ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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面白い違和感

 

 

 

 

 

 ティファニアとワルドの臣従の儀式を、後ろから見ていたジュリオ。水を差すような声を挟む。

 

「もしかして……ミス・ティファニアを旗頭に国を作ろうって言うのかい?」

 

 左右の色合いの違う月目が、不敵な光を放っていた。それを耳にしたワルド。ティファニアの方を向く。

 

「殿下」

「はい。もう決めました」

 

 ティファニアは強くうなずく。そしてジュリオへしっかりした言葉で告げた。

 

「あなたの言う通りです。王様になって、この国から戦争をなくします」

「ふ~ん……」

 

 わずかに口元を緩めるジュリオ。渡りに船とばかりに、大仰な笑顔で話しだした。

 

「だったら、なおさら僕の協力が必要なんじゃないかな?確かにミス・ティファニアは本物の虚無の担い手さ。でもね。こういう言い方はしたくないんだけど、パッと見エルフに思えてしまう。それじゃぁ、拒否反応を起こす人も出てくるんじゃないのかい?」

「そ、それは……そうかもしれませんが……、一生懸命説得します!」

「だからさ。僕がそれに手を貸そうって言うんだよ。ロマリアが、君の虚無を保証してあげるよ」

 

 胡散臭そうな飄々とした月目が、ティファニアを見る。だがその視線を遮るためか、マチルダが立ちふさがった。

 

「だいたい虚無を探し回って、ロマリアは何が目的なんだい?」

「妙な事を聞くなぁ。ブリミル信仰の総本山が、虚無を求めるのは当然じゃないか?」

「あんたの言いぐさからは、そうは聞こえないけどね」

「よく言われるよ。真剣味が感じられないって。軽そうに聞こえるのが悪いのかな」

「…………。舐めてんのかい?」

 

 マチルダの目つきがさらに厳しくなる。するとワルドが間に入った。

 

「待った、ミス・マチルダ。確かに、この者、どうにも信用が置けないが、言ってる事はうなずける。確かに殿下のお姿は、相手に警戒感を与えるかもしれない。だがロマリアからの証書なりがあれば、使い方次第で相手の警戒感を解く事もできる」

「…………」

「それに、殿下をここにいるわずかな人数で、王へ即位させようというのだ。力添えは多ければ多いほどいい」

「…………。分かったよ」

 

 憮然と腕を組むと、マチルダは面白くなさそうにうなずいた。そして縛られたままのジュリオを見下ろす。

 

「で、あんたを解放して、その後はどうするんだい?」

「できれば、ミス・ティファニアには、直に宗教庁へ来てもらいたい」

「なんだって?」

「さっき虚無の証明は、仮のものなのさ。正式な判定を受けて欲しい」

「…………」

「信用できないと言うなら、ミス・マチルダ。あなたも同行されてもかまいませんよ」

 

 今度は女性を魅了するような、朗らかな笑顔を向ける月目の少年。しかし、稀代の盗賊だった彼女の表情は緩まない。値踏みするような視線を、ジュリオに向ける。やがて一つため息をつくと同時に、緊張を緩めた。

 

「チッ……。分かったよ。確かに、こっちの手は限られてるからね。ティファニア。それでいいかい?」

「うん」

「じゃあ、私もついて行くよ。ワルドはどうする?」

 

 問いかけられたワルド。ほんのわずかの間考え込むと、顔を上げた。だが向いた先は、ジュリオの方。

 

「ジュリオ・チェザーレ……だったか。殿下には、6日以内にアルビオンへ戻っていただきたい。できるか?」

「6日だって!?」

「そうだ」

「そうだなぁ……。できなくはないよ」

 

 声色は難しさを語っていたが、彼は可能と答える。しかし、話を聞いたマチルダは、思わず上ずった声を張り上げていた。

 

「ちょっと!いくらなんでも6日で往復なんて、できる訳がないよ!だいたいなんで、そんなに急ぐんだい?」

「アルビオンの混乱がまだ小さく、しかも連合軍側が情勢を把握できない内に、王朝を形にしないとけない。これ以上混乱が広がっては、内戦は不可避になる」

 

 ワルドが、マチルダへ厳しい視線を向けていた。渋々うなずくマチルダ。一方のジュリオは相変らずの飄々とした態度で、ティファニアを見上げた。

 

「でもさ、旅はかなり厳しいものになるよ。御嬢さんは大丈夫なのかな?」

 

 その言葉と共に、ワルドやマチルダも彼女の方を見る。

 

「が、がんばります!」

 

 ティファニアは拳を握りしめ、強くうなずいていた。もっとも旅の経験がない彼女。アルビオン、ロマリア間を6日で往復するという意味が、まるで分かっていなかったが。そんな様子を見ていたマチルダ。渋い顔で準備を入念にしておかないと、考えを巡らせる。すると思い出したように、ワルドに問いかけた。

 

「そうだ。結局、あんたはどうすんだい?」

「私は同行しない。君らがロマリアへ向かってる間に、味方を増やす」

「どうやって?あんた、味方を増やす所か、見つかっちゃマズイだろうに」

「大丈夫だ。心当たりがある」

「本当かい?」

「もうサイは投げられたんだ。力を尽くすしかない」

「覚悟はあるようだね。分かった。任せるよ」

「うむ」

 

 やがてジュリオを拘束していた縄が解かれると、一斉に全員が動き出した。ジュリオは連合軍から風竜を一個小隊分、無断で拝借。すぐにウエストウッド村へ戻ると、ティファニア達を乗せ、ロマリアへ旅立った。村は子供たちだけになったが、1週間程度なら留守番できるとの事だった。

 

 一方のワルドは、ホーキンスの元へと向かった。武闘派の重鎮であり、人柄からしてもワルドを連合軍に突き出すような人物ではない。まずは、ここから説得しようというのだ。だが、説得はなかなか上手くいかない。行き詰まりを見せた6日目に、ティファニア達が帰還。彼女の虚無に、宗教庁からのお墨付きが付いた事が明らかに。さらにティファニアは、大変簡素であったが宗教庁ですでに教皇の手による戴冠式を済ませており、建前上ではすでにアルビオンの王となっていた。しかもホーキンスにとっては、見覚えのあるサウスゴータ公の娘、マチルダが伴っている。これらが功を奏し、彼は態度を一変させた。ティファニアへ臣下の礼を取る。

 

 国王ティファニア・モード、宰相マチルダ・オブ・サウスゴータ、国防大臣ホーキンス、そして外務大臣にはジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが就いた。わずかな数の閣僚な上、王も宰相も外務大臣にも所領がない。しかし、アルビオン王国モード朝がここに成立する。それは神聖アルビオン帝国崩壊から、9日後の事だった。

 

 

 

 

 

 カリーヌとルイズ達がひと騒動起こした深夜。ルイズは、寮の自分の部屋にはいなかった。というのも、一応ルイズは出兵している事になっているので、寮にいる訳にはいかないからだ。結局、幻想郷のアジトでの寝泊まりとなる。しばらくは。

 部屋は、以前、レミリア達が来たときに作った臨時寝室。実は元々は物置だった。レミリアのいない今は物置に戻っている。多少物を片づけてスペースを作った場所に、簡単なベッドが置かれただけの部屋。ルイズはここで寝泊まりする訳だ。こんな粗末な環境だが、当人はぐっすり寝入っていた。あちこちで、野宿慣れしてしまったせいだろうか。

 

 朝となり、ルイズは魔理沙と共に学院へ出発。と言っても転送陣での移動なので、一瞬である。ただ寮の部屋から先には、当然出られない。少々ストレスの溜まる生活だった。ちなみにこのルイズの状況を知っている学院関係者は、カリーヌ、オスマン、コルベール、キュルケ、タバサ、シエスタ、マルトーだけ。

 

 やがてシエスタが部屋に入ってくる。明るい声と明るい笑顔が、近づいてきた。

 

「おはようございます。魔理沙さん、ミス・ヴァリエール。朝食を持ってきましたよぉ」

「お、悪いな」

 

 魔理沙が読んでいた本を畳み、ソファの上に放る。いつもは魔理沙が、厨房に直接行っているので、食事を持ってきてもらうなんて経験は初めてだった。シエスタは慣れた手つきで、テーブルの上に食事を並べる。

 

「いいんですよ。これもお仕事ですから」

 

 ルイズは並べられた食事を見て、気力が抜けていくような顔つき。

 

「また、こういうのなのね……」

 

 いつもの貴族らしい食事ではなく、昨日と同じ、魔理沙がいつも食べる平民レベルのもの。シエスタが慌てて頭を下げる。

 

「申し訳ありません!ミス・ヴァリエール。その……生徒のみなさんが食べるものは、必要分しか発注してないので……。後で数が合わなくなりますから……」

「私は、戦争行ってる事になってるもんね。いいわよ。隠れてる身じゃ、贅沢いえないから。それにワザワザ、持ってきてもらってるし。手間かけさせるわね」

「ミス・ヴァリエール……?」

「何よ?」

「い、いえいえ。なんでもありません」

 

 シエスタ、ごまかすように首を振る。

 給餌として、1年の頃からルイズを見ている彼女。この食事にルイズがヒステリーを起こすどころか、感謝までしてくるのに驚いていた。ルイズとはそう親交が厚いという訳でもないので、以前の彼女の変わり様を初めて実感したのだった。そんなルイズに、シエスタの表情も緩む。

 

 その時、魔理沙が何かに気づいたのか、ルイズの後に視線をずらす。ルイズも釣られるように振り向いた。部屋の奥に、人影があった。

 

「あら、鈴仙。おはよう」

「…………」

 

 いたのは鈴仙・優曇華院・イナバ。月の妖怪兎である。ルイズはいつものように挨拶したが、口を結んだまま何故か鈴仙答えず。

 すると急に、身を落とす。床に這いつくばっていた。というか……土下座していた。

 

「まこと、申し訳ありません!この度は大変、ご迷惑をおかけしました!」

「え……?」

 

 ルイズ、一瞬、呆気に取られるが、次の瞬間にはその意味を理解した。

 

「あっ!」

「……」

「そうよ!『始祖のオルゴール』と『風のルビー』!」

「は、はい!本当に申し訳なく思っています!」

 

 ひたすら平謝りの鈴仙。ヘタレ耳も詫びているように、床にペッタリ張り付いている。

 その様子を見ていたシエスタ。何やら厄介事が始まりそうだと察し、食器は後で取に来ると言って逃げるように部屋を後にした。

 

 床にキスでもするのかというくらい、文字通り平身低頭な玉兎。覚悟を決めて身を縮めている。だが聞こえてきたのは、ルイズの激高した怒声ではなく落ち着いた声。

 

「訳はパチュリー達から聞いてるわ。師匠に命令されたんだって?」

「あ、はい……まあ……」

「命令じゃぁ、仕方ないわね。とりあえず許してあげるわ。それに『風のルビー』だけは戻ったし」

「え!?」

 

 思わず顔を上げる鈴仙。同時に魔理沙も、訝しげな声を上げていた。

 

「ルイズ。戻ったってなんだよ?」

「あれ?話してなかったっけ」

「ああ」

「アンドバリの指輪の話に関係してるんだけど、その話をした日に、陛下から伺ったのよ。いつのまにか宝石箱に、『風のルビー』があったんだって。いつからあったのかまでは、分からないっておっしゃってたわ」

「何だそりゃぁ?」

「私だって、訳分かんないわよ」

 

 王宮で起こった、二つの奇妙な出来事。アンドバリの指輪奪還を忘れたマザリーニと、消えた風のルビーがアンリエッタの宝石箱にあった件。この所のキュルケ達の転送騒ぎといい、どうもおかしな事が続いている。幻想郷なら異変というべき類のものが。

 

 そんな空気を、ルイズは仕切りなおすかのように言った。

 

「とにかく、そんな訳だから。鈴仙の事情は理解してるわ。だから、もう謝らなくっていいわよ」

「えっと……その……ありがとう」

 

 鈴仙はバツが悪そうに立ち上がる。するとポケットから、ガラスの小瓶を取り出した。そしてテーブルの上に置く。中には小さな黒い球が、いくつかあった。

 

「えっと……これ、師匠からのお詫びの品。ルイズに渡すようにって言われたの」

「何、これ?」

「万能薬……って聞いたわ。瀕死の重傷を一瞬で治したり、身体能力が5倍になったり、変身できたりするんだって」

「変身!?何それ?」

「姿かたち所か、声も服まで変わっちゃうそうよ。全然見分けつかないって。ただ、これもだけど能力が上がるのも、半時ほどしかもたないって言ってたわ」

「けど、変身するって言うだけでもすごいわよ……」

 

 ルイズは感心しながら手にすると、舐めるように小瓶を眺める。入っている丸薬の数はわずか数個。しかし、ハルケギニアでは絶対に手に入らない、貴重なもの。わずかに息をのむルイズ。

 やがて小瓶を置くと、鈴仙の方を向いた。

 

「でも、詫びを入れてくるなんてね。一応悪いと思ってるのね。弟子に物、盗めって言うくらいだから、悪びれない人かと思ったわ」

 

 幻想郷の連中の性格を、身を持って知っているルイズ。鈴仙の師匠、永琳もその手の類かと考えていた。すると同時に、不安が彼女の脳裏を過る。

 

「あ、そう言えば、ちい姉さまの治療。鈴仙の師匠に頼んだけど……大丈夫なの?」

「うん。安心して。そういうの師匠はちゃんとやる人だし。患者に迷惑かけたりしないわ」

 

 もっとも、患者じゃない相手には、何をするか分からないが。

 ルイズとしては少々心もとないものの、他に選択肢がある訳でもなし。目の前の玉兎の言う事を、信じるしかなかった。

 

「分かったわ。まかせる。それで、師匠は後から来るの?」

「ううん。治療は私がやるの。薬も道具も一式、持ってきたから」

「そう。お願いするわね」

 

 引っかかりはあるものの、人柄も知っている鈴仙がやるなら一安心だ。何よりも、長年家族を悩ませていたカトレアの病気が治る。そう思うと、ルイズの気持ちも軽くなっていた。

 一旦話は終わったのだが、鈴仙にはまだ何かありそうな表情を見せる。そして遠慮気に口を開いた。

 

「それで、ちょっとお願いがあるんだけど」

「何?ちい姉さまの治療のためなら、なんでもするわ」

「ああ、カトレアさんの事じゃないの。タバサのお母さんの事なんだけど」

「タバサの?」

「タバサのお母さん、ヴァリエール家で預かれない?」

「何で?」

「できれば、二人同時に治療したいの。容態を見るのに、ヴァリエール領とラグドリアンを往復するのも手間がかかりすぎるし。一方が完全に治ってからってのも、長引いちゃった場合も考えておかないといけないし……」

「うん、分かったわ。丁度、学院に母さまいるし。頼んでみる」

 

 ルイズは心よく返事を返す。家族に病床の者を持つ同士。タバサに共感するものがあったのだ。

 全ての授業が終わった後、ルイズはタバサを伴って、カリーヌもとい、ミス・マンティコアの居室へ向かった。

 

 

 

 

 

「ダメです」

 

 カリーヌから出てきた解答は不許可。思わず身を乗り出し、詰め寄るルイズ。

 

「何でですか!?タバサの母さまは、本当に症状が重いんですよ!タバサもずっと苦しんできたんです!」

「…………」

 

 しかしカリーヌ、答えず。表情を変えないまま、タバサの方を向いた。

 

「ミス・オルレアン」

 

 カリーヌはあえて、タバサの本名で呼ぶ。ちなみに本名はタバサ自身が明かした。事情を明かすために。

 

「話を伺った所、あなた方一家はガリア王家の預かりとなってる様子。違う?」

「…………はい」

「ならば、あなたの母君が移動する場合は、ガリア王家の許可が必要では?」

「……はい」

 

 タバサは小さくなってうなずく。ルイズ、この話が出た意味がよく分からない。彼女が戸惑っているのを察するように、カリーヌが口を開く。

 

「ルイズ。つまり、ガリア王家に黙って我が家に連れて来れば、誘拐となるのです」

「え……」

「しかも、ガリア王家直轄の方々に手を出すのです。最悪の場合、トリステインとガリアの戦争にもなりかねません」

「う……」

 

 口ごもるルイズ。言われてみればそうだった。以前、あまりに簡単にタバサの実家に入れたので、ガリア王家が関わっているという印象があまりなかった。しかしタバサは母親を王家の人質に取られているからこそ、汚れ仕事を負わされていたのだ。しかも、タバサの母親を治す許可を出せるのは、ガリア王ジョゼフのみ。ガリアから離れては、母親が治る見込みがない。だからこそ、見張りがいない状況にも関わらず、タバサは母親を他へ移す事ができなかった。

 

 さらにカリーヌは言葉を続ける。

 

「ミス・オルレアン。話はこれだけでは終わりませんよ。仮にあなたの母君が治ったとして、その後どうするつもり?」

「…………」

「症状が治らないからこそ、見張りのいない状態で済んでいるのよ。もし治ればガリア王家は、おそらく警備の厳しい場所へ母君を移すでしょう。少なくとも、自由に母君に会うという訳にはいかなくなるわ。それに、解毒の原因を探るための厳しい追及もあるでしょうし」

「…………」

 

 ますます俯くタバサ。そう、症状を治した後があるのだ。カリーヌの言う通り、ラグドリアン湖畔の屋敷で、今までと同じように暮らすという訳にはいかない。

 しばらく黙り込んだ後、タバサは厳しい顔つきを上げた。

 

「身分を捨てて、隠れ住む。農民でも行商人でも、なんでもやる」

「タ、タバサ!」

 

 自棄になったかと思い、慌てた声を上げるルイズ。しかしタバサの声は落ち着いていた。

 

「母さまと普通に暮らせるなら、他はどうでもいい」

「…………」

 

 ルイズ、言葉に詰まる。重い表情のタバサを見つめたまま、何も出てこない。思わずカリーヌの方を向くルイズ。懇願するように。しかし母親の態度は、変わらなかった。

 

「そうですか。覚悟はあるようね。ただ悪いのだけど、それでもヴァリエール家があなたに手を貸す事はできないわ」

「…………。理解している。煩わせて申し訳ありませんでした」

 

 タバサは立ち上がり頭を下げると、部屋を出て行った。ルイズは部屋からいなくなるまで彼女を視線で追う。そしてすぐに母親の方へと向いた。強い声を上げつつ。

 

「母さま!」

「ルイズ。貴族は、領民の命と暮らしを担っているのです。私情だけで動いてはなりません」

「……」

 

 ルイズはカリーヌの言葉に、黙り込むしかなかった。

 

 その後、教師や生徒達の眼を盗んで、キュルケに会いに行った。もちろんタバサの母親の件で。たが、キュルケの方は両親との折り合いが悪く、彼女自身が望んでも話がすんなりと進むかどうかは不透明との返答。ただキュルケ自身は、やるだけの事はやってみると言っていたが。

 

 

 

 

 

「あー!もう!なんであそこまで頭が固いのかしら!」

 

 ルイズは喚いていた。幻想郷組のアジトのリビングで。

 

「でもカリーヌの言う事も、分かってるんでしょ?」

 

 アリスが紅茶を味わいながら答える。それに頬を膨らまし、憮然とするしかないルイズ。

 

「分かってるわよ。分かってるけど!」

「苛立ちのやり場に、困ってるって訳ね」

「うー……」

 

 ルイズ、アリスの図星な返答に唸るだけ。ルイズの脇では、鈴仙がため息ついていた。

 

「でもこうなると、治していいのかどうかも、分からなくなっちゃったなぁ」

「治していいに決まってるでしょ!」

「でもその後は?タバサが農民になっても構わないの?」

「え……」

 

 こちらも答えられない。

 

 カリーヌの話は分かる。確かにタバサ一家、オルレアン家にはガリア王家が深く関わっている。そして王家は、未だオルレアン家から目を離していない。もし、どうでもいいと考えていたなら、タバサが汚れ仕事を請け負う事もなくなっていただろう。だが、そうはなっていなかった。そんな立場のオルレアン家に手を出せば、戦争の理由になる可能性もある。ようやくアルビオンとの戦争に目途が立ったのに、また別の戦争の原因を作る訳にはいかない。

 しかし、それでもタバサの実家で聞いた話、あの時のタバサを思い出すと、こうして何もできない事に苛立ちを覚えずにいられなかった。ルイズ自身、気づかない内に彼女に親近感を抱いていた。

 

 やけになって紅茶をガブ飲みしているルイズの所に、近づく人影が二つ。パチュリーとこあだった。

 

「あらルイズ」

「パチュリー」

「やけに荒れてるわね。何かあった?」

 

 やたらとティーポットから何杯も紅茶を注いでいるルイズに、紫魔女の目が止まる。眠そうな目を見開いて。アリスに問いかけるように視線をずらすが、彼女は肩を竦めるだけ。鈴仙も同じくどうしようもないといった感じ。そんな二人を余所に、ルイズは一気にカップに入っている紅茶を飲み干し、ソーサーに戻した。

 

「ちょっと聞いてよ。タバサの母さまなんだけど……」

 

 パチュリーとこあは休憩ついでに、ルイズの愚痴を耳に収める。紫魔女はいつもと同じように表情を変えずに、こあの方は指先をいじりながら悩ましい顔で。

 やがて一通りの話が終わると、魔女は手にしたティーカップを置いた。

 

「なるほどね」

「確かに母さまの言う事分かるわ。分かるけど……なんて言うか……なんとかなのよ!」

「ふ~ん……。でもそれなら、手はない訳ではないわ」

「え」

 

 パチュリーの返事に、ルイズの苛立った表情がパッと消え失せる。期待一杯に、彼女へにじり寄るルイズ。

 

「何、何?なんか方法があるの?」

「要は、タバサの母親が完全に行方知れずになればいいのよ。探すのを諦めるしかないほどに」

「どういう意味?」

 

 ルイズ、訳が分からない。眉を潜めるだけ。すると、アリスの納得したような声が出てきた。

 

「そっか、その手があるわね。オーソドックスな手だけど、ハルケギニアなら悪くないわ」

「それも、ガリア相手ならなおさらよ」

 

 含みを持った表情で、言葉を交わす二人。ルイズの方は、益々何の話をしているのか分からない。

 

「なんなのよ!?教えてくれてもいいじゃない!」

 

 ルイズの不満顔に、二人の魔女は笑みを並べる。そしてパチュリーが楽しそうに口を開いた。

 

「神隠しよ」

 

 その答えに、首を傾げるだけのルイズ。パチュリーは一口だけ紅茶を含むと、話を始めた。

 

「向こうじゃね、完全に行方知れずになった者を、神隠しにあったって言うのよ」

「だから何よ?"神隠し"って」

「文字通りよ。神様に攫われた、隠されたって意味。神様のしでかした事だから探しようがない。そういう行方不明よ」

「え……。幻想郷の神様って、そんな事してんの?」

「そうじゃないわ。そうね。あえて言えば、見つからなかった時の詭弁、言い訳かしら」

「なんだ」

「けど、幻想郷だもの。それを本当にやる妖怪もいるわ。神の仕業じゃないから、単なる誘拐だけど」

「性質悪いわね」

 

 こうは言ってるが、ルイズは幻想郷ならあるかもとか思っていた。すると彼女の意図に気づいたのか、ぱんと両手を叩く。

 

「そっか!タバサの母さまを神隠しにあわせるのね」

「ええ」

 

 パチュリーはカップを置きながら、相変らずの態度で答える。一方のルイズ。方法があると少しばかり喜んだが、次の疑問が浮かんだ。

 

「でもハルケギニアじゃぁ、神隠しなんて考え方ないわよ。どうするのよ?」

「その点は大丈夫。それに、この手はガリア相手だから使えるの」

「なんで?」

「ま、細かい話は後にしましょ。その前に、私としては、タバサの母親を連れて来るのに手を貸してもいいわ。ただし、いくつか条件があるのだけど」

「条件?なんでも言ってよ」

「まずは天子をしばらく借りるわ。あなたのパートナーは……衣玖にでも頼んでおくから」

「うん。別に構わないわ。だいたい、使い魔のくせにどこ行ってんのか分かんないくらいだし。いつもの事だけど」

 

 天子に対する愚痴っぽく返すが、胸の内では少々拍子抜けのルイズ。思ったより大した頼みではないので。しかし話には続きがあった。魔女は表情を変えずに告げる。

 

「後、タバサにも頼みごとが出るかもしれないわ。事前に話を通してくれないかしら」

「タバサに?そっか。確かにいろいろあるかもしれないわね。それで、何頼むの?」

 

 タバサの家族に関する話だ。彼女自身が、いろいろと動かないといけないのは当然だろう。ただパチュリーの勿体ぶった口調が、少し気になったが。そしてその気がかりの通り、目の前の紫魔女はとんでもない事を言い出す。

 

「ガリアの中枢、ヴェルサルテイル宮殿に忍び込む、手引きをしてもらいたいの」

「ええっ!?」

 

 ルイズは身を少し乗り出したまま、固まっていた。

 

 

 

 

 

 日の高い澄み切った空を、悠々と飛ぶ姿が5つ。だがその速度は尋常ではなく、風竜の最速に近いもの。しかも飛んでいるのは、風竜ではない。その正体は何の事はない。幻想郷の一行である。パチュリー、魔理沙、アリス、天子、そしてパチュリーの使い魔のこあ。青い空、海の上を真っ直線に進む。彼女達が向かっている先は、アルビオンだった。

 解せないという顔つきの天子が口を開く。

 

「ねぇ、なんでアルビオンに向かってんの?ルイズから、ガリア絡みで手伝えって言われたんだけど」

「私は、あなたの手を借りたいって言っただけよ。別にガリアだけじゃないわ」

「はぁ?この天人様を、いいように使おうとか考えてんの?」

 

 今にも帰りそうなほどの、憮然とした表情を浮かべる天子。しかしパチュリー、まるで意に介さない。

 

「あなたには、虚無に関わるものを探知して欲しいの。それだけよ」

「虚無に関わるもの?」

「『緋想の剣』を使えば、虚無関連を見つけられるでしょ?」

「あ~、できるねー。うん」

 

 天子は思い出すようにうなずく。

 以前彼女は、アンドバリの指輪奪還の時、ロンディニウムで風のルビーと始祖のオルゴールの存在を探り当てた。緋想の剣は吸い込んだ気に対応した、天候変化をもたらす事ができる。その応用で、気の判別も可能なのだった。

 大した頼みじゃなさそうだと分かると、天人は機嫌を戻す。

 

「虚無絡みを探しにって、何で?」

「ほら、鈴仙が幻想郷に『風のルビー』と『始祖のオルゴール』持っていこうとして、失くしたでしょ?」

「そんな事あったんだ」

「あったのよ。その内一つ、『風のルビー』はアンリエッタの宝石箱の中にいつのまにかあったそうよ」

「ふ~ん……。それで?」

「残りの『始祖のオルゴール』を探すの」

「ルイズに返すため?」

「それもあるけど、むしろ行方に興味があるのよ。一連の現象を解く、糸口になるかも知れないわ」

 

 ここでいうパチュリーの一連の現象とは、ルイズの幻想郷出現に始まり、シェフィールドの転送などの、幻想郷とハルケギニアで起こっている不可解な出来事の話。元々ハルケギニアを調べるのが、神奈子が転送陣作成を手伝う条件だった。彼女自身もハルケギニアそのものを研究していたので、いい切っ掛けという訳だ。さらに魔理沙は虚無関連を研究していたので、当然参加。アリスの方はガーゴイル研究が行き詰っている上、彼女自身も興味があったので参加している。特に興味のない天人だけは、つまらなそうにうなずくだけ。

 

 次に天子と入れ替わるように、魔理沙の箒がパチュリーの元へ近づいてくる。

 

「けどなんでオルゴールがあるのが、アルビオンって見当つけたんだ?」

「キュルケ達が幻想郷から戻って来た時、元居た場所じゃなかったでしょ?」

「まあな。キュルケとコルベールはコルベールの研究室、タバサは実家、ギーシュはモンモランシーの部屋」

「全て縁のある場所に飛ばされてるわ。そして『風のルビー』も、持ち主の恋人だったアンリエッタの部屋」

「だったら、同じ理屈でオルゴールも、アンリエッタの部屋にあってもよくないか?」

「風のルビーは、彼女の恋人がよく身に着けていたそうよ。でも、さすがにオルゴールはそうはいかないでしょ?ずっと宝物庫に、置かれてたんじゃないかしら」

「風のルビーとは、違うか……」

 

 すると今度はアリス。

 

「確かに……前にロンディニウムに行った時には、地下にあったわね。ただ、あそこにずっと置かれてたか分からないわよ。なんで縁があるって、考えたのよ」

「考えなんてないわよ。ただ元々王宮にあったんだから、また王宮かもと考えただけ」

「当てずっぽって訳ね」

 

 肩を竦める人形遣い。だが七曜の魔女は、取り立てて腹を立てる訳でもなく話を続けた。

 

「それに……メンヌヴィルがいるかもと思ってね」

「メンヌヴィル?」

 

 意外な名前が出てきて、魔理沙もアリスも思わずパチュリーを注視。

 

「キュルケ達が戻ってきたんだから、彼も戻ってると考えるのは当然でしょ?もっとも、その場所が分かる訳もない。ただ彼は、私たちのせいで一文無しになったから、稼がないといけないでしょ?傭兵の彼を雇う国、戦争しているのはアルビオン、トリステイン、ゲルマニアだけ。でもトリステイン、ゲルマニアでは手配されてるから、行けるはずがない。となると残るは、アルビオンだけ」

「なるほどな。けど、会ってどうするんだよ」

「転送の経緯を、聞きたいのよ」

「その後は?」

「どうしようかしら。王宮に引き渡して、アンリエッタにまた借りを作るってのも悪くないわね」

「そりゃぁいい。そうしようぜ」

 

 白炎の名で恐れられた傭兵も、異界の魔女達にとっては単なる調査対象にすぎなかった。彼の能力はほとんど知っていた上、高機動戦闘に弱いという点が、レミリアとの戦いでバレてしまっているからだ。高機動戦闘は、幻想郷の住人には基本中の基本。彼女達の相手になるハズもなかった。

 もっとも当の本人は、ハルケギニアにはいない。影も形もなくなっている。だが彼女たちが、それを知っているハズもなかった。

 

 遮るもののない空を飛ぶ異界の人妖達。気持ちのいい空だが、魔女達は少々難しい顔つき。溜まったモヤモヤを吐き出すように、アリスが口を開く。

 

「一連の現象って、どう考えてる?」

 

 わずかにアリスの方へ視線を寄せる、魔理沙とパチュリー。まずはパチュリーが話を始める。

 

「その前に、その一連の現象って、どこまで含めるの?」

「やっぱり地震がキーだと思うのよ。不可解な現象の前後には、必ず地震が起こってるし。となると、天子とデルフリンガーの件、シェフィールドの件、キュルケ達の件、そして始祖の秘宝の件じゃないかしら」

 

 アリスの答えに魔理沙はうなずく。しかしパチュリーは、表情を変えない。一言あるような様子。するとアリスは、その一言を引き出すかのように尋ねる。

 

「原因の見当は、ついてるの?」

「今のところは、なんとも言えないわね。私は、虚無が絡んでると考えてるのだけど。その虚無の効果が自然発動したのか、虚無に関連した何者かがやったのか判別しようがないわ」

「何者かがやった?どうやって?だいたい、タイミングが絶妙すぎでしょ。シェフィールドの時は吹き飛ぶその瞬間だし、キュルケも殺される寸前、秘宝のときだって、転送されるまさにその時じゃないの。場所もバラバラ。四六時中、ハルケギニア全土を見張ってるっていうの?そんな事できるって、一体どんなヤツよ」

「いくらでも想定できるでしょ?幻想郷なら紫や萃香、守矢の二柱にもできるんじゃないかしら。範囲を限定すれば、レミィにだってできるわよ。本人のやる気は別にして」

「ハルケギニアには、そのレベルの人外はいないわよ」

「いるかもしれないじゃない」

「例えば?」

「始祖ブリミル」

 

 パチュリーの答えに、言葉を詰まらせるアリス。予想外の名が出てきて。だがすぐ、呆れたように返した。

 

「なるほど、神様ね。確かにそれならできそうだわ。居たらの話だけど」

「あら?幻想郷の住人の言い様とは思えないわ」

「ここは、幻想郷じゃないもの」

「研究者なら、あらゆる可能性を考慮すべきよ」

 

 紫魔女の指摘に、人形遣いは渋い顔。だが、そこに白黒魔法使いの声が挟まれる。

 

「待てよ。パチュリー」

「何?」

「その前に、なんで虚無が絡んでるって考えてんだよ。確かに、天子、シェフィールド、秘宝の件は虚無絡みだぜ。けどキュルケだけは違うだろ?しかもタバサとギーシュ、コルベールとメンヌヴィルも飛ばされてる。全員、虚無絡みってのは、さすがにないだろ」

 

 魔理沙の指摘にアリスもうなずいていた。しかしパチュリーは、淡々と言葉を返す。

 

「まず、キュルケ達が虚無に関係していないって言い切れるほど、調べてないわ。それに……」

「それに……なんだよ」

「あの件だけ、場違いな感じしない?あれを一連の現象に含めていいものかどうか、考えるべきだと思うわ」

「けど、地震と幻想郷に飛ばされたって事実はでかいぜ。入れる方が自然だ」

「なら、魔理沙はどう考えてるのよ?」

 

 腕を組み黙り込む魔理沙。やがて、言いづらそうに口を開いた。

 

「ルイズ」

 

 ポツリと漏れてくるその言葉。一瞬、顔をしかめるパチュリーとアリス。アリスが怪訝そうに尋ねた。

 

「何よそれ?どういう意味?」

「無理やり共通項を見つけようとすると、それしかないって話だ」

 

 アリスは口ごもる。確かにその通りではある。天子はルイズの使い魔、シェフィールドとメンヌヴィルはルイズの敵、キュルケ達はルイズの友人で、始祖の秘宝はルイズの大切な預かりもの。だが、それが何を導きだすのかは、見当もつかなかった。

 するとパチュリーが、続いて口を開いた。

 

「それなら、もう一つあるわね」

「何よ」

「私たちよ」

「……」

「起こった現象は、私たちの周りでばかりだわ。もし関係なかったら、ロマリアの神官やサハラのエルフが、幻想郷に転送されてもいいでしょ?でも、そんな事は起こってない。そもそも一連の現象は、私たちがハルケギニアに来た後からだし」

 

 これもまた誰もがうなずける事だった。魔女達は口を閉ざす。わずかな間の後。アリスが話を進める。

 

「私たちだけじゃなくって、幻想郷側にも何かあるかもね」

「今の所は、目立ったものはなさそうだけど。幻想郷側で気にかかる事って言えば、むしろ紫達の方だし。連中が何やらかしそうな気がするわ」

「転送現象を一番嫌がってるのは、紫って聞いたし。彼女達がこっちに手を出したら、ろくでもない騒ぎになりそうだわ」

 

 実はすでにやかしているのだが。永琳がてゐを使って。もっともパチュリー達が、それを知る由もなかった。

 

 いずれにしても、誰もが反論を出せないキーワードは二つだけ。ルイズと幻想郷。その組み合わせが、何を意味するのか。ここで出てくるものは何もない。それに、一連の現象は自然現象なのか、人為的なのか。人為的としたら、手を下した主は何者なのか。もしかしたら……。次々と並ぶ疑問。異質な違和感に襲われるパチュリー達。だが、同時に三人共わずかに笑みを浮かべていた。

 魔理沙が不敵につぶやく。

 

「なんか収まり悪い感じだけどな。気分はそう悪くないぜ」

「そうね。少し楽しいかも」

「むしろ面白いテーマだわ」

 

 魔女たちは三者三様に、心を躍らせる。高揚感を抱えたままアルビオンへと急いだ。

 ちなみに同行していたこあと天子は、それほど楽しそうではなかったが。特に天子は、とても退屈で仕方なかった。

 

 

 

 


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