工作室で武装を回収し、大慌てで準備を整える。
ギリギリまでごねやがって、ホント勘弁してくれない?
おかげで、こちとら小型化が終わってない大型兵器担いでダッシュしてんだぞ。
「ときに、この武装はどう使用すれば?」
「高周波ブレードだから、なんにも考えないで振り回せ。当たったらお前の勝ち。以上」
「わかりやすくていいですね」
「えぇ、なにその説明。そんで、納得しちゃうウー姉もどうかと思うんだけど」
うるさい、お前はさっさと地面に潜って退避してろ。
巻き込まれてもしらねえぞ。
あと、間違ってもあの3人組に手出すなよ。
支援のためとか言って地面に引きずりこもうとしてみろ、絶対に腕ぶった切られるからな。
「さて、お仕事しますかね。めっちゃ始まってる感あるけど」
「先行します」
高周波ブレードを一閃し、ウーノが先んじて走り出す。
同時に、セインも地面の下へと潜っていった。
さて、こっちは今から重たいバックパック背負って走るわけだが。まあ、廊下の先から戦闘音してるし仕方ないよね。
いやホント、なんか移動手段考えとくべきだったわ。次に作るのはそれだな。
えっほえっほと走っていると、戦闘音が1つ増えたような気がする。
たぶん、ウーノが到着したんだろう。
金属音が多いのは、AMF環境下で魔法が使いにくいからか。
肉弾戦だけでナンバーズを迎撃できてるなら、相手は歴戦の戦士ってことになる。
つまりあれだ。俺が正面切って戦うと普通に負けるやつってことだ。
「……泣きそう」
そんなことを言っている間にも、戦場が近づいてくる。
トーレとチンクが正面から、ウーノが後方から挟み撃ちにしている形だ。
クアットロは正面組の後方。補助をする位置で、あの手この手の嫌がらせをしているらしい。
敵側は、光GENJI女がウーノの奇襲に対応したようだが。
え、あのオッサンなんなの。なんで2対1で押し勝ってるの。
わけわかんないんですけど。
ここAMF環境下だよね? なんでチンクの右目がぶった切られてるんだよ怖いわ。
「隊長! 後方から更に増援が!」
「ムッ! メガーヌ! クイントの支援を優先しろ。こちらはなんとかする」
オッサンと光GENJIの間に立ってる女が、なんか喚いてるけどどうでもいいや。
そんなことより、前衛の2人が使ってるのベルカ式魔法だよな?
この状況とは相性よさそうだけど、そもそも安定してない技術じゃねえかよ。
まさか、はやてが暗躍して安定させといたテヘペロとかないよね?
いや、闇の書の本体はこっちが回収して聖王協会に投げ入れてきたから大丈夫だと思うけど。
技術が出回るには早すぎるし。あれか、こいつら天才系か。
ムッ! じゃねえよふざけんなバカ。
あぁ……もう、ホントいやになる。
「試作兵装、ラハティ。起動シークエンス開始」
とりあえず、なんかされる前にこっちから動いとくか。
ってことで、プレイボール。
‡
驚いた。それが戦闘終了後に抱いた、正直な感想だった。
私の持つヤクモ・ナナミに対するイメージと言えば、初対面にして大乱闘を演じた危険人物だったが。
果たして、あのときの彼は本気だったのだろうか。
クアットロと2人で無力化できたのが、今では不思議にすら思える。
「正直、貴様がこれほど強いとは思っていなかった」
「え、普通にやったらトーレの方が強いだろ。なに言ってんのお前」
本当にそうだろうか。
いや、今すぐに戦えばそうなのかもしれない。
つまりはそういうことだ。
彼の言葉通り『普通に』やれば、私の方が強いのだろう。
今回持ち出してきた、試作武装とやらがいい証拠だ。
「ん? ああ、安心しろよ。この構造は、俺のスペックで調整してあるからだ。お前らなら、普通に持っても安定させられるだけの骨格が作ってあるだろ」
そう言って、ヤクモは右腕を肘関節まで飲み込んだ身の丈ほどもある砲身を肩に担ぎ上げる。
ラハティとか言ったか。
どうせこっちは義手だからなんて、気軽に言ってしまう神経は常軌を逸している。
同じ戦闘機人だというならまだしも、彼は普通の人間……のはずだ。
「なんだよ?」
「え、ああいや。あとからロールアウトしてくる妹が、その武装を上手く運用できればいいと思ってな」
ふぅんと適当に相槌を打って、ヤクモ・ナナミはてくてくと侵入者の方へ歩いていく。
彼ら3人組は強敵だった。
確かに、単純な性能面ではこちらが勝っている。だが、あのまま続けていれば負けていたのは私たちだろう。
事実、チンクは右目を破壊されてしまったのだから。
ヤクモ・ナナミやウーノの奇襲がなければ、地面に倒れ伏していたのは私たちだったはずだ。
「しかしまあ、なんだ。スカリエッティの野郎は、管理局からバックアップ受けてんだろ? なんでまた、捜査官がこうもしつこく追ってくるんだよ」
「向こうで捜査中止の命令はでているはずだ。彼らが、独自に動いたんだろう」
ヤクモ・ナナミの戦い方を一言で表現するなら、地味のそれに尽きる。
必殺の大技があるだとか、圧倒的な戦闘力があるだとか。そういう、わかりやすいものがあるわけではないらしい。
ただひたすらに嘘をつき。どれだけ劣勢でも笑って見せ。挑発に挑発を重ねて、虎視眈々とチャンスを待つ。
そして、その瞬間が来たならば迷わず飛び込む。
果たしてそれは博打なのか計算なのか、それは誰が見てもわからないだろう。
更に言えば、無駄に大掛かりな仕掛けも装備も、その全てがチップだというのだから素直に驚く。
倍率もオッズも無視しての大勝負など、常人ならやる前に考えもしないだろう。
地味だがとてつもなく大胆で、考えなしのように支離滅裂なことをしてのける。
狙ってやっているのか、悪運がいいだけなのか。見ていて、混乱することこの上ない男だ。
「まあ、なんにせよ。これで向こうも少しは大人しくなるわけだ」
「必ずではないが。まあ、そういうことだな」
天井を見上げながら一息吐いて、ヤクモ・ナナミは煙草に火をつけた。
左手だけで、器用にやるものだなと思う。
……おや? なにかおかしい気がする。
具体的になにがとは言えないが、なにかが感覚的に違和感を覚えた。
敵は倒した。
まだ死んではいないようだが、抵抗するだけの力はないだろう。
虫の息というやつだ。
今、ウーノとクアットロがドクターと通信で話しているはずだが。この3人は実験材料として回収することになるらしい。
あとはドクターのいる隠れ家まで連れて行けば、それで今回のことは終了だ。
特に変なところなど、なさそうに思えるが……
「あー、なるほどなるほど。トーレ、そこちょっと危ないから5歩くらいさがった方がいいぞ」
「どうした? なにがあるんだ?」
言われて反射的に5歩さがる。
ヤクモ・ナナミは天井を見ていた。ということは、先の戦闘でどこか脆くなっているのだろうか。
釣られるように私も上を見ようとして、不意に背後からウーノの声が響く。
「いけませんトーレ! ヤクモ様の確保を――」
なにが、と思ったときにはラハティが閃光を吐き出していた。
天井を砕き、通路を塞ぐように崩落していく向こう側。
そこで悠々と煙を吐き出しながら、ヤクモ・ナナミが『魔法』を発動する。
背中のバックパックを起点に、あれは転移術式だろう。
AMFが発動している環境で、どうやって?
それ以前に、あのバックパックはラハティの動力炉という話だったのではなかったか。
「いやあ、今回こそは詰んだかと思ったわ。俺の悪運、まだ尽きてなかったんだなあ」
場違いにヤクモ・ナナミが煙草を吹かす。それに呼応して、バックパックが展開される。
あのままでは不味い。
本当に逃げられてしまう。
今、私が全速で突っ込めば間に合うだろうが。それを彼は許さない。
崩落する瓦礫と、しっかりこちらをとらえたラハティの銃口。
動けば撃つ。そんな気配をしっかりと感じる。
仮にも傭兵というのが、ここにきて初めて真実味をもったような気がした。
「空間固定も終わったな。それじゃあ、俺はこれで……えっ?」
ヤクモ・ナナミは、地味な戦い方をする。
わかりやすい力なんてないまま、虎視眈々とチャンスを待つ。
待って、待ち続けて、待ち焦がれて。そして、この瞬間をつかみ取った。
ただ、唯一の誤算があるとすれば侵入者の意識が残っていたことだろう。
無手の格闘技使いが、最後の力を振り絞って彼の足を掴んだ。
逃がさないという執念のようだが、体の大半は転移術式が固定した空間の外だ。
このままいくと、上半身だけ転移の対象となってしまう。いや、それ以前に転移そのものにノイズが入りそうだ。
「あっ、俺の悪運もここまでだったかもしんない」
諦めに似た呟きを残して、転移魔法が発動する。
転移追跡は無駄だろう。
対策くらい用意しているだろうし、それ以前にまともな転移になったかも怪しい。
あのまま虚数空間に放り出されていても、特に不思議はないレベルの事故だ。
転移光が収まった地点。
格闘使いの両足、左腕。そして、ラハティの大半が残されたまま2人が消えている。
直前で、ヤクモ・ナナミが固定空間内に引っ張り込んだのだろう。
格闘使いが即死を免れる代償に、彼も武装を丸々放棄することになったわけだ。
「これは……流石に死んだか」
生きていたら奇跡だろうな。
次元断層の中を、多次元転移するぐらいの無茶だ。
そんなことをして無事なやつがいるわけもない。
ウーノ辺りが後ろで凄い顔になっていそうだが、どうしたものか。
なんにせよ、彼の命運もここまで。
少し残念な気もするが、それはそれ。
ドクターの指示に従って、残りの侵入者を回収することにしよう。