アーランドから現代に帰ってきて約一年、俺は特別製のトラベルゲートを使って再び異世界を訪れていた。
朝露のせいか、上下の黒いジャージが少し肌に張り付いた感触を覚える。
薄く日の差す森の中、木々の香りが懐かしく感じた。
帰って来たんだと、強く実感する。
「随分と早く帰ってきてしまった……しまった」
それも全ては俺がフリーター故の父の勘当宣言が悪い。
おそらく勘当宣言の方が悪い。ただし、より憎むべきは……。
「学歴が……学歴が憎い!」
白藤アカネ、最終学歴中卒。
世間の風が冷たい、いわゆる死にステータス。
注釈としてはビックになれば、中卒でもあんな風に成功できるのよ! という感じに尊敬ステータスになる。
弟、東京にある大学の『にある』を抜いた大学に現役合格。
ヤバイ・パナイ・スゲエの三拍子。
しかも医学部、予測だが、俺のいない間に改造手術を行った。
さらに! どこぞの美人なお嬢様が彼女様と言う……クソ! あいつ絶対俺の事バカにしてた!
醜い男の嫉妬だと、内心では気づいているが気づきたくない。
「家族は何も言わない……が! 俺が俺をバカにしやがる!」
クッ! だがこの世界なら、俺はある程度、ある程度の地位を獲得している。
そうさ! 向こうでは俗に言うフリーター(中卒)だったが、こっちなら錬金術士様だぜ!
「と言う訳で! クーデリアさんに会いに行こう」
とりあえず森を軽く抜けて場所を把握しよう。
アーランド近辺の森じゃない様に感じるから、ココは俺の冒険者としてのセンスが問われるな。
「クックック、言っても俺は五年は冒険者やってた、いわば……ベテラン!」
含み笑いと共に、俺は薄く草の生えた地面を踏みしめて、成長しすぎた草を手でかきわけながら森の奥へと進んで行った。
遭難した。
「遭難です! HAHAHA!」
笑えねえよ。
「いや、たぶん方角はあってるはずだ。うん、知らない場所だけど……」
北に行く事、二日間、狩猟と採集の生活も慣れたモノで特に辛くはない。
が、折角戻って来たのに皆の顔を見れないと言うのは辛いモノだ。
「普通に前と同じように、うに林に来れると思ったと言うのに」
ポケットにしまい込んだトラベルゲートを恨めしげに見てしまう。
前にちゃんと家に帰れたのが不思議なくらいだ。
「……む?」
耳をすますと、どこからか高い女子の声が……。
「こっち、かな?」
俺の背よりも少し高い草の壁に突入し、少し屈みながら少しずつ前進していった。
所詮は防御力Eのジャージ、草がチクチクと肌に刺さる。
「よーし、もっと奥に行ってみよう!」
緑一色の視界の向こうから、確かに声が聞こえた。
神はまだ俺を見放してはいなかったようだ。
「ダメです! 絶対に! これ以上メルルを危険な目に……」
ようやく、葉っぱの間から姿を確認できた。
木々のない、開けた原っぱに立っているのは、錬金術士チックな服を着たお嬢さんに、片方は後ろ姿だけしか見えないが、メイドさん?
まあいい。よし、立ち上がって紳士的にあいさつを――。
「うおおおおお!?」
「へっ!?」
曲げていた腰を戻して、立ち上がろうとしたら、手で押さえていた草が跳ね上がった。
さながらデコピンのように、このスイートフェイスに直撃をかましてくれた。
「きゃ、キャーー!」
え、何故にこのメイドちゃんは俺の事見て悲鳴上げてるの?
それにそんな腰を抜かしちゃって……。
「わー! く、草のお化け!? こ、これでも喰らえ!」
「にゃ?」
視線を前に戻すと、茶色い物体が俺の眼前に――。
刹那、俺の脳裏にある思い出がよみがえった。
川に落ちたある日の俺は、がむしゃらに手を地面に叩きつけた……するとそこには。
「う、うにいいいいいいい!?」
叫びと同時に俺の額に鋭い痛みが走った。
俺は、まるで剛速球を受けたかのように後ろに吹っ飛び、ゴロゴロと草の中を転がった。
「ケ、ケイナ! 立って! 逃げるよ!」
「は、はい!」
「ご、ゴルアアアアア!」
著しく失われた言語能力を駆使して俺の怒りを伝えようとしたが、一目散に逃げられてしまったようだ。
な、なんて恐ろしい――おおよそ同じ人間とは思えない。
あんな……あんな! 恐ろしい物体を同族に向かって投げるとは……。
「か、可愛い顔してやんちゃ娘って訳かよ……」
俺はよろよろと立ち上がり、今度こそ草の中から這い出た。
さながら落ちたリングから這い上がってくるボクサーのように。
「ゆ、許さねえ。許さねえ!」
娘っ子共の足跡の方向を指差して、俺は高らかにそう言った。
やられたら三倍返しの、このアカネ様に向かって! うにを投げるという行為、後悔させてやる!
よし、追跡だ追跡。待ってろやがれ!
「……って、うお!? 草の化け物!?」
少し歩いた所にあった小川には、草が体中に張り付いた森の怪物が写り込んだ。
「…………」
立ち止まって、少しさっきの音声を脳内でリプレイしてみた。
『く、草のお化け!?』
真上から照りつける太陽を、俺は仰ぎ見た。
そして腕あたりの草を手で払った。
「…………」
目を瞑って、よく考えてみた。
そして、口を開いて、小さく自分自身に問いかけるように呟いた。
「7:3……かな?」
ちなみに俺の責任が3だ。
俺は首を前に戻して、お嬢さんたちの向かった先を見て、指を前に突き出した。
「やっぱり許さねえ!」
俺の器の小ささを舐めるなよ、小娘ども!
このアカネ、今年で二十四だが、たとえ相手が十代前半であろとも情け容赦は一切ない!
待っていろとばかりに、俺は駈け出した。
一話です。皆さま、またよろしくお願いします。
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