ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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大騒ぎと安堵

 

 

 

 

 窓の外のトリステイン軍は大混乱。喧噪があちこちから聞こえてくる。そんな中、ここにも混乱してそれを眺めている者がいた。トリステイン国王、アンリエッタ・ド・トリステイン。彼女もまさしく大混乱そのもの。一体何が起こっているのか理解不能。

 だがこのトリステイン国民の中で一人だけ、混乱してないものがいた。目の前で起こっている光景が、なんだか彼女だけは分かっていた。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。突然現れた、女王の幼馴染。彼女の中にあったのは、ドが付く怒り。

 その時、もはや殴ると言った方が近い激しいノックの音がした。

 

「陛下!」

「入りなさい」

「失礼いたします」

 

 扉を開けて入って来たのは、さっきルイズを紹介した銃士隊隊長アニエスだった。アンリエッタはさっそく尋ねる。

 

「あれは何なのですか?アルビオン軍の奇襲ですか?」

「それが、分りません。何やら二つほどの飛行物が光を発してるようです」

「飛行物?竜騎士ですか?」

「いえ。遠見の魔法で観察した者からの報告では……」

「なんですか」

「その……タコかクラゲのようなものが見えると……」

 

 アンリエッタは呆気にとられる。いったいなんの冗談かと。

 

 だがルイズはそれを聞いてだいたい分かった。タコかクラゲ。丸いものに足が付いている似たような形。片方はおそらく天子に違いないと確信した。要石には注連縄が巻かれているが、縄には紙垂がぶらさがっている。それが足に見えたのだと。ただ残りの方は分らない。そんなふうに見える者が思いつかない。

 

 ともかくアンリエッタはアニエスの説明に、さらに首を傾げるばかり。空飛ぶタコかクラゲとはふざけているようにしか思えない。

 

「それはいったいどういう意味ですか!?」

「分りかねます」

「敵の姿も認識できないとは、いったい何をしているのです!」

「なにぶん、混乱しているもので……。ハッキリと確認され次第、すぐにでもご報告に参ります」

「そうだわ。我が軍の竜騎士は、どうしているのです!?」

「飛び立ったとの報告は受けておりません。それにあの様子では、近づくのも難しいかと。ともかく、ここにいるのは危険です。安全な場所へ退避を」

「……。分りました」

 

 一方のルイズは、二人のやり取りがまるで耳に入らない。それほど怒り心頭だった。絶対来るなと言っておいたのに、この有様。だがあえて落ち度を考えるなら、天子を抑えて置くように全員に言っておくべきだった事だろう。文も人のいう事聞くようなタイプではないが、取引次第では協力的になる。しかし天子はどうしようもない。使い魔だというのに、あのメンバーで一番制御不能だった。

 

 ふとその時、自分を呼ぶ声に気づく。

 

「……ルイズ!」

「あ、えっと、姫……陛下。なんでしょうか?」

「行きますよ」

「どこへ?」

「どうしたのですか?しっかりなさい!敵が迫っているのですよ!」

「その……あの……」

 

 ルイズの頭が急いで回りだす。たぶん天子は自分を目指している。このままどこかへ行っても無意味だ。むしろ混乱をさらに広げてしまう。しかし、この場にやってきたとしても、どう誤解を解くのか思いつかない。

 

 そんなまごまごしているルイズに、アンリエッタがついに怒った。

 

「ルイズ!いい加減になさい!」

「は、はい……!」

 

 しかたなく、ここは従おうとした。

 その時、

 窓の外に轟音と共に光の奔流が現れた。極太の光の束が。それが城をかすめていく。同時に響く鼓膜を突き刺す轟音。

 強烈な光に寝室が照らされる。ますます混乱しだすアンリエッタとアニエス。いったい何が起こっているのか。もうアルビオン軍とか、そういうものではないというのが直観的に感じ取れた。何か異様な違和感が、頭の中を駆け巡っていた。

 一方、ルイズも別の意味で混乱していた。あの光の奔流。恋符『マスタースパーク』に違いないと。ついに魔理沙まで参戦かと、絶望的な気分になる。もうこれからどうなるか想像もつかない。

 

 

 

 

 

 トリステイン軍大混乱の少し前。ルイズが城に向かって大分経つ頃。留守番組は森の一角で退屈していた。

 

「なかなか帰ってこないな」

「そりゃぁ時間がかかるわよ。今までいなかったのがいきなり現れたんだから」

 

 魔理沙とアリスは木に寄りかかりながら、言葉を交わす。

 各々が自由に時間を潰していたが、少々飽きてきていた。ふとアリスはキュルケの方を見る。

 

「そう言えば、お互い紹介もしてなかったわね」

「そ、そうね」

 

 少しばかり警戒するキュルケ。ルイズからほとんど人間ではないと聞いていたから。ハルケギニアでは、非人間=敵、と教育されているので、拒否反応が出てしまうのは無理もなかった。もちろん、飛んでいる最中の話から人間っぽい面もあるのは分かっていても、そう簡単には受け入れられない。さらにタバサの心を読んだ時の、畏怖の感覚が未だに残っているのもあって。

 

 アリスはそんなキュルケの様子に構わず、紹介をはじめる。そしてキュルケ達も。もっとも幻想郷メンバーの中には、急かされて粗雑に紹介した連中もいたが。パチュリー、天子辺りが。

 

 やがて会話が止まる。タバサはいつもの通り本を読んで、キュルケもはまだまだ慣れてないのもあって。微妙な空気が流れる中、要石の上でゴロゴロしていた天子が、急に飛び森の上に出る。その次に、彼女の何やら不穏な空気を感じた衣玖が飛ぶ。

 

「どうされたんですか?総領娘様」

「ん~……、ちょっとね。妙な気を感じるの」

「……変わったものは感じませんが」

「ルイズの気に近いかな」

「私には分りかねますが……」

 

 空気を読むと言っても直接気が読める訳ではないので、衣玖には天子の感じているものがよく分らなかった。一方、ルイズの気と聞いて、魔理沙達も上がる。いっしょにこあも付いていく。

 

「ルイズの気って、戻って来たのか?」

「そうじゃないわ。あの子の中にあったっていうか……」

 

 するとすかさずアリスが声を挟む。

 

「え!?それってもしかして……」

「封印の鍵じゃないかしら」

 

 パチュリーが言葉を添える。そして三人の魔女はお互いを見やった。上の連中の緊迫した雰囲気を感じると、烏天狗がにやり。ギュンと飛んで、すぐ側に寄って来た。

 

「何やらいいネタの匂いがしますね」

「まあ、いいネタかもな。そのネタと交換条件で貸し一つな」

「いいでしょう。それでネタはどこに」

「とりあえずは、天子次第だ」

 

 魔理沙の制止に、ひとまずおとなしくなる文。一方天子は。

 

「う~ん……よく分らないわね。行ってみれば分かるでしょ」

 

 そう言って天子は城へ進み始めた。

 

「ゲッ……!」

 

 だが、途中で襟首を掴まれた。衣玖に。

 

「ゲホッ、ゲホッ。な、何すんのよ!」

「お待ちください」

「何で!?」

「ルイズさんから、何があっても自分が戻って来るまでは動かないように言われていたハズです」

「はぁ……分かったわ」

 

 うなだれる天子。彼女はおとなしく……。

 

「なんてね!」

 

 する訳なかった。

 急加速で城へとすっ飛ぶ。要石に乗ったまま。

 

「全く……」

 

 衣玖も急加速して追っかける。

 魔理沙達は呆れていたが、一方でいつも通りの天子とも思った。やがて二人を追っかけていく。

 

 残されたキュルケ達は訳も分からず、空を見上げていた。さっきの様子を見ていると、何やら問題が起こったらしいのは分かる。ふと思いつく。

 

「もしかして……、アルビオン軍が来たんじゃないの?」

 

 それを聞いたタバサは、シルフィードを呼ぶ。そしてキュルケとフレイムを乗せると、空へ上がった。その後は、想像とはまるで違うものを見ることになるのだが。

 

 

 

 

 

「総領娘様!」

 

 衣玖は言葉と共に、通常弾幕を展開。だが弾幕ごっこの宣言もないので、天子は自在に回避。同時に天子も反撃。無軌道に飛びあうお互いが、さらに弾幕の軌道を乱れさせる。まさに弾幕がばら撒かれている状態。

 

 一方、トリステインが駐留している城では。城壁の上の見張りが、先の方に奇妙な光を発見した。

 

「ん?何だ?」

 

 と思ったら、光の雨が降り注いできた。

 光の弾は、城壁を叩き、見張り小屋を叩き、哨戒の兵を叩く。

 

「て、敵襲!」

 

 わけが分からない兵達は、下へ向かって叫んでいた。一斉にざわめき立つ。誰もがアルビオン軍がもう来たと考えた。寝ている兵を起こし、武器を取り、配置に付こうとする。城や街の中は騒然となった。外を慌ただしく駆け回っている彼らが、ふと気づいた。頭上に溢れる光の群れに。

 

「な、なんだあれは!?」

「アルビオンの新魔法か!?」

 

 茫然と空に舞光の群れを見る。月明かりしかない真夜中、光を打ち出しているそのものはよく見えない。そのため闇夜から突然光が現れ、無軌道に飛んで行っているように見えた。その状況をどう捉えていいのか分かる者は一人もいなかった。しかもそれだけではない。

 

「ぐぁっ!」

「うっ!」

「回避!建物に隠れろ!」

 

 光る弾は、自分たちに降り注いできていた。

 ある者は盾で防ぎながら、ある者はひたすら駆け足で、建物の中へと滑り込む。もうパニック。地球で言えば、戦場に突然UFOが現れ、攻撃しだしたかのような混乱ぶり。ちなみに弾幕ごっこ用の光弾なので、当たっても痛いだけ。精々怪我が関の山。

 

 目を見開いたまま兵は空を指さして、尋ねる。この状況を説明してくれと言わんばかりに。

 

「た、隊長!あれはなんですか!」

「と、とにかく攻撃しろ!」

「で、ですが……」

「トリステインにあんなものはない!ならばあれは敵だ!」

「は、はっ!」

 

 兵達は一斉に建物から出ると、矢、銃、魔法を放つ。光の群れに。しかしこの闇夜。目標がハッキリ見えないため、半ばやけくそ気味に空へ向かって撃っていた。不安から逃げ出したいかのように。

 

「ん?」

 

 衣玖の攻撃をかわしながら飛んでいる天子に、攻撃が届く。というかほとんど流れ弾と言ってもいいが。もっとも天子には一発も当たってない。要石の上に乗っているので、その攻撃は全部石に防がれていた。

 一方の衣玖。空気を読んで見事に全てを避けていく。すると弾幕を止めた。別に下に迷惑がかかると思ったからではない。こうなると弾幕を発しているのは天子だけ。攻撃が集中するのを考えての手。だが、それが裏目に出た。

 

「あ~!うざったいわね!」

 

 攻撃の密度が上がって来て、天子はイライラしてきた。そして……。

 

「気性『勇気凛々の剣』!」

 

 スペルカード宣言!突如、月夜の空に赤い光弾が溢れかえった!大小まさに無数の『弾幕』が。空を見上げていた兵達は、なんとも言えぬ絶望感に襲われていた。

 

 一方少し離れた空で、飛び交う弾幕を見ているアリス達。

 

「ちょ、ちょっと、マズイんじゃない?」

「そうね」

 

 アリスの慌てた声に、パチュリーが平然と返す。

 天子達の後をゆっくり追いかけていた彼女達、城壁内で広がる赤い光に眉をひそめる。あまり他人のトラブルに頓着しない幻想郷の住人だが、自分たちが火の粉を浴びそうとなるなら別だ。このままでは確実に、魔法研究に支障が出る事態になりそうだった。

 するとパチュリーが横を向いた。

 

「魔理沙。お願い」

「ちっ、しゃーねぇなぁ」

 

 そして懐から、いつもの取って置きを出す。八卦炉を。

 

「恋符『マスタァァァスパーク』!」

 

 極太レーザーが轟音と共に天を走る。

 

 そのわずか前。赤い光弾にさらされる城下。兵隊は空に向けていた矢を、銃を、魔法を止めていた。溢れかえる赤い光弾を前にして。しかもそれは、兵達に迫ってきていた。さっきとは比較にならない数。もはや攻撃どころではない。兵達は武器を捨て、一目散に逃げ出した。貴族の中には杖すら放り投げて、走り出すものも。

 

 だが、突然、轟音が空に響く。

 

 兵達が振り返った先には、巨大な光の筋があった。赤い光弾の群を丸ごと飲み込むほどの、極太の輝く帯が。

 

 当たりを真っ白に染め上げるその光の束。強烈な閃光。誰しもが足を止めていた。やがて、光は止むと先ほどの赤い光弾は影も形もなくなっていた。すると何かとんでもない速度で飛んでくるものが、いくつか視界を通り過ぎる。もっともほとんどの兵はそのあまりの速さに、錯覚かと思っていたが。そしていつもの月夜が戻っていた。ついさっきまであった光の乱舞が嘘だったように、そこには何もなかった。

 

「なん……だったんだ」

 

 兵達は唖然として、ただ空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 白光の巨大な筋が空を貫いた時、誰もが絶望的な気分に落ちていた。それは事情を知っているルイズさえ。

 だが、そこで全てが終わってしまった。

 空にはあれほどあった光の群れが、跡形もなくなっていた。元のままの月夜があるだけだった。茫然と三人は窓の外を見つめる。アンリエッタとアニエスは、集団幻覚にでもあったかのような気分だ。さっきの光景が本当にあったか確信が持てなくなるほどの。

 ルイズの方は一安心。さっきのマスタースパークは天子を止めるものだったらしい。魔理沙は参加したのではなく、逆だった。ちょっとお調子者の魔理沙にも意外な面がなんて思う。そして、安堵の溜息をもらそうとしたら……。

 

「あっ」

 

 ものすごい勢いで近づいて来るものが見えた。いや、一瞬で迫って来る。いや、もうそこ。

 突風が頭の上を通り過ぎた。部屋の中を掻き混ぜる。違う。風ではない。それが何なのかは彼女には分かっていた。ゆっくりとルイズは後ろを振り向く。

 

「よお、ルイズ」

 

 予想通り。おとぎ話メイジが、シュタッと右手であいさつしている。当然他の面々もいる。待っていろと言っておいたのに。キュルケとタバサがいない所を見ると、その通りにしていたのは彼女達だけらしい。

 

「あ、あんた達……」

 

 怒りに震える声が漏れだしてくる。怒鳴りつけてやろうと思ったその時。

 

「な、何者だ!」

 

 アニエスの緊張した声が響く。アンリエッタを守るように立ちふさがると、腰のマスケット銃を取り出し、手慣れた動きで弾と火薬を装填する。アンリエッタ自身も、愛用の杖を握り締めた。その様子を見て、今度はルイズの方に緊張が走る。パターンとしてはキュルケの時と同じなのだが、相手が大違い。ここにいるのは女王と近衛隊長なのだ。思わず、双方の間に立つ。

 

「あ、あの陛下、こ、こ、この者達は敵ではありません!そ、その味方なのです!」

 

 アンリエッタ達にはルイズが何を言っているのか分らない。一瞬呆気にとられていたが、アニエスは彼女達の中にその姿を見つけると、厳しい目をルイズに向ける。

 

「こいつらが味方だと!?翼人がいるではないか!ミス・ヴァリエール、あなたはいったい何を御前に連れ込んだ!」

「え、えっと……その……」

「返答次第では、あなたも捕縛する!」

 

 しどろもどろのルイズ。言葉が続かないというか、丸く収める方法が思いつかない。

 一方、幻想郷の面々は、またこの展開かと疲れた顔をしていた。そして翼人、翼人だ。次からは翼は、なんとかした方がよさそうだと考えていた。

 アニエスはアンリエッタを守りながら、出口へ向かおうとしていた。同時に応援を呼ぶ。

 

「賊だ!陛下をお守りしろ!」

 

 しかしその声に答えるものはいなかった。すぐ扉の外には兵がいるはずなのに。

 

「いったいどうしたというのだ!?」

 

 苛立つアニエス。ルイズはだいたい予想がついた。またパチュリーが結界を張ったのだろう。キュルケの時と同じ展開になると思って。だがこのままでは膠着状態が続くだけだ。いや、どちらかがやがてそれを破るだろう。

 ルイズは二人の前に立つと、膝を折る。

 

「陛下!このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお信じください!幼き頃の友をお信じください!」

「何を申され……」

 

 一喝しようかとルイズを睨みつけるアニエスを、アンリエッタが抑えた。

 

「どういう事なのか、話してください」

 

 即されるままルイズは、簡単にいきさつを話す。異世界に行っていた事。後ろの連中はその時世話になった者である事。彼女自身はついさっき戻ってきた事。そして……。

 

「先ほど申しました、助力とは彼女達の事です!」

「!?」

 

 アンリエッタもアニエスもその言葉に目を丸くする。いったい何を言いだすのだと。しかもよりによって翼人とその仲間に助けを頼んだのかと。公爵家の娘が。

 唖然としていたアンリエッタ。だが次に出てきたのは落胆だった。翼人と手を組んだという意味ではない。このわずかな人数を当てにした事にだった。

 さっきの彼女の話が真実だとしても、ここにいるのはわずか7人。万を超す軍隊を、この人数でどうするというのか。もしかしたら全員先住魔法の使い手かもしれない。それでもどうにかなるとは思えない。先住魔法の使い手は、十倍の戦力と同等という話があるが、アルビオン軍は十倍どころではない。

 ルイズが帰ってくれば国は存亡の危機。ルイズはその窮地に、血迷ってしまったのではないかとすら思ってしまうアンリエッタだった。

 

「ルイズ……。あなたの国を思う気持ち、確かに分りました。しかし、やはりあなたは公爵の元へ向かいなさい」

「へ、陛下!」

 

 顔を上げたルイズに悲壮感が走る。自分を信じてくれないのかと。いや、まだ言葉が足らないのかと。こんな状況で信じてもらうにはどうすればと、頭を必死に巡らす。しかし何も出てこない。ただその目で訴えるのが精いっぱいだった。

 

 一方、この様子を見ていたパチュリーは溜息。そんなパチュリーをアリスがこづく。キュルケの時のようにやれと。またかと少しうんざりの魔法使い。仕様がなしに口を開く。

 

「えっと、いいかしら」

 

 突然話し出した紫寝間着に、アンリエッタ達の緊張が再び膨らみだす。しかしパチュリーお構いなし。

 

「状況を確認するけど、今、トリステイン軍はとんでもなく劣勢で、このままだとアルビオン軍に負けるのよね」

「貴様、何を言うか!」

「いいから答えなさい。このまま睨みあっても、時間の無駄でしょ?」

「…………。戦はやってみねば分らん」

「つまり希望的観測が頼りなのね。それじゃ負けるわね」

「な、何!」

 

 激高するアニエスを、またもアンリエッタが抑える。

 

「あなたが何者か存じませんが、その通りです。このままではトリステインはほどなく滅びるでしょう」

「分かったわ。なら、あなたに勝つ気があるかよね。それはどう?」

「……。それは……もちろん」

 

 だがそこに口が挟まれる。不貞腐れている少女をさっきから抱えている女性から。衣玖だった。

 ちなみに、タコかクラゲに見えた片割れなのだが、それは天女の羽衣のせいだった。衣玖は長い羽衣を羽織っている。それが舞っている最中に円形になっていたのをたまたま見て、半透明の球形の体と勘違いしていた。

 

 衣玖は天子を下ろしながら答える。

 

「そうでもないようですよ。気持ち半ばと言った所でしょうか」

 

 アンリエッタの心中を暴露。衣玖自身は場を読んだつもりだったのだが。

 それを聞いていたトリステインの二人の仕草は分れた。アニエスは主をバカにする不届き者という態度だったが、ルイズは違っていた。学院で衣玖の能力はすでに見ているので。

 ルイズは考える。何故女王たるアンリエッタに勝つ気がそれほどないのか?するとふと思いついた。彼女はそれを口にする。

 

「陛下。ここでお命を落としても、ウェールズ殿下の元へ旅立つだけ、などとお考えではありませんか?」

「……!」

 

 アンリエッタには言葉がない。一方アニエスは激怒。

 

「ミス・ヴァリエール!いくら陛下と旧知の仲とはいえ、その言いぐさ!無礼であろう!」

 

 しかしルイズは止めない。

 

「陛下のご心痛がどれほどのものかは、未熟な私には分りません。ですが幼き日の友人としてなら、そのお心の助けになると信じています。陛下を支えたいと思っています。姫様。全てをお一人で抱えずとも、もう少し助けを求めてもよろしいのではないでしょうか?その気持ちがおありなら、このルイズ。姫様のその気持ち、受け止めたいとの所存です」

「ルイズ……」

 

 アンリエッタの目に映るルイズは、あの幼き頃のものよりずいぶんと凛々しくなっていた。確かにあの遊びに夢中になっていた時とは自分も彼女も違う。だが彼女はそれは、自分よりも一歩前に進んでいるかのように見える。けれども、あの頃、心交わした唯一の少女でもあった。

 彼女はルイズを抱きしめると、声を殺して泣き伏せた。溜まったものを全て解き放つように。アンリエッタをやさしく抱えながらルイズは、思い出していた。幻想郷での事を。彼女自身も魔法が使えないというコンプレックスから、一人でなんとかしようともがいていた。ハルケギニアにいた頃から。そんな彼女にパチュリー達からの友人という言葉とても眩しく、力強い助けにも思えたものだった。そして今度は自分が、心を通わせる事のできる女王を支える番だと自覚した。

 

 やがてアンリエッタは落ち着くと、ルイズから離れる。

 

「ごめんなさい。ありがとうルイズ」

「たった一人の幼馴染のためですから」

「うん……」

 

 そしてアンリエッタは涙を拭くと、元の女王の顔に戻った。だが、その表情はさっきまでのものとは違い、どこか力強さを纏っていた。どこか吹っ切れた顔となったアンリエッタを、ルイズは見上げる。そこにある姿に今までと違う力強さを感じながら。

 ここで思い出したように忠告を一つ。

 

「あ、そうだ。陛下。この者たちの前では嘘はつけませんので。お言葉にはお気を付けなさるよう」

「それで先ほどの……。もしかして心を読んでいるのですか?」

「よく分りませんが、そのようです」

「…………」

 

 アンリエッタもアニエスも驚愕する。さっきそれを体験したばかりなのもあって、言葉にされるとさらに明瞭な驚きとなっていた。そして、さっき聞いた異世界というのは、あながちデタラメではないかもと思い始めていた。

 すると、ようやく話ができるとばかり魔女が口を開く。アンリエッタに対して。

 

「じゃぁ話を戻していいかしら?で結局、勝ちたい?」

「はい。今ならハッキリと言えます」

「分かったわ。それで私達はルイズとの個人的関係やら願望から、あなた達を支援していいと考えてるの。それはどう?」

「……。ルイズが頼みとしているあなた方ならば、わたくしも信じたいと思います。助力のほど、お願いいたします」

 

 彼女の言葉には迷いがなかった。それを収めたパチュリー達はわずかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 




 アニエス、原作よりは少しばかり場を踏まえた人に。原作のアニエスのルイズに対する言葉使いは、少々乱暴に思えたんで。公爵家の息女に対して、シュヴァリエであれはちょっとと。

 終盤、ちょっと加筆しました。

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