ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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アルビオン動乱

 

 

 

 

 

 ルイズが王宮から帰ってきた日の夜。夕食も終わり、そろそろ明日に備え予習をするような時間帯。だがルイズは机に向かっていなかった。彼女が向いていたのは、使い魔である天人、天子の方。腕を組んで仁王立ち。対する使い魔の方は、ベッドでだらけていたりするのだが。

 

「私は、戦争に行くわ」

「知ってる」

「あんたも行くの」

「なんで?」

「使い魔だからに決まってるでしょ!」

 

 ルイズの怒声が飛んでいく。だが怒鳴りつけた先の相手は、使い魔の事なんて忘れていたかのような顔つき。慣れてはいるものの、主はすぐにため息。通常運転の自由気ままな使い魔に。だが今は、それ所ではない。ルイズは気持ちを切り替えると、天子に向き直った。

 

「で、ここからが本題なんだけど。私は虚無の担い手として、たぶん重要な役目を授かると思うの。そもそも戦争だから、実際に敵と戦う事になるわ」

「そう」

「だからあなたには覚悟決めてもらいたいのよ。その……もしかしたら、相手の命を奪う事にもなるかもしれないから」

「んじゃぁ、私はパスね」

 

 天子、即答。あっさりと、不参加宣言。使い魔なのに。だが、確かに使い魔としては論外だが、天子としてはもっともな答えだった。そしてルイズにとっても予想通りのもの。

 天子は基本的にはいい加減だが、それでも譲れないものもある。特に天人として、五戒を守る気は多少なりともあるのだ。中でも殺生は重い禁忌。ルイズもそれは分かっていた。ハルケギニアに戻ってきた時に、天子がアルビオン軍との戦闘を真っ先に拒否したのを思い出す。その態度は命を尊重しているからというよりも、アイデンティティーだからと言った風。だが、今回の戦争はルイズにとって、祖国を守る事であり、貴族としての矜持であり、大切な人々の命に関わるもの。引き下がる訳にはいかない。

 

「分かってるわ。天人だからってのは」

「なら、この話は終わりでしょ」

「だから!そこを曲げてくれないかって頼んでるのよ!」

「無理ね。こう言っちゃなんだけど、人間の国なんて、天人からすれば出たり消えたりする泡みたいなもんよ。そんなもんの取り合いために、禁忌に手を出す気はないから」

「長生きするあんた達からすればそうかもしれないけど、そんなに生きない私たちにとっては、その泡こそが大切なの!」

 

 ルイズは改めて、自分の使い魔が違う括りの存在だという事を噛みしめる。人間の何倍も生きる幻想郷の人外達。確かにそんなもの達から見れば、人間の国の興亡なんてものは取るに足らないものかもしれない。しかし、ここは譲れない。そんな彼女の気持ちを察したのか、天子は身を起こす。そしてルイズの方へ向き直った。

 

「ま、あんたの命は守ってあげるわ。約束したからねー」

「天子……って、それ、使い魔として最低限の役目でしょ!」

「はは、それもそっか」

 

 ツッコミを入れても、まるで悪びれない。この調子だけは、これからも変わりそうになかった。またもため息一つ。

 

「全く、あんたってのは……。正直時々思うわ。本当に天子が私の使い魔なのかって」

「どうだかねー。ま、コントラクト・サーヴァントも天空の存在までは想定してないだろうから、契約成立してても効果がどこまであるのやら。ま、一応、形式上では契約してる事になってるんだから、それでいいんじゃないの?」

 

 いつまでたってもマイペースな使い魔。他人の使い魔とはあまりにも違う。ルイズにとっては、正直、幻想郷の頃に言っていたパートナーという言葉の方がまだしっくり来ていた。だが、そんな主と使い魔の関係を問い直している暇はない。

 

「そんな事よりも!今は……」

 

 その時だった。部屋に響くノックの音に、二人の会話が止まる。ルイズ、話を切り上げドアへ向かった。入った邪魔を不満そうに。

 

「誰?」

「私です」

 

 声を聴いて、急に身が縛られるルイズ。なんと言ってもその声の主は、鬼教官ことミス・マンティコアなのだから。今では学院中で、最も恐れられている人物である。

 

「あ!は、はい!」

「入って、かまいませんか?」

「はい!」

 

 ルイズは慌てて、ドアを開けた。見えたのは凛としたマスクウーマンの姿。まさしくミス・マンティコアである。ルイズは恐縮したまま答える。

 

「ミ、ミス・マンティコア!こんな夜分に何の御用でしょうか?」

「誰も見てはいませんよ。母さまで構いません」

「え……。あ……その……。はい、母さま……」

 

 恐縮しながらうなずくルイズ。ミス・マンティコアはそれを見届けると、わずかに笑みを浮かべた。そして部屋に入り、マスクを取る。

 

「やはり日中ずっとマスクをしてるのは、鬱陶しいわね」

 

 ルイズにとっては、毎日のように会っている母親だが、素顔を見るのは帰郷以来。ルイズの中に、実家での心持ちが湧き上がる。多少は緊張感がほどけていた。もっとも、軍事教練を受けている時に比べての話だが。

 天子の方はというと、ベッドに座りなおしカリーヌの方へ体を向けている。そんな彼女にカリーヌはわずかに礼。

 

「ミス・ヒナナイ。いつもルイズがお世話になっています」

「大したことじゃないわよ」

 

 明るい笑顔で胸を張る天人。一方のルイズは憮然。世話をしているのはこっちの方だと言いたげ。これまでも後始末を、散々させられてきたのだから。

 

 落ち着いたところで、各人が席に着く。そして最初に話を切り出したのはカリーヌだった。

 

「ルイズ。実は今日、知人から教えてもらったわ。あなたがアルビオン戦に参加すると。しかも虚無の担い手として」

「え!?まだ、公にはなってないはずです。どうやって知ったんです?」

「城勤めが長かったですからね。今でも多くのツテがあるのよ」

「そうなんですか……」

 

 関心しながらうなずくルイズ。烈風カリンの名は、世間はもちろん、城内でも伊達ではないようだ。カリーヌは話をさらに進める。

 

「ルイズ。短い期間でしたが、戦いの基礎は叩き込んだつもりです。身に着けたものを常に意識なさい」

「はい!」

 

 ルイズは思い返していた。いきなり学院にやってきたカリーヌに面食らった時を。秋休み返上で、ずっと軍事教練の厳しい日々。しかもかなり濃密な。その後の休み明けの全校生徒への教練。あまりに厳しい軍事教練の押しつけに、不満を持った時もあったが、今なら分かる。カリーヌはあらゆる事態を想定し、自分達のためにやったのだと。幼い頃はただただ畏怖の対象であったカリーヌが、今ではまるで違って見えていた。

 

 やがて、カリーヌはゆっくりと口を開く。ミス・マンティコアとは違う、母親としての声が届く。

 

「ヴァリエール家の者として、しっかり務めを果たしてくるのですよ」

「はい」

「そして、必ず生きて帰ってきなさい」

「はい!」

 

 力に満ちた言葉を返すルイズ。カリーヌはそんな娘を、瞳を緩めて見つめていた。すると不意に彼女は娘を抱きとめる。それはほんのわずかな間。だがルイズの中にあった不安が濯がれるように消えていった。代わりに注がれる暖かいもの。この参戦を使命とは思っていた、貴族として当然と思ってはいた。だがルイズ自身、不安がないと言えば嘘になる。しかしそれらは今、消えて去っていた。

 その時、何だろうか。もう一つの気持が浮き上がっていた。奇妙な感情が。かつて似たようなものを経験したかのような気がする。戦争の最中、抱き留め慰める。安らぎを求め。何かの演劇のシーンだったか、物語の一シーンだったかと、頭を巡らすがどうにもハッキリしない。だが不思議と、それは確かにあった事のように思えた。

 

 我に返るといつのまにか、カリーヌはルイズから離れていた。もはや、いつもの彼女の表情。カリーヌは天子の方を向く。

 

「ミス・ヒナナイ。この子の事、よろしくお願いします」

「うん、任せてよ。天人は伊達じゃないから。そっちこそ、決闘、忘れるんじゃないわよ」

「ええ、もちろん。落ち着いたら、是非、杖を合わせましょう」

「うん、うん」

 

 楽しげにうなずく天子。これから戦争に行くというのにこの態度。ルイズはこのブレなさに感心すらしてしまう。

 

 やがてカリーヌはマスクを付け直すと、いつもの表情に戻った。ミス・マンティコアに。

 

「ルイズ。誇りを胸に使命を果たしなさい」

「はい!」

 

 強くうなずくルイズ。そして同時に気持を引き締めた。いよいよ始まるのだ。戦争が。

 

 

 

 

 

 そしてとうとう、その日がやって来た。出兵当日が。

 だが、ルイズの態度は落ち着きがない。土壇場になって戦が怖くなったのか。そうではなかった。肝心の人物がいないのだ。いや人ではない。天人が、使い魔、比那名居天子が。

 

「何やってんのよ!天子は!」

 

 甲板を踏みしだいて喚く。ルイズの乗艦、連合軍旗艦『ヴュセンタール』号の上で。

 

 ルイズは出兵数日前から、天子にも何度も声をかけていた。彼女の返事は必ず行くというもの。殺生にかかわることには手を貸す気がないというのは変わらないが、ルイズを守るとも宣言していたので。

 だが当日、用があると言って何故か別行動。出港には間に合うとかなんとか言い訳しながら。納得は行かなかったものの、ルイズ自身も遅れるわけにはいかない。仕様がなく先に出る事に。確かに天子は風竜並で飛べ、ルイズの居場所も『緋想の剣』で分かる。不安は残るものの、なんとかなるだろうと思っていた。だが、この有様である。相変わらず自由な天人。

 

 ルイズは甲板をウロウロしながら、何度も空を見上げていた。学院の方角を。晴れた空には哨戒の竜騎士と、他の艦船しか見えない。

 

「アイツは……!まさか今更になって、五戒がどうこう考えてるんじゃないでしょうね!主を放っぽらかして!」

 

 命は守ってやると言っていたのは、なんなのか。側にいなければ守るも何もない。もはや天子のどの辺り使い魔なのか、益々分からなくなってきていた。

 その時、後ろから声がかかる。

 

「ミス・ヴァリエール」

「あ、はい」

「総司令閣下がおよびです。会議室へどうぞ」

「はい」

 

 案内役の武官に、顔を引き締めながら後に続く。煮えくり返ったはらわたをなんとか落ち着かせつつ。

 

 それから会議室へ案内された。室内にずらっと並んだ遠征軍の将軍達。ルイズは彼らと名を交換する。総司令官のオリビエ・ド・ポワチエ、参謀総長ウィンプフェン、ゲルマニアの武官ハルデンベルグ侯爵等々。そんな偉そうな軍人達の中の、いかにも場違いな少女。だが彼女を小ばかにする者はいなかった。それどころかポワチエなどは、自国の虚無を高らかに自慢。ゲルマニア軍人達に当てつけるように。なんと言っても正真正銘の虚無なのだから。始祖に続く家柄ではないゲルマニアには、欲しくても手に入らない代物。ハルデンベルグ達は面白くなさそうに聞いていた。ルイズの方も居心地の悪い微妙な気分。

 

 やがて話は具体的な侵攻作戦へと進む。

 アルビオンへ上陸するには二つの目的地が想定されている。一つは南のロサイス、もう一つは北のダータルネス。だがそこには、大きな問題が立ちはだかっていた。ラ・ロシェール戦で大敗したとはいえ、まだ強力な力を残しているアルビオン艦隊にどう対処するかである。

 ポワチエが話を進める。

 

「我々としてはなんとしても被害を最小限に抑え、アルビオンへ上陸したい。だが大きな懸念がある。艦船数では我が方が優位にあるものの、操艦技術おいてはアルビオンの方が一日の長がある点だ。戦力的には五分と言っていい。正面から戦えば、勝ったとしても被害が甚大となるのは間違いない。それでは上陸後に支障がでる」

「は、はい」

「そこでだ。虚無殿にはアルビオン艦隊へ対処をしてもらいたい」

「対処といいますと?」

「ラ・ロシェールの時と同じように、アルビオン艦隊を壊滅させてもらいたいのだ」

「え……」

 

 ルイズはすぐに察した。つまりあの時と同じように『エクスプロージョン』で、敵艦隊を壊滅しろと言っているのだ。だが、あんな規模の魔法を今使えるか自信がない。しかも、あれから中規模の『エクスプロージョン』を、ロンディニウムで使ってしまっているのだ。いくらアリスのマギカスーツVol.3を着ているからと言って、ラ・ロシェール戦ほどまでは回復したとは思えない。

 ルイズは落ち着いて答える。

 

「えっと……難しいと思います。虚無の魔法は精神力を多く使うので、そう何度も使えるようなものではないのです。特に威力の大きいものは。今の状態ではラ・ロシェールのような規模のものは、まず不可能かと思います」

「な、何!?」

 

 目算が狂ったと、慌てだす将軍達。アンリエッタから虚無の力の説明を、完全に鵜呑みにし計画を立てていたのだ。だが落ち着いていた武官もいた。ウィンプフェンが問いかける。

 

「では他に、何ができるのかね?」

「……幻が作れます」

「幻とは?」

「間近に見ても判別できないほどのものです」

 

 ルイズの返事に渋い顔の将軍達。

 

「いくら精密だからと言っても、そんなものは今、役に立たん!」

 

 散々自慢された虚無もこの程度かと、ぞんざいな態度を取るハルデンベルグ。だが、ウィンプフェンは質問を続けた。

 

「幻の規模は、どの程度作れるのかな?」

「規模ですか……」

 

 ルイズはうつむいて考え込む。以前何度も練習した『イリュージョン』の幻のサイズ。そして使用する精神力、さらに今ある精神力。それらを瞬時に計算する。やがて虚無の担い手は顔を上げた。

 

「艦隊規模のものを、出現させる事ができると思います」

「「おおーー」」

 

 どよめく会議室。将軍達の表情が幾分緩む。

 やがて作戦の大筋が決まった。ルイズが虚無の魔法による欺瞞艦隊を作り出し、敵をおびき寄せる。その間に本隊は、アルビオンに橋頭保を築くというものだ。そして本隊が目指す先は、ロサイス。そしてルイズが作り出す欺瞞艦隊が向かう先はダータルネス。そして全ては動き出した。

 翌日、全艦隊は出港する。ラ・ロシェールを。だが未だ天子の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 空を覆い隠す大艦隊を照らしていた太陽も、今は地平の下。代わりに双月が照らしていた。ルイズは作戦の書類を手に、あてがわれた自分の部屋へ籠っている。部屋は将校の部屋かというほど立派なもの。今回の戦争での、自分の重要性を噛みしめる。身が引き締まる感覚が走る。そして明日の夜が、いよいよ作戦開始の時間である。

 だが、そんな主の相方である使い魔は、まだいない。

 

「あいつは~!このままじゃ、間に合わないじゃないの!」

 

 正直、このままでは作戦自体に支障が出かねない。なんと言ってもダータルネスまで行く手段を、天子に任せようと思っていたのだから。

 不意にノックが背から届いた。振り向いた先のドアから、もう一度ノックが聞こえた。ズカズカと不満を込めた足でドアに近づき、引きちぎるかのようにドアを開いた。

 

「天子!あんた、今まで何やって……あれ?」

「あ、いえ……その……」

 

 開いたドアの先にいたのは、わがまま天人ではなかった。パッと見、自分と同い年くらいの少年兵。お互い微妙な空気で見つめ合っていたが、少年兵達がすかさず態度をあらためる。直立不動で敬礼。少々面食らうルイズ。

 

「えっと……」

「虚無殿の護衛の命を承りました、第二竜騎士中隊一同であります!」

「え、あ、はい」

 

 思わずルイズも敬礼していた。それに思わず少年騎士達から、笑いがこぼれる。

 

「それにしても虚無殿が、こんなかわいらしい方だとは思いませんでした」

「いえ、そんな……」

 

 出てきたお世辞に、思わずにやけてしまうルイズ。無理もない。自分ではそれなりイケてると思っていたが、学院では魔法が使えなかった手前、小馬鹿にされる事はあってもかわいらしいなんて言われる事はなかったのだから。もっとも、その理由の一つには、意地張ってずっと仏頂面だったのもあったりするのだが。

 

 少年兵達は気合を入れなおした顔つきに戻ると、颯爽と宣言。

 

「虚無殿をお守りする大役、我々の名誉に賭け、必ず達成いたします!」

「ええ、お願いするわ」

 

 ルイズも明るい表情で答えた。だが、ふと気づく。

 

「他の竜騎士は?」

「この任に当たるのは僕たちだけです」

「え?この人数で?」

「はい」

「ちょっと、いくらなんでも少なすぎでしょ!下手したら全滅よ!」

 

 廊下にいる竜騎士達の数は、わずか10人。全員が同年代くらいの少年だ。

 今回の作戦には大きな危険が伴っていた。ルイズは、本隊と離れて隠密活動しなければならない。護衛が少ないのは、もちろん目立たないようにするため。だが、いくらなんでも少なすぎると感じた。見つかればひとたまりもない。しかし、少年達に臆した様子はなかった。

 

「いえ、絶対にあなただけは守ってみせます!これは虚無の担い手を守る名誉の大役。これで国を勝利に導ければ、まさしく貴族の誉。僕たちがどうなるかなど、あなたが気にすることではありません。むしろ盾として使ってください」

「そんな事言われても……」

「とは言っても、無駄死にだけはしたくありません。ですから虚無殿。必ず任務を達成してください!」

「え、ええ」

 

 少年達に気圧されるようにうなずくルイズ。それから、わずかばかりに会話の後、彼らはルイズの部屋を颯爽と離れた。

 

 部屋に戻り、力が抜けたように椅子に座る。どうにも落ち着かないルイズ。なんとも言えない気持の収まりの悪さがあった。同い年くらいの彼らの顔が思い浮かぶ。するとふと思い出した。この艦隊にはギーシュやマリコルヌをはじめ、学院の同級生も数多く乗船している事と。中には女生徒だっている。兵力の乏しいトリステインは、全土に召集をかけていた。だがこれから始まるのは本格的な全面戦争だ。この内何人が、生きて帰って来られるか。

 貴族が戦うは名誉の証。自らの命など何するものぞ。と以前なら考えていたかもしれない。公爵家の娘というだけではなく、英雄である母を持ったルイズにとっては、当然とでも言うべきもののはず。

 だが今では、それに異質感すら覚えていた。戦争に行くという覚悟は、あの時アンリエッタの依頼を受けた時に胸に刻んだ。しかしそれが、揺らいでいる気がする。何故だろうか。やはり幻想郷の連中との付き合いが長いせいか。それとも……。ふと、ある言葉がルイズの脳裏を過った。懐かしい響きを伴って。

 

「誰だったかしら……?守るべきものはもっと他にあるとかなんとか……。魔理沙?違うわね。えっと……」

 

 記憶を手繰るが、その主の名は出てこない。

 その時だった。窓を叩く音が耳に届く。向いた先に見えたのは、なじみの顔。天子である。ようやく、本当に、ギリギリ間に合ったらしい。憮然としながら窓を開けた。だが当の相手は、大遅刻だというのに、悪びれないあっけらかんとした表情。

 

「遅くなっちゃった。ちょっと大事な用事があってねー」

「ルイズさん、ごぶさたしてます」

 

 天子の後ろから、衣玖も姿を現した。しかしルイズは無言で彼女達を迎える。押し黙った厳しい顔で。天界の住人達は、何の反応も示さない彼女を不思議に思いながら、部屋に入る。天子は、てっきりいつものヒステリーを浴びると思っていたのだが。あるいは、それすら出ないほど怒っているのか。どっちにしても、それで臆する天子でもないが。

 しばらくして、ちびっ子ピンクブロンドが第一声を放つ。何故かその声は、落ち着いていた。

 

「衣玖が来てるって事は、みんな戻ってきたの?」

「はい」

「そ。じゃ、帰るわ」

 

 ルイズから出てきた予想外の言葉に、さすがの天子も衣玖も一時停止。だがルイズは構わず準備を始める。すると天人が不思議そうに尋ねた。

 

「帰るって、どこに?」

「学院よ」

「何?戦争、怖くなった?」

 

 天子は茶化すが、ルイズの厳しい表情はまるで変わらず。さすがの天人も、違和感を覚えずにいられない。

 

「どうしたのよ」

「こんなバカバカしい戦争は終わりにするのよ」

「どうやって?」

「戦う相手がなくなれば、戦争できないでしょ。神聖アルビオン帝国なんて、一週間もあれば消せるわ」

「消す?」

 

 やけに意気込み溢れるルイズを、天子と衣玖は遠巻きに見つめるしかない。やがて準備が終わると、窓へと近づいた。そしてふと天子の方へ振り替える。

 

「やっぱり、あんたの言った通りかもしれないわね。神や名誉に命を張るのはバカらしいって」

「何、それ?そんなもん言った事ないけど」

 

 天子、眉を顰める。唐突に出てきた言葉に。だがルイズはそれに構わず。

 

「あれ?あんたじゃなかったっけ?まあ、いいわ。とにかく帰るの。急いで」

「はぁ……。せっかく急いで来たのにー。こんなんなら、来なきゃよかった」

「いいから!」

 

 天子を睨み付けるルイズ。すると衣玖が落ち着いて提案を一つ。

 

「お急ぎなら、なら私が運びましょう。総領娘様よりは早く着きます」

「じゃあ、お願いするわ。なるべく急いで」

「では、最速で向かいます。少々キツイですが我慢してください」

「ええ」

 

 ルイズは力強くうなずく。やがて机の上に書置きを残すと、窓から出ていく。それに天子、衣玖も続いた。そして衣玖に抱きかかえられ、学院へと急いだ。その夜。連合軍艦隊周辺に爆音が響く。一時騒然となったが、結局何事もなかった。その爆音の元は永江衣玖。彼女のソニックブームだった。ルイズは、ハルケギニアで音速を体験した二人目となる。

 

 

 

 

 

 

 トリステイン、ゲルマニア連合軍の大艦隊は、アルビオンから多少離れた場所に位置していた。ここからならロサイス、ダータルネス、どちらにも向かえる。敵に狙いを定めさせないためだ。時々、アルビオン側の偵察と思われる竜騎士が飛んできていたが、艦隊が向かってくる様子はない。敵もまた目標となりうる二都市に、艦隊を分けられるほど余裕がないのだ。できれば総力戦で決着をつけたいと考えているようだ。だからこそ、連合軍の動きを見極めるまで動けずにいる。

 

 その艦内は身を引き締めた兵たちで溢れていた。特に艦橋は。総司令であるポワチエが、日の落ちた空を見つつ不適な笑みを浮かべている。そして、意気込みを抑えきれないのか口を開いた。

 

「いよいよだな」

「はい。虚無殿の進発はもうまもなくです」

「我らは、敵艦隊の動きを確認後、ロサイスに向かう」

「はい作戦通りに行けば、そのようになります」

 

 ウィンプフェンが確認するかのような言葉を返す。一方ゲルマニア軍人のハルデンベルグは、トリステイン主導の作戦を面白くなさそうに見ていた。だが、上陸すれば兵力的にはゲルマニアの方がはるかに上。上げる手柄も、トリステインに遅れを取る事はまずないとも思っていた。

 

 そこに、素っ頓狂な声が飛び込んで来た。

 

「し、失礼します!」

 

 一斉に入口の方を向く将軍達。目に入ったのは、あからさまにうろたえている伝令。ポワチエが不満そうに尋ねた。気分を害されて。

 

「何事だ」

「ミ、ミ、ミ」

「ミ?」

「ミス・ヴァリエールが見当たりません!」

「な、何ぃ!?」

 

 ポワチエも調子の外れた声を上げていた。だが参謀総長のウィンプフェンが冷静に、訪ねてくる。

 

「すでに進発したのではないのか?」

「そ、それが護衛に付くはずの第二竜騎士中隊を、残したままなのです!」

「では一人で出たのか!?いや、待て待て。どうやってこの艦内から出たというのだ!?」

 

 この艦隊は空中艦隊である。ここから出るには、海上の船のように小舟があればという訳にはいかない。さらにフライで飛ぶには、あまりに陸地から離れてしまっている。ドラゴンを使うしか方法がない。

 ウィンプフェンは再度尋ねる。

 

「まだ艦内にいるのではないのか?」

「それがくまなく探しましたが、見つかりません……」

「ドラゴンがいなくなった形跡は?」

「全て揃っており、一匹たりとも不明となっておりません」

「忽然と消えたというのか?そんなバカな……」

 

 言葉のないウィンプフェン。

 彼らは天子達の存在を知らない。ルイズから話も聞いていな上、ギリギリに来たため知るはずもなかった。

 将軍達が混乱してる中、伝令が一枚の紙を差し出した。

 

「じ、実は、これが虚無殿の部屋に残っていました」

「『勝手な行動をお許しください。神聖アルビオン帝国を、消滅させてごらんにいれます。』……。なんだこれは!?」

「そう言われましても……」

「いくら虚無といえども、国を亡ぼせる訳がないだろうが。だいたい艦隊を消滅させる事すらできないと、言ったばかりではないか!何を考えてるのだ!?あの小娘は!」

 

 困惑するポワチエ達に、ハルデンベルグの罵声が飛んでくる。

 

「どうするつもりだ!今回の作戦の鍵は、あの小娘なのだぞ!全ての作戦が台無しだ!どうやって消えたかは知らんが、勝ってな行動をとりおって。これがトリステインの貴族か!」

「いや……その……」

 

 自国の虚無を自慢していただけに、ポワチエには返す言葉がない。

 

 それから、四日間。ルイズがいそうな場所に伝令を出した。トリステイン魔法学院、ヴァリエール領、トリステイン王城などなど。しかし、いい報告は帰ってこない。

 いよいよ作戦の大幅変更をしなければと、将軍達が論議に入ろうとした矢先、会議室に不思議そうな顔をした伝令武官が入ってきた。

 

「閣下……」

「なんだ!」

 

 不機嫌そうなポワチエが、苛立ちをぶつける。だが伝令の表情は魂でも抜かれたかのよう。

 

「その……ロサイスから使者がいらしています」

「使者?何のためだ?」

「その……降伏を申し出ています……」

「な、何?」

 

 一斉に伝令の方を向く将軍達。誰もが呆気に取られ動きを止めていた。一戦も交えてないのに、いきなりの降伏。訳が分からない。

 

 やがて将官の部屋の一室で使者を出迎える、ポワチエ達。対するロサイスの使者は、やたら低姿勢。そして信じがたい言葉を口にした。

 

「我々も是非とも、偽帝討伐に参加させていただきたいのです!ですが、いままでの経緯に思うところもあるでしょう故に道案内、補給などは我らが務めさせていただきたいと考えている次第です。我々だけではありません。アルビオン全土では、偽帝に対する反発が続々と起こっております!」

「その……使者殿……。偽帝……?とは?」

「もちろん、憎っくきオリヴァー・クロムウェルであります!」

「は……何……?」

 

 連合軍の将軍達には言葉がない。いったいアルビオンで何が起こったのか。あれほどアルビオン貴族をまとめ上げていたクロムウェルが、何故、転落してしまったのか。しかもほんの数日で。

 

 結局、その日は返事も出さず、使者をそのまま返す。罠の可能性もあったからだ。ともかくアルビオンの状況も分からぬまま事を決める訳にもいかない。しかも戦争状態から一転、アルビオン貴族と手を結ぶ可能性も出てきた。単なる軍事行動から、政治的な意味合いすら含まれる。軍の司令官では越権行為になりかねない。国に問い合わせる必要もある。もちろんアルビオンの現状も知らねばならない。

 アルビオンを倒すと意気込んで出てきた連合軍だが、今では動きを止めている。砲を一発も撃たず魔法も使わず、相変もわらず同じ場所に停泊し続けていた。働いていたのは、偵察と情報収集に走っている竜騎士くらいなものだ。

 

 それから一週間。

 だいたいアルビオンの様子が分かり始めていた。どうも一時的に内乱状態に入っていると。だが何と何が戦っているのかがハッキリしない。ただそれも収まりつつあるというのも分かった。一方、国からの知らせは、半分を国に戻し残りはこの場に留まり、情報収集に務めるという命令だった。この命令のおかげで新兵である学生は戻る事となる。彼らの親達にとっては、これは僥倖だったかもしれない。

 

 そして翌日。またアルビオンから使者がやってきた。わずか数騎の竜騎士で。だがそこには見慣れぬ旗が翻っていた。どのアルビオン貴族とも違う紋章が、もちろん神聖アルビオン帝国でもない。

 

 やがて下りてきた使者をヴュセンタール号の甲板で迎えるポワチエ。もはや今はただの軍事行動ではない。外交要素も加わっている。気持を引き締めて使者へ相対しようとする総司令官。だが相手の顔がハッキリ見えると、自分の目を疑った。

 

「お、お、お主…………」

「これはこれは、お久しぶりです。オリビエ・ド・ポワチエ将軍」

「な、何故、お主がここにいる……」

 

 ポワチエの目に映ったのは、見知った者であった。さらに顔を知らずとも、トリステイン貴族ならその名を知らぬ者はいないだろう。名声というよりも悪名という意味で。

 髭を生やしたその美男子は、姿勢を正すと厳かに言葉を発する。

 

「私、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド侯爵は、ティファニア・モード陛下の名代として、まかりこしました」

「い、今……なんと……」

「私はアルビオン王国モード朝の外務大臣として、交渉に当たりに来たのですよ。ド・ポワチエ将軍」

 

 ワルドが侯爵?外務大臣?ティファニア・モード?アルビオン王国モード朝?訳の分からない言葉がいくつも並ぶ。いったいこの10日間ほどで、アルビオンに何があったというのか。

 ポワチエは混乱を吐き出すように、激高しだした。

 

「な、何を言い出す!アルビオン王国モード朝だと!?何者だ?ティファニア・モードとは?」

「モード大公の忘れ形見です」

「な、何ぃ!?モード公の一族が生き残っていたなど、聞いた事もないぞ!偽帝の次は、偽王を担ぎ出したか!この汚らわしい裏切り者が!」

「裏切りの汚名は甘んじて受けます。しかし、ティファニア陛下への侮辱は許しません。陛下の血筋は、王家に連なる正当なもの。さらに言えば陛下への侮辱は、始祖ブリミルへの侮辱にもなるのですぞ」

「し、始祖ブリミルだとぉ!?」

「はい。ティファニア陛下は宗教庁より、正式な虚無の担い手として認められております。問い合わせてもらって構いません。ただし、確認が取れた場合、今の発言の謝罪をお願いします」

「きょ、きょ、虚無の担い手!?」

 

 そこでポワチエの言葉は、動きは止まった。氷漬けになったかのように。それにワルドは、ただ不敵な笑みを返すだけだった。

 

 

 

 


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