ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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 ゼロ戦が勝手に飛んで行った日の翌日。放課後。ルイズは話があると、魔理沙達の部屋へ呼び出されていた。自分だけという事は、アンリエッタが相談していた件かと見当をつける。ゼロ戦の件だったらコルベールも呼び出されているだろうが、彼は来てはいない。そしてその予想は当たっていた。

 

「クロコ?」

 

 ルイズは、三魔女に聞き返す。パチュリーがそれに答えた。

 

「って私たちは呼んでるわ」

「ガリア王みたいなのが、他にもいるの?」

「いいえ、彼とは別物。次元の違う存在を想定してるわ。こそこそ何か企んでるのは同じだけど」

「それじゃぁ、何よ。クロコって」

 

 もったい付けるような言い方に、ルイズは不満げに返す。

 

 この所三人が、何やら変わったものに取り組んでいるのは知っていた。何かは聞いていないが。ただシェフィールドへの尋問や、アンリエッタの話を側で聞いていたルイズ。普通の魔法研究ではないのは、薄々感づいていた。そして今、説明を受けている。一連の現象について。ハルケギニアに潜む何者かについて。そして出てきたのが"黒子"というキーワードだった。

 

 次は魔理沙が話しだす。

 

「まだ憶測なんだがな。ぶっちゃけ私らは、始祖ブリミルみたいなのを考えてる」

「し、始祖ブリミルぅ!?」

 

 ルイズ、思いっきり目を見開き前のめり。無理もない。予想外の名前。それどころか、ハルケギニア世界での信仰の対象が出てきたのだから。

 

「なんなの、それ!?始祖ブリミルが陰謀を!?いえ、いえ、いえ。ちょ、ちょっと待ってよ。だいたい、"いる"の分かったの!?」

「みたいなのって言ってるだろ」

「みたいってどういう意味!?逆に悪魔!?ハルケギニアにも悪魔が実在してたぁ!?」

「落ち着けって」

 

 喚き散らすルイズをなだめる魔理沙。

 確かにルイズは、幻想郷で神やら悪魔やらが形を持って存在すると知った。だがそれは異世界での話。ハルケギニアでは、あくまで信仰上存在を信じられているが、幻想郷のように実感できるほどのものでもなかった。ルイズも信仰心はあるが、ブリミルが神奈子達のように存在するとは考えていない。

 

 しばらくして、落ち着きを取り戻すルイズ。それから魔理沙達の詳しい説明を受け、ようやく理解する。

 

「つまり、始祖と思っちゃうくらい、すごい力を持った誰かがいるって話でいいのかしら?」

「今は、それでいいわ。で、仕掛けた相手とかじゃぁ呼びにくいから、黒子ってあだ名をつけたのよ」

 

 アリスの言葉に、納得顔のルイズ。一呼吸置いた後、カップを手に取り一気に飲み干した。頭を切り替えるように。やがて次の質問を口にする。

 

「それで、クロコは結局、何企んでるの?」

「虚無関連の仕掛けが多い、ってのは言ったわよね」

「うん」

「そこで考えられるのが聖戦」

「聖戦……」

 

 漏らすように神聖な言葉を口にするルイズ。確かに、三人から聞いた話のほとんどが虚無関連だ。これなら、始祖ブリミルの存在を想定するのも無理はない。しかし聖戦とは。

 ルイズは視線を落としつつ、独り言のようにつぶやく。

 

「もしかして……クロコは熱心なブリミル教徒?」

「必ずしもそうは言えないわ。キュルケの件とか、関係なさそうな仕掛けもあるもの。エルフを助けてもいるしね」

 

 パチュリーがカップを手に取りながら、淡々と答えた。ルイズ、それに難しい顔。

 

「それじゃぁ、聖戦を利用しようしてるのかしら……」

「あるいは、聖戦の先に何かあるのかも」

「聖戦の先……?」

「何にしても、虚無が大きく関わってるのは確かよ。だからルイズも気に留めといて。この黒子は、シェフィールドみたいな訳にはいかないから」

「うん……。分かったわ」

 

 ルイズは神妙に返す。これまでの話を噛みしめるように。

 うつむいて厳しい表情のままの彼女に、魔理沙が声をかけた。空気を変えたいのか、軽い調子で。

 

「そういやぁ、ゼロ戦、どうなった?」

「ああ、あれね。キュルケから聞いたんだけど、ミスタ・コルベールが目撃情報集めてるみたいよ。文にお金払ってでも手伝ってもらう、ってのも言ってたわ」

「そこまでするか。必死だな」

「そりゃぁ、そうよ。一応預かり物だもん。無くしたのバレたら、ただじゃ済まないんじゃないかしら。私も天子に"気"で探せないか頼んだんだけど、破片でもいいから元の一部がないとダメだって」

 

 気さえ分かれば、緋想の剣で在り処を探れる。しかし、日頃から使っている道具や会っている相手なら、別に実物がなくてもいいのだが、天子はゼロ戦には一度しか触れていないので無理だった。

 

 ルイズは、物思いにふけるように口を開く。

 

「私、あのゼロ戦。ちょっと、気に入ってたんだけどなぁ」

「そういやぁ、実物初めて見たくせに、すぐ名前が出てきたくらいだもんな。ルイズって、意外に機械好きなのかもな。実はコルベールと気が合うんじゃね?」

「そうかしら……?ピンと来ないけど」

「ま、何にしてもありゃ武器だぜ。それに、黒子が絡んでる可能性大だ。お前も気を付けろよ」

「うん……」

 

 小さくうなずくルイズ。ただ魔理沙の忠告に納得しながらも、どういう訳か引っかかりを覚えていた。

 確かに、ヴェルサルテイル宮殿で魔理沙達は剣で襲われた。武器であるゼロ戦も、同じ目的で使われるかもしれない。しかし不思議と、ルイズはゼロ戦に悪印象を持てなかった。少なくもと、自分たちを攻撃してくるようには。理由はよくわからないが。

 

 それからしばらくは黒子についての会話が続く。語りつくした頃、アリスがおもむろに話し出した。開き直ったように。

 

「やっぱ私、一度幻想郷に戻るわ」

「おいおい、付き合うんじゃなかったのかよ」

 

 驚いて魔理沙が彼女へ顔を向けた。だがアリスは変わらぬ態度。

 

「付き合うわよ。だから戻るの。不確定要素を減らすためにね」

「不確定要素?」

「てゐよ。ガリア王や黒子の他にも、永琳達がなんか仕掛けてんだから。今のままじゃ、どの現象が誰の仕業か分かりにくいでしょ?調べて分かるものなら、知っておきたいわ」

「そっか。てゐのヤツ、たぶんワルドってのに仕掛けたんだろうけど、目的までは知らないしな」

「それとゼロ戦。にとりに詳しく聞いてくる」

「それもあるか。んじゃぁ、頼むぜ」

「ええ。さっさと調べて、すぐ戻って来るから」

 

 アリスはわずかに顔つきを緩めると、頼もしげに笑みをうかべていた。

 

 やがて話は終わり、ルイズは自分の部屋へと戻った。ベッドに横になり思案に暮れる。

 三魔女から聞いた虚無に関わる企み。そしてルイズ自身が虚無である以上、自分にも何か起こるかもしれない。

 

 その時ふと疑問が過る。そもそも何故、自分は虚無なのか。今まであまり深く考えてこなかった。しかもすでに分かっているだけでも、他に二人の虚無がいる。ほんの数年前まで、伝説、おとぎ話のように言われていた虚無が三人も。これは始祖ブリミルの意志の顕現なのだろうか。そして自分は天啓を受けた一人……。

 パチュリー達からブリミルの名を聞いたときは、その実在を信じられなかったが、"いる"のかもしれない。そして、もし本当に聖戦へ向かうとしたら……。今のルイズには、答えを出せそうになかった。

 

 ほどなくして、まどろみが彼女を包む。そして眠りへと入っていった。

 

 

 

 

 

 卒業式も終わり、春休みに入った。ゼロ戦は相変わらず行方不明。霞のように消えてしまった。しかし一方で、予想されたゼロ戦による騒動もなく、日々は平穏そのもの。

 

 ルイズの方はというと、ちょっとしたイベントがあった。彼女は、春休みが始まったとたんに実家へ呼び出される。理由は鈴仙の歓送会。彼女が幻想郷へ帰るからだ。カトレアは、治療もようやく終わりすっかり元気な姿を見せていた。タバサの母親も完治している。これにより、鈴仙の役目は全て終了。ハルケギニアにいる理由はなくなった。さらに帰らないといけない訳もある。彼女のいない永遠亭がどうなっているのか、不安でたまらないので。

 

 そこでヴァリエール家としては、鈴仙へと感謝の気持ちを込めた宴を開こうという訳だ。これには幻想郷の面々も招待を受けていた。しかし、一度行ったから今回はいいと、パチュリー、こあ、文は不参加。アリスは幻想郷に戻っており今はいない。結局、美味しいものが食べたい魔理沙と、カリーヌと決闘の約束がある天子、付き添いの衣玖だけが参加する事に。

 各人バラバラの行動。相変わらずの幻想郷の面々だった。

 

 その後も春休みは何事もなく過ぎ、いよいよ最終日前日。次々と学生が、実家から学院へ戻ってくる。そしてここにも、帰って来た少女が一人。そんな彼女を迎える声がかかる。声の主は、真っ赤な髪と最大クラスの胸を楽しげに揺らしながら、近づいてきた。

 

「タバサ!お帰りなさい」

「キュルケ……。ただいま」

「初めてじゃない?あなたが休日一杯、寮にいないなんて」

「……」

 

 頬を赤らめて、うつむくタバサ。

 彼女にしては初めての長の帰郷だった。と言ってもラグドリアンではなく、アミアス達のいる村にだが。つまり、正気を取り戻した母親の元へと帰っていた。ちなみに執事のペルスランには、最近事情を話している。ガリア王家が、行方不明となったオルレアン公夫人への関心を無くした様子を見計らい。今彼は、いつか母娘が平穏に暮らせる日が来ると信じ、オルレアン家宅の管理に努めている。

 

 そしてこの日、トリステイン魔法学院を訪れたのは在校生ばかりではない。新たな学生、新入生もだ。しかも特別な新入生がいた。今彼女は、学院長室で学院長自らの接待を受けている。

 

 学院長室にいるのは学院長こと、オールド・オスマン。そして彼を補佐する教師コルベール。この二人の前には、二人の女性と、護衛の兵が数人いた。女性の一人は、緑の色合いのロングヘアーの女性。彼女の名は、マチルダ・オブ・サウスゴータ。アルビオン王国の宰相だ。

 そしてもう一人。彼女こそ、特別な新入生。金糸のような金髪と、絹のような肌、そして高名な彫刻家が生み出したかのような容姿。まさしく女神が降臨したかのよう。さらにハーフエルフとしての特徴的な長い耳。これだけ目を引く要素がありながら、特別な肩書きを持っていた。彼女こそ、アルビオン王国現女王であり虚無の担い手、ティファニア・モードその人だった。まだまだこういう場は慣れていないのか、緊張で体中が強張っている。逆にそれが、余計に清楚な雰囲気を醸し出していた。

 

 しかし……。

 どういう訳か、オールド・オスマンとコルベールの二人は、この美しい女王に目もくれず隣の女性、マチルダばかりを見ていた。しかもその両眼にあるのは、クエスチョンマーク。

 オスマンの耳元に、コルベールの動揺した小声が届く。

 

「学院長!どっからどう見ても、ミス・ロングビルですよ!」

「そんなもん、言われんでも分かっとる!」

 

 オスマンも小声で返す。こちらも驚きを隠せないでいた。

 無理もない。ティファニアの隣に立っているアルビオン宰相マチルダは、かつてこの学院にいたロングビルという秘書にそっくりなのだから。

 

 当のマチルダ。自分の事をジロジロと探るように見る二人に、平然とした態度。宰相としての威厳を維持している。もっとも腹の中は、全く違ったが。

 

(チッ!やっぱ気づかれたか……。けど、来ない訳にもいかないしねぇ。ティファニアの事、直に言っておきたいし。女王ってのもあるけど、なんたって初めての学校だからねぇ)

 

 オスマンとコルベールが感じていた通り、実はマチルダ、ロングビル本人だった。かつて偽名を使って、この学院へもぐりこんでいたのだ。盗みのために。

 しかしそれも昔の話。今は宰相として、日々の仕事に励んでいる身。ただこれが逆に彼らが、彼女の正体を察する理由となっていた。平素のマチルダはどちらかと言えば、フランクな女性。しかしロングビルを称していた時は、毅然としたできる秘書を演じていた。この毅然とした態度が、今の宰相としてのあり様にそっくりだったからだ。さらに今日はお忍びの訪問。身分を隠すため、服装も平民かのような地味なもの。なので、余計にロングビルを連想させた。

 

 マチルダは胸の内を微塵も感じさせず、口を開く。

 

「何か私に、お尋ねになりたい事でもあるのでしょうか?」

「あ、いえ……その……。で、では一つだけ」

 

 コルベールが恐る々尋ねてくる。

 

「サウスゴータ卿には、年の近い女性のご親戚などおられますか?」

「我が一族の末路については、知れ渡っていると思いましたが」

「あ!も、申し訳ありません!」

 

 思いっきりの平謝りをする禿教師。

 サウスゴータ家が、テューダー王家の名で誅殺されたのは、有名な話。それを当人に言わせてしまうのだから。言い訳しようのない大失態。

 オスマンも呆れて、小声で叱りつける。

 

「バカもんが。わしに任せておけ」

 

 そう言って、机の一番下の引き出しを開けた。するとそこから小さな顔がのぞく。白いハツカネズミの顔が。このネズミ、オスマンの使い魔、その名をモートソグニルと言う。オスマンは忠実な僕に命を下した。もちろん小声で。

 

「よいか。重要な任務じゃぞ。サウスゴータ卿への強行偵察を命じる」

「チュ!」

 

 モートソグニルはビシッと敬礼すると、さっそく出撃。我が庭とも言えるこの学院長室を、俊足で駆ける。マチルダの死角を通りながら。そして手際よく目標の背後を確保。その時、オスマンの眼光は告げた。GOと。

 

 次の瞬間。まさしく白羽の矢のごとく、モートソグニルは真っ直線に突撃。マチルダの巨大障壁、ロングスカート突破を試みる。そして……。

 

「ギャッ!」

 

 小さな悲鳴が上がった。マチルダの背後で。正確にはスカートの縁で。モートソグニルはものの見事に迎撃された。ヒールで蹴り飛ばされて。恐るべき直感力。任務は失敗に終わる。慌てて撤退する偵察兵。その間、彼女は前を向いたまま。態度にも全く揺らぎなし。もっとも秘書時代に何度も味わった、苦い経験のおかげでもあるが。

 

 マチルダは何事もなかったように、抑揚なく話しだした。

 

「どうもこの部屋には、たちの悪いネズミがいるようですね」

「う~む、なにせ古い建物ですからなぁ。壁に穴の一つや二つ、空いておるやもしれませんのぉ」

 

 こちらも同じく、相変わらずの飄々さ。それにマチルダの眉毛の端が、わずかにざわめく。腹の内はざわめく所ではなく、湧き上がる怒りを抑えるので必死だったが。

 

(このジジィは~っ!)

 

 一方で、禿教師の方は顔が真っ青。思わず語気を荒げる。小声で。

 

「な、何をやっているのですか!学院長!仮にも一国の宰相閣下に……」

「安心せい」

「何がですか!」

「作戦は完遂とはいかなかったが、目的は果たしたぞ。サウスゴータ卿の正体は……」

「そういう話ではありません!」

 

 コルベールは必死の形相で、オスマンに迫る。もっとも、そんなもので動じる髭ジジィではない。

 するとマチルダの不機嫌そうな声が、二人に届いた。

 

「先ほどから、何をお話しになっているのでしょうか?気掛かりな点があるならば、仰ってください。内容によっては、こちらも考えたいと思いますので」

「あ~……。そうですな。実はティファニア陛下をどのように扱うか、話し合っていた所なのですじゃ。それに、こう言っては憚れるかもしれませんが、エルフかのようなお姿はどうしたものかのと」

 

 ごくごく自然に、もっともらしい言葉を連ねるオスマン。コルベールはもちろん、さすがのマチルダすらも、この太々しさに呆れるやら感心するやら。マチルダは溜息を一つ漏らし気持ちを切り替えると、宰相然として答えた。

 

「先ほど申し上げたように、陛下は身分を隠して学院生活を送りたいのとお考えです。基本的に一般の生徒として、対応していただいて結構です。容姿もご覧のとおり、不信を抱かれないようにしています。ともかく、陛下は宗教庁より認められた虚無の担い手なのです。お忘れなきよう」

「左様ですか。うむ、分かりましたぞ」

 

 心得たとばかりに、大きく首を縦に振る学院長。マチルダとコルベールは、白けた視線を向けるだけ。

 ところで、マチルダの言う不信を抱かれない容姿、ハーフエルフであるティファニアの長い耳をどうごまかしたかというと、大き目の帽子をかぶり隠していた。肌が弱いという口実で、常にかぶり続けている事になっている。このため室内でも外さずにいた。素性を知っているオスマン達の前では、さすがに取っていたが。

 

 やがて、オスマンは指示を出す。ここに招待されるべき、最後の一人を呼び出すようにと。すぐさまコルベールは部屋の外へと出て行った。学院長はアルビオンの女王と宰相の方を向く。

 

「これより、ティファニア陛下の学院でのお相手役を紹介いたしますじゃ。お困りの時は、彼女にご相談してくだされ」

「は、はい」

 

 ティファニアは緊張が解けていないのか、こわばったまま。その直後、背後の扉が開く。コルベールに案内され、一人の少女が入って来た。ちびっこピンクブロンド。ルイズだ。コルベールは彼女に挨拶を即す。ルイズは、トリステインの虚無として、ヴァリエール家の者として、毅然とした態度を見せる。

 

「学院でのティファニア陛下のお相手役を、仰せつかり……。えっ!?ミス・ロングビル!?なんで!?」

 

 ルイズの毅然とした態度は早くも粉砕。目に入ったマチルダに。オスマンとコルベールは、思わず顔を手で覆ってしまう。マチルダの方も、こう繰り返されると、さすがに変わらぬ表情とはいかなかった。わずかに顔が引きつっている。

 

「ど、どなたかと、間違えているのではありませんか?私は、アルビオン王国宰相、マチルダ・オブ・サウスゴータです」

「え、あ……。いえ……。し、失礼しました!」

「それで、陛下のお相手役との話ですが」

「あ、はい!私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します!学院でのティファニア陛下のお相手役を、仰せつかりました!」

「では、あなたがトリステインの虚無ですか」

「は、はい」

「ミス・ヴァリエール……と言いましたね。陛下の事、よろしく頼みましたよ」

「はい!」

 

 失敗をなんとかごまかしたと、冷や汗を拭うルイズ。

 一方のマチルダ。ティファニアの相手がルイズと聞いて、少々不安になる。ロングビル時代、ルイズについてはいろいろと目に耳にした。彼女の知っているルイズは、学業に対しては真面目だが、意地っ張りで短気で大貴族としての傲慢な所もある、厄介な小娘という印象。少々押しの弱いティファニアにとって、あまりいい相手とは思えなかった。

 もっとも、そう思うのも無理はない。まさしく、その通りだったのだから。だが今は、幻想郷に飛ばされ、ハルケギニアでも人妖達に振り回され、さらに戦地に出向いたりと、様々な経験のおかげか人柄もかなり丸くなっている。

 

 ともかく一応の顔見せが終わり、ルイズは相手をする当人、ティファニアへ近づいていった。

 

「陛下、ご要望などありましたら、遠慮なくお申し付けください」

「あ、その……あの……。なら……ひ、一つだけいいかな?」

「はい」

「普通にしてくれると……嬉しいんだけど……」

「普通?」

 

 首をかしげるルイズ。するとマチルダが言葉を添える。

 

「陛下は、この学生生活を一般の生徒として送りたいとお望みです。ですから、友人として付き合っていただきたいのです」

「あ、はい」

 

 改めて、ティファニアの方を向き直るルイズ。

 

「えっと……。それじゃぁ、よろしくミス・モード……」

「あ。ウエストウッドって呼んで。ここじゃぁ、私はティファニア・ウエストウッドって言うの。その……モードの名前だしちゃうと……ね」

「……。それもそうね。じゃぁ、名前で呼んでいい?」

「うん。ティファニアでいいわ。呼びにくかったらテファで」

「私はルイズって呼んで」

「うん。ルイズ」

 

 流れるように自然な会話をする二人。オスマンとコルベール、マチルダはこれに少々驚いていた。事前に話を通していたとは言え、こうもあっさりと打ち解けるとはと。しかもティファニアのエルフのような姿を、気にも留めていない様子。

 

 一段落ついた所で、マチルダは指示を出した。部下が一つの箱を、オスマン達の前に持ってくる。すぐにそれが何であるかに気付く学院長。

 

「これは……!『破壊の杖』!?」

「やはり、こちらのものでしたか。トリステイン魔法学院の紋章が、刻まれていたものですから」

「どちらで見つけたのですかな?実を言いますと、盗まれ行方知れずとなっていたのですじゃ」

「『土くれのフーケ』。ご存じでしょうか?貴族専門の盗賊です。この品は、かの賊の隠れ家で見つけたのです」

「土くれのフーケの隠れ家を見つけたと!?」

「はい。捕縛もいたしました」

「なんと……」

 

 オスマンとコルベールは驚きに動きを止める。あの神出鬼没の賊を捕えたとは。

 マチルダは経緯を説明する。元神聖アルビオン帝国皇帝オリヴァー・クロムウェルを捜索中、たまたまフーケのアジトを見つけたとの事だった。『破壊の杖』はそこにあったそうだ。

 

 コルベールは、誰もが気になる疑問を口にした。

 

「その……フーケはどうなりました」

「縛り首となりました」

 

 事務的に答えるマチルダ。自分とは無縁の存在かのように淡々と。フーケは完全に消え失せた、と言いたげに。これでかの盗賊が、世に出ることは二度とない。様々な意味で。

 

 一連の行事が終わり、アルビオン一行は来賓用の客室へと案内される。その後ろ姿を、コルベールは廊下に出て見送った。いや、見送ったというよりは、凝視していると言った方がいい。かつて淡い恋心を抱いていた女性に、そっくりな後ろ姿を。心を囚われているかのように。

 

 ルイズも寮へと戻っていく。ティファニアの相手役兼、護衛役となった彼女。政治絡みの難しい役目だが、アンリエッタからの直の頼みだ。やり遂げなければならない。ここですぐに脳裏を過ったのが、幻想郷メンバー。あの自由気ままな連中。事前に注意しておかなければ。トラブルがあったら、最悪、外交問題にまで発展しかねない。

 あれこれと考えながら、ルイズは足を進めた。その時、鋭い声が届く。

 

「ルイズ!」

「キュルケ!なんでここにいるのよ!」

 

 学院長室周辺はアルビオン王家一行のため、立ち入り禁止となっていた。それを無視して来たらしい。ルイズは慌てて、キュルケを廊下の角へと隠す。

 

「来るなって言われてたでしょ!」

「胸騒ぎがしたのよ!あなたこそ、なんでいるの!」

「え?あ……。し、知り合いが入学したのよ。それで学院長室に行くって言うから、案内したの。うん」

「…………」

 

 信じられないと言わんばかりの視線を向けるキュルケ。対するルイズは、必死に平然の顔を作る。頬が微妙に痙攣していたが。だがキュルケは構わず、質問を続けた。

 

「まあいいわ。それより、学院長室から女が二人でてきたでしょ?」

「え!?見てたの?」

「そうよ。で、ジャンはどっち見てた?」

「は?」

 

 想定外の事を聞かれた。一時停止のルイズ。

 キュルケの言うジャンとは、コルベールの事。だが何故その名前が出るのか、まるで分らない。

 当惑しているルイズに、キュルケは必死の形相で迫って来る。

 

「どっちか言いなさいよ!」

「どっち見てたかなんて、分かんないわよ。学院長室にも、ちょっといただけだし」

「…………そ」

 

 不満そうに一言漏らす褐色美人。ルイズ、眉間を寄せて、ますます怪訝な表情。この微熱はいったいどうしたのか、本当に熱があるのではないかとか思ってしまう。しかしキュルケの質問は、終わっていなかった。

 

「それじゃぁ、教えて。あの二人は誰?」

 

 一番都合の悪い事を聞いてきた。しかし、正体は知られる訳にはいかない。頭をフル回転させるルイズ。

 

「えっと~、りゅ、留学生なの。アルビオン出身の。爵位もそんなに高くないわ。普通って言うか、本当に平凡な貴族よ。キュルケが、気にするようなもんじゃないわ」

「アルビオンから留学?何よそれ。だいたいどうやって、そんな所の貴族と知り合いになったって言うのよ?」

「え!?ほ、ほら、アルビオンにチラシ撒きに行ったでしょ?そ、その時に偶然……ね。うん。偶然知り合ったのよ」

「…………」

 

 しどろもどろのルイズに向いているのは、まるで納得してないという疑惑だらけのキュルケの顔。だが何かを察したのか、追及はここで止まる。

 

「……。分かったわ。自分で調べてみる」

「ちょ、ちょっと!何、調べるってのよ!」

「どっちが、ジャンの目を奪ったのかをよ!」

「???」

 

 ちびっこピンクブロンドには、この赤毛の微熱が何を言っているのか、サッパリ分からない。いや、言いたい事は分かるが、どこからそんな考えが出てきたのか理解不能。ルイズは、踵を返すキュルケを茫然と見送しかなかった。

 

 実はキュルケ、コルベールがティファニアとマチルダを見送っていたのを、覗き見ていたのだった。想い人の、心ここにあらずという姿を。だがルイズの方は彼に背を向けていたので、そんな事が起こっているなどと知るハズもない。

 

 それから一時程後、入学式が始まる。アルヴィーズの食堂の新入生が集められ、オスマンの挨拶が食堂に響く。年度初めの恒例行事。ただ一つ違うのは、ロバ・アル・カリイエからの賓客の紹介があった点だ。もっとも右代表で、文だけだったが。元々は全員が出席する予定だったのだが、皆が挨拶を面倒臭がった。そこでこれからの取材の手前、第一印象をよくしたい文が右代表という形で出た。しかしその挨拶は、ある意味見事なもの。さすがは記者。達者な口で新入生に好印象を与えたという。

 

 ところで、この様子を別室から見ている者がいた。アルビオン宰相、そしてティファニアの親代わりだったマチルダ・オブ・サウスゴータだ。通常、入学式では学院関係者以外は出席できない。しかし、ティファニアの晴れ姿を見たいという彼女の要望により、遠見の鏡を使っての見学となった。その表情は、終始緩んでいたという。

 

 

 

 


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