ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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はじめての屋台

 

 

 

 

「ルイズ、あなた商売するんですってね」

「誰に聞いたの?」

「咲夜から」

 

 上座からレミリアがさっそく耳にした話題を振る。

 

 いつもの夕食の時間。紅魔館の主要メンバーが揃って食べている。と言っても吸血鬼であるレミリアとフランドールは、わずかな血さえあれば事足りる。そして妖怪としての魔法使いのパチュリーは人間の食事は別になくてもいい。もはや趣向品と言った感じでみんな口にしていた。ちなみに咲夜や美鈴は使用人なので、当然食事は別。

 

 レミリアはものぐさに口に食べ物を運びながら聞く。

 

「ミスティアの借金返すためだって?」

「そうよ。明日から、商売に励むの」

 

 ルイズは自分を奮い立たせるように答えた。

 

「そんな借金くらい、私が持ってもいいのに。あなたは紅魔館の客人なんだから」

「いいえ。ヴァリエール家の者として、自分の失敗は自分で償うわ」

「へ~。えらいのね。ほら、フランも見習いなさい」

「ん?うん」

 

 生返事のフランドール。目の前の牛フィレ肉のブリオッシュ包みに夢中だ。

 

 ところで、ルイズとレミリア達は今では普通に話している。最初こそルイズの礼儀を重んじた言葉遣いを喜んでいたレミリアだが、その堅苦しい雰囲気がその内鬱陶しくなり、ぶっちゃけてしまった。気まぐれなお嬢様であった。

 

 

 

 

 

 食事も終わり、部屋に戻って一息つく。するとこあがやってきた。パチュリーが呼んでいると言う。ルイズはもしかして帰る目処が立ったのかも、なんて淡い期待をしながら図書館に向かった。

 

「考え甘すぎよ」

 

 図書館に着いたとたん、ダメ出しされた。

 何をダメだしされたかというと、商売の事。

 

「確かにみすちーのヤツメウナギはうまいけど、それだけじゃ売れねぇぜ」

 

 魔理沙もダメ出し。

 

「だいたいどこで売るの?見当ついてるの?」

 

 アリスも以下同文。

 

 三人の魔法使いに一斉に失格の烙印を押され、少々へこむルイズ。

 ちなみに魔理沙とアリスだが、この所、図書館に泊り込みで研究をしていた。何やらルイズの魔法研究が佳境に入っているらしい。

 

 ルイズは意地になって反論する。

 

「た、確かに、まだ幻想郷の事はよく分からないわ。でも、だんだん学んでいくつもりよ」

「その間に、どれだけ損するんだよ。屋台は借り物、仕入れは全部お前持ちなんだぜ?トラブル起こした日には目も当てられないぜ」

「十分学べた後には、借金は何倍にも膨れ上がってるでしょうね」

 

 言われてようやく気づいた。覚悟と気合だけでどうにかなるものではないと。

 

「だ、だけど……」

「だから人を頼りなさいよ。友人が近くにいるでしょ」

「え?」

「私達は少なくともルイズをそう思っているわ。あなたは違うの?」

「…………」

 

 パチュリーのその言葉。友人。その響きを聞いたのはいつ以来だろうか。実家では同等の立場と言えるのは二番目の姉くらい、後は目上、両親や一番上の姉。それか目下の使用人達。学院に入っても、魔法を使えないルイズをバカにするものばかりで友人と言える相手はいなかった。友人なんて言葉にふさわしいのは、幼い頃、共に遊んだあの姫くらいだ。

 ルイズの目頭が自然と熱くなる。

 

「うん……」

「なら頼りなさい。ただしお金の無心だけはだめよ」

「うん」

 

 ルイズは目元を拭いながら、二度うなずいた。

 

「と言われても実は私、よく分からないのよ、人里。滅多に行かないし」

「え!?」

 

 感動していたのに、いきなりパチュリーにはしごを外された気分。ちょっとショック。

 でもパチュリーはそれに落ち着いてアドバイス。

 

「でも、魔理沙とアリスは詳しいわ。人里によく行ってるようだし」

「お願い二人とも。私に商売を教えて」

「ああ、任せろ」

「まあ、いいわ」

 

 やがて仕切りなおしとばかりに、魔理沙が大きめの声を上げた。

 

「さてと、どうするかだな。まず人里で店出すのは難しいしな」

「え?何で?」

 

 ルイズは少し驚いて聞く。

 

「人里には商売するのに許しがいるんだよ。各地区に顔役がいてさ。屋台も話通しておかないと出せないぜ」

「それじゃミスティアに頼んだら?」

「店開いたばかりだからな。無理はできないだろ。私らも紅魔館の連中もツテはそう強くないしな」

「そう……」

 

 想像以上に厳しい状況に、ルイズは少し唸る。本当に見通しが甘かったようだ。

 さらにアリスが補足を付ける。

 

「それに店を出せても、元からある他の店と客の奪い合いになるわ。同じ条件だとルイズの屋台はちょっと不利だから厳しいわね」

「不利ってなんで?」

「あなたがヤツメウナギ焼くんじゃないんでしょ?」

「たぶん。焼き方分からないし」

「という事はすでに焼いたのを仕入れる形になるわ。つまり店に出すときは冷えちゃてるのよ」

「あ」

 

 これは厳しい。よほど知恵を絞らないと、本当に借金が何倍にもなってしまう。少しばかり青ざめるルイズ。

 だが、そこに魔理沙が笑って参入。

 

「でだ、人里で商売するのはあきらめる」

「じゃ、どこでするのよ」

「人里の外。つまり前にみすちーがやってた所だ」

 

 ふと思い出す。最初に彼女に出会った場所を。確かに外なら許可もいらないだろう。人里からもそれほど離れてはいない。しかし、中にミスティアの店があるのに、ワザワザ外に出る人間はいるだろうか。それでどうやって商売ができるのか。しかも冷えたヤツメウナギなのに。

 そんな疑問に魔理沙は答えを用意していた。

 

「人間相手に商売するんじゃないぜ。妖怪相手だ」

「え?」

「みすちーの屋台は妖怪もよく来てたんだよ。もちろん人里に入っていけばいいんだけど、弱い妖怪には人里入るのに気後れしてるヤツもいてな」

「それで外にあるなら、気軽に来れるって訳ね」

「ああ。それなら少々冷えてても買っていくぜ。お前の屋台でしか食えないんだから」

 

 ルイズには思いつきもしなかったアイディア。いや、人里と妖怪というものよく分かってないと出てこない。こんな考えを思いつくまで学ぶなんて無理な話だったと、ようやく理解する。この粗雑な魔法使いが、今ルイズにとっては救世主に思えていた。

 しかしここでアリスが一言注意。

 

「ただし、やっぱり妖怪相手だから、危険は多少あるわ。だからあなたにも武器が必要よ」

「武器って言っても、失敗魔法しかないわよ」

「その失敗魔法を使いましょう。使うと言っても脅しで十分なんだけどね」

「そうなの」

「ただあの爆発で、屋台まで壊しちゃ元も子もないわ。だから精度を上げましょう」

「どうするの?」

「ファイヤーボールとかフライとか目標を定めない魔法は、どこで爆発するか分からないけど、錬金やロックのような目標を定める魔法は対象が爆発するわ。だから後者を使いましょう」

「まあ、ロックは鍵がいるけど錬金ならどこでも使えるわね。錬金にしましょう」

「それと爆発は屋台に届かない範囲でやってよ。それに爆発もなるべく絞るように。でもだいたい分かるでしょ?あれだけ爆発魔法繰り返したんだから」

 

 実に十日間も、立て続けに何百回とやらされた失敗魔法の日々が思い出される。確かにきつかったが、それだけに感覚的に範囲や加減がある程度は身についていた。

 

「うん、やれそうな気がする」

 

 ルイズは急に明るくなった。自信が溢れている感じがしていた。それをやけに楽しそうに見ている三人の魔女。微妙に全員笑みを浮かべていた。

 やがてパチュリーが声をかける。

 

「それじゃ、明日ね」

「こっちはいいの?手伝わなくて」

「しばらくはいいわ。時間がかかりそうだから」

「うん。分かったわ」

 

 そしてルイズは部屋へと戻ろうとする。だが、立ち止まってもごもごしている。

 

「その……あの……。みんな、ありがとう」

「ええ」

「おう」

「それじゃ、がんばりなさいよ」

 

 三人の魔女は部屋に戻るルイズを、笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……。重い……。」

 

 以前ミスティアが商売していた場所。見覚えのある場所に屋台を引っ張って来た。

 そこでルイズは汗だくになっている。屋台を一人で引っ張って来て。この屋台は想像以上に重く、そしてルイズは想像以上に非力だった。つくづく何もできないと実感する。何かと全て自分でやる事の多い幻想郷。だんだんとそれが当たり前と思う心が芽生え始めている。そしてルイズはまたあらたに決意する。明日から体も鍛えないといけないと。

 

 商売は夕食時を狙ってやる事になった。昼動く妖怪にとっては晩飯、夜動く妖怪にとっては起き掛けの飯になるからだ。

 用意されたヤツメウナギの数は少ない。時間が経ちすぎると悪くなるから、売り切れになる程度の量だけ。それに夕方から人里の門が閉まるまでの時間はそれほどない。多くを売っている余裕がないというのもある。

 

 のれんをかけ、提灯を灯して商売開始。ルイズは気合十分。店頭販売なんてやった事はなかったが、トリスタニアの商人のイメージはある。それと魔理沙達から教えてもらった事を合わせ、それっぽくはやっていた。

 だがまるで売れない。仕事から帰る人間がたまに寄って行ったが、作り置きしかないと知ると、人里のミスティアの店に行くからいいと言われた。少々残念だが想定内。彼らは商いの対象ではない。

 

 やがて三人の人影が近づいてきた、背中に羽がある。本命登場だ。

 

「あれ?みすちーは?」

 

 やや濃い金髪の女の子が話しかけてくる。みすちーというのはミスティアの愛称というのは、魔理沙から聞いた。つまりは彼女の店の常連客なのだろう。幸先がいい。

 

「人里で店を開いたから、こっちにこれないの。それで私が頼まれたのよ。作り置きだけど、食べてみる?」

「ふ~ん」

 

 しぐさが妙にかわいらしい。だが見た目で判断してはいけないのが妖怪。あのスカーレット姉妹も、一見するとルイズ以下の歳に見えるが、実は500歳程度というのだから驚きだ。

 三人をよく見るルイズ。短いツインテールのリボン少女と、モンモランシーのような縦ロールの金髪少女。そして黒いロングの少女。恰好は人里の人間とまるで違う。ゴシック風とでもいうのだろうか。そう言えば、人里でのような恰好をしている妖怪は、ミスティアくらいしかいなかったなんて事を思い出す。人間相手に商売するから、あんな恰好なのかもと思った。

 

 三人は興味ありげに店の中を覗いていた。

 

「あ!お前たち」

 

 突然、上から声がかかる。見上げた先に見覚えのある顔があった。湖の畔で酷い目にあった氷みたいな羽の生えた相手だ。それだけじゃない他に二人。しかもその内一人は、森で迷っている時に、自分を食べようとした金髪リボンの妖怪。ルイズ、少々複雑。

 

「げっ、チルノ!」

 

 ツインテール少女はそうこぼして、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「この前はよくもやったな!」

「この前っていつのこの前よ!」

「この前はこの前!」

 

 店の前で口喧嘩を始めた。しかも、まるで子供の喧嘩。成りも子供っぽいので余計に。正直迷惑。他でやってとうんざり顔。

 だが、逆にチャンスなのでは、なんて言葉が頭に輝く。

 

「ちょっと、やめなさいよ。何があったか知らないけど」

「こいつらは永遠のてきなんだよ。ってあれ?どっかで会った?」

 

 チルノと呼ばれた少女は、ルイズを見て首を傾げる。するとあの金髪リボンが指差して喜んでいた。

 

「あー!外来人」

「外来人?」

「食べていい人類」

 

 まだ言っている。

 

「違うわよ!それにただの外来人じゃないわ。今は紅魔館でお世話になってるの」

「えー。それじゃ食べていけない人類なのかー」

「そうよ」

 

 この金髪リボンの食べていいという基準がイマイチ分らないが、ともかく捕食対象からは外れたらしい。

 だが、そんな事より商売だ。

 

「だけど、食べていいものは他にあるわよ」

 

 そう言って、ヤツメウナギを取り出した。そして団扇で仰いで香りを飛ばす。全員の視線が一斉に注目。目の色が変わっている。顔も少し緩んでいる。

 だが一人だけ、不安そうな顔しているのがいた。チルノと一緒にいたもう一人。緑のサイドテールで羽の生えた少女。

 

「チルノちゃん、やめとこうよ」

 

 どこかしぐさがおとなし目。このメンバーの中ではちょっと変わっている。

 

「なんで?食べていいんだよ」

「だけど……」

 

 二人は少々もめていた。するとツインテールリボンの少女の方が先に動く。

 

「私達は食べるわ。あんた達には何も残さないからね。ベー」

 

 舌出して、チルノを挑発。彼女は分かりやすく反応した。

 

「あー!あたしも貰う」

「食べるのかー」

 

 そして一斉六人は、ヤツメウナギを注文しだした。思わずニッコリとうなずくルイズ。初日だというのに、このままだと今日の分は全て捌けそうだと。

 

「あー、おいしかった」

 

 六人は満足そうに口元を拭く。本当に今日の分が捌けてしまった。ルイズは後かたづけをしながら、内心笑いが止まらない。そしてにこやかに当然の要求を口に出した。

 

「そう。よかったわね。それじゃお金、ちょうだい」

「「「え?」」」

 

 全員が不思議そうな顔をする。そしてルイズも不思議そうな顔。

 

「は?だから食べたでしょ。お金」

「お金持ってないよ」

 

 チルノがあっけらかんと当たり前のように言ってきた。ルイズは顔が青くなる。

 

「はぁ!?お金がない!?じゃなんで食べたのよ!」

「くれるって言ったのは、お前じゃないか」

「あげるなんて言ってないわよ!食べる?って言ったのよ!」

「やっぱり言ってるじゃないか!」

「どういう耳してんのよ!」

 

 今度は真っ赤になって杖を取り出す。そして向かいの端にある石ころに向かって振った。

 破裂音と共に、そこそこ大きめな爆発が起こった。ルイズ自身は抑えたつもりだったのだが、怒りに任せたせいだろうか。

 

「ふざけるんじゃないわよ!こうなりたくなかったら、お金出しなさい!」

 

 チルノ以外はその爆発で一気に血の気が引いていく。ただの人間か思ったら、とんでもない相手だと。

 

「だから言ったんだよ。やめようって」

 

 緑のサイドテールの子が、ぼそぼそこぼしていた。

 さっきまで朗らかな空気に包まれていた屋台の周りが、緊張で満たされる。

 

「ルナ、スター!逃げるわよ!」

 

 先にツインテール少女が動き出す。すかさずキッとした顔つきで、ルイズはそっちを向く。

 だが、そこにいたはずの三人は、かき消すように姿が見えなくなった。このツインテール少女、サニーミルクには光の屈折を操る能力がある。それで自分達の姿を隠すことができる。

 ルイズ、目を見開いて探すがどこにも見当たらない。

 

「えっ!?な、何!?こら、どこ言ったのよ!」

 

 すると今度は残った方。

 

「ほら、チルノちゃん逃げるよ!」

「あたしは、逃げない!」

「いいから!」

 

 だが、逃がすものかとルイズは杖をかざす。

 しかし、視界がだんだん暗くなり、あっという間に真っ暗。何も見えなくなった。ただ声だけが聞こえてくる。

 

「逃げるのかー」

「あの時の魔法!ま、待ちなさい!吹き飛ばすわよ!」

 

 脅すが何も見えないので、どうしようもない。やけくそで魔法を唱えようかと思ったが、失敗して屋台を壊しては目も当てられない。せいぜいできるのは歯ぎしりだけ。

 やがて暗闇が晴れ、視界が戻る。だが、そこには誰もいなかった。

 

「く、食い逃げされた……」

 

 ただただ、立ち尽くすしかないルイズだった。

 

 

 

 

 


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