今までにない爆発が起こった。
何回目だろうか。進級のための条件の一つ”サモン・サーヴァント”を唱えたのは。そして何回目だろうか。いつものように失敗の爆発となったのは。その度にルイズへのヤジとからかいの声が飛ぶ。魔法が使えない彼女へのいつもの言葉。それでも、ルイズはそんな同級生達の罵声にもめげず繰り返した。そしてまた爆発。
だが、今のは違う。何かが。そんな予感がルイズに走っていた。爆煙で辺りがまるで見えないが、この煙の向こうにそれはあると。
やがて煙が晴れてきた。そしてルイズの目に入ったのは……三人の少女だった。
(やった!成功した!召喚できた!)
思わず叫びそうになる。顔が自然と崩れる。ただ、よく見えてきたその姿。そこにいた少女達だった。しかも奇妙な格好をした。
一人は、おとぎ話のメイジのような、白黒のコントラストのハッキリした服にやけに大きな帽子をかぶっている。その隣にいるのは、紫基調の寝巻きを着ている少女。ナイトキャップまでかぶったその顔は、どこか眠そう。そして最後の一人は比較的まとも。かわいらしくまとまった服装に赤いカチューシャをした金髪の少女。どちらかというと平民の豪商の娘と言ったふう。
(人間?人間を召喚しちゃったの!?それにしても、まとまりがないわね。別々の所から召喚しちゃったのかしら?)
ルイズはそんな事を考える。
そして完全に煙が晴れた。その時、彼女は信じられないものが目に入る。
聳え立つような本棚、本棚、本棚。それにギッシリつめられた本、本、本。
(え!?と、図書館!?もしかして図書館を召喚しちゃったの?何よそれ!?あ、もしかしてこの三人は司書とか?いえ、利用してただけだったのかも……。でも困ったわね。コントラクト・サーヴァントする時どうすればいいのかしら?図書館の口ってどこ?入り口?床だったらやだなぁ……)
アチコチを見ながら、ただただ唖然としていた。
ふと気づくと、おとぎ話の白黒メイジが、こちらを見て近づいてくる。そして難しい顔をして一言。
「パチュリー……。失敗したんじゃねぇの?」
すると紫寝巻きが、視線をこちらに向ける。相変わらず眠そうな目で。
「悪魔ダゴン……には見えないわね」
そして最後に、三人の真ん中にあったテーブルの椅子にもたれかけていた、カチューシャ金髪少女が口を開いた。
「私の担当分はしっかりこなしたわよ。魔理沙がまた変なアレンジしたんじゃないの?」
「アリスなぁ……。変な言いがかりするな。今回はちゃんとやったぜ」
何故か自信ありげな魔理沙と呼ばれた、おとぎ話白黒メイジ。
その隣ではパチュリーと呼ばれていた紫寝巻きが考え込んでいた。手元にある本をめくる。
「う~ん……。それじゃあ、魔導書の方が間違ってるのかしら。こあ、ちょっと来て」
彼女は二階に向かって声をかけた。すると本棚の隙間から人影が現れる。いかにも司書ですと言いたげなフォーマルな姿が。だが、その姿にルイズは目を剥く。背中に羽が生えていたのだから。
(翼人!?翼人がいる!なんで?でも変な羽。こうもりみたい。あ!そう言えばさっき魔導書がどうとか言ってたわ。もしかして彼女たちメイジ!?まさか翼人を使い魔に?でもマントが……。どこかに置いてるのかしら?)
そんなルイズを他所に、こあと呼ばれた翼人がパチュリーの側まで飛んでくる。
「この子が、悪魔ダゴン?」
「いえ、違うと思いますよ。とても悪魔に見えません。妖気も感じませんし」
(また悪魔って、さっきから人を何だと思ってるのよ。いい加減にしなさい!あんた達は……)
そこまで思って、ようやく気づいた。
声が出ないのだ。それ所か、体もまるで動かない。サモン・サーヴァントをした姿勢のまま固まっている。
(え!?何!?ど、ど、どういう事?)
いやな予感が、ルイズの脳裏をかすめる。
(ま、まさか……。私が図書館を召喚したんじゃなくって、召喚されたのは私の方……)
背中に冷や汗が流れる感触が伝わる。そして決定的一言が。
「どうも、今回の召喚は失敗したらしいわね」
パチュリーはそう言った。確かにルイズの耳にも聞こえた。
(な、何!?召喚って?なんで私が!?も、もしかして、彼女達……ゲルマニア辺りの貴族の不良娘で……禁忌を犯そうとして失敗したとか?なんでそんなとばっちり私が受けないといけないのよ!)
叫びたくてたまらないのだが、声がまともに出ない。できる事はせいぜい目を動かす事と息をする事だけ。精一杯の抵抗で、ギリギリと歯軋りだけはできたが。
やがて三人はテーブルに置かれた本の山や図面と睨めっこしだす。ルイズの事など興味がないかのよう。怒りが沸々と沸いてくるがやっぱり何もできない。
だが、ふとそれが目に入った。足元の円形の図形。それが淡い光を浮き上がらせていた。
(何?これ?もしかしてこのせいで私動けないのかしら?そうね、そうに違いないわ。なら、これを壊せば……)
幸い杖は持っていた。サモン・サーヴァントの状態のままだからだ。魔法は使えないが、失敗魔法の爆発なら床を吹き飛ばすくらいなんでもないだろう。だが肝心の声が出ない。声が出なければ失敗も成功もない。
(なんとか……なんとか……)
思いついた魔法を片っ端から、声に出してみようとする。うまくいかない。そんな時、学院の事が頭をよぎる。
(もし進級できれば最初の授業は土系統だったっけ。錬金の魔法やるかも……)
なんて事を思っていた。ふと、錬金の詠唱が頭に浮かぶ。そして声を絞りだす。強引に唱える。すると彼女にとっては聞き慣れた爆発音が起き、同時に足元が吹き飛んだ。
「やった!」
ようやく声が出た。体も自由。爆発の反動で吹き飛んだが、そんな事、気にもかけない。すぐに頭を切り替える。目の前の三人が、一斉にルイズの方を向いていた。
その隙間からティーカップが一つ見えた。すばやくまた錬金を詠唱。ティーカップは爆発。煙が辺りを覆い隠した。
ルイズはすぐに立ち上がると、踵を返す。そして目の先の扉に向かって走りだした。
「くそっ!」
魔理沙はそう吐き捨てると、左手を伸ばす。そこに吸い寄せられるように、どこからともなく箒が飛んで来た。手にした瞬間またがり、宙に舞う。
「待ちやがれ!」
ズドンという音でもしそうなくらいな勢いで、ルイズを追った。飛んでいった。
一方、パチュリーとアリスはその場に佇んでいた。しばらくしてパチュリーが吹き飛んだ床の周りに魔法陣を描く。そしてブツブツと呪文を唱えた。詠唱が終わると、魔法陣が淡く光りだす。するとバラバラに散らばった破片が、動画の逆回しのように元へと戻りだした。そして止まった。だが、元に戻りきれていない。彼女はその床を見つめ難しい顔。次にティーカップに対しても同じ事をする。やはり結果は同じ。パチュリーの表情はさえない。
こあが不思議そうな顔でたずねてきた。
「どうされたんですか?」
だが使い魔の質問にパチュリーは答えない。代わりという訳ではないがアリスが口を開く。
「戻ってないわね」
それに、ようやくパチュリーが返事をした。
「そうね」
「どういう事?」
「ちょっと考えたくない可能性を思いついたのだけど」
「何よ。言ってみなさいよ」
アリスは半端に戻ったティーカップに触れながらそう言う。
「何でも爆発させる程度の能力……」
パチュリーから出たそんな一言。二人は目を丸くする。
「破片が一部消失してるわ。しかも床とティーカップは構成物質が違う。床やティーカップそのものが爆発したのよ。確証がある訳じゃないけど、想定はできるわ」
それを聞いたアリスは思わず声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それってフランドールの……」
「そうね。類型の能力かもしれないわね」
「…………。魔理沙、探してくる」
アリスはそう言うと、出口へ向かって飛んでいった。その後ろ姿をパチュリーは、やはり難しい顔で見つめていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ルイズは汗を拭きながら呼吸を整える。どうやらうまく逃げおおせたらしい。すぐに追われるかと思われたが、後をつけている者はいなかった。
さっきの図書館は地下にあったようで、彼女は階段を駆け上がると1階の窓から外に出る。
「それにしても悪趣味な館ね……。どういう好みしてんのかしら?」
無理もない。目に入るものは赤、赤、赤ばかりなのだから。床も廊下も、館の外の壁もみんな赤。目にやさしくない。
ともかく今は逃げる事が最優先。禁忌を犯そうとするような連中だ。捕まったら何されるか分からない。体に喝を入れると、ルイズはさらに先へ進んだ。
ところで魔理沙だが、ルイズを見失っていた。図書館を出た直後、彼女と反対側へと飛んでいってしまったからだ。勝手知ったる他人の家。知らず知らずに正面玄関への最短距離を進んでいた。だが、なんだかんだで広いこの屋敷。一旦見失うと見つけ出すのはなかなか難しかったりする。
しばらく進んだルイズだが、この敷地から出られそうになかった。屋敷をぐるりと囲んだ壁には、出入り口が見当たらない。もっとも、屋敷を一周した訳ではなく、とりあえず人影のない所にはだが。そして壁は高く、とてもじゃないが越えられない。普通のメイジならフライで飛べば問題ないが、魔法の使えない彼女には無理。
見上げた壁の向こうに空が覗く。やや淡い緋色が差していた。日が傾きかけている。ふと、夜まで待つという事も考えたが、とにかくこの場から離れたい。
となると方法は一つ。また吹き飛ばすしかない。ただ不安なのが、爆発音で居場所が知られてしまうかもしれない事。
「でも、仕方ないわ。こんな所いられないわよ!」
目の前に聳え立つ壁。ルイズは大きく深呼吸した。詠唱を口にする。図書館の時よりはるかに大きな爆音、そして爆煙が上がった。
「ん……何よ……うるさいわねぇ」
もぞもぞとベッドの中から起き上がる少女が一人。やけに白い肌に短めの淡い青の髪。その背中にはこうもりの羽が生えていた。
「咲夜!咲夜!」
そう声を上げると、いつのまにか側に銀髪の若いメイドが立っていた。それはこの館のメイド長。メイドの長らしい洗練された立ち姿があった。でも柔和な笑顔を浮かべている。
「おはようございます。レミリアお嬢様」
「何?あの音。起きちゃったじゃないの」
日が傾きはじめたというのに、起きちゃったというレミリア。別にぐーたらという訳ではない。これが普通。彼女は吸血鬼なのだから。しかもこの屋敷、紅魔館の主でもある。
主の疑問に、咲夜は思いつく答えを一つ。
「パチュリー様達が、図書館で何か実験をなされていたようですから。その音ではないでしょうか」
「でも、なんか外の方からしたわよ」
「分かりました。様子を見てきます」
そう答えると、またいつのまにか彼女は消えていた。
咲夜がようやく音の発信源を見つける。だがそこには三人の姿があった。魔理沙、アリス、パチュリーの魔法使い達。そして壁の大穴。どうもこんな所で実験し、失敗して大穴を空けたらしい。彼女はあきれた顔でそう思った。
「どうされたんですか?パチュリー様」
「あら、咲夜」
「できればこんな所での実験は、避けて欲しかったんですけど」
咲夜は、大穴を見てそう言う。だが魔理沙がそれを否定する。
「空けたのはわたし等じゃないぜ」
「じゃ……誰が……」
「召喚実験をしててさ。失敗して違うの呼んじゃったんだよ。それが逃げ出してな。そいつの仕業」
「…………」
咲夜は憮然として腕を組む。やってしまったらしい。この魔女三人は。もしかして、後始末に駆り出されるかもしれない。そんな嫌な予感が彼女に浮かんだ。
だがそれをパチュリーが翻す。
「安心して。始末はこっちでつけるから」
「…………。それで何を召喚してしまったんです?」
「人間よ。ただ魔法が使えるみたいで、油断した隙に逃げられたの」
「そうですか。分かりました。とりあえずお嬢様にはそう伝えます。では失礼します」
ペコリと軽く頭を下げると、もう次の瞬間には咲夜の影も形もなくなっていた。しかしこれもここでのいつもの事。
しばらく黙っていた三人だが、魔理沙が口を開く。
「パチュリー。人間って、まだ何も分かってないだろ」
「でも、そう思ってんじゃないの?」
「……まあな。こあも妖気を感じないって言ってたしな」
「アリスは?」
話を振られた彼女も頷く。ついでに疑問を一つ。
「だけど、どうやって逃げたのかしら」
アリスはしゃがみこむと、壁の大穴を覗き込む。大穴の側までは足跡があるが、その先にはない。ここを潜ったなら当然先にもあるはずだが。そんな疑問に魔理沙が答えた。
「外に出てから飛んだんだろ?」
「その外に出た最初の一歩の跡がないのよ」
「足が地に着く前に飛んだんだよ」
「そう考えるしかないのだけど……」
と、答えたもののアリスはどこか腑に落ちない。ちなみにこの館は結界が張られており、飛べても簡単には壁を越えられない。唯一結界がないのが正面門。しかしそこには常時門番がいる。もっとも、その門番が頻繁に突破されているのだが。
やがてパチュリーが別の回答を出す。
「スキマ妖怪みたいに、空間を渡る事ができるのかもしれないわ」
「それなら穴、空ける必要ないんじゃない?」
「結界を破る必要があったとか」
「考えられなくはないけど……」
しばらく黙り込んだ後、アリスはすっと立ち上がる。そして、振り返った。
「で、どうやって捕まえるの?」
「人間なら簡単でしょ。飲み食いしないといけないから、必ず騒ぎを起こすわ。それまで待つ」
「もうすぐ日暮れよ。妖怪に襲われるかもしれないわよ」
「それならそれで騒ぎになるでしょ?それに、あんな能力持ってるのよ。そう簡単には死なないでしょうし」
「そうかもしれないわね」
パチュリーの言葉に頷く。
一通り話が済むと魔理沙は箒に跨った。後ろからアリスの声がかかる。
「帰るの?」
「いや、飛び回って探してみるぜ。待つのは性に合わないからな」
「そ。でもまだ推測ばかりよ。油断はしない事ね」
「おう!」
返事と同時に箒が浮き上がる。そしてまたズドンという音がしそうなくらいの急加速で飛んでった。
「相変わらず、慌しいわね。また馬鹿やらなきゃいいけど」
「アリスも相変わらず魔理沙の事、気にかけてるのね」
「……。面倒事持ってこられるのが困るだけよ」
「はいはい」
涼しい顔で館に戻るパチュリー。その後を2、3言漏らすアリスが続いた。
ごそ。
花壇の隙間から何かがニョキっと現れた。ピンクブロンド頭の小さな姿が。
「え……ここどこ?」
背中をさすりながら、ルイズは辺りを見回す。
すっかり日の落ちた闇夜の中に、うっすらと高い壁が見えた。そこに大穴が開いている。
「えっと……あ!」
ようやく何が起こったかを思い出す。訳の分からない連中に召喚された事も、そこから逃げ出した事も。そして、壁に穴を開けようとした所までは覚えている。しかしそこからが分からない。何故ここで寝ていたのか。
実は気合を入れた爆発が大きすぎ、ルイズは吹き飛んでいた。その先がたまたま花壇の隙間で、後から来たパチュリー達に見つからなかった訳だ。足跡が壁の先になかったのも当たり前。逆方向に吹き”飛んだ”のだから。そして今までずっと気絶していた。
ルイズは周りに気配がない事を確認して立ち上がる。気絶していたのにも関わらずずっと見つからなかった。まさに幸運。しかも目を覚ますと誰もいない。二重のラッキー。ここを逃す手はない。彼女は急いで大穴へ向かった。速めの忍び足で。
「まったく……」
ようやくルイズは一息つく。後ろにはなんとか逃げ出した紅い館があった。それもかなり小さくなっている。ここまでくればとりあえず安心。彼女はそう思った。そして空を見上げる。空なんてしばらく見てなかった気すらする。そこには広がる満天の星空と、昇ってきたばかりの月があった。
一つだけ。
「えっ?」
目をこする。だが月は一個。もう一度こする。しかし月は一個。
「ど、ど、どういう事よ!?なんで月が一つしかないのよ!?」
何故、何故、何故?
ルイズの頭の中をその言葉がずらずらと続く。だけど答えは出てこない。
呆然としたまま前を向く。目に入るは大きな湖。だけ。明かりも何もない。人が住んでいる様子がまるでしない。いや、一応ある。さっきの紅い館に。
実は夢。
そんな事をついつい考えてしまうほど絶望的な状態。
一瞬戻ろうかと考えるが、あの三人組の顔が浮かぶと、慌てて首を振る。しかし他に何も浮かばなかった。
ルイズはとぼとぼと湖の縁を進みだす。当てなどなく。
「あたしの縄張りに入ってくるなんていい度胸ね」
突然上から声がした。見上げた視線の先に一人の女の子が浮いていた。青い髪に青いワンピース、そして不敵な笑顔。そんな彼女の背中には、氷のような形の六つの羽があった。
「よ、翼人!?また?ここって翼人の国なの?でも、こいつも変な羽ね」
ルイズが少々呆れ気味にこぼす。だが、相手はまるで気にしてない。
「ここ通っていいのはさいきょーのあたしだけよ」
「は?何言ってんの?」
「あたしに勝てたら通してあげるわ」
「訳わかんないわよ!私はあなたと戦うつもりなんてないの。もういいわ、他の所に行くから」
翼人の少女に背を向ける。目的があって進んでいた訳ではないのだから。トラブルなんてごめんだった。
だが、やっぱり空飛ぶさいきょーはそれを無視。
「あ、逃げる気ね。ひきょー者!」
「な、なんですって!」
と、ルイズは激高して振り向く。だがその視線の先にはなにやらカードを一枚、高々と上げた少女があった。
「一枚目!氷符『アイシクルフォール』!」
青色ワンピースの周りに白いものが広がった。そこから何かが向かってくる。
「こ、氷!?」
言葉通り、氷だった。無数の氷が秩序だって向かってきた。
ルイズは転びそうになりながら逃げ出す。確かに、氷を打ち出す魔法はある。だがこの翼人の魔法は、それがいつまで経っても終わらない。
「何こいつ!?空飛びながら魔法出してる!先住魔法!?じょ、冗談じゃないわよ!」
なんとか氷を避けようと、側の森へと走り出す。そして滑り込むように森へと入った。氷の群れは木々が盾となってなんとか防いでくれる。
「ずるいぞー。ちゃんと避けなさいよー」
森の向こうでは、翼人が何か叫んでいた。言っている事がさっぱり分からないが。
木の陰に隠れながら様子を窺う。相変わらず氷が舞っているが、思ったより威力はないらしい。木で簡単に防がれた。見掛け倒しか。なんて考えが浮かぶ。やがてルイズは杖を取り出した。そして狙いをつけると……ファイヤーボールを唱えた。
翼人の側で爆発が起る。彼女が落ちていく、攻撃も止まった。
「やった!」
ルイズは小さくガッツポーズ。
だが、その落ちていく少女を見て、呆然とした。左腕がない。爆発で吹き飛ばしたらしい。しかし彼女をそこまで傷つけるつもりはなかった。
「え!?脅かすだけだったのに……」
顔が青くなるルイズ。
だがさらに驚く事が起こる。
なくなったはずの翼人の左腕が、みるみる内に元に戻っていく。
「えっ!?えっ!?えっ!?」
もう訳が分からない。
そして地面に着く頃には何事もなかったように、元通り。翼人は左拳を握り締め怒りを露にしていた。
ルイズは顔面蒼白。さっきの苛立ちはどこへやら。もう、文字通り逃げるように森の奥へと駆け出すだけだった。