口に咥えた煙草が、じりじりと燃えている。
そろそろ灰が落ちそうだが、今いい感じで大型対空兵器の設計が進んでいるところだ。
あとちょっと、あとちょっとだから耐えろよ!? と心の中で叫びながら手を動かす。
だがまあ、こういうのが最後まで耐えきったことなんてほとんどない。膝の上に落ちて熱い思いをするか、灰でズボンが汚れてあーぁとなるのが常だ。
そして今回もやっぱりそのパターンで、しかし横からすっと伸びてきた灰皿が最悪の結果を回避してくれた。
隣に座ったウーノは、なにが楽しいのかにこにこした顔で俺の口から煙草を奪いながら言う。
全面真っ白な部屋の中に、そこだけ暗闇が差したような笑みだ。
「煙草を今すぐやめろと無茶はいいませんが、危険な吸い方をするのはやめた方がいいと思いますよ」
「アッハイ、ごもっともで」
なんなのこいつ。灰皿キャッチはファインプレーかもしれないけど、ずっと横にいるのはなんなの。っていうか近い。
やばい、これ普通に怖いわ。
いや、とても仕事熱心ですねとか感心されても困る。ぶっちゃけ、不安を誤魔化すために仕事してるようなもんだし。
「えっと、工作室に移動するわ」
「はい、わかりました」
すっと立ち上がると、ウーノも同じく立ち上がる。
ちょっと前に、通路の反対側へ行けば出られると彼女は言っていた。
そして、事実そちらは外へ通じるドアではあった。ただし、ウーノが同行してないと開かないけどな!
首も蒸れるし、誰か助けてなんでもするから。
「あー……ところで寝室と設計用の演算室は行き来できるのに、なんで工作室は外に作ったの?」
「それは構造上の問題です。ドクターは、自らの手を油で汚して物を作るタイプの方ではありませんから。寝室の近くには、設計室だけあれば十分ということでしたので」
なるほど?
確かに、あいつが工具片手に物作ってるとか違和感パナイわ。
そんなことを思いながら、ウーノが首輪にリードを繋げるのを待って白い空間を脱出する。
寝室を背に、左手のドアを出た先は薄暗かった。
足元から淡く照らす光源があるだけだから、当然と言えば当然なのだが。
ぼんやりと浮かび上がる無機質な壁が、どこまで行っても代わり映えのない風景を彩っている。
殺風景だなあと思いながら、ウーノと2人で歩き出す。
工作室は少し離れた場所にあった。その更に奥まで突き進めば、太陽を浴びることもできるだろうが。
「変な趣味に目覚めそうなんだけど、このビジュアルなんとかならない?」
「よくわかりませんが、これが一番堅実な方法ですので」
外に出る時は首輪にリード。これで逃げられたら奇跡だわ。
AMFもばっちり効いてるけど、微粒子レベルの可能性で走れば逃げられるじゃとか思ったわけですよ。
あれ、これ工作室行くって言って外出ちゃえばこっちのもんじゃね? とか思ってた時期が俺にもありました……
実際のところリードを引かれれば首が絞まるし、白い部屋から出てもAMF完璧だし。
普通に考えて、魔力結合と魔法効果を邪魔された状態で細かい制御のいる短距離転移とかできないわ。
「人間にも光合成が必要だと……あれ? なんか、人影が見るんだけど。気のせいか?」
暗くて見えづらいけど、向こうから誰か来てるよね。
ウーノの妹たちが、俺を笑いに着たりしたんだろうか。クアットロとか、そういうことやりそうな気がするんだけど。
「そこの2人組、止まれ! ここの施設の関係者だな? こちらは次元管理局、首都防衛隊所属のゼストだ。大人しく武装を解除し、その場に跪け」
「おっふ……」
なんか、前にも似たような名前聞いたような気がするのは気のせいかな。
ああいや、そんなこと言ってる場合じゃねえ。なんか、まだ後ろに2人くらいいるみたいだし、これは戦力が数と質の両方で負けてる感が凄い。
これあかんやつ!
「えぇっと、アレだ。ウーノは、あの3人を1人で制圧できたりする?」
「おそらく無理かと」
ですよねー。
じゃあ、もう次の行動は決まったようなものだ。
素早くウーノを抱え上げ、来た通路をダッシュで引き返す。
少し戻ればブロックの切れ目、隔壁がおろせるはずだ。そこまで逃げるんだよォォォーーーーーッ!
背後で、えっ、あっ、逃げたー!? とかいう声も聞こえるが知らん。
正義の管理局が数の暴力で弱い者いじめとかいい加減にしろよ? 八つ当たりだけど!
「……大胆、ですね。ヤクモ様」
「お前、その謎の余裕はどこから出るんだよ」
簡単な身体強化をなんとか発動させながら、必死に走って壁のコンソールまでたどり着く。
大慌てで隔壁をおろせば、局員3人のうちローラーブレードみたいなのを履いた女が目の前まで迫っているところだった。
ギリギリ通路は塞がったが、なんだよあの光GENJI女。怖すぎじゃない?
ようこそ隠れ家へ、遊びたくないよパラダイス!
とか言ってたら、ドカンと大きな音を立てて隔壁が歪んだ。
連打の音が絶え間なく聞こえるんだけど、これもしかして殴ってんの?
とんだゴリラ女じゃねえか。
「うわぁ、マジかよ」
「これは……推定、10分ほどで破られるのではないかと思います。ちなみに、この施設の出入り口は1か所しかありません」
「隠し通路とか、なにか脱出経路もないの?」
「ないですね」
どんな自信を持って作った施設かはしらないけど、バカじゃないの。
ボッシュート方式でもいいから、逃げ道作っとけよな!
「頼むから他のナンバーズ呼んで。セインがいれば、脱出も人員運搬もできるだろ」
「はい。では連絡をしますので、しばらくこのまま奥へと退避してください」
え、俺が運ぶの? 隔壁閉めながら?
ここまで結構歩いたんだけど、成人女性を抱えて戻るのかよ。
ならせめて、首のやつ外してほしいな。このままだと、女王様抱えて走る謎のドMが完成しそうだからさ。
‡
だんだん近づいてくる轟音とかいう、心理的拷問になんとか耐えることしばし。精神的な限界がこんにちはする直前で、応援が壁からひょっこり現れた。
現れたのはトーレにクアットロ、チンクとセインだ。
彼女らは、合流早々にウーノと対応策を話し合っている。とは言え、戦闘面の機能が未調整だとかで運搬係限定のセインは外れているが。
もうこうなると、AMF環境下ではほぼ役立たずな俺と部屋の端で駄弁っているしかない。
「……これ俺が入っても戦力的に微妙じゃね?」
「えー、現状うちの最高戦力だよこれ。チンク姉だって来てるし、むしろヤクモさんの方が邪魔そうな感じ?」
「ははは、タクシー女に言われちゃ立つ瀬がねえ。ところで、この首輪をディープダイバーで外せないかな」
できるよーと無造作に手を伸ばして、首輪を引っこ抜くようにセインの腕が動く。
首輪が首を通過したのか、あるいは首が首輪を通過したのかはわからないが、予告なしでやるのやめてくれ。心臓に悪いからさ。
そして、なんか作戦会議してたはずのウーノが凄い目でこっちを見ている。
ヒェッ……
「というか、もう普通に逃げよう? これ迎撃する必要ないんじゃね」
「あー、それがそうもいかないみたいでさあ。いろいろ手を回してみたけど、あの3人ってずっとこっち追ってきてるらしいんだよね。だから、ドクターはここで手を打っときたいんだって」
「そういうの、もっと戦力そろえてからやってどうぞ」
機動兵器とか大量投入しろよ。
アホほど数揃えて、過剰戦力ですり潰すのが量産機のいいところだろ。あの3人が無双系キャラだったら、スコアアタックされるかもしれないけどさ。
巻き込まれたこっちはいい迷惑……いや、逃げるチャンスだから助かりましたありがとうございます!
「さて、じゃあセイン。俺を連れて工作室まで行ってくれない?」
「え、なんで?」
なんでってお前、そりゃ逃げるたゲフンゲフン。
工作室まで行けば、試作段階の兵器が数点置いてある。
AMF環境下において、俺自身の戦力は面白いぐらい低いかもしれないが、自分で作った兵器の運用なら自信がある。
そして、設計したのはどれもこれもAMF環境下で運用することを考えた兵器たちだ。こういう場でこそ、輝くものをもっているだろう。
つまり俺が工作室で武器を手に入れて、正面戦力に集中している3人組を後ろから奇襲する。
うん、完璧ですね。
ついでに、試作兵器の起動実験もできるよヤッター!
「いやいや、それを私たちに信じろと? それは無茶ってものじゃありません? 私やトーレ姉様は、あなたに対する不信感とかぬぐい切れてないんですけど?」
「えー、マジでー。ウケるー」
「ウーノ姉様、あれ殴っていいですか?」
暴力反対!
っていうか、ウーノは妹の発言無視して俺を睨み続けるのやめろよ。
なんか、流れでクアットロも俺のこと睨みだしたじゃねえか勘弁してくれ。
「とにかく、ごちゃごちゃ言ってる時間ないだろ。いつも通り、ウーノがお目付け役について来ればいいじゃん。どっちにしろ、お前も武器いるだろ?」
「まあ、そうですね。新しい首輪も必要ですが」
「1回それは忘れろ。頼むから……」
どんだけ首輪に固執してんだ。
さっきから、すげえ近くで粉砕音しはじめてんだぞいい加減にしろ!