家から出てきた色白の二人の少女。楽しげな笑みを見せる口元には、牙があった。思わず杖に手が伸びてしまう、キュルケとタバサ。
「きゅ、吸血鬼……!」
強張った声色の微熱。固い表情の雪風。
ハルケギニアの吸血鬼は、エルフを除けば最も恐ろしい妖魔として知られている。もはや常識の範疇。しかもタバサは以前、北花壇騎士団の仕事として吸血鬼退治をこなした経験がある。吸血鬼というものを肌で知っていた。キュルケにとっては知識だけの存在だ。しかし、こうして直に会った事で、恐怖感をリアルなものにしていた。
一方の少女達、タバサ達の態度を見て、すぐに察する。態度の理由を。
「あ!」
一言漏らすと、牙を引っ込めた。吸血鬼は血を吸うときのみ牙を出す。牙が見えない今の姿は、もう人間と区別がつかない。さらに彼女達は追いうち。
「食事をしてたもんで、つい……。驚かせちゃって、ごめんなさい」
失敗をごまかすような人懐っこい笑みを浮かべながら、頭を下げる吸血鬼。当たり前かのように。
二人は気遣いのつもりだったが、逆にキュルケ達の顔は真っ青。食事をしたという事はすなわち、ついさっきまで血を吸っていたという意味。つまり人間が犠牲になったと同義。
「あ……あなた達……!」
キュルケはさらに警戒感を強める。もう杖を抜いていた。すると家の中から出てくる軽い声。ルイズだ。
「何やってんのよ。さっさと入りなさいよ」
「だ、だって吸血鬼よ!?」
「あらかじめ、話したじゃないの。タバサの母さま、吸血鬼に預けてるって」
「そ、そうだけど……!」
珍しく余裕のないキュルケ。そんな彼女にルイズは何をモタモタしているのかという、うんざりした顔。
「いつまでも扉開けてたら、寒いでしょ。ほら、入るわよ」
「ル、ルイズ!」
ちびっ子ピンクブロンドに、強引に手を引っ張られるキュルケとタバサ。仕方なしに家へと入る。やがて扉が閉じられた。
中では人妖達が、お茶を飲みながらくつろいでいた。力を抜いているのはルイズも同じ。二人の吸血鬼の横に立つと、いつもと変わらぬ態度で話しだす。
「えっと、紹介するわね。ここの主のダルシニとアミアス。あらためて言うけど、彼女達にタバサの母さまのお世話を頼んだの」
「はじめまして。ダルシニです」
「アミアスです。お話はルイズお嬢様より伺ってます。キュルケさん、タバサさん」
ダルシニとアミアスはにこやかに礼をする。さきほどと同じく人懐っこそうに。対する二人。タバサは一応名前を告げたが、キュルケは頬を引きつらせるだけ。
確かに、今まで幻想郷の人外と付き合ってきた。しかし彼女達は、基本的に人間に危害を加えない。迷惑はかけるが。しかし吸血鬼は違う。命を奪う存在だ。同じように接しろというのが、無理というもの。
キュルケは急にルイズを引っ張り込むと、耳元でささやいた。
「あなた分かってんの!?吸血鬼よ、吸血鬼!」
「だから大丈夫だって。吸血鬼って言っても、いろいろいるのよ。妖怪にもいろいろいたでしょ?それと同じよ」
「だ、だって、食事してたって言ってたわよ!」
「ああ、ちょっと早めに来ちゃったから、邪魔しちゃったわね」
「は!?何、バカ言ってんのよ!食事したって事は……」
「あ~もう、面倒くさいわね!」
ルイズは鬱陶しいと言わんばかりに、彼女を振りほどくとテーブルへ向かった。そして一杯のグラスを手に取る。底には赤い液体が溜まっていた。まさしく血であった。
「ル、ルイズ……。血じゃないの!」
「そうよ」
「そ、そ、そうよって……」
キュルケ、唖然。人外と付き合いすぎて、感覚がおかしくなってしまったのかと思うくらい。するとタバサが彼女の袖を引っ張る。
「落ち着いて」
「落ち着いてぇ!?タバサ!あなたの母さま、吸血鬼に……」
「グラスに血があるという事は、直接噛みついて血を飲んだ訳ではないという事」
「え?」
さっきまでの余裕のない仕草が、ピタリと止まる。
肌に牙を立てて血を飲めば、グラスなど使う必要はない。しかしその場合、相手は屍人鬼となってしまう。しかし一旦抜き取った血を飲むなら、そんな事は起こらない。だが気になるのはその方法だ。疑問を解くためルイズの方へ振り返と、颯爽とした声が届いた。
「どうやったのか?なんて思ってるでしょ?」
いたのは、余裕の笑みの鈴仙。やけに胸を張って。不思議そうな二人を前に、右手を高々と上げる。その手には、何か掴まれていた。
「これが、その答えです!」
そう言って、キュルケとタバサに見せたのは、ガラスの筒。ガラスの筒の先には、細い針がついていた。逆方向には引手があり、小さなポンプに見える。ルイズがまず説明。
「注射器って言うそうよ」
「何よそれ?」
「血を体から直接とったり、逆に薬を入れたりする道具なんだって。幻想郷では、そう珍しくないものらしいわ。私も紅魔館で見たことあるし」
「へー……そんな道具があるの」
ガラス管に見入るキュルケ。鈴仙は経緯を話し出す。
「二人が食事するの苦労してるって聞いて、思いついたの。レミリア達を思い出してね」
「レミリアって……前に来てた幻想郷の吸血鬼?」
「うん。彼女達の食事も、一旦採血してから飲むそうよ。その血を直接飲んだり、飲み物や食べ物に混ぜたりするんだって」
「へー……」
ただただ感心の声を漏らすだけのキュルケとタバサ。鈴仙の得意げな解説は続く。
「それで、私がカリーヌさんに頼んだの。注射器作れないかって。で、ヴァリエール家お抱えの職人が作ったのが、これ。でも、それだけじゃないわ」
「他にも何かあるの?」
「注射器で血を取るのって、手間がかかるの。他の道具も必要だし。消毒用アルコールの作り方や、血管の見つけ方、刺し方、止血、使用後の手入れとかね。今、いろいろ教えてる最中」
「あなた、実はすごい医者?」
「こう見えても、無二の薬師の弟子だからね!」
やけに上機嫌な玉兎。ルイズが付け加える。
「そういう訳で、ダルシニ達が、人を噛む事はないわ」
さらにダルシニが加わる。
「はい。私たちにとって鈴仙さんは、もう、なんと言っていいか……本当に、恩人なんです。もちろん注射器作っていただいた奥様にも、いっぱい感謝してますよ」
本当に嬉しそうに言うダルシニ。同じく笑顔のアミアス。今まで警戒していたキュルケとタバサも、さすがに緊張を解く。すると今度はアミアス。
「ですから、タバサさんのお母さんのお世話は、喜んでやりたいと思ってます。ルイズお嬢様のご友人のお母さんですから」
「……」
タバサ、唖然として優しげな吸血鬼に見入ってしまう。やがて、ぎこちなく頭を下げた。
「その……ありがとう……。えっと……、ミス・ダルシニ、ミス・アミアス」
「ミスなんてつけなくっていいですよ。ダルシニ、アミアスって呼んでください」
ダルシニとアミアスは、変わらぬおだやかな表情を浮かべていた。さらに小さくなって、気持ちの置き場に困っているタバサ。口元がつい緩んでいた。ただ一方で別のものが頭を過った。もし、もっと以前に注射器があったのなら、自分は吸血鬼を殺さずに済んだのではないかと。あの子供の姿をした吸血鬼を。
そんなタバサを余所に、ルイズが鈴仙に尋ねる。
「話は変わるんだけど、ちい姉さまの具合はどう?」
「順調よ。会えば分かると思うけど、大分長く動けるようになってきてるから」
「え!?ホント!?」
「うん」
「ありがとう、鈴仙」
「師匠の薬のおかげだけどね。それに私、あんまりあっちに行ってないから」
頭を掻きながら、ごまかすように笑う鈴仙。ルイズ、キョトンとしたまま。
「なんでよ?」
「タバサのお母さんの方に、手が一杯で。目覚ますと、いつも大騒ぎだったし。幻術使ったり、ダルシニとアミアスに手伝ってもらったりして。なだめるのに、時間かかっちゃって」
ただでさえタバサの母親は、正気を失っている。そんな彼女が、見知らぬ家で見知らぬ人物に世話されるのだから。しかも人外に。騒ぎになるのも無理はなかった。
オルレアン家の執事、ペルスランがいればかなり違っただろうが、彼は神隠しの証人という都合上、真相を教える訳にはいかない。未だオルレアン邸で気を揉んでいるだろう。
もっとも手がかかったと言っても、鈴仙、ダルシニ、アミアスは能力持ち。能力を発揮して治療に当たったので、対応は十分できた。ここは隠棲場所として最適なだけではなく、治療場所としても最適だった。
その時、申し訳なさそうな声が二人に届く。うつむいたままのタバサだった。
「……ごめんなさい……。鈴仙……ルイズ。ダルシニとアミアスも……」
「「あ」」
鈴仙とルイズは気まずい顔つき。つい口を滑らしたと。
「あ、えっと……タバサの母さまの病気の方が重いもの、別に私はかまわないわ。ちい姉さまの治療も、上手くいってるみたいだし」
「わ、私も、こう見えても薬師の弟子だから。病人を助けるのは当然だもの。大した手間じゃないわよ」
無理に作った笑顔だが、悪気は感じられない。ダルシニ、アミアスもこの村で医者として働いていたので、病人の治療は苦ではないと笑顔を向けていた。
タバサは言葉をかける四人を、茫然と見つめる。あからさまな、無防備な表情で。気づくと、瞳が潤んでいた。胸を満たすものがあった。そしてまた礼を口にしていた。何度も、何度も。そんなタバサに、柔らかい視線を送る鈴仙やルイズ達。
やがて月の玉兎は本題に入る。
「さてと。それじゃぁタバサ。今からお母さんに会う?」
「……うん」
「分かったわ。じゃぁ、ついて来て」
二人は、母親を療養している部屋へと向かった。ルイズとキュルケも続く。
さらに吸血鬼姉妹が続こうとする。しかし、止める声が入った。寝間着の魔法使いが、顔を向けている。
「ダルシニ、アミアス。ちょっといいかしら。話があるんだけど」
「え?なんです?」
足を止めたダルシニ。パチュリーに言われるまま、彼女の対面に座った。二人の前には、腹に一物ありそうな魔女達の顔が並ぶ。さっきまでの温かみのあった気持はぶっ飛び、嫌な予感が出てくる。背中に冷たいものが走っていた、ダルシニ、アミアスだった。
タバサ達は、階段を上がる。二階は狭く二部屋のみ。大き目と言っても、所詮は農村の家だった。鈴仙を先頭に廊下を進み、奥の部屋へ向かう。そして扉の前で、立ち止まった。
「ここよ」
「……」
息を飲むタバサ。脳裏に浮かぶのは、今までの光景。母親が毒を飲んだ時からの。実家の母の部屋にあったのは、彼女を敵のようになじる母親。あの出来事以来の日常。
母親が毒に侵されて以来、仇であるガリア王家の言われるがままに、タバサは多くの任務をこなした。中には、死にかねないものすらあった。それでも、母がいずれ治ると信じて続けた。
だが、積み重ねた成果が、報われる事はなかった。そこまでしても手に入らなかったものが、この扉の先にある。タバサはゆっくりと、扉に手を伸ばす。そして、開けた。
部屋の中は、淡い光に照らされていた。明かりが一つだけ灯る朧な部屋の中に、ベッドが一つ。そのベッドの上で、身を起こしている女性が一人いた。下を向いて本を読んでいる。タバサの視線が、釘づけになる。体が動くのを忘れたかのように、身が固まる。しかし、口元だけは勝手に動いていた。
「母さま……」
女性は、声に釣られるようにタバサ達の方へ視線をずらす。タバサに目の映った彼女の表情。それはもう何年も見なかったもの。思い出の彼方に追いやられたもの。
「シャルロット……?」
かすかに聞こえた自分の名前。それは正気を失い、人形を呼ぶときのものではない。確かに自分に向けられたものだと分かる。そう、分かる。タバサの中で、何かがはじけた。何年も押さえつけていたものが。心の底に沈めていたものが。
「母さま……。母さま!」
薄藍の短い髪を振り乱し、駆け出す。杖を放り投げ、両手を広げる。そのまま母親の胸へと飛び込んだ。
「母さま!母さま!」
むせび泣く声が、質素な農村の家に響く。
ベッドに顔をうずめるタバサの頭をやさしく撫でながら、女性、オルレアン公夫人は声をかけた。母親の声を。
「シャルロット……。シャルロットなのね。すいぶん大きくなったわね」
「うん」
「眼鏡かけるようになったの?」
「うん……。本ばかり読んでたから、目悪くしちゃって……」
「まあ……。いっぱい勉強したのね」
「うん」
「それじゃぁ、母さまにいろいろ教えてくれる?」
「うん!」
「……ずいぶん待たせちゃって……ごめんなさい。シャルロット……ありがとう」
「……!」
母親の胸元で泣き続けるタバサ、シャルロット。それからしばらく、親子の会話は続いた。長い間失っていたものを、取り戻すかのように。
ルイズ達も皆涙ぐんでいる。特にキュルケは、化粧が崩れるくらい目に涙を浮かべていた。
「タバサ……。ホント良かったわ……。ホントに……」
「うん。うん」
ルイズも目元をぬぐいながら、うなずくしかできない。
「やっぱこういうの見ると、薬師やってて良かったぁって思うなぁ。うん」
鈴仙も余計に赤くなった潤んだ目で、絵画のように抱き合う親子を見つめている。ここにいる皆が、等しく胸に抱いていた。幸福という言葉を。
さて、二階で皆が感涙に胸を満たしている頃。一階では何が起こっていたかというと……吸血鬼姉妹の引きつった顔があった。平然としている魔女を前に。アミアスの慌てた声が飛び出てくる。
「え!?決闘!?」
「そ」
「な、な、何でですか!?」
ダルシニが、身を乗り出していた。瞼を文字通り目一杯広げて。
二階へ向かおうとした二人を呼び止めたパチュリー。ダルシニ達はその寝間着魔法使いから、想定外の頼み事をされる。なんと天子と決闘して欲しいという。
比那名居天子。以前、この村の復旧作業の時に、二人は紹介を受けた。ルイズの使い魔と。だが、その素性は天使。使い魔の範疇に収まるものではない。さらに復旧作業中に、彼女の常軌を逸した能力を目にした。実は、この村のはずれの森が、一部、平地となっている。天子とスカーレット姉妹が、木材切り出し競争なるものをはじめ、わずかな時間で真っ平にしてしまった痕跡だった。やりすぎて騒ぎになったのだが。二人はその時の光景を、今でも覚えている。素手で、木材を人参でも切るかのように薙ぎ、切り株をじゃがいも掘り出すかのように引っこ抜く。オークどころではないその有様を。
元々、戦いは不得意な二人。カリーヌ達と共に世界を駆け巡った時も、もっぱら裏方だった。そもそも吸血鬼は妖魔とはいえ、戦闘能力自体はそう高くない。例え二人がかりでも、天子に勝てる自信なんて微塵も湧かなかった。
「無理、無理、無理、無理です!」
二人はユニゾンして、首を必死に振る。パチュリーは、そこまで拒否するのかと思いながらも、変わらぬ態度。
「誤解させちゃったかしら。本当の決闘じゃなくていいのよ。あえて言えば……決闘ごっこ?」
「決闘ごっこ?」
「ええ。だから怪我したりしないから、安心して」
「はぁ……。ですけど、なんで決闘なんて?」
「先住魔法……精霊の力を、教えてもらいたいのよ」
「精霊の力を?でもなんで決闘?それに、習って身に着くようなもんじゃないですよ」
先住魔法は妖魔だからこそ使える。習えば誰でもできるという類のものではない。しかし紫魔女は、わずかに首を振った。
「そういう意味じゃないわ。知識として学びたいという話よ。決闘も、実戦データが取りたいからってだけ」
「ですけど……」
理由は分かるが、やはり天人とやり合うのは無茶すぎる。渋い返事しか出せない二人。そんな彼女達の気持ちを意に介さず、天人がにこやかに誘ってきた。二人の軽く肩を叩きながら。
「てな訳だから、後でねー」
「後でって……今日!?」
「だってもう用ないし。私、最近、碌でもない用しか回ってこないから、パーってやりたいのよねー」
やけに楽しそうに、自分の都合だけ言う天人。ダルシニ達の都合の方は、頭の隅にも浮かばなかった。当の双子の吸血鬼に浮かぶのは、冷や汗だけ。悪い展開しか思いつかない。しかしアリスが、淡い笑みでフォロー。
「大丈夫よ。私たちが付き添うから、大事にはならないわよ」
「ヤバくなったら私が天子、張り倒すぜ」
魔理沙も、二の腕を叩きながら、頼もしげにフォロー。それが癪に障ったのか、天人が、因縁込めた視線を白黒魔女へ向ける。
「へー。あんたが私をねー」
「できねぇとか思ってんのか?」
「思ってる」
「んじゃぁ、証明してやるぜ」
非想非非想天の娘と普通の魔法使いの睨み合い。路上でチンピラ同士が罵り合うような、険悪な空気が漂う。呆れた衣玖が、電撃放とうかという雰囲気も加わって余計に。もっともそれに慌てているのは、ダルシニ、アミアスだけだったが。そのせいか、つい口が開いていた。
「わ!分かりました!怪我しないんだったら……その……お引き受けします……」
「わ、私も構いません……」
勢いで、決闘を了解してしまう二人。直後に後悔するが、もう後には下がれない。それにルイズと恩人である鈴仙の知人だ。無碍には断れないのも確か。消沈している彼女達の回答に、パチュリーはそっけなく返した。
「そう。ありがとう」
苦笑いで礼を受けるだけの吸血鬼姉妹。
やがて、階段を下りてくるルイズ達が見えてきた。みんな目元が赤くなっている。ただ顔つきは柔らかい。一階の連中も、何があったかを察した。
一階にルイズ達が来ると、魔理沙が声をかけた。
「後は、ルイズのねーちゃんだけだな」
「うん」
すると鈴仙が、勢いよく胸を叩く。
「任せて!しっかり治すから」
「鈴仙。頼りにしてるわ」
「へへ……」
照れ笑いを浮かべる玉兎。
ほどなくして少し落ち着いたのか、タバサが一同の前に出た。そして全員を見渡していく。顔、いつもの無表情とも思える顔つきとは違い、喜びが覗いている。そして一呼吸置くと、一言だけ、しかしハッキリと言葉にした。
「みんな……ありがとう」
下がった頭はなかなか上がらず、体中で感謝の気持ちを伝えたいかのよう。そんな彼女に、パチュリーが一言。
「ま、こっちも要求したものがあったものね。お互いさまよ」
相変わらずの抑揚がない。他のメンツも大した反応はなし。ただ皆、少々顔が緩んでいたが。そんな淡泊な反応は、逆にタバサの気持ちを軽くする。人妖達の恩に気負いを感じていた彼女には、むしろありがたかった。そして気づかない内に、笑みを零していた。おそらくキュルケすら見た事ないであろう、自然な笑みを。
やがて全員は椅子に座り、お茶と茶菓子を囲みくつろいでいた。大イベントが終わったとばかりに。その時、タバサがふと、大事な要件を思い出す。
「ルイズ」
「何?」
「みんなにも話がある」
全員を見る顔つきはさっきまでと違い、真剣味を帯びていた。おしゃべりを止めて、タバサの方へ顔を向ける一同。
「シェフィールドに、ルイズを一人で連れて来るように言われた。母さまを治す薬を条件に」
「連れて来るって……ガリアまで?」
「分からない。細かい話は後ですると」
ルイズが、唸るように表情を曇らせる。シェフィールドの考える事だ。どうせ、ろくでもない企みには違いないだろうと。だがそれを聞いた異界の人妖達は、逆に喜んでいるかのよう。チャンスが舞い込んできたとばかりに。
ヴェルサルテイル宮殿に忍び込んだ時に、確認できたものがある。『始祖のオルゴール』の行方だ。だが行方不明になったはずのものが、何故宮殿にあったのか、その理由が分からない。この謎を解くために、シェフィールドには用があった。
魔理沙が不敵に口を開く。
「丁度いいぜ。ふん捕まえようぜ」
そう言いながら、パチュリーとアリスに視線を送る。うなずく二人。
「オルゴールの件は、まだ解明してないもんね」
「向こうから来るって言うなら、好都合だわ」
二人の魔女も一も二もなく賛成。そして今度は、パチュリーからルイズ。
「ルイズ。あなたには、囮になってもらうけどいいわね」
「うん。いいわよ。私も、訳が知りたいから。一言いってやりたいし」
阿吽呼吸とばかりに、ルイズはすぐさまうなずいていた。シェフィールドに対し囮になるという危険な役目だが、それでもなんとかなる。何度もチームを組んで、いろいろと仕出かした者同士。お互いの力を信頼しきっていた。
するとキュルケが、ルイズの返事に反応。
「何よ。一言って」
「だってアイツが、トリステインに余計な事ばっかするから、私があっちこっち飛び回るハメになったんだもん。おかげでアルビオンじゃぁ危ない目にあったし、無断欠席しちゃうし、家に帰ったら母さまに怒られるし、徹夜で土いじりさせられるし……。もう、鬱陶しいから、おとなしくしてろっての!」
「あら?それ、原因シェフィールドじゃなくない?」
キュルケの言う通り。前者二つはルイズが魔理沙達の保証人になったのが、元々の原因。後者二つは帰郷の時、レミリア達から目を離したのが原因。どちらもルイズ自身の配慮不足から来たもの。図星だったのか、ルイズは声を荒げてごまかしに走った。
「と、とにかくよ!トリステインにとっては迷惑なの!」
「はいはい」
投げやりな答えだけの微熱。周りの連中も、二人の茶番を馴染みの光景として流している。
とりあえず用事が全て終わり、しばらくは他愛もない雑談が続いた。やがてルイズが切り出す。
「それじゃぁ、そろそろ帰ろうかしら。もうかなり遅いし」
実は今日は平日。明日も授業がある。できればこのまま、実家に帰りカトレアを見舞いたかったが、そうもいかない。ともかく、タバサの母親が治った事を確認できただけでも、十分意義はあった。
ルイズは双子の吸血鬼の労をねぎらう。
「いろいろ手間かけさせて悪いわね。ダルシニ、アミアス」
「いえいえ。人助けはやっぱり気持ちいいですから」
「そう言ってくれると、助かるわ」
ルイズ、自然に礼を口にしている。そんな彼女をキュルケは、眺めるように見ていた。以前の彼女とつくづく変わったと噛みしめる。もっともこれが、迷惑な人妖に振り回されて後始末させられ続けたお蔭と思うと、なんとも微妙な気分だが。
やがてルイズ、キュルケ、タバサが扉の方へ向かった。ダルシニとアミアスも、扉の傍に立った。ダルシニが見送る。
「今日は本当にお疲れ様でした」
「ううん。そんな事ないわよ。それじゃぁまたね」
「はい」
家を出てくルイズ達。さて次とばかりに、残っている異界の来訪者達の方を向くダルシニ達。しかし……人妖は動かず。アミアスが苦笑いを浮かべていた。
「あの……みなさんは……?」
まず口を開いたのが天子。しかし出てきたのは、アミアスへの答えではなかった。
「衣玖。ルイズ達、送ってやって」
「私が?総領娘様はどうされるのです?」
「まだ、こっちにいる。これから用があるから」
「そうですか。分かりました。一言いっておきますが、自重してくださいよ」
「もちろん。だって、すぐ終わったらつまんないもん」
「……。まあ、そのつもりがあるなら何も言いません。では失礼します」
そう言って、衣玖はダルシニ達に軽く挨拶をすると、家を出て行った。だが他のメンツは、相変わらず。引きつったままの笑みのまま、双子の吸血鬼は一同の方を見る。
「あ、あの……お帰りは……」
「何言ってんの。やるって言ったでしょ。決闘」
天人は忘れていなかった。いや、ここにいる誰もが。楽しげで、どこか不穏な笑みがズラッと並ぶ。流れに任せて、有耶無耶にしてしまおうと考えていたダルシニとアミアスだったが、思惑はみごとに砕け散っていた。
それから一時ほど、天子とレミリア達が開墾した空地で、決闘が繰り広げられる。意気揚々の天人、好奇心一杯の三魔女、そして従者の悪魔。対する吸血鬼姉妹は半ば涙目。ダルシニ、アミアスは、異界の人妖の研究とやらにつき合わされながら、心の中で悲鳴を上げていたという。