スコープを挟んで遥か先。金髪の少女ことフェイトが、使い魔のポチ……違った、アルフを連れて移動している。
目指しているポイントまで、数分もあれば到着するだろう。
『すまんが、ポイントに到着したら少し待機してくれるか? お前らの飛行速度を舐めてた。思ったより早いな』
視界を大きく右に振って、こちらの準備を整えるために射撃する。
空気の抜けるような軽い音を伴って、ライフル形態のM1903の先端からスフィアが発射された。それは5メートルも進まない内に、空気へ溶け込んで見えなくなってしまう。
『固定座標に到着するまで6分ってところか。カップラーメンでも作ってればちょうどいい時間になるぞ』
『は、はあ……』
どうも冗談の類は通じないらしい。なんと答えればいいのか困惑するような声が返ってきた。
別にからかうつもりもないのでどうでもいいのだが。
『あの、あと少しで海上のポイントに到着します』
『ちゃんと見えてるよ。隣の使い魔が不機嫌そうなのまでばっちりな』
『そう思うんなら話しかけてくるんじゃないよ!』
今日はささみジャーキーを持参してみたのだが、この距離では投げ渡すわけにもいかない。
いっそ口を狙って撃ちこんでみるか。ジャーキーをアルフの口にシュゥゥゥゥゥゥッ!!
めちゃくちゃ怒られそうだな。やめとこう。
『到着しました』
『了解。こっちはもう少しだ。手順の確認でもしとこうか?』
そうですね、と決意に満ちたような声が聞こえてくる。
プレシアから連絡を受けて今回のサポートをすることになったが、彼女はそれをどう思っているのだろうか。ちょっとわからない。
フェイトの話しぶりから、2人の関係が親子なのは予想できた。
母さんのために頑張ると意気込む彼女は、今ちょっと無謀なことをしようとしている。
だが、これだけの愛を注ぐ娘に対して、親の反応は異常に冷たい。
何かの研究のためジュエルシードを集めているらしいが、結局その詳しい理由もわからないままだ。
『今回のジュエルシードは海中にあるんだったな』
『はい。だから、私が電気の魔力流を打ち込んで強制発動させようと思います』
『それをお前が封印して、俺が撤退のサポートをする。やはり、何度聞いても無謀な気はするが』
答えは返ってこない。むしろ、この沈黙こそが答えなのだろうか。
彼女が何を考えているのか俺にはさっぱりわからない、ぐらいならわかるのだが。
わからないことがわかるなんて、所詮は負け惜しみな気がしてくる。
『まあ、やると言うなら止めはしない。俺も報酬分は働くさ』
『ありがとうございます』
本当は全部1人でやって、母親に褒めてもらいたいとか?
第一印象は聞きわけのいい優等生だが、それぐらいなら考えているかもしれない。
それくらい、彼女が見せた家族への執着心は強いものだと思う。
結局、この考えはよくわからないという結論に帰結する。
あまり不用意に踏み込むと面倒なことになりそうだが、どうもこの中途半端な感じも気持ち悪い。
歯がゆいところだ。
そういえば、リニスの姿を見ていないような気がするのだが。別件で出かけているのかもしれない。
なんだかんだ律儀なやつだから、居るなら挨拶くらいしてくるはずだ。
彼女がいれば、いろいろと上手くやってくれただろうに。
『待たせたな。こちらの準備も完了した。好きなタイミングで始めてくれ』
はいと力強く頷いた言葉には、やはり意思を感じる。
切羽詰まったような、焦っているような。昔、仕事を受けた直後のプレシアに似ているようだ。
親子だから、当然なのか?
いまいち晴れない疑念の答えを待ってくれるはずもなく。雷が海面に突き刺さった。
‡
苦しい、でも諦めない。なんとしてもやり遂げてみせる。
そんな使命感が、体を突き動かしていく。
全ては母さんのため。そう思えば目の前で撒きあがる渦も、放電の光だって怖くはない。
研究で必要だからと、母さんが私にジュエルシードの回収をお願いしてくれた。
最近、なんだか距離を感じていたけど。きっと全部、研究が思うように進まなかったせい。
ジュエルシードさえあれば、研究は前進するはず。
そうすれば、また昔みたいに仲良く笑って暮らせる。
あの陽だまりみたいに温かくて優しい母さんが笑ってくれるはず、きっと……
「ぐぅっ……ああぁあああああああ!!」
もう魔力が限界に近い。飛んでいるのがやっとだ。
体も重く、あっちこっちが痛い。動きが鈍くなっている自覚もある。
ここまでなのかな。
そんな不安が押し寄せ、感情と視界を黒い影が侵食していく。
今日初めて会った、協力者のお兄さんが言ってたっけな。今からやることは無謀じゃないかって。
やっぱり、無理だったのかもしれない。
でも、やらないと。母さんのために。
『お――、――以上は! 頼――ら、一旦――てくれ!!』
ぶつ切りの声が念話でとんでくる。
何を言っているのかわからないけど、この声は協力者のお兄さんだ。
結界の外にいるらしいから、ジュエルシードの影響で繋がりにくくなっているのか。はたまた私の魔力切れが原因か。
とりあえず声が焦っているような気がする。
『聞――ない―か? ちく――、上だ!!』
「え?」
念話の聞きとれた部分にだけしたがって空を仰ぐ。
そこにいたのは白い子。ジュエルシードを巡って戦った、あの子だった。
こちらを目指して降りてくる彼女から敵意は感じられない。
むしろ、なぜか悲しげな表情すらしている。なぜ?
「フェイトちゃん!! 手伝って、ジュエルシードを止めよう」
そう言って、その子は私に魔力を分け与えてくれる。
どうして? なんで?
「2人できっちり半分んこ」
私の困惑を置き去りにして、その子が笑う。
バルディッシュまでもが、貰った魔力で勝手にフォームを変えてしまった。
わからない。わからないけど、きっと今は迷っているときじゃない。
胸の奥にもやもやした何かを感じる。それすらも無視して、魔法の術式を組み上げた。
「せーのっ!!」
遠いはずなのに、あの子の声がやけに近く感じた。
‡
上空から白い魔導師が乱入してきた。
あれは前に次元震を起こしたときのやつか。管理局員には見えなかったが、どうやら関係者らしい。
てっきりフェイトが堕ちる直前に出てくると思っていたから、完全に動くタイミングを逸してしまった。
「なにこれ。つまりどういうことだってばよ」
スコープに映る二者は、不思議なことに協力体制をとっている。
あれ、敵じゃなかったの? もう予想の遥か斜め上を行く展開に、俺の頭はまったくついていけない。
とりあえず、乗艦リストにあった執務官は男だった。武装隊も見えないので、管理局側は余剰戦力を残しているだろう。
それが出てくれば、今度こそ俺の出番となる。
戦闘準備? いやいや、逃走準備なら万全だけどね。
「案外、あの白いのが出てきたのもイレギュラーだったりしてな」
ははっ、そんな馬鹿な。
ないない。流石にそんな都合のいい話……ない、よね?
俺は今、何に対して不安を感じたんだろう。怖すぎるんですけど。
そんなことを言っている間に、結界の中では2人の魔導師が高威力魔法をぶっ放してジュエルシードをねじ伏せてしまった。
うん、あいつらまだ小学生くらいだよね? やばい、はやてと同じくらいの歳の子に勝てる気がしない。
「やばいなあ。今すぐ逃げたいのに、凄いいい雰囲気になってんなあ。どうし、え?」
不意に空間モニターが開いてアラートが鳴る。
高速で流れるデータへ視線を向け、次の瞬間には体が動いていた。
「ショートジャンプ!」
最小限で展開された転移魔法が、俺の体を一瞬で結界の内部へと放り出す。
あ、やばいここ海上だった。足場が!?
慌てて小さなフローターフィールドを作って蹴り、半ばタックル気味にフェイトへ突っ込む。
なんか耳もとで「かあさ、ごふっ!」とか聞こえたけど気にしない。より厳密には気にしている余裕がない。
近くにいた白いのを、蹴り飛ばしてやる代わりに足場として使わせてもらう。
やはり、こっちからも「フェイトちゃ、ぐぅっ!?」とか聞こえたが、むしろ感謝してくれ。
「あの女なに考えてんだ!?」
俺が突っ込んだ場所に、少しだけ遅れて稲妻が降り注いだ。
着弾と同時に大量の海水を巻き上げ、その威力を雄弁に語って見せる。
空間干渉型の魔力攻撃。次元の壁を無視して飛んでくるような代物を、自分の娘に向けるってどういうことだよ。
「おいアルフ、フェイトを頼む!」
近くで茫然としていた使い魔に主人を投げ渡し、俺はそのまま切り返す。
とりあえず、仕事を終わらせる。さっきのことを問い詰めるのはそれからだ。
空中で静止する6つのジュエルシードに手を伸ばし、回収と同時にもう一度ショートジャンプを。
「やらせない!」
黒い影が割り込んでくる。
若干、肩のあたりが世紀末な少年だ。ヒャッハー! とは言わないだろうな、執務官だし。
それにしても、ここ年齢層が低すぎやしないだろうか。確かにミッドでは子供が働いているし、俺も人のこと言えた義理じゃないけど。
「悪いが不意打ちで行かせてもらう! ああっ、なんだあれ!!」
少年の後ろを思いっきり指差して叫んでみるが、完全に無視された。ジュエルシードへの道を遮るように立ったまま、どくつもりはないらしい。
あーぁ、これ俺のせいじゃないからね?
「ぐがっ!?」
不意に少年の後頭部へスフィアが激突した。
なんてことはない。最初に撃った設置式のスフィアを手繰り寄せただけである。
だから警告してあげたのに。
いや、振り返ったら振返ったでM1903のストックがフルスイングされてたんだけどね?
「あ、ちょっと背中貸してくれ」
全力で踏みつけて、6つのジュエルシードを掴み取る。慈悲はない。
ショートジャンプでフェイトたちの横に飛び、アルフの肩を掴んで更に飛ぶ。
ちょっと次元間転移なんて面白すぎることはできないので、とりあえずの逃走手段だ。
あとはプレシアに回収してもらうか、フェイトに頼むこととなるだろう。
「あぁ……やっちゃったよ。あれ、完全に目と目があう瞬間状態だった。これ顔覚えられたよマジ勘弁だわぁ……」
「えっと、なんて言えばいいか。とりあえず元気だしなよ? きっと大丈夫だって」
まさかアルフに慰められる日が来ようとは。
こ、これは涙じゃないんだからね! 目から汗が出ただけなんだからね!!
おい、そこで引くなよ。最後まで慰めてくれポチ……
作中の「魔導師」が「魔導士」と書かれている誤字を発見して焦った今日この頃。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
まだ大した話数じゃなくてよかった。
修正箇所少なくて済んだよ!やったねスポちゃん!!(白目
一応、誤字とか見てはいるんですがどっかにあります。
特に気にならないならいいんですが、鼻につくようならご報告ください。
随時修正させていただきます。