永遠のアセリア ~果て無き物語~   作:飛天無縫

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序章
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 時は昼。私立浅見ヶ丘学園、教室にて。

 

 ぐでー

 

 窓際の一番日当たりの良い席で、一人の少年がそんな擬音が聞こえてきそうなほどにだらしなく体を机に預けて座っていた。

 

 春眠暁を覚えず――この偉大なる言葉を残した先人に、ぼんやりとした思考の中で榎本匠(えのもと たくみ)は心からの敬意を表した。今は冬なのに。

 しかし燦々と陽光が降り注ぐこの窓際の席は、12月という冬が本格的になってきたこの時期であってもそんなことを考えてしまうほど心地良かったのだ。

 

「あ゙~~~~~」

 

 何となく声を出してみる。これと言った意味はない、まったり気分に任せた衝動的な発声である。

 

【気持ちい~ね~】

 

 突然頭の中に響く声にも、匠は暢気に返事した。

 

(春眠暁を覚えずってやつだな)

【うんうん、偉大な言葉だよね。言ったの誰?】

(孟浩然、中国の詩人だよ……ってか、んなメンドいこと考えずにさ)

【そだね~、今はただ惰眠を貪りたい~】

 

 ぐでー

 

 教室の窓際、日当たりの良い席とは昼寝のためにあるようなものだ。

 顔を向きを左から右に変える匠は、気持ち良さそうに目を閉じてまた机に突っ伏した。

 

(でも眠る前に感謝を。もーこーねん、良い言葉を作ってくれてありがと)

【毛根ね、とか言いたくなる私って失礼かしらん?】

(このまま授業サボっちまおうかなー)

【……シカトしないでよ】

 

 脳裏の声を無視して怠け根性全開な思考に囚われかけた時、慣れ親しんだ気配が近付いてくるのを感じた。

 

「よう匠、相変わらずだらけてんな」

 

 数少ない友人の声に反応しないわけにはいかず、匠はのろのろと彼の方へ顔を向ける。体は机に突っ伏したまま。

 

「おいっす光陰」

 

 ごつく見える身体を見上げて、一声挨拶。

 

 彼の名は碧光陰(みどり こういん)。近所にある寺の息子で、匠のクラスメイトである。がたいが良く顔付きも渋い印象を受けるが、意外にも性格はかなり柔らかい。というか軽い。

 自他共に認める怠け者の匠に声をかける数少ない人間で、匠自身も光陰という存在をありがたく思っていた。

 

「――と、あれ、いつもいっしょの二人は?」

「悠人と今日子は職員室だ。さっきの授業で、悠人が居眠りしてたのがバレてな。今日子は自爆して一緒に」

「ほうほう。精進が足りんのう」

「はは、そうだな。匠のサボりスキルと比べたら確かに甘い」

「けどそれだけで職員室に呼び出されるか? 大した問題だとは思えないんだけど」

「居眠りもそうだが、あの二人は成績のこともあるしな……遅刻もそこそこ多いし」

「へえ……そういや昨日と一昨日、続けて遅刻したっけ」

「なんだ、お前でも覚えてたのか」

 

 光陰が若干驚いた顔を見せる。

 

「いや、単に光陰が遅刻してきたのといっしょに記憶してただけさ」

「そっちか」

 

 が、続く発言を聞いてがくっと肩を落とした。

 

「お前ってホント、周りへの興味がないよな」

 

 そう。言葉通り、匠は周囲への興味・関心がない。薄いのではなく、自分と関わりがないもの、興味がないものには徹底して無関心を貫いている。

 少なくとも、光陰は目の前の友人が何かに情熱を傾けたり、積極的に誰かに関わろうとしている場面を一度も見たことがなかった。

 だからこそ、匠が『クラスメイトが何日も続けて遅刻した』ということを覚えているのが意外だったのだが……今回のことは要するに、友の遅刻という事象の『付属物』として捉えていただけらしい。

 

「たまに思うんだけどさ、匠って世界は自分を中心に回ってるとか考えてないか?」

「失礼な。周囲に惑わされないマイペースと言ってくれ」

 

 このやり取りも、もう何度繰り返したから分からない。

 光陰が呆れ、匠が平然と返す。しかしそこには相手を貶す雰囲気は微塵もなく、お互いがこの空気を当たり前のものとして受け入れていた。

 

 で、その今日子と悠人が教室に戻ってきて早々に光陰に話しかけてきたため、二人の会話は中断される。どうやら次のテストの結果次第で二人にはペナルティが課せられるらしく、成績の良い光陰に泣き付いているようだ。

 

(まあどうでもいいや……もうちょい寝てよーっと…………)

 

 匠は一眠りするために机へと突っ伏し直した。枕代わりの腕に重みを感じながら目を閉じて、夢の世界への切符を手にする。もちろん往復切符だ。片道切符だと洒落にならない――なんてアホなことを考えているとすぐにウトウトしてきた。

 

「別にいいぜ」

 

 光陰の声が聞こえる。

 

「あと5日間か。楽勝だって。なんとかなるだろ」

 

 もう一度聞こえた。何故か近くへと移動しているらしい。

 と言っても気にすることはないので反応はしない。そしていよいよ夢の世界へ行くために駅のホームへと降り立ち――

 

「何せ匠にも手伝ってもらうからな」

 

 ――列車に乗り損ねた。

 

「おいこらそこの坊主モドキ。なーに許可なく人を使ってんだ」

「ってことだから、二人共安心していいぞ。もちろん努力はしなくちゃいけないが」

「聞けよオイ」

 

 立ち上がり、勝手に話を進める光陰の肩を掴む。

 いきなり何を口走ってくれやがるのか。

 

「なんだよ、別にいいだろ? どうせ暇な身じゃないか」

「勝手に決めるな。二度寝したり本を読んだり飯を食ったり、俺はやりたいことがいっぱいあるんだ」

「堂々と言うことじゃないだろそれ……でも匠が協力してくれると助かるのは本当だ」

「協力って……俺が? 勉強を教えるの? この二人に?」

 

 そこまで言って、面倒くささを隠そうともしない匠の視線が隣の二人に移る。

 移された二人の内、少女の方――岬今日子(みさき きょうこ)が慌てたように言う。

 

「あ、いや、榎本が嫌だって言うなら、あたしは強制しないけど……っていうか光陰」

「ん? どした今日子」

「あんた、ちょっとこっち来なさい」

 

 いきなり光陰の手を引っ張って、教室の反対側の端まで行ってしまった。

 内緒話でもするつもりだろうか。それにしても、ここまで分かりやすい内緒話もないだろう。むしろ「気にして聞いてくれ」とでも言わんばかりの行動であった。

 

 ――だから、匠は盗み聞きをした。

 

 

 

 

 

「なんだよ、いきなり引っ張って」

 

 教室の端――窓際から反対の廊下側まで連行された光陰が口火を切る。

 

「こっちのセリフよ。いきなり他人を巻き込んで」

「ひでえな、クラスメイトだぞ」

「そりゃそうだけど、ほとんど話したことないし……それに光陰一人でいいじゃん」

「そう言うなよ。二人分の面倒を見るなら二人で教えた方がいい」

 

 戸惑いを含む拒絶を示す今日子を諭すように光陰は言葉を続けた。

 

「それに、テスト対策なら匠は心強ーい味方だぞ」

「なんで? 榎本って勉強できる方だったっけ」

「あいつにとって、今やってる授業は全部知ってるからな、テストも一度やったことあるし、対策を聞くにはうってつけだ」

「知ってるって……」

「留年してるんだよ、あいつは」

 

 つまり匠は、誰よりも丁寧に授業の予習をしてあるのだ。一年前に。

 無論、一年も間が空いた勉強内容をちゃんと覚えているか、という問題もあるだろうが、光陰がその程度のことを考慮に入れないわけないだろうからその点は指摘しない。匠が覚えていると知っているからこそ光陰はこうして彼を推薦してるのだから。

 しかし、今日子にはまだ心配事があった。

 

「でもさ……ぶっちゃけ、知らない人みたいなもんでしょ? クラスメイトなのに全然話したことないし、そういうやつ……あたしはともかく悠に会わせるのって大丈夫かな」

 

 

 

 

 

(まあ、そりゃ戸惑うよな)

 

 風を通じて聞き取った二人の会話に、匠は小さく溜息をつく。

 

 そう、風である。教室内を漂う風は、今や匠の感覚の延長であった。言葉を発することも予兆の動作もなく、彼はその場の空気を己の一部としてみせたのだ。

 そして人の声とは、喉の奥にある声帯が振るわせた空気振動によるものだ。そういった情報は、匠にとって何よりも拾いやすい『獲物』なのである。

 今の匠は人間が持つ可聴領域を易々と越えていた。彼の耳には教室はおろか廊下に至るまで、半径20メートルもの円内の音を全て拾うことができた。

 と言っても関係ない会話まで拾うつもりはない。例え耳に届いたとしても、言葉として聞き取れなければ意味がないからだ。集中すれば聞き取れないこともないが、面倒なので今はしない。

 

 そうして調節を終えた瞬間から、離れた二人の会話を盗み聞きしているのだが……案の定、光陰が今日子に詰め寄られている模様。

 

【ねえ匠】

(何?)

【高嶺君が睨んでるよ】

(あ?)

 

 言われて初めて気付いたように匠は首を巡らせると、すぐ隣に連行されなかった少年――高嶺悠人(たかみね ゆうと)がそこにいた。

 言葉の通り、微かな敵意さえ感じられる険しい視線が向けられている。

 

「もしもーし、どうしてそんなに熱い目で俺を見つめてるのかな高嶺?」

 

 軽いジャブ程度の気持ちで声をかける。しかし反応は、匠の予想を越えたものだった。

 

「…………お前、誰だ?」

「おいおい……」

 

 口の端を歪めて、匠はおどけたように肩をすくめる。

 悠人の表情を見る限り、ふざけて言ってる様子はない。どうやら本当に分からないようだ。

 

「言うに事欠いて『誰だ?』かよ。いくら俺が影が薄い存在だとしても、さすがにクラスメイトにそんな質問をされるとは思わなんだ」

「あ……そ、そうだよな、ごめん」

「まー、無知は罪であっても恥ではない。これを機に自己紹介でもしようか」

 

 立っているのに疲れたのか、それともただ立っているのが面倒になったのか、自分の席に腰を降ろして匠は悠然と足を組む。

 

「はじめまして。俺の名前は榎本匠。私立浅見ヶ丘学園二年三組出席番号三番だ」

 

 分かり切ったことをわざわざ説明するように言ったのは、断じて親切心ではない。後半部分を言う時になって殊更ニコニコと笑顔を見せたのは、決して友好の意思を示しているわけではない。

 現状を面白がっているのは明らかだ。

 

「あ、ああ、俺は高み――」

「年齢19歳。身長166.7cm。体重58.2kg。座右の銘は『堕落の道を一日一歩』。好きな本はライトノベル全般。漫画も好きだし、基本は一日に一冊読破。食べ物では甘いものが好きで辛いものが苦手。チェリーを捨てた初体験は中がk」

「って、ちょっと待て、そこまで言わなくていいよ!」

「それもそうだな」

 

 濁流の如き自己紹介(間違ってはいない)に圧倒されかけ、悠人は慌ててストップをかけた。

 そこで悠人は、今し方聞いた匠の言葉に引っ掛かりを覚える。

 

「……19歳?」

 

 ここは高等学校だ。二年生の教室にいる彼らは、順当な人生を歩んでいれば16歳、もしくは17歳であるはず。

 その疑問を匠も察したらしく、聞かれる前に答えた。

 

「ああ、留年してるんだよ。お前達よか年上だぜ、俺は」

「じゃあ二回も留年したのか?」

「そう。けど社会に出て働くのも面倒だし、もう一度くらいダブっちゃおうかなーとか考えてる今日この頃だ」

 

 匠の言葉を聞いて、悠人は軽く頬を引きつらせた。

 前述した通り、浅見ヶ丘学園は私立学校である。私立にしては学費も良心的(それでも公立よりは高い)なことで近隣からは好まれているが、それにしたってここまではっきりと怠惰な姿勢で居座られてしまっては学校側も扱いに困るだろう。

 そもそも二年生の時点で19歳ということは、例え今からマジメになっても卒業する頃には成人している。大丈夫なのか将来。

 

 これまでの流れで悠人は匠に対してあまり好意的な感情を持てずにいたが、ここに至って初めて明確な苦手意識を抱いた。

 悠人は自立心が旺盛な少年である。義理の妹を支えなくてはならないという使命感もあり、早くから大人と対等な立場を目指して努力してきた。部活にも委員会にも所属せず、アルバイトに精を出して家計を助けている自分にある程度の自負も持っており、それ故に「働くのも面倒」と臆面もなく発言した匠の在り方を受け入れ難く思うのも無理ない。

 だからと言ってここで会話の流れを断ち切るほど、悠人は薄情ではない。匠の自己紹介が終わったのだから、次は自分の番だ。

 

「俺は高嶺悠人。光陰の友達で――」

「ああ、言わなくていいよ。お前さんのことは光陰から大体聞いてる」

 

 だが匠は、そんな悠人の行動さえ平然と遮る。

 

「義理の妹を溺愛しているシスコンなんだって?」

 

 しかもすげえ微妙な言い方だった。

 

「なっ……お、俺はシスコンじゃない!」

「どうだかね。放課後になるとその足でバイトに行くそうじゃないか。仕事が終わって夜遅くに帰宅、寝て起きたらハイ学校。自分の青春をたった一人の家族のために注ぎ込む」

「何が言いたいんだよ」

「別に? 俺は真似したくねえな、と考えるくらい」

「って言うか、なんでそこまで俺のこと知ってるんだよ。そういうことまで光陰に聞いたのか?」

 

 親友のノリの軽さを思い出し、少しばかり友情を怪しんでしまう悠人。

 

「ちげーよ。近くのコンビニに行ったらそこで働いてる高嶺を見かけたんだ。それもけっこう遅い時間帯だったし、お前の義妹のことは学園でも有名だ。前後の情報を照らし合わせれば、麗しき兄妹愛を貫く心優しい兄貴の姿が見えてくるってだけのことよ」

 

 何故いちいち含みを持っているような言い回しをするのか。

 

「なーのーにーさー、そんな優しい高嶺が、クラスメイトだってのに俺の顔も名前も存在も知らないってんだぜ? ちょーっと傷ついたなー」

 

 ウソつけ――声に出さず悠人はツッコんだ。

 少なくとも悠人の目には、目の前の同級生(年上)が心にも体にも傷を負った様子は見受けられない。現にヘラヘラと笑ってるし。

 

 そうしている内に、離れていた光陰と今日子が戻ってきた。

 

「いやーごめんね二人共。ちょっとこいつに確認したかったことがあってさ」

「何の話をしてたんだ?」

 

 気になった悠人が尋ねるも、内緒よ、という今日子の言葉に諦めた。

 

「悠人と匠は、何かしてたか?」

「ちょっくら挨拶してただけだよ。で、俺の参戦は決定事項らしいな」

「頼むよ匠。今日子も悠人も崖っぷちみたいだしさ、少しでも良い点取れるように協力してくれ」

「いくらくれる?」

「よし、とっておきの『料理している佳織ちゃんの後ろ姿』写真をやろう」

「背中だけ写っててどーしろってんだ、顔見せろよ顔」

「お前ら何を取り引きしてるんだ!?」

 

 いきなり怪しいことを口にした二人に悠人が怒鳴る。そんなものを取り引きの材料に使わせてなるものか。

 と言うか、いつの間にそんな写真を撮ったのか。まさか盗撮?

 

「「悪いな、冗談だ」」

「悪い冗談だ!」

 

 冗談だったらしい。からかわれただけだと悟り、悠人は大きく息を吐いた。

 こんなことに息を合わせないでほしい。

 

「そういうわけで、今日からお願いするわ」

「あいよ、5日間マジメにやりゃなんとかなるって。教える立場としてもがんばるさ」

「ありがとうございます~。お願いね、光陰~」

 

(いつも強気なあの岬が、ウソのようにしおらしいな)

【後がないらしいからね~】

 

 それだけ切実ということだろう。無論、悠人にとっても。

 

「それじゃ、バイト終わったら連絡するから」

「ああ。教科書とノート持って、悠人の家に集合だな」

「おっけ~。あ、悠がバイトの時はマンツーマンでよろしくっ」

「あ、裏切り者! 一人でリードするなんてズルいぞ!」

「私の方が切実なの! いいわね、光陰?」

 

 今日子がすごい迫力で光陰に詰め寄る。いつの間にかお願いが脅迫になっていた。

 その迫力にたじろぐ光陰。哀れ、優位に立てたのは一瞬だけ。

 

「わ、分かった分かった……じゃ、俺の家に来てくれ」

 

 光陰はスッと、悠人と匠に目配せして声に出さずに詫びる。

 悠人はOKと頷き返し、匠は肩をすくめて溜息を一つ。

 これもいつものことだ。

 

「それじゃ高嶺がバイトの日は、俺と光陰の二人で岬をみっちりしごいてやるよ」

「お、それいいな。匠も俺の家に来てくれ」

 

 ただ、三人の行動に匠が加わるというところがいつもと違った。

 

「えっ? 榎本、光陰の家知ってるの?」

「ああ。何度か誘われたことあるし、あの寺自体もけっこう好きだぜ」

「じゃ、そういうことだから。悪いな悠人」

「分かったよ。その代わり、俺を教える時は頼む」

「そうね。この際、二人に鍛えてもらうわよ。よろしくね」

「へいへい」

 

 斯くして、三人の勉強会に匠が加わることに相成った。

 どうでもいいが、悠人は匠のシスコン発言を取り消すのをいつの間にか忘れていた。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 次の休み時間。匠は光陰を呼んで廊下に出た。

 前置きは抜いてすぐ本題に入る。

 

「どういうつもりだ」

「何がだよ?」

「いつになく強引な手で巻き込んだじゃないか。ノった俺も俺だけど、そんなにあの二人と引き合わせたかったのか?」

 

 目的は光陰の行動を問い質すため。

 匠の人付き合いの範囲は、とても狭い。気が付けばそうなった、ということではなく彼自身が望んでそういう立ち居振舞いをしているからだ。

 唯一と言ってもいい友人の光陰だって、彼の方から話し掛けてこなければそもそも関係を持とうとさえ考えなかっただろう。

 そんな匠の性格を誰よりも知っている光陰が、何故このような行動を取ったのか。

 

 誤魔化せないと判断したらしく、光陰は諦めたように薄く笑った。

 

「いや、な。実は悠人のことで、ちょっと協力してほしいんだよ」

「高嶺? テストでやばいのは岬もじゃないのか?」

「たしかにテストもそうさ。それとは別に、悠人と今日子と友達になってくれないかってこと。さっきも、俺が今日子と話してる間に悠人と何かあったんじゃないか? 離れてても見えたぜ」

「ああ、軽くガン垂れられた」

 

 自分を睨むように見ていた悠人の視線を思い出す。たしかに、親しい人間以外は信用できないという拒絶の意志がありありと伝わってきて、正直あまり良い態度だとは言えない。

 匠は相手の態度・視線・空気が悪質であっても柳に風と受け流せる性格だが、万人がそうであるわけではないのだ。あのままでは彼も苦労するだろう。

 

「まさか、高嶺のそういうとこを治してやろう、と?」

「そんなとこだ。家族や親友と仲良くやってくのは結構だが、知り合いの輪を広げられるならそれに越したことはないだろう?」

 

 自分の『作戦』を語ってみせる光陰。周囲にはよくお調子者を演じる光陰だが、同年代の人間と比べて精神的に達観した部分があることを匠は知っていた。こうやって相手に悟られないように気を回すところなど、光陰の言葉を借りるなら、徳というものなのだろう。

 

「いまさらグダグダ言ってもしょうがないか……」

「サンキュー。ま、お前だって得るものが無いわけじゃないんだ。諦めて巻き込まれてくれ」

「へいへい、わーったよ」

「じゃ、俺はトイレ行ってくる」

「ああ」

 

 離れていく光陰を見送り、匠は廊下の窓に目を移す。

 

(得るもの、ねえ……今回の対象は高嶺だけじゃないのか)

 

 実は悠人と話している間にも、匠は風の『声』を聞いて盗み聞きを続けていた。

 光陰と今日子の会話内容は記憶している。

 

『俺から見て悠人も匠も、ちと人間不信なとこがあるような気がするんだ』

『二人共? だったらその二人を引き合わせるのって余計まずいんじゃ……』

『いや、これを機に二人が友達になれたらいいと思わないか? 似た者同士、仲良くなれるかも』

『それもどうかと……けど、そうね。悠もクラスでちょっと浮いてる感じはあるかな。仲良くできるならそれに越したことないか』

『だろ? 縁を以って徳と成すってのが、実りある人生を送る秘訣さ。純粋に友人を紹介したいって気持ちもあったし、今日子たちには悪いが、テストを利用させてもらったよ』

『まあ、そういう理由があるならいいけど……ってか、あんたもちゃんと考えて行動してたのね』

『失礼な。俺は昔から思慮深い人間として生きているんだぞ』

『よく言うわ』

 

 大体こんな感じの会話だった。

 匠と悠人のことを思って行動した光陰に今日子も賛同した、と。

 

 悠人は信用できない人間に対して無意識に壁を作る傾向が強い。今はまだそれでも問題はないが、将来もそのままでいると彼にとって大変だ。学校を卒業して社会に出るようになれば、他人を排斥する人間は孤立し、何もできなくなる。光陰は、悠人のそういった拒絶傾向を変えてやりたいと考えたのだ――できることなら匠もいっしょに。

 それなら今回の彼の行動も理解できる。しかしそれで同意できるかは別の話だ。

 

「メンドくせーことになったな……」

 

 光陰の配慮に感謝する気持ちがないわけではないが、最も強く現れた感情は『面倒』の二文字である。

 たしかに、いずれ大人になる者には必要なことだろう。協調性やコミュニケーション能力は、人としてなくてはならないものとされる。これらを持たずに生きていけるのは余程特殊な環境に身を置いている者だけだ。

 ――例えば匠のように。

 

【あのさあ匠】

「ん?」

【そんなに他人と接するのが嫌?】

「誰も彼も嫌いってわけじゃないよ」

 

 脳裏に響く声に対して、気のない風に返事する。

 匠とて、そこまで人付き合いを放棄しているわけじゃない。挨拶されれば挨拶で返すし、必要があれば握手もする。

 

 その最たる相手が光陰だ。

 彼との付き合いは匠としても楽しい。適当にダベったり読んでる本の話題で盛り上がったりもするし、光陰が誘えば匠も重い腰を上げて付き合おうかと考える。

 何より、仲良くなったからと言って踏み込みすぎない分別を弁えた人格者だ。

 探られたくない秘密を多く持つ匠にとって、碧光陰とはまさに理想の友人だと言ってもよかった。

 

 そんな友人が紹介した二人だ。問題がなければ少しは仲良くしようか、くらいには匠も考えるのだが――

 

「俺はただ、あの二人が嫌いなだけだ」

【……】

「片や自称疫病神のネクラ男。片や暴力上等の勘違い女。俺からすれば好意の持ちようがない」

 

 廊下の窓から空を眺め、言葉を続ける。

 

 高嶺悠人、岬今日子。この二人は学園でもけっこうな有名人である。

 義妹との生活のために自分の人生を削っている悠人に担任教師が生活保障の話を持ってきて、その度に硬い表情で断る悠人に困り顔をする担任を見たことが何度もある。それに今でこそ普通に見える悠人だが、昔は自身を『疫病神』だと蔑んでいた時期もあったらしい。そういった人間とお近付きになってもあまり楽しそうではない。

 陸上部のエースとして名を馳せている今日子も、教室で光陰や悠人と話している姿、部活動に勤しむ姿、遅刻寸前に教室に滑り込む姿、ハリセンを振り回す姿、色々な状況で見て知っている。もちろんそれだけで今日子という人間の全てを分かった気ではいないが、それらの行動や端々で出てくる発言を耳にする度に、匠は呆れと苛立ちを交えた溜息を吐きたくなる思いだ。

 

「とは言うものの、協力するって約束しちゃったしな。光陰の頼みはなるべく断りたくないし、やるしかないか」

【だったら二人に対する印象も改めようよ。その光陰の親友なんだし、私にはいい子に見えたわよ】

「…………なあ【悔恨】」

【何?】

「お前、妙に張り切ってないか? 心なしか、元気そうだぞ」

【だって匠に友達が増えるのって嬉しいもん。君ももうちょっと周りに目を向ければもっと楽しいことあるはずだよ】

「興味ねー」

 

 ばっさり切って捨てた己の担い手に【悔恨】――匠と契約した永遠神剣はそっと溜息をつくのであった。

 

 言葉と態度が示す通り、この時の匠は間違いなく乗り気ではなかった。

 それ故に、まさか半日も経たない内に自分の気持ちが正反対になってしまうなど思いもしなかった。

 

 

 




【はーい、どもどもこーんにーちは! 私、【悔恨】って言います、よろしくねー。

 ここでは、私が次回予告その他諸々をやることになってるんだ。
 何せ本編じゃ見ての通り、匠とたまにお喋りしたりツッコミ入れたりするだけで、他の人みたいにたくさん話せないからね。しかも私の名前が出てきたのって最後の2回だけ! これはあんまりだよ~さみしいよ~って作者に泣きついたら、こうやっていっぱい話せる場所を用意してくれたんだ。

 さてさて、それじゃ次回予告を――え、その前に説明を? はいはーい。
 予告の前に、このお話の中で登場する能力だったり設定だったりを解説させてもらいます。本文で描き切れないのは作者の力量不足でしかないんだけど、こういう風に説明するのもこの小説の特徴の一つってことで、どうぞよろしく!

 そんなわけで最初に登場しました、私と匠の能力、風術についてお話しまーす。
 これは『風の聖痕』(著:山門和弘/富士見ファンタジア文庫)に登場する神秘の一種で、地・水・炎・風の四種類ある精霊魔術の一つなのよ。本の中じゃ風の精霊と自分を調和させて大気を操る術で、匠の場合は空間のマナを通じて風を操作してるの。
 元々私の――あ、これは神剣としての【悔恨】のことね。私の能力は風を操ること。その能力を匠なりに発展させた形として風術を参考にしたのよ。
 たださ、ぶっちゃけ弱いんだよね、風って。空気って軽いじゃん? 重さがないから一撃の強みがなくて、『風の聖痕』でも風術は戦闘向きのものとして書かれていないの。私の風も、匠と契約したばっかりの時は扇風機くらいの風しか起こせなかったし……私が弱かったせいで匠には昔からいっぱい迷惑かけてきてね……
 ……まあそれは置いといて! 話を戻すね。力こそ弱い風だけど、補助分野ではすっごい効果的なのよ。人が生きる場所には必ず風がある。空間を占める割合から、情報収集ではめちゃくちゃ役に立つんだ。しかも他の術と違って呼び出す手間がない分速い! スピードなら風が最速! いぇい!
 そんな風術の主な使い方は匠がやったように、風の乗って届く精霊の『声』を聞いて、離れた場所の会話や景色を得ること。『風の聖痕』では精霊、匠の場合はマナっていう違いはあるけど、やってることは同じだよ。
 ってことで以上、本作品の風術についての説明でしたー!

 それではお待ちかねの次回予告~。
 乗り気でないながらも、光陰の計らいで勉強会に参加することになった匠。
 三人組と教室で話している最中、悠人がいきなり昏倒してしまう。
 驚き慌てる光陰と今日子。その時匠は、悠人の中に信じられないものを見た!
 匠が見たものとは一体……
 はい、これにて予告おしまい!

 ふい~、いっぱい話せて、シ・ア・ワ・セ。スッキリしたー。本編の中でもこれくらい話せるといいのにな。匠ってばそこまで話好きな方じゃないからね。
 あ、分かってるかもしれないけど、こうやって私がメタ発言するのは後書きの中だけだからね? 
 それじゃ、また次回もよろしくね。ばいばば~い】

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