はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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8アルフも歩けばプレシアに当たる

 時の庭園に足を踏み入れたのは何年振りだろうか。少なくとも、4年くらいは立ち入っていない気がする。

 それにしても風景がかわったな。

 もっと緑が多く、外観も綺麗だったと思うんだが。数年で陰気くさくなったというか、お化け屋敷でも開けそうなレベルだ。

 もろもろの管理をしていたのはリニスだったはず。彼女は、こんなになるまで放置するような性格だったろうか。

 おかしいな。

 

「まあいい。そんなことより、とにかく今すぐ帰りたい。はやてに怒られる」

 

 とりあえず、しばらく帰れないかもとメールはしておいた。

 それに対する返信は、パンの耳かドックフードかどっちがええ? という辛辣な内容である。

 胃がキリキリいっているのは気のせいだと思いたい。

 しかし、現状で次元転移なんてやったら間違いなく捕捉されるだろう。管理局だって、この状況で網を張らないほど馬鹿じゃないだろうし。

 というか、根本的に俺では次元間の移動は不可能だ。

 第97管理外世界に戻ろうと思ったら、プレシアかフェイトかアルフに頼む必要がある。

 

「で、あいつらどこだよ」

 

 案内役のリニスがいないと不便だな。

 ただでさえ詳しい内装なんて知らないというのに。見た目が変わりすぎているせいで、見覚えがあるものすらわからない始末だ。

 さて、どうしたもんか。

 

「フェイト! どこだいフェイト!!」

「どうしたアルフ、フェイトがなんだって?」

 

 向こうから走ってきた顔見知りに手を振る。

 どうやら遭難は回避できたらしい。

 知り合いに会えて一安心とか思ってない。ちょっとひとりぼっちが心細くて泣きそうだったという事実もない。ないったらない。

 

「あんた、フェイトを見なかったかい!?」

「いや見てないけど。失神してそのまま寝てたはずだろ?」

 

 いなくなったんだよ、と顔を青くしてアルフは言う。

 どうやら少し席を外した隙に姿を消したようだ。流石に外へ出るとも思えないので、庭園内にはいるんだろうが。

 しかし、あの疲労で歩き回るのは相当つらいはず。本当なら丸一日は安静にしていて欲しい。

 え、トドメ? 俺ですけど何か?

 

「頼むよ。一緒にあの子を探してくれないかい?」

「まだ報酬もらってないしな。仕事の範疇ってことにしとこう」

 

 青い顔のまま、ちょっとだけアルフの表情が緩む。軽口に反応する余裕くらいは出たらしい。

 まあ、何事も1人より複数の方が気楽だよな。

 

「じゃあ、あんたはあっちの方を頼むよ。あたしは、プレシアに報告してみるから」

 

 あんなのでも一応母親だからね、と言外の声が聞こえそうだ。

 果たして彼女がフェイトを心配して動くだろうか。実は表に出さないだけで娘を溺愛なんてパターンは……ちょっと考えにくいな。

 同じようなことを考えていたらしいアルフも、苦い顔で唇を噛んでいる。

 

「庭園内にはいるだろうから、探せば見つかるだろ。ってことで、地図をくれ。このままだと現在地がわからなくなる」

「なんでこんなとこにいるのかと思ってたけど、あんたまさか迷子に……」

 

 まままま迷子ちゃうわい!

 

「さて、何のことかな。俺は昔を懐かしんでちょっぴり散歩していただけですよ?」

 

 とても胡散臭そうな目で見られながら、庭園の地図情報を手に入れた。

 迷子じゃないけど、これで迷うこともないだろう。

 

「じゃあ頼んだよ?」

「おう、一通り探し回ったら俺もそっちに合流する」

 

 サボるんじゃないよ! と念を押して走り去るアルフにひらひらと手を振っておく。

 ありがとう、と聞こえた気もするが空耳かな。

 広域サーチャーを6つほど走らせ、さっき貰った地図をホログラム化して状況の観測をする。

 それにしても、こんなにやる気だすのは柄じゃないんだが。

 こういうのって死亡フラグになるらしいんだけど、その辺が大丈夫かすごい心配だ。

 

 

 部屋の真ん中にフェイトが寝ている。しかしアルフの姿はない。ついでに、今しがた奥の部屋から爆音が響いてきた。

 うん、つまりどういうことだってばよ?

 

「おいフェイト? フェイトさーん?」

 

 とりあえず、幼女をそのまましておくのもよろしくない。

 しかも、大理石みたいな床の上で直寝だ。申し訳程度にマントはかけてあっても、これじゃあ寒すぎるだろ。

 そう思って肩をゆすってみるが、目が覚める気配はない。

 ずり落ちたマントの影から見たくない物も見えてしまったので、もう今すぐ帰りたくなってきた。どう考えても報酬が割にあっていないだろこれ。

 

「あのフェイトさん、ガチでやばそうなら医療機関に連行するんですけど?」

「それはダメよ」

 

 視線を上げれば、割り込んできた声の主がいる。

 直接こうして対面するのは初めてだ。

 歳を考えろよと思わず言いたくなる服装だが、何かしら意味があるのだろうか。

 

「おいプレシア。いくつか聞きたいことがある」

「答えるつもりはないわ。それよりさっきの広域探索、許して欲しければもう一仕事してちょうだい」

 

 動力炉なんて機密の近くまで、サーチャーがすんなり入っていくからおかしいと思ったら。どうもわざと見逃されていたようだ。

 断れば俺の居場所をばらすつもりなんだろう。

 もちろん、はやての家まで把握されているはずはない。せいぜい第97管理外世界での目撃情報を流されるだけだ。

 とはいえ、それでも相当めんどくさいことになる。

 ちょっと念入りに調べられでもしたら、はやての家にあるロストロギアだってばれないとは限らない。

 俺自身の行動もかなり制限されてしまうだろう。

 

「あなたにだって保つべき知名度がなくても、守るべきプライドくらいはあるでしょう?」

「……全くもってその通りだから腹立つな」

 

 自分の力量にあった仕事を選んで断るのはいいが、途中で投げ出して放棄するのはダメだ。主に今後の信用問題として、よっぽどの理由がなければできない行為である。

 そこへ行くと、無理やりにでも筋を通しているだけプレシアの提案は断りにくい。

 半ば脅迫だとしても、機密を知った対価が一回の労働で済むのは、むしろ破格の条件だ。

 

「さあ、フェイト。起きなさい。まだ足りないの。ジュエルシードを最低でもあと2つ、欲を言うならそれ以上を。手に入れてきて、母さんのために」

「は、い……」

 

 さっきまで意識のなかったフェイトが、条件反射のような感覚で目を開く。

 返事をしたのはいいが、状況を把握していないらしい。一番近い俺の顔に焦点を合わせ、続いてマントへ視線を落とした。

 少し首を傾げながら、アルフ? と呟いている。

 そういえば、あのわんこどこ行った?

 

「ああ、あの子なら逃げ出したわ。怖いからもういやだって」

 

 はい? 逃げ出したって言ったか今。

 猛犬注意とか表示が必要そうなアルフが? 怖くて逃げた?

 またまたご冗談を。

 

「必要なら、もっといい使い魔を用意するわ。忘れないで、あなたの本当の味方は母さんだけ。いいわね、フェイト」

「…………はい、母さん……」

 

 何がいいんだかさっぱりわからん。誰か俺に説明はよ!

 

「あなたも、引き続きフェイトを手伝ってちょうだい。きっと、新しい使い魔なんて必要ないくらい働いてくれるわよね?」

「毎度ご利用ありがとうございます。料金は前払になりますんで、今すぐ入金しやがってくださいお客様」

 

 後払いとか言い出したら断るつもりで言ってみたものの、その辺りプレシアに抜かりはないらしい。

 口の端を釣り上げるように笑い、目も向けないでモニターを操作する。

 あらかじめ設定でもしてあったんだろうか。指定の口座にしっかり報酬が入金されてしまった、泣きそう。

 

「いい報告を期待しているわ」

 

 悪の総帥が言いそうな台詞を残して、プレシアは奥の部屋へと引っ込んでいく。

 そういえば、あそこだけはサーチャーが侵入できなかった領域だ。はて、いったい何があるんだろう。

 ジュエルシードを使って研究をしているとか言ってたから、その設備があるのかもしれない。

 外に漏らせないほど重要な内容なのか、あるいは後ろめたさからか。どちらにしても、人目に触れさせたくない物があるのだろう。

 研究は守備範囲じゃないからさっぱりだな。

 

「……行かないと」

「黙れ小僧」

 

 間違えた、小娘だった。

 ぽかんとした顔のフェイトを見降ろし、はやてに全力で土下座することを心に誓う。

 もうこれ今日は帰れそうにないもんね。

 

「1日ぐらい安静にしてろ。どの道、白い魔導師を見つけないと話にならん。正面きっての戦闘は苦手なんだ。捜索はやっとくから、体調を万全にしといてくれ」

「…………」

「第97管理外世界では、こういうとき急がば回れと言うらしい。あとは、急いては事を仕損じるとかな。俺もいろいろと準備がしたいし、1日でいいから時間をくれ」

 

 わかりました、と呟いてフェイトがふらつきながら立ちあがる。

 流石に魔力の過剰消費あとだ。1人で飛び出していくとは思えないが、一応近くにいた方がいいだろうか。

 今からやるべきことを順に考え、リニスがいればなあと思い、いやと首を振って思考を散らす。

 いないやつをあてにしたって仕方ない。むしろ、今回のアルフ失踪から察するにもう……

 

「なあフェイト。リニスはどうした」

「…………」

 

 だんまりか。

 ああ、もう。ホントなに考えてんだあの大魔導師様は。

 

「とりあえず、傷の治療から始めるか。治療道具ぐらいあるよな?」

「はい、私の部屋に」

「ああ、そりゃあいいな。そのまま今日は寝ちまえ」

 

 ふらふらの足取りで歩き出したフェイトを担ぎ上げる。驚きから彼女が暴れたのは一瞬だった。

 大人しくしていてくれるのは、肩の上が平和なので非常にありがたい。

 

「……まるで荷物みたいなんですが」

「まるでじゃなくて、そのものずばりだろ。それとも、可愛らしくお姫様だっこでもしてやろうか?」

 

 ボロボロの体では反論の余地がないのか、再び沈黙が返ってくる。

 どうも、こいつは困ると黙る癖があるようだ。言いたいことがあるなら、言った方がすっきりすると思うんだけどなあ。

 大人しくなった荷物を抱え直し、庭園の見取り図を呼びだす。

 さて、フェイトの部屋はどれだろう……

 




 おかしい。これもっとギャグ路線だったはずなのに! どうしてこうなった!!
 あとはやてもどこ行った!!

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