ではごゆっくり。
「使い方って言っても、簡単よ。あなたがその人形を持って幽々子に影響を与えている魔力を吸い取るの」
「人形を持ってるだけでいいのか?」
「そうよ」
それなら俺にでもできる。
今度こそ、幽々子を助けられる!
「でも、一つだけ欠点があるの。その人形は完璧じゃないわ」
「どういうことだ?」
「魔力吸収、て言っても一時的なものよ。一時的に人形に閉じ込めるの」
「どこが欠点なんだ?」
魔力のことに関しては俺は素人だ。
正直なところ、パチュリーに魔法のことを教えてもらわなかったらこの話にも付いていけてないだろう。
「一時的に溜めて、また放出するの。近くの人間にね。要は、あなたに魔力が流れ込むのよ」
アリスの声は、どこか心配そうに聞こえた。
「人形を通して、妖斗に流れ込む。あなたは、その流れ込む魔力に耐えきれるのかって話になるの」
「……ちなみにだが、完璧な人形を作るには?」
「1ヶ月は必要」
考える暇なんてなかった。
「俺が耐え切れればいい話だ。頼むよ」
「それであなたが倒れたら、幽々子が悲しむわ」
「俺は倒れない」
「根拠は?」
「……俺は、大切な人を悲しませない」
見るからにアリスは呆れていた。それもそうだ、根拠のんて無いし、自信もない。魔法の森の瘴気でダウンした奴が耐えきれるのか、なんて、誰もが無理だと思う。
それでも、幽々子が助かるのなら俺はやる。
いつも俺は助けられてばかりだ。
そんなのは嫌だ。
「言っとくけど、つらいわよ?」
「幽々子が目覚めない方が何倍も嫌だね」
「……止めても意味無いわね」
「わかってくれた?」
「薄々だけどね」
ため息を吐きながら、アリスは人形を渡してくれた。
人形が完璧じゃない、とはいえちゃんと作ってくれてたんだ。俺はアリスを信じるしかない。
それに、幽々子を助けるためなら俺はいくらでも頑張れるし、耐えきってみせる。
◇ ◇ ◇
私は、不安だった。
もしもこのまま、状況が変わらなかったら、と。
妖斗さんが帰って来なかったら、と。
目の前には未だ目を開かない主の姿。
「幽々子様……」
自分がどう動くべきなのか。
妖斗さんからは側にいてあげて欲しい、と告げられたものの、このまま何もしなくてもいいのかと不意に考えてしまった。
迷いは剣を鈍らせる。そう教わった。
それでも今は、どうしようもなかった。
「今、私に出来ることはなんだろう……」
私は、何も出来ないのだろうか。
妖斗さんは幽々子様のために動いている。それなのに私は見守るだけでいいのだろうか。
確かに幽々子様が目を覚まして誰もいなかったらそれはそれでいけない。
私は、側にいてあげてと、頼まれたのだ。
妖斗さんが出てから、夜を超えて朝になった。
食事も喉を通さない程、私は正常とは言えなかった。
いつでも目を覚ましてもいい様にと、私は幽々子様から離れなかった。
それは庭師として、剣士として、従者として当然の行為だと思った。
幽々子様は意外と寂しがり屋だ。
1人でいるときは優雅だと感じるばかりだが、妖斗さんが出かけ、私は仕事をしていると少しだけ寂しそうな表情を見せる。
それは、私たちに心配を掛けさせないための行為なのだろう。
「幽々子様。少し庭の手入れをしてきますね」
聞こえてるとは思わない。
それでもいつものように声を出したかった。
目を覚ましたら、綺麗な庭じゃないといけませんよね。
お屋敷の掃除はやっていましたが。庭の手入れが少し甘かったですね。
靴を履き、箒と枝切り鋏を手にする。
一定のリズムで箒を動かす。
別に何か決まってるわけでもなく、無意識だ。
「………」
この空気に、違和感を感じ始める。
私は、どうしてしまったんだ?
私は妖斗さんを信じて、待てばいいんだ。
信じているだけで、いいはず。
信頼していない訳じゃない。
でも、どうしてだろう。
この感じが、どうも嫌いだ。
また考えてしまう。
もしも妖斗さんが戻ってこなかったら。
もしも怪我をしていたら。
もしも、幽々子様がこのまま......。
「妖夢〜」
幽々子様......。
「妖夢ー?」
あぁ、幻聴もしてきた。
「よーむ!」
「よ、妖斗さん!」
幻聴じゃなかった。
目の前にいるのは白玉楼を出ていた如月妖斗、本人だった。
この瞬間で心のモヤが取れたかのように感じられた。
「遅くなってごめんな...お、ど、どうした」
「うグッ、え、っぐ......しんぱい、したんですよ......よかった、ですぅ」
「悪かった。心配をかけたな」
気づけば私は涙を流していた。
急にくる安心感は、温かさを感じる。
「待っててくれてありがとう。もう最後だからな」
頭をぽんぽん、と撫でてくれて妖斗さんはそう言った。
涙を拭き、妖斗さんが何かを手に持っていることが分かった。
それは見慣れない人形。どこからどうなってその人形を持ち帰ってきたのかは分からないが、どうやらあの人形には大事な意味があるのだと少し思った。
「妖斗さん。それは?」
「これで、幽々子を助けられる」
「......ってことは、ただの人形じゃないのですね」
「あぁ」
靴を脱ぎ縁側へと体を進め、幽々子様が眠っている部屋へと歩き始めた。
私もそのあとを付いていくことしかしなかった。
一言も喋ろうと、口が動かなかった。
それだけ、私はまた緊張していた。
妖斗さんが眠っている幽々子様の隣に膝をつき、手に待っていた人形を胸元へと当てた。
「...妖夢」
「なんでしょうか」
「先に言っておくが、もし幽々子を助けたとしても、今度は俺が倒れるかもしれない。その時は気付に刀でもぶっ刺してくれ」
冗談のつもりなのか、それとも本気なのか。
私を安心させようと笑わせようとしているのか、と思ったがそんな目をしてはいなかった。
その言葉に、私は何も答えられなかったが、静かに首を縦に振った。
刺すつもりなんか到底無いし、私は妖斗さんを信じている。
その人形がどんな役目なのかはわかりませんが、私は信じている。
きっと妖斗さんなら救ってくれると。
「じゃあ、やるぞ」
幽々子様に当てている人形に、妖斗さんは両手をかざした。
その瞬間、人形は何やら光を纏うようになっていた。
紫色の、まるで月に照らされた桜のような色を纏った人形は、どこか綺麗に見えた。
もしかすると、あの人形が幽々子様に影響を及ぼしたモノを吸収しているのだろうか。
ただの人形とは思わなかったが、まさかそんなことが出来るとは思いもしなかった。
「う、ぐ......」
妖斗さんか少し声を出した。
人形を通して、その光が妖斗さんにも影響しているというのか。
さっき言っていた『倒れるかも』というのは、まさかこういうことなのだろうか。
嫌だ。
お願い、倒れないで。
怖い思いはしたくない。
ただ黙って見ているだけが、これほど辛いものなのか。
願うことしか、私にはできない。
「ぐぅっ......!」
「妖斗さん!」
「だ、いじょぶ...! これは、終わる!」
力を入った言葉の直後、一気に周りの空気が変わったようだった。
不自然な現象な一瞬目戸惑うが、すぐに視線は妖斗さんへと移る。
そこには人形を握り締め、息を荒らげる本人の姿。
私は慌てて背中を摩りながら声をかけた。
「妖斗さん! 妖斗さんっ!!」
「はぁ、はぁ......よ、うむ...」
小さな声も必死に聞こうと耳を傾けた。
「......終わったよ。これで、いい、はずだ」
そう言い残し、妖斗さんはまるで糸を切った操り人形のように体から力が抜けるようだった。
それはまた私は慌ててしまうが、妖斗さんはちゃんと息をしていた。
疲れきったのか、眠ってしまっていた。
「ぅ、ぅん......あら」
そして私の後からは、久しぶりに聞いたかのように、その声が懐かしく思えた。
聞こえたのは、紛れもなく白玉楼の主の声だった。
無理矢理感が凄いです。すみません。
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ではまた次回!