な笑み。

 彼女達がここで言うチャンスとは、デルフリンガーを捕まえるという意味でだ。聖戦成立となるとワルドの目標、正確には永琳達の仕込みが完了したとなる。するとワルドの幸運効果が、今後働かなくなるもしくは弱まる可能性があった。この話を以前アジトでした。それをデルフリンガーは聞いているハズだ。黒子達にとって、邪魔なワルドを排除する絶好の機会。すなわち、姿を隠したデルフリンガーが表に出てくる可能性がある。そこを狙う訳だ。

 やけにテンション高めな二人に対し、一つ釘を刺すパチュリー。

 

「聖戦が成立すればの話よ」

「けど悪くない賭けだろ?」

「それは、そうだけどね」

 

 紫パジャマも一応うなずく。確かに自分たちにとっては、都合のいい展開だ。するとふと、もう一つのアイディアが、パチュリーの脳裏に浮かんだ。七曜の魔女は珍しく、楽しそうに口を開く。

 

「どうせ賭けるなら、もう少し上乗せするのはどうかしら?」

「ん?」

 

 白黒と人形遣いは、不思議そうに彼女の顔を見ていた。

 

 

 

 

 

 アリスはティファニアの部屋の前にいた。ノックの後、ティファニアが顔を出す。

 

「あれ?アリスさん。こんばんわ。どうしたの?」

「夜遅く悪いわね。ちょっと話がしたいのよ」

 

 人形を抱え、柔和な顔つきの人形遣い。ティファニアも明るい表情を返す。そしてドアを大きく開けた。

 

「分かったわ。じゃあ、中に入って」

「お邪魔するわ」

 

 アリスはそのまま部屋へと入っていく。

 部屋の中は一般の生徒の寮と同じ。アルビオンの女王である彼女だが、ここでの扱いは生徒。さらに元々田舎育ちのせいか、質素な佇まいの部屋だった。キュルケとは大違いだ。もっともタバサの部屋が、こんな感じに近いが。

 小さなテーブルを挟み、対面した二人。さっそくアリスが話しだした。

 

「ロマリアに行くって話、聞いてる?」

「え!?なんで、知ってるの?」

「ルイズから聞いたのよ。ここの女王もロマリアに行くってね。ルイズはそれに付き添うそうよ。なんか平和会議に出るとかかんとか」

「……うん。昨日、手紙が来たわ。そう書いてあったわよ。私も行く予定になってる。もう少ししたら迎えが来るって」

「そう」

 

 わずかに頬を緩めるアリス。何やら腹に一物ある表情。ティファニアはまるで気づいていていないが。

 ちなみに幻想郷の面々は、ティファニアが女王である事を知っている。ルイズが教えたのだった。彼女はティファニア護衛を頼まれている。状況によっては人妖達の手を借りるかもしれないと思い、全てを明らかにした。もちろん厳しく口止めして。

 

 アリスはテーブルの上に人形を置くと、手を組んで穏やかに話す。

 

「ちょっとアドバイスがあるんだけど?いいかしら?」

「何?」

「帰りに、アンリエッタ女王を一緒に帰ろうって誘ったらどう?」

「え?何で?」

「ほら、トリステインとアルビオンはいろいろあったでしょ?」

「あ……うん……」

 

 少しうつむくティファニア。神聖アルビオン帝国は今のアルビオン王国とは別ものとは言え、アルビオンとトリステインの間に戦争があったのは事実だ。それにティファニアとマチルダの両親の仇であるテューダー家は、トリステイン王家の親戚でもある。そしてテューダー家王子、ウェールズ・テューダーはアンリエッタの恋人だった。モード王家とトリステイン王家の間には、一言では表しにくい関係があった。

 アリスは言葉を続ける。

 

「だから、女王同士が顔を合わせたら、そういうギクシャクした所が少しは風通しよくなると思ったのよ」

「……。うん。そうね。そうかもしれない。チャンと話せば仲良くなれるわ。きっと」

 

 ティファニアはベアトリスの事を思い出していた。最初は自分に意地悪をしてきた彼女だが、今では大の仲良しだ。少々ベアトリスがべったり気味なのは置いといて。力を尽くせば人と人は分かり合える。彼女は身をもって、それを知っていた。金髪の妖精は力強くうなずいた。

 一方のアリスの方も、柔らかい笑みを浮かべる。ただし考えている事は、ティファニアとはまるで別ものだったが。彼女は最後の仕上げに入る。

 

「後、この話、私がアドバイスしたの黙ってた方がいいわよ」

「なんで?」

「誰かの助言じゃなくって、アルビオン女王が思いついたって方が、アンリエッタ女王も受け入れ安いでしょ?」

「あ、そうね。うん。分かったわ」

 

 金髪の妖精は、素直に助言を受け入れる。そしてアリスに感謝。いいアドバイスを貰ったと。

 

 やがて話は終わり、アリスは部屋を出る。最後にティファニアはドアの側で声をかけた。

 

「アリスさんていい人ね」

「……。国のトラブルは誰にとっても迷惑でしょ?それだけよ」

「それでもよ。いつかお礼するわ」

「別にいらないわよ。それじゃぁ、お休みなさい」

「うん。お休みなさい」

 

 ティファニアは部屋へと引っ込んだ。扉の前で、アリスは少々渋い顔。妙な罪悪感がポツリと浮かんできて。彼女のこの行動。当然、純粋な好意の訳がなかった。

 

 

 

 

 

 その日、ロマリアでは厳戒態勢が引かれていた。いつもは貧民達が目に付く路地も、今日に限っては一人もいない。何故なら、ハルケギニア主要国の主が、一同に介しているのだ。こんな事は、ハルケギニアの歴史上でもほとんど見られない。まさに歴史的瞬間であった。

 

 フォルサテ大聖堂の大会議室に、豪華な作りのテーブルが置かれていた。すでに各国の首席達と重臣達は席についている。上座には教皇ヴィットーリオ。他の席にはガリア王ジョゼフ、トリステイン女王アンリエッタ、アルビオン女王ティファニア、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の姿があった。さらに教皇補佐としてジュリオ、まだまだ政務もおぼつかないティファニアを補佐するため宰相マチルダ、そしてワルドも控えていた。そしてルイズは、臨時の女王補佐官という肩書きでアンリエッタに同席していた。同じくマザリーニ枢機卿も女王を補佐するため、同席している。

 

 一方で、シェフィールドや天子と言った、虚無の使い魔はここにはいなかった。シェフィールドは別室で控えていたが、天子の方はロマリア市内にすら入っていない。ハルケギニアで一番教義にうるさいロマリア。天子を入れてはトラブルになると、ルイズが外で待つように言ったのだった。それに寺院の飾りこそ華やかだが町としては陰鬱としており、天子自身がそう興味を持たなかったのもあった。ちなみにジュリオがここにいるのは、あくまで宗教庁の役職としているだけで、虚無の使い魔だからという訳ではない。

 

 ヴィットーリオは席から立ち上がると、厳かに礼をする。

 

「信徒のみなさん。よく、わたくしの呼びかけに応えてくれました。感謝の気持ちを抱かずにはいられません」

 

 教皇みずからが礼に、アンリエッタやルイズ、アルブレヒト、ワルドなどは、信者として当然とばかりに返礼。ヴィットーリオは各国からの言葉を、穏やかな笑みで受け取る。しかしそれもわずかな間。ほどなくして、姿勢を整えると、表情を引き締まったものへと変えた。そして教皇は静かに告げる。

 

「会談を始めるまえに、みなさんに明らかにせねばならない事実があります」

「「「……」」」

「わたくしは虚無の担い手です」

「「「な!」」」

 

 王達や皇帝が、思わず声を上げ、目を見開いて驚いていた。今回の会議は名目上和平会議。だが複数の虚無の担い手が参加する事から、ロマリア側からも虚無が現れるのではと、各国は予想していた。しかし教皇自身がそうであるなど、思いもよらなかった。さらにその後、ジョゼフ自ら、自分も虚無だと告げる。いきなりの二つの虚無の登場は、各国の重臣達を動揺させ、一時会議を中断させるほどのものだった。

 

 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した大会議室。最初に口を開いたのはマチルダだった。

 

「教皇聖下。一つ伺ってよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?サウスゴータ卿」

「つまり、この場に全ての虚無が揃ったという訳ですね」

「はい。その通りです」

「ならば、誰もが思い浮かべるのは"聖戦"」

「…………」

「この会議は、ハルケギニアの和平のための会議と伺っていたのですが。実は、次の戦争のための会議ですか?」

 

 教皇の前だというのに、率直に聞いてくるマチルダ。事前にトリステインから聖戦について聞いていたとは言え、大胆な物言いだった。

 だいたい彼女にとっては聖戦だろうとなんだろうと、戦争なぞ迷惑なだけだ。そもそもアルビオンに平和をもたらすため、ティファニアを王位につけたのだ。ティファニアがそれを望んだのだから。彼女自身もそのために王となった。それがすぐに次の戦争などと論外。元々信心深い訳でもないので、なおさらだった。

 

 ヴィットーリオは、穏やかに言葉を返す。

 

「アルビオンは長い動乱がようやく収まり、これから国を立て直さねばなりません。宰相の懸念も理解できます」

「では、今回の会議。なんのためのものなのでしょうか?聖下の真意をお聞かせください」

「サウスゴータ卿の言われる事は、両方とも正しいです。すなわち和平と聖戦の会議です」

「和平と聖戦?」

「ジュリオ。例のものを」

 

 教皇はわずかに後ろを向く。するとジュリオが背後の台に乗っている様々な資料を手にし、テーブルへ広げた。各国代表の目に映るのは、様々な場所に印のついたハルケギニア全土の地図に、多くの数字の並んだ添付資料。王や皇帝、重臣達は眉をひそめた。ヴィットーリオの意図がまるで読めないので。アンリエッタが不思議そうに尋ねてくる。

 

「聖下……。これは……なんなのです?」

「現在、ハルケギニア各地で土地の隆起が観測されています。その中でも特に目立つ場所を、この地図に印しています。今なお隆起は続いています。」

「土地の隆起?それと今回の会議に何の関係が?」

「これは地下に溜まった風石によるもの。そのため、やがては大地ごと宙に浮く事となるでしょう。しかもそれが、ハルケギニア全土に及んでいるのです」

「全土……」

「つまりは、ハルケギニアという大地そのものが、崩壊しようとしているのです」

「「「な!?」」」

 

 余りに突拍子もない話に、言葉を失う各国の主たち。さらに教皇は、畳みかける様に話を続ける。

 

「我々が調べた所、このハルケギニア全土における隆起、"大隆起"は過去にもあった事が確認できています。空中大陸であるアルビオンは、その名残なのです」

「「「……!」」」

 

 唖然とした表情の並ぶ大会議場。ほどなくして各国代表は、慎重に教皇の言葉を噛みしめる。すると今度はアルブレヒト三世が尋ねてきた。露骨な疑いの目で。

 

「聖下。今の話、まことですかな?ハルケギニア全土が崩壊するなど、あまりに荒唐無稽すぎてにわかには信じがたい」

「仰りよう、ごもっともです。ならばご自身で確かめるのが一番よろしいでしょう。これらの資料、全て写し取っていただいて構いません。是非、調べてみてください」

「……。そう仰るなら、そうさせていただくが……」

 

 あまりに平然とした教皇の態度に、いつもは不遜な皇帝もうなずかざるを得ない。ここでさっきから黙り込んでいるジョゼフが、口を挟む。姿勢こそ気怠そうだが、その眼光には鋭いものが宿っていた。

 

「で、その大隆起とやらが事実として、聖戦がどう絡む?」

「聖地には扉があります」

「…………」

「その先には、死者の魂が眠っています。別の言い方をするならば、過去の意志の集う場所。その英知により、この未曾有の危機から脱するのです」

「過去の英知なら、書物にあるだろうが」

「どの書物にもないものがあります」

「なんだそれは?」

「始祖ブリミルの真の英知」

「……」

 

 ジョゼフは口を閉ざした。わずかに頬を緩め。今一つ、ロマリアがシャイターンの門を求める理由が分からなかったが、これで合点がいった。死者の世界を求めるのは、自分もヴィットーリオも同じだが、会う相手が違ったかと。

 一方で他の面々は、またも驚きに表情を強張らせる。次から次へと出てくる妄言にすら聞こえる話に。どよめく大会議室。だがそれらを制するように、上段からの透き通った声が発せられた。

 

「大隆起の件。みなさんが受け入れ難いと考えるのも、無理もありません。ですから、まずは各国で確認を取る事を優先したいと思います。この件について話し合うのは、その後としましょう」

「……」

「いずれにしてもハルケギニアが一つになるのは、不可欠です。聖戦の話は一先ずおいて、まずはハルケギニアに平和をもたらしましょう」

 

 ヴィットーリオは全てを包み込むような穏やかな笑顔で、そう告げた。まずは平和と。それを耳に収めた各国代表。胸の内は複雑に渦巻くだけ。むしろ混乱していたと言った方が近い。ジョゼフやワルドを除いて。

 

 それから会議は三日続き、最終的に五カ国で同盟条約が結ばれる。その条約の名は『虚無条約』。あたかも、聖戦が規定ラインになっているかのような名称だった。

 

 

 

 

 

 

 会議も終わり、すでに各国代表は帰路についていた。そしてトリステイン女王アンリエッタもそれは同じ。ただし、今いるのは自国の御座艦ではない。アルビオンの旗艦だった。

 ティファニアはアリスから頼まれた通り、アンリエッタに同行を提案する。それに彼女がうなずいたという訳だ。アンリエッタ自身も、いつかティファニアと話しておきたいと思っていたので、渡りに船でもあった。両国ともロマリアからは同じ方角という点も、彼女達にとっては都合がよかった。

 

 現在、両国の艦隊は並走し北へと向かっている。アルビオン旗艦の会議室で、二人の女王が顔を合わせていた。さらにマチルダも同席している。ちなみにワルドは別の船に乗っており、ここにはいない。もっともいても、同席はできなかっただろうが。政治的というよりは、個人的に親睦を深めるという意味が強いので。アニエスもアンリエッタの護衛として付いてきていたが、同じ理由で今は部屋の外にいた。

 

 両女王は挨拶を交わした。まずアンリエッタから。

 

「この度は、お誘いいただき、本当にありがとうございます」

「あ、そんな、別に。私も一度、話したいと思ってた……思っていました……し」

「ふふ……。普段通りに話されても構わないのですよ。わたくしたちは、同じく王位にありますから」

「そうなの?だったら……」

 

 肩の力を抜こうとしたティファニア。だが横から厳しい声が飛び込んでくる。

 

「陛下。御自重ください」

「マチルダ姉さん……。だってアンリエッタさんが……」

「サウスゴータ卿とお呼びください。それにその言葉遣いはなんですか。アルビオン女王として自覚をお持ちください。これも訓練です」

「はい……」

 

 小さくなる金髪の妖精。その様子を微笑ましくアンリエッタは見ていた。まるで仲のいい姉妹のようだと。

 それから形式的な会話の後、アンリエッタが一つの指輪を取り出しテーブルに置く。ティファニアはしばらく不思議そうに眺めていたが、ふと思い出した。

 

「あ!これ秘宝の指輪!」

「はい。これは『風のルビー』です。わたくしが預かっていました。これをお返しします」

「えっと……いいんですか?」

「ええ。本来はアルビオン王家のものですから」

 

 アンリエッタは笑顔で指輪をティファニアに渡していたが、胸の内には寂しさが滲みだしていた。この指輪は亡くなった恋人、ウェールズの唯一の形見。それを手放すのだから。だが一方で、ティファニア達の両親の命を奪ったのも、ウェールズの家なのだ。彼女にとってこれを返すのは、過去へのケジメでもあった。ウェールズへの想いが消える訳ではないが、これからは前を向くべきと。

 ティファニアは勧められるまま、指輪を嵌める。さらにアンリエッタは、平静を装いながらもう一つの話を始めた。

 

「その……お二方のご家族について……」

 

 しかしここでマチルダの落ち着いた声が挟まれる。

 

「陛下。私共の家に起こった不幸については、陛下が気を病むような話ではありません。全てはテューダー家とモード家の間の事。トリステイン王家は関係ありません。何よりも全ては済んだ事です。私共もこうして、日の当たる場所に出られたのですから」

「そう……ですか。そう言っていただけると。ありがたいです」

 

 テューダー王家を挟んでいるとはいえ、因縁のある双方。だがマチルダは全て水に流す事にした。これ以上、禍根を残しても意味がない。少なくとも、ティファニアのためにはならないのだから。

 それから三人は、他愛のない会話を交えていった。両国の複雑な関係を、解きほぐすかのように。

 

 両女王の直接会談の数日後。トリステインまで後わずかな距離となる。今、アンリエッタは御座艦にいる。もう間もなく両艦隊は別れる。何事もなかった船旅。ルイズも部屋で時間を潰すだけ。ふとティファニアの事を思っていた。会談の後、アンリエッタに会ったが気分がよさげだった。会談はうまくいき、お互い好印象を持ったようだ。とりあえずルイズは胸をなでおろす。二人共、大切な友人には違いないのだから。その後聞いた話では、ティファニアは一旦アルビオンに帰るそうだ。学院に戻るのはその後。次に顔を合わせるのは、結構先になるだろう。

 

 ぼんやりした目で、何の気なしに外を眺めていた。するとごそごそとした音が聞こえてくる。振り向くと天子が何やら、手荷物をまとめていた。大した量ではないが。

 

「天子。何やってんの?」

「ん?帰るの。ちょっと用があってねー」

「はぁ?何言ってんのよ!まだ姫様、城に戻ってないのよ。そこまでが役目でしょ!」

「別にいいじゃないの。だって条約成立しちゃったんでしょ?ガリアだって味方になったんだから、危険なんてないわよ。これだけの艦隊襲う空賊だっていないだろうし」

「役目ってのは、そういうもんじゃないわよ!」

「んじゃねー」

 

 天人は主のいう事など全く聞かず、窓を開けると飛び出していった。

 

「あ!こら!」

 

 慌てて窓から顔を出すルイズ。しかし天人の姿はもはや見えない。

 

「ぐぐぐ……!あいつはぁ!」

 

 相も変わらぬわがまま天人。今回の旅では、やけに素直だったので油断していた。まさか最後の最後でやらかすとは思ってもみなかった。だがもはや手遅れ。連れ戻せる訳もなし。確かに天子の言う通り、危険性はかなり低い。しかしである。アンリエッタ直々の命だというのに、こんな中途半端な形で終えるのは我慢ならない。喚きながら、床を踏みにじるしかないルイズ。

 

 しばらくして気分転換とばかりに、甲板に出る。流れる雲を見ていると、苛立ちも多少は収まってきた。確かに天子のわがままは今に始まった事ではないし、この旅ではルイズの言う事を珍しく素直に聞いていた。今回ばかりは、大目に見るかという気持ちになり始める。

 

「ん?」

 

 急に妙な違和感がルイズの脳裏を過る。あの天子が、素直に言う事を聞いていた?おかしいと。疑問が湧き上がってくる。長らく、あの幻想郷の人妖達と付き合っていたルイズ。何か裏がある。そんな直感が走り出す。

 だが考えを巡らせるルイズに邪魔が入った。奇妙な音が届いたのだ。ブーンという聞き覚えのない音が。単調だが耳障りな音が。しかもそれは、だんだん大きくなっていた。

 

「何?」

 

 艦の縁に駆け寄るルイズ。音の方へ顔を向ける。目に映ったのは見覚えのあるものだった。

 

「ゼ、ゼロ戦!?」

 

 あの『ゼロ戦』だ。コルベールが一時預かっていたが、無人で飛び立ち行方不明となっていた空飛ぶ機械。それが一隻のアルビオン艦へと、真っ直ぐ向かっていた。やがて両翼の銃口が火を噴く。けたたましい断続音と共に。無数の弾丸が、ターゲットを貫く。そのターゲットとは、あのワルドの乗っている艦だった。

 

 同じ頃、ワルドの艦の方は大混乱に陥っていた。見た事もない奇妙なものが、攻撃してきたのだから当然だ。ワルドは艦長室へ飛び込む。

 

「艦長!敵は何者だ!?」

「それがまるで分かりません」

「見張りは何をしてた!」

「報告では、風竜並の速さで飛ぶ得体のしれないものだと……」

「風竜ではないと?」

「はい。鉄か何か、固い物でできているようだとも言ってました」

「鉄?ガーゴイルか?」

 

 顔をしかめ考え込むワルド。その時だった。

 艦長室に、空気を切り裂くような硬質な音がいくつも響く。反射的に身を伏せる船員達。だがその音に誰もが聞き覚えがあった。ワルドがつぶやく。

 

「これは……魔法ではないな。銃か?」

「銃?大砲ならいざしらず、この艦の装甲を打ち抜く銃などありえません」

 

 音は確かに銃弾の音だった。しかも床や壁に、弾痕らしき穴も空いている。だがハルケギニアのマスケット銃の威力では、艦の装甲を貫くなど不可能だ。一体何に攻撃されているのか見当もつかない。ハッキリしているのは、相手に敵意があるという事だけ。

 ワルドは身を翻すと、艦長に告げた。

 

「すぐに竜騎士を出せ。私が指揮する」

「何を言われるのです!外相が自らなどと……。お考え直しを!」

「安心しろ。私には始祖のご加護がついている!」

 

 髭の侯爵は、自信に満ちた顔で艦長室を後にした。

 

 ルイズは指示を仰ごうと、すぐさまアンリエッタの部屋へ向かった。するとアニエスと廊下で鉢合わせする。

 

「丁度よかった。ミス・ヴァリエール。アルビオン艦隊を支援してもらいたい」

「だけど。狙われてるのはあのワルドの艦ですよ?」

「分かっている。だが、今やアルビオンは条約を結んだ友好国だ。その外相を見捨てる訳にはいかないと、陛下はお考えだ」

「……分かりました」

 

 癪に障るが、アンリエッタがそう考えているならしようがない。すぐに甲板に戻るルイズ。もっとも、高速で飛び回るゼロ戦を攻撃する手段は限られていたが。

 

 アルビオン艦隊は、搭乗している全ての竜騎士を出す。ワルドもその中に含まれた。数は決して多くなかったが、相手はわずか一機。簡単に討ち取れると誰もが思っていた。しかし風竜ですらその機動力に振り回され、翻弄されるばかり。ドラゴンに騎乗するワルドが、怒鳴り声を上げていた。

 

「たった一騎に何をしている!」

 

 だがそんなワルドの側を、銃弾が掠めた。振り返るとゼロ戦が真っ直ぐ向かってきていた。

 

「チッ!指揮官が私だと見抜いたのか?だが、お前は始祖ブリミルの名の元に敗れ去るのだ!」

 

 向かってくるゼロ戦に対し、ワルドは逃げるのではなく反転する。

 

 ワルドの乗艦は多数の艦船に囲まれていた。援護をしようと言うのだ。しかし全く手を出せずにいた。それはルイズも同じ。艦の周りでは多数のドラゴンと一機のゼロ戦が飛び回っている。ただドラゴンの方はゼロ戦に引っ掻き回され、混乱の極みにあった。

 『エクスプロージョン』ならゼロ戦を簡単に破壊できるだろう。ただし当たれば。その当てるのが至難。こうもドラゴンと入り乱れては。アンリエッタから支援しろと言われたが、こんな状況では手の出しようがない。

 

「これって……どうすればいいのよ!せめて竜騎士が離れてくれれば、まだ狙い付けやすいんだけど……」

 

 高速で飛び回るゼロ戦を、必死に目で追うルイズ。するとふと奇妙な感覚に襲われる。目に映るは、ゼロ戦と空中戦をしている一騎の竜騎士。お互いが巧みに相手の攻撃をかわしている。だがこの光景。どこかで見たような気がしていた。むしろ経験したと言った方が近い。何かが頭に、現れようとしている。それを引っ張り出すかのように、さらに一騎と一機に集中する。

 だがその時、竜騎士の方が被弾した。

 

「あ!」

 

 ドラゴンが力なく落ちていく。それが目に入った時、夢から覚めたかのように、ルイズの頭にあったものが消え失せていた。

 

 被弾したのはワルドの風竜。彼はすぐさま落ちるドラゴンから離れる。

 

「チィッ!」

 

 舌を打つとフライの魔法を唱えた。そして自分の乗艦へとなんとかたどり着く。落とされはしたが、かすり傷一つ負っていない。ゼロ戦の弾は、全てドラゴンを貫いていた。髭の侯爵は甲板に下りると、水兵へ声を張り上げる。

 

「他にドラゴンはないか!」

「ワルド侯爵!上!」

「上!?」

 

 水兵の言葉に思わず振り向くワルド。するとゼロ戦がすぐそばまで迫っていた。まさしく特攻だった。

 空飛ぶ鉄の塊は甲板に直撃。爆炎が上がる。マストは一本折れ、炎に包まれる。甲板では怒声がうずまいていた。火を消せと。そんな中、笑い声をあげる人物が一人。ワルドだ。

 

「ハハッ……。ハハハハハッ!バカめ。自滅とはな。この私と共倒れなど、出来るものか!」

 

 髭の美青年は汚れを振り払うと立ち上がる。やはり無傷。まさしく幸運と言えるもの。激突直前で避けたワルド。その後ゼロ戦がぶつかった衝撃でめくり上がった甲板の板が、彼をたまたま炎や破片から守ったのだった。

 ワルドは手を組み祈っていた。あれほどの爆発から、この身が助かった事に。

 

「始祖ブリミルよ。この奇跡に感謝いたします」

 

 満足げに顔を上げるワルド。始祖の加護はやはりここにあると。だがその彼に、不思議なものが見えた。甲板中央の炎から、何が出てきたのだ。火をものともせずに。呆気に取られる風のスクウェア。いや、甲板で消火活動を行っていた者は皆、同じく身を固めそれを見つめていた。

 

 それは炎から抜け出すと、姿を見せる。人魚とも半魚人とも区別がつかないような姿が露わになる。大振りな剣を左手に握った化物が。

 

「ワルド……。怪我もしてねぇ。読みそこなったか?」

「き、貴様何者だ!」

 

 すかさず杖を向ける外相。敵意と警戒心を胸に満たす。一瞬、妖魔かと思ったが、こんな妖魔は見た事も聞いた事もない。思い当たるものが何もない。すると化物から声が届いた。疑問の答が。

 

「悪魔だよ」

「何?」

「あ・く・ま。正真正銘の本物の悪魔だ。比喩でもなんでもないぜ」

「何を言って……」

 

 ついさっきまでブリミルの加護に、身を喜ばせていた彼が、不安に駆られていた。醜い人魚は、神の対局の存在と言っている。そんなものが実在するのか。ありえない。ワルドの身体にもう一度、ブリミルへの信仰が浮かびだした。気迫が蘇る。

 

「この妖魔を抹殺しろ!」

 

 甲板の兵達に叫んだ。兵達は一斉に攻撃を始めた。矢や槍、銃弾、魔法までもが化物へと放たれる。全弾命中。当然の結果。何故なら、化物は避けもせず、その大剣で防ごうともしなかったのだから。ともかく倒した。安堵するワルドと兵達。

 しかし、化物は全く揺るがない。倒れる様子もない。やがて半魚人に刺さった矢は、押し出されるように落ち、空いた穴は徐々に塞がり、切り裂かれた傷はすぐに治った。あっという間に元の姿を取り戻していた。そしてまた声が届く。

 

「言ったろ?悪魔だって。矢とか銃とか魔法とか、通じると思ってんのか?」

「な……!?」

 

 信じがたい思いがワルドの胸中を満たす。まさか本当に悪魔なのかと。確かに、ハルケギニアには妖魔がいる。もっとも魔と呼ばれてはいるが、実の所、別種の生物と言うだけの存在。聖典にある神や悪魔などは、信仰の中にあっても実在する訳ではないと、ほとんどの者が考えていた。だがそれがここにある。どう受け止めればいいのか、誰にも分からない。恐怖と戸惑いが、全員の頭に溢れていた。

 

 ワルドはとにかく叫ぶ。自分を激励するように。

 

「惑わされるな!単に頑丈なだけだ。所詮、ただの一匹!続けて攻撃せよ!」

「ハッ!」

 

 兵達も考えるのをやめ、ただ命令に従った。すると化物の方から、面倒臭そうなぼやきが漏れる。

 

「全く……鬱陶しいぜ」

 

 言葉の後、半魚人は右手をかざした。兵達の方へ向かって。

 

「あ、ああ!?」

 

 突然兵達がひざを折る。腹を抑えて倒れ込んだ。口からはよだれが垂れ、視線は泳いでいる。

 

「どうした!何をしている!」

 

 叱責するワルド。しかし彼の言葉に耳を貸す者はいない。その時、一人の兵が、隣の兵に噛みついた。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「た、食べさせてくれ!一口でいい!」

 

 噛みついた兵は正気を失った顔で、鎧ごと相手の腕をかじり取ろうとする。さらに他の兵達が、お互いを食べようともみ合いをしだした。艦の縁に噛みつく者すらいる。茫然とするワルド。戦意は一気に萎んでいた。

 

「な、何が……。なんだこの魔法は!?」

「魔法じゃねぇよ。"魔"に当てられたのさ」

「"魔"?」

「何度も言ってるじゃねぇか。悪魔だって」

「まさか……本物の……」

「天使は信じてんのに、悪魔は信じられねぇか?」

「……!」

「さてと、次はお前の番だ」

 

 そして悪魔は右手をかざした。ワルドの脳に焼けるようなものが走る。強烈な"餓え"が。何かを口に入れなければ、呼吸すらままならいほどの。杖を落とし、膝を落とし、四つん這いになるスクウェアメイジ。

 

「な……な……。が……」

「悪いな。予定と大分違うが、ここで退場してもうらうぜ」

 

 悪魔は左手の剣を構えた。ワルドに真一文字に向かっていく。

 金属がぶつかったような音が響いた。人を貫く音ではない。実際ワルドは無傷だった。そして彼の前に人影が一つ。その人影が、悪魔の一太刀を防いでいたのだ。しかも素手で。

 

「デルフリンガー……だっけ?久しぶり」

 

 非想非非想天の娘、比那名居天子。カラフルエプロンの乱入。鋼鉄の皮膚が、デルフリンガーを止める。苦虫を潰したような声が発せられた。ただし剣の方から。

 

「お前……なんでいるんだよ……」

「さあ?何でかなー」

 

 あざ笑うような天人。用事があって帰ると言っていたのにここにいる。彼女はデルフリンガーに構わず、腰の剣に手を添えた。鞘から抜かれる剣。荘厳な緋色の輝きが辺りを照らす。光の剣が姿を現す。天界の秘宝、『緋想の剣』。すると剣が抜かれたと同時に、ワルドや兵士達が正常に戻った。催眠が解けたかのように。緋想の剣が、魔の気を吸い取ったのだ。ただ天子の方は、何故か眉をひそめていたが。

 

「ん?なんか妙な気ね」

「……」

「ま、そんな事より。借りを返さないとねー」

 

 天人から、楽しそうでやる気いっぱいの戦意が放たれる。以前、デルフリンガーを握った時、痛い目に合わされたのをまだ根に持っていたので。

 天子から飛び跳ねるように下がるデルフリンガーを手にした悪魔。だが今度は背後から声がした。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ?」

 

 半魚人が振り向いた先にいたのは、魔理沙だった。いや、パチュリー、アリス、衣玖、こあもいた。幻想郷組勢揃い。戸惑うデルフリンガー。

 

「お前ら……」

「何故ここにいるのかって感じね」

 

 パチュリーは頬を緩め、勝ち誇ったような顔つき。いつも淡々としているだけに、余計に嫌味に見える。

 

「今度は、逃がさないわよ」

 

 アリスは人形たちを、すでに展開していた。衣玖もわずかに電気を帯びつつ、甲板に降りてくる。

 

 完全に包囲された半魚人とインテリジェンスソード。

 

「学院にいるハズじゃ……。隠れてたのか?」

「違うわ。今さっき来たのよ」

「学院からじゃここまで来るのに……転送陣か!」

「当たり」

 

 人形遣いに笑みが浮かぶ。

 

 全てはパチュリー達の策通り。まずはアルビオン、トリステイン両艦隊を同行させた。天子がワルドを見張るために。つまりアリスがティファニアに、アンリエッタとの会談を持ちかけた所からが策。またゼロ戦出現を予想し、デルフリンガーが仕掛けるのはトリステインからそう遠くはないと読む。にとりの資料から、ゼロ戦の能力は分かっていたからだ。しかも、燃料を新たに補給する事ができない。燃料の予想残量から作戦を立てた。

 天子が先に帰るとルイズに言ったのは、幻想郷の人妖が一人もいないという状態を作り出し、デルフリンガーを油断させるため。しかし、実は帰っておらず、天子は艦の別の部屋に身を隠していた。そして、簡易転送陣を用意。やがてゼロ戦の来襲を知ると、転送陣を使って学院のパチュリー達に合図。次に転送陣で一同は艦隊に出現。戦闘に割り込む頃合いを待っていた、という訳だ。ちなみに天子がここまで手を貸したのは、やはりデルフリンガーに借りを返したいから。

 

 魔理沙達は、半魚人とデルフリンガーを中心に囲む。パチュリーは策がハマった事に満足げ。次はこのインテリジェンスソードから、黒子の正体と思惑を聞き出すだけ。だがそんな余裕を湛えていた表情に、急に違和感が浮かびだす。目を細め、デルフリンガーを持つ化物を凝視する。そして気づいた。その正体に。

 

「魔理沙!」

「ん?」

「あの化物!」

「化物が何だよ」

「覚えてないの?」

「覚えてないって?」

 

 覗きこむ様に目を凝らす魔理沙の横で、今度はアリスが声を上げる。

 

「あ!悪魔ダゴン!」

「え?ダゴン?あ!そうだぜ!ダゴンだ。おいおい、どういう事だよ?こりゃ」

 

 デルフリンガーを持つ化物。ルイズが召喚した人魚のような半魚人のような怪物。その正体は、食の悪魔ダゴン。

 ルイズが幻想郷に来る直前。パチュリー達が紅魔館で召喚実験の対象としていたのが、この悪魔ダゴンだ。だが実験は失敗し、代わりに出てきたのがルイズだった。そのダゴンが何故かここにいる。ハルケギニアでルイズに召喚され、デルフリンガーに連れ去られ、ここにいた。

 

 

 

 


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