ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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始まった新学期

 

 

 

 

 

 ティファニアの新しい生活が始まった頃、祖国の外務大臣は頭を抱えていた。交渉相手の全くやる気のない態度に。

 アルビオン外相、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド侯爵は、今ガリアに来ていた。ロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレと共に。アルビオンとガリアの友好条約締結のためだ。これが達成できれば、虚無を抱えた全ての国が結ばれる事となる。しかしこの交渉は、対トリステイン以上に困難なものだった。条件を詰めるどころか、ガリア王、ジョゼフ一世が全く話を聞こうとしないのだから。交渉の席で上る話は、どうでもいい雑談ばかり。とうとう三日目では会談自体が休止となる。残す滞在日数は二日。話をまとめる目途どころか、方向性すら見えない状況だった。

 

 休日となってしまったこの日。ワルド達は、ガリア王家自慢の庭園を散策していた。気分を変えて思案を巡らせるために。暇つぶしの意味もあるのだが。

 ジュリオが皮肉交じりに言う。

 

「今回は天使の加護は、下りてこないのかな?」

「まだ条約締結には早いのかもしれない。だからこそ、奇跡が起こらないのかもしれん」

「なるほどねぇ」

 

 月目の神官は投げやりに返す。

 ワルドへの不快感は相変わらずだった。交渉の時に見せた理知的な態度と、天使への度が過ぎた心酔との二面性は、ジュリオにとっては生理的に受け入れ難い。しかし、彼はワルドの支援兼見張り役としてここにいる。彼から離れる訳にもいかない。もはや慣れるしかなかった。

 ジュリオはせっかく休日となったのだからと、開き直る。もう交渉の事は考えないようにと。

 

「さすがはガリア王家の庭園だ。大したもんだよ。仕事でいろんな場所にいったけど、これほどの庭園は見た事ないなぁ」

「そうか……」

 

 ワルドの方は生返事。どうやら交渉が頭から離れないらしい。傍から見ても、身を投げうつほどの熱意を感じる。少々異常にも感じられた。もっとも、だからこその狂信者なのだろう。

 ジュリオはワルドを無視する事にした。庭園へ気持ちを集中させる。だがその時、ふと奇妙な考えが過った。もしかして、ワルドの狂信ぶりは、天使を称する何者かが仕組んだのではないかと。

 思わずワルドへと視線を向ける。しかし外相の姿は消えていた。

 

「ん?どこ行ったんだよ、天使大好き男は」

 

 辺りを見回す月目の美少年。すぐに、ワルドを見つける。彼は物思いにふけりながら、あらぬ方向へと歩いていた。庭園の端から林の中へと。目的地があるというよりは、何も見えていない様子で。

 

「ここまで仕事熱心だと、感心するしかないぜ」

 

 ジュリオは呆気に取られながら、ワルドの方へ早足で歩いて行った。

 林の中ほどで、ワルドに追い付こうとしたその時、目の前の人物は根にひっかかり転ぶ。

 

「なっ!?」

「余所見してるからだよ」

 

 呆れ混じりに答え、手を差し伸べるジュリオ。だが、ワルドは何故かすぐに起きない。地面を探るように、指先を動かしていた。

 ジュリオは不思議そうに尋ねる。

 

「何やってんだい?」

「妙なものに触った」

「木の枝か石だよ。どうせ」

「いや、何か変わったものだ」

「変わったもの?」

 

 パートナーの質問には答えず、ワルドは四つん這いになりながら、一心に落ち葉や土を掘り返していた。しばらくして、手が止まる。手には、指輪が握られていた。泥まみれとなっている指輪が。ワルドは正体を確かめようと、庭園の噴水へと向かう。水で洗い流すと指輪の形が露わになった。

 指輪は二つあり、一方のリングが割れていたせいで絡み合っていた。ひとつは小さめの指輪、もうひとつは大き目のものだった。双方とも大き目の台座に宝石が収まっている。だがその宝石よりも、ワルドは別のもの目を奪われた。台座に刻まれた紋章に。

 

「これは……オルレアン家の紋章か?」

「みたいだね。しかも不名誉印がない。いや、不名誉印のある指輪なんて作らないか。もう一方は……ガリア王家の紋章だね」

「ああ」

 

 ガリア王家の紋章とオルレアン家の紋章が刻まれた一対の指輪。ジュリオが双方を見比べながら、つぶやいた。

 

「このリングのサイズ……。ガリア王家の方は子供……少年用のかな?オルレアン家の方は大人用のだ」

「それが二つ一緒に捨てられていた……。どういう事だ?」

「このオルレアン家の方は、王位が決まった直後のものだね。案外、先王からの贈り物かな?」

「何故、そう思う?」

「オルレアン家ってのは、ジョゼフ王が王家を継承するのが決まってから、王弟が臣下に下ってできた家だよ。オルレアン公が誅殺されるのは、それからしばらく後の話。不名誉印のない紋章が使えたのは、ほんのわずかな期間なんだよ。指輪を作る暇は、それほどなかったのさ。でも事前に用意しておいたなら、別だろ?」

「なるほどな……」

 

 指輪に視線を戻し、見つめるワルド。しばらくして、つぶやくように言う。

 

「それにしても……このガリア王家の方は、やけに傷んでるな」

「これって、壊されたんじゃないかな。台座は結構しっかり作られてるし。ワザとやらないと、こうはならないだろう」

 

 のぞき込むように指を見るジュリオ。すると、ワルドは次の疑問を口にする。

 

「だいたい、何故こんな所に捨てられてたのだ?王族の紋章を刻んだ物を捨てるなど、不敬罪に問われても仕方がない」

「オルアン公が誅殺された時に、捨てられたとか?」

「公とガリア王家の指輪が、一緒に捨てられている。それはない」

「そりゃ、そうか。じゃあ何でだろ?」

「…………。オルレアン公自身が、捨てたのかもしれん」

「なんで?」

「オルレアン公は王家を継承できなかったのが、気に食わなかった……というのはどうだ?オルレアン家の紋章は、継承できなかった証でもある。そしてこの小さい方の指輪は、少年時代、ジョゼフ王から譲り受けたものではないだろうか」

「兄貴の思い出の指輪に八つ当たりかい?」

 

 ジュリオは呆れたように、両手を広げた。

 

「ちょっと待てよ。それじゃぁ、オルレアン公は、本心では王様になりたかったって事になるぜ。公は野心なんて持ってない、穏やかな人物って話だよ」

「私もそう聞いてる」

「じゃあ、なんでそう思うのさ」

「それは……単にそう考えると辻褄が合う……」

 

 突然言葉を切るワルド。ふと何かに気付いたのか、彼の表情が緩み始めた。歓喜を帯び始めていた。ジュリオはワルドの答えに、呆れた様子で返す。

 

「けどさ、可能性なら他にもある……」

「そうか……。そうだ!そうに違いない!」

「?」

「交渉が行き詰まってる状況で、見つかったのだ!単なる指輪であるハズがない!」

「何の話だい?」

「またも天使が我らを導いてくれたのだよ!これは聖戦へと繋がる道標だ!奇跡がまた起こったのだ!」

「…………」

「これを聖下にお見せしてくれないか?聖下ならば、天使の御心を理解できると思うのだ」

「いや……だけどさ……。だいたい、交渉の日数は残り二日しかないよ。今から宗教庁に行くのかよ」

「君ならギリギリ最終日に間に合うだろ?」

「まあ、そりゃそうだけど……」

「頼む!」

 

 ワルドは心の底から懇願していた。ジュリオは渋々うなずく。彼を支援しているという立場上、断る理由がない。それに打つ手がないのも確かだ。だが、指輪はたまたま拾ったもの。確かに王家に関わりそうな代物だが、こんなものが交渉を進める切っ掛けになるとはとても信じられない。しかしもし、これが交渉を成功に導きでもしたら、その時は……。天使という言葉が、ジュリオの脳裏で大きくなりつつあった。

 

 

 

 

 

 新学期の授業がいよいよ始まった。もっともルイズにとっては慣れたもの。取り立てて新鮮味はない。教壇のミセス・シュヴルーズを横目に、彼女はふと窓の外へ視線をずらす。広場では大勢の生徒が集まり、儀式に集中していた。

 

「そっか。二年生になったら、最初にやる行事だもんね」

 

 新二年生の使い魔召喚の儀式だ。この時期の恒例行事。今回もコルベールが指導している。

 一喜一憂する生徒達を、わずかに頬を緩めて眺める。去年は彼女自身があそこにいた。しかも失敗の連続の果てに、異世界へ飛ばされてしまうという顛末。今では笑い話のように話せるが、帰れなかったらどうなっていたのか。特にハルケギニアは。

 

 広場での召喚の儀式は順調に進んでいた。ルイズのように失敗する生徒はいない。しかし、ちょっとしたイベントが起こる。召喚を終えた生徒が、コルベールに抗議をしていた。よく耳を澄ますと、どうも召喚獣が気に食わないらしい。やり直しを要求している。どうも、使い魔としてミミズを召喚したらしい。これではやり直しをしたくなるのも分かる。しかし当然、コルベールは不許可。生徒は泣く泣く契約する事となった。

 

「ん?」

 

 ふと奇妙な感覚に襲われる。似たような光景を見たような気がした。いや、経験したといった方が近い。だが召喚の儀式は後にも先にも、去年の一回きり。去年の儀式で、抗議した生徒は覚えがない。少なくとも自分の前の順番では。何とか記憶を絞り出そうとするルイズ。その時……。

 

「今日の授業はここまでとします」

 

 教壇からミセス・シュヴルーズの声が届いた。気づくと授業が終わっていた。

 

「え?終わっちゃった?いけない、いけない」

 

 顔を軽くたたいて自分を引き締めるルイズ。新学期が始まったばかりだというのに、授業に集中していなかった。また成績が落ちたら、今度はカリーヌにどんな目に遭わされるか。反省しきりのルイズ。

 

 それから急いで教室を出て行った。今日の授業は全て終わったが、これからも予定が詰まっている。アンリエッタからの勅命、アルビオン女王ティファニア・モードの相手役としての予定が。

 すぐに一年生の教室へと向かう。こちらも授業が終わり、ぞろぞろと生徒達が出てきた。そしてすぐにティファニアを見つけた。遠くからみてもいろんな意味で目立つ。

 

「ティファニア!」

「あ!ルイズ!」

 

 二人は連れ添うと、寮の方へと進んで行く。ティファニアが尋ねてきた。

 

「どこ行くの?」

「寮よ」

「私の部屋?大丈夫、迷ったりしないから」

「あなたの部屋じゃないわ。ほら、入学式で紹介されたでしょ?ロバ・アル・カリイエの賓客。その連中の部屋」

「え?なんで?」

「彼女達ハルケギニアに連れてきたの、私なのよ。いろいろあってね。で、私があなたの相手役をやる以上、連中とも顔合わせる事になるから、紹介しとこうと思って」

「うん、分かったわ」

「えっと、念のため言っておくけど、結構自分勝手な連中だから。気圧されないように、気合い入れといて」

「え!?」

 

 ティファニア、思わずルイズの方を振り向いた。気弱そうな顔で。入学式での文の気さくな雰囲気のおかげで、ロバ・アル・カリイエの賓客に対しては好印象を持っていた。しかしルイズの言葉は真逆。不安を覚えずにいられない。元々、気が強いわけでもないので余計に。

 

 やがて一つの部屋へたどり着いた。ルイズはノックをして、すぐに扉を開けた。勝手知ったるなんとやら。

 

「さ、入って」

「う、うん。お、お邪魔します……」

 

 緊張した面持ちで、部屋へと入るティファニア。ルイズについて部屋の奥へと進む。人外達の拠点とは知らずに。

 部屋の奥に二人の姿があった。衣玖と鈴仙だ。初顔合わせに、息を飲むティファニア。しかしルイズの方は、少々拍子抜け。

 

「あれ?あなた達だけ?」

「うん」

 

 鈴仙があっさりとうなずく。ちなみ鈴仙は、もう少し滞在する事となった。学院での最初のイベント『フリッグの舞踏会』まではと。思い出作りという訳だ。

 

「他の連中は?」

「魔法使い達は自分の部屋、総領娘様と烏天狗はいません。出かけました」

 

 衣玖も淡々と返答した。

 

 幻想郷メンバーをティファニアに紹介するため、ルイズはこの部屋に放課後集まるよう言っていた。だが見ての通り、守ったのは二人だけ。ルイズの不機嫌度が増加中。

 

「全く……あの連中はぁ~。放課後用があるって言ったのにぃ。だいたい、天子と文はどこ行ったのよ!」

「おそらく、トリスタニアでしょう。最近、よく行ってるようですから。ただ放課後までには戻る、とも言ってましたよ」

「もう放課後じゃないの!」

「そうですね。午前中で授業が終わると知らなかったのでしょう」

「学期始めなんだから……」

 

 言いかけて言葉を止めるルイズ。学期の初日が半日しかないのは常識、なんて人妖達が知っているハズもなかった。歯ぎしりするしかない彼女。伝えていなかった自分のミスではあるのだが。

 しかし、暇があるとすぐにどこかに出かけてしまうとは。少しはジッとできないのかと思う使い魔の主。その上、部屋にいるハズの魔理沙やパチュリー、こあまでいない。実は鈴仙が魔理沙達に声をかけたが、アジトに連れて来くればいいと言い出し部屋を出なかったそうだ。相も変わらずの幻想郷メンバーに、肩を落とすルイズだった。

 すると隣で困っているティファニアが話かけてきた。

 

「えっと……。ルイズ……」

「あ……。とりあえず、二人だけでも紹介しとくわ。えっと、兎の耳の飾りを付けてる彼女は、鈴仙・イナバ・優曇華院。そして隣に座っている彼女は、永江衣玖よ」

 

 紹介された二人は、それぞれ挨拶を返した。鈴仙は気さくに、衣玖は淡泊に。ティファニアの方も、言葉少なく自己紹介をする。ただ胸の内では一安心。二人ともルイズが言うほど、押しが強そうに見えないので。

 すると衣玖が何かに気付いたのか、ティファニアの方へ視線を向ける。

 

「ティファニアさんといいましたか。あなたから妖魔の気配がします。もしかして妖魔ですか?」

「え!?」

 

 驚いて帽子を深くかぶるティファニア。身を縮め、うつむいてしまう。ハーフエルフと知られたら、どんなふうに見られるか。

 しかし、彼女の不安を他所に、誰も気にしていない。さらにルイズが、衣玖の問いにあっさりとうなずいていた。

 

「半分ね。ハーフエルフなの」

「半妖ですか。どうりで。人間と違う空気はそれですか」

「ふ~ん、そういうのも分かるんだ。とにかくそんな訳だから、秘密にしといて」

「分かりました」

 

 衣玖は淡々と答える。鈴仙も同じく。双方のやり取りを見て、不思議そうなティファニア。

 

「あの……驚かないんですか?」

「驚くって?」

 

 鈴仙が首をかしげていた。

 

「ハーフエルフなのに……」

「半妖なんて珍しくないし」

「え?」

 

 ティファニア、唖然。トリステインではそうだったのか、などと考えてしまう。村からほとんど出た事のない彼女、別の国にはこんな世界もあるのだと少しばかり感動していた。しかし、鈴仙が言っているのは、幻想郷での話。今のティファニアには、それを知る由もない。

 

 ルイズは残りのメンツも紹介しようと、アジトに向かう転送陣へ近づいた。すると、転送陣の方が光り出す。姿を現したのは白黒魔法使い、魔理沙。

 

「あ~、肩凝ったぜ」

 

 右肩を大げさに回しながら、ぼやいていた。顔にも疲れが見える。彼女は、すぐに目の前のちびっこピンクブロンドに気付く。

 

「よっ、ルイズ」

「丁度よかった……って、魔理沙、どうしたの?顔色悪いわよ」

「お前の頼み事、やってたんだよ。一応できたぜ」

「え!?もう完成したの?」

「まあな。一晩かかったけどさ」

「徹夜してたの!?」

「面白かったからな。寝るの忘れてたぜ」

 

 ルイズは異界の友人に感謝しながらも、この集中力とのめり込み具合に感心してしまう。魔理沙はさっそく、完成品を前に出した。

 

「で、これがブツだぜ」

 

 差し出されたものは杖だった。普通の杖よりやや太めで長いが、ルイズやタバサほど長くはない。

 実はこれ、ティファニアの杖。しかもルイズと同じ、リリカルステッキ。つまりティファニアが弾幕を使えるようにと、ルイズが魔理沙に頼んだのだった。ティファニアが学院生活を送る上で、必須の品なので。幸い、ルイズ用のスペア杖があり、それをベースにしたため手間はかからなかった。

 

 魔理沙が説明を始める。

 

「使い方は、お前と同じだぜ。ただ、長さは縮めた。ルイズみたいに、棒術使う訳じゃないからな。短い方が持ちやすいだろ」

「けど、なんか中途半端な長さね」

「これ以上縮めんのは無理だ。そこは我慢してくれ」

「うん、わかったわ。ホントありがと。こんな早くできるなんて、思わなかったわ」

「まだ完成って訳じゃないぜ。調整が残ってる。ま、実際使ってみてからの話だな。んで、後ろが持ち主か?」

「あ」

 

 思い出したようにルイズが振り向くと、身の置き場に困っているティファニアがいた。

 

「その通りよ。彼女がティファニア」

「ティファニア・ウエストウッドです。よろしくお願いします……」

 

 ティファニアは、戸惑いつつ挨拶をする。一方の魔理沙は、彼女らしく気さくに返した。

 

「私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙。魔理沙でいいぜ。にしても、あんたがアルビオンの女王様か」

「え!?ち、違いますよ!わ、私が女王だなんて!」

 

 慌てて否定する金髪の妖精。正体は隠すようにマチルダから、厳しく言われていたので必死。ただ彼女の対応は、むしろ逆効果。図星に見えてしまう。

 もっとも、二人の態度は変わらない。ルイズがティファニアの肩を叩く。

 

「全部話してあるわ。大丈夫、バラしたりしないから」

「え!?そうなの?バレないなら……。うん……」

 

 よく分からないが、一応うなずくティファニア。

 それから彼女に、杖が手渡された。さらに明日から、放課後に杖の使い方の練習をする事となる。

 

 しばらくの雑談の後、二人は部屋を出た。残りのメンツの紹介は、いずれまたとなった。

 ティファニアの部屋まで付き添うルイズ。その途中、馴染の顔が目に入る。キュルケとタバサだ。

 キュルケ達もルイズに気付いた。

 

「あら、ルイズ」

「ん?二人共、出かけてると思ったわ」

「どこ行くか考え中よ」

 

 軽く言葉を交わす双方。するとキュルケは、ルイズの隣の少女に気づく。そしてティファニアを凝視。

 

「ん?見かけない……いえ、どこかで見たような……」

「前に言ったでしょ。彼女が例の留学生よ」

「留学生……?あ!」

「紹介するわ。ティファニア・ウエストウッド。一年生よ」

「…………そう。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は微熱。一応、ルイズのクラスメイトよ」

 

 タバサもキュルケに釣られるように挨拶をする。

 

「タバサ」

 

 キュルケとタバサの挨拶に、たどたどしく返すティファニア。

 

「ティファニア・ウエストウッドです。よ、よろしくお願いします」

「よろしくね」

 

 新入生を大歓迎するかのごとく、大きな笑顔で返すキュルケ。良き上級生という態度で。しかし、頭の中では全く別のものがあった。

 

 彼女はすぐさま、ティファニアの解析を開始。白い肌に、輝く金髪、可愛らしい顔つき。そしてキュルケに匹敵、いや超えるかもしれないわがままボディ。さらに一言二言しか話していないが、いかにも純情そうな性格。女の魅力をフル装備。さすがのキュルケも、息を飲む。

 男が目を奪われるのも当然と結論。さらに何よりも問題なのは、この少女はコルベールが見つめていた女性の一人だという事だ。

 様々な考えが、彼女の中で巡り出していた。

 

 キュルケはパンと手を叩くと、晴れやかに言い出す。

 

「そうだわ!ミス・ウエストウッドの入学祝いをしましょう」

「え?なんで?」

「上級生が新入生歓迎するの、何か変?それに留学生同士だもの。先輩として、いろいろアドバイスしてあげようと思ってね」

「そ、そう……」

 

 今一つ腑に落ちないルイズ。露骨な笑顔のキュルケが不気味。しかし断る理由もない。ルイズもティファニアも結局うなずく事となる。

 

 一同はタバサも誘い、入学祝いのためトリスタニアへ。手段は転送陣を使って。途中、異世界の人妖もルイズは紹介。合わせて彼女達を歓迎会へ誘った。鈴仙と魔理沙は参加。パチュリーは最初渋ったが、トリスタニアに用があり結局参加。こあも付いていく。衣玖も一人残るのも暇なので、参加する事となった。

 

 そしてキュルケが率先して、ティファニアにトリスタニアを案内する。本当に頼りになる先輩という具合に。そんな彼女、ティファニアにオーダーメイドの服をプレゼントした。二人の様子を見るルイズは、不似合なほどのキュルケの親切さに、違和感を覚えずにはいられなかったが。

 

 ともかく一同は、『魅惑の妖精』へとたどり着く。個室を借り歓迎会となった。ちなみに天子と文は、うろついている途中で捕まえ合流。ティファニアがハーフエルフという事を、全く気にしない彼女達。ティファニアは、本当にトリステインに来てよかったと思っていた。

 

 

 

 

 

 廊下を進む帽子をかぶった金髪の美少女がいた。彼女の周りには、男子生徒がまとわりついている。しかし、中心にいる少女は笑みを浮かべていた。そう悪い気分ではなさそうだ。

 

 そんな彼女を難しい顔で、遠くから見つめる少女が一人。ルイズだ。

 

「なんかマズい気がするわ」

「何が?仲よさげじゃないの。いい事でしょ。だいたい彼女、アルビオンからの留学生よ。それだけでも反発買いそうなのに、入学そうそう歓迎されてんだから、喜んであげなさいよ」

 

 隣にいるキュルケは、嬉しそうに答える。しかし、ルイズの不安は収まらない。

 

「あれって、ティファニアの見た目に寄ってきてるだけでしょ!キュルケがあんな服着せるからよ!」

 

 ルイズの言うあんな服とは、キュルケがトリステインでティファニアにプレゼントしたもの。一応、制服なのだがティファニアのスタイルを強調するかのように、パッツンパッツン気味に仕立てられていた。当のティファニアは、同年代から貰った初めてのプレゼントなので、素直に喜んでいたが。

 

 キュルケが涼しい顔で答える。

 

「別にいいじゃないの。切っ掛けはなんだって」

「変な男に引っかかったら、どうすんのよ!」

「恋の手ほどきくらいしてあげるわ」

「恋の手ほどきぃ?」

「せっかく田舎から出てきたのに、恋の2つや3つしないでどうすんのよ。それに、あたしが言うのもなんだけど。彼女、とても魅力的よ。恋しないなんて、勿体なさすぎだわ。人生、捨てるようなもんよ」

「う……。けど……」

 

 あまりの説得力に、言い返せないルイズ。しかしティファニアは女王なのだ。単なる色恋沙汰では済まない。だが彼女の正体を明かす訳にもいかない。いい知恵が浮かばない、ちびっこピンクブロンド。

 

 一方のキュルケ。口元を緩めてティファニアの方を見ている。計画通りと言いたげに。

 実は彼女、純粋な親切心から、ティファニアの面倒を見ている訳ではなかった。彼女は以前、コルベールが見つめていた二人の内の一人。もう一人は、彼女の父母に当たる人物と聞いた。だがその女性はもうアルビオンに帰っている。ならば残る一人は、ティファニアのみ。そこで手を打ったのだ。何のことはない。ティファニアに恋人ができれば、万が一、コルベールに恋心があったとしても諦めるだろうと。

 

 狙いは的中。今ではティファニアは新入生の中で、最も話題に上る少女になってしまった。そしてそれは、同学年だけではなく上級生も同じ。

 

「いやぁ、なんていうか……。あんな女性が実在したなんて」

「ああ……。彼女を見たら、どんな女性も霞んでしまうよ」

「その通りだ。さましくこの世に現れた妖精だ!金髪の妖精だ!」

 

 昼休み。広場の端にギーシュやマリコルヌ、他数名の男子生徒が集まって雑談していた。話の中心は、やはりティファニア。

 ギーシュが感慨深げにうなずく。

 

「僕もいろんな女性と付き合ったけど、もう別次元の存在だよ。うん」

「よし!今度の『フリッグの舞踏会』、僕は彼女を誘おうと思う」

 

 マリコルヌが拳を強く握りつつ、意を決したようにつぶやいた。しかし周りの連中は、子バカにしたふう。ギーシュが呆れたように言う。

 

「君がかい?それはない」

「な、何がいけないって言うんだ!」

「想像してみなよ。二人が踊っている様子を」

「ぐ……」

 

 女神像のようなティファニアと、タルのようなマリコルヌが並ぶ姿が、彼の脳裏に浮かんだ。自分自身でこれはないと一瞬思ってしまった。すぐさま、思いっきり首を振る太った子。

 

「み、見た目より気持ちだよ!」

「君の場合、気持ちもねぇ。ま、僕が手本を見せてあげよう」

「ちょっと待てよ。ギーシュにはモンモランシーがいるだろ」

「その……ほんのちょっとの間、リードしてあげるだけさ。僕は、純粋に彼女を心配しての事なんだよ!聞けば田舎育ちというじゃないか。ダンスも不慣れに違いない。上級生として、紳士として、不慣れなダンスで困ってる女性を見過ごすなんてできないよ!」

「じゃぁ、モンモランシーに言ってもいいんだな。この話」

「え!?ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

 その時、じゃれ合っている二人に、落ち着いた声が挟まれる。

 

「けど……アルビオンのティファニアって……」

 

 レイナールだった。ギーシュ達と同学年の生徒。アルビオン出兵の際に知り合った。それ以来、ギーシュ達といっしょにいる事が多くなっている。

 彼は言葉を続ける

 

「確か……アルビオンの新女王が、ティファニアって名前だったな……」

「おいおい、出身と名前が同じだからって、無理に関係づけなくってもいいだろ。同名なんて、どこにだっているさ」

「それは……そうだけど……」

 

 何か引っかかりを覚えたが、レイナールは腑に落ちないながらも引っ込んだ。それからは、また『フリッグの舞踏会』の話に戻る。どうやってティファニアを誘うかで、盛り上がる一同だった。

 

 何にしても、上手く行っているキュルケの策。彼女の思惑は別として、少なくともティファニアが学院生活をスムーズに始められたのは確かだった。

 しかし一つ問題があった。彼女の策は、ティファニアへの好意だけを増やした訳ではない。やっかいな妬みも増やしていた。特にある少女の。実は今年、彼女とはまた違った特別な女生徒が入学していた。注目を浴びて当然と思っている少女が。

 

 

 

 


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