ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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ただ漏れの謀略

 

 

 

 

 妖怪の山、守矢神社。社務所の客間に、感心しながらへーを連発する神様と、淡々と解説する魔女がいた。ついでに使い魔も。残りわずかな茶菓子と、飲みかけの湯のみを手元に、向き合っている。パチュリーが神奈子から頼まれている用件、ハルケギニアの報告に来ていたのだ。一通りの説明も終わり、お茶と茶菓子を処理するだけの一同。

 

「小さな閉じた宇宙か……。そんなものがあるとはね」

「面白いねぇ」

 

 軍神と祟り神は、素朴な感想を漏らす。

 神奈子は残った茶菓子を口に放り込んだ。

 

「……だとすると、太陽と月も実態じゃない可能性があるね」

「ええ。宇宙のものは全て、私達の知ってる星のそれとは、まるで違うかもしれない。魔術装置とかの、人為的なものの可能性もあるわ」

 

 パチュリーは湯呑を手に取り、答える。

 彼女自身も、鈴仙の星々が動かないという話から、その可能性を考えていた。元々は双月自体を、実態として説明できる理由が見つからなかったのが切っ掛けなのだが。

 諏訪子が、空になった湯呑の底を覗き込む。

 

「スペースコロニーみたいだよね。作り物ばかりの、閉じた宇宙ってさ」

 

 湯呑からシリンダー型のコロニーを想像したのだろうか。神奈子の方は出がらしのお茶を、つぎ足しながら懐かしい思い出を引っ張り出す。

 

「あー、言われて見ればそうね。アニメによくあったなぁ」

「そうそう。ゲームでもあったよ」

 

 諏訪子は、お茶を新しいものと入れ替えた。

 一方、なんとも二柱だけに通じる会話に、魔女は怪訝。

 

「何よ。そのスペースコロニーって」

「おっと、本の虫が知らなかったか。まだまだ、世界は広いゾ。魔法使い」

 

 諏訪子が、無邪気に笑いながら答えていた。もっとも肝心な質問には、まるで答えてないが。相変わらず食えない祟り神。魔女は少々憮然。いちいち相手にしては時間の無駄なので。あえて平静を装う。

 

「それじゃ、無知な私に御教授願えないかしら?蛙の神様」

「ほぉ……」

「あら、違ったかしら?」

 

 平静でもなかった。

 対する祟り神。かえる呼ばわりされ、何やら黒いオーラが浮き上がる。ちゃぶ台挟んで、妙な闘志が燃えていた。

 真ん中の軍神。疲れた顔で溜息。

 

「諏訪子」

「はいはい。冗談だよ」

 

 すぐに元の無邪気な子供顔に戻る、諏訪子。相も変わらずである。そんな彼女に構わず、神奈子は答を告げる。

 

「スペースコロニーってのは、人口の天体みたいなものさ。人が住めるように作ったね。そこに移住しようって、考えがあるんだよ」

「へー。外の世界には、そんなものがあるのね」

「そうじゃない。まだ空想の産物。遠い未来には、できるかもって程度のものよ」

「なるほどね。ハルケギニアが、閉じた小宇宙なら、そう捉えられるかもしれないか……」

 

 パチュリー、口元に手を添えながら小さくうなずく。何やら新しい発想に、刺激を受けつつ。

 一方、神奈子は少し姿勢を治すと、話を続けた。

 

「まあ、ハルケギニアに関しては、閉じた宇宙っていう点は、最優先の話じゃないから」

「そうね」

「まずは、ルイズだ」

「ええ」

 

 ここで言うルイズとは、当人の事ではない。何故、幻想郷に来られたかという点だ。図書館で見つかった魔導書から、ルイズが召喚された訳ではない可能性が高まっていたのだ。

 パチュリーが、こあから差し出されたノートを広げ、説明する。

 

「あれからいろいろ調べたけど、原因不明だわ。こっち側の理由じゃなくて、向う側の理由かも」

「つまり、向うがこっちに干渉する可能性がある、って話になるね」

「ええ」

「そっか……」

 

 神奈子は腕を組んで、漏らすようにつぶやく。難しい顔で。その隣にいた諏訪湖は相変わらず。だが、ふと何かを思い出した。

 

「そうそう。ハルケギニアの件、紫と幽々子、永琳とも話したんだけどね。しばらく様子見って事になったよ」

「何?その面子。異変にでもなりそうだったの?」

「念のためってヤツだよ」

「そう。で?」

 

 紫魔女は、片目を見開きながら尋ねる。一見、脈絡のない話を差し込んだ理由を。

 諏訪子はちゃぶ台に片肘を突き、上目づかいでパチュリーの方を見る。今までとは違い、どこか子供らしさが霞む。さっきのからかい交じりとも違っていた。神の気配を匂わせていた。

 

「様子見っていうのは、あくまで幻想郷に影響がない、というのが前提って話だよ。でもルイズの件の原因が、向う側にあるとなると話が変わって来る。紫辺りは、動きだすかもしれないね」

「…………。なんでも受け入れるのが、キャッチフレーズじゃなかったのかしら?」

「だったら、天人とダンスを踊る事もあったろうね」

 

 それはそうだと、魔女は肩をすくめた。紫の天子嫌いは有名。なんでも受け入れる、には優先順位があるのだ。つまり、スキマの寛容さは、条件付。

 さらに軍神が一言添えた。

 

「それに時間の話も引っ掛かる。最初はズレがなく、次はこっちが進んでいて、最近では向うの方が進んでる。時間の流れが揺らぎすぎだ」

「そうね」

「後、転送陣だけど。異常はなかったわよ」

「となると……それも向うの可能性かしら……」

 

 少し重い顔色になる魔女。あまり手を付けてないのもあって、時間の問題は今のところ不明だ。ただ、居心地の悪い要件なのは確かだ。

 神奈子は背筋を伸ばすと、パチュリーへ向き直った。

 

「老婆心ながら言うけど、事は時に関わるしろものだ。やっかいな目に遭う前に、ハルケギニアに行くのは控えた方がいいかもしれないよ。調べるのは何も、直に行かなくてもできるでしょ?」

「……。頭の隅に置いとくわ」

 

 小さくうなずく魔女。ただ、そっけない態度の割に、彼女自身はやや重く考え始めていたりする。そうは言っても、まだハルケギニア行きをやめる気は毛頭ないのだが。

 やがて、いつもの表情に戻ると、頭に浮かんだ事を一つ。

 

「でも、その会合。レミィは呼ばなかったのね」

「まあね。理由は聞くまでもないでしょ?」

「……。懸命かもね」

「ははっ、よく分かってるじゃん。親友の事」

 

 諏訪湖は笑いながら、新しいお茶を飲み干した。相も変わらず仕草だけは子供。

 

 やがてパチュリーとこあは立ち上がる。用件は終わったと。そして早苗に見送られながら、神社を後にした。

 またもや、スッキリしない帰路。いや、引っ掛かりは増えていた。ハルケギニアのとの関係次第では、紫などが、動きだす可能性がある事。相変わらず何を考えているか分からない二柱。そもそもパチュリー自身が、ハルケギニアを面白い研究テーマ、という扱いのままでいいのか決めかねていた。

 

「少し相談した方がいいかしら?」

 

 そう呟きながら、使い魔と共に家路についた。

 

 

 

 

 

 アルビオン、ロンディニウム郊外。雨はすっかり上がり、晴れ間がのぞいていた。川沿いにある街道の外れ、やや奥まった所に開けた土地があった。そこに女性8人と男一人と精霊がいた。ルイズ達一党である。何もしてはいないが、別に暇をつぶしていた訳ではない。暇には違いないが。

 彼女たちは、待っていたのだ。作戦の成果を。

 

 真ん中に樽が一つ置かれている。水が入ったタルが。ふと、その樽の水面が持ち上がり、形を作り出す。やがて衣玖の顔となった。水の精霊ラグドである。注目する一同。ラグドは無表情のまま、口を開いた。

 

「そろそろ来る」

 

 このラグドは、川の下流で待機していた先日の脱出劇の分。すでに回収済みだった。

 水の精霊に言われるまま、全員、街道に顔を覗かせる。人通りの少ない中、一騎の騎兵が近寄って来ているのが見えた。ルイズは目を凝らす。

 

「あれかしら?」

「だな」

 

 隣でうなずく魔理沙。

 彼女達の視線の先にあるのは、宮殿の衛兵らしき人物。小脇に何かかかえている。ラグドの言う人物は、その騎兵しかいない。

 やがて騎兵は、側まで来ると、馬を止めた。そして降り、近づいてくる。顔がよく分かる距離になると、誰もがすぐ気づいた。瞳はどこか虚ろな事に。一応こちらを向いているのだが、焦点が合ってない感じだ。間違いない。この人物がラグドの言っていた運び人。一同は、ぞろぞろと街道に出て来る。待ちくたびれたという感じで、溜息漏らしながら。

 衛兵は口を開く。

 

「目的は達成した」

 

 その言葉に返って来たのは……いくつもの渋い表情。

 

「さすがに臭いわね」

 

 鼻を摘まんだキュルケが、一言漏らす。

 雨の中を走って来たとはいえ、衛兵はあの汚物まみれの宮殿にいたのだ。匂いが取れたとはいかなかった。

 するとアリスが、一つ文句。ちょっと不満そうな声で。

 

「何言ってんのよ。こっちはそれの原料の上で、ウロウロするハメになったのよ」

 

 彼女の言葉に、二回大きくうなずく魔理沙とギーシュ。もはやユニゾン。責められるキュルケは、申し訳ないような苦笑い。

 そんな彼女達を横に、ルイズは今回の策を思い起こしていた。

 

 今回の作戦の発案者はタバサだった。ラグドリアン湖の増水を解決する予定だった彼女。そこから発想したのだ。水の精霊が下水を増水して、宮殿を浸水させられないかと。そうすれば、宮殿内に入れると。

 だが、事は考えている程、単純ではなかった。まず、アルビオンに持ってきたラグドの量がそもそも少なく、力もそれほど発揮できない。増水しても高が知れていたのだ。そこを補ったのが天子。天候を操れる彼女が、雨を降らし、水かさを増すのである。しかし、それでも問題があった。ハヴィランド宮殿を浸水させるとなると、ロンディニウム市内も浸水する事になる。さすがに短期間で、そこまでの増水は厳しかった。

 そこで宮殿に水が集まるよう、下水道を堰き止める事にした。ギーシュの出番である。彼が、土系統の魔法で要所を堰き止める。ちなみに下水道の構造は、先日逃げる時にラグドが把握済み。ギーシュが嫌がったのは、この時の下水道を回るという作業だった。魔理沙とアリスは、所定の場所に彼を案内するため、付きそう事になった。ギーシュは、魔理沙の箒の後ろに乗って、下水道巡りをしたのである。

 やがて全ての作業が終わる。まず、川の上流に雨を降らせる。さらに、ロンディニウムにも大雨を降らせる。増えた水は下水道に誘導されハヴィランド宮殿に集中、床上浸水を起す。それにまぎれてラグドは、楽々宮殿内に侵入。最初にクロムウェルの秘書を見つけた。実はラグドは、『アンドバリの指輪』強奪にクロムウェルが絡んでいるのは知っていたが、主犯は知らなかった。そこでまずは、指輪強奪の関係者から聞き出そうとしたのだ。ところが、彼女が主犯だった事が分かる。水の妖精は、人間とは比較にならないレベルで、水系統の力を使う事ができる。心すら奪うその力で人の記憶を覗くなぞ、造作もなかった。

 やがてシェフィールドの意識を乗っ取ると、全てを把握。『アンドバリの指輪』を難なく奪還したのである。

 

 ラグドに操られた衛兵はまず成果を見せた。『アンドバリの指輪』を。一同は深い水色の指輪に見入った。湖底の水を固めて、そのままにしたかのよう。まさに秘宝。

 水の精霊はタバサの方を向く。

 

「求めるものは手に入った。約束を果たそう。湖の水位は元に戻す」

「ありがとう」

 

 タバサは礼を言う。珍しくハッキリとした口調で。それにラグドは無言で答えた。誰もが、どこかやわらかい雰囲気を感じた。

 次に、魔理沙達の方を向く。

 

「異界の者達よ。この度の事、なかなか興があり悪くなかった。これはその礼、いや、借りを返そう」

「よせやい。こっちも力を借りたんだ。お互い様だぜ。けど、くれるってならもらうぜ」

「うむ」

 

 そう言って手渡されたもの。オルゴールに指輪一つ。横から覗き込むアリス。ふと何かを思いついた。

 

「これって……もしかして……『始祖のオルゴール』と『風のルビー』?」

「その通りだ」

「無視してもよかったのに」

「あのシェフィールドとか称する者への、借りを返す意味もあった」

「借り?」

「あの者の願いを、阻ませてもらった」

「どういう事?」

 

 それから水の精霊の独白が始まった。シェフィールドの記憶を、全て覗いた精霊からの。その内容は驚くべきものだった。特にルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュのハルケギニアの住人にとっては。

 

 まず神聖アルビオン帝国皇帝、クロムウェルは虚無を称して人心を集めていた事。

 だが実は虚無どころか、魔法を全く使えないただの平民司祭である事。

 ただの平民司祭が、虚無の担い手を装えたのも『アンドバリの指輪』のおかげであった事。

 さらにこの『アンドバリの指輪』は、トリステイン、ゲルマニア連合軍への切り札になる事。

 そして平民司祭を皇帝に祭り上げ、その後の全てを取り仕切ったのが、シェフィールドである事。

 やがて『始祖のオルゴール』と『風のルビー』を、ガリア王に渡すつもりだった事。

 しかもそれら全てが、ガリア王の命を受けてという事。

 加えてガリア王はエルフと密約を結んでおり、彼らの力を借りて特殊なマジックアイテムを開発中である事。

 

 シェフィールドは、ガリアの陰謀の中枢に絡んでいる。彼女の記憶を覗くという事は、その全貌を知るに等しかった。

 話を聞いていたギーシュは、言葉がうまく出ない。手を震わせ、顎を落とすように叫んでいた。半ばパニック気味に。

 

「な、な、なんだってーーーっ!?全部ガリア王が裏にいて、しかもエルフと手を結んでるぅ……!?」

「なんて言うか……。その……とんでもない事、知っちゃったみたいね」

 

 さすがのキュルケも動揺を隠せない。ルイズは、口をパクパクさせたまま何も言えず。タバサも黙ったままだが、その表情には明らかな驚き。石像のように固まったまま。彼女もシェフィールドがいる時点で、レコン・キスタの裏にガリアがいるとは読んでいたが、まさかエルフと手を結んでいるとは想像の外だった。

 さらに精霊は言葉を続ける。

 

「ジョゼフと称する者、虚無の担い手だそうだ。シェフィールドはその使い魔、『ミョズニトニルン』というらしい」

「きょ、きょ、きょ、虚無!?ガリア王が虚無!?」

 

 ルイズ、目を見開いたまま止まる。脳も止まる。石化ルイズ。

 無能王と呼ばれる人物が、まさかの虚無。誰もが予想しなかった事。連続する驚愕の事実。ムンクの叫びが並んでいるような、ハルケギニアの面々の顔。

 しばらくして、なんとか復帰すると、キュルケが疲れたように零した。溜息がいくつも重なってそうなくらい。

 

「まさか……二人目の虚無だなんて。こう伝説がポンポン出てくるって、何かの予兆なのかしら?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 ギーシュが思わず一言。聞き捨てならないものを、耳にしたとばかりに。

 

「今、二人目の虚無って言わなかったかい?」

「ええ。そうだけど」

「なんだい、それは?」

「何言ってんの?そこにいるでしょ」

「そこ?」

 

 キュルケが指差した方に、顔を向ける色男。そこにいたのは、ちびっ子ピンクブロンド。不思議そうに自分を指さすゼロ。いや、一応、魔法に目覚めたのでゼロではないが。

 ギーシュは、首をかしげ、指された方を凝視。でも見つけられない。解けないテストの解答を、教えてもらうような顔を、キュルケに戻す。

 

「えっと……誰?」

「は?だからルイズよ……。あ!知らなかったんだっけ!?」

「何が?」

「ルイズは虚無なのよ」

「え?」

「ゼロのルイズは、虚無の担い手なの」

「な、なんだってーーーっ!?」

 

 ギーシュ、二度目の叫び。そして固まった。石化のギーシュ。

 2秒ほど置いて再起動。震える指でルイズを差しながら、また叫ぶ。

 

「ル、ル、ル、ルイズが虚無!!??」

 

 彼の問いに、当然のようにうなずく一同。さらにギーシュ、何か喚きだす。もう、一人劇場というか、パフォーマンスとかいうか。

 当のルイズは疲れたように、頭をかかえていた。

 

「あ~……、また面倒くさい事に……」

 

 それから説明開始。これまで何があったか、そもそも虚無の魔法とは何かとか。

 

 ちなみにルイズはハルケギニアに戻ってから、火の系統のメイジという事になっている。天子との決闘の時、弾幕を誤魔化すためについ口から出たでまかせが、そのまま定着してしまったのだ。授業の時は、小さな弾幕をうまい事組み合わせて、火の様に見せていた。弾幕の操作はかなり難しく、神経も使う。しかし、これでできたのは、せいぜい揺らめく小さな炎の真似事。火の系統のメイジからすれば、しょっぱい魔法にしか見えなかったろう。そんな訳で、ルイズは、ゼロが0.1になった、くらいしか思われていなかった。

 

 一通り説明が終わると、ギーシュ、落ちるように項垂れる。地面にペタリと手足をついた。ぼそぼそつぶやく声は、念仏のよう。

 

「はぁ……。もう何がなんだか……。異世界とかヨーカイとか、ガリアがエルフと組んでるとか、ルイズが虚無とか……。あ~あ~……」

 

 一気に考えもしなかった情報が入ってきて、脳がパンクしかかっている色男。

 そんな彼にルイズは、雑談でもするかのように言う。

 

「そんなに深く考え込むもんでもないわよ。世の中は広いんだぁ、って思っとけばいいのよ」

「気軽だね。君は。異世界行ったり、虚無に目覚めたり、アルビオン軍と戦ったりしてたのに」

「そうね。いろいろあったけど、こんなもんかしらって気もするのよ」

「なんていうか……変わったね……。そんなにおかしな所なのかい?ゲンソウキョウって所は」

「変な所よ。最初は大変だったもの。それにこっちに帰ってきても、連中に振り回されたし。いろいろあり過ぎたのかしらね」

 

 口にしながら、ルイズは思い出していた。戻ってきた後の事を。最初からして、味方の前で弾幕ごっこしだした彼女たち。落ち着いても天子の暴走や、魔理沙達の借金やら、その他学院内のトラブルやらに振り回された。後始末を何度やらされたか。何度叫んだか分からない。しかし、意に介さないのも、いつもの幻想郷の連中。こうなると、開き直るしかないのである。慣れた、というかキレた。主に吹っ切れる方向に。

 

 ギーシュは一つ息を吐くと、立ち上がる。彼にも、ちょっと開き直りの表情が見えた。

 

「そうなのか……。ところでさ、この後どうするつもりだい?」

「ん?帰るだけよ」

「そうじゃなくって。ほら、水の精霊が言ってた事だよ。少なくともアルビオンの内情については、王宮に伝えるべきだと思うんだ」

 

 今知った事は、まさにアルビオン政変の根幹というだけでなく、全ハルケギニアの将来にも関わる事。しかも、きな臭い代物だ。ルイズはトリステインの貴族としての矜持を思い起こすと、強くうなずいた。

 

「うん。帰ったらすぐに、王宮に伝えるわ」

 

 やがて一同は帰路に着く。予定外の騒動もあり、できればゆっくりしたかったが。しかし、アルビオンに長居はできない。ロンディウムで、あれだけやらかしたのだ。各地の警備は厳しくなっているだろう。こんな所に居れば、どんなイレギュラーが起こるか分からない。結局、普通の経路は使わず、幻想郷メンバーがハルケギニアの住人達を連れて、その日の内にアルビオンを後にした。

 

 

 

 

 

 

 ロンディニムのハヴィランド宮殿。晴れ渡った空に、白い壁がさらに映える。だが、これを愛でる者は一人もいない。というか、特に用がなければ近づく者はいなかった。何故なら、相変わらず異様な腐臭を漂わせていたから。

 あの床上浸水から四日ほど経っていた。宮殿内は一応綺麗になったものの、腐臭は抜けていない。それも無理もなかった。皇帝が賊の襲撃を警戒し、未だに窓やドアをしめ切っているのだ。とりあえず、風系統のメイジが、わずかな隙間を頼りに空気の入れ替えを行っていたが、まるで不十分。

 

 ハヴィランド宮殿の隠し部屋。震える姿が一つあった。アルビオン皇帝、クロムウェルだ。

 今でも溢れる下水臭。浸水と後始末のせいで、まだ混乱している味方。さらに賊対策の統括者、シェフィールドはベッドで伏せっている。いくつもの想定外の出来事に、クロムウェルは落ち着きを失っていた。シェフィールドがいない状態で、賊、精霊共が来たらどうすればいいと、そんな事ばかりが頭に浮かんでいた。

 

「何が安心しろだ、シェフィールドめ!行方知れずの果てが、トイレで気絶してただ!?しかも、それで体を壊して、指揮が執れないだと!?笑いでも取るつもりだったのか!あの女は!」

 

 誰もいないのをいい事に、愚痴をいくつも並べている。日頃のシェフィールドへの鬱憤も溜まっていたのだろう。もはや皇帝などではなく、そこらにいるひねくれ老人でしかなかった。

 だが、これもしようがない。精霊対策はシェフィールドしか知らないので、彼女以外ではできないのだ。精霊という得体のしれない存在に対し、打つ手がない。成り上がり皇帝は、縮こまって愚痴を並べるしかなかった。

 不意にノックの音が響く。一瞬、ビクつくクロムウェル。苛立った声を張り上げた。

 

「何事だ!」

「陛下、医師から報告がありました。ミス・シェフィールドは十分回復し、もう話しても大丈夫だと」

「何!?まことか!」

「はい」

「よし!では、すぐに行く!」

 

 慌ててクロムウェルは、部屋を飛び出していた。もちろん今後の指示を仰ぐため。外で待っていたのは、報告に来た警備隊長。隠し部屋を知っている数少ない人物。

 皇帝は彼らなどまるで目に入っていないかのように、ずんずん進んで行く。衛兵達は慌てて後に続いた。

 

 やがて来たのは、医務室。皇帝の命令で、厳重に管理されていた。シェフィールドはここで寝込んでいる。今では、彼女の集中治療室と言ってもよかった。

 

 シェフィールドがトイレで気絶していたのが見つかった後、彼女を治療する医師団が結成された。皇帝の命令で。もちろん彼女に死んでもらっては、彼自身も困るからだ。それほどシェフィールドの状態は悪かった。下水をたらふく飲んだようで、重症の状態だったのだ。一時は命も危ないとすら思われた。しかし、皇帝付きの医師まで動員された医療体制のおかげで、なんとか命を取り留める。その後も懸命な治療が行われた。おかげで、予想以上に早く回復している。

 

 部屋に入るクロムウェル。水の秘薬の香りが漂う治療室。外の腐臭が少々混じっているが、いくらかマシな環境だ。部屋の中央にカーテンに仕切られた場所がある。シェフィールドのベッドだ。

 この部屋にいる医師全員が、皇帝を迎える。

 

「これは陛下」

「様子はどうだ?」

「順調に回復しております。もう、話されても、大丈夫でしょう」

「うむ。では、他の者は席を外せ。シェフィールドと二人で話がしたい」

「はい。何かありましたらお呼びください。控えていますので」

 

 部屋をぞろぞろと出る医師たち。

 扉が閉まると、皇帝と秘書だけとなった。豹変するクロムウェル。すぐにカーテンを開け、シェフィールドのベッドに駆け寄る。

 横になったままのシェフィールドが目に入った。しっかりと意識を持った顔をしていた。ただ、やはり病状が厳しかったのか、やや痩せ衰えた感じはする。

 

「ミ、ミス・シェフィールド!本当にご無事でよかった。心配しましたぞ!」

 

 ベッドの側で、思ってもない事を言う。いや心配はしていただろう。もちろん、自分の身の保身に関わるからだが。すぐに要件に入った。

 

「と、ところで、お体の悪い所、申し訳ないのですが……。賊についてお話を……。」

「…………」

 

 だが彼女の方は無反応。というか少々憮然とした顔。

 

「あの……。『アンドバリの指輪』はどうされて……」

「……」

「ミス・シェフィールド、賊はいったい……」

「はぁ……。あなたは気を回すという事が、できないのかしら?」

「は?」

「療養中の女性に対して、気を回せないのかと言ってるのよ」

「は、はぁ……」

 

 クロムウェルは申し訳ないような、弱り顔を浮かべていたが、胸の内では不満が破裂しそうだった。

 命が助かったのは、誰のおかげだと。彼が、アルビオン最高の治療を彼女に施すよう、命令したというのに。そもそもシェフィールドは、全部任せろといい出したのに、この体たらく。おかげで賊対策は、まるで進まない。だというのに、この女は。

 そう思わずにいられない皇帝。でも、やっぱり下手にでる成り上がり皇帝。

 

「も、申し訳ありません。その……何分女性は、不得手なもので」

「フン」

「その……。お辛いのは分りますが、あなたにも関わる大きな問題ですから……」

「…………」

 

 わずかに目を伏せるシェフィールド。そして、そっぽを向いた。クロムウェルは機嫌を損ねたかと思い、日をあらためるか考え出す。だが、ポツリと声が聞こえた。彼女の小声が。

 

「奪われた」

 

 と。

 

「え!?」

 

 一瞬、聞き間違いかと思った。なにやら不吉な響きだったので。

 

「その……今、いったい……なんと?」

「だから、奪われたと言ってるのよ」

「な……!」

 

 口と目を開けたまま固まるクロムウェル。だが次の瞬間、顔色が変わっていた。シェフィールドの前では、見せた事ない表情に。

 

「あ、安心しろと言っておいて、この不首尾ですか!」

「何!」

「どう責任を取るおつもりか!」

「責任だと!だったらお前に何ができる!?なんの取り柄もない、平民司教が!」

「な……!私はあなたの命を救おうと、医師団まで結成したというのに!そのような口ぶりとは!」

「フン!私が死ねば、お前の命運もそれまでだからな!」

「そ、そもそも、今回の……」

 

 それから、皇帝と秘書の間で、ちょっとした罵り合いがあったという。結局、皇帝の方が負けるのだが。

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院。学院長の部屋に、身を固くしている生徒が一人。ルイズである。予想される質問とお叱りが、頭の中で巡っていた。そして、同時に浮かんでいたのは、どうやり過ごすか。幻想郷の連中と付き合っていたせいか、以前のルイズと違い、どうにもしたたかな方向に思考が向かっていた。

 

 ルイズ達が帰ってから四日が経つ。実はルイズ、指輪奪還のために申請した休暇の日程が、一日オーバーしてしまっていたのだ。もちろん最初の奪還作戦が、失敗したせいなのだが。おかげで一日無断欠席となっている。ちなみにそれはキュルケとタバサは、日程を多めにとっていたので、問題なかった。出席日数が厳しいルイズだけが、引っ掛かったのだ。

 だが、単なる無断欠席なら、担任に怒られるだけだろう。ワザワザ学院長に呼び出されるなんて事はない。もっともその理由も、だいたい予想がついていた。幻想郷連中関連だと。そもそも、ここに呼び出されるのは、連中の騒ぎが原因なのがほとんどなので。

 

 学院長席で手を組み、机に両肘をつく学院長、オールド・オスマン。その脇にはコルベールが立っていた。学院長の表情はちょっと呆れた様子、一方のコルベールは厳しい顔。ルイズに、なんかマズイという予感が走る。

 

「それにしても、君はよくここに来るのぉ。慣れたかな?この部屋は」

「はぁ……」

 

 一発目は皮肉。恐縮するしかない。

 

「さて、聞きたい事はいろいろある。何故、無断欠席したのかとか、同じ時期にミス・ツェルプストーやミス・タバサも休暇、それにミス・シャメイマルがミスタ・グラモンを連れて行った事、とかな」

「は、はぁ……」

 

 グサグサと胸に突き刺さる、身に覚えのある事。

 しかし、真相を告げる訳にはいかない。戦争に大きく関わる事でもある。何よりもまず王家へ、とルイズは考えていたからだ。それに、結果的には祖国のためになりそうだが、元はと言えば、魔理沙達の借金と、それの後見人になってしまった自分が切っ掛け。公爵家の息女として、こんな羞恥な話をしたくない、という打算もあった。

 

 歯切れの悪いルイズに、オスマンは溜息。よほど言いたくない理由があると察する。同時に、またあの遠方のメイジと共に、何かやらかしたのだとも。教育者としては、道を正すべきだろう。この所のルイズは、貴族として少々ガサツになってきているので。以前なら、考えられなかった事だが。

 

 さらに追い打ちをかけるコルベール。

 

「ミス・ヴァリエール。ミス・シャメイマルを、なんとかできないのですか。正直、学院内の秩序において、憂慮すべき事です」

「は、はい……。なんとか言い聞かせますので……」

 

 その場しのぎの回答。ギーシュから文が何をやったか聞いていたので、トラブルになっているとは思っていたが。やはりと思うしかない。だが、彼女をなんとかする方法なんて知らない。もう、ごまかすしかないのである。

 そこに意外な助け舟。老学院長の声が挟まれる。

 

「まあ、アヤちゃんについては大目にみてやれ。悪い子じゃなかろう」

「アヤちゃん?」

 

 コルベールの厳しい視線が、今度はオスマンに向かう。

 

「いや、その、ミス・シャメイマルはあれで気の利く子なんじゃ。じゃからな……」

「学院長。あなたもミス・シャメイマルに、弱みを握られているのですか?」

「いやいやいや。そんな……ものはないゾ」

「まさか……手を組んで何かをやっているのでは……」

「きょ、教育者として、そんな事する訳なかろうが!」

「私は、悪事とは申してませんが。教育者としてする訳にはいかない事とは、どのようなものですかな?」

「そ、そ、それはじゃな……」

 

 何故か今日のコルベール、勘が鋭い。ミス・ロングビルがいなくなってから、新たに始まった密かな趣味が止められてしまう。オールド・オスマンは、露骨なほど大げさにルイズの方へ声をかけた。

 

「そ、そうじゃ!こんな事をしている場合ではない!ミス・ヴァリエール!これを受け取りなさい」

 

 学院長は一枚の書面を差し出す。

 

「これは?」

「オホン。王家からの呼び出しじゃ。しばらくすれば、迎えが来るじゃろう」

「え!?陛下から?」

「うむ。理由は聞いておらんがな」

「は、はい」

「失礼のないようにな」

「はい!」

 

 ルイズは胸を張って返事をする。

 まさかこんな機会が、向うからやってこようとは。彼女はやるべき事を胸に定めると、颯爽と学院長室を後にした。

 その背中を見送るオスマンとコルベール。ルイズが、なにやらまたやっかい事に引っ掛かったらしい、と直感する。しかも王家に関わるような。そこには生徒を憂う、教育者の姿があった。

 だが、それもほんのわずかな間だけ。すぐ後、学院長と教師の押し問答が始まるのだった。

 

 

 

 


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