ルイズはドレスに身を包み、食堂に招待されていた。そこにある長いテーブルに何人か座っている。ふとルイズは実家の食事風景を思い出していた。ただ違うのがやっぱり幻想郷らしい点だろう。ずらっと並んだメイドにはみんな羽が生えており、そしてテーブルにも羽が生えた少女が二人ほどいる。しかもその少女は上座に座っている。てっきりパチュリーがこの館の主と思っていたが、どうもそうではないらしい。こんな中で人間の姿をしているのはさっきの咲夜とパチュリー、そしてもう一人。一風変わった緑の服を着た茶系のロングの女性だけ。ちなみにルイズの着ているドレス。着付けを手伝ったのは、咲夜だ。
この会食はルイズ歓迎のささやかな宴だそうだ。彼女は紅魔館の正式な客人となった。それなりに大きな部屋を与えられ、杖も返してもらっている。一方、衣服の方はやぶれが目立ち修復中。代わりに新しいのを用意してもらっている。昨晩森の中で逃げ回り、ひーひー言っていたのとは天地の差だった。
やがて上座に座っている少女が口を開く。
「ようこそ紅魔館へ。私はレミリア・スカーレット。この館の主よ。歓迎するわ。ミス・ルイズ・フランソワーズ・ド…………」
言葉につまる。するとすかさず咲夜が小声で口添え。少女は一つ咳払いをして、再チャレンジ。
「歓迎するわ。ミス・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「恐縮です。このような場をいただき、うれしく思います。ミス・スカーレット」
ルイズは貴族らしく、厳かに礼を返す。レミリアはそれにまぶたと口を閉じ、沈黙で答えた。悠然と受け止める。その幼そうな姿とは裏腹に、さすが紅魔館の主。とルイズは思った。
だが、レミリアは別に主としての態度を取った訳ではなかった。こうすると偉そうに見えるから。カリスマ維持のテクニックだったりする。で、頭の中は何考えていたかというと、はしゃいで喜んでいた。「ミス・スカーレット」なんて呼ばれたのは何十年振りかと。幻想郷の連中にそんな作法のある者はいない。無骨で乱暴なのばかりなのだから。
それから、ルイズは咲夜に席を案内される。
「さ、食事にしましょう」
その言葉と共に一斉に、メイド達が動きだす。もちろん咲夜も。
「さて、まずは家の者を紹介するわ。私の隣に座っているのが、妹のフランドール・スカーレット」
「よろしくね」
子供のような素直な笑顔を浮かべている。ルイズはそれに、整然と返礼。見た目は金髪サイドテールの女の子だが、視線を捉えて離さないのはなんとも言いがたい羽。枝に宝石がぶら下がっているというか……そもそも羽なのか。
レミリアはそんな彼女の思いを気にせず続ける。
「脇に立ってる緑のは、紅美鈴。この館の門番よ」
「よろしくお願いします。ルイズ様」
美鈴は人懐っこい笑顔を浮かべる。ついつい気を許してしまいそうな。こんな人物は、ルイズにとってはじめてだった。あえて言うなら、姉のカトレアくらいか。
「パチュリーと咲夜は知ってるわね。後は妖精メイドがたくさんいるけど、気にしなくていいわ」
「はい」
やがて皿が並び乾杯と共に、食事が始まった。
ルイズが口にしたものはどれもなかなかの味。貴族としておいしいものを食べ慣れている彼女でも、唸ってしまう。だが一方で、落ち着かなかった。無理もない。妖魔もといヨーカイにかこまれて食事しているのだから。いくら歓迎されているとは言っても、ハルケギニアの住人には少々きつかった。
そしてもう一つ。館の主であるスカーレット姉妹。どう見てもヨーカイ。いったいなんのヨーカイなのか気になってしかたがなかった。
「あの……。ミス・スカーレット」
「何かしら?ああ、私の事はレミリアでいいわ。私もあなたの事、ルイズって呼ぶから」
「私もフランでいいよ」
隣にいた妹も同じ事を言う。
ルイズは改めて質問。
「その、レミリア。一つ質問よろしいでしょうか?」
「ええ。なんでも聞いて」
「失礼かもしれませんが、ヨーカイ……なのでしょうか?」
「私?そうよ。吸血鬼よ」
吸血鬼。その言葉がルイズの頭の中に突き刺さる。最悪の妖魔の一つ。緊張が身を包む。そしてこの大歓迎ぶりの意味をすぐに理解した。自分は大事な大事な「食事」なのだと。
体をまさぐって、杖を捜す。だが、ない。必要ないと思って部屋に置いてきたのだった。顔から血の気が引いていく。思わず立ち上がった。一同唖然。訳が分からない。
「き、き、吸血鬼って……。わ、わ、わ、私を晩餐にする気!?」
「…………」
レミリア、またしても無言で返答。もちろん目をつぶって。ただし口元は強く結んで。
何故かって、はしゃぎたくってたまらないのを無理やり抑えていたから。吸血鬼と聞いて、これほど驚いてというかビビッている相手はいつ以来か。これが吸血鬼へのしかるべき畏怖の姿。にもかからわず幻想郷の連中は……。なんて事をレミリアは考え、そしてルイズの反応に感動していた。
逃げようにもぐるりとヨーカイに囲まれたこの場、杖もない。立ち尽くすルイズに声がかかる。パチュリーだった。
「安心なさい。あなたを傷つけるつもりはないと言ったでしょ。そのつもりがあるなら、杖は返さないわ」
「あ……」
言われてみればその通り。ルイズは席に戻ると、顔を真っ赤にして頭を下げる。
「その……大変失礼しました。申し訳ありません!」
「気にしないわ。吸血鬼を前にすれば、当然の反応だもの」
何故かレミリアは胸を張ってそう言う。というか嬉しそう。
次から次へ出てくる料理もお酒もおいしかったが、ルイズにとっては居心地が悪くてしかたがなかった。ヨーカイ達との食事というのもあったが、ホストの気分を害したのが貴族としての大失敗というのもあって。
ようやく晩餐が終わると、ルイズは疲れたように部屋に戻り、そのまま寝てしまった。
「おはようございます。ルイズ様」
うっすら開けた目に見覚えのある顔が入ってくる。思い出した。こあと呼ばれていた、パチュリーの使い魔だ。
ゆっくりとルイズは体を起こす。さすがに逃げ出したりはしない。昨晩あれだけヨーカイに囲まれていたので、少々慣れたのもあった。
「おはよう。えっと……こあだったかしら」
「はい」
「あなたもメイドなの?」
「いえ、違います。司書です。ただパチュリー様より、ルイズ様の身の回りの世話をするように仰せ付かってます」
「そう」
客人なら専属メイドがついても当然か。なんて事を思った。
だが、やっぱり気になる。なんと言ってもヨーカイなのだから。しかもあの羽。レミリアと同じこうもりタイプ。嫌な予感があった。ルイズは思い切って聞いてみる。
「あの、こあ……」
「はい?」
「こあもヨーカイよね」
「はい」
「その……どんなヨーカイなの?きゅ、吸血鬼じゃ……」
「違いますよ。悪魔です」
「ええっ!?」
悪魔なんて言ったら空想上と思われているとはいえ、悪の根源のような存在だ。それがこうして目の前にいる。しかも、甲斐々しく人の世話をしている。ありえない。ルイズは、常識という言葉が削れていく気がしていた。
「そんなに驚かないでください。悪魔と言っても低級なので、それほど強い力は持ってないんですよ」
「そ、そうなの」
はにかんで答えるこあに、ルイズはどんな顔を返していいものか困る。
ちなみにルイズ専属となったこあだが、そのせいで図書館から司書がいなくなった訳ではない。他にも悪魔の使い魔はかなりいる。
愛くるしい笑顔を浮かべる悪魔。目の前のルイズの常識を超えた存在を、どう考えればいいか分からず、苦し紛れに話題を逸らした。
「あ~、そうだわ。昨日、お風呂入らなかった」
「それでしたら、バスルームをお使いになります?」
「バスルーム?」
「この部屋に備え付けられていますので。お湯だっていつでも出ますよ」
「いつでもお湯が出る?」
よく分からない言葉が続くが、訳も分からないままこあの案内についていく。ちなみに昨日はドレスを着る前に大浴場へ案内された。学院ほどではなかったが、それなりに大きい浴場。そこで咲夜に体を洗ってもらった。
バスルームとやらに入って少し驚く。まさにコンパクトな浴場がそこにあったから。しかも大浴場にもあった奇妙な設備まである。好奇心にかられバルブを捻ると、曲がった管からお湯が出てきた。いつでもお湯が出るとはこの事かと、唖然とするルイズ。どういう仕掛けなのか。そもそもバルブを捻るだけで、水が出るというのも信じられない。これがあれば、平民達がせっせと水汲みに行く必要なんてなくなる。
「王宮にだってこんなのないわよ……。私達より進んでるかも……。ヨーカイって妖魔みたいなのって思ってたけど、なんていうか人間っぽいのね」
ちょっとレミリア達の印象が変わっていったルイズだった。
それからこあに連れられ、紅魔館内を案内される。もちろん全部を案内するには時間がないし、危険な場所もある。主だった所だけだった。そして最後にたどりついた所は、あの場所。彼女が召喚された大図書館だった。
扉を開けて奥に進むと、本棚の林の中にちょっと開けた所があった。そこに三人の人影。彼女を召喚した張本人達。ルイズは少しばかり構えた顔つきで三人に視線を送る。
まずは、一番見知ったパチュリーが声をかけた。
「あら、いらっしゃい。待ってたわ。どうだった?」
「思ったより広いのね。外からのイメージとちょっと違う感じがしたわ」
「そ。で、ここに来てもらったのは、これからの話をしたいと思ったからなのだけど」
「うん」
「あれからいろいろ調べて、分かった事があるわ。まずは……」
そこに声が割り込んでくる。見るのは二度目の白黒メイジ、もとい白黒魔法使いと金髪カチューシャが。
「おいおい、紹介ぐらいしろよ」
「しばらくはお互い、協力し合うんだし」
「…………分かったわ。じゃ、勝手にやって」
まずは白黒魔法使いがルイズの方を向いた。
「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。よろしくな。ルイズ」
「私の名前知ってるの?」
「ああ、聞いたぜ。ルイズなんとかって長い名前だろ」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「ああ、それそれ。私の事は魔理沙って呼んでくれ」
「……ええ」
なんだかがさつな性格らしい。ルイズの第一印象はハッキリ言って良くない。しかも自分はファーストネームで呼ぶくせに、魔理沙がファミリーネームで呼ばせる。それもなんだか奇妙に感じた。実は彼女は、名字が最初に来る命名法があるなんて知らなかったりする。
次に金髪カチューシャが挨拶した。
「私はアリス・マーガトロイド。人形遣いよ」
「人形遣い?大道芸人?」
ルイズは、トリスタニアで人形劇をしていた大道芸人を思い出していた。
だがアリスは不機嫌そう。その隣では魔理沙が楽しそうにニヤついている。
「違うわよ。魔法使いだけど、人形を操るのを得意としてるの」
「あ、ごめんなさい」
ガーゴイルを操るのが得意なのだろうか、なんて事をルイズは思った。
とりあえず、顔合わせが終わると、全員席についた。そしてこあが皆に紅茶を配っていく。
最初の一杯を飲むと、パチュリーが口を開いた。
「さてと、話を戻すけど。ルイズ、あれから分かったことを話すわ。ちょっと驚くような事もあるけど、しっかり聞いて」
「うん」
「まず、ここ幻想郷だけど、あなたにとっては異世界という事」
「遠い所なんでしょ。そう考えても仕方ないわね」
「そういう意味じゃないの。幻想郷を出たところで、あなたはトリステインに帰れないという事よ」
「ど、どういう意味よ!」
思わず身を乗り出すルイズ。てっきり帰る話を聞けると思っていたのが、まさかの展開。
「ハルケギニアとは空も海も大地もつながってない世界、と言ったら分かるかしら。それほど離れてるの。つまりあなたが帰るとしたら、召喚魔法のような方法しかないという事」
「そ、それで帰る事ができるの?」
「努力はしてみるわ」
「努力って……それじゃ、一生帰れないかもしれないの!?ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!何よそれ!あんた達のせいでしょ!何とかしなさいよ!」
頭に血が上ってパニくっているルイズ。無理もない。単なる偶発事故に巻き込まれて、人生の暗転が確定するかもと言われているのだから。
感情を爆発させるルイズを、魔理沙とアリスは少し驚いて見ていた。ただパチュリーは相変わらず冷静に返す。
「落ち着いてルイズ。その時は私が責任をもって帰すわ」
「でも、方法は分からないんでしょ!?」
「ええ。ただ一番使いたくない最後の手段があるのよ。それならあなたは確実に帰れるわ」
その一言で、ようやくルイズは収まる。一方、魔理沙がパチュリーに耳打ち。二、三言小声で話すと渋々納得したように下がる。
落ち着いた所で、パチュリーは次の話に移る。
「それでまずは、あなたの魔法を研究したいの」
「何で?」
「あなたが召喚された原因を調べるためよ。それと好奇心もあってね。あなたが紅魔館から逃げ出したときに使った魔法。ああいうのはあまり見た事ないのよ。私たち。正直、かなり興味深いものだと思ってる」
「そうかしら……」
なんと言っても失敗魔法なのだから。だがパチュリーはそれにわずかに驚く。
「あら、意外ね。あなたにとってあの魔法は大したものじゃないのね。これはなかなか期待できそう。実はあなた大魔法使い?」
「ええっ!?」
さらに、魔理沙が相槌打つように入ってくる。
「後で調べたけど、あの魔法ってなかなかすごいぜ。あれ以上ができるって言ったら、なんかワクワクしてくるぜ」
「物質自体を爆発させるなんて、そうそうできるもんじゃないわ。あなた学生らしいけど、あのレベルが学生にできるんだから。かなり高度に魔法が発展してるのかしら。トリステインって所は」
さらにアリスが持ち上げる。
それにルイズは苦笑いするしかない。いつもの失敗魔法をこんなに褒められると、どういう顔をしていいか分からなかった。しかも魔法について褒められた事なんて一度もなかった彼女には、なおさらどう返せばいいのやら。
「そ、そう?ちょっと私は特別だから。他の生徒でできるのは、いなかったわね」
嘘はついていない。ついていないが、胸を張って言っているのはどういう事か。頭の中でマズイと思いながらも、高揚感にちょっと酔っていた。それを聞いて目の前の魔法使いたちは、少しばかり唸る。トリステインの天才メイジを召喚してしまったという具合に。
ともかく方針が決まったという事で、パチュリーはまとめに入る。
「じゃ、早速明日からにしましょ」
「明日からって何するの?」
「魔法を試してもらうのよ。いろいろと」
「いろいろ?」
「あなたを帰すのに、どれが関係してくるかわからないし。それに他の魔法も見たいわ」
「え!?ほ、他の魔法?」
「そうよ。それじゃ明日から頼むわね」
「う、うん」
それでこの会はお開きとなる。
それからルイズは部屋に戻り、ベッドに突っ伏した。
「やっちゃった……。どう考えてもバレるわよ……。他の魔法なんてやったら一発で。実は失敗魔法だって。ど、どうしよう……」
実は魔法が使えないとバレた時の、失望される顔が目に浮かぶ。持ち上げられただけに、その落差はちょっとショックだろう。
酒でも飲んで、さっきの事は忘れたい気分だった。